「失礼します・・・あれ、服部君だけ?」
校内には部活や委員会に所属する生徒くらいしか残っていない放課後、楓が生徒会室のドアを開けるとそこには一人の姿しかなかった。
きょろりと見回すが、真由美や鈴音達の姿は部屋のどこにも見えない。
珍しいこともあるなと不思議に思って楓が尋ねると、服部は作業していた手を止めて苦笑する。
「ああ、生徒会長達は視察に出かけてるよ。渡辺先輩を護衛につけて。」
「なるほど・・・あ、視察今日だったのね。」
服部の言葉に、そういえば今度施設の視察に出かけることになっていると聞いたことがあるのを思い出す。
普段なら護衛といえば同じ生徒会であり副会長である服部がつくのだが、今回は風紀委員長である摩利がついているらしい。
必然的に残った服部が生徒会の業務を行う役目となるため、今日は一人で黙々と作業をしていたようだ。
「お疲れさま。何か手伝うことはある?」
「ああ。なら、そこにある資料をとってもらえるか?」
さすがに正規役員でない楓が生徒会の業務を行うわけにはいかないが、書類整理やチェックくらいなら出来る。
そう思って声をかけた楓に、どうやらちょうど確認したい資料があったらしい服部が声をかける。
今ではほとんどの資料がデジタル化されているが、需要がないものや用途が限られているものは紙媒体のものが存在する。
生徒会室にはそんな紙資料、もとい本が存在するので本棚も完備されている。
「そのタイトルは・・・あった。」
服部に言われた本を見つけた楓は、早速取るために手を伸ばした。
しかし、本の置かれている位置がちょうど手を伸ばした少し先だった。
指先はどうにか触れる場所にあるそれを、楓は背伸びをしてどうにか取りだそうとする。
「あと、ちょっと・・・・」
思いがけず高い位置であることと隙間がないせいで上手く取れないが、指先には掴んだのであとは引っ張るだけだった。
だが端から見ていても危なっかしい姿に、服部は自分で取った方が安全だと思い席を立ち上がる。
すぐ後ろまで来て、自分で取るから大丈夫だと声をかけようとした瞬間、楓が力一杯本を引き抜いたことで案の定周りの資料も一緒に落ちてしまった。
「危ないっ!!」
「きゃっ!」
どさっばさばさっ
高い位置から落ちてくる分厚い書類から守るために、服部はとっさに手を伸ばして楓を引き寄せた。
そのおかげで書類はぶつかることなく床に落ちるだけで事なきを得た。
ほっとした服部だったが、ふと今の状況を理解してぼっと顔が赤くなる。
勢い良く引き寄せてしまったせいで、楓は服部の腕の中、つまり抱きしめられている状態だったのだ。
「ありがとう、服部君。」
振り向いた楓は笑顔で助けてくれた服部にお礼を言う。
動いたことでバレッタがずれてしまったらしく、かしゃりと音を立てて床に落ちた。
ふわりっと纏まっていた髪の毛がほどけると、シャンプーだろうかほのかなラベンダーの甘い匂いが服部に届く。
柔らかく華奢な女性らしい身体に触れ、服部は今更になってどくどくと心臓が高鳴る。
夏に行われた九校戦で、やっと自分が目の前の少女に恋をしていると自覚した服部には刺激が強かった。
「椎名・・・俺はっ」
「すいません、司波ですが。」
沸き上がる衝動のままに服部が口を開いた途端、生徒会室のドアをノックされ声をかけられる。
ぎしっと固まってしまった服部から楓はするりと抜け出して、先ほど落としたバレッタを拾い声の方へと目を向ける。
司波と言えば、この学校に二人存在するが今の声はどう聞いても男性であったため人物は兄である達也であることがすぐにわかった。
「達也、どうぞ」
楓の声を受けて生徒会室へ入った達也の目に映ったのは、彼女の側に散乱している資料達と立ちすくむ服部である。
大体想像はつくがどうしたのかと尋ねると、楓は恥ずかしそうに自分の失敗を説明した。
しっかりしているように見えて、結構頑固でおっちょこちょいなところがあることを良く知っている達也は苦笑する。
「手伝うよ。」
「ありがとう、達也。」
散乱した資料の側までやってくると、必然的に近くにいた服部のところへ歩いていくことになる。
すると、何故か達也から先ほど嗅いだ楓と同じラベンダーの香りがしたのに気づく。
移り香だろうか、まさか同じシャンプーやボディソープを使っているとは思えない服部はぎりっと唇を噛む。
匂いが移るほど二人が側にいると、彼女たちが間違いなく恋人同士だと証明されているようで胸が痛んだ。
「髪の毛、どうしたんだ?」
「バレッタ落としちゃって・・・あ、欠けてる・・・はぁ、これ達也からのプレゼントだから気に入ってたのに・・・」
ショックとぐちゃぐちゃになった感情で身動きできない服部を放置して、二人は資料を片づけていく。
ふと達也が珍しく学校で髪の毛を下ろしている楓に気づいて聞くと、拾ったバレッタを見て肩を落とした。
去年の誕生日に達也からもらった薄いピンク色の花が付いたバレッタは楓のお気に入りで、貰ってから毎日つけていたものだった。
そのバレッタの髪を挟む歯の部分が欠けていて、しかも花びらも一枚取れていることに気づいて更にショックを受ける。
ため息をついてうなだれる楓を見て、達也は最後の資料を棚に戻してから口を開く。
「なら今日の帰り、見に行くか。」
「本当?・・・また、達也が選んでくれる?」
「ああ、もちろん。」
達也の提案に、楓は嬉しそうな表情で頷いてから少し首を傾げて甘えるように聞いてみる。
思いの他センスがいい達也に選んでもらったものをまた身につけたいという可愛い願いだった。
そんなお願いを達也が断るはずもなく、すぐに了承する。
楓の髪の毛を耳にかけながら言う声は、普段の抑揚のない声とはかけ離れた甘いものであった。
「あ、でも仕事っ!」
了承が取れたことで早く行きたい気持ちになったが、楓はすぐに仕事が終わっていないことに気づいて慌てる。
今日は服部しかいないのだから、手伝っていかないとさすがに申し訳ないと思った。
だが今の会話を聞いた服部に、二人を引き留める術を持っていなかった。
「・・・いや、今日はもう帰っても大丈夫だ。」
「そう?じゃぁ、お言葉に甘えて。お疲れさま服部君。」
「ああ、お疲れ。」
「失礼します。」
本当に大丈夫かと心配そうな表情の楓に、もう一度大丈夫だからと念押しして二人を帰した。
扉が締まり二人がいなくなってから、服部は渡された資料を持って席に戻り、机に放り出して突っ伏す。
やらなければいけないこともやり残している仕事もまだ沢山あったが、もう服部には仕事を続ける気力が全く無くなっていた。
同じラベンダーの香り、甘いやりとり、先ほどの出来事すべてが二人を恋人であるという事実を服部に突きつけ苦しめる。
自分の気持ちを把握した瞬間の失恋、そして今日のように目の前で突きつけられてへこんでしまう自分が情けなかった。
「はぁ・・・どうやったら諦められるんだ・・・」
きりきりと痛む胸を握りしめながら、服部は情けない声で呟いたのだった。
END