氷雪姫の恋   作:丸米

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最終話 未来への一歩目を

 魔王の残党、そして――教団と呼ばれる者共の襲撃から三日が過ぎた。

 丘陵からの狼の大群が召喚され、入鹿の屋敷が襲撃されたものの。それら全て、顎砲山で仕留め損なった妖怪の仕業として城下に伝わり。

 そして――入鹿の当主、銘文の死は伏せられる事となった。

 事件の一切を伏せ。祭は続行されることが決まった。

 

「父様は、己が死ぬ事は予見していたようでした」

 

 銘文は。玲瓏領主である倉峰にも予め伝えていたのだという。――入鹿の当主である自分が死ぬ事があれば、せっかくの祭に水を差す事となる。だから死は隠し、祭が終わった後に適当に病死した事にしろ、と。

 予め、銘文はこうなる事は解っていたのだ――と。そう言った。

 

「そうなのか?」

 はい、と。八柳は白鷹に言った。

 

「予め解っていたのなら。どうとでも出来ていたはずなのです。自分の命が本当に惜しいのなら、塔にある魔導書と共に己も身を隠せばよかったはずです。でも、そうはしなかった」

 

 入鹿八柳と白鷹は、舞台袖にいた。

 祭の喧騒が背景となり、笛太鼓の音が雅に響き渡る。八柳は巫女服に身を包み、舞踊刀を手に佇んでいる。

 幾つもの社と祭壇が置かれた舞台の上を袖から見守りながら――八柳は『書』を読み込んでいる。

 それは――銘文の『書』であった。

 

「――父様は、母様を犠牲にして。八柳を戦の為の道具にしたと、かねてより言っておりました」

「.....」

「しかし。父様の方がよっぽど、道具として生きてきた人生でした。――生まれた時から武士として育てられ。戦に放り出され。そして今に至った」

 

 入鹿銘文の『書』は、銘文自身が執筆したもの。

 それは銘文の遺言により――八柳の手に渡った。

 八柳はそれを受け取った日より。舞の稽古に合わせ、ずっと読み込んでいた。

 

「戦の為に己の人生全てを捧げたのに。最後に戦が終わった。嬉しくもあったのでしょうが....本当に、途方に暮れていたのでしょう」

 銘文は、戦が終わった事で八柳が別の道へ進もうとしていた事そのものは、心の底から嬉しがっていたようであった。

 その上で――戦が終わり。銘文自身は、どうしようもないほどの虚無感を覚えていたようだ。

 

「だから。――せめて、最期に。好敵手に挑みかかり、戦う事を望んだのです」

「.....」

「....父様の死は、戦の為に生き続けてきた父様の、最期の我儘だった。入鹿家の当主としてではない、入鹿銘文という人そのものの願いだったのでしょう」

「そっか....」

「はい。――当然。八柳としては生きて欲しかった。義兄様もそうでしょう。ただ....そういう他者からの願いを汲んだ上で、その上での最後の我儘です。どうして文句が言えましょう。これまで――入鹿家の者として、そして当主として身を捧げてきた人の」

 

 故に――もういいのです、と。八柳は続ける。

 

「最期に、満足して頂けたなら。その為に力を尽くせたのならば。――最低限の親孝行は果たしたでしょう」

「.....」

 

 そう語る隣で同じく。『書』を握る白鷹の姿がある。

 

「....いや。本当に、『書』は危険だな」

「どうしました、白鷹」

「たとえ敵だったとしても。梅木様と銘文様の仇だとしても。一度『書』に触れて、その人生の一部でも解ってしまうと....どうしても同情してしまうんだよなぁ」

「....そうなのですね」

「こいつは....戦の為に生きて。その上で、自分が守りたかったものを選別させられて。選んだものまで全て失ってしまった。――何もかもうまくいかなかった末に死んじまったもんだから」

 

 銘文は、戦の為に生きた末。その役割をまっとうに全うできた武士であったが。

 白鷹が持つ、中野龍源道の『書』には。その役割すら全うできずにいた男の軋みに軋んだ人生が描かれていて。

 白鷹の心根は――どうしても、この男の人生に寄り添ってしまう。

 

「こいつは許せないが....。俺がもし同じ立場になった時に。もっと上手くやれたのか、って想像すると。どうにもならねぇよなとも思うし。俺も来禅様に拾わなければ、こんな風になっていたかもしれないとも思うんだ。他人事に出来ない」

「.....」

 

 役割を全う出来た者と出来なかった者。かつての親友と真逆の立場に立ち、そして老いていって。

 己が心中で生まれた妬みも、憎悪も。払拭する事が出来なかったのだろう。

 

「銘文様は、最後までこう....自分の人生を前向きに終わらせようとしていた分、未来を見ていたんだよな。こいつは、過去で取り零してきた者から逃れられずに、死んじまった。だから――せめて自分の存在を忘れてほしくなくて。俺なんぞに、こんなのをくれたんだろうな」

「だから、同情するのですね」

「ああ。――ごめんな。八柳の父親を殺した相手だというのに」

「いいえ。白鷹は、優しいですね」

 

 そう八柳は言うと。目を閉じる。

 己の中に新たに知る事が出来た、銘文の諸々。それを噛み締めるように。

 噛み締めた諸々を斟酌した上で。八柳は白鷹の近くまで来ると、その胸元に寄りかかる。

 

「――白鷹。白鷹は、八柳の下から消えないで下さいね」

「ど、どうしたいきなり....」

「貴方が共に生きてくれさえすれば。八柳は、過去に目を逸らす事無く己の人生を歩めそうです。――だから。困った時は、迷わず八柳を頼って下さいね」

 

 冷たい体温から、確かに高鳴っている鼓動が伝わってくる。

 この感覚が、本当に愛おしい。愛おしいだとか。恋しいだとか。そういうものを知らなかった己に、叩きつけられるような感情が湧き上がってくる。

 

「それでは白鷹。――行って参ります」

「あ、ああ....」

「八柳の晴れ舞台。その目に焼き付けてください」

 

 そうして。笛太鼓の音が落ち着き、群衆の音が一瞬静寂に包まれると共に。

 ゆっくりと、八柳が舞台へと出ていく。

 

 

 ――ああ。

 舞台袖から、皆から祝福されるように拍手に包まれ。刀を携え舞を行う八柳を見やる。

 もしも。かつての自分がこういう光景を目にしてしまったら。何処か他人事のように思えていたのではないかと思う。

 眩さに目を逸らし。喧騒から耳を閉ざし。自分がいるべき場所ではないと、そう思ってしまったのかもしれない。

 でも。この光景を直視して、笑みを浮かべられる自分は――今確かに、未来へと生きている。

 その実感と共に、白鷹は目を細めた。

 

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