グラバルカス帝国 レイフォル州 観測所
「ふあ~あ。暇だなあ~」
観測員の一人が不満が有るのか無いのか。良く分からない風に呟く。
此処、レイフォルを植民地化してよりこの方、観測員作業は暇なのだ。
互角にやり合えるだけの敵もなく、何処か馬鹿な蛮族国家が攻めてくることも無い。
非常に平和で退屈なところだ。
「暇なのは良い事じゃないのよ。敵も何も居ないって事じゃないか。俺たちゃ別に血気盛んな陸軍さんや海軍さんのパイロットじゃねーんだしよ。平和が一番ってもんよ」
だがその反対の意見を返されて観測員は『それもそっか』と返した。
大体が不可能なのだ。この無敵グラ・バルカス帝国軍のレーダー網を掻い潜る。要は我が軍に挑もうとする事なんて事が。
調査報告書に於いて、この世界の文明力・軍事力や民度は前世界で覇権を争っていた、ケイン神王国と比較して余りにも低すぎた。
転移直後。右も左も分からない状況の中。帝王グラルークスは各方面に偵察機を飛ばすことを指示。
以て見つけた国家らしき場所へと国交を結ぶために、皇族であるグラ・ハイラスが手を上げ、かなりの押し問答の末に、国交開設交渉締結特別顧問として船に乗り込んだのだ。
此処までは良い。此処までは良かった。それがまさか余りにも遅い帰還を危惧していた処に凶報が舞い込んで来たのだ。
曰く、貴国の、いや貴様等蛮族の指導者と蛮族が此方で不敬を働いた為に、よって処刑を以てこれを処理した。というパガンダ王国を名乗る外交官が、パガンダの外務省に当たる建物内で第二次国交締結隊(本当はグラ・ハイラスの安否確認部隊)に公表された。
真実は北半球文明圏の西の果てまでも伸ばされていた夢幻会の手の者によってハイラスは救出されていたのだが、グラ・バルカス帝国がそれを知る手段も無く。
ハイラスはと言えば、日本へと緊急搬送、まだ国交を結んでいない国の皇族という事も有り、全ては伏せられたままに日本の最高の医療施設にて治療を開始されていた。無論、ハイラス達の経緯を辿って其処には否が無いと判断した上で。
一方でパガンダ王国としてはこの様な不祥事を捨て置くわけにも行かず、唯一殺害できた使節団の人間の亡骸を、まるで文明国家に楯突いた愚かなる者達のなれの果てと言わんばかりにグラ・バルカス帝国第二次使節団の前へとゴミの様に放り投げられたのだ。
これにグラ・バルカス帝王、グラルークスと帝国の臣民は激怒した。如何に文明度が低かろうとも対等な国交締結案をと模索していた優しいハイラスが、その低国家の野蛮人共によって殺害されたのだから。
強硬派と穏健派で均衡の取れていた天秤が、一気に強硬派へと傾き。
グラ・バルカス帝国は、帝国最強にして最大の戦艦。帝国の切り札で有り、力の象徴でもある、グレードアトラスターを派遣。ハイラスを殺害したパガンダ王国と、その宗主国でハイラス殺害の原因を作ったレイフォル帝国を滅ぼし、皇族王族は皆殺害された。
そうした経緯を経て帝国の植民地となったレイフォル州の観測所。駐在していた駐在員二人は一瞬映し出された点に「?」と思うが、鳥か何かだろう思い過ごす。
何せ天下のグラ・バルカス帝国領。その領内に入ってくるワイバーンの騎士やムーのマリンとか言うおもちゃが居るわけが無いと。
「あれ?」
しかし、その点は減ること無く増えていく。1、5、12、30。レーダーの画面を埋め尽くしていく。隙間の無い程に、津波のように、東の方から千や二千どころではない。大小五千を超えている。
この情報は直ぐにもレイフォル植民地軍、レイフォル外務省出張所に伝えられた。
「速いっっ!?」
レーダー内の光点の動きだがとにかく速い。アンタレス戦闘機よりも遥かに速く見える。
七千、七千二百……。
「信じられん……」
「何遣ってんだよ航空隊速く上が――」
指示する間もなく上がった航空機は、上手く脱出できるようにと翼の部分だけを、擦れ違いざまに剣の様な物で切り裂かれていた。
100機単位で上がっていたが。
───
「な、何だよッ、こんなの聞いてねーぞッ!」
「うっ、うわァっっ! くそおッッ、なんて速さだっっ!!」
ズバっっ、ガギイっ 切り裂かれていくアンタレス戦闘機の翼。
「チキショーッ! こんなもん勝てるかぁぁッ!!」
それはまるで新品の、或は研ぎ立てのナイフで紙を切るようにすぱっと主翼が切れてしまうのだ。それはMVSメーザーバイブレーションソードというのだが、生憎と彼らに説明したところで理解できないだろう。全く異なる技術体系の武器など。
「クソッタレっ! 機動力はこっちのが上だぜ! この動きに付いてこれるかよッ!!」
ある男の機はスロットルを思い切り引きながら自機を上空から曲芸の様に動かしつつ、銀色の敵機目掛けて機銃弾を撃ち込んでいくが、一瞬で躱されて、反対に後ろへと回り込まれてしまった。
『へへッ、アメーぜグラ公よ。俺様の8.75世代機ヴィンセント・カスタム玉城さん仕様にそんな速度で付いてけるわきゃねーだろォがァ。行くぜオラッ。スーパーヴァリスのこの一撃を食らえや!!』
マリーベル司令官に禁止されていたスーパーヴァリス・ハドロンモードを撃ち出し、敵機アンタレスの右の主翼を消し飛ばした玉城は、その後も次々とグラ公狩りだぜとアンタレスを撃墜していく。
正しく玉城無双である。普段叱られてばかりの鬱憤を此処で晴らさんとばかりに暴れまわり。
アンタレス戦闘機の翼を消し飛ばしながら、余裕を以て曲芸飛行を噛ます。
「あんのアホ。あんなにハドロンモードを使い回して。後でマリーに怒られるのはあんただけじゃなく現場指揮官の私もなんだからね!」
現場責任者のオルドリン・ジヴォンはランスロット・ハイグレイル改良型を駆りながら、縦横無尽に空を飛び、ハイグレイルのマントを靡かせながら、やはり彼女も一方的に敵機を撃墜させていった。
「はああああああッ!」
鍔迫り合い? そんな物は無い。紙を切るのに力を入れる必要は無いのだ。一度金属に触れればそのシュロッター鋼トランスソードの連結大剣は主翼を切り裂いていく。
そうしてハイグレイルは続け様に三機、飛び跳ねるようにして揚々と撃墜していった。
無論徹底した命令、敵機を狙いはしてもパイロットの脱出が可能なように撃墜するといった、縛りこそある物の。この速度差と戦闘力の差では簡単に行えた。
数で負けている上に機動力、速力でも負けている。全ての戦闘力で総じて負けているのだ。グラ・バルカス軍に勝てるわけも無し。
「こっ、こんなの反則だろっっっ!!!!」
叫んだパイロットは愛機から脱出しつつ、愛機がジャンクの様に落ちていく様を見て、恐怖と悔しさで涙を流した。
――――
「こうして北側諸国の戦闘を直接見るのは初めてだが、恐ろしい物よなあの緑と、赤と、銀と、金の翼を持つ4機種のKMFは。あの敵グラ・バルカス機の機体の速さ。我がパーパルディアに供与された物よりは劣るとは言えムーのマリンや、嘗ての我が国のワイバーンオーバーロードなど相手にならんぞ? それをこうも容易く蹴散らしてしまえるなどと」
超重斑鳩級浮遊航空艦――月夜見のメインスクリーンを観ながら、レミールは眼下の戦闘の様子を窺っていた。朝田が彼女に、どうぞと『おいお茶濃茶』を差し出す。
「ありがとう」
「濃いの好きなんですか?」
「日本暮らしになってからお茶全般が好きになったな。日本茶はとても美味しい。パーパルディアでも栽培してみようか」
皇室外交の一環として、植物についてお詳しい上帝陛下に面会かなわないだろうかと秘かに考える朝田。
「諸々、問題を片付けながらゆっくりと行きましょう」
「うむ、しかし、あれがワイバーンで無くて良かった。ワイバーンが何百匹と死んでいたぞ? パ・ロ戦争の中にありながらエストシラント沖でそれをやった我が国も人の事は言えんが」
「まあ一方的になるのも仕方がないでしょう。KMFも色々ありますけど8.5世代から一気に戦闘力が上がるんです。8.5世代から上は第4世代の戦闘機とさえ遣り合えますよ」
「真か!?」
驚くレミール。朝田の傍に身を乗り出すと長い銀色の髪がさらりと一房流れ落ちた。宮廷服飾職人の仕立てた黒を基調とした、胸元の大きく開いた胸部が思い切り朝田の目に入る。
この方は……まったく困りましたねえ。
「誘っていらっしゃるのですかレミール皇女殿下」
「へ? あっ、い、いやっ、そういうつもりは無い。それにだ、こんな処で愛し合える訳も無かろう。周りの目も考えよ」
両手を顔の前でぶんぶん振る。獣でもあるまいし何処でも盛るのは駄目だろう。人の目のあるところで盛り始めてしまったらもう人間失格だ。無論そういった者も居るが自分は違うと。
「パーパルディアの私の館で、な?」
「分かっておりますよ。……しかし、二万㎞の彼方にまで来て戦闘とは」
「マリーベル殿は戦人故に仕方が無いのだろうか?」
“おかげで私のやる事の大半が無くなってしまいましたよ”
と、二人の後ろに現れたのは、丸眼鏡が特徴的なスーツ姿の男性。
「つ、辻卿っ」
ばっと立つレミール。彼女はパーパルディア皇国皇女ではあるが、日本のフィクサーとも呼ばれる歴々にはそんな肩書きは通用しないことを知っている。
彼らがその気になればパーパルディア皇国など即刻灰になってしまうだろう軍事力を何時でも差し向けられる。それだけの権力を彼らは持っているのだ。
「レミール皇女、毎回のことですけど、貴女は一国の皇女殿下なのですからあまりお気遣い無く」
「し、しかし……」
「き、気遣わずには居られませんよ辻閣下」
「何ですか二人して。まるで私の事を魔王みたいに」
ブリッジに居る全員が思った。
『あなた魔王でしょ』と。
た、ただいま
「しかしまあ、古式ゆかしいレシプロ機と言えども8.5世代以上のKMFには太刀打ちできませんか」
オペレーターが数を数えている。
「70、85、100,120。155、170、192、全機撃墜です。味方機撃墜0」
「0は素晴らしいですね。日頃からの訓練が活かされています、処で何処の誰ですか? 危険なハドロン砲をドカドカと撃ち放っていたのは?」
辻の冷たい怒気に女性オペレーターが怖々と答えた。
「は、はい。ヴィンセント・カスタム・グリンダのカスタム仕様……玉城真一郎機です。降下前にマリーベル殿下よりスーパーヴァリスのハドロンモードは使わないようにとの通達はされていたなのですが」
「守らなかった、と」
「はい」
「はァ、玉城君。彼にも困った物ですねえ。本来なら軍法会議物なのですが、彼は人間関係の問題で問題を問うのも難しい。まあ、マリーベル殿下とジヴォン卿がお灸を据えて下さるでしょう」
───
「しかし何という戦いなのだろうか……。Blu-rayや動画で大日本帝国の戦争を見てきたが、実物を見るとその圧倒的な異常さが垣間見えるな。もう戦いになっておらん」
レミールは勉学として大日本帝国の戦争を始めとして、多種の戦争動画を見てきた。
大きなものでは、日中戦争、日欧戦争、太平洋戦争、ニューギニア戦争、そして世界大戦。
いずれもが異次元の戦争であったが、現実を目の当たりにするとその異常さが直ぐに分かる。
200機ものレシプロ戦闘機を全機撃墜するまでに5分掛かっていない。数が数だからと言えばそうだが、まるでハエ叩きでハエを潰しているかの如き速さだ。それも被撃墜機は0と来た。
この様子を見ながらレミールが話す。
「これが次世代。最先端の戦闘か……」
レミールがその様な呟きを漏らす物だから辻が訂正の意味も込めて諭すように彼女へと返答した。
「いいえレミール皇女。これは最先端ではありませんよ。空母戦闘群や弾道ミサイル、主力戦車など総合的な戦力まで参戦して初めて最先端となるのです。序でに言うとレミール皇女。パーパルディア皇国もその最先端三歩手前くらいの戦闘に片足を突っ込んでいる事をお忘れ無く」
「そ、そうであったな。我が国もジェット戦闘機を取り入れていたのだ。倉崎F1も買い上げたところでもあるし。しかしそれでも三歩手前か」
200機のジェット戦闘機を保有することになったパーパルディア空軍。この短期間でレシプロ機からジェット機へと一足飛びしている。第2世代ジェット戦闘機橘花弐式100、第3世代ジェット戦闘機倉崎F1が100。それらの運用様に満載排水量77,000t級の巨大空母を2艦、軽巡洋艦8を供与されるのだ。
保有する戦闘機・攻撃機はこれで総計2,300機となり、空母機動部隊及び空母戦闘群の編成が可能になった訳だが、それでも尚シーランドにさえ適わない。
「我が国は何時何時までも北側16ヶ国の後塵を拝するのだな」
その哀愁漂うレミールを見て辻はリップサービスとでも言わんばかりに。
「貴国も自国生産できるようになれば後塵を拝すること無く我々と共に歩める様になりますよ。その為のデュロ工業地帯の大規模開発なのですから。我々はね、単なるイエスマンが欲しいのではありません。共に歩む仲間をこそ欲しているのです」
「辻卿……はい……、ああ、いや、仰るとおりだな。我々パーパルディアも自らの力で歩むようにならなければ、何の為の皇国大改造か分からんからな」
態々言葉遣いを素に戻したのは、レミールを共に歩む仲間として見てくれた辻への、彼女なりのなけなしの勇気だった。
その後からは再び敬語に戻っていたが。
――――
それは、その悪夢は彼方から現れた。片方の派閥には希望となり、片方の派閥には厄介者となる人物を乗せて。
強硬派に取って厄介者ではあるが、その強硬派にとっても偉大なる皇族の御一方である事は確か。生存していて嬉しくない筈も無いのだが。
「来たぞ!」
「総員戦闘配置に付けっっ!!」
「戦闘たってよっ、グラ・バルカスだって分かってて仕掛けてくる怪物なんだぞっ!」
「アンタレスをボコボコにしてくれたアンタレスより速い化けモン共が五千以上なんだろ!? そんなのとどうやって戦えば良いんだよ!?」
壊乱状態の軍を冷静にさせたのは、以外にも戦場に不似合いな女性であった。
「冷静になれ! 何も戦争を仕掛けてきたわけと決まったのではあるまい。局地戦だけならばまだ紛争のレベルだ。それと未確認だが撃墜されたパイロットに死者は出ていないようだ」
確実に戦争状態とまでは行っていないと判断したのもその死者数0があるからだ。相手は態と死者を出さなかった、これは間違いない。
そして東から来たという事。東にはムーがあり、その東には第一文明圏がある。その二つの文明圏にこの様な高度な科学技術を用いる国家は無い。
残る第三文明圏だが、そこにもこれだけの高度文明は存在しない。だが……、ならば……。自分たちの知らない遥かな東しかないが……。
が、それは航続力を考えればあり得ないのだが、まさか、航続力無限大が存在していたら? 間を遮るすべてが届かない高空からやってきたとしたら? つまり全ての条件を満たしているのならば? グラ・バルカスだけを狙う事も可能となってしまう。
調べ上げた範囲で、ムーにもミリシアルにもこんな速力を出せる航空機はない。更には判明しているだけで7000機以上と普通に考えてあり得ない機数。隠しおおせる機数でも無い為、間違いなく第三勢力だろう。
ただし、彼女自身も気付かないうちにそれに捉えられていた事に気付けないでいた。そう、正常性バイアスという厄介な魔物に。
───
そして対峙することになる未確認勢力。
避難する者は避難し、戦うべき者は戦う準備を。
沿岸砲台良し、対空機関銃砲良し、グレードアトラスター及び海軍艦艇・航空基地の準備良し。
さあ、いつでも来るが良い。我がグラ・バルカス帝国をこの世界の貧弱な国家と一緒にするな――ビュン。
武者震いなのか恐怖なのか? 一瞬だけぶるりと震えた外務省のシエリア・オウドウィン、ダラス・クレイモンドの二人は、遅れてやって来た衝撃波に吹き飛ばされた。
すわっ敵の攻撃か?! と、慌てふためく現場だが、銃声の一つも聞こえていなければ、破壊音の一つも聞こえていない。
通り過ぎていった人型を見上げて皆が驚愕したのはその時だ。人型のそれ、真っ赤に燃えさかる色をしたそれが、先程通り過ぎた物の正体。
あれが通り過ぎた後に音が聞こえた。つまり……。
「あれの速さは音を超えている?」
「そ、そんな馬鹿な、シエリア様っ、その様な事がっっ」
「あり得ないことがあり得ている現状を鑑みよッ! 見て、体験して、体感したことを信じろ。……あれは間違いなく音を、超えている」
音よりも速く飛翔していたその事実に皆衝撃を受けている。薄赤い翼を持つ特徴的な人型は、それだけで完成された物らしく、圧倒的速度を誇るのだ。
我が国のアンタレスを初めとした航空機に同じ真似が出来ようか? 出来る筈が無い。あの俊敏に動く機動性も同じくして再現不可能。
それが10、30、38、100、1000、2500、レーダーで捉えきれないほどの大軍で迫っていた。今目の前に居るのは斥候だろう。
観測所からの通達では5000~7000機以上、とにかく数えきれませんとの事だった。迎撃に出た部隊は全滅した。本隊はもう来る。
現在この場での最高指揮決定者は外務省東部方面異界担当課長シエリアである。
その命令は、全機、全艦、全台。つまり帝国三軍全軍に動くなという物であった。
「余計な動きを見せるな……、動くと全滅する」
冷や汗を流しながらシエリア、ダラス、軍人に民間人達は。東、または上空から、次々に降り立ってくる5,6m前後の人型を見ていた。
それだけならまだいい。アレは何だ?
「空を、飛んでいる……」
「信じられない……戦艦が空を飛んでいる」
目測で200m、或はグレードアトラスターと同等サイズの物も多く確認される。そしてそれら全てを凌駕する超巨大艦が天上に浮いていた。
『賢明ですね。グラ・バルカス帝国の皆様。迎撃態勢に入りながらも我々の軍に一撃たりとも銃撃をしない。わたくしや我が軍も無駄な血が流れることは望んでおりません』
一際大きな――見方によっては円盤にも見える浮遊物体、目測で30mは在ろう巨体の機からだろう、美しいソプラノボイスが流れていた。
無線がジャックされている。
その中にあって、巨体に臆すること無く一歩踏み出したのはシエリア。それをはらはらとした様子で見ているダラスは、遅れて付いていった。
『まずお互いに銃を下ろしましょう。平和の使者は銃を持ちません』
「私は外務省東部方面異界担当課長シエリア・オウドウィンだ。平和の使者は武器を持たない、か。ふんっ、よくも仰られますね、これだけの巨大な武器を揃えてやって来ておいてこちらの迎撃部隊を全滅に追い込みながら」
『降りかかる火の粉は払う物でしょう? 後は念の為の護衛ですわ。わたくし達の艦、月夜見にはお偉方が乗艦しておりますので。申し遅れました。わたくしの名はマリーベル。マリーベル・メル・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国の第八十八皇女です。以後お見知りおきを』
ガチャッ――と、機体中央部のハッチを開きながら外に出てきた薄紅色の美しい赤の長い髪をさらりと靡かせた女性はそう名乗った。皇女と名乗った。その傾国の美女は確かに皇女と。
嘘では無く本当のことだろう事は瞬時に気付く。これだけの大軍を率いておいて――目だけで見るだけでも音速を超える透明の翼を持つ機体は数千機。音よりも速い兵器があって態々噓をつく意味もなかろうと。
(そうか、これが噂の超国家……本当に存在したのか……)
上空には、この場全体の陽光を遮ってしまっている巨艦の群れ。
ロデニウス大陸はロウリア王国に潜入させている間諜が手に入れた情報の中にあった、これがその超国家群の一国なのだろう。
誰も信じていない情報であったが、こうして目の前で見せ付けられると、その間諜は大手柄であったことが分かった。
シエリアは意を決す。蛮族で無い事を祈りながら。忌まわしきレイフォルやパガンダの如き精神性ならば、どのみち帝国は……震える身体を抑える、心が恐怖する感情を抑制する。いつも通りの冷静なる外交官であれ。
「要件を伺いましょう。この様な大軍を引き連れてまでの御行軍。何か御用がありこの西の果てにまで参られたのでは御座いませんか? マリーベル皇女殿下」
臣下の礼は取らない。飽くまでも私が忠誠を誓うのはグラ・バルカス帝国であり、グラルークス陛下を初めとした皇族の方々なのだから。
マリーベルの赤銅色を基調にした一際大きな機体が、護岸に接岸するようにして停止。彼女が岸辺へと静かに降り立つ。
薄紅の長い髪に深い色の青い瞳。黒を基調とした身体にフィットした衣服。外側のスカート部には別の彩りは見られるも、一見したところでは悪の魔女を思わせる妖しい美しさが垣間見えた。
女であっても見惚れるような端整な顔立ち、それを伝えると。
「シエリア殿も十二分にお美しい方ですよ」
との、どう反応すれば良いのか分からない御返答を頂き、彼女を守る様に傍に立つダラスまでもが“うんうん”と、頷いている。
「要件は単純且つ明快です。貴国、グラ・バルカス第八帝国との対等なる国交の締結を望みます。それは我が国だけではありません。我が北側諸国の総意です」
此処で漸く本命の名が登場か。
北側諸国。
国家連合なのだろう。それも明らかにこの世界の科学技術水準を遙かに超越した。これはどう見ても隔絶しすぎている。おとぎ話の世界だ……が現実である。
周囲を飛び回っている人型兵器を見てもそれが分かるという物なのだから。
「一つ聞きたい」
「如何しまして?」
「あの、緑や赤の羽の生えた人型機械、速力は如何ほど出るのだ?」
平然とした顔で、こちらを測る様な表情でマリーベル殿下は私を、そしてダラスを、更に軍人達やグレードアトラスターを見遣りながら答えた。
「第9世代機であるのでしたら通常速度は音速程度……つまり時速1225km前後、最大速力はその2.5倍程。マッハ2.5となります」
「マッハ2.5!?」
「空に浮かぶ浮遊航空艦ならば、最も速い物でブースター込みで極超音速ですわね。つまりマッハ5以上です」
あ、あり、あり得ない。
我が国の航空機の8~10倍の速度。何をどうすればその様な速度が……。
「な、成る程。随分と高い技術力をお持ちのようですね…………。参考までに、戦闘機なら」
「我が北側の盟主国の一国である‟技術の大日本帝国”の保有する、丁度戦力化が始まった次期戦闘機でマッハ5.5以上おそらく6は可能でしょう。極超音速機です。兵器もまた極超音速の誘導ミサイルなどを備えておりますので早々と撃墜されることは無い物かと。高度は45,000mを飛行する機能も有しておりますが、こちらは我が“力のブリタニア”でも第6世代統合打撃戦闘機で実現させております」
極超音速の戦闘機……そんな物がこの世に存在するのか……!? 対空機関砲も戦闘機の機銃も当たらんし、一方的な攻撃を受けておしまいじゃないか!!
だがこうして私たちの周囲は音速の人型機械によって囲まれている。数が数だ。レイフォル州の各基地にも飛来している事だろう、実際何グループかの集団に別れて飛んでいった。
「誰でもいい。無線でレイフォル中に連絡を急げ。恐ろしく速い人型機械と空飛ぶ戦艦が飛んできても、此方からは一切手を出すなとっ、急げっ!」
「はっ!」
私の部下の一人が最も強力な無線のある宿舎まですっ飛んでいく。そうでもしなければレイフォルが陥落してしまうっ、急げっ。
技術畑の人間ではない私でも、これらの戦闘機械や空飛ぶ戦艦が危険な事くらい分かる。
「本当に賢明な御判断を為される御方ですわね。全軍の指揮権をお与えいただいたというのに少し拍子抜けしてしまいますわ」
「ここは私と殿下の遊び場(戦場)ではないのです。此方の意を汲んでいただけると助かります」
「ええ、分かっております。わたくしの主目的も国交開設と去る方をお届けにという物ですもの。ですので空母戦闘群の様な強力な打撃部隊も引き連れてきておりませんし。アルビオンも、紅蓮聖天八極式も、フリーダムも、ヴィンセント・カスタムも確かに強力ですが第6世代統合打撃戦闘機の打撃力に劣りますからね」
ん? 世代??
「第6世代機?」
「戦闘機の世代です」
成る程な。戦闘機も世代事に分けられているという事か。この人型機含め航空機が相当研究されているらしい。それは意味不明なマッハ5以上の極超音速戦闘機が出てきてもおかしくは。
そもそもにして極超音速なんて言葉その物が初めて耳にする単語だ…………、――よし、これは聞いてみるべきか。
「我が国にはアンタレス艦上戦闘機、貴女方が撃墜して下さったレシプロ機が多数存在しますが、それは何世代に当たるのでしょうか?」
少し嫌みを混ぜておく。被撃墜率0対100なのだ。秘肉の一つも言いたくなる。
「軍機ですのでお答えできません、っと、言いたいところなのですが。これから友好的関係を築こうというお相手です。お教え致しましょう」
「ご配慮痛み入ります」
「どうせこれよりお返しさせて頂きます御仁がお話しするでしょうしね」
「返す……方?」
「失礼。……はい、辻卿。宜しいのですね? はい。どうせ、……ええ。それでは辻卿の艦も此方へ。お待ちしております」
ツジ卿? 名前の響きからしてマリーベル殿下の御国、神聖ブリタニア帝国とは別の国のようだが。どうやら皇女であるマリーベル殿下よりこの場の立場では上の様だ。
しかし本当に物凄い数だな。この人型兵器と空飛ぶ軍艦と。人型兵器は5000じゃ利かないな。幾つかのグループに分けてレイフォル中に散っていった機も1000機単位。
飛行軍艦も300,400は超えていそうだ。
この場に居る誰もが恐怖に包まれていた。それもそうだ。この人型兵器達は揃いも揃って巨大な重砲の様な物を手に持っているのだから。
「お気になられますか? わたくしたちの兵器が」
「気にならないとは申しません。あの砲のようなものは?」
「スーパーヴァリス、ハドロン砲、ハドロンブラスター、と、ありますけれど。まあどれも砲には違いありません。最も、あれらの砲も豆鉄砲なのですが」
「空想科学小説にでも登場しそうなビーム砲が豆鉄砲とは……」
「最も強力な砲は最も大きな船に搭載されておりますわ」
「殿下のその巨大な機体でもなく?」
「この子? この子、エルファバが持つのはハイパーハドロン砲。この子自体も戦略兵器ではありますが、彼の船に搭載されている砲は次元が異なります。あ、失礼を。ツジ卿宜しいのですね? 分かりました」
戦闘態勢に無いとは言っても怖い物は怖い。私もダラスもマリーベル殿下のお話をお聞きしながら戦々恐々としていた。
駄目だ、神聖ブリタニア帝国、話に出てきた大日本帝国……曳いてはその他北側諸国と対峙すれば……帝国は滅ぶ。
「お待たせ致しました。レシプロ機アンタレスですね。回答と致しましては0以下です」
は? な、なんだそれは??
「へ? い、いや、第1世代とかでは?」
「いえ、それ以下です。まずテーブルの上に載せられておりません。詳しくは貴女方のよく知る御方よりお聞き下さいませ」
そう、にこりと微笑んだマリーベル殿下は「主役の登場ですわ」と見上げる。
グレードアトラスターの直ぐ傍へと天上に浮いていた超巨大艦が降りてきた。アトラスターの後方に。私やマリーベル殿下、ダラスもそちらへ向かう。私達の護衛も複数人。後、マリーベル殿下の護衛だろうか? マントの付いた赤い人型兵器が付いてくる。
着水した巨大艦。ツクヨミという名のこの艦、誰がどう見てもグレードアトラスターよりも遙かに巨大だ。こんな物が音速を超えて空を飛ぶなど。銃砲塔の数も物凄いのだろうな。
そして、舷側に当たるハッチが開かれて、外に出てきたのは―――。
「はっ、は、は、ははっ、」
この場に居た我が軍の兵士達、外交官、ダラスに私。
皆が一斉に叫んでいた。
「た、ただいま……」
『ハイラス殿下っ!!!』
本日の最たる驚きがもたらされた。
(どんな傾向かを知りたいのもありまして
-
ミリシアル好き
-
ミリシアル嫌い
-
グラ・バルカス好き
-
グラ・バルカス嫌い
-
ロウリアは徹底的にやっちまうべき
-
ロウリアにも救いを