86-エイティシックス-『ミオソティス』   作:暁天花

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果てなきモノローグ

 イリヤと一緒に防衛位置について、アスカは工兵中隊と共に〈レギオン〉が押し寄せて来るのを待ち構える。

 長距離砲兵型(スコルピオン)の砲撃が止み、程なくしてからレーダーが〈レギオン〉部隊を捉えた。

 

『敵機発見!』

 

 直後、知覚同調(パラレイド)から待機中に繋いだ工兵中隊の隊長の声が聞こえてくる。まだ完全に浸透できてはいないらしい、〈レギオン〉を示す赤色の輝点(フリップ)は比較的疎らだ。

 イリヤはいつもの調子を完全に消して告げる。

 

『斥候部隊は極力戦闘を避け、敵戦力の解析に注力。その他の部隊の行動はルース大尉に一任します』

『了解』

 

 工兵中隊の隊長が応答。それと同時にアスカとの知覚同調(パラレイド)を切断した。指揮系統が違うのだ。余計な通信共有は、お互いの混乱を生むだけだ。

 

『リンドウ大尉はその場で待機。敵部隊の解析及び通過を待って、後方部隊を急襲せよ。……危険な戦闘にはなる――』

「いつもの戦場よりかはマシですよ」

 

 食い気味に返した。あの戦区での戦闘――稜線地帯や廃村ばかりだった――に比べれば、こんな都市部での戦闘など楽この上ないのだ。位置取りさえ間違わなければ遮蔽物が大量に存在している上に、射線も比較的読みやすい。

 レーダーがまだ生きている都合上、〈レギオン〉部隊よりもこちらの方が索敵力では上回っているのだ。機体と数こそ劣勢なものの、その他の要素においてはこちらが大幅に上回っていた。

 

『……確かに、そうかも?』 

 

 ふ、とイリヤの頬が緩むのを感じて、アスカは口の端を微かに吊り上げる。気負い過ぎは失敗のもとだ。少しぐらいは気楽にいたほうがいい。

 それから程なくして、イリヤの声が鋭くなった。

 

『……そろそろ〈レギオン〉がこの通路に侵入する。以降、通信は必要最低限に』

 

 いよいよ戦闘が始まるのを感じ取って、アスカも気を引き締める。

 

「了解」

 

 

 眼前の道路を〈レギオン〉部隊が通過していくのを、アスカは固唾を呑んで見守る。

 先頭を走るのは相変わらず斥候型(アーマイゼ)で、それに続くのは市街地戦では特に脅威度の高い近接猟兵型(グラヴォルフ)だ。更に後方には、戦車型(レーヴェ)の群れが続く。一個大隊程度の混成部隊だ。数はさほど多くはないものの、混成故にあらゆる攻撃に対しての抗堪性(こうたんせい)が高い。

 正直、厄介だなとアスカは思った。

 

 作戦としては、まずは〈レギオン〉部隊に道路をあえて通過させて行軍隊形を強制させる。かつ、周囲警戒を緩めさせることによって奇襲の隙を作り出す。

 道路出口付近で〈アキリーズ(イリヤ機)〉が敵先鋒部隊を攻撃し、それと同時に〈ジャガーノート(アスカ機)〉が最後方の部隊を急襲。挟撃によって更なる混乱に陥れ、眼前の〈レギオン〉部隊を拘束する。

 直後にグラン・ミュールから誘導飛翔体(ミサイル)を射出し、イリヤの終末誘導をもってして残る〈レギオン〉部隊を攻撃。残存機を掃討するとともに、彼らの残骸をもってして道路の封鎖を行うというものだ。

 戦闘中には回収輸送型(タウゼントフェスラー)が出張れない以上、アスカ達がここを退()かない限り、〈レギオン〉はこの通路を使用できない。

 

『予定通りボクの合図で攻撃を開始する。作戦開始に備えて』

 

 無言で頷き返して。アスカは〈ジャガーノート〉のエンジンを無負荷状態(アイドリング)から強負荷状態(レーシング)に変更した。一気に機体の振動が激しくなり、それと共に大きな駆動音が辺りに響く。

 しかし、索敵機能の弱い戦車型(レーヴェ)ではこちらを確認できない。あえて炎の近くに待機していたために、貧弱な熱源探知ごときでは敵機か炎かの判別が付かないのだ。

 なまじ敵機だとしても、普通ならば圧倒的性能差で一蹴できる。そう。()()()()()

 眼前を最後列の戦車型(レーヴェ)が通りかかった――その時。

 

 

交戦開始(エンゲージ)!』

 

 

 イリヤの声が響いた。

 隊列最前方で七五ミリの砲火が小さく煌めき、無防備な斥候型(アーマイゼ)の横腹に貫徹。即座に自爆装置が作動し、鮮やかな爆炎を立ち昇らせる。

 それと同時にアスカも進出を開始。眼前を通る戦車型(レーヴェ)の背面に回り込み、高周波ブレードで車体諸共砲塔後部を斬り付ける。飛び退(すさ)って、即座にトリガ。五七ミリ砲弾を傷口へと叩き込み、ワイヤーアンカーを建物上部へ射出した。咄嗟にその場を離脱し、自爆で撒き散らされる鉄片を逃れる。

 

 突然のことに立ち往生する二機目を視界に捉え、もう一本のワイヤーアンカーを射出。砲塔上部に飛び乗り、白鉄の装甲に高周波ブレードを叩き付ける。確かな手応えを感じて、即座に離脱。直後、両断された弾薬が引火。誘爆。

 眼下で高々と爆煙が上がるのを視界に収めながら、アスカはちらりと道の先を流し見た。

 

 ――イリヤは、大丈夫だろうか。

 

 

 

 爆散した斥候型(アーマイゼ)を盾にして、イリヤは立ち往生する残りの斥候型(アーマイゼ)達に機関銃を撃ち放つ。決定打にこそならないものの、脚部関節を破壊するぐらいならば十分に可能だ。

 その隙に自動装填が完了し、即座に発砲。斥候型(アーマイゼ)の群れを縫って飛びかかってくる近接猟兵型(グラヴォルフ)を撃ち落とす。宙空で炸裂した自爆の鉄片が、下に居た二機の斥候型(アーマイゼ)の上部装甲を食い破り、自爆に追い込んでいた。

 

誘導飛翔体(ミサイル)発射要請! 終末誘導はこっちで全部やる!」

 

 了解、との声が帰ってきて、刹那、イリヤは機体を再び物陰に潜ませる。予め記録していた座標の入力を開始して――誘導飛翔体(ミサイル)の誘導指示権がこちらに切り替わった。

 即座に座標を決定し、来たる爆発に機体を備えさせる。それと同時に知覚同調(パラレイド)に向かって叫んだ。

 

誘導飛翔体(ミサイル)接近中! すぐに道路から離れて!」

 

 答えは沈黙。

 もとより返答は求めていない一方的な合図なのだ。イリヤは彼がしっかり退避していることを祈るしかできない。

 数刻ののち、いくつもの爆轟が周辺の空気を震わせた。

 

全弾命中(オールヒット)

 

 その文字がスクリーンに映し出されると同時に、レーダーに映っていた赤色のフリップが全滅した。万が一に撃破されないように機体を降りて、イリヤは恐る恐る道路へと顔を出す。そこには、先程まで〈レギオン〉()()()機体の残骸が所狭しと飛び散っていた。

 道のあちこちに白鉄の鉄片が突き刺さり、ちらちらと燃える炎を反射している。構造が弱かったらしい建物が、轟音を上げながら通路に横たわっていた。

 

『やった…………、のか……?』

 

 戸惑い気味に訊ねてくるのに、イリヤは微かな安堵とともに言葉を返す。

 

「うん。成功だよ」

 

 それも、建物の崩壊による道路の遮断というオマケ付きだ。これなら、この通路は完全に封鎖できたと考えていいだろう。

 

「リンドウ大尉は一つ右の道路を使ってこっち側に帰ってきて」

『了解』

 

 ひとときリンドウ大尉との知覚同調(パラレイド)を切断して、イリヤは別の部隊長達に繋げる。

 短く息を吸って、努めて冷淡な声で口を開いた。

 

「ミオソティス戦隊より第八九工兵中隊ならびに第一六八防衛隊。各隊、現在の損害および作戦状況を報告せよ」

『こちら第八九工兵中隊。敵第一陣の撃破には成功も、一個分隊および二両の戦車を喪失。また、自走地雷が確認されています』

『こちら第一六八防衛隊! 敵部隊の砲撃が激しく、要塞群外側の垂直発射装置(VLS)は全滅しました!』

「……了解」

 

 暫しイリヤは思考する。ことが一刻を争う以上、長考はできない。素早く、それでいて最善かつ適切な指示を、イリヤは出さなければならないのだ。

 現状と予測される未来の敵を照らし合わせ、数ある選択肢からイリヤは最善の手を的確に選び抜く。

 

「第八九工兵中隊は現在の防衛ラインを維持。(ただ)し、西の範囲を一区画縮小する。その穴はボク達で防衛するから、残りの区画を絶対に抜かれないようにして。

 グラン・ミュールは現在の戦闘状態を維持。内側の垂直発射装置(VLS)の半数を要塞外側の防衛に回すから、誘導飛翔体(ミサイル)についてはそれでどうにかして。また、各隊敵先鋒部隊を発見次第、ただちに報告すること」

『『了解!』』 

 

 彼らの報告と指示を終え、イリヤは知覚同調(パラレイド)を切断。再びリンドウ大尉へと繋いだ。

 

 

 

『リンドウ大尉、聞こえる?』

 

 陣地転換の最中、知覚同調(パラレイド)からイリヤの声が訊ねてきて、アスカは淡々と応える。

 

「はい。聞こえてます。何か作戦の変更ですか?」

 

 イリヤがこの戦線の総指揮官という状況なので、アスカとの通信は必要最低限にしようと作戦前に二人の間で決めていたのだ。通信があるということは、それしか考えられない。

 返ってきたのは、冷然の中に少し暗さの混じった声だった。

 

『ボク達の防衛範囲が東に一区画増えた。それと、誘導飛翔体(ミサイル)による支援はもうあまり期待できない』

「……外のがやられたんですか」

『ま、そんなところ』

 

 隠していても仕方がない、といったようなあっさりした白状だった。

 味方の劣勢を全て話すつもりはないが、だからといって全てを隠すつもりもないと。必要な情報は開示するが、それ以外の情報は隠し通すといったような決然とした声色の。

 

『さっきのような戦術はもう使えないから、以後はボクとリンドウ大尉による遊撃戦闘に移行する』

「あんたが前線を……!?」

 

 思わず訊き返していた。アスカはともかく、イリヤは実戦経験のない指揮官(ハンドラー)だ。いくらフェルドレスが操縦できるとはいえ、それは流石に無茶というか無謀だ。

 それに。第一にイリヤはこの戦線の総指揮官なのだ。そんな人が最前線で――それも不確定要素の大きい市街地で戦うのは、リスクが余りにも高すぎる。

 けれど。そんなアスカの想いとは裏腹に、イリヤは自分の決定を曲げるつもりなど殊更もないようだった。

 確固たる意志の声音で、イリヤは告げる。

 

『君一人に戦闘を全て任せる方こそ無謀だよ。……大丈夫。ボクはフェルドレスの運転免許も、機甲科の乗員資格も持ってるから。ちゃんと戦える』

「……」

 

 その言葉にアスカは押し黙るしかなかった。今のアスカには、ハンドラーを止める権限(ちから)も言葉も持ち合わせていない。だから。胸を刺すような微かな痛みも、耐えるしかなかった。

 渦巻く感情を何とか飲み込んで。アスカは具申する。

 

「……なら、せめて俺への支援に当たってください。あの数を個々で相手するのは、それこそただの無謀です」

『りょーかい』

 

 アスカの心情を知ってか知らずか、ハンドラーは軽い口調だった。

 

 

 それから三度の襲来があって、その度に〈レギオン〉の数は増大していった。

 一度目の襲来で、工兵中隊の半数が戦死した。グラン・ミュール本体にも砲撃が届くようになり、迎撃砲の半数が撃破され、沈黙した。

 二度目の襲来で、工兵中隊の戦車が全滅した。残ったのは通路に敷設された地雷と、一個分隊程度の歩兵だった。北部から何とか撤退してきた共和国軍の部隊も、尽くが南部へ逃れる前に全滅した。

 三度目の襲来で、防衛ライン以北のグラン・ミュールが遂に陥落した。工兵中隊は一人残らず全滅し、防衛ラインを持ち堪えさせていたグラン・ミュール内側の垂直発射装置(VLS)も全ての誘導飛翔体(ミサイル)を撃ち尽くした。迎撃砲は遂に全ての砲が沈黙し、残るはコンクリートの壁と僅かな人員。そして機関銃だけだった。

 もはや対抗不可能と悟ったイリヤが、悲壮な覚悟で決断を下す。 

 

『残存戦力へ告ぐ。現時刻をもってここでの全ての防衛戦闘を終了。各員、南部へ撤退せよ。繰り返す――』

 

 その声を聞きながら。アスカはイリヤの元へと機体を進ませていた。〈レギオン〉の数は増大し続け、もはやここで戦闘を行うのは無謀としか言えない状況になっていた。

 レーダーに映る赤点は膨大で、けれども味方機を示す青点はただ一つ、〈アキリーズ(イリヤ機)〉のみを残している。

 

 イリヤは実戦経験に、アスカは機体性能に問題を抱えているため、二人とも単独でこの場を離脱するのは難しい。だから、まずはイリヤと合流して、それからこの戦域を離脱しようというのがアスカの考えだった。

 群がる自走地雷から全速力で逃れ、時折出没する斥候型(アーマイゼ)を斬り伏せながら、アスカはレーダーの青点を頼りに機体を疾走させる。最後の十字路を左折したところで、イリヤの〈アキリーズ〉を視界に捉えた。

 

「ヴェーチェル大尉!」

 

 思わず声をかけていた。ハンドラーの意識がこちらに向く感覚がして――その感情が驚愕と恐怖に変わった。

 

『そこを離れて!!』

「え?」

 

 直後。〈ジャガーノート〉の脇に、〈アキリーズ〉の機関銃弾が穿(うが)たれた。

 咄嗟にそちらへと視線を向けて――最後に見えたのは、自走地雷の無機質な単眼と唇だった。

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