ヒンメルの死より8000年前。
暗くて淀んだところでその魔族は生まれた。
その魔族はただただ這いずるばかりの淀みに過ぎず、日々を恐れて生きてきた。だからソレは願った。死なず、恐れず、生き続ける方法を。
そして解を得た。
魔力を喰らえとソレは囁く。そうすれば君は生き続けることが出来るよと。
魔力は大気を漂っているものだ。魔族はそれをよく蓄える。わざわざ大気中の薄い魔力を喰らうより、魔力をたっぷり蓄えた魔族の方がより効率的だよと声が囁く。
同族を喰らえとの声を、その魔族は直感的に信じた。そうすればきっと自分はより長く生きられると思ったからだ。
最初に食べたのはネズミのような魔族だった。それはキイキイと鳴いて抵抗したが、ドロドロと粘性を帯びた彼(ないしは彼女)から逃れることは叶わずに、糧として消えた。
それから沢山の同胞を食べ、喰らい続けたその魔族は、いつしかこう呼ばれるようになった。
『貪食のシュラム』と。
●
ヒンメルの死より6000年前。
シュラムに囁いたのは、彼の生まれ持って得た一つの魔法であった。彼はそれを『
シュラムは魔族であるのに、滅多に人の言葉を喋らなかった。それは彼が一等に古い魔族だからでもあるし、何より彼には人を欺く必要がなかったからだ。他の魔族のように人の鳴き声を真似て人を喰らう必要など彼にはなく、ただ魔族を喰らうのみ。魔族に言葉で話しかける無意味さは、魔族であるシュラムが一番よく知っているのだ。
だからそう、今目の前で喚くこの魔族の言葉にシュラムは耳を貸さない。
「なぁ、あんたシュラムだろ!?貪食のシュラム!!知ってるぜあんたのこと、俺ぁアンタのファンなんだ!だから俺を食っちまうなんて止してくれよ。ここいらを仕切ってるミトヒュラ様にも顔が利くんだ!あの人の方がきっと俺なんかよりずっと魔力だって多いさ。俺がミトヒュラを呼び出すからよ、アンタが食べちまえばいい!そしたら俺を見逃してくれよ!」
シュラムが耳を貸すのは、『
「ぱきゅ」
間抜けな声だけを残して、魔族はシュラムの体内に埋もれた。
今は人型をしているシュラムだが、その正体はただの這いずるモノでしかない。魔法が囁いたから人型に擬態しているに過ぎないのだ。そのうちまた魔法が囁けば、シュラムは蟲にも獣にもなるだろう。
シュラムが今日食べた魔族はもうこれで8匹になる。その中には先ほどの哀れな魔族が身代わりに寄越そうとしていたミトヒュラも当然含まれていた。魔力量が多い魔族から喰らうのは常識ではなかろうかと彼は思うが、魔族に理解されることはないだろう。ちなみに、先の魔族は満漢全席を食べた後の丁度いいスイーツ程度の扱いであった。
このようにして日々魔族を喰らい続けて2000年。並みの魔族ならば自らの魔力が蒸発するのに抗えず、とっくに死滅しているであろう長い長い時間。それを彼は魔族を喰らうことで補填し続けて、今まで生きながらえてきた。それもこれも、魔法の囁きに耳を傾けてきたが故。這いずるばかりの弱い魔族が、自らよりも格上の魔族を喰らい、古く成れたのも全て囁きを信じたが故なのだ。
だからシュラムは今日も『
「
彼が人の声を発するのは、『
『南東に行け、南東に行け』
魔法がそう返したので、シュラムはよたよたと歩き始めた。彼の肉体には骨が通っていないから、それは仕方のないことだった。魔法には『喰らった魔族の骨を借りれば良い』と言われたが、自らの肉体に他人の骨を入れていると気分が悪くなるので、シュラムは拒否した。『
「南東の魔族は旨いのか」
『旨い』
「そうか」
『そうだ』
魔族を喰らって2000年もの長きを生きたシュラムにとっては、最早人などに食欲を覚えない。初めて人間を見たときは確かに本能で食欲を感じたが、魔法に問いかけると、『食べるべからず』と返された。それは何故かと再度問いかけると、『食べるとお前が死ぬからだ』と返された。シュラムは死にたくなかったので、それ以来人間へ興味を抱くことは辞めていた。
それに今となっては魔力をふんだんに含む魔族の方にこそ食欲を覚え、何故昔はあんなにも人間が食べたかったのかなどは疾うに忘れた。
東南へどれだけ歩いただろうか。その間も木端魔族を見つけては食べ、見つけては食べを繰り返し続けるが、それでもこれは本命ではないと魔法が囁く。
魔法曰く、『まだ南東に居る』。それは今までになく強大で、厄介な魔法を使うと云う。
「その魔族の名は?」
『全知のシュラハト』
なお続かない