LULL CRY
「これで最後か?」
『そうみたいよ。この旧時代の遺跡、フェーデに傷すら付けられないような貧弱な防衛設備しかない。フェーデが来ることを想定していなかったみたい』
その巨体が歩くたびに地面が揺れる。人間の形はしているがそのすべてが金属で構成され、明らかに平和目的で使うような物ではない武器のようなものを両腕に持っている。特徴的なその巨躯は暗いオレンジ色でカラーリングされており、やや浮き出て見える部分は白く塗装されていた。
フェーデとカテゴライズされるその名は、この時代の特徴をしっかりと捉えた『復讐』という意味だ。圧倒的暴力が正義であり、特に傭兵などはその力で集団を作り上げる。今や四つになってしまった国との戦争は今や傭兵が担っていた。国が金を払い、傭兵がフェーデを使い敵を殲滅し、損耗部品を国から買い上げる。国は金さえ払えれば強い傭兵を雇え、その自衛力を強固な物とする。
……彼もまた、その傭兵だった。
「弾が惜しいな」
フェーデはそこまで大きくない。機体が大きくなるとそれに応じて重量も爆発的に増える。素早く動き回れる最低限の重さと堅実な防御性能が必要だ。戦車の砲弾を放ち、航空機の瞬間的速さを持ち、要塞のような防御力。全てを併せ持ってフェーデはフェーデとなりうる。攻撃力がなければただのハエ、速さがなければ木偶人形、防御力がなければ破れやすい紙。それ以外の特化編成もあるが、基本的には三者両立しなければ命を預けることはできない。
『待って、後方から熱源……。悪ガキどもだわ』
「仕方ない。近くの開けた場所で迎え撃とう」
『前方200のドアを突き破って。ドアの大きさからかなり広い場所よ』
「了解」
ブースターを吹かせて移動を開始する。移動手段はホバー移動だ。地面に足をつけるのは歩くときか着地するときだけで、機動力は高い。しかし、全てのフェーデがホバー移動ではなく、機動性を重視したこの機体だからこその編成だ。ホバー移動にするには重量制限をきつくしなければ移動速度に影響が出る。つまり、大口径砲などは積むことができない。
最初から見えているドアに、自身の機体が巻き込まれないように離れた距離から脚部ミサイルを二発撃つ。威力よりも速度を重視した小型ミサイルだ。ミサイルは程なくしてドアに命中し、ドアに大きな穴をあけた。
「こちらシュナイデン。広場に到着した。しかしこれは……」
穴を抜けると、何も無い空間が広がっていた。施設の奥深くにフェーデが飛び回れる程度の空間。もしここが何かの研究施設なら、ここで実験でもしていたのだろうか。
男はフェーデ、シュナイデンの操縦桿を強く握る。
機体名、シュナイデンはコードネームと共に機体名でもある。名前が売れると二つ名もつくようになるが、さっきの”悪ガキ”というのも二つ名だ。蔑称が付けられるのは大抵が命令違反や実力がない場合だがこいつの場合は命令違反をしすぎたせいでこんな名前がつけられた。
今いるこの広場は銃弾から身を守れるような遮蔽物がなく丸裸同然だった。待ち受ける身としては不利だが、相手が”悪ガキ”なら機体が損傷する心配はないだろう。
『来るわよ。エンゲージ!!』
通信の数秒後、銃声とともに扉の先から一発の銃弾が飛来した。しかし、その弾は正面装甲に弾かれ装甲に傷すらつけられない。それは相手も分かり切っていたはずだ。
『ヒャーー先生ェ!!今のがライフルだったら死んでましたっスよォ!!!』
通信越しに五月蝿い男の声が聞こえてくる。
『あら、もう彼は貴方の先生じゃないわよって、前回も言ったじゃない“悪ガキ”』
『いやァ姐さん、あんた達の育てただァいじな生徒ですよォ?ライズベルト"教導官"』
男は、ライズベルトは何も言わずにライフルを"悪ガキ"に向けた。
ライズベルトは昔から傭兵稼業の傍、身寄りの無い子供達を育て、傭兵となれるように訓練してきた。彼が育てた兵士は優秀で傭兵としては誰も二流以上の実力を持ち、その実績から二つ名は"教導官"と名付けられた。
今の時代、身寄りの無い子供が生きていく術はない。そして傭兵は部隊として多く人員が使えた方がいい。そのような相手を増やすために、自分で戦力を育てることは例え育てた傭兵が敵になっても恩を売ることができ、一石二鳥以上のアイデアだった。
「何の用だ?表は他の奴らに任せていたはずだが」
もちろん突破されたことはオペレーターを通して知っている。他の任務の帰りにたまたま見つけたこの地下遺跡だ。仲間も損耗はしているだろうが、こいつ単騎にやられる訳が無い。戦力比ほぼ互角で戦っているらしい。
損耗している分こちらの方が不利か。現に"悪ガキ"に突破されている。
『知らないねェ、俺はこの遺跡を"偶然にも"発見しちまッたから中の物を取ろォかと思ったが、アンタには勝てねェからなァ』
『外での戦闘が終了。敵が引き上げていくわ』
どうやら、"悪ガキ"が戦闘をやめさせたらしい。
「何のつもりだ?今なら俺たち全員を倒せたはずだ」
『言っただろォ?アンタには勝てないッて、命あッての傭兵だとアンタが言ッたんだろォ。俺が生き残らなきゃ意味がねェんだよ』
何をしようにも命がなければ始まらない。それは確かにライズベルトが教えた言葉だ。生き残ることを第一に考え、報酬に目を眩ませず、決して無理のない任務を選ぶことが良い傭兵だと教えてきた。
師の言うことに忠実とまではいかないが、あえて無視したら重要性がわかるだろう。‶悪ガキ"は昔から飲み込みだけは早かった。痛い目にあったらもう同じことはしない、要領がいいのだか悪いのだか分からない人間だ。
「しかし俺は今から奥へと向かうが、お前達は着いてくるのか?先程発砲されたような気もするが」
『おっと、ソイツは困ったなァ。じゃあ反撃食らう前にさっさと帰りましょうか……』
言葉の途中‶悪ガキ"はハンドガンではなくライフルを持つ手を上に向け、発砲する。咄嗟のその行動にライズベルトは姿勢を低くし、ホバーだからこそできるクイックターンで背後を振り向く。右腕のライフルをパージ。右腕の仕込みブレードで背後から襲い掛かっていた物理ブレードを重い金属音と共に受け止めた。
この、フェーデが十分に飛び回れそうな広間、道中までの簡易な防衛システム。最初は旧時代の遺跡だと思っていた。しかし、重要なことを見落としていたようだ。防衛する必要がなかったらしい。
目の前にいるフェーデもどきこそが、防衛システムらしい。
フェーデにしては、いささか軽装で配線がむき出しになっている。それに動きもぎこちない。
『………!!!』
こちらの通信回線に割り込み、少女のような声が焦っているような声で何かを叫んでいる。しかし、聞いたことのない言語だ。ブレードを払うと、フェーデもどきは後ろに跳んで下がった。左手のショットガンで胴体、コックピットを中心にとらえる。
『待ってシュナイデン!彼女、コントロールできないらしいわ!!』
「……言葉がわかるのか?」
オペレーターの声で引こうとしていた引き金は寸でのところで止まる。
『あれは日本語よ。もう長らく使ってないけど忘れはしない』
「日本語か。しかし、あの国は国交を絶って今となっては人がいるのかどうかすらわからないのに、なぜこんなところで……」
回線を割り込んでいるのだからあのフェーデもどきにもこちらの会話は聞こえているはず。しかし、日本語でずっと何かを叫んでいるためこちらの言語は相手には伝わっていないのだろう。
“悪ガキ”の姿はもう見えない。逃げ足だけは早い奴だ。
『日本語で呼びかける。貴方はしばらく傷つけないように応戦して!』
「保障はしないぞ」
相手のフェーデもどきの武装は、両手に固定されているブレードしか確認できなかった。配線が見え隠れしているその胴体に銃器が装備されているとは到底思えない。センサーの類もおそらく頭部カメラのみ。中距離以遠からの撃ち合いで一方的に勝てるだろうが今回は傷つけないようにする必要があるため選択肢はあまりない。
ライズベルトはその少ない選択肢の中でも、ショットガンを捨てて隠しブレード二本で応戦することを選んだ。前時代ロボットのような動きをする相手だからいなすのも容易だ。
『………』
『……?……!』
女二人が男の知らぬ言語で会話をしている中、フェーデもどきが右腕部ブレードを構えながら突進を始めた。受け止めることはできないため咄嗟に機体を横にずらし、簡単に回避する。まるで赤子を弄んでいるかのようだ。
さらに相手の足元を狙ってミサイルを放つ。過ぎ去った後の床にミサイルによる爆発が生じ、フェーデもどきはバランスを崩して広間の壁に叩きつけられた。
それと同時に鼓膜を破るような絶叫が響く。
『いけない!あの機体は神経接続系(プロテージス)だわ!!』
神経接続系(プロテージス)コントロールシステム。機体の反応速度、自由な挙動を可能にするために使われる諸刃の剣。反応速度、自由な挙動を可能にする代わりに機体へのダメージがそのまま操縦者にフィードバックされる。最悪の場合は死に至る可能性もある。
そのシステムが使われておきながらコントロール不能はまずあり得ない。そして、神経接続系コントロールシステム、通称プロテージス機体はまだ登場して十年程しか経っていないのに、なぜこんな遺跡で使用されている?
とにかく、迂闊に攻撃できなくなったわけだ。
「どうしたらあの機体を止められる?」
『エネルギーの元を断つか達磨にするかね。けど、ジェネレーターはコックピット部分の真下で破壊するとまずパイロットの命はない』
「なら達磨か」
パイロットにフィードバックされる痛みをお構いなしにフェーデもどきは立ち上がり、尚もブレードを構えた。
苦痛に耐えられなかったのか嗚咽が聞こえる。
『許可を取った!コックピットは傷つけないようにね!』
「努力しよう」
声からして相当若いが、フェーデもどきに乗っている少女も自分の両手両足が切断される痛みに耐えなければいけないと思うとゾッとした。オペレーターの彼女も許可を取ったと言っているが嘘かもしれない。あの少女は自分の意思でではないが敵として目の前に立ちはだかっているのだ。こちらは敵に情けをかけているような慈悲深い傭兵ではない。
ただ、爆風であれだけの絶叫だったのだ。両手両足切断となればただでは済まないだろう。
--敵を無力化するだけだと心を落ち着ける。床に落ちていたショットガンを拾い、照準を定めた。ブレードはあくまで刺突用であり、刀のように斬れる代物ではない。一撃必殺でコックピットを貫く武器だ。ショットガンは弾が集約し、近距離では前面装甲を貫く威力を持つ。
接射すればあの程度の腕や両足は一撃でもげるだろう。
「耐えろよ」
自分に向かって走り出すフェーデもどきにそう言うと、ショットガンの射程圏内まで待つ。
射程圏内に入り、前に進むために右足を上げ、地面に降ろすその一瞬。銃声と共にフェーデもどきの右足が吹き飛んだ。プロテージスコントロールシステムによりその痛みが即座にパイロットまで伝わり、絶叫。支えを失った機体は地面にうつ伏せに倒れこむ。
そしてもう二三、銃弾を打ち込むとパイロットの声が途絶え、静寂が戻った。