86-エイティシックス-『ミオソティス』   作:暁天花

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 ざぁざぁと降り続く雨の中、〈ジャガーノート〉に乗る少年の知覚同調(パラレイド)にハンドラーの指揮が届く。


『ハンドラー・ツーより“ミオソティス”戦隊へ報告。敵部隊は斥候型(アーマイゼ)近接猟兵型(グラヴォルフ)の混成。規模は大隊規模。長距離砲兵型(スコルピオン)及び戦車型(レーヴェ)は確認できず。……まぁ、偵察部隊ってところかな』
「シャープエッジ了解。こっちでも見つけてる」
『まずは迎撃砲と誘導飛翔体(ミサイル)で粗方は削る。残りは貴方達が撃破して』
「……そんなに使って大丈夫なんですか。軍規違反でしょう」

 に、とハンドラーが微苦笑する声が聞こえてくる。

『多少破ってでも戦果を上げる方が効率的に出世できるからね。ボクも君らもこっちの方が良いでしょ。――と、そろそろ会敵だよ』

 瞬間。弛緩していた空気が一気に引き締まる。
 程なくして、ハンドラーの冷徹な声が響いた。

『――射出! 各員着弾に備えて!』

 直後。空を覆う阻電撹乱型(アインタークスフリーゲ)の群れが刹那の爆炎に呑まれてごっそりと堕ちていく。続けざまに誘導飛翔体(ミサイル)が到着。前方に展開している〈レギオン〉の上空で炸裂し、子弾となった幾数(いくすう)もの自己鍛造(じこたんぞう)弾が彼らの脆弱な上部装甲を食い破る。
 そして。その爆炎が晴れるのと同時。シャープエッジ――アスカは叫んだ。

「各員、交戦開始!」





第一章 ミオソティス戦隊
ミオソティス


 薄暮に染まる廃墟の中、戦闘を終えたアスカは機体のレーダーに目を落としながら報告を送る。

 

「シャープエッジよりハンドラー・ツーへ。周囲に〈レギオン〉の反応はありません」

『こっちでも〈レギオン〉の機影は確認できないね。……そろそろ陽も落ちるし、今日の作戦任務はこれで終わりかな』

 

 ハンドラーの言葉に了解、と言い置いて。アスカは詰めていた息を吐き出す。

 夜黒種(オニクス)の漆黒の黒髪に、白銀種(セレナ)月白(げっぱく)の双眸。敵国ギアーデ帝国と迫害者サンマグノリア共和国の、その両方の血を受け継ぐエイティシックスの一人だ。

 再び視線を光学スクリーンに移して、アスカは淡々と告げる。 

 

「現時刻をもって全員の戦闘態勢を解除。帰投します」

 

 了解、との声が幾つも重なって帰ってきて、アスカは微かに口の端を吊り上げる。各々が駄弁り始めたところで、アスカはいつも通り同調対象をハンドラーだけに絞った。

 静まり返る音声の中、程なくしてハンドラーの中性的な声だけが届く。

 

『今日の戦死者数はゼロか。怪我のある人は?』

「多分、いないです」

 

 今日の戦闘は殆どが迎撃砲と誘導飛翔体(ミサイル)によって〈レギオン〉の撃破に成功している。自分達は小規模な戦闘しかしていないのだから、怪我人が出るはずもない。

 その確認をし終えて、ハンドラーは少し嬉しそうに言葉を紡ぐ。

 

『了解。――じゃ、ボクは一旦これで。何か緊急事態があったら、遠慮なくすぐに繋いできてね』

「分かってますって」

 

 アスカはもう聞き飽きたとばかりに呻く。

 従軍する際に耳に取り付けられた知覚同調(パラレイド)は、その構造のせいか顔を合わせて話している程度の感情は伝わってしまう。だから、今アスカが思った微かな呆れも、ハンドラーには伝わってしまうのだ。

 今までのハンドラーなら、そこでヒステリックに喚き散らして怒鳴って来るのだが……、このハンドラー――ヴェーチェル大尉は、それを気にすることもなく言葉を続けようとしてくる。

 

『あ、あと、』

「損害確認と報告書作成。言われてなくても分かってますって。毎回言わなくても覚えてますから。流石に」

 

 月白(げっぱく)の双眸を露骨に嫌そうに細めるのを、ハンドラーはくすくすと笑う。

 

『じゃ、頼んだよ。()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 陽が西の空へと沈んだ頃に基地へと帰還して、アスカ達はようやく〈ジャガーノート〉のコックピットから出る。人間工学など一欠片も考えていない鉄の棺桶(ジャガーノート)は、一日乗る度に身体があちこち痛くなる。まぁ、もう四年近くにもなるから流石に慣れたが。

 

「お、今日はどこも壊してねぇじゃん」

 

 隣に駐機していたセイエがにやりと笑いかけてくる。金色に輝く髪と瞳が特徴的な、陽光種(ヘリオドール)の少年だ。彼とはこの部隊でもう四度目の同じ部隊になる。

 

「そんないつも壊してるみたいな言い方しないでくれる?」

「いや、いつも壊してるから言ってんだが」

「そんなこと……」

 

 言いかけて。視界の奥でアスカ機に付いている整備兵が満面の笑みでこちらを見つめているのに気がついた。彼には毎回怒鳴られていたから、こんな顔を見るのは久々だ。

 ……いや待て。ということは。

 

「……そんなことは、あるかも、しれない」

「だろ?」

 

 肩を竦めて笑うセイエの横で、アスカは格納庫から露骨に目を逸らしてバラックへと足を進める。どこもかしこも灰色と茶色の、経年劣化で薄汚れたこの建物がアスカ達の住む場所だ。

 ぎいと鳴る扉を開けて中へと踏み入りながら、セイエは少し呆れの混じった声で呟く。

 

「にしても相変わらずだな、ここのハンドラーは」

 

 アスカ達の所属する西部戦線第二戦区第一防衛戦隊『ミオソティス(わすれな草)』は、ハンドラーがよく動く事で有名な部隊だった。五色旗の国是も、共和国軍人としての矜恃も忘れて久しい彼らにしては珍しい、まともに指揮も執るし情報共有もできる限りしてくれる変な白ブタがいると。

 禁止されているグラン・ミュールの迎撃砲や誘導飛翔体(ミサイル)を、さも当然かのように使用するのだから、本当に変人としか言い様がない。まぁ、こちらとしては助かるから良いのだが。

 

「まぁでも、悪い人じゃあないんだし。別にいいんじゃい?」

 

 ちらりと隣に視線を向けた先、セイエは微妙な笑みを浮かべていた。助かるは助かるのだが。とはいえ、白系種(アルバ)にそういう事をされるのは腑に落ちない、というような表情だ。

 

「……ま、何かやたらと馴れ馴れしいのは俺もちょっと気になるけどね」

「だよな」

 

 アスカが苦笑を漏らすのを、セイエは肩を竦めて笑う。

 声の若さから考えるに、恐らくあのハンドラーはアスカ達と同じぐらいの年齢だろう。だから、つい距離が近くなってしまうのも仕方ないのだろうが。

 とはいえ、彼らにとっては戸惑いにしかならないだろうなとアスカは思う。自分は白銀種(セレナ)の血を半分継いでいるからまだいいが、他のプロセッサー達はみんな有色種(コロラータ)の純血だったり混血だったりだ。自分達を今の境遇に追いやっておいて手を差し伸べられるというのは、どうも釈然としない。

 

「あ! まーた二人でサボってる!」

 

 少女の声で(いわ)れのない事を言われて、二人は声のした方へと視線を振り向ける。声の主は、はたしてフレイだった。今は少し不満げに細められた天青種(セレスタ)の薄青の双眸に、緋鋼種(ルビス)濃赤(こきあか)の長髪が美しい、アスカ達と同じ十六歳の少女だ。

 

「別に、サボってた訳じゃないけど……」

「というか。夕食の準備にサボるも何もねぇだろ。ゴミ四角形を取ってくるだけなんだから」

 

 セイエが皮肉げに笑う。極力エイティシックスに近付きたくないからと、無駄に高度な技術で構築された自動給餌(きゅうじ)システムで合成食は支給される。調理器具も調味料もないから、手をかける事すらもアスカ達はできない。

 

「ゴミとか言うのやめて。一応、これでも私達の食糧なんだから」

「それ、認めてんじゃねぇか」

 

 この無機質な白い塊がゴミであること自体は認めているらしい。まぁ、見た目も味もプラスチックなのだから、これがゴミなのは全エイティシックスに共通の認識なのだろうが。

 三者三様に笑ったりむすーっとしたりしている中、会話を聞いていたらしい一人のプロセッサーが、ぽつりと呟いた。

 

「……いや。別に美味いじゃん」

 

 味覚のおかしいやつが、一人釣れた。

 

 

 

 夕食も終わって、食後のほんのひとときの休息時間。夜間哨戒の当直以外は揃ったプロセッサー達は、バラックの庭で思い思いのことをして楽しんでいた。

 第一小隊と第二小隊、第三小隊の男子組は支給されている拳銃での的当て大会を、第四小隊と第五小隊の女子組は、きゃあきゃあと姦しい声を上げてトランプを楽しんでいるようだった。勿論、その中にはフレイの姿も見える。

 

 ……一応、フレイは第四小隊の小隊長のはずなのだが。女子組の中ではどうも一番子供っぽく見えるのは、身長のせいもあるだろうが……、その一番の原因は身じろぎだろうか。

 どうやらしていたのはババ抜きらしい。一抜けしたらしく、フレイは笑顔で無い胸を張っていた。

 そんな微笑ましい光景をちょくちょく見やりながら、アスカは一人々黙々と報告書の作成に当たる。

 

「わざわざ律儀な奴だねぇ、お前も」

 

 いつの間にか隣に来ていたセイエが微妙な笑みをこぼして言うのを、アスカは視線を書類に落としたままこともなげに呟く。

 

「あの人ならちゃんと有効に使ってくれるでしょ。これでみんなが楽できるんなら、やっといた方がいいと思ってさ」

 

 確かに報告書の作成は面倒だが、その面倒をやるだけの価値があるとアスカは思っている。

 事実、ハンドラーは毎回の報告書を元にして敵情分析を常に行っているようだし、それによって大敗を免れた例も少なくない。結成から数ヶ月経って、それでもなおこれだけの人員が生き残っているのは、全てハンドラーの――ヴェーチェル大尉のお陰だ。

 

 こちらの得にもなるのだし。少しぐらいは報いてやってもいいだろう。

 それきり二人の会話は途切れて、セイエは元いた男子組の射撃大会へと戻っていく。報告書を書き終えた辺りで、耳のレイドデバイスが微かな熱を帯びた。

 今日も来たな、とジェスチャーを送ってくるセイエに目配りするのと同時。聞き慣れた中性的な声が耳に届く。

 

『や。遊んでるところ悪いんだけど、ちょっといいかな。リンドウ大尉』

 

 繋いできたのは、やはりハンドラーだ。初日に全プロセッサーの本名を訊ねてきてからは、だいたいこの時間帯にハンドラーは知覚同調(パラレイド)を繋げてくる。

 

「……別に俺は遊んでませんが。まぁ、いいですよ」

 

 つい突き放すような声が出た。

 他ならぬあんたの為に働いてやってたのに。それなのに自分が遊んでいたと思われるのは、何かモヤモヤする。

 

『ありゃ? てっきり大尉も一緒に遊んでるもんだと思ってたんだけど……』

 

 目を丸くしてそうな声に、セイエは笑みをこぼしながら言う。

 

「遊んでるのは俺達だけっすね。アスカのやつはさっきまでちゃんと真面目に報告書作ってましたよ」

『そうなの? ……ありがとね、リンドウ大尉』

「別に」

 

 直球で感謝を述べられるのが気恥ずかしくて、アスカはぷいと視線を夜の闇へと彷徨わせる。基地以外に光源のない戦場の夜空は、満天の星屑に光り輝いていた。

 はぁ、とハンドラーのため息が小さく耳に届く。母親が子供の癇癪(かんしゃく)を宥めるような、少し呆れたような感情の乗った。

 

『じゃあ、まずは今日の被害確認から。こっちからだと戦死者も喪失機もゼロなんだけど……、どうかな?』

 

 言葉遣いはそのままに、ハンドラーは打って変わって真剣な声音で訊ねてくる。

 

「それで合ってますよ。戦死者も喪失機もないですし、ついでにいうと怪我人も今日はゼロです」

 

 そこまで言って、ふと、アスカはにいっと悪い笑みをこぼす。

 

「……あぁ、ただ。セイエのやつが主砲の砲身ひん曲げました」

『…………なんで?』

 

 心底意味が分からないとばかりに、ハンドラーが声をもらす。今日の戦闘域は市街地だったとはいえ、そんな接近戦は一人を除いて行っていないはずだが。

 

「さぁ? 本人に聞いてみます?」

『え?』

 

 悪辣な笑みのまま、アスカはセイエへと顔を向ける。はたして彼の顔には憤怒の感情が滲み出ていた。

 

『……えと。原因を訊いても?』

 

 困惑げに問いかけられて、セイエはやけっぱちに声を荒らげて答える。

 

「帰りにおもっきしぶつけたんだよ! 悪かったな!」

 

 戦闘が終わって、〈ジャガーノート〉を振り返らせた時だった。そこに鉄筋造りの瓦礫があるのを失念していて、砲身を思い切り打ち付けてしまったのだ。

 しかも。よりにもよって、アスカ(こいつ)の目の前で。

 

『……明日の補給品には砲身一つを追加、と』

「当てこすりみたいに言うのやめてくんねぇかな!?」

 

 わざとらしくハンドラーが言うのを、アスカはくくっと堪えるように笑う。そういう悪ノリのいい性格は、正直嫌いじゃない。

 が。そんな二人を傍目に。こいつら揃っていい性格してやがるなと、セイエは引き()った顔で心からそう思った。

 

 

 明日の補給物資の確認や、その先の補給で定量よりも多く欲しい物品、優先して補給して欲しいパーツなどの情報共有を、アスカ達とハンドラーは時々脱線しつつも話を進めていく。

 その全てをやり終えて。アスカとハンドラーは、二人だけになった通信の中で()()についての話題に移っていた。

 

『……最近、増えてるよね』

「ええ。間違いなく増えてますね」

 

 ()()が何の話なのかを察して、アスカは硬い声で即答する。き、と無意識に月白(げっぱく)の瞳が細められた。

 

エイティシックス(おれたち)の死に損ない――〈羊飼い〉は、今日は恐らく十五機はいました」

 

 俺達がここに配属になった時は、旅団規模でも五機ぐらいしかいなかったのに。

 

『……ごめん』

「なんであんたが謝るんですか」

 

 突然の謝罪にアスカは苦笑をこぼす。

 

『……〈羊飼い〉はこんなに増えてるのに。ボクは未だに存在を認めさせる事ができていない』

 

 最初にその報告が上がったのは、西部戦線の()少佐――現大尉のヴラディレーナ・ミリーゼが指揮していた当時のスピアヘッド戦隊だと聞いている。もう、一年近くも前のことだ。

 それなのに。軍のデータベースは未だに七年前のそれから更新は成されていない。何度も何度も、報告も詳細情報も提出しているというのに。

 

『……この戦争は、もう間もなく終わると政府は――軍の上層部は言ってる。……けど』

 

 ごくり、とハンドラーの息を呑む音が聞こえた気がした。程なくして、意を決したようなハンドラーのか細い声が届く。

 

『ほんとに、あともう少しでこの戦争は終わるのかな…………?』

 

 日を――年を重ねるごとに。〈レギオン〉の行動は精緻を極め、統制指揮は人間のそれと近いものになってきている。

 なのに。本当に、〈レギオン〉はあと数年で活動を停止するのだろうか。

 知覚同調(パラレイド)は、顔を合わせて話している程度の感情は伝わる。だから。ハンドラーの微かな不安と恐怖の感情も、アスカには伝わってきていた。

 緩く目を閉じて、鼻からゆっくりと息を吐く。呆れのような、それでいてどこか諦観のこもった声色でアスカは他人事のように言葉を漏らす。

 

「さぁ? どうなんでしょーね。……まぁ、俺達には関係ないから、興味はないですけど」

 

 暫し、沈黙。程なくして、ハンドラーはいつもの調子で口を開いた。

 

『そうだね。君達には関係ない話だったな。ごめん。余計な時間とらせちゃった』

「俺も暇だったんで。別にいいですよ」 

『……じゃあ、おやすみなさい。リンドウ大尉』

 

 こくりと頷いて。アスカは応える。

 

「お疲れ様でした。()()()()()()()()

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