86-エイティシックス-『ミオソティス』   作:暁天花

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第三章 Downfall
Downfall


 宵闇の空は阻電撹乱型(アインタークスフリーゲ)燃滅(しょうめつ)させる焼夷弾(しょういだん)の炎がちかちかと咲き誇り、その穴を縫って突入してきた誘導飛翔体(ミサイル)が地平に(うごめ)く〈レギオン〉の大軍勢へと自己鍛造弾の驟雨(しゅうう)を浴びせかける。

 遠方で繰り返される壮絶な消耗戦をちらりと見やりながら、アスカ達は任された第一陣――斥候型(アーマイゼ)近接猟兵型(グラヴォルフ)の混成だ――を掃討し続けていた。

 

 迎撃砲の精密射撃が〈シャープエッジ〉の背後にいた斥候型(アーマイゼ)を木っ端微塵に吹き飛ばし、爆炎で目が眩んだ別の斥候型(アーマイゼ)を高周波ブレードで斬り捨てる。

 別の角度から突っ込んできた近接猟兵型(グラヴォルフ)を確認し、即座に後退。間一髪その斬撃を躱し、着地で無防備な横腹に五七ミリ砲の砲弾を叩き込む。

 いくら射撃が下手とはいえ、この距離ならば流石に外すことはない。

 

 周囲に展開していた一個小隊を撃破し終えて、アスカは短く息を吐く。ただでさえ敵の視認しにくい夜中の戦闘だ。斥候型(アーマイゼ)さえ潰せれば視界はこちらの方が有利とはいえ、この数を〈ジャガーノート〉の貧弱な装甲で相手するのは細心の注意が要求される。

 

『アスカ! これ以上下がるのはまずいぞ!』

 

 同じく一個小隊を撃破し終えたらしい。僚機を率いて合流してきたセイエが緊迫の声を上げる。

 それに対して、アスカは苦く奥歯を噛み締めた。

 じりじりと押し込められているのは感じていたが。遂に、その限界が近付いてきていた。

 九機いた味方機は二機が大破し、四機が行動不能状態だ。大破した二人以外は何とか基地へと帰還できたようだが、その基地が後方の目と鼻の先に見えている。

 基地に予備の機体などという()()()は支給されていないし、許可が下りた例もない。ここに来て、ヴェーチェル大尉のきめ細やかな補給品確認が仇となっていた。

 

 四人の戦線復帰も望めなければ、これ以上の退却もできない。

 かといって基地より後方は共和国軍がばら撒いた地雷原が数キロに渡って敷設されている。

 これ以上、打つ手がなかった。

 退却も増援も見込めず、かといって共和国の迎撃兵器は今現在が最大火力だ。ヴェーチェル大尉に幾ら懇願しようが、これ以上の支援攻撃は物理的にも不可能だ。

 無言の知覚同調(パラレイド)からも、ヴェーチェル大尉の焦燥は伝わって来ていた。

 もう、ここまでなのか――。その場の誰もが思い始めた、その時だった。

 

 

『“鮮血の女王(ブラッディ・レジーナ)”より全戦線のプロセッサー各位!』

 

 

 聞き馴染みのない銀玲(ぎんれい)の声が、突然知覚同調(パラレイド)に介入してきた。

 その声に全員が呆気に取られる最中、銀玲(ぎんれい)の声は冷然と、けれども微かな焦燥のこもった声色で続ける。

 

『現在、共和国は全方位から〈レギオン〉の大規模な攻勢を受けています。これに対し、共和国軍は全戦域の地雷原の啓開ののち、グラン・ミュールを解放。瓦解しかけている防衛戦線の再構築を行います。地雷原の啓開が終了次第、プロセッサーの皆さんは八五区内へと撤退し、戦線の再構築に協働(きょうどう)して下さい!』

 

 一息に言い切ると。一転、その少女は極めて冷静な声音で告げる。

 

『……生きる為に。どうか、各位の賢明な判断を願います』

 

 そして。その言葉を最後に。銀玲(ぎんれい)の声は途切れた。

 静まり返る知覚同調(パラレイド)の中で、一番最初に声を漏らしたのはセイエだった。

 

『お、おい。ヴェーチェル大尉。今のは……!?』

 

 戸惑った様子の問いかけに、ヴェーチェル大尉は複雑な声音で応える。

 

『“鮮血の女王(ミリーゼ大尉)”。ボクの()同期にして、ボク()の最右翼だよ』

 

 その声に。アスカは微かに目を伏せる。

 他の隊員よりも少しだけ高い同調率が。ハンドラー自身に対する憤怒と、それと同時に巻き上がる強いやるせなさをアスカに伝えていた。

 特に、後者の感情は先程の少女の声から顕著に強くなっているようだった。

 同期、と言っていたから、面識はあったのだろう。そんな少女が何故全プロセッサーに知覚同調(パラレイド)を繋げれたのかは分からないが……。何か、とてつもない物を背負っているのだろうなとアスカは感じた。

 それには敢えて言及せず、アスカは淡々とした口調で問う。

 

「……信じて良いのか?」

『大丈夫。彼女の信頼はボクが保障する』

 

 即答された。同時に言葉に裏がないのも伝わってきて、アスカは決意を口にする。

 

「……了解」

 

 この先は、ミオソティス戦隊の全てをヴェーチェル大尉(このハンドラー)に委ねる。そんな想いが、自然と心の奥底から湧き上がってきていた。

 初めての感覚に内心戸惑っているアスカをよそに、ヴェーチェル大尉は努めて平静の声で指示を伝える。

 

『基地に残ってる人員は全員で地雷の啓開に当たって。こっちからも道を(ひら)いて、さっさと撤退路を作り出す』

 

 ふ、とこちらに意識が向いたのを感じて、アスカは気を引き締める。第二陣の撃ち漏らしが迫って来るのを焔の中に見ながら、聴覚に意識を集中させる。

 

『リンドウ大尉達はできる限り後退しつつ現状を維持。 撤退路が確保できるまでは何としてでも持ち堪えて』

 

 了解、と残存した二機――セイエとフレイが応答する。

 それを聞いてから、アスカも二人に続いた。

 

『――りょーかい』

 

 

 

 放たれる砲撃を巧みに躱し、時には奴らの残骸を盾にして、アスカ達はじりじりと後退しつつも迫り来る〈レギオン〉の軍勢を捌き続ける。

 とはいえ、攻勢の手はかなり緩くなっていた。周囲を見るに、特段ここに対しての攻勢が弱くなっているとはいうのではないらしい。目に見えて遅くなった進撃速度に、アスカは()()を確信していた。

 恐らく、ヴェーチェル大尉も〈レギオン〉の意図には気付いている。先程から伝わって来る感情には、それに対する複雑な心境が色濃く現れていた。

 

 啓開の進んだ撤退路へと後退しながら、アスカは燃え盛る自分達の基地を複雑な面持ちで見つめる。

 辛いことばかりだったけれど。だけど、それだけじゃなかった。小さかったかもしれないけれど、あそこには確かに幸せという形はあった。

 死んで逝った者達が遺したもの。一握りの幸せと、些細な平穏の記憶。――そして、曲りなりにも、帰るべき居場所だった、バラック。

 

 その全てが今、アスカ達の目の前で燃えていた。焼け落ち、踏み躙られ、完膚なきまでに破壊されていた。

 〈レギオン〉部隊は揃ってそのラインで進撃を停止している。射撃すらもしてこなかった。

 その様子に、ヴェーチェル大尉は苦しげに告げる。

 

『現在、〈レギオン〉部隊は砲兵の支援砲撃を待っていると予測される。……みんな、投射弾には充分に警戒して』

 

 〈レギオン〉共の待ち構えるそこから先は、数キロにも渡る長大な地雷原だ。それの掃除に、奴らは大量の砲弾を使用するらしい。

 雑極まりない地雷除去の仕方だが、それ故に〈レギオン〉の強大さをアスカ達は改めて痛感せざるを得なかった。つまり、それ程の弾薬消費は、奴らにとって大きな負担ではないということなのだから。

 了解、と返して、アスカはふと訊く。

 

「啓開はあとどれぐらいで……?」

 

 このままでは、いつ地雷掃除のついでに全滅するかも分からない。

 微かに沸き立つ不安を感じたらしい、ヴェーチェル大尉は安心させるように穏やかな声音で応えた。

 

『もう間もなく見えてくるはずです』

 

 そう、聞こえた直後。撤退路の啓開指揮に当たっていたアスカ機付きの整備兵が、驚嘆の声を上げた。

 

『あ、あれって…………!?』

 

 つられて視線を向けた先、そこには数両の車両が見えて。直後、こちらを認識したらしい士官の声が知覚同調(パラレイド)に届いた。

 

『こちらサンマグノリア共和国軍第八九工兵中隊! ミオソティス戦隊、聞こえるか!』

 

 若い男の声だ。恐らくはヴェーチェル大尉や鮮血の女王(ブラッディ・レジーナ)と名乗った少女と同じ派閥の。

 お互い視認したのを把握したヴェーチェル大尉が、安堵を押し隠した声音で告げる。

 

『彼らと合流次第、全速力で八五区内まで撤退して。――まずは現状把握と、戦力の維持を最優先とする』

 

 

 

 工兵部隊と合流した後、アスカ達は最大巡航速度でその場を離脱する。何とか砲撃を受ける前に撤退は成功して、一段落したところでアスカは一人ではぁと息を吐いた。

 速度を落として、見えてきたのはグラン・ミュールの偉容だった。

 城塞にも似た各種レーダー類のマストに、その左右に連なるのは城壁にも見える要塞群だ。城壁の上には、まばらに発砲を繰り返す迎撃砲の姿が見える。全砲門が焔を吐いていないのは――まぁ、共和国軍の怠慢の賜物だろう。これでもまだ動いている方なのだと、工兵中隊の隊長は言っていた。

 

 地上には垂直発射装置(VLS)が等間隔を置いて設置されており、こちらは迎撃砲よりかは幾分マシな稼働率を維持しているようだった。とはいえ、不発弾はそこそこ出ていたので、こちらも()()()()()()なのだろうが。

 ふと、その偉容の一角が崩落しているのが見えて、アスカは思わず顔を(しか)める。

 

『……言っとくけど、あれはさっき〈レギオン〉の超長距離砲撃があったからだからね。ボク達がサボってたせいじゃないからね』

「……そりゃ災難で」

 

 どうやら伝わってしまっていたらしい。露骨に不機嫌になるのにアスカは思わず苦笑する。そういうところは本当にブレない人だ。

 

 

 解放されたグラン・ミュールのゲートを潜り抜け、アスカ達は約十年ぶりの八五区内に足を踏み入れる。そこには、我先にと逃げ回る白系種(アルバ)の人々の姿があった。中には軍服を着た者もいて、それに気付いたフレイがぽつりと毒を吐く。

 

『……軍人のくせに。これだから白ブタは』

 

 本来ならば、彼らがアスカ達の役割を負うべきなのだ。国防は国民の義務であり誇りであり、軍人はその義務を職務として全うしなければならない。それこそ、工兵中隊の皆や、ヴェーチェル大尉のように。

 

『……すまないな。私達の同胞が、こんな腰抜けばかりで』

 

 呟かれた工兵中隊の隊長の言葉に、アスカ達は肯定も否定の言葉も返さなかった。少なくとも、ヴェーチェル大尉や彼らのように己の義務を全うしようとしている人も居るのは知っているから。

 だから。白系種(アルバ)だからと全員を蔑み見下すようなクズには、アスカは絶対に成り下がったりなんかしない。そして。それは、ミオソティス戦隊に共通した認識だった。

 ()から逃げてくる人々の津波をかき分けながら、前を進む工兵中隊に続いて幹線道路を進んでいた――その時だった。

 

 数発の爆轟(ばくごう)が、宵闇の空気に響き渡った。

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