氷雪姫の恋   作:丸米

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タグで和風ファンタジー表記していますが、この叡から外は


蛇神教団
四 異国からの来訪者、変態を添えて。


 第二章 蛇神教団

 

 

「──美しい。本当に美しいですわ」

 

 女が、二人。

「ああ、確かに美しい。だが──悲しい事でもある」

 

 一人は黒と紅が混じるドレスを着込み、一人は黒の燕尾服とシルクハットを着込んでいた。一人は波打つような金髪を腰まで流し、一人は真っすぐな金髪を後頭部を覆う程度までに切り落としていた。一人は爛々とした目が特徴的な美貌を持ち、一人は男性的な凛々しさが際立った端正な顔立ちをしていた。そして二人共に、小柄であった。

 ドレス姿の女と、燕尾服姿の女。共に叡の国では見かけぬ奇抜な服装と髪色。間違いなく異国からの来訪者であろう。

 奇抜な格好をした二人の女が、玲瓏の地に降り立ち。そして入鹿の屋敷の中に入ると共に──目に入るある光景に、共に目を細めていた。

 それは女武者の修行風景であった。

 藍色の武道着を着込んだ女武者達が、木刀片手に雪中の砂利道へ素足へ降り立つ。

 二つ折りにした薄衣の上に袴を着込んだだけの姿。残雪の冷たさをその足先と空気から肉体へ運び込まれ尚。女たちは苦悶の表情一つ滲ませず木刀を振り続ける。屋敷に囲まれた広い中庭。そこには、女たちが鬼気を纏いながら木刀を振るい続ける。

 その姿を一瞥し。ドレスの女も燕尾服の女も共にその光景を「美しい」と評した。鍛え上げられたしなやかな肉体が雪の上で修練を行うその姿に、凛々しさを見出したのだろうか。

 しかし燕尾服の女はそれに付け加え──”悲しい”、と言った。

 

「あの服装。長い布地を肩から二つ折りにして来ているあの服。あの女性の兵士たちの力強さも併せて、本当に凛々しく美しい。でもね、私には解ってしまう」

「....何がでしょう?」

「あの胸元──恐らくは何かしらの布を巻いている。胸を押さえつける為に....!」

 

 燕尾服の女は苦し気に口元を歪ませ、嘆きの言葉を吐き出していく。

 女武者たちの胸部は皆一定であった。二つ折りの着のその胸元。女性にあるはずの膨らみが見当たらない。

 

「解る。理屈は解る。乳房は両腕の動きを阻害する。武道を行うにあたって邪魔で仕方ないだろう。──あの女性の兵の修練姿は美しい。それは紛れもない私の本心であるが....。だが私はどうしようもなく、女性の乳房が好きなんだよ。だから悲しい。至極悲しい。それだけなんだ──」

「性癖というものはどうしようもありませんわ、ローウェン。どうしようもない感情というものは己に内包して消化していく他ありません」

「そうだな.....ありがとう、ケイオゥス。──ではこの胸に去来するどうしようもない切なさを解消する為にも、君の胸に触れてもいいかな?」

「骨の一、二本を犠牲にする覚悟があるのならよろしいですわ。さあかかってらっしゃい」

「なに!? ありがとう! 骨折してもいいタイミングを見つけて必ずや君のおっぱいを揉みに行くよ!」

「あらあらまあまあ。ならどこの骨を砕いて差し上げましょう」

 

 ──何だこいつ等。

 本日玲瓏に異国からの来訪者が来る。出迎えに向かい、入鹿の屋敷まで案内せよ。

 そう命じられ向かった先。白鷹は二人の異人を出迎え、屋敷まで案内した果てに思ったのは上記のとおりである。何だこいつ等は──。

 やはり異国からの客人。身に纏う服装も雰囲気もこちらとは違う。とはいえ、顔半分が焼け爛れている白鷹が案内人として送られた事に不平一つ漏らさず礼儀を尽くした両者に、当初は好感を覚えていた。

 客人は、女が二人。

 ドレスを着込んだ女がケイオゥス・ドゥンという名で、燕尾服の女がローウェン・アイシクル。

 二人はそれぞれ雪に囲まれた玲瓏の光景の一つ一つに興味深げに観察し、時折感嘆の声を上げていた。異国で、更に田舎であろう玲瓏の地を偏見のないまっさらな視座で興味を持つその姿。恐らく白鷹の両者への好感はここが頂点であったのだと思う。

 さて。両者の様子がおかしくなってきたのは、入鹿の屋敷に入ってから辺りであろうか。──特に燕尾服のローウェンは、女武者とすれ違うたびに何やら悔しげな表情で妄言を吐き散らしはじめ。そしてドレスのケイオゥスはそれを諫める事も突っ込む事もせず、けらけらと笑っている。

 

「とはいえこれも一つの異文化。受け入れざるはあまりに狭量というものだろう。──すまないハクヨウ君。これは決して君たちが持つ衣装を批判している訳では.....訳では...」

「はぁ...」

 

 この相槌を打つ以外にやれることはあるだろうか。イカれた言動に対し謝辞を言えるほどの心根を持っているという事実すらももう恐ろしい。己が狂気を自覚した上でこれか――。

 

「....とはいえ、興味深いですわね。あの修練はやはり冷気への耐性をつけるためのものでして?」

 

 相棒の狂った言動など何処吹く風。ケイオゥスは興味深げに修練の様子を眺め、そう白鷹に質問を投げる。

 

「はい。玲瓏の兵は、まずはこの地の環境に耐える事が求められます。あの中庭の砂利や雪も魔道で特段冷たくしているものでして。足先から冷気を送り込みながらも、それを抑え体温を下げない訓練も併せております。ちなみにあの訓練、男だと半裸で行います。見苦しいものを見せずに済み幸いです」

「木刀を振って運動させているだけまだ優しく思えますわね。運動すれば体温も上昇するでしょう?」

「いえ。──残念ですが、そこまで甘くありません」

 

 木刀を振り続け、体温上昇により女武者たちの額が汗ばみはじめると。

 屋敷の袖より出てきた可憐な一人の少女が、中庭に降り立つ。

 

「──」

 

 少女は同じような薄衣の袴を着込んでいた。表情一つないまま。女武者たちを視界に入れ、一つ目を閉じる。

 そうして眼が開かれた時。死人のように、彼女の瞳孔が開き切っていた。

 その眼で睥睨された瞬間──女武者たちの額に浮いた汗は引き、紅潮した頬は青白くなっていく。

 体温が上昇しようとも、即座に冷やす。

 

「.....あの女性は?」

「入鹿八柳。入鹿家の長女で、五人の師範のうち一人です。──運動によって体温が上がれば、ああやって魔道で冷まします。入鹿はあくまで低温に慣れる事を求めています故」

 

 その異様を感じ取ったのだろうか。両者は──八柳の姿に目を見張っていた。

 

「.....高速の詠唱? いえ、元より紋章を刻んでいたのでしょうか....。魔道の発動の起点が無かったですわ...」

 

 ケイオゥスは顎に手をやると共に眼前の現象への分析を始めるが、諦めたのかすぐに白鷹に目を向ける。

 

「彼女は瞳術により魔道を扱っております」

 

 そう白鷹が答えると「瞳術....?」とケイオゥスは更に首を傾げる。

 

「瞳術.....。ああ、こちらで言う所の”魔眼”だね」

「ああ、成程」

 

 ローウェンはある程度精神の均衡を元に戻せたのか。白鷹の言葉にそう捕捉を加え、ケイオゥスを納得させていた。

 

「ケイオゥスの疑問に答えてくれてありがとう、ハクヨウ君。──そうだ。説明してもらってばかりじゃ悪いね。君からも何か我々に聞きたい事はないか?」

「.....よろしいのですか?」

「勿論」

「では──俺はお二方を当主の元まで案内するよう命ぜられたのですが。二人はどのような要件でこちらに来られたのですか?」

「ああ。幾つか要件はあるけど、本題中の本題は──」

 

 事もなげに、ローウェンは白鷹に言った。

 

「魔王の残党がこの領地に紛れ込んでいる可能性があって。その警告と共に、協力を申し入れようと文を出してね。こちらの当主様より招待に預かる事になったという訳だ」

 

 〇

 

 入鹿家には五人の師範がいる。

 入鹿家長男入鹿来禅。次男入鹿光来。長女入鹿八柳。そして吉賀玄賽。

 そして──入鹿家当主、入鹿銘文。

 当主の屋敷は、敷地の奥。顎砲山に面した塔の中にある。

 普段は強力な氷雪の結界に閉ざされた林道の奥。古ぼけた外観の建造物が一つ。劣化及び燃焼防止の為の魔道が多く付与されたそれは、屋敷というより、貯蔵庫の趣に近い風体をしていた。

 

「こちらが、当主銘文の住まいとなります」

 

 塔の門が開かれる。

 そこには、いっとう静謐な空間が広がっていた。

 薄暗い闇の中にぶら下げられた灯篭が、空間を取り囲むように配置され。その内側には座敷が。その外側には──塔の外壁全てを取り囲む巨大な書架がある。

 その書架に間断なく巻物が積み重なり。塔の頂上まで埋め尽くしている。

 

「ようこそいらっしゃった、西方のお客人。どうぞそちらにお掛けくだされ」

 

 座敷の奥。

 そこには老人が一人、座を正し、真っすぐに背筋を伸ばしそこにいた。

 老人の顔面に刻み込まれた皺は、影が差し込むほどに深く刻まれている。特に目の周辺に刻み込まれたそれらは、肌の弛みからきているものではなく。まるでその目元を吊り上げる為の鉤縄のようにそこに存在していた。

 皮膚や白髪は、老いとは程遠く潤い。その眼は大きく吊り上げられ、爛々とした光に満ちている。筋肉質な肉体も併せて、漲るような空気に満ちていた。その存在が、静謐で冷たく暗い空間の中で一際焚火のように輝いて見える。

 

 老人の名は、入鹿銘文。入鹿家の当主であった。

 

「このような薄暗い部屋にお招きしてしまい申し訳ない。入鹿の掟により、吾輩は緊急時を除きこの場より離れられぬのです」

「いえ。こちらの不躾な希望を聞いて頂けただけでも嬉しい限りであります。──しかし、凄まじい蔵書ですね」

「これらの魔道書を管理し、そして編纂することが当主の役目でしてね。──案内ご苦労、白鷹」

「は。それでは下がります」

「いや。お主もここに残りなさい。──恐らく、この先関わる事になるだろうからね」

 

 退室しようとする白鷹を、老人が止める。

 ──関わらせてくれるのか。

 先程、ローウェンが言っていた──「魔王の残党」という言葉。それを聞いた瞬間に、己が胸中に強風が吹き抜けたような気がしたのだ。

 ──そうだ。魔王が滅んだとしても、その郎党全てが消えていなくなったわけではない。

 後始末とはいえ──まだ、魔王との戦いに関われる。自分の感情の昏い部分が、もしやすればまた火がついてくれるのかもしれぬ、と。そんな事を思った。

 

「では、自己紹介を。わたくしはケイオゥス・ドゥン。大陸中央部にあるカサドリア連合国にある”霊媒機構”の戦闘員でございます。どうぞよしなに」

「私の名はローウェン・アイシクル。同じく、霊媒機構の戦闘員です。よろしくお願いします」

「これはこれはご丁寧に。改めて──吾輩は入鹿銘文。玲瓏を治めし倉峰家の膝元にて、兵法指南役を仰せつかる入鹿の当主である」

 

 恭しく、片膝を立て一礼するケイオゥスとローウェンを前に。銘文は座を正したまま、静かに頭を下げた。

 ──霊媒機構。

 彼等が本拠を置くカサドリア連合国と連携し、魔王を滅ぼした組織。組織の大枠としては”ギルド”と呼ばれる形態であるようで、魔道専門の人材派遣業を主としているという。

 魔道を必要とする者の依頼を受け、適切な人材を送る。基本的には結界の設置や、魔道による医療行為などの業務を執り行っているが。魔道を濫用・悪用する者共の拿捕や、粛清までも彼等の生業なのだという。

 そして。この二人の女性は”戦闘員”。機構の中で、上記の如き悪性魔道士との戦闘を専門とする魔道士である。

 彼等が来たという事は──拿捕か、粛清をせねばならない何者かがこの所領に入り込んだ....という事であろうか。

 

「では。早速本題に入らせてもらおうかの。──魔王の残党という話であったな」

「ええ。現在こちらの玲瓏に侵入してきている可能性がありますわ」

「手練れか?」

「間違いなく手練れです。──少し、魔王の残党の現状をお話させて頂いてよろしいですか?」

「ああ、頼む。色々聞いてはいるが、やはりこの辺境まで情報は届かなくての」

「まず、一言で結論から申せば。──こちら側では、魔王は軍団の指揮者から信仰対象へと変わり。残党は教団へと変貌しました」

 

 そうローウェンが告げた瞬間。成程、と銘文は呟いた。

 

「死した英雄が神として崇められる事はままある事だわな。それが如何な怪物や虐殺者であろうとも」

「崇められるだけでしたらよくある事ですわね。しかし──魔王が死して一年足らずで教団としての体裁が整えられ、大量の信者を獲得し、その規模を拡大させていっていますわ」

「.....ほう」

「恐らく魔王は自分が滅ぼされた後の事も考えていたのだと思いますわ。自分自身が滅ぼされた後も、その影響を残せるように」

 

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