86-エイティシックス-『ミオソティス』   作:暁天花

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第四章 戦いの果てに
希望


 気がつくと、暖かな感触が背中にあった。

 胡乱な意識の中で、アスカはぼんやりと目を開ける。見えてきたのは、銀の髪を肩まで伸ばした共和国軍の()()士官だった。歳は……恐らく、アスカと同年代だ。少女に特有の可憐な容姿が、大人びた雰囲気に混じって独特の雰囲気を醸し出していた。

 彼女は真剣な表情で三枚の光学スクリーンへと意識を集中させていて、アスカが目を覚ましたことにも気付いていないようだった。声をかけようとしたところで、彼女が口を開いた。

 

「ええ、はい。ボクが殿(しんがり)のはずです」

 

 その声に、アスカは驚愕に目を見開く。

 酷く思い当たりのある声だった。凛とした、けれどもどこか砕けた雰囲気の漂う中性的な声。この数ヶ月で幾度となく言葉を交わし、不思議な信頼関係ができあがっていた――。

 

「……ヴェーチェル大尉…………!?」

 

 思わず、その名が口からこぼれ出ていた。

 その呟きでアスカが起きていることに気付いたらしい。女性士官――もといイリヤは、にっと笑顔を向けてきた。

 

「あ、起きた? ……よかった。その感じだと昏睡するほどの怪我じゃなかったらしいね」

 

 アスカの驚愕をよそにイリヤはそんな言葉を向けてくる。しかし、アスカはそれどころではなかった。

 何故、自分は指揮官だったはずのイリヤと一緒の機体に乗っているんだ。まるで意味が分からない。

 全くの無言なことに違和感を感じたらしい。イリヤはむっとした表情を向けてきた。

 

「……なに。その何か言いたげな顔は」

「あ……、いや。その……」

 

 一拍置いて。アスカは小さく呟いた。

 

「……あんた、女だったんだなって……」

 

 正直、男だと思って接していたのだ。それがこんな少女だったなんて。

 

「はぁ? なにそれ?」

 

 あからさまに不機嫌そうな表情になるのに、アスカはしまったと慌てふためく。視線を彷徨(さまよ)わせながら言い訳を考えていると、不意にイリヤは悪戯(いたずら)っぽい笑みを向けてきた。

 

「女の子に膝枕されるのは初めてだった?」

「あっ――――――!?」 

 

 無意識にばっと起き上がっていた。顔がとてつもなく熱い。思考が乱れて、冷静な判断がまるでできなくなる。

 手元の操縦桿(スティック)を離して身体を()()らせながら、イリヤは少し困ったような声を上げる。

 

「危ないなぁ。……一応怪我人なんだから、そう激しい動きはしないでよ」

 

 間近で見つめられるのに、アスカにはその言葉がまるで頭に入ってこなかった。

 アスカと同じ白系種(アルバ)銀瞳(ぎんとう)に、けれども八五区内で人として住むことを許された証である銀色の髪。その姿はエイティシックスならば誰もが忌避するはずなのに、何故だかアスカは全く別の感情を抱いていた。

 

 ――かわいい。

 

 素直に、そう思ってしまった。それは単にイリヤの容貌が可憐だったからなのか、はたまた今までの信頼関係がそう錯覚させているだけなのかは分からない。けれど。少なくとも、アスカは彼女に対して一つも黒い気持ちが込み上げてくることはなかった。

 

「……どうしたの?」

 

 ふと、首を傾げて言われて我に返った。

 気持ちを誤魔化すようにぷいっと顔を背けて、操縦の邪魔にならないようにコクピットのわきへと移動しながらアスカは訊ねる。

 

「……何がどうなって今の状況になってるんです?」

 

 そんなアスカの様子を気にするふうもなく、イリヤは操縦桿(スティック)を再び握り締める。移動を再開しながら、イリヤは真面目な声色でアスカが寝ていた間のことを語り始めた。 

 

「まずはどこから話したらいいかな?」

「俺の記憶はあんたを発見したことろまでだ」

「じゃあ、君の機体がダメになったところからか」

「……俺、やっぱり自走地雷にやられたのか」

「まぁ、そうだね」

 

 苦笑を混じえて、イリヤはきっぱりと言う。自走地雷は、直接戦闘に使用される〈レギオン〉の中では最も小型の機種だ。殆ど人間と変わらない大きさと熱量故に、各種レーダーには反応しない。

 

「君がボクのところへ来た時に、十字路の角に隠れていた自走地雷に君の機体は組み付かれたんだ。何とかコクピットへの直撃は避けれたんだけど、いかんせん〈ジャガーノート〉は装甲が薄いでしょ? だから、機体は使い物にならなくなったし、飛び散った欠片がいくつか装甲を貫通して君にも刺さったんだ。……まぁ、幸いにも急所には刺さらなかったらしいけどね」

 

 ちらりと視線を向けられて、アスカは胸元のあたりをまさぐった。確かに、心臓の周辺には傷の手当を受けた跡はない。

 

「……で、頭を打って気を失ってた俺を、あんたが手当してくれたってことか」

「礼ならいらないよ。部下の応急処置は部隊長として当然のことだから」

 

 口を開きかけたところで先手を取られた。気を取り直して、アスカは問う。

 

「……それで。俺が寝てる間に何があってこんな状況に?」

 

 機体が向っている方角は南で、コクピットの外からはあらゆる方角に爆轟が鳴り響いている。スクリーンに映し出される光景こそ闇と炎の世界だが、そこには敵の姿はない。レーダーに示されている〈レギオン〉の動きも鈍重なもので、少なくともアスカが気を失っている間に大きな動きがあったのは確かだった。

 真剣な顔でレーダーと光学スクリーンを交互に見ながら、イリヤは口を開く。

 

「君の手当てをした後に、ナレイン中尉から知覚同調(パラレイド)があったんだ。それで、いくつかの防衛戦隊がボク達の撤退に協力してくれることになった」

 

 驚きにアスカは目をまばたかせる。

 

「……てことは、この砲撃って……?」

 

 にこりと笑みをこぼして、イリヤは続けた。

 

「うん。半分ぐらいは味方のだよ。……とはいえ、二五〇口径(どんだけ長くても)五七ミリでしかないから、せいぜい斥候型(アーマイゼ)とか近接猟兵型(グラヴォルフ)ぐらいへの牽制にしかならないんだけど」

 

 けれど。こんな状況でも手を差し伸べてくれる人がいた。それがアスカは何よりも嬉しかった。

 不意にじん、と耳のレイドデバイスが幻の熱を帯びた。

 視線を向けた先、イリヤはにっと爽やかな笑みを向けてくる。

 

「定刻通信だよ。出てあげな」

 

 こくりと頷いて、アスカは知覚同調(パラレイド)を起動した。

 

 

 

 知覚同調(パラレイド)()()に繋がったのを感覚して、セイエは驚きと安堵が同時に押し寄せて来るのが自分でも分かった。

 震えそうになる喉を何とか抑え付けて、セイエはいつもの調子で口を開く。

 

「こちら第一戦区第一防衛(ミオソティス)戦隊、〈セイエ(サンストーン)〉。……ハンドラー、聞こえるか」

『ああ。聞こえてる』

 

 応答したのはハンドラーの中性的な声ではなく、聞き馴染みのある男性の声だった。無意識に口許を緩めながら、セイエは冗談混じりに言う。

 

「随分と繋がるのが遅かったじゃねぇか? ()()()」  

『ごめん。自走地雷でちょっとくたばってた』

 

 にやりと笑うのが伝わってくるのに、他の隊員達もそぞろと口を開き出す。

 

『え、ほんとに自走地雷にやられてたの?』

『だからそう言ってたでしょ? 今更ボクがそんなしょうもない嘘つくわけないでしょ』

『いやぁ、あのアスカがあんなんにやられるとは思ってなくて……』

『悪かったな。あんなんにやられて』

 

 いつもの調子で軽口を叩き合うのを、セイエは少し呆れたように肩を竦める。こんな状況下にあっても希望を失わない姿に、セイエはこの上ない頼もしさを感じていた。

 

『……ナレイン中尉が一番君のことを心配してたんだよ?』

 

 不意にそんな言葉が混じってきて、一転セイエは鬱陶しげに目を細める。

 

「聞こえてんぞハンドラー。余計なこと言うんじゃねぇ」

『はて? 余計なことっていったいなんのことかな?』

 

 ……こいつ。巫山戯(ふざけ)たしらを切りやがって。

 片眉をピクピクと震わせながらも、一つ深呼吸をして。セイエは落ち着いた様子で本題へと話を戻す。

 

「……んで、撤退の方はどうなってるんだ?」

 

 それを察したらしい、ハンドラーは真剣な声音で応えてきた。

 

『今のところは順調だね。中尉の言ってた通り、火炎弾頭が上手く煙幕の役割を果たしてくれてるみたい』

 

 〈レギオン〉のセンサは、基本的に斥候型(アーマイゼ)を除いて貧弱だ。熱源をばら撒きさえすれば、目眩しは簡単にできる。

 

「了解。……じゃ、合流できるのは十五分後ぐらいか」

 

 これでようやくアスカ達と再び合流して行動ができる。そう思うと、セイエは心が暖かくなるのを感じていた。アスカは勿論、ヴェーチェル大尉(このハンドラー)にもこの数ヶ月は世話になったのだ。ここで死なれたら寝覚めが悪い。

 

『お互いまだ戦闘があるかもしれないし、以後はレーダーにお互いが映るまでは通信を封鎖する。いいかな?』

 

 隊員のみんなが無言の肯定を返すのを確認してから、セイエは努めて冷静に口を開く。

 

「了解。……じゃ、またあとでな、アスカ。それとハンドラーも」

 

 

 

「ああ、またな」

「ええ、またあとで」

 

 そう言って知覚同調(パラレイド)を切断すると、イリヤは不意に視線をこちらに向けてきた。

 

「……てことだから、もう少しだけ我慢してね、リンドウ大尉」

「あ……、はいっ」

 

 安心させるような気遣いのこもった優しい笑みにどきりとしながらも、アスカは努めて平静を装って応える。何故、自分がこんなにも動揺しているのか。まるで分からなかった。

 

「……あの、ヴェーチェル大尉」

「ん? なに?」

 

 振り向けられる瞳に再びどぎまぎするのを何とか抑えて、アスカはそれを問う。

 

「操縦、交代しませんか?」

「え? まぁ、いいけど……? なんで?」

 

 イリヤが疲れの滲み出た目をぱちくりさせるのに、アスカは何だか急に気恥ずかしくなる。白系種(アルバ)の、それも指揮管制官(ハンドラー)に対して自分はなんでこんなにも心を揺れ動かされているのだろう。そんな気持ちが湧き上がってきて、アスカはつい、思っていたことと別のことを口走っていた。

 

「何と言うか……その。この体勢、結構きついんで」

 

 全くの嘘だ。(かが)んだ体勢ではあるとはいえ言うほど辛い体勢でもないし、それをあと十五分も耐えられないほどアスカの身体は弱くない。

 そんなことを知ってか知らずか、イリヤはにやりと笑った。

 

「膝枕、またしてあげようか?」

「い、いらないですよ!?」

 

 思わず声を荒げていた。

 本当に、この人は。

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