バッドランド・サガ   作:岸若まみず

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昨年は大変お世話になりました、本年もよろしくお願いします。
バッドランド・サガ書籍版一巻、異世界上前最終巻五巻、年末に発売しております。
本年も頑張っていきますので、引き続きよろしくお願い致します。


Too Late To Die6

 

翌朝、辺境伯家側の交渉役としての俺、案内役のメドゥバル、そして護衛のイサラとキントマンはタヌカンの港に立っていた。

 

キラキラと黄金の朝日に照らされる海原の中に、まるで全てとの調和を拒むような漆黒の船が浮かぶ。

 

俺たちはそれを目指し、港を預かる兄の部下が操舵してくれる小舟に乗って出発した。

 

 

「フシャ様、いざって時はあたしとキントマンが足止めするから、どうにか海に飛び込んで逃げてくださいよ」

 

「イサラ殿、私も護身術程度は……」

 

「護身じゃあ足止めもできねぇよぅ」

 

 

そんな事を話している間にも、小舟はどんどん黒船に近づいていく。

 

 

「……お前らそろそろ静かにしろよ、相手が顔を出すぞ」

 

「…………」

 

 

小舟が横に付くと上から何者かがこちらを覗き込み、すぐにスルスルと縄梯子が降りてきた。

 

港を預かる兄の部下が向った時は有無を言わさず弓で脅されたと聞いたが、今度は顔の通っているメドゥバルがいるからだろう。

 

縄梯子を前に三人が俺の顔を見るので、コクリと頷いた。

 

そして小舟には水夫だけを残し、俺達はメドゥバルから順に上へと登っていく。

 

キントマンの尻について最後尾で船上へ向かうと……

 

そこではただならぬ雰囲気の耳長(エルフ)たちが、細剣を抜いてこちらを囲んでいた。

 

 

「どなたが船長か?」

 

「こ、この方です……」

 

 

メドゥバルが掌で示した耳長(エルフ)は、巨大な耳長(エルフ)だった。

 

普通の男の倍はありそうな背丈をした、まさに大木のような耳長(エルフ)だった。

 

潮風で傷んだ金髪は頭の後ろで束ねられ、鷹のように鋭い金の瞳はこちらを睨めつけ、伸ばせば俺の背丈ほどあるであろう左手は大きな古傷がある顎をゆっくりと撫でている。

 

そして体躯に見合った大きな曲剣を下げた右手から続く腕は丸太のように太く、冬だというのにシャツをまくって露出させたその表面は古木(こぼく)の皮のように傷だらけだ。

 

俺はそんな彼の元へ向かい、イスローテップに教わった挨拶を口にした。

 

 

「エル・マルト・ウル・フォプス」

 

「…………」

 

 

船長とおぼしき顎に切り傷のある耳長(エルフ)の訝しげな視線が、俺の頭からつま先までを走査した。

 

そしてそのまま顔に視線を戻した彼は、しばらく睨みつけるように俺の目を見つめていたが……

 

やがて剣を鞘に戻し、鋭い視線をすこし緩めて言った。

 

 

「エル・マルト・ウル・フォプス」

 

 

どうやら、イスローテップに教わった言葉は挨拶で間違っていなかったようだ。

 

船長はさっきまでとは打って変わった様子で微笑を浮かべながら、近くにあった人の腰ほどもある樽にどかっと腰を下ろした。

 

 

「誰から聖句を教わった?」

 

 

驚いた事に、船長は流暢なタドル語でそう尋ねた。

 

どうやら通訳がいるわけではなく、彼自身が複数の言語を操れるらしい。

 

 

「我が師イスローテップより」

 

「イスローテップなる者は森人(エルフ)か? 知らぬ名だが……」

 

 

彼は頬の内側で舌を回しながら周りの者に目を向けるが、どの耳長(エルフ)も首を横に振るばかり……

 

いや、船員たちの中の一人が聞き慣れぬ言葉と共に手を上げたようだ。

 

身を屈めた船長と何事かをやり取りしているようだが、全く知らない言葉のため何一つ内容を汲み取ることはできない。

 

 

「彼は何と?」

 

「イスローテップは、マッキャノにて悪魔の耳長と呼ばれていると」

 

「たしかに、そう呼ばれる方もいます」

 

「では、その悪魔より物を教わる貴様は何だ?」

 

「我が名はフーシャンクラン」

 

 

名を名乗ると、不思議と腹に力が入った。

 

まぁここまで来たんだ、後は何とでもなれだ。

 

 

「タヌカン辺境伯家の三男。そしてあなたが追う元海賊の雇い主です」

 

「ほう……」

 

 

さっきまで微笑を浮かべていた船長の顔色が、はっきりと変わった。

 

どこかで何かが巻き取られている音もするが、そんな事でビビっていてはまとまる交渉も纏まらない。

 

 

「まず最初に言っておきたいのは、当方の部下があなたたちの船を襲ったのが本当だとしても。まずそれは我が部下となる前の行いだという事です」

 

「知らず部下としたと? 海賊を抱えるという事はその罪を抱えるという事、知らぬ存ぜぬでは通らんぞ」

 

「もちろんです。我が部下の過去の行い……我が名において謝罪し、必要ならば然るべき賠償をする事もかまいません」

 

「ほう、小童が一人で責を負うと言うか」

 

「我が部下の事なれば」

 

「なるほどなるほど……」

 

 

そう言いながら、癖なんだろうか彼は顎の傷跡を親指でなぞる。

 

俺は外交官としての訓練は受けた事がないんだ、単刀直入にいかせてもらおう。

 

 

「それで、その場合そちらはいかほどの賠償をお求めで?」

 

「……海賊の首、それと迷惑料、そのあたりが妥当であろう」

 

「では迷惑料だけになりますね」

 

「ほう……?」

 

「当地に海賊はもういません。今は皆真っ当に生きるタヌカンの民です」

 

「それが通ると思っているのか?」

 

「お怒りはごもっとも。ですがこちらにも事情があります」

 

 

ここは突っぱねたいところだった。

 

貴族はメンツで生きていくものだ、こういう対応は下から全て見られ、評価されている。

 

一度懐に入れた人間を見ず知らずの相手に差し出すようでは、今後の風評にも関わるのだ。

 

 

「あの船乗りたちは既に当家の家臣。脛に傷があったからとて、何の失敗もしていない者を放り出す事はできません。その点、なにとぞご寛容願いたい」

 

「それはこちらには関係のない事……」

 

 

船長の言葉に、チッと、鉄の擦れる音が返事をした。

 

キントマンとイサラが、同時に腰の剣に手をかけたのだ。

 

ここが分水嶺という事は伝わったのだろう……

 

船長は二人の事をちらりと見て、面倒そうにふうっと息を吐いた。

 

 

「……では貴様は、首の代わりに何を差し出すというのだ」

 

「私は錬金術を使うのですが、薬ではいかがでしょう?」

 

「腕もわからぬ錬金術師の薬ではな……」

 

 

駄目か……それで済めば一番安上がりだったんだが……

 

 

「それでは金子ではいかがでしょう?」

 

「金子か、いくら出す?」

 

「メドゥバル、当家の蔵に金貨は何枚あった?」

 

「ラオニクスが二百枚ほどですが……」

 

「では、それで」

 

 

今蔵に金がいくらあるかなんて、俺も正確には知らない。

 

昨日帰ってきたばかりのメドゥバルも知らないはずだ。

 

つまり、メドゥバルが言った価格が、相場(・・)という事だろう

 

 

「金貨二百枚か……」

 

 

船長は俺の顔を見ながらしばらくの間何かを考えていたようだが……

 

不意に何かを思いついたような顔をして、ちらりと仲間の耳長(エルフ)の方を見てから口を開いた。

 

 

「海賊が狙ったのはこちらの命である」

 

「…………」

 

「そして命を金で贖うがごとき行為を、私は好かん」

 

 

その言葉に、俄に緊張が高まったが……続く言葉がそれを打ち消した。

 

 

「だが! こちらもまだ誰かが死んだわけでもない。そのためそちらの大切な家臣とまで言われては、命まで取ろうとも思わぬ」

 

「では……」

 

「貴様、フーシャンクランと言ったか? 本当に我らに贖おうという気があるのならば、我が祖国マルトランドに仕えるがいい」

 

 

ん? 仕える? 俺に他国に仕官しろって事か?

 

そんな事を考えていると……後ろでジャコっと音がした、誰かが剣を抜いたのだ。

 

 

「お待ちを! イサラ殿! しばらく! しばらく!」

 

「ちょっと待て! イサラ!」

 

 

どうやら、抜いたのはイサラだったらしい。

 

叫ぶように彼女を諌めたメドゥバルとキントマン、いずれかの手によって俺は後方へと引っ張られた。

 

 

「少し話し合います!」

 

「うむ」

 

 

ずるずると引っ張られながら俺がそう言うと、船長は鷹揚に頷いた。

 

こちらが抜いたという事は、当然耳長(エルフ)たちも剣を抜いている。

 

後はきっかけさえあれば、どちらかの血が流れるのは必然と言えた。

 

 

「イサラ、一旦剣を収めて。メドゥバル、どう見る?」

 

 

俺に言われてエメラルド・ソードを鞘に戻したイサラを見て、心底安心したような様子のメドゥバルは……

 

四人の顔の前に右手の人差し指をピンと立てて話し始めた。

 

 

「……フシャ様、耳長(エルフ)は自分たちの森へ唯人を入れません。つまり、仕えよというのは言葉通りでなく、朝貢せよという事なのです」

 

「朝貢ってなんだよぅ」

 

「こちらが時々貢物を持って行くという形で交易しようという話です」

 

 

その説明を聞いたイサラは、どうにも納得いかない様子でまた剣の柄に手をかける。

 

 

「こっちが行くのかよぅ、それって風下に立つんじゃねぇかよぅ?」

 

「イサラよぉ、耳長(エルフ)って奴らはそういう奴らなんだよ。あいつらが耳長(じぶんたち)以外を上や同格に置くことはねぇんだ」

 

「しかしながら、今耳長(エルフ)の方々とどのような形でも正式な国交を持っている国はどこにもありません、これはタヌカンにとって願ってもない好機でもあります」

 

「何が好機だって?」

 

 

俺がそう聞くと、メドゥバルはなんとも不敵な笑顔を浮かべ、人差し指をくるくると回す。

 

 

「辺境伯家のお立場を変える好機でございます。タヌカンだけが耳長(エルフ)と交易を行えるとなれば、フォルクの貴族様方もそう無体な事は申せませぬ」

 

「そうなるか?」

 

「フシャ様、俺もそう思う。耳長(エルフ)ってのは鼻持ちならねぇ奴らだが、唯人とは違って言った事は守る。金や武力と違って契約は奪えねぇ、一時損をしてでも買っておくべきだ」

 

 

本当ならば、一昨日からのこの騒動は不安定なタヌカンの立場を落ち着かせる奇貨ともなり得る。

 

 

「…………」

 

「それに、すると言っておけば、恐らく彼らは本国への確認のために一旦引き上げます。耳長(エルフ)の時間感覚は人間とは隔絶しているもの、下手すれば次にやって来るのは百年後という事になるやもしれません」

 

 

なるほど、一旦パスという意味でも悪くない手なのか。

 

百年どころか五十年後でも俺やパルーイたちは死んでいるだろう。

 

後は耳長(エルフ)の排他性からして可能性は低いだろうが、俺が彼らに今すぐ連れて行かれるっていう懸念だけだが……まぁ、聞いてみるか。

 

俺は船長との間にいるイサラとキントマンの肩の間を手で割り開け、引きずられてきたぶんを歩いて戻った。

 

 

「……船長殿にお聞きしたい」

 

「なんだ」

 

「マルトランドに仕えるとの話は、あくまでタヌカンでなく私一人に向けられたものでしょうか?」

 

「余の者には関係のない話だ」

 

「なるほど。それと私は故あって当地を長くは離れられぬ身。それでも奉公に差し支えはないでしょうか?」

 

「ない、当国に森人(エルフ)以外に務まる役目はない。仕える者は時折物品を献上すればそれでよい」

 

「時折とはどの程度で?」

 

 

一年に一回とか言われると困るんだけど……。

 

 

「そうだな、貴様らの言うところの四十周期は開けぬよう」

 

 

四十周期って……やっぱり耳長(エルフ)の時間間隔は人とは全然違うな。

 

四十年も経ったら俺なんか死んでるよ。

 

 

「その頃には私は死んでいるかと思いますが」

 

 

一応俺がそう言うと、船長は樽から立ち上がり、上からじっと俺の目を覗き込んだ。

 

 

「……心配はいらん。そうは見えぬ」

 

 

見えぬっつったって、俺達には寿命ってもんがあるんだよ。

 

まぁ、相手がそれでもいいって言うなら、いいのか。

 

タヌカン全体に関わる事ならば、一度戻って父と相談する必要もあるが……

 

これは俺一人だけに関わる事だ、俺が頭を下げるだけで済むならそれもいいだろう。

 

メドゥバルの言う通りなら、彼らは一旦国に帰るんだろうしな。

 

 

「……最後にお聞きしたいのですが、なぜ私を……?」

 

「ん? そうだな、貴様は見どころがある故……牽制(けんせい)……といったところか」

 

「はぁ、ありがとうございます。して牽制、ですか? ……差し支えなければ、どちらへの?」

 

同胞(エルフ)だ。貴様らと同じく、森人(エルフ)にも様々な者がいる」

 

 

なおさらよくわからなくなってきたぞ。

 

俺がへいこらする分には何ともないが、実家を含めて何かの駒として使われるのはゴメンだ。

 

 

「よくわかりませぬが、何かの因縁に巻き込まれるような事でしたら……」

 

 

俺がそう言うと、船長は心外だとでも言いたげな態度で大きな掌を横に振った。

 

 

「逆だ。森人(エルフ)同士の因縁に巻き込まれぬよう、先んじて我が国と誼を結んでおけばよいという事だ」

 

 

つまり他の耳長(エルフ)がちょっかいかけてきたら、ここはもう耳長の国(マルトランド)に属してますよって言えるって事か。

 

その話も実際は俺一人だけに関わる事だし、辺境伯家(タヌカン)からすればいつでも取り外しができる属性(ステータス)でしかない。

 

であるならば、問題はないか。

 

それよりも疑問なのは、なぜ俺にその話を持ちかけたのかというところだ。

 

 

「……それはありがたいのですが、どうして見ず知らずの私にそのようなご芳情(ほうじょう)を頂けるので?」

 

「なぁに、先にも言ったが、貴様とは長い付き合いができそうだと思うただけの事よ。そう深く捉えるな」

 

 

よくわからないけど、何だか知らんが勝手に見込まれてるって事か。

 

まぁ長生きしろと言われてできるわけじゃなし、そんなに気にする事もないか……。

 

 

「わかりました。このフーシャンクラン、先の言葉が正しい限りは……非才の身なれどご奉公させて頂きます」

 

「そうか。ではマルトランド評議会第八席、バクラダがここに臣従を認める」

 

 

……えっ?

 

持ち帰って検討とかじゃないの?

 

 

「あの、お国元に裁可を伺わずよろしいので?」

 

「評議会の席次十番までには裁量権がある。問題はない」

 

 

評議会?

 

俺が後ろを振り返ると、メドゥバルが飛んできて耳打ちをした。

 

 

「評議会となりますと、大物でございます。耳長(エルフ)の世界の大貴族が如き方々と聞いております」

 

 

なんでそんな大物がこんなところで船に乗ってるんだよ……

 

 

「して……失礼ながら、我々は耳長(エルフ)の方々が何を好むのかを知りません。差し支えなければどういったものがご入用なのかをお聞きしても?」

 

「何か珍しい草木の種子などがあれば良いが、そうでなければ何でも構わぬ」

 

「生憎……草木とは縁のない土地でして……」

 

「であろうな。まぁ、土塊などでなければ何でもよい」

 

 

多分、本当に全然期待してないんだろうな。

 

まぁ相手からすれば何でもいいにしても、やっぱ船で運びやすいのは水物かな?

 

 

「それでは、たとえば当家の名物として、龍酒というのがありますが……」

 

「龍酒? たいそうな名前のようだが……」

 

「私が錬金術で作った酒で、飛龍が好むものです。つい先日、カラカン山脈の大赤龍(クイワイナ)がそれを目当てに地上へ降りてきたところですよ」

 

大赤龍(クイワイナ)が? まことか? それは」

 

「間違いありません、当日行われていた祭りの参加者全員が証人です」

 

「ふぅむ……にわかには信じられんが。とりあえず、それを」

 

「わかりました、献上させていただきます」

 

 

結果的に、自分で作れる酒を出すだけで済んで安上がりになったな。

 

品目さえ決めておけば、後はメドゥバルが上手くやるだろう。

 

そんな事を考えていた俺だったが、実際メドゥバルはその辺りの事もよく心得ていた。

 

 

「今回の召し抱えは物品を求めての事ではありません。であれば他の荷を圧迫せぬ程度、船員全員で飲みきれる程度の量がよろしいかと」

 

 

そう言いながら、彼がキビキビと用意した酒を渡しに向かったのは、翌日の事だ。

 

勝手に耳長(エルフ)の国と契りを結んだ事を城の皆には怒られたりもしたが、父はしっかりと理解を示してくれた。

 

対外的に見ても俺は三男、相手がエルフでなくとも他家に仕えるのは特に問題ない身分だからな。

 

もちろん、有名無実の契約だというのも大きかったが。

 

ともかく、俺たちは船に酒樽を乗せてまた黒船へとやって来た。

 

 

「それで、これが言っていた龍酒というやつか。見た目も味もなんて事のない酒だが」

 

 

港の設備が不十分で接舷ができないために、縄を使って酒樽が上げられている中……

 

耳長(エルフ)船長のバクラダは杯に掬った酒を干してそう言った。

 

 

「正真正銘普通の酒ですよ。錬金術を用いて作ったというだけで、特別な材料も使っていません」

 

「ふぅん、龍が飲んだという逸話ありきの酒という事か」

 

 

バクラダはつまらなそうにそう言って杯を置き、上着のポケットから何かを取り出して俺の前に差し出した。

 

長い腕の先の掌にあったのは、ペンダントのようなものだ。

 

薄緑の結晶を抱くように成長した木材。

 

そうとしか言い表しようがないそれには複雑な文様の彫り物がされ、透かし彫りのような意匠の部分に紐が通されていた。

 

 

「これは?」

 

「鑑札だ。これを持っていれば大森林の港へ入れる、そこに物品を奉じるがよい」

 

「それはどこの港でもよろしいので?」

 

「構わん。森人(エルフ)に身元を尋ねられた時もそれを見せよ、無体な扱いは受けんだろう」

 

「では、ありがたく……」

 

 

俺がそう言って懐へ仕舞おうとすると、彼はこちらへ向けた掌を手招きするようにちょいちょいと振った。

 

 

「首にかけよ」

 

「…………?」

 

 

なぜそんな事を言われるのかと不思議に思いながらも、言われた通り首へかけると、船長は何事かを唱えながら指先で印を切る。

 

……すると、鑑札に埋め込まれた緑色の結晶体がぼんやりと光り始めた。

 

 

「これは……?」

 

「まじないだ。もしこれを紛失しても、貴様の元へ戻るようにとな」

 

「それって(のろ)いじゃねぇのかよぅ」

 

 

俺の隣に侍っていたイサラが訝しげに船長を見上げながらそう言うと、彼は背中を思いっきり曲げるようにして彼女に顔を近づけた。

 

 

「妖精の騎士よ、呪いも祈りも同じ事だ。害はない」

 

「本当かよぅ」

 

「妖精と同じだ、呪うのも祝うのも同じ事。好き好きに解釈すればいいが、結果は変わらん」

 

 

船長はそう語りながらイサラの髪の中にいる妖精をじっくりと眺めて、にっこりと笑顔を見せた。

 

前世ではエルフも妖精の一種と言われていた、何か通じ合う者があったんだろうか?

 

そんな事を考えていた俺の方に船長の顔が向いたかと思うと、その視線が何かを思い出すかのように空へ滑る。

 

 

「……そうだそうだ、下賜品を渡さねばな。たしか貴様は錬金術師だったか……しばし待て」

 

 

そういえばメドゥバルが、朝貢とは交易の一種だと言っていたな。

 

船長は天井に頭を押し込むようにして船内に戻っていくと、しばらくしてから小さな袋をつまむように持って戻ってきた。

 

 

「これを授けよう。小人草(マンドラゴラ)の種だ、錬金術には重宝される素材であろう」

 

「えっ!? 小人草(マンドラゴラ)ですか!?」

 

「不服か?」

 

「とんでもない! ありがたく!」

 

 

俺はその小袋を恭しく受け取った。

 

小人草(マンドラゴラ)というのは、錬金術の最高峰の素材……の一つだと言われていた(・・・・・・)ものだ。

 

死人さえ蘇らせるというその効能と、栽培のあまりの難しさ故に残らず取り尽くされたのだ……と、書庫にあった錬金術の入門書にデカデカと書いてあった。

 

メドゥバルの方へ首をやると、彼も凄い勢いで頷いている。

 

やはり、この袋に入っているのが本当に小人草(マンドラゴラ)だとすれば、俺は大変貴重な素材を貰ってしまった事になるだろう。

 

俺にとんでもないものを手渡した耳長(エルフ)は、その日のうちにせわしなくタヌカンを去っていった。

 

そしてそれから四日ほど経ってから、渦中の人であったパルーイは何も知らないままに港へと戻ってきたのだった。




今年の抱負は「健康」です。
色々流行ってますが、皆様もお気をつけて。
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