「もしさ、そこへ行く事は出来るけど、もう二度と今住んでる所へは戻って来れないとしたらどこ行きたい? もしくは今のままでいい?」
隣りの席の客がそんな会話をしているのを聞いて優斗はバカな話をしてると思った。
恋人の愛美が話したい事があるからと呼び出された喫茶店。程なくして愛美がやってきた。
「ごめん、遅れちゃって」
「ん、大丈夫だよ」
愛美は苦笑いしながら席に着きウェイトレスにアイスティーを注文した。
「で、話って?」
「うん、この前入院したの覚えてるよね」
「ああ、検査入院してた時の話だろ? 結果はどうだったんだ?」
「うん……」
愛美は少し考え込んだ後笑顔を見せて言った。
「
「え?」
「せいって何度も出てきて何だか可愛い名前でしょ?」
優斗はそれがどんな、何の病気か分からずリアクションに戸惑ったが、愛美の口調から軽い病気なのだと思った。
「私何やっても皆んなに迷惑かけちゃうから病気になっても迷惑かけちゃってごめんね」
「ごめんって……迷惑だなんて思ってないよ。それよりそれはどんな病気なんだ?」
「平たく言うと脳腫瘍だって、あは」
「脳腫瘍って……」
優斗は愛美が明るく振る舞っている事にどこか安心をしていた。
「良性だったんだろう?」
「ううん。悪性の腫瘍だよ」
そう言うと愛美は両膝を握りしめて下を向いた。そして肩を振るわせた。
「お、おい……」
すると愛美は顔を上げた。満面の笑みで涙を流していた。
「五年生存率が二十パーセントなんだって」
「え? そんな……手術をすれば治るんだろ?」
「場所が……」
愛美は言い淀んだ。
「場所が悪いんだって」
愛美は笑顔のまま大量の涙を流し、それを拭う事もしないで話を続けた。
「ほら、私ってドジじゃない? 病気ができた場所もドジ踏んじゃったのよ。手術じゃ取れない場所なんだって」
「そんな……」
「私……どうしよう」
とうとう愛美は顔を崩して泣き出し、テーブルに顔を埋めて嗚咽し始めた。
優斗は慌てて愛美の隣りに移動して愛美の肩を抱いた。
「放射線治療とか薬物とか方法はあるんだろ?」
「今の医学ではもうどうにもならないって」
(今の医学って……じゃあ未来の医学で何とかしてくれよ!)
アイスティーを運んできたウェイトレスはどうしたら良いのか分からず事の成り行きをただ見守るしかできなかった。
*
優斗はすぐに会社を辞めた。それからは毎日毎晩部屋に篭って物理学の勉強を始めた。食事もまともに取らずに只々物理学の勉強を始めたのだった。
愛美は治療の為に入退院を繰り返していた。週に一度優斗に会いに来る。優斗はその時だけは愛美と過ごすのだった。
会社を辞めてまで一体何の勉強をしているのか、愛美は不安に思っていたのだが聞くに聞けずにいた。
ある日愛美が優斗の家を訪ねた。
「や、やあ」
優斗の顔はやつれて血の気が無かった。と思ったら玄関先で優斗は倒れてしまった。
愛美は慌てて優斗を抱えて何とかしてベッドに寝かせた。優斗は直ぐに目を覚ました。
「だ、大丈夫?」
「はは、ここの所飲まず食わずだったから……」
「何ですって!」
愛美は慌てて台所に立ち食材を探した。しかし冷蔵庫には何も入っていなかった。
「ちょっとヨーグルトでも買ってくるから待ってて」
愛美は財布を持ってコンビニに走った。
*
「ふー。ヨーグルト食べたら少し落ち着いたよ、ありがとう」
愛美は気になっていた事を聞いてみた。
「一体どうして倒れるまで……そこまでして何をしているの?」
「タイムマシンを作っているのさ」
「タイムマシン⁉︎」
「今の医学では愛美を救う事は出来ない。ならば未来の医学で救ってもらうしかない」
「そんな子供みたいな事言って。大体タイムマシンなんてある訳がないじゃない」
しかし優斗はある参考書を見せた。
「一般相対性理論?」
「そう。相対性理論によると光速つまり光の速さに近い速度で動いている物体は時間がゆっくり進むんだよ」
一般相対性理論によると、例えばロケットで光の速さに近い速度で移動していると、そのロケット内の時計は地球上の時計よりもゆっくり進む。
なので、そのゆっくり流れた分地球の時間が早く進むことになり、ロケットが地球に戻ってきた時には地球の時間は未来になっている。
「そんな難しい事いきなり言われても」
「ただ、未来へ行く事は出来るが現在に戻ってくる事は出来ない。俺はそれでもいいと思ってる。二人で未来へ行こう」
愛美はそんなエスエフのような話は馬鹿げていると思った。
「そんなバカみたいな事はもう辞めて」
「いや、俺は決めたんだ。必ずお前を助けて見せる!」
*
数年の月日が流れた。愛美は最近体調が悪いようで中々優斗の所へは来ていなかった。
(どうしてもタイムマシンを作るには無限に続く軌道が必要だ。月の赤道辺りに作れれば良いのだが……)
優斗は月の赤道に月を一周するようなレールを敷いてその上を光の速さでリニアモーターカーを走らせる事を考えていた。
そんな事は個人の力ではどうにもならない。そんな常識的な事さえもはや優斗には考えつく事は出来なかった。
(確かアメリカのどっかの企業が月の土地を売りに出してたな。それなら何とかなるか?)
優斗はその案を愛美に伝えようと、愛美の携帯に電話してみた。
(中々出ないな……)
もう切ろうかと思った時、電話が繋がった。
「愛美、聞いてくれ。俺思いつ……」
「優斗くんかい?」
それは愛美の父親の声だった。
「は、はい」
「愛美は今朝旅立ったよ」
「え?」
「今までありがとう。愛美は最期まで君の事を気にかけていたよ」
その後、式の事などを言われた気がするが、優斗は覚えていなかった。
電話を切った後、優斗は感情を抑えきれず突然物理の参考書を床に叩きつけた。
「俺はなんてバカだったんだ! 愛美の最期の時を一緒に過ごしてやれなかったなんて!」
優斗は壁に頭をガンガン叩きつけた。
「なんでだよ。何で過去に戻るタイムマシンは無いんだよ」
過去に戻ってあの時の自分に言ってやりたかった。しかしそれはもう叶わない。
優斗は絶望に打ちひしがれ、フラフラと部屋を出た。町中をフラフラ歩き、とある喫茶店に入り席に着く。
隣りの客の話し声が聞こえてきた。
「もしさ、そこへ行く事は出来るけど、もう二度と今住んでる所へは戻って来れないとしたらどこ行きたい?」
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