氷雪姫の恋   作:丸米

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十六 己が憎悪すらも、血肉へと

「....命に別状はない、と解ってはいたのですが」

 盆からそれぞれ茶を置きながら、滔々と八柳は話している。

「.....ずっと眠り続けている姿を見ていると、どうしても不安になるのです」

 だから、と。八柳は続ける。

「目覚めてくれてとても嬉しいです。――おはようございます、白鷹」

「.....おはよう、八柳」

 

 別に、何ともないやり取りのはずなのに少しだけ気恥ずかしくなってしまう。不思議なものだ、と白鷹は思う。八柳はただ淡々とした言葉でこちらを心配してくれているだけなのに、何故にこれほど照れが入ってしまうのだろうか。

 白鷹が八柳に視線を向けると。――珍しく、八柳の方から目を逸らした。

「.....?」

「すみません....いつもの癖で。少し動揺したものですから....」

「ああ....そっか」

 

 八柳の瞳術は、強い感情の起伏により暴発する危険がある。だから、彼女は目を逸らす。

 その因果に、白鷹はどうしようもなく笑みを浮かべてしまう。――正直に言うと、あまりにも可愛らしく、そしてむず痒かった。自分に対して、思わず揺らいでしまう程の感情を向けてくれているのだと。そんな風に思って。

 恐らくこの時。目覚めて間もないからか。もしくは単に互いの距離感を自然に近くしてしまったが故か。まさに”思わず”。何も思考を介在させぬまま――。

「....白鷹?」

「あ」

 

 至極自然に。眼前に人懐っこい子犬が飛び掛かってきたような、そんな風情で。

 俯いた八柳の頭に、己の手を乗せていた。

「....」

「....」

 沈黙が走る。反射的にやってしまった事に白鷹は固まり、八柳もまたそのままの体勢のままでいた。

 ひんやりとした八柳の体温が頭部から白鷹の手に伝わり、その冷たさが――冷静さを取り戻させ、自分がやらかした勇み足を気付かせた。馬鹿ではないか馬鹿でした。何処の世界に己が主の子女に頭を撫でる愚か者がいるのか。

「白鷹」

「はい」

 視線を下に向けている八柳の表情は見えない。いや、表情そのものは相対したとて見えないのであろうが。下を俯いている姿からはどのように思っているかの推測が難しい。呼びかけの声に、いたく機械的な返事をしてしまう。

「....八柳を慰めてくれているのですか?」

「....正直に言う。本当に何も考えず、こうなった」

「そうですか」

 

 八柳はただそう言うと、一つ頷く。

「....ありがとうございます。何だか、気分が落ち着いてきました」

「あ、ああ....」

「白鷹の手は、温かいですね」

 

 存外。あまりにも存外であるが、八柳はこの無意識に行われた自殺的行為に対し、奇跡的に好意的に受け取ってもらえたようだ。

 安堵の感情と少々の照れもあり。白鷹は一つ息を吐き、頬を紅潮させ八柳と同じように顔を俯かせた。

 両者ともに顔を俯かせ。先に白鷹が顔を上げた、その時――。

「やぁ白鷹。――ワタシだ」

 

 左足首に糸を巻き、逆さ吊りの忍装束の少女が、一人。

 赤髪と、異様な長さの睫毛を後ろ手に結んだまま逆さに流し――赤い目が、白鷹の眼前に現れていた。

「....あ、あ、赤猿....」

「ふぅむ。いや、やはり」

 

 普段は猿の面に隠れたその顔面。子供らしい無邪気さを湛えた表情と、悪戯っぽい仕草と合わせた笑みを零した逆さの顔が白鷹を捉えていた。彼女はうんうんと腕組みをしながら頷き、わざとらしく両手を開き更に笑みを深め、呟く。

「人間観察というのは、かくも楽しいものかな」

 

 

「いやはや。一度は死にかけたがワタシは実に幸運に恵まれた。あの連合国からの客人が血清を持っていて、ワタシに付与してくれた。おかげでこの通り、ワタシは生き延びる事が出来た」

 にこやかに笑みを浮かべながら、赤猿は言う。

「いやぁよかった。よかっただろう、白鷹?――面を上げて嬉しそうな顔を見せてくれ」

「.....」

「おーい」

 

 白鷹は一度顔を上げたものの、またも俯いてしまっていた。照れの感情により俯かせた先。己が勇み足を当事者以外の何者かが見ていた事実を前に、紅潮した頬は一転、その表情は蒼ざめていた。

「八柳様どういたしましょうか。白鷹が顔を上げません」

「本当に、どうしたのでしょうね?」

「顔を俯かせ二人の女子を前に頭部を差し出しているこの状況。やる事はただ一つでしょう、八柳様」

「....?ああ....」

 

 赤猿の言葉に当初疑問符を浮かべていた八柳であったが、すぐに得心がいったのか一つ頷く。赤猿は糸でぶら下がった体勢から地面へ降り立ち、白鷹の左手側へ向かう。

「よしよし。褒めてつかわす。よく頑張った」

「お返しをさせてもらいます。ありがとうございました白鷹」

 

 俯く白鷹の左右を赤猿と八柳が挟み込むと、二人してその手を頭上に乗せる。

「もう俺はダメだ....いっその事殺せ....生きてはいられない....」

「どうした白鷹。あの時見せた生への執着は何処に行った。恥の一つ笑い飛ばす気概を見せよ気概を」

「うるせぇ....クソが.....ぶっ殺すぞ....」

「死にたくなったり殺したくなったり白鷹も大変だ」

「.....」

 

 実に楽し気にからかっている赤猿とは対照的に。八柳は相変わらずの無表情のまま、無言にて白鷹の頭をひたすらに撫でていた。.....恐らく、人を撫でるという行為そのものが新鮮に感じているようであった。

 己が勇み足で八柳の頭を撫でた手前。白鷹はそれを振り払う事は出来ない。その様子を、実に幸せそうな笑みで赤猿はただ眺めていた。

「という訳でだ。ワタシは何とか命を拾う事が出来た訳だ」

「,....」

「お互いが生きるための選択をして、お互い生き残る事が出来た。まさに最良。――よかったよ、本当に」

 

 ぽんぽん、と白鷹の頭を軽くはたき。赤猿は「さて」と続ける。

「藍坂牛太郎の『書』による襲撃を受けた後の事。――不可解だった一連の出来事について色々と判明した事があった。判明した諸々について白鷹に説明する為に、ワタシはここに来た」

「ようやく本題に入れるか.....何が判明したんだ」

「まずは――これを見てほしい」

 

 赤猿は懐より何かを取り出し、それを白鷹に手渡す。それは――。

「おい。これ.....」

「そう。あの時、藍坂牛太郎の『書』の上に乗っかっていた赤い宝石」

 

 血管のような赤色が蠢く薄闇色の石が、そこにあった。

 顎砲山の調査を行った時。竜の紋章の地面の中、藍坂牛太郎の『書』と共に埋められていたもの。

 この石が掘り起こされ、砕け散った瞬間――術者もなしに藍坂牛太郎の『書』により、召喚魔道が行使された。

「これは、あの連合国からの客人が持っていて。一つ見本としてこちらに譲ってくれた。――これは、魔王を信奉する教団が開発した魔道具であるらしい」

「.....効果は?」

 八柳も白鷹の頭から手を離し、赤猿に視線を送りそう尋ねる。表情は変わらないが、身に纏う空気感が一気に真剣みを帯びるのを感じた。

「魔道の行使を代行をする魔道具。基本的には使いきりで、一度使えば砕ける。――あの時、術者もいないのに召喚が行われた絡繰りはこの石にあった」

 

 成程、と白鷹は呟く。――術者なしに召喚魔道が行使された絡繰りは、魔道の行使を代行する魔道具によって行われたものであった。実に単純な話だ。

 

「それで。何で連合国の客人がこんなものを持っていたんだ?」

「彼等は彼等で、別件でこの石を教団から回収していたらしい。――この魔道具は”玉石”と呼ばれている。彼等はこの石の正体まで話してくれた」

「....正体?」

「そう。正体。魔道の行使を代行するという事は。その行使にかかる負担もまた、代わりに背負う事になる。だからこれは砕ける。――では。魔道の行使を代行し、その負担まで背負うこれは何で出来ているのか」

 赤猿は――その後の言葉を続けんとした瞬間。一瞬伏し目となった。

 視線を下に俯かせたのは。普段見せぬ感情を宿した目を眼前の二人に見せない為であろう。恐らくは、――怒りであろうか。

 魔道の行使を代行し、その負担を肩代わりするという性質。そして、今見せている赤猿の様相。様々な要素を勘案し、白鷹も八柳も何となしにその正体に勘付いた。

 

「――人間。もっと詳細に言うなら生きた人間の脳。これを原料にして作られた代物が、”玉石”の正体」

 

 

「――魔王の残党が顎砲山から侵入した事が判明した後。玲瓏の外周地域にて幾つかの異変が起こっていると忍衆から報告が上がっている」

 赤猿は淡々と、状況の説明を行う。

 

「一つ。玲瓏へ続く街道を行き来する旅人や商人へ襲撃が増えている事。二つ。これは一つ目の異変と大きく関わっているが、玲瓏周辺の賊が急激に増えている事」

「.....」

「この異変は....間違いなく顎砲山から侵入してきた者共によって引き起こされている。既に玲瓏の幾つかの村でも襲撃がされていて調査が行われている。近いうち賊の掃討に兵が駆り出される事になると思う。その中で、噂の魔王の残党連中と刃を交える可能性もある」

「何故、襲撃が.....」

 白鷹は己が疑義を口に出す前に、勝手に己が頭で理解できた。

 

「その玉石の材料を、賊を用いて玲瓏の民で現地調達するつもりか.....!」

「その可能性も、ある」

 

 玉石の材料は生きた人間の脳。玉石の効果は、魔道の行使と、行使にかかる負担の肩代わり。

 この機に賊の動きが活発になってきたという事は――これを作り出す為の人間の調達をする為の準備である可能性もある。

「――準備ができるうちに、準備をしておこう。白鷹」

 

 だからその『書』を銘文様は白鷹に手渡す事にしたのだ、と。赤猿は言った。

「....自ら倒したそれを、今度は己が力とする。己の感情も含め文字通り全てを賭けて殺しきった仇が、今度は白鷹の血肉となる」

「.....」

「茨の道ではあるが――そういう道こそ、白鷹に相応しい。ワタシは、そう思うよ。だから、頑張れ」

 

 そう言い残すと、赤猿はひらひらと手を振り。暖炉室から出ていった。

「.....」

 中々に残酷だと、そう己の頭は思っている。

 己が全てを奪い弄んだ元魔王軍の将。これまでの人生で降り積もった恨みつらみの源泉。その男の『書』を手渡されて。その力と向き合い、獲得する事が求められている。何と酷な話だ。

 だが。――己の胸は、どうしようもなく高鳴っているような気がする。

 空っぽを自覚した己の先に。また一つ、何かが埋め込まれたような気がして。

「.....頑張ってみるか」

 そういう気になった。強くなれる理由がそこにある。例え苦しくとも、空っぽだった己が視線の先に見えるものがあるというのならば。

 そう思考を巡らした瞬間。また――ひんやりとした感触が頭部より伝わってきた。

「....八柳?」

「頑張ると申されておりましたので。これは好機かと」

「なんの好機だ.....⁉」

 横手にいた八柳が、また白鷹の頭を撫でていた。随分とお気に召したらしい。

 

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