異世界から異世界へ転生し死を繰り返した失敗談をドアまみれの喫茶店で語る探偵少女・大河内冴と、彼女の全てに惹かれ彼女の語る失敗談にどっぷりと浸かる『私』のシチュエーションホラー。
 『私』は繰り返し彼女の夢を見る。これは本当に彼女の出自であり探偵をする理由か、それとも……
縦書き推奨。

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第1話

こんな夢を見た。

 金縛りの息苦しさで目覚めた私が目をなんとか開くと、天井には『寄り怪(よりみち)』のようにドアが備え付けられている。これがゆっくりと開くと、ドアの縦方向一杯に目が開いている。目の血管がウニウニと寄り集まるようにして涙が枕のすぐ横に、へちゃり、と落ちる。金縛りに遭ったまま動けないので見ることはできないが、私にはそれが、心臓のように脈打つ、実の代わりにつやつやした目玉がびっしりと嵌った紫色のイチゴのような果実だとわかる。

 

 こんな夢を見た。

 この夢を大河内に話した私が、延々ひどく怒られているのだ。「どうしてお前が」「いいか、夢とは――――」「もう一回寝ろ」と。部分的に支離滅裂だったような気もするが、彼女の言葉を詳しく思い出すことができない。何か大事な話をされたような気がするのだが。

 

 こんな夢を見た。

 『寄り怪(よりみち)』で、私たちは向かい合って座っている。大河内が泣きながら、紫色のケーキを食べている。実に美味そうに嬉しそうに、がっつくようでいてもったいなさそうに食べる。あの店で何が出ても美味そうによく食べよく飲む少女ではあるのだが、まるで済んでのところで餓死を免れたかのような、寿命3日という高価さに見合った食いっぷりだった。興味を覚えた私が、一口味見させてくれ、どんな味がするんだ、と言うと、大河内は涙を流しながらいつもの目つきでこちらを睨みつけて「ぶっ殺すぞ」と言った。私はこの夢で、彼女が笑うのも泣くのもまだ見ていないと気が付いた。

 

 こんな夢を見た。

 私は気づくと真っ白な四角四面の無機質な部屋に空気として存在している。目の前には大河内が滑らかな渦上の、花弁にも似たベッドのような物体に眠っている。目を覚ました彼女はまず寝床の向かいに開いた私の語彙では”窓”としか表現のできない構造物を開け、窓の外一杯に広がった巨大な球面に向かって、飛び交うデブリ越しに、音声を――あえて表現しようとすると、まるで繋がっていない状態の受話器に話しかけたときにスピーカーから出てくる音のようなかすれた非有機物的な音、と言うほかないのだが――発した。建築物か何かだと思っていた球面が巨大極まる眼球だと気が付いたのは、表面でグリグリと動く黒いシミがこちらに『向いた』ときで、明らかに遥か遠くにあるのに手が届きそうなほど間近に見える3Dアニメじみて狂った遠近感があった。その目つきは命令的であり、依存的な背筋がぞっとするようなニュアンスがあるのに、夢なので目を逸らすことができない。やがて振り向いた彼女に私の視界が引っ張られると、部屋の隅にあった植木のような何かに近寄った。三本足で紫色をした、肥大化した頭部にはち切れそうなほど巨大な眼球を備えたフラミンゴのようにしか見えないそれに近寄ると、彼女は心臓のように脈打つ、目玉がびっしりと嵌った臓物のような果実の一つを足元から拾って咀嚼し始めた。巨大な眼球から血管が集まるようにして垂れ落ちるこの果実を食べる彼女はさも「うん、うまい」と言うようにしきりに頷いていた。

 

 こんな夢を見た。

 私は全くの他人になって三本足のフラミンゴに何度も何度も刃物を突き立てている。しぼんだ風船のような両目を大きな頭蓋から抉り出し、足を間接ごとに乱暴に切り分ける。やがて振り向くと、部屋の隅で震えている大河内に向かってはっきりと「さあ、君はこんなところにいていい人間じゃないんだ」と言って、得体の知れない色の液体まみれの手で引きずっていく。件の部屋から出ると、廊下にはそこかしこにどうみても人間ではないものの肉塊が、極彩色に蟠っている。どれも『私』が殺したものだ、とはっきりとわかる。泣き叫ぶ大河内をひたすらに引きずって鉄臭そうな廊下を進む。次の瞬間、視界は一般的な家屋、それもマンションの一室に変わった。『私』たちは向かい合って座っている。ショートケーキを食べる大河内に「おいしいかい?冴」と聞くと、「うん、お父さん」と返って来た。

 

 こんな夢を見た。

 『寄り怪(よりみち)』で、私たちは向かい合って座っている。

 「これが私という形なんだ。こっちの世界よりもべらぼうに大きなあの生き物を形作る生き物、あの生き物を完成させようとしている生き物、何ひとつとして同じ機能同じ形の物はない。その一つがこの私なんだ。ただ人間と寸分違わず同じ形をしている、ただそれが私の形なんだ。それをお前らと来たら、いきなり押しかけてきて大騒ぎしてみたり大勢殺してみたりかと思ったら親面をしてみたり、だからお前らが嫌いなんだよ――――」

 「夢の話だろ!とにかくそんな果物のことは知らないし、そんな訳の分からない体験をしたことはない!」

 「口を挟むなって言うのがいい加減わからないのか?ったく、いいか。夢とは無数に生まれては滅んでいくひとつの世界だ。世界とは生き物だ。およそ生きとし生きるもの一匹一匹は広大無辺な世界の入れ物だ。お前も、お前が見た夢もそう。私を果実で育ててくれた、母親もそう。私ももちろんそう。だが……私はお前らに染まりすぎた。もしかして私は本当に『大河内冴』という『人間』で、あの楽園は存在しなかったのか?私の父は私の故郷を……母を殺していなくて、本当に血縁関係があるのか?わからなくなってきたんだ。だから私は探偵をして不可解な話をこそ集め、あの世界の手がかりを掴みたかった。死んで死んで死ぬことを繰り返し、いつか故郷に転生したかったんだ。そして……とうとうそれは文字通り一つの実を結んだというわけ。君のお陰でね」

 私が頭上を見ると、天井のドア縦方向一杯に目が開いていた。叫ぼうとしたが声は出なかった。

 

 「夢の話だろ」

 「だ、だよな……」

 却って安心した。これで夢がどうだ世界がどうだと同じ話をされようものなら、今度こそ気が狂っていたはずだ。目の前の革のソファで、紫色のケーキを、うんうまい、と頷きながら咀嚼する彼女はいつも通りの仏頂面だ。

 「……そうやって私の話を鵜のみにして信じてくれる辺りは、嫌いじゃないぜ君の事」

 自分の顔が青ざめていくのを感じた。

 『寄り怪(よりみち)』で、私たちは向かい合って座っている。これは夢ではないはずだ。

 

 


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