氷雪姫の恋   作:丸米

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十八 ”氷槍”対”怨霊”

 その絶叫は、玲瓏の騎馬隊にも届いていた。

「成程....賊は、やはりただの釣り餌だったか」

 屍を引き連れ襲い来る首無し騎兵を前に――吉賀玄賽は、変わらぬ悪鬼の笑みを以て迎える。

「――行くぞ、蝋月。怨霊祓いよ!」

 玄賽の声に、愛馬は絶叫を斬り裂くような嘶きと共に走り出す。

 肥大化した筋骨から蹴り上げられる地面は、異音と共に蹴り上げられる。

 屍の濁流が、首無し騎兵の音頭と共に流れゆく。その流れに囚われれば、己もまたアレの一つとなるであろう。

 玄賽は、それでも濁流に乗り込んでいく。

 ――濁流が流れ来るのであらば、堰き止めるのみよ。

「――『氷衾』

 馬の前脚が跳ね上がり、地に叩きつけられる瞬間。首無し騎兵の前に――堅牢な氷の壁と、その周囲の地中より氷の槍衾が生え出る。

 屍の濁流は壁に激突し、または槍衾に貫かれていく。

 尋常であらば、激突の衝撃で死ぬか、身体を貫かれ死ぬであろう。されど――この兵共は尋常に非ず。

 最早、既に屍故に。死ぬ事はない。心の臓を貫こうが脳髄を抉ろうが、彼等はその肉体の形がある限り、動き続ける。

 壁に激突した屍共は骨が砕けようとも立ち上がり。槍衾に突き刺さりし屍共はその身を捩り引き抜く。

「さすがは、怨霊。だが動きは止めた」

 

 眼前の光景を前にしても、玄賽は慌てる様子はない。むしろ――より面白くなったと、笑みの色が濃くなっていく。

「者共、陣を引け!連中を氷牢に沈める!」

 

 槍を掲げ、玄賽は己が背後に率いし軍勢に指令を下す。

 その声に応え――騎馬隊は、屍の軍勢を囲うように動き出す。

 ――絶叫が響き渡る。

「おっと。――貴様の相手はこの私ぞ」

 

 陣形を作らんとする騎馬隊の動きを見咎め、襲い掛からんとする首無し騎兵の目前。先回りした吉賀玄賽が立ちはだかる。

 騎馬隊は差し迫る屍兵を、精鋭を前に出し押し留めると共に。扇形に陣を形成していく。

 この陣形が出来上がるまで――首無し騎兵は、吉賀玄賽が相対す。

「この亡者共は、お前の鎖に繋がれている。――お前を留めれば、この場から動けぬであろう」

 

 対峙し、先に仕掛けたるは首無し騎兵であった。

 戦斧を振り上げ、玄賽の脳天へ向け降ろす。

 玄賽、その斬撃から身を逃す事無く――己が得物を振り上げ、応ずる。

 戦斧と、穂長槍。大振りの得物が、互いの持ち手の全力を以てぶつかり合う。瞬間――互いに互い、尋常ならざる力が流れ来るを感じた。

 その力は、騎乗者を通し――互いの馬にも伝わる。

 腐敗した馬はその力に僅かながら後ずさり、青肌の馬はその力を後ろ脚に流し押し留める。

 渾身の力がぶつかり合うと共に、剣戟が始まる。

 縦横に振るわれる戦斧と、演舞の如く回される槍。かき鳴らされる金属音がけたたましく響き渡り、互いの肉体が肉薄していく。

 押されるは――首無し騎兵の方であった。

「蝋月は、この玄賽が手をかけ育てた玲瓏一の名馬。――腐れた馬如きに押し負けるわけもないわ」

 激しく鳴り響く剣戟の最中。その間隙を突き、攻撃を差し込むは――吉賀玄賽。

 槍の柄にて首無し騎兵の右手を跳ね飛ばし、上半身の捩じりを以て――神速の突き込み。

 長く鋭い刃が、首のない鎧を貫く。

 

「――やはりか。流石は亡者だ」

 鎧を貫き、その中身を穿つ。その感触は――泥を突いたようであった。

 肉の感触ではない。粘っこく、もったりとしているが確かな手触りが感じられぬ感覚。

 心臓目掛け突きはしたが――そんな代物、やはり存在はしなかった。

 槍を引き抜けば。その鎧の内側より――どす黒く変色し、ヘドロ状となった血液らしきものがそこから溢れ出ていた。

「さて、――どう殺してくれようかァ.....!」

 首無し騎兵は、漏れ出たその血液もどきを戦斧に付着させると、斬撃と共に飛ばす。

 斬撃を槍にて防ぐと共に――己が顔面に飛ばされしその血液もどきを、空間上に生成した氷の壁にて防ぐ。

 氷は――その水分が血液もどきと交じり合い変色すると共に。酸に溶けるようにその形を崩し、消え去る。

 首無し騎兵は――己が頭上に浮かぶ頭蓋骨を左手にて再度掴むと。己が胸から流れ出る血液もどきを付着させる。

 頭蓋骨から更なる絶叫が響くと共に、その口先より新たな鎖が生まれる。

 新たな鎖は、そのヘドロの如き血液もどきを纏っていた。

 首無しの左手が振られると共に――頭蓋骨より吐き出されし鎖が玄賽へ襲い来る。

 血液もどきが付着した鎖の第一陣。その後、遅れて屍兵を巻いた鎖の第二陣。

「蝋月、跳べ!」

 その叫びと共に。玄賽が愛馬、蝋月は四肢を折り曲げ地へ力を溜めると共に。その身体を跳ばす。

 第一陣の鎖を跳びにより回避すると共に。得物を構えた屍兵が鎖と共に玄賽へと迫りくる。

「『雨槍氷』」

 蝋月の跳びと共に、玄賽は空に向け槍を突き込むと空に紋章を描く。

 突き込んだ先より、空間は凍り付き。薄く広く氷が拡がっていく。

 己が肉体に屍がぶつかるよりも早く。玄賽の上空より広がりし薄氷より――鋭く長い氷の槍が降り落ちるが早い。

 それは、まさしく雨。

 豪雨の如く激しく、速く、振り落ちる氷の槍衾。

 それらに貫かれた屍兵は――地に串刺しとなり、縛り付けられる。

「――怨霊如きに敗れる我等ではないわ」

 跳躍からの着地。そこから青肌の馬は四肢を更に折り曲げ力を溜める。

 その力を解放しての、更なる跳躍は――首無し騎兵へ向け放たれる。

 馬体ごと己が上体を捻り放たれる薙ぎ払いは、首無し騎兵の胴へ叩き込まれ。その威力にたまらず騎兵は背後へと後ずさる。

「十分、楽しませてもらったわ。――さらば」

 そうして。玄賽と首無し騎兵との距離が空くと共に。

 玄賽が率いし騎馬隊の陣形が出来上がる。

「――『氷雪晶』」

 扇状に広がる隊の全員が、先程の玄賽の如く槍を天に掲げ紋章を刻む。

 その穂先より広がるは、氷ではなく――雪。

 天より拡がる渦状の風に巻かれし雪が、屍兵に向け降り注ぐ。

 雪が屍兵に触れると共に、溶けだし。溶けだしたそれは氷と化して屍兵を凍り付かせる。

「斬っても貫こうとも死なぬのならば――凍り付かせ葬るのみよ!」

 降り積もる雪。積もるごと、凍り付いていく己が肉体。己が肉体を凍り付かせ底冷えさせる氷は――その重みで、屍兵の動きを止めていく。

 それは、首魁たる首無し騎兵も同じ。

 凍り付いていく己の肉体の重みに耐えられず。腐れた馬はその四肢を折り、その身体を倒させた。

 残るは――首無し騎兵の右手より転げ落ちし、頭蓋骨。

 変わらぬ不快な絶叫を上げ続けるそれを、馬上より玄賽は見下げる。

「さっさと――地獄へ堕ちろ」

 蝋月の前脚が跳ね上がると共に、その蹄に叩き伏せられ――頭蓋骨は砕け散る。

 瞬間。首無し騎兵も、屍兵も――淡い光と共に消えていった。

 その光は――この首無し騎兵が、召喚魔道によって呼び起こされたものであると玄賽に告げていた。

「.....」

 さて。賊は討伐し、唐突に現れし怪物も仕留めたはいいが――。

「――黒幕はやはり姿を見せず、か」

 この首無し騎兵も、恐らくは召喚術により呼び起こした代物だろう。

 白鷹と赤猿を襲った藍坂牛太郎と併せ――敵には、凄まじい手練れの召喚魔道の使い手がいるのは間違いあるまい。

 敵の気配が消え、血の匂いが風に消えていくと共に。

 玄賽の表情から――悪鬼の表情もまた消えていく。

「皆、よくやったわね。敵はもういなくなったみたいだから、日没までこの辺りの調査をするわ。遠征で疲れてるでしょうから、ひとまず皆は休んで頂戴ね~」

 さあて。鬱陶しい敵が消えたのならば。後は可能な限り情報を集めねばならない。玄賽は先程の激闘など無かったかのように、穏やかな風情で城跡に入っていく。 

 長い間、手入れもされなかったのだろう。傷み切った城の中を、玄賽は歩く。

 黒炭に塗れた階段を上がり。開かれた空間に出る。

 そこには――大きく描かれた紋章が一つと。砕かれた石の破片。

「.....竜の紋章」

 顎砲山にて見つかったものと、全く同じ紋章。恐らくは、この紋章をもってこの地より逃げ出したのであろう。――その前に、首無し騎兵を召喚しこちらにけしかけた上で。

 あの賊共は――やはり顎砲山より侵入してきた者共により、蛇の加護を与えられたのであろう。

 この状況は、こう語り掛けているのだ。”未だ何も解決はしておらぬぞ”と。

 賊を餌に、召喚用の騎兵をけしかけ、――黒幕は、こちらの戦いを見物し、戦いが止むと同時に逃げ出したのだ。

「....舐めやがって」

 怒れば、笑む。それが吉賀玄賽の性である。故に彼女は――悪鬼の如く笑む。

「――銘文様に書簡を送らないとね~」

 笑みのまま。玄賽はただそう呟いていた――。

 

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