愛を込めて、宇宙より。 作:せうゆ
狩人とは獣を狩る者のことである。
冒険者とは未知に挑む者である。
騎士とは守る者である。
賞金稼ぎとは。
金のために人が人を狩るものである。
『あ……あぁ』
人の形をした炭を抱き上げる。
優しく触れたつもりでも、触れたそばからボロボロと崩れていった。
『クソ……クソ……』
もっと力があれば。
もっともっと、意思があれば。
『あぁぁあ……』
彼の慟哭は雨空を静かに登っていった。
◆
一章 星になるもの
◆
「おい」
腹の底まで響くような声だった。
受付嬢は急にランプの光が遮られたことと、声をかけられた事に顔をあげて、すぐに引き攣らせた。
「
「はっ、はい!」
獣のような男だった。
身の丈ほどの大剣を背負い、それに劣らぬほどの体格がカウンター越しに受付嬢を見下ろしていた。
男はトントン、とカウンター上に置かれた千切られた手配書を指差す。
「確認、致しました。魔導のギルドを追われた、毒のグレアス……ですね」
彼女は兎のように震える手でカウンターの中にあったハンコを捺印する。
置かれた人相書きの上に被さるように討伐済みとインクが染み込んだ。
男はその後、淀みのない動作で木札を受け取ると「明日受け取りに来る」とだけ言い残し踵を返す。
一歩一歩歩くたびにギルドの木の床が軋んだ。
「よぉ、お前、
テーブルに座っていた、赤ら顔の男が酒瓶を揺らしながら揶揄うように声をかける。
同じ卓で飲んでいた仲間はさっ、と顔を青くした。
「バッ……!? やめとけ! アイツはアレだぞ!」
こそこそと抑えるような声で仲間の腕を引く。
声をかけた男は虎の尾でも踏んでしまったかと驚いた表情になった。
「賞金稼ぎ、黒狼のダン! アイツ自身いつ賞金首になってもおかしくないって言う……」
「パーティか」
砂で削られた岩のような声だった。
黒狼のダンは首だけで噂話をする男たちに視線をやった。
肉食獣の目つきだった。
見つめられた酔っ払いは、ひっ、と喉が引き攣る。
酔いはたちまち霧散してしまったようだった。
「組んでみるか? 俺と」
そして牙を見せつけるように口角を上げる。
「い、いえ……」
「気骨の無ぇ」
それきり黒狼のダンは興味をなくしたようにドアを押して外へと消えていった。重たかった空気は解かれるように弛緩した。
酒を飲んでいた男は力が抜けたように、どっかりと席に座り直す。
嫌な汗を背中いっぱいにかいていた。
「おっかない奴だよ……ホント」
彼の本心からの呟きだった。
◆
「なぁ、エミリーちゃんよ、アイツ、あのおっかない狼」
大男が去って、少しして。
震え上がっていた男はカウンターに身を乗り出していた。
「そんな言っちゃ、良くないですよ。賞金稼ぎの依頼しか受けてくれませんけど、しっかりこなしてくれますし、報告もキチンとしてくれるんですよ」
鳶色の髪の受付嬢は、ふぅ、と一息吐いた。
「あ、あとお酒関連でトラブルも起こしてませんしね」
「そ、そりゃー……すまなかった! 弁償はしただろう!?」
「そう言う問題じゃありませーん。でも、そうですね」
ギィ、と音が鳴ってギルドの入り口から新たな冒険者が入ってきた。
色褪せた藍色のローブに身を包んだ魔術師の女のようだった。
その姿は慣れたように景色の一部に同化して、受付嬢は視線を切って空中にやった。
「彼は……なんだか、すこし寂しそうな雰囲気はあります」
「アイツがか!? あんの獣が人の形を取ってるような奴が!?」
カウンターに膝をついていた男は素っ頓狂な声を出す。
腰に付けた弦巻の短剣がかちゃかちゃと音を立てた。
「彼はずっと依頼ばかりだろう? 誰かと組んでるところも見たことないし、笑ってる時は大抵威嚇だ」
別のテーブルから声が上がる。
話を聞いていた重装備の男のものだった。
カウンターの男は何度も頷き、指で口の端を掴んでシャー、と吠える真似をした。
「ずっと依頼ばかりで、何を楽しみに生きてんだか」
また別の誰かが呟いた。
言葉はすぐに雑音に紛れて消えた。
カウンターには大男の次の依頼である、砂漠の盗賊団、その首魁の人相書がひらひらと揺れていた。
◆
次の日の夜。
よく晴れた砂漠の夜に、光を反射しない大剣を背中に帯びた男──黒狼のダンは指で輪っかを作りながら二つ先の砂山を凝視していた。
びゅう、と冷たい風が吹いて赤砂を巻き上げる。
「聞いてた規模と随分と違ぇじゃねぇか」
今から行うのは賞金稼ぎの狩りだ。
彼の周りには常のように人はいない。
多くの時、彼は1人であった。
「奴さん、たんまり儲けてると見える」
想定よりも大きな規模。
竜車が2台に15人以上の人数。
だからこそ。彼は口の中で言葉を転がす。
──狩り甲斐のある。
「ハハァ」
身体の奥の熱を吐き出すように、牙を剥き出しに笑った。
◆
「お頭、いつ移動するんですかい。この砂漠ももう長い」
「あ?」
二つの竜車の影で、顔を隠した男が不機嫌に返す。
「そろそろ衛兵どもにも目をつけられてんじゃねぇーですか」
お頭と呼ばれた男は砂色の布をちょっと引っ張って顎に手を置いた。
焚き火は衛兵に見つかる確率が高いのでやっていない。砂漠の夜は冷えた。
やがて思考がまとまったのか、男は顎から手をどかし、“商品”の入った荷台を見た。
「動くか」
「──出来るんならな」
「は」
すぐ側から響いてきた、ここに居る筈のない第三者の声。
砂で削られた岩のような声。部下のすぐ背後に現れた男は、大人の身の丈ほどの大剣を一振りした。
ヴォン、と空気が悲鳴を上げる。
同時に生木のひしゃげる音がして、部下は二転三転ころがり、地面と熱烈なキスをしながら飛んでいった。そして生活用品の入った方の竜車に突っ込んで力の抜けたように動きを止める。
「舐めやがってッ!」
その隙にお頭と呼ばれた賞金首はナイフを大男に向かって投擲する。洗練された動作で放たれた刃物は、しかし男の籠手で軌道を無理矢理変えられ弾かれた。
盗賊団の首魁はそれも想定済みだったのか、地面に刺さったナイフは一瞬にして赤熱し破裂した。あたり一体に赤茶色の砂煙が立ち込める。
「敵襲──ッ! 賞金稼ぎの野郎だッ!」
素早く離脱した盗賊団の首魁は臨戦態勢を取らせるように叫ぶ。
やがて湾曲した剣を構えた身なりの汚い者たちがわらわらと、その目に敵意を乗せて集まってきていた。
──賞金首とは。
討伐したくとも、それが困難だからこそ賞金が設定される。
ある者は身を隠すのが異常に上手く。
ある者は毒を撒き散らし近づくことが困難であり。
また、ある者は単純に強かった。
中でもこの盗賊団の首魁は、砂漠の地形を使って追手を巻くのが異様に上手かった。
が、しかし。こと、大男に限っては。
大剣の暴虐に、逃げの一手を打てないでいた。
「おらおらァ! ──ッぐ」
盗賊の1人が死角から発射したボウガンは男の右腕を撃った。
咄嗟の反応で貫通こそしなかったが、腕はすこし削れた。
その他のナイフで傷つけられた傷や、ボウガンの線が徐々に増えていく。
いくら個々の戦力差があると言っても、数の差は埋め難い。
一たび形勢が崩れれば、首魁を狩りに来た男は逆にその首を刈られる事となるだろう。
それでも男は突き進んだ。
「ハハハッ」
一人一人、丁寧に暴虐を撒き散らしていく。
乱雑に戦闘不能にしていく。
足りない。
まだ足りない。
目的に足りない。
男は唸るように剣を振るった。
「畜生、手前ぇ! こっち見やがれ!」
やがて不利を悟った盗賊の1人が竜車の荷台にこれ見よがしに布袋を投げ込んだ。その袋は黄色の塗装が一部にされ、黒い紐が伸びていた。
「火の魔石か」
「そぉーだ!」
狂ったように男が言う。
盗賊の男は荷台の帆を一部めくり上げた。
中に居たのは鎖や紐で拘束された10人ほどの子供たち。地面を見て動かない子もいれば、怯えた表情で外を見つめる子も見える。
各地から攫ってきた盗賊達の“商品”だった。
それを認めたダンは苦虫を噛み締めたような顔をしながら、左で思い切り目の前の盗賊を殴りつけた。
「クソ野郎が」
「このままだとみぃんな肉片になっちまうぞ!」
盗賊は笑って、火薬の乗った袋の隅から伸びる導火線に短剣と火打石を打ち合わせ火をつけた。
その後、荷台に備え付けられたムチで思い切り荷を運ぶ竜を打ち、発進させた。
「そぅら、行け!」
大人3人分はある荷引きの竜が短く吠えて地面の砂を力強く蹴る。
ガタガタと音を立てながら帆のついた荷車は戦闘地から急速に遠ざかっていった。
追いかければ盗賊を逃す、それどころか隙を晒して死にかねない。
追いかけなければ、中にいる“商品”達は粉々になってしまう。
その二択を迫ったのだろうが、盗賊達の首魁は反対に、顔を歪めて叫んだ。
「バカが! この手合にその戦法は通じねぇよ! コイツは騎士じゃあるまい」
しかし意外なことに、黒狼のダンはくるりと盗賊達とは反対の方を向き、グッと脚に力を込めた。筋肉の躍動で彼のブーツの足首までが砂に埋まるほどだった。
弾かれた弾丸のように飛び出す。
一歩、二歩、と歩数を重ねるにつれストライドが大きく広くなっていく走りは、やがて暴走する竜車に追いつくに至った。
そして右手で保持していた大剣を起用に背中に収めると、両の手でがしりと荷台の端を掴んだ。
メキメキと音が鳴り、塗料が木片と一緒に剥がれる。
「オオオッ!!」
黒い狼が裂帛の声を出す。砂漠の夜の空気が震えた。
「ウソだろ、竜車と綱引きしてやがる」
「なんつー馬鹿力……」
誰かが呟いた。
男の握力で潰された木片が風の流れになって細かく散る。
「加護持ちか!?」
「ンなもんねぇよ」
ダンは歯を砕かんばかりに食いしばりながら吐き捨て再度、筋肉を膨張させ力を込め続ける。
──単純な暴力。
「情に流されねぇタチだと思ったが……違ったようだなァ!」
それを好機と見た盗賊団の首魁が鼠のような身のこなしでダンの後方下部──死角へと近づき、腰の湾曲した刀を抜き振りかぶる。
貰った。
その声は口の端から笑い声のように漏れた。
それが彼の発した最後の言葉になった。
「ああ? 大当たりだよ」
黒狼がパッと手を離す。竜車の子供を助けるなどブラフだと言った。
唐突に自由になった右腕は首魁の防砂ローブを巻き込むように締め上げ、左腕で喉仏を掴んだ。
さらに流れるような動作で足を掛け、体を中空に浮かせると力一杯砂の中に叩き込んだ。
首魁はその間一言も発さず、身体をくの字に折り曲げ、糸の切れた人形のように動かなくなった。
──パキン
その音がしたのは荷台の奥。
火の付いた魔石の袋からであった。
すでに臨界点。もう間も無く爆発する。
咄嗟に外から手を伸ばすが、袋の紐に手が届かない。
「まかせて!」
その時、誰かが縛られてる体で起用に足を捻った箱を押した。
指先が袋の紐に触れる。
「どぉら!!」
ダンは力一杯に体を回転させながら袋を遠くに投擲する。
脅威の膂力で空を飛ぶ袋からは今もパキンパキンと水晶が割れる異音が連続して響いていた。
やがて一つ二つ砂山を越える地点まで袋は飛び、地面に落ちる直前。致命的な音がした。
瞬間、爆音。
鼓膜を震わすもはや痛みとしか形容のできない音と、臓腑の奥まで響いてくる振動。
そして襲いくる熱さ。
目を閉じねば眼球ごと焼かれそうであった。
肌がチリチリと焼ける。
やがて収まり、砂漠の夜に相応しい静寂が戻ってきた。
ダンは傍らで伸びている盗賊達の首魁と帆のついた荷台に押し込められた子供達を見た。
彼ら彼女らの間には事が終わったことに対する実感と安堵がじわじわと水が染み込むように広がっているようだった。
「た、たすか……」
──ォォ……
夜風に乗って、低い楽器のような地響きのような音が聞こえてくる。
衰弱しきった獣人族の子はぐったりとしたまま耳を立てた。
──ォォォァ……!
まさか。
砂漠の地方に住んでいた子供は顔を青ざめさせた。
地面の砂が奥の方へと引き寄せられるように流れていっている。
その勢いはだんだんと強くなり、ついには波打ち際で足がさらわれるような勢いにまでなる。
そこまで来れば誰だって気がつく。
異変が起きていることに。
──ガァァァァアッ!!!
再度、爆発音。
砂が一層強く引き寄せられる。
そして見渡す限り何もなかった砂漠に、唐突に
「なっ!? さ、砂王魚!?」
誰かが怯えて言った。
ただ、山と見紛うほどの、砂漠の王。
ダンは地面に倒れている盗賊の首魁を荷車に乱雑に投げ込むと、大剣を留めていたベルトを外し、即席のムチにして荷竜の腹を叩いた。
荷竜がいななき、発進する。
後ろを砂漠の王は大口を開けて迫ってくる。
彼我の距離は700メートル以上はあったが、すぐに追いつかれるだろう。
「はいやッ! 行け行けっ!」
竜車は蠢く砂に足を取られながらも懸命に前に進む。
竜車よりも大きな、鮫のような鱗で覆われたモンスターが大口を開けて迫ってくるそのプレッシャーは相当だろうが、4本ある脚を動かし続けた。
砂王魚。
普段は地中深くに棲む、砂漠一大きなモンスター。
たった一体で砂漠のキャラバンひとつを壊滅させたこともある厄介さは、ここを生業としている者なら嫌と言うほど知っていた。
(ああ、クソが)
ダンは手を休めず脳内で毒づく。
なぜ、盗賊団が攻城兵器並みの火の魔石を貯蔵していたのか疑問であったが、この事態を見て氷解した。
この最強の後処理を。
盗賊達はその身を守る事ができ、砂漠の王はエサにありつける。
それで被害を被る者の存在を無視すれば、実に理にかなった共生関係であった。
「お、おいつかれるよ……!」
荷台の中の人族の子供が絹を裂くような声で言う。
言葉の通り、砂鱗王魚との距離は着実に縮まってきていた。
遥か先に見えた口腔内はもはや視界いっぱいに広がりだし、一つが大人一人分はある犬歯が月に反射して嫌に白く見えた。
「っ! 走れ走れ走れ!」
チクショウ、ツイてない。
黒狼のダンは目を血走らせながら棚を捌き、少しでも平坦な道を最速で駈けられるよう手を動かす。
オ オ オ オ !!
空気が叩かれる。
振動する。
そして、空気の流れが変わった。
後ろに
「大ピンチのようね!!」
場違いとも言えるほど弾んだ声が聞こえてきた。
ダンが御者台から荷の中へと頭を回せば、小さな少女が(異様なほど)元気に後ろを見ていた。
「まぁ! ものすごく大きい!」
「お前は……」
あの時、火の魔石を動かした声だった。
風圧で帆が一瞬めくれる。こんな鉄火場であっても、月明かりが照らした少女の髪は青く清廉としていた。
「あら! こんばんは! いい星夜ね!」
「良いわきゃネェだろ」
「そう? そんな意見も否定しないわ!」
話が通じないヤツかな、とダンは歯噛みしながら前を向く。
こんなことにかかずらってる暇は、一瞬たりとも無いのだ。
「っこんな! 所で! 魚のエサになってたまるかよっ!」
ブンと手綱を振る。
竜車が地面にある岩をドリフトじみた動きで避けて進んでいく。
「ええ、ええ! そうね! あなた、とても輝いて見えるもの!」
少女の声は、砂王魚の轟音の中でも鈴が鳴るように響いた。
ダンの熱で加速した脳に氷が差し込まれたように、スッと一部が冷却した。現実感が戻ってくる。
「それに助けてくれたお礼もしなくちゃ。ね?」
頭痛。
その発言は、いつか聞いたことのあるものにひどく似ていた。
ダンは鼻に皺を寄せながら不機嫌に言う。
「助けてる訳じゃねぇーよ。竜車が欲しかったんだよ。お前らはただのオ・マ・ケ」
「おおっ、これが“ケンソン”って物なの? 初めて見たわ!」
青筋が立った。
なんだ、コイツは。盗賊に奴隷狩りされているのにこんなにも能天気に振る舞える。おかしいんじゃないか。
ダンはうんと罵声を浴びせて黙らせてやろうと口を開き──。
「この手を縛る縄を切ってくれるかしら。印字が結べないのよ」
その金の瞳に射抜かれた。
少女は笑う。
そしていつのまにか御者台のダンの側まで這って近づいて、両腕を縛る縄を差し出した。
「まるっと助かるのよ!」
ダンは最小限の動きで腰についた解体用のナイフを抜き去った。
紐を切る。
何故そうしたのかは分からない。
ただ、あの荷車の中の暗闇で光っていた二つの金色の眼がそうさせたのだった。
「ありがとう、さぁ、やるわね!」
少女はふふん、と鼻息荒くダンの横に立った。
口を閉じて、スッと目を閉じるとあたりの空気が粘性を帯びたように感じた。
濃くなった、と称せばいいのか。
彼女はそれを当然とばかりに我関せず、手で複雑な印を組んでいく。
組んで、解いて、組んで発展させ。
何十もの印を作り、ピタリと動きを止めた。そしてひと言。
『
青い髪はふわりと浮かび上がり、金砂のように燐光が裏側から放っている。
インナーカラーの金色と青色のコントラストが満点の星空の力を凝縮したような錯覚さえ覚えた。
「行って!」
その声と同時に、馬車の中を
それは星の海の色をした斬撃。
地面から湧き上がってくる星々。
それらが空間を形成して、夜の砂漠が海に飲まれる。
「ふんぬぬぬ……!」
大質量を成した藍色の海は直ぐそこまで来ていた砂王魚の顎門を強制的に開かせる。どころかどんどんと後ろから
「お、もたい……けどっ!」
少女は大量の汗をかきながら腕を重たそうに天に掲げる。
金の瞳が一層強く輝き、
──『落星』
砂王魚の真上からの、固められた
ゴォん、と金属がひしゃげる音がして砂漠の王は叫んだ。
ややもすると、砂王魚は大きなヒレを動かし方向を変え、荷車からはどんどんと遠ざかっていく。
巨体の生み出す砂の流れに翻弄されつつも、数分の後に砂王魚は豆粒程度まで離れて、砂に潜っていった。
砂漠の生態系の頂点に君臨するその王は、割に合わないと撤退したのだ。
「ははっ」
静寂が戻ってくる。
ダンは力を抜いて、止まった竜車の御者台からその光景をずっと眺めていた。
──コイツはヒトじゃねぇ。
それは確信だった。
こんな力を使える奴がまともな奴なわけが無い。
「ありがとう! 心やさしいヒト!」
そんな思考をしているとは露知らず、事を成した少女はくるりと振り返ってダンの手を取る。
髪はいつのまにか元のように戻っていた。
そしてダンの返事も聞かないで手を離すと、ピョンと荷台から外へと飛び出す。
急に動いたからかバランスを崩したように数歩よろける。
なんとか倒れず姿勢を正すと彼女はうんと体を上にやった。
「あぁ、やっと星の光が浴びられたわ!」
グーっと伸びをする。バレエのように目を閉じて。つま先が少し地面から浮き上がり、小さな光が軌跡を出しながら彼女まわりをくるくると回った。
まるでそこだけ重力という楔から解き放たれたようで、少女は夜空を漂った。
次の瞬間、しゃらん、と光る粒になって消える。
光の粒達はキラキラと光りながら空を撫でるように滑り、ダンの直ぐ真横で集まり形を成す。
瞬きの後には光の粒は青い髪の少女へと戻っていた。
「お前、ホントに人じゃないのか……」
独り言のようにダンが呟く。
少女は空を見て聞こえていないようだった。
「なあ──俺と来ないか。一緒に世界を滅ぼそう」
言葉は自然と喉から出ていた。
「ええ! 断るわね!」
少女は笑顔で否定する。
ダンはそれでも構わないように続けた。
「俺ぁ、このクソッタレな世界が大っ嫌いなんだ」
──だからぶっ壊してやる。
「王族を討ち取って、国を更地にして」
「そんなことないと思うのだけれど。世界はきっと綺麗なのよ」
少女は手を広げながら世界を見せるようにして教えた。
ダンは鼻で笑った。
「アンタが言う綺麗さなんてどこにもありはしねぇ。綺麗なのはこの世界じゃない星空だけだ」
「あら! プロポーズ?」
「違ぇ」
残念ね! と言いながら少女はまた宙に浮かび上がる。
強大な力を持つ、世間知らずの星。
星を助けたい彼女。
人から怖がられる、鋭い目つきの賞金稼ぎ。
世界を滅ぼしたい彼。
これが2人が出会った瞬間で、物語が始まる瞬間だった。
結末がどちらになるのかは、運命だけが知っていた。