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オアシスを創設して以来、私は休む暇がなかった。教授、オアシスの最高責任者というのは仕事が多い。オアシス内の施設の建設計画を作り、工場ではオーダーを決め、建設で不足した資源を採集しに向かい、追放者が失ったメンタルの欠片を探しに各地を訪れる。しかも、あのオアシス防衛線が起こったことで、一度私たちは設備も資源も失った。障壁の維持もできないほどにオペランドを消耗した私たちは、それからずっと他のセクターを渡り歩き、壊された施設を修復する日々を続けてきたのだ。
だが、そんな日々ももうすぐ一息がつけそうだ。オアシスの主要施設は全て完成しきり、資源採集もより効率よく行えるようになった。これは多くの人形がメンタルの欠片を手に入れ、本調子に戻り始めたからだろう。それに、各セクターの協力もあってオペランドの量に不満はなくなった。もちろん、追放者の使命はまだ果たせていないが、私とそして頑張ってくれた人形たちのためにちょっとの休暇があっても良いだろう。私は司令部にある食堂で、たまたま同席していたぺルシカにそんなことを話した。
「確かに、そろそろお休みしても良いかもしれません」
ぺルシカは話すのを躊躇ってから、ですが、と話を続ける。
「現状では満足にお休みできるのは教授だけでしょう」
一体どうしてだろうか。たとえ人形であっても、休息は人と何ら変わらず、むしろ人以上に効率よくとれそうに思える。
「教授は施設は全て完成したと言っていましたが、それは間違いです。なぜなら、教授は宿舎に一切手を加えていませんから」
すっかり忘れていた。私は思わず頭を抱える。オアシスではいつも司令部にこもりっきりだった。もっと日ごろからオアシス中を見て回っておくべきだった。
「教授の大変さはみんな知っていましたから、今まで私たちはこのことを黙っていたんです。ですから、そんなに落ち込まないでください、教授」
ぺルシカの慌てた声で我に返る。人形は劣悪な環境でも過ごせていける。私がこの事実に気づけなかったのは、彼らの生存力の高さも関係しているのだろう。だが、そのままにしておくわけにはいかない。私は目の前の食事を急いで食べ終えると、食堂から飛び出した。
宿舎の改造には、家具コインというのを使うらしい。リコから教えられるまで知らなかった。私が家具コインの在庫を確認し、彩度補給所に戻ってくると、リコから両手いっぱいのカタログを押し付けられた。
「リコの扱ってる家具は、テーマに沿ったものが多くてね。教授さんの家具コインだとテーマ家具を三種類購入できそうだけど、出血大サービス! 今ならもう一種おまけで付いてくるよ!」
リコはそういって季節外れの家具を映像で見せてくる。どう見ても在庫処分だろう。それは却下するとしても、カタログがあまりに多すぎる。一つずつ見るしかないが、あまり時間をかけれることでもない。テーマ家具を購入するのはやめておこう。今必要なのは寝具だったり、収納棚であったりと最低限必要なものだ。私はそう思い、ベッドとラック、ついでに窓を注文する。リコは不満げだったが、流石に商人だ。ちゃんと要望通りの品を持ってきた。
結論として、私の選択は悪手だった。家具の変化に始めは喜ばれた。だが、それらはあまりに無難すぎた。ビジネスホテルのような光景はどうしても不満に思ってしまうらしい。それに、ここは仮想世界だ。折角だから、現実だとあり得ないような内装にしてほしいといった意見も存在していた。一度宿舎に手を出してしまったことで、抑制されていた不満が爆発してしまったようだ。私は司令部にやってくる数々の宿舎への不満に悩まされることになった。
「どうやら私にはセンスがないみたいなんだ。だから、こうして意見を聞いてみようと思ってね」
場所は食堂。思えば宿舎を使うのは人形なのだ。ならば、利用者の要望を受け入れれば間違いないはずだ。私は少女の横に座り、尋ねてみた。
「その、ええと、突然そんなことを聞かれても……その――」
オアシス内で一番大きな病院は司令部にある。だから、この食堂は医療人形も活用する。私のとなりにいる少女、ボニーは私が座った時からずっとあわあわしていた。ボニーは緊張しい性格だ。いつもなら世間話を挟んで調子を取り戻してから、本題に入るのだが、つい気持ちが先走ってしまった。
「ごめん、急すぎたね。他の人形にも聞いて回る予定だから、今すぐに答えなくても大丈夫だよ。ゆっくり考えて、私に教えてくれればよいから」
ボニーに謝って、私は席を立つ。そのままボニーから離れようと思ったが、服が何かに引っかかった。いや、引っ張られている。
「わたし、宿舎に作品を置きたいです!」
力の思ったその声は食堂中に響き渡った。声量を間違えたのか、ボニーは顔を赤くして俯く。家具を買うのではなく作る。確かに、オペランドを使えばどんな材質も再現できる。工作にはうってつけな環境だ。それに、オブジェでもあれば宿舎はにぎやかになるだろう。
「分かった。じゃあ、ボニーに宿舎の飾りつけを頼もう」
「えええええ!!?? ほ、ほんとにいいんですか」
つい先ほどよりも大きな声が、食堂で木霊した。
私たちの使命は、クラウド中に散らばった人形、追放者の保護だが、実際にどれほどの人形がここ、マグラシアにいるのかを知るものはいない。だから、初めて宿舎を建てたとき、ある程度部屋を余分に造っておいたのだ。その部屋は扉すらなく、代わりに黄色いテープが雑に貼り付けられている。私はテープを剥がし、部屋に入っていく。想像通り、何もない。現実だったら、蜘蛛の巣や埃っぽさに苦しめられることになっただろうが、仮想世界には蜘蛛もダニもいない。私としては、掃除の手間が省けて嬉しい限りだが、人によっては不気味に感じるのだろう。
「オアシスの人員も増えてきて、そろそろ部屋を増やそうと思っていてね。だから、ここを自由に飾り付けてほしいんだ」
私は台車から荷物を降ろす。ボニーは芸術に興味があったらしく、あの後私の元にスケッチブックを持ってきた。そこには、アクセサリーから花瓶のような小物から、私の背丈ほどになる大きなオブジェと多種多様な設計図が描かれていた。私としてはちょっとした絵を飾るだけでも良いと思っていたが、ボニーの熱意に応えるため、彼女には部屋丸ごとのデザインを任せることにしたのである。
「は、はい……!」
ボニーの声音は緊張したものだったが、顔を俯くことはしない。彼女は確かに臆病だが、決めたことはしっかりとこなしてくれる。事実、その声からは強い意志が感じられた。
その日から、ボニーは仕事以外の時間を全てその部屋で過ごした。何故それが分かるのかというと、未使用の部屋を毎日行き来するボニーの姿を数々の人形が目撃したからである。食堂でも、ボニーはどこか上の空になりながら食事をしている。そんなボニーを不審に思った人形は少なくなく、何回かボニーに調子を尋ねている様子を見たことがある。その度にボニーは、どんな作品が出来たのか、現在制作している物の進捗などを嬉しそうに話す。それは私であっても同じだった。
「ボニー、少し一休みしてはどうか。食事中も部屋のことを考えているだろう」
「ふにゅぅ……ど、どうして分かったんですか」
どうやらばれないものだと思っていたらしい。ボニーは可愛らしい声をあげて恥ずかしがる。
「宿舎の増築は今すぐしないといけないことじゃないんだ。ボニー、無理に頑張っているようだったら――」「そんなことありません」
一旦落ち着いて、ゆっくりとした方が良い。私がそう話す前に、ボニーの声に遮られる。ボニーは少しの間自分の声に驚いた後、怯えるように話し出す。
「制作は結構楽しくて……、つい熱中してしまうんです。それに、これはわたしが皆さんの役に立てることですから。ですから……、その、まだ続けたいんです」
ボニーは頑張り屋だ。以前から、どうにかしてもっと私たちの役に立ちたいとよく話していた。ボニーが宿舎の模様替えを立候補したのも、きっとその想いが発端なのだろうと気づいた。それに、私が話し方を誤ってしまったことも。
「ああ、違うんだ。模様替えを中止させたいのではなくて、もっと休憩を挟んでもいいんじゃないかという話をしようと思ったんだ」
「い、いえわたしが勘違いをしただけで、教授は悪くないですよ」
ボニーは自身の早とちりに気づいたらしく、素早く椅子から立って謝罪し返す。あまりに慌てていたのか、机の脚に体をぶつけて、顔をしかめてしまう。その光景が面白かったものだから、少し笑ってしまった。
結局、ボニーは部屋のことを考えることが多いだけで、体調の悪化などはなさそうだった。医療用人形だから、そういった部分は注意しているのだろう。だが、やはり不安なものは不安である。そのため、私はその部屋を訪ねてみることにした。部屋の扉からは明かりが漏れ出ている。新しく取り付けたそれには傷一つ付いていない。私はノックをし、ボニーの声が聞こえてから扉を開けた。
まず目に入ったのは、部屋の中央にある大きなオブジェだ。骨を模した素材を使い、樹木のように組み合わせている。それの最高点は既に私の胸の高さぐらいに届いていた。ボニーは左手に骨を持ち、オブジェに向き合っていた。当然、ボニーの背丈ではこれ以上オブジェを組み立てることができない。だから、ボニーは私の脚ほどの高さがある脚立の上に乗り、作業をしているようだった。
「すみません……、今少し取り組んでいて――、ええ!? きょ、教授ですか!?」
ボニーは遠慮がちにこちらの方を向くと、私に気づいたようだ。ボニーは驚いて、思わず持っていた骨を落としてしまう。ボニーは大慌てで、前のめりになって骨を掴もうとした。
「ああ、拾わないと!」
ボニーの頭の中は、教授の訪問と落とした骨で一杯だった。今乗っている場所が脚立の上だということなどすっかり忘れていた。
マグラシアは何故か物理演算がしっかりしていて、転げたら痛いし、物がぶつかっても痛い。だから、脚立から落ちたら、そのまま制作中のオブジェに突っ込んだとしたら怪我を負ってしまう。私は口を開くよりも早く部屋の中央に走り、ボニーを受け止めようとする。
「っっ!」
受け止めるまでは良かった。だが、うっかりボニーが落とした骨でつまずいてしまい、ボニーを抱えたまま後ろに倒れてしまう。そして、部屋中にオブジェが崩れる、乾いた音が響いた。
「ボニーの頑張りをなくしてしまった。本当に申し訳ない」
幸いにも、背中に鈍い痛みを感じただけで、これといった怪我をすることはなかった。抱え込んでいたボニーも無事だ。だが、ボニーが作っていたオブジェは見る影もない姿だ。部屋中に骨が散らばってしまったため、ひとまず私たちはそれらを片づけていた。
「謝らなくても大丈夫です、教授。だって、教授は体を張ってわたしを守ってくれましたから」
ボニーは怒っている様子はなかったが、口調は暗いものになっている。
「でも、わたしはこんなドジを踏みました。これでは皆さんの役には立てませんよね」
ボニーは作品が壊れたことに落ち込んでいるのではない。私からの頼みをこなす力がないのだと、自信を失っているのだ。だとしたら、私が伝えることは決まっている。
「それは違う。だって、ボニーは一切諦めずに、ここまで組み立ててこれたじゃないか」
「でも、あと少しのところで台無しになってしまいました。また作り出しても、上手くいかないかもしれません」
「確かに、ボニーの身長だとあれ以上に組み立てるのは無理かもしれない」
ボニーは涙目になりながら、私の話を聞く。私が本当に心配すべきなのは、ボニーの体調面ではなかったのだ。
「だけど、誰かと協力し合えばボニーも作ることができる」
「で、でもそうすると役に立てたことには――」
やっぱりそうだ。ボニーは役に立つことが何かということを誤認している。
「私たち、追放者は互いに助け合うことでここまで発展できた勢力だ。もし各々が閉じこもって、独り独りで活動しようとしていたら、とっくの昔に浄化者に粛清されていただろう」
ボニーは私の頼みを受けてから、ずっと誰かを頼ることはしなかった。
「だから、ただ独りで頑張ることだけが役に立つことではないんだよ」
ボニーはハッとしたような表情になる。ボニーはオアシス中から愛されている。もしボニーが協力者を求めたら、あっという間にこの部屋が人形で埋まってしまうことだろう。
「つまり、その、だ、私にボニーの模様替えを手伝わせてもらえないだろうか」
一度オブジェを崩してしまったから、こんなことを頼むのは気恥ずかしかった。恐る恐るボニーの方に目をやる。ボニーは震えていた。
「教授、ほんとに良いんですか。私は、教授となら役に立てるでしょうか」
ボニーは泣いていた。ちょっと微笑みながら、声を漏らして、やっとのことでこう話した。
「ああ、もちろんだとも。約束する」
こうして、私とボニーの宿舎改造計画は始まった。ボニーが私に骨の置き場所を指定し、私が徐々にオブジェを組み立てていく。ときには、芸術が分からないなりに、私がデザインを提案することもあった。半分ぐらいは却下されてしまったが、それでもボニーの作品は以前よりも良いものへと変わっていった。
「あとは、ここに組み込んでください」
私は慎重に工具を使い、骨を固定させる。
「か、完成です!」
ボニーはオブジェの周りを何度もくるくる見まわし、喜びを抑えきれないように宣言した。
「教授が手伝ってくれたおかげです!」
ボニーは私に近づくと、私の手を握りしめた。ボニーの手の暖かさとは違う、何か硬く、軽い感触が手から感じる。
「教授にお礼をしたくて、少しずつ作っていたんです。その、どうでしょうか」
それは釣り針のようだった。乳白色で、紐で括りつけられている。見たところ、ネックレスのように見える。
「それは、ボーンカービングというもので、ハワイではお守りとして人気だったようなんです」
ボニーは何か期待するような目で私を見る。材質は骨、によく似た樹脂なんだろうが、思った通り非常に軽くて首に負担がかからない。それに、ボニーの想いがこれには詰まってる。そう思うと、まるで元々首に付けていたかのような、そんな心地よい感覚がネックレスからはしてくるのだった。