86-エイティシックス-『ミオソティス』   作:暁天花

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戦いの果てに

 アスカが操縦を代わって、それから程なくして。レーダーに数個の青色のフリップが現れた。

 咄嗟にそれに気付いて、アスカとイリヤは互いに目を見合わせる。

 

「……! これって……!?」

 

 イリヤはこくりと頷いて。心の底から嬉しそうに応えた。

 

「うん! 間違いない、ナレイン中尉達のだよ!」

 

 その言葉にアスカも胸が熱くなる。これでようやく皆と会えるのだ。

 二人で揃って知覚同調(パラレイド)を起動して、聞こえてきたのは聞き慣れた少年の声だ。

 

『こちら第一戦区第一防衛(ミオソティス)戦隊、〈セイエ(サンストーン)〉。――アスカ、ハンドラー、二人とも聞こえてるか?』

「ああ、聞こえてる。……そっちは全員無事か?」

 

 アスカの問いを、セイエは鼻で笑う。それが当然だとでも言うように。

 

『当たり前だ』

 

 言うのと同時。〈アキリーズ〉のレーダーに青色のフリップが二つ増えた。直後に、聞き慣れた声が知覚同調(パラレイド)越しに聞こえてきて、アスカは思わず微笑む。

 あれ以上の犠牲は出なかった。それが、何よりも嬉しかった。

 歓喜の感情をなるべく抑えて、アスカは告げる。

 

「俺達はここを直進してそのまま南下する。セイエ、お前達は俺達が広場を通り次第撤退を開始しろ。……この数だ、さっさと逃げねぇと全員死にかねない」

 

 支援砲撃と火炎弾頭によって動きが制限されているとはいえ、相手はあの〈レギオン〉だ。状況が分かり次第、損害も(かえり)みずに突撃してくる可能性が高い。

 

『……ハンドラーもそれでいいな?』

 

 セイエが訊ねるのに、イリヤはこくりと頷いた。

 

「うん。それでいいと思う。……じゃあ、そっちは頼んだよ、ナレイン中尉」

『任せとけ』

 

 自信ありげに応えて。セイエとの知覚同調(パラレイド)は途切れた。

 

 

 切断されたのを確認してから、アスカは再び光学スクリーンへと意識を向ける。移動を開始しかけて――突然、三つの赤色フリップがレーダーに現れた。

 その機影が眼前の通路に移動してくるのを見て、アスカは驚愕に声を上げる。

 

「っ――――近接猟兵型(グラヴォルフ)!? なんでこんなとこに!」

 

 位置を考えるに、普通ならばセイエ達のレーダーで捕捉されているはずだ。そして、もし発見していたのならばアスカ達にそれを報告しているはず。……ということは。

 

「あいつら、こっちのレーダーの動きを読んだのか……!?」

 

 隣でイリヤが驚嘆の混じった声を上げる。〈レギオン〉が人類に対抗する為の知能を持った。そんな事は考えたくはないが……現状はそれが起きたことを如実に物語っていた。

 脂汗を垂らしながら、アスカは声高に告げる。

 

「ともかくこいつらを突破する! ヴェーチェル大尉、しっかり捕まっといて下さいよ!」

 

 言い捨てて。反応を待たずにアスカは撃発(トリガ)を引いた。

 七五ミリの砲弾が機動後の制動中だった近接猟兵型(グラヴォルフ)に命中し、弾薬の爆発と共に自爆してより一層鮮やかな爆炎を煌めかせる。まずは一機。

 二機目が炎の(とばり)から飛びかかって来るのを見切り、咄嗟にワイヤーアンカーを左前の建物上部へと射出した。

 

「うわぁっ――!?」

 

 座席にしがみついたイリヤが驚愕の声を上げるが、気にしない。機体が宙空へと持ち上げられたところで、二機目の近接猟兵型(グラヴォルフ)が元いた場所へと突撃して来るのが視界に入った。即座にアンカーを切断し、機体を捻って砲身を背後へと向ける。相手がこらへと方向を変えたところで――砲弾を真正面から叩き込んだ。

 

 眼前で爆轟が上がるのには意識もやらず、アスカは最後の一機へと意識を集中させる。

 装填(リロード)が完了するのとほぼ同時。三機目が擱座(かくざ)する機体の上を飛んで来た。

 後部のワイヤーアンカーを射出し、即座に退避。元いた場所に着地するのを見計らって、撃発(トリガ)を引いた。

 眼前でまたもや爆発が上がるのを確認して、アンカーを引き抜く。

 レーダーへと目を落とし、その反応に赤点が消滅したのを確認して、アスカはふうと一息を吐く。

 背後を向いて、大丈夫だったかと座席にしがみついていたイリヤを確認しようとした――その時だった。

 

「危ないっ――!」

 

 突然イリヤに覆いかぶさられて――直後、機体が爆発に激しく振動した。

 耳を劈くような爆発音が鳴り響き、座席ががたんと崩れ落ちる感覚が伝わってくる。レーダーが暗転し、三面の光学スクリーンが機能を停止してコクピット内が夜の闇に振り戻された。

 

「ちっ…………!」

 

 操縦桿(スティック)を持つ手にイリヤの手が覆いかぶさり、射撃ボタンを押す。発射された砲弾は()()に着弾し、()()()()()()が闇の外で轟いた。

 僅か数秒。

 その間、アスカはただ呆気に取られるままで、何が起きたのか全く理解できなかった。

 イリヤはそのままの体勢で右脇のガラスを渾身の力で叩き割り、そこのボタンを押す。直後、コクピット装甲が吹き飛ばされた。

 

 炎がコクピット内を照らして――そこで、イリヤが倒れた。

 ようやく見えるようになった視界の中で、アスカが最初に目にしたのは()()()()()()()()だった。

 背中には無数の鉄片(てっぺん)が突き刺さり、それは頭部にも及んでいた。硬直するアスカの腕の上にはそんなイリヤが力なく横たわっていて。恐る恐る目を上げると、そこにはできたばかりの()()()の残骸が、近接猟兵型(グラヴォルフ)の残骸に混じって擱座していた。

 それを見て、アスカはようやく事態を把握する。

 

 ――隙ができるのを見計らって、斥候型(アーマイゼ)が起動して襲いかかってきていた。

 それが、この状態に至るのに最も現実的に考ええられる事態だった。

 

「あ……すか…………」

 

 消え入りそうな声で呼ばれて、アスカは我に返る。知覚同調(パラレイド)がついたことなどには意識も向けず、アスカは必死の形相で叫んでいた。

 

「ヴェーチェル大尉!? なんで……!? こんなっ……!?」

 

 意味が分からなかった。イリヤがこんな姿になっているのも、自分を庇ったことも。何もかもが。

 混乱するアスカに、イリヤは力なく笑いかけてくる。

 

「ぶか、をま、もるのは…………、じょう、かんの、やく、め……、でしょ…………?」

「だからって、なんで…………!?」

 

 驚愕と悲痛の入り交じった表情で、アスカは呻きのような声を漏らす。

 アスカは豚と(そし)られたエイティシックスで、彼女は白系種(アルバ)の真っ当な人間だ。彼女がアスカを守る必要も意味も、何もないのに。なのに、なんで。

 絶望に染まる意識を何とか抑え付けて、アスカは座席の後ろに置かれていた応急処置箱を取り出す。膝の上にイリヤの血が滴るのからは必死に目を背けて、アスカは彼女の手当に取り掛かった。

 

「はや……、く、にげ…………て」

 

 口の端に血を伝わせながら、イリヤは苦悶の表情でそんなことを言ってくる。けれど、アスカは止血の手を止めなかった。

 

「わたし、は……、たす、から……ない、から…………っ!」

 

 涙を必死に堪えた瞳が、きっと細められる。

 その瞳に、アスカは強い憤りの感情を覚えていた。こんな時ぐらい、白系種(アルバ)らしく“自分を助けろ”と意地悪く生きる事に執着すればいいのに!

 

「馬鹿言うな! もう少しで仲間のところにいけるんだ! そうすれば、こんな傷だってすぐに治る!」

 

 怒鳴り返しながら。そんな事は決してないのだと、残酷なほどに冷静なアスカの思考は告げていた。この状況下だ、重傷者を治療する為の薬品も包帯も、人手も到底あるはずがない。

 そして。イリヤは数多く居る大尉の一人に過ぎないのだ。たとえ生きて辿り着いたとしても、その優先順位は決して高くはないだろう。無駄に苦しみを長引かせるだけだ。

 けれど。そうと分かっていても、アスカはイリヤを見捨てるなんて――見殺しにするなんてことはできなかった。

 

「あんたにはまだ生きてやることがあるだろ! あんたが死んだら、あんたの弟はどうするんだよ!?」

 

 親族を喪う悲しみは、アスカにも痛いほどに理解(わか)っている。だから。そんな気持ちを、イリヤの家族にはこれ以上して欲しくなかった。

 そして。何より。アスカは、この少女を死なせたくなかった。

 止まらない流血に意識が遠のくのを感じながら、イリヤは今一度奮起する。残る命を振り絞って、イリヤは叫んだ。

 

「きみだって、まだ、こんなところで死ぬわけにはいかないでしょ!」

「は……?」

 

 微かにアスカの目が見開かれる。思わず手の止まるアスカに、イリヤは必死の言葉で想いを紡いでいく。

 

「これから、きみは――きみたちは、自分の手で未来を紡いでいけるんだよ。……だから、その未来を、ボクなんかに使わないで……!」

 

 絶句して硬直するアスカの耳に、別の切迫した声が届く。

 

『アスカ! ハンドラー! そっちに一機接近中のがいる! 早くそこから離脱しろ!』

「は…………?」

 

 離脱するったって。どうやって。

 まだ、イリヤの止血も終わってないのに。

 

「はやくいって…………っ!」

 

 苦痛を抑えた声で、イリヤは涙目に訴えてくる。

 

「おねがい、だから……! はやくっ…………!」

 

 近くで再度爆発が轟き、知覚同調(パラレイド)からは、応答しろというセイエの怒鳴り声が何度も言葉を変えては聞こえてくる。

 暫し、アスカは目を瞑って。渦巻く逡巡を断ち切るようにして目を開ける。平静をできるだけ装って、応答した。

 

「…………了解」

 

 それからすぐさま同調率を最低まで下げて、アスカは眼下に横たわるイリヤにそれを問う。感情を悟られないように細心の注意を払いながら。

 

「……()()()の、弟の名前は」

 

 彼女を助けられないのならば、せめて。それだけは。彼女の守ろうとした人を、アスカは知りたいと思った。白系種(アルバ)なのにも関わらず、アスカ達を命懸けで指揮してくれた人の大切な人を。

 

「……………っ、…………」

 

 絶え絶えの声は、殆どが爆轟に掻き消されていで聞こえない。けれど。必死に傾けた耳は、奇跡的にもその声を拾ってくれた。

 ヴァルラ。ヴァルラ・ヴェーチェル。

 それが、イリヤの弟の名前だった。

 その名前を胸中で何度も反芻(はんすう)して、アスカは決して忘れないようにと記憶に刻み付ける。その人だけは、アスカは守らなければならないから。最期の立会人として、()()を伝えなければならないから。

 

「わかった」

 

 ぽつりと呟いて。アスカは視界が滲むのを腕で拭いながら、少女の身体をゆっくりとコクピットの床へと下ろす。見えてきたズボンと軍靴は、炎に照らされる中にあってもなお、彼女の血で真っ赤に染まっていた。

 座席の上に立って、左脇に固定していた小銃を取り出す。周囲に敵影がないのを確認してから、もう一度イリヤを見た。

 

「っ…………!」 

 

 イリヤは、もう既に二度と目覚めることのない眠りについていた。心の底から安らかな笑顔で。

 ぎりと奥歯を噛み締めながら、アスカは〈アキリーズ〉を降りる。振り返らずに、一心不乱に南へと走り続けた。仲間と、彼女の弟が居ると信じた方向へ。

 

 もう、二度と逢えない人を想い続けながら。

 

 

 

 




まだもう少しだけ続きます。

ちなみに、ミオソティス【忘れな草】の花言葉は「真実の愛・友情」「私を忘れないで」だそうです。
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