「ライト1、帰投する」
神経接続を解除して右腕の感覚を慣らす。機械の体と生身の肉体ではやはり体の勝手が違う。相性がいいとはいえ完全に同調しすぎて切り替え直後は思わぬことで操作ミスをすることがあるため、今後の課題になるかもしれない。
『咲良、初陣で二機撃墜なんてなかなかやるじゃない。見直したわ』
「見直されるようなことはしてない。私はいつものことをしただけよ」
呼び方がコールサインから名前に変わっているが、任務が終わった後だから構わないだろう。気は抜けてないが、ちょっとばかり安心してしまう。
ブースターを吹かせながら移動する。予測通りなら帰投ポイントまではあと10分。自動操縦に任せ、私は操縦桿から手を離した。
『いつもは外すんだな。スナイパーを使うぐらいなら一撃で仕留められるようになれよ』
ルガーが鋭く指摘した。もちろん、初撃で仕留め損ねていなかったらもっと楽なものになっていただろう。言い訳はできない。
「……ごめんなさい。迷惑をかけた」
『まあ、お前のおかげで仕留めやすかったがな。外しても俺が守ってやるからよぉ』
『"俺が守る"ねえ?これからのポジションを考えるならあんたが守られるはずだけど?』
前衛後衛の関係になるはずだから、決して守り守られっぱなしになることはないだろう。後衛が遠距離から狙撃して牽制し、前衛が近距離で後衛を狙わせないように守る。昔からこの手法は変わらないらしい。
「ところで、先輩達の通信が遅い。予定では今頃には通信が入ってるはずだけど」
『それもそうね。オペレーターに問い合わせてみるわ』
任務前のブリーフィングだと帰投途中に先輩たちと合流してからオペレーターを通して教導官から点数をもらうはずなのだが、先輩達が遅すぎる。既に現在地点は合流予定地点を過ぎている。それどころかレーダーにすら反応しない。
『こちらレフト1のレイチェルです。オペレーター応答願います』
『こちらジゼル。どうした?』
『合流地点を過ぎても先輩機の姿が見えません。何かあったとしかおもえないのですが』
『トラブルが発生した。あいつらで対処できるレベルだからお前たちは戻れ』
トラブルということは、駆動系をやられたのかそれとも敵の襲撃を受けたのか。動かなくなっただけならわざわざ要件を告げないなんてことはないだろう。プライベートか敵の襲撃が妥当だろう。
その時だった。目の前の地面に小さい影が生まれていた。形は鳥のようだが、近くに鳥は飛んでいない。上空で飛んでいたとしても影の大きさを考えると10メートル以上の体調が必要だ。
いやな汗が流れる。
『上空から敵機!』
『このフォルムは、間違いない。別働隊が攻撃を受けている未確認機だ!』
何の前振りもなくレイチェルが言葉を発した。サポート機であるレイチェルのテイタンズリフトはレーダー性能に特化している。たとえこちらのレーダーで捉えることができなくてもレイチェルのレーダーならば確認することができる。
遠距離ならばスターツフルトの特性上、勝るだろうが近距離や上空はテイタンズリフトには及ばない。レーダー特化ワンオフ機でもない限り全ての面でレーダー性能に勝てる機体はいないだろう。
上空の機体を視認する。数は三機。全身黒に塗装されており、シルエットのようにしか見えないが銃身のように見えるパーツは存在しない代わりに、両腕にブレードのようなものが見える。近接機体だ。スターツフルトには分が悪い。
『ライト1は後退、レフト1、レフト2はライト1を援護して』
「いえ、私も前に出る。近接機体相手に距離がとれる確証はない」
一応近接戦闘もできないことはない。そのためのライフルと隠しブレードだ。問題は、私に近距離戦闘の経験があまりないこと。基本的には近距離戦をこなせるレイチェルのテイタンズリフト、ルガーのバッシュリンクを援護する形となるだろう。
『…もう時間がない。3対3だけど相手の機体がよくわからない以上油断しないで』
『おとなしく下がっておいたほうがよかったんじゃないか?まあ全部俺が倒すから問題ないんだがよ』
「そう言いながら返り討ちになってもしらないから」
数十メートル先に黒い影が落ちたのを確認する。砂埃の中に見えるシルエットはとても人が乗っているとは思えないぐらいスリムだ。そして落ちる直前まで減速しなかったのを考えると、機動力を限界まで上げているはずだ。そんな機体に狙撃は無理がある。狙撃地点にたどり着くまでに味方二機が破れてしまうだろう。
とはいえ、この機体が前衛で戦うのにも無理がある。
「私が後ろから援護する。レフト1頼んだ!」
『レフト2は正面の敵だけを見て!サイドアタックは私たちが止める!』
『おうおう勇ましいことで。俺なんかよりも随分男らしいなぁ!』
レフト2、ルガーのバッシュリンクがライフルを捨て、二本のブレードを構える。青く塗装されたブレードが青い軌跡を描いた。それと同時に、未確認機三機が動き出す。一度展開し、三方から前衛のバッシュリンクに一直線だ。左右から迫る機体には目もくれず、バッシュリンクは正面の敵に突貫し、左右からの敵には無防備になる。
しかし、左右からの敵はテイタンズリフトの弾幕が足止めをする。テイタンズリフトはサポート機であるが、それは私のスターツフルトに合わせたチューンアップをされている。スターツフルトが遠距離装備であるため、テイタンズリフトには遠距離装備を完全排除。その代わりに近距離では火力を張れ、近づけないような弾幕を張れる重ガトリングを二丁装備している。その犠牲で機動力は完全に殺されてしまったが防御力は高くなり、その壁となりえる性質はスターツフルトとマッチしている。
このテイタンズリフト一機だけでバッシュリンクに敵を近づけないことも容易い。スターツフルトの出番もないだろうが、左手のライフルで一応の援護はしておく。
『だっしゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!』
バッシュリンクが加速していき、正面の未確認機に向けてブレードを構える。未確認機の足が止まり、同じくブレードを構えて迎撃態勢を取る。そのまま加速したバッシュリンクが切り付け、未確認機がそれをブレードで受け止めるが衝撃までは殺せない。地面についた足が浮き上がり、そのまま二機はこの場から飛び去って行った。
バッシュリンクは一対一を好み、チームとしては連携はあまり好まないが単騎同士が主戦場だ。そしてスターツフルトとテイタンズリフトのペアと未確認機の二対二。
機体相性はこちらが上だ。
『初めてのミッションで初めての二対二!熱くなるわぁ!!』
「想定していたシチュエーションじゃないけどね!」
未確認機が左右に展開し、両機共にテイタンズリフトの射角内に入らないように位置調整をされた。しかしその距離は中距離。スターツフルトの攻撃可能範囲だ。
『咲良は片方!私はもう片方!』
「任務中はコールサインって!!」
背中を合わせてスターツフルトとテイタンズリフトは全武器の一斉発射を開始する。スターツフルトはライフルとスナイパーライフル、脚部ハイスピードミサイル。テイタンズリフトは両手のガトリングの連射だ。
完全近接機体に対して寄り付けさせないような武装であり、普通の人間ならばまず撤退するような弾幕だが未確認機はそれでも突っ込んでくる。
「何こいつ……死にたいの!?」
『壊してから確認した方が速いわ!!』
右腕に着弾を確認。未確認機の姿勢が大きく崩れる。弾が一発当たっただけで姿勢制御が崩れるあたり安定性能に極端な問題があるようだ。
武装から考えて未確認機は人命を優先されていない。長距離飛行ができる暗殺特化機体としか思えない。
近づく前に落とし切るしかない。
マガジンを使い切るまで連射する。銃身が焼け付こうが関係ない。未確認機はすぐに体制を建て直し大きく旋回して避ける。その軌道に沿ってハイスピードミサイルが追いかける。攻撃力はあまり高くないが誘導の高いハイスピードミサイルだ。その目的は主に牽制に使われる。避けるための回避先地点を予測し、的確な射撃をするための誘導ミサイルだ。
未確認機体はその体を大きくひねり、ミサイルを軽々と叩き斬った。爆発が起きるが、対して大きくない爆発。損傷も期待できないだろう。
煙の中にいるであろう未確認機へと向けて持っている装備全てを乱射。反応速度がかなり早い。まるで生身だ。対して分厚くない弾幕では乱射しても素早く左右に振れば避けるのは容易い。
「弾幕が薄いなら!」
ライフルを捨ててスナイパーライフルを構える。ハイスピードミサイルとスナイパーライフルによる予測偏差射撃。スナイパーライフルの一撃必殺能力とミサイルの高い誘導性能にかける。分の悪い賭けだが、少しでも時間を稼げればいい。
「さあどう出る!」
ミサイルを発射する。ミサイルを感知した未確認機は右側に移動した。しかし誘導の高いミサイルはその行動に追従し、追いかける。そして未確認機はさっきと同じように、ミサイルをそのブレードで叩き斬ろうとした。
想定の範囲内だ。さっきとまるで同じ行動。当てやすく、体勢を崩しやすいブースターに照準を定め、撃つ。
一瞬の出来事だった。
「ライト1、一機撃破」
ブースターを破壊され体勢を崩した未確認機はミサイルを捌けず胴体に直撃する。威力は低めのミサイルだが低装甲なあの機体ならば相当なダメージだろう。スナイパーライフルの弾を装填しなおし、砂埃で見えないが再び構えなおす。
『レフト1、撃破したわ』
『一応俺も撃破した。自爆されたから厄介だったぜ』
「自爆?」
『ああ、そこまで強い爆発じゃなかったが脚一本持っていかれた。複数機来られたらやばかったな』
人が乗っていたらそんな無茶な戦法はしない。未確認機は十中八九人が乗っていない無人機だろう。奇襲用特攻兵器といったところか。
『こちらオペレーターのジゼル、今すぐ帰投ポイントに戻りなさい!』
「どうしました?」
『未確認機20機に囲まれて別働隊が全滅した。レーダー範囲外からの奇襲よ』
『そんな……』
近い戦場で身内が死んだ。思ったより感情が揺らがなかった。熟練の先輩達で何度かは訓練を見てもらうことがあり、名前ぐらいは知っていたが、そんな人たちが死んでしまったとしても何も思うことはなく、やけに思考は冷静だった。
「とりあえず離れるしかない。ここは危険」
『咲良!まだそいつ死んでないわよ!』
砂埃の中に未確認機が立っていた。胴体は今にも折れそうでブースターからは火花が飛んでいる。テイタンズリフトからはいつの間にか距離が離れており、援護を受けられる距離ではない。足元のライフルを拾い、構えると未確認機は走り出した。
左腕が吹き飛び、装甲がはがれてもなお、ブレードで最低限防ぎながら突進してくる。
「足を止めるなら……」
ミサイルを敵機の足元に向かって放つ。これならブレードで斬られない。勝利を確信したが、未確認機は高く跳躍した。ブースターが無い以上攻撃をよけることはできないだろうが、弾幕で押し返せることはできないため動かなければ取りつかれる。
背後に移動しながら迎撃。ミサイルは連射できず、決定打にはならない。
爆発音とともに未確認機が爆発する。ブースターが爆発したようだ。上半身と下半身が爆発によって別々になり、上半身がこちらに向かって飛んできた。上半身だけになろうとも攻撃意思があるのかブレードを構えている。爆発によって加速した未確認機の上半身を移動して躱すことはできず、また迎撃しようにも軌道を少しずらすことしかできなかった。
敵のブレードをスナイパーライフルを捨てて右腕の隠しブレードで受け止める。しかし手ごたえは軽く、敵の中心部をブレードが貫いた。
「マズッ!?」
敵の機体が自爆、右腕が焼ける。その瞬間に肉体にもその痛みがフィードバックされ、右腕全体からのとてつもない痛みが咲良を襲う。現実の肉体なら痛覚も焼かれて少しは痛くなくなるだろうが痛覚がその感覚をすべて送ってくる。
今にも死にそうな、死んだ方がマシな痛みにのたうち回り、叫びももはや声にならない。
痛みが一瞬途切れ、その瞬間に意識が消えていくのを感じた。