pixivより転載
西日本の烏森から東京までわざわざ進学したのは、偏に家にいたくなかったからだ。
家族仲が悪いと言うわけではない。寧ろ良好だろう。ただ、数年前に絶対的に欠けてしまったもののために、どうしても陰が落ちる。
特に、僕が17歳を迎える年に、それは決定打となる。それが嫌だった。
――そう言う僕の心理をわかってか、僕が高校進学の件を切り出したとき。父は独り暮らしの支援もしてくれると言った。
そして東京の高校に進学してはじめて夏。
僕は現在後悔している。人間関係の構成にややしくじったな、と。
「肝試しイェーイ!」
「イェーイ!」
「いぇーい……」
「墨村テンション低いぞ~」
時刻は深夜。僕は同級生に連れられて、5階建ての廃ビルの前に来ていた。心霊スポットとして有名な場所である。僕は既に帰りたかった。
入学当初、テンションの低い僕に絡んできた同級生となんとなく友人付き合いというものをするようになり、それに伴い何人かと会話するようになった。なんでも僕の「スーパークール&ドライ」なところが面白いらしい。僕としてはそう言う自覚はないのだが、そう言えば小中の友人にも似たようなことを言われた覚えがあるなと思い出した。
僕の通っている学校は所謂進学校なのだが、期末テストが終わると10代の少年少女と言うのは羽目を外すものらしい。自宅アパートでのんびりしていたところでLINEで呼び出された先がこの心霊スポットの最寄りのファミレスだった。
メンバーの人数は僕を含めて5人ほど。2人が女子。僕は「若いお嬢さんが夜遊びするんじゃない」と言いたい気持ちでいっぱいだった。特に男友達の彼女たちを見る目が明らかに浮ついていた。これは僕がしっかりしないと犯罪が起きるな……と腹を括ったところで、「じゃあ入るか」とフェンスの破れ目に対してニッパーを持ち出した友人に「不法侵入……」と内心で突っ込んだ。
「――で、ここどういう場所なの。具体的なこと知らないんだけど」
フェンスを潜った僕は、仕方ないのであとから入って来た女子の手を引きながら尋ねる。女子の手って柔らかいな。なんだかキャーキャー言われているが僕が気にせず尋ねると、ペンライトを取り出した友人は言う。
「所謂自殺スポットだな」
「やだー」
「こわーい」
(怖いなら来なきゃいいのに)
「廃ビルになって随分経つらしいんだが、このビルが使われていた頃から自殺者が出てたんだとか。そのどれもが遺書も何もなくて実のところ自殺かどうかはわからないんだけど、自殺と言うことにしかできない……で、今も屋上から飛び降りが……」
友人はムードたっぷりに語りながら、ビルの扉を開く。
いかにもただの雑居ビルと言った風情で、しかし片付けはなされている。埃っぽかった。少し彷徨って、階段を見つける。非常階段のようだった。僕は友人に尋ねる。
「それで、今日はどこまで行くの」
「屋上から飛び降りが多いって言うから屋上だな。まぁ屋上フェンスの近くにまで行ったら危ないから、屋上に出たらすぐに画像撮ってあとは帰るってことで」
(そこ常識あるんだ……)
僕はそんなことを思いながら、ちらりと周りを盗み見た。
――さて、僕の家は所謂異能者の家系だ。直系の者ならば霊感はデフォルト装備である。僕は結界師としてミソッカスだが、霊感はある。
あるので、そこらをうろうろしている浮遊霊の多さにも気付いていた。
(……ちょっと多すぎるな。集まってるのか……?)
自殺スポットとは聞いているが、それにしたってちょっとした祭りの人混みのように多い。僕以外はまるで気付いていないようで、女子のひとりが「ちょっと寒いね」と言ったぐらいだ。これだけ幽霊がいればそれは冷えるだろう。
――不意に気付く。
非常階段も埃が積もっていたが、友人がペンライトで照らした先に足跡がついていた。それも2人分。足の大きさからして、恐らく成人男性。
(……犯罪が起きてないといいんだけど)
僕はいざとなったら結界術を使うつもりで、暗闇の中で無意識に手印を結んだ。
ゆっくり歩いていたので、屋上の扉に辿り着いたのは10分後のことだ。
友人が扉のノブを掴む。――鍵は開いていた。
「マジ?」
「こういうところって普通鍵かけとくんじゃ……」
「とりあえず出てみようぜ」
女子2人が困惑の声を上げる中、後ろからあまり面識のない男子が声をかけてくる。
友人は扉を開いた。
――闇。
「え?」
友人が困惑の声を上げるのも無理はなかった。扉の向こうは、光の一切差さない闇だったのだ。無論今は夜である。しかし眠らぬ街東京にて、これはおかしなことだった。
「冗談だろ……」
後方から男子の声がする。女子2人は息を飲んだまま立ち尽くしていた。
硬直していたのは数秒のこと。男の手が、闇の向こうから突き出て来た。
「うわっ」
恐怖はなかったものの吃驚させられて声を上げた僕に対し、他の面々は阿鼻叫喚。脱兎のごとく逃げ出した。「おい墨村行くぞ!」と僕も友人に腕を引っ張られる。良い友人だ。大事にしよう。そんなことを呑気に考えながら、僕たちは元来た道を駆けていった。
「……転がるように逃げていったのう」
「怪我しないといいんだがな。それよりもう少し説得にかかりそうだからまだ見張っててくれよ」
「あー、吃驚した」
僕たちは息を切らしながら、廃ビルのフェンスの外に出ていた。5人全員が揃っていることをお互いに確認して、女子2人が「怖かったねー」などと言い合う。
「さっきのはなんだったんだ……?」
男子が困惑気味に首を傾げる。
「ああいう話はなかった気がするんだけどな」
「まぁ肝は十分冷やせたでしょ」
僕は強引に話を畳もうとする。
「もう遅い時間だし、帰ろう。男子は女子送ってあげて」
「お前は?」
「僕はもう少し息が落ち着いてから帰るよ。先帰ってて」
「運動不足だなー」
友人ははは、と笑って、他のメンバーと帰っていく。
……その背中が見えなくなったのを認めてから、僕は再びフェンスを潜った。
そして、周りが誰も見てないのを確認してから――ビルの前に立つと、結界を展開した。
僕の足元に展開したそれは、僕を乗せて真っ直ぐに伸びあがる。そう、廃ビルの屋上へと――
「へっ?」
間の抜けた声が、屋上からした。
屋上には、2人の男がいた。それと、――恐らくここに巣食う、怨念。あるいは怪異。それは子どもの姿を取っていた。裸の子どもは、破けたフェンスの前で蹲っている。
「あー、やっぱり」
僕は呆けている男2人の前で、がしゃがしゃとフェンスを乗り越える。着地すると怨念が漂っているようだった。
「大人の男2人が先に行ってるなと思ったんだけど、この様子だとあなた方も『こちら側』ですか」
「君は……」
「――異能者じゃな。それもその術は間流か」
男たちは奇妙な取り合わせだった。暗くてよく見えないがスーツの男、片方は青い着流しを着ていた。どういう取り合わせだろうと思いつつ、僕は肯定した。
「墨村と言います。それで、あなた方はこちらで何を?」
「仕事じゃ。もう少しだからそれ以上邪魔立てするでないぞ」
「――大丈夫だ。もう終わった」
その瞬間、怨念が消えたようだった。
屋上を揺蕩っていた闇が消え、子どもの姿をしたそれがゆっくりと繙くように消えていく。
やがて何もなくなったとき、僕は尋ねた。
「もしかして、さっきの屋上の扉の闇も、さっきの子ども関係ですか」
「お主、さてはあのとき1番落ち着いていた奴だな? ……そうじゃ。ここには管財人から依頼が来ておっての」
「――生き残った人間の話で、『屋上の扉を開いたら闇があって、そこから引きずり込まれた』というのがあってな。詳細は省くが……先程の子どもが元凶だった。だがそれも片が付いた」
よっこらせ、と膝を突いて立ち上がるスーツの男は、くるりと僕の方を向いた。
夜目にもわかる甘い顔立ちの男は、僕に向かって懐から何かを取り出した。そして、差し出す。
「どうも、水木探偵事務所の者です。専ら担当は幽霊や妖怪などの怪異なんですがね」
それは名刺だった。丁重に受け取り、そして僕は答えた。
「異能者としても青二才の僕にお店の宣伝する必要あります?」
「仕事はこつこつとな」
「どこから仕事が舞い込んでくるかわからない。ま、そんな君とはまた会う気がするけどね。それじゃ、君、高校生だろう? 夜は早く寝るんだよ」
そう言って、男2人は屋上の扉から立ち去って行った。
残された僕は特にやることもなかったので、結界術で屋上から滑り降りた。
それが水木探偵事務所との出会いの切欠。
バイト情報誌で仕事を捜していたとき、「霊感がある人大歓迎」などという広告を見つけたのが切欠となって水木探偵事務所の助手として雇われることになるのはまた別の話である。
了