幾望再輝のマスタング   作:ラケットコワスター

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前編

 ──桜が舞っている。桜なんて咲いていないはずの、今この場所に。

 その中を少女は走っていた。

 視界を満たす、一面の桜色。ひどくゆっくりと進む時の中、自分の感覚だけは鋭敏で。

 見えないはずの、そこにないはずの、桜吹雪。その中をひた走る。  

 そして、

 

『ゴ────ル! 一着はナリタブライアン!』

 

 少女は、挫折を知った。

 

 ***

 

 目標まで残り -- カ月

 ??? 

 

 ***

 

 いつかの年、一月、トレセン学園──。

 ナリタブライアンが引退してから、一年が経った。季節はまわり、また、同じ季節がやってくる。

 

「四年目……か」

 

 カレンダーをめくったトレーナーが呟く。

 デビューから数えてマヤノは今年で四年目の選手になる。昨年からシニア級に入り、クラシック戦線からは離れたが、選手生命が終わるわけではない。まだマヤノの現役生活は続く──のだが。

 

「……」

 

 背後に置かれたパソコンに目を向ける。そこには、ここ最近のマヤノの戦績がまとめられていた。この際その内容について詳細に語るものではないが──簡単に言うならば、おおよそ菊花賞を獲った選手のものとは思えない数字が並んでいた。

 マヤノは昨年の秋頃から不調が続いていた。菊花賞を制覇し、ナリタブライアンにも啖呵を切り、実際にブライアンとの対決のために力をつけようとしていたのだが、どういうわけかそこからの戦績が奮わない。そして、先月の有馬記念。結果は七着に終わった。

 そうして始まった四年目。既にレースファンの話題は今年のクラシック戦線の話題や新たなルーキーの出現に集まっており、二年前の菊花賞ウマ娘の姿などとうに過去の存在になってしまったかのようだった。

 栄枯盛衰とは世の無常。特に世代交代が毎年のように起こるこの業界ではなおさらである。トレーナーとてそれは理解している。しかし、だからといってすっぱり諦められない程度には青いのがこの青年であった。

 

「と……」

 

 壁にかけれられた時計に目をむける。そろそろトレーニングの時間だ。

 

 ***

 

「トレーナーちゃん! 今日もよろしくね!」

 

 その日もマヤノは時間通りに現れた。トレーナーとマヤノは元気にハイタッチをして挨拶を済ませると、準備運動をしてトレーニングが始まる。

 

「今日はどうするの?」

「今日もスタミナトレーニングを中心にやっていこう。まずはアップから!」

 

 トレーナーがそう言うと、マヤノは元気に駆けだしていく。現状、二人の目標は春先の重賞レースだった。表向きはそう告げていつも通りのメニューをこなすが、トレーナーにはもう一つ、裏の目的があった。

 それは──、

 

「……」

 

 トレーニングコースを軽く流し、その後本格的にトラックを走り始めるマヤノの姿を見ながら、トレーナーが目を細める。

 いつも通りと言えばいつも通り──なのだが、その中に微妙な違和感を感じる。まるで、かつてはそこにあったものが無くなっていて、それに二人とも気づけていない、そんな喪失感にも似た違和感が。

 トレーナーのもう一つの目的──というよりはこちらが本命だが──、それは、マヤノをスランプから脱出させることだった。

 マヤノの不調は明らかだ。どうにかしなければならないが、どうすればいいのかわからない、というのが本音である。

 

「ねぇ!」

 

 ふと、声をかけられる。はっとして顔を上げると、マヤノが顔を覗き込んでいた。

 

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「本当に?」

 

 こういう時のマヤノはいやに鋭い。トレーナーはうっかり視線をそらしてしまい、マヤノの疑いを決定的なものにしてしまった。

 

「噓でしょ」

「いや……うむむ……」

「ふーんだ。トレーナーちゃん、マヤに嘘つくの?」

「わかったよ。俺の負けだ。……最近、調子が悪いだろ? どうしたもんか……って思っててな」

 

 と、そう言うとマヤノの表情が一瞬だけ変わる。と思えばすぐにまたいつもの様子に戻った。あまりに一瞬だったので見間違いだったかもしれない。

 

「トレーナーちゃん、デートしようよ! それで許してあげる!」

「うーん……? まぁ……しょうがないか。最近気分転換できてなかったからな。行こうか」

 そして、唐突に、やや無理矢理に、マヤノはトレーナーにデートを申し込んだ。

 

 ***

 

「うわぁ……!」

 

 それから一時間後。マヤノとトレーナーは町へ繰り出していた。年始の賑わいからひと段落ついた町は既に冷静さを取り戻しており、二人が人ごみに飲まれることはなかった。

 

「あ! トレーナーちゃん! あそこ!」

 

 手を引かれて二人はあちこちを回った。

 ショッピングモールへ行ききままに買い物をし、

 カフェで甘ったるい期間限定ドリンクを飲み、

 いつかの空港で離着陸する飛行機を眺めた。

 時間にしては数時間程度だったはずだが、時間以上に濃密なデートだったように感じる。

 

「もうこんな時間か……」

 

 やがて日は傾き。空は紅みを失い、群青が広がっていく。

 

「いつぶりだろうなぁ、こんなに遊んだの」

「トレーナーちゃん、ぜんぜんデートしてくれないんだもん」

「はは、悪い悪い」

 

 気づけば二人は川の側を訪れていた。トレセン学園の生徒たちがトレーニングコースとしてよく使うこの道は、今日は不思議と静まり返っていた。

 

「ほら」

 

 近くの自販機でコーヒーとココアを買う。一月の寒さにはありがたかった。

 

「ありがと」

 

 マヤノはそれを受け取ると、川辺に置かれたベンチへ腰かけた。トレーナーが後に続き、その背後へと立つ。

 

「しかし、急にどうしたんだ? 突然出かけたいなんて」

「だってトレーナーちゃん、最近はずっとトレーニングトレーニングって、そればっかりだったんだもん」

「そうか?」

 

 コーヒーを啜る。

 

「……」

 

 不思議な沈黙が流れた。二人して何をするわけでもなく、ただその場の空気に身をさらす。

 妙な感覚だった。二人でこうしているとき、こんな風に沈黙が流れることはほとんどなく、いつも話をしていた。

 おしゃべりなマヤノと、同じくらい話好きなトレーナー。その二人が、ただ黙ってその場にいる。

 瞬間。突然トレーナーの背中にいやな感覚が走る。何か、この沈黙の先には恐ろしいものがあるように感じた。

 

「なぁ、マヤノ」

「なに?」

「楽しかったか? 今日」

「うん、楽しかったよ」

「次出かける時はどこ行こうか」

「次はいつ出かけるの?」

「そうだなぁ……今度はもっと遠出してみるか」

「ほんと? 楽しみにしてるね」

 

 言葉を重ねる。まるで、マヤノに話す機会を与えないかのように。

 

「それで……さ」

 

 ──。

 

 言葉が、止まった。

 また沈黙が流れる。

 なんとか言葉を絞り出そうとするが、続かない。

 

「ねぇ……トレーナーちゃん」

 

 瞬間、トレーナーは察した。

 この次に、自身が最も恐れた言葉が出てくると。

 

「マヤね、もう……やめようかなって」

「駄目だ!」

 

 気づけばマヤノの言葉を遮るように叫んでいた。

 

「……」

「あ……いや……」

「……あはは、そうだった。トレーナーちゃん、そんなおっきな声出るんだったよね」

 

 マヤノは気まずそうに笑う。

 

「忘れてたな……」

「……」

 

 風が吹く。マヤノの前髪が乱れ、片目を覆った。

 

「……そんなに簡単に言ってくれるなよ、まだ何も終わってない」

「そうかな」

 

 マヤノの語調は重かった。トレーナーの腹の底が急激に温度を失っていく。マヤノは、自分の知らないところで最悪の選択をしてしまっていた。

「トレーナーちゃん、今日……久しぶりにマヤとデートしてくれたよね。ううん、責めてるんじゃないんだ。でも……前はもっと色んなところに行ってたよね」

 

「……」

「……わかってるよ。アタシだって、もっといっぱいトレーニングしなきゃって思ってるし、もっと……頑張らなきゃって、わかってる……」

 

 言葉が返せない。マヤノを復活させる、また〝キラキラ〟させてみせると躍起になっているうちに、それ以外のことが見えなくなっていたのかもしれない。

 

「でも、ほんとのこと言うとね、あんまり……楽しくないの。トレーナーちゃんだって、辛そうだし」

 

 マヤノからは慎重に言葉を選んでいるということが伝わってくる。そこからはトレーナーを責めるような気持ちは見えない。むしろ、自分に失望したような、絶望的な響きがあった。きっとこの決断だって、相当に考えて、苦しんで、やっと下したに違いない。それだけに簡単なことでは崩せないということをいやでも理解した。

 

「今日、トレーナーちゃん、正直に言ってくれたよね。アタシの調子が悪いって。実はね、本当は隠してるつもりだったんだ。アタシも嘘ついてたの。でも……ばれちゃってた。だから、もう限界なのかなって」

「そんなのまだわからな──」

「わかるよ!」

 

 今度はマヤノがトレーナーの言葉を遮る。 

 

「……わかっちゃったんだもん……」

「……」

 

 それきり二人は黙り込んでしまった。

 トレーナーが不味そうにコーヒーを啜る。

 

「よく、考えたのか」

「……うん」

 

 トレーナーは歩み出ると、マヤノの隣へ腰を下ろした。

 

「いっぱい……考えた。考えたよ? でも……」

 

 それ以上の言葉は続かない。

 

「アタシ……もうわかんないの」

 

 マヤノの声が震え始める。

 

「トレーナーちゃんとクラシックを走ってた時……ブライアンさんと一緒に走ってた時……あの時はとっ……ても楽しかった。いっぱいキラキラしてた……でも、でも……今は、全然……楽しくなくて、何にも……わからなくなっちゃって。ただ……もう、アタシはここまでなんだって……それだけ……わかって……」

 

 マヤノが少し顔を上げる。既にその目には溢れんばかりの涙が浮かんでいた。

 

「わかんない……わかんないの! アタシ、どうすればいいのか……わからなくて……! ねぇ……! トレーナーちゃん……! 教えてよ! どうすればいいの!? どうすれば……よかったの!?」

 

 そこから言葉は繋がらなかった。マヤノはトレーナーの腕を掴み、そこに顔を埋めて泣き始めてしまった。

 

「わかんない……わかんないよぉ……!」

 

 ***

 

 どれだけそうしていただろう。いつの間にか日はすっかり沈み、二人を照らすのは陽の光ではなく街灯の光に代わっていた。

 

「落ち着いたか?」

「……ぅん」

 

 マヤノは鼻を鳴らし、手を離すと顔を上げた。

 

「……すっかり暗くなっちゃったな、これは今晩お説教か?」

 

 トレーナーは小さく笑うと、目の前の川へ目をやった。

 

「連絡は後で入れておく。もう少し話そうぜ」

 

 そう言って柵に手をかける。その先には、東京レース場から漏れ出る光がその大きな影をぼんやりと映し出していた。

 

「ずいぶん遠くまで来たよな」

「うん」

「四年走ったんだ。当然だよな」

「四年……かぁ。四年前のマヤ、どうだった?」

「今でこそ、って質問だな。そうだなぁ……」

 

 トレーナーが目を閉じる。すると、いつかのマヤノが眼前に現れた。

 

 ──でも、一回でぜーんぶわかるようなことしかやらないんだもん。わかっちゃったら、つまんないよ。

 ──つまんないことをずーっとやる意味って、なに? 

 

「頭は良くて、才能にも溢れる期待のウマ娘。でも少しわがままなのが珠に傷」

 

 そう言うとマヤノは小さく笑った。

 

「なにそれ」

「褒めてるんだぞ?」

 

 そう言って二人はまた微妙な笑いを漏らした。

 

「あっという間だったけど、実際にはそれだけ長い期間一緒にいたんだ、俺たち」

「うん」

「その、長い期間の終わりが来たんだろうか」

「……」

「お前は、それで本当にいいのか?」

 

 マヤノは答えない。代わりに、小さく俯くように、頷いた。

 

「そうか……」

 

 マヤノがさらに俯く。視界からトレーナーが消えた。

 

「俺はまだ終わりたくない!」

 

 突然声がした。

 マヤノが顔を上げると、トレーナーが両手を広げている。

 

「俺はまだ、終わりたくない」

 

 トレーナーがもう一度繰り返す。今度は少し小さな声で。

 

「〝終わってない〟〝まだわからない〟じゃない。俺は、終わりたくないんだ。マヤノ」

 

 言い聞かせるように、はたまた確かめるように、そう告げる。

 

「……わがままなのは俺も同じだ」

「トレーナーちゃん」

「だから、一つわがままを聞いてくれ」

「……」

「もう一度だけ、やろう」

 

 告げる。

 

「もう一度って……マヤはもう──」

「京都レース場、芝三二〇〇!」

 

 意表を突くように飛び出した単語に、マヤノは言葉を飲み込んだ。

 

「一年前のあの日、全てが始まったレース。覚えてるか?」

「……うん」

「天皇賞・春」

 

 二人が同時に呟く。

 忘れもしない。前回の天皇賞・春。マヤノにとってはブライアンへの挑戦の意味が変わり、ブライアンにとっては──己に見切りをつけてしまったレース。思えば、トレーナーの言うようにあそこから全てが始まっていたのかもしれない。あの、ゴール板から。最後の直線四〇〇メートルから。

 だからこそ、もう一度走る。もう一度走って、今度こそ納得のいくゴールを。

 

「もう一度……」

「そうだ、もう一度。一年前、あそこに置き忘れてきたものを、取り戻しに行こう」

 

 トレーナーの言葉に、マヤノは黙り込む。

 本音を言うならば、気は進まない。既に自分は自分に見切りをつけてしまっているのだから。悲しいことに、ここへ来てマヤノはブライアンの気持ちを理解してしまったのだ。

 だが、そんなマヤノがすぐにこの言葉を拒絶しないのには理由があった。それは、目の前のトレーナーから発される雰囲気、言葉の力、その他全てが、

 

 ──いいよ? キミがマヤの言うこと聞いてくれたら、トレーニングしてあげる! 

 

 あの時の自分と、同じだと思ったから。

 

「……わかった」

 

 マヤノが顔を上げる。

 

「前にマヤのお願い聞いてもらったし、今度はトレーナーちゃんの番ね!」

 

 かくして、マヤノ陣営の次の目標は決まった。次走は、天皇賞・春。

 しかし同時にこれは、マヤノの引退がかかった最後のレースになる可能性もある。トレーナーは気づかれないように額に滲む嫌な汗を拭うのだった。

 

 ***

 

 目標まで残り三カ月

 天皇賞・春で一着

 

 ***

 

 そして、三か月後。

 京都レース場。

 

「……」

 

 天皇賞・春の開催日がやってきた。

 

「帰ってきたなぁ……」

 

 バスから降り、レース場を見上げながらトレーナーが呟く。

 東京から数時間、電車やバスを乗り継いでついに辿り着いた。というより、戻ってきたと言うべきか。そんなことを考えながら二人はレース場へと足を運んだ。

 京都レース場では様々なレースが日々行われ、それなりの賑わいを見せているが、今日は天皇賞。G1レースともなれば、人入りは凄まじかった。

 それを横目に、二人は専用の入口から控室へと向かう。

 

「緊張してるか?」

「ううん」

 

 前を歩くマヤノにトレーナーが声をかけると、マヤノは振り返りながら小さく笑う。今年から高等部の所属となったが、その姿に変わったところは見られない。しかし、トゥインクルシリーズを走っていた頃はこういう時、少し浮足立っていたように見えた。今のマヤノにそれはない。しっかりとした足取りで選手控室へと向かった。

 

「高等部のマヤはもう大人のウマ娘だもーん。緊張なんてしないよ」

 

 マヤノは激しく耳を振りながら言う。

 

「さて、出走まではまだ時間があるな……どうしようか」

「もう着替えちゃおっかな、トレーナーちゃん、ちょっと外出てくれる?」

「お、そうか。じゃあ俺は少しその辺を回ってくるよ。時間が近づいたら戻る」

 

 言うなりトレーナーはドアノブに手をかけた。

 

「覗かないでよ?」

「俺は大人の紳士だからな」

 

 軽口を交わし、トレーナーが退室する。控室に一人残されたマヤノは鞄を放り、中から勝負服を取り出した。

 何度も袖を通した勝負服。パイロットの航空服をモチーフとしたジャケットは、初めて手にした時より綿が潰れ、少しくたびれたように見える。

 

「……うん」

 

 いつも、この服に着替えると気持ちが引き締まる。いつもと違う自分になって、どこまでも飛んでいけそうな気分に──

 

「……」

 

 手が、震えていた。

 それを意識した瞬間、一気に恐怖が湧き上がってくる。

 

「ッ!」

 

 マヤノはジャケットに袖を通さないまま、ソファに倒れ込むように腰を下ろした。

 ──恐怖している。緊張もしている。この震えは、恐怖から来るものだった。

 思い出すのは数カ月前。有馬記念だ。マヤノとトレーナーは、そこで一度砕けてしまったのだ。怖くないはずがなかった。

 

「トレーナーちゃん」

 

 弱々しくトレーナーを呼ぶ。部屋から追い出してしまったことを後悔した。

 深く、深く息をつく。

 

 ──少し、風に当たろう。

 

 ***

 

「誰か……、いないよね」

 

 マヤノはジャージ姿のまま控室を出た。レースまでは少し時間がある。その間、控室でじっとしているのが嫌だった。意味もなく、廊下をうろうろと往復する。

 他の選手が到着しているのかどうかは知らないが、選手控室周辺はいやに静かだった。壁に手をつき、その向こうからかすかに聞こえてくる喧騒を聞きながら歩いていく。

 

「……」

 

 いやに鼓動音がうるさい。耳の奥でずくずくと疼いている心臓を落ち着かせるように目を閉じ、深く息をついた。

 そのまま角を曲がり、瞳を開く。

 

「え」

 

 その時、マヤノの足が止まった。なぜなら──

 

「ヒシアマさん!」

 

 角を曲がって現れたのは、ヒシアマゾンだったからだ。

 

「おー、マヤノ! 調子はどうだい?」

「来てくれたの?」

 

 緊張していた所に現れた顔見知りにマヤノの表情は明るくなる。

 

「あぁ。こいつを連れてくるように頼まれてね」

 

 ヒシアマゾンが背後を振り返る。それに釣られ、マヤノも彼女の体越しに背後に視線を飛ばす。

 

「……え」

 

 ヒシアマゾンに続く、もう一人の影。それが誰か認識すると、今度はマヤノの表情は真剣なものに変わった。

 

「……お前か」

 

 ヒシアマゾンの背後に続いていたのはナリタブライアンだった。

 

「……ブライアン、さん」

「ん? 聞いてなかったのかい」

「聞いてなかったのって……え……?」

「俺が頼んだんだ」

 

 背後から新しい声がする。振り返ると、トレーナーが立っていた。

 

「なんだい話してあげなかったのかい」

「気負われると嫌だったから。まぁ、そんなわけで見ていってくれよ。損はさせないからさ」

「……ふん、せいぜい頑張るんだな」

 

 トレーナーがそう言うとナリタブライアンはつまらなさそうに鼻を鳴らし、三人の横を通って行ってしまう。ヒシアマゾンもまた、マヤノを気さくに激励すると、その後を追って行った。

 

「……ごめんな、隠してて」

「うん……いや……いいけど……」

 

 微妙な返事をすると、トレーナーにうながされるまま控室に戻る。時間も無くなってきた。そろそろ勝負服に着替えるべきだろう。

 

「……緊張してるか」

「……うん」

 

 扉越しにトレーナーが言葉を放ると、心細そうな声が返ってきた。

 

「ブライアンさんとヒシアマさんが見に来てくれたのは嬉しいけど……でも、ちょっと……緊張するなぁ」

「……」

「マヤ、あの二人みたいにまたキラキラできるかなって。もし、今回も、駄目だったら……」

「……確かに、キラキラは……いつか失われるものかもしれない」

 

 トレーナーは扉に背を預け、静かに言う。

 

「マヤノも、ヒシアマゾンも……ブライアンも。いつか終わりは来てしまうかもしれない」

 

 言葉を切る。扉の向こうにマヤノの気配を感じる。

 

「でも、今じゃない」

 

 少し扉が揺れる。

 

「俺はまだ終わりたくないって、そう言ったよな。いつか俺たちに終わりは来る。でも、今じゃないんだ。今は終わりたくない。そう思っていれば、きっとまた輝ける。大丈夫だ。俺が保証する」

「……トレーナーちゃん」

 

 マヤノの言葉が返ってくる。そこには若干の笑みが含まれていた。

 安心からか、呆れからか。ともかく、マヤノはきっと笑ってくれた。

 

「マヤノ」

「なに?」

「翔んでこい」

 

 そう言ってトレーナーは親指を立てる。二人の間に微妙な沈黙が流れた。

 

「……ユー・コピー?」

 

 扉の向こうで、呆気にとられたような表情のマヤノが、また笑う。そして、親指を立てた。

 

「アイ・コピー!」

 

 

 

 




 こんにちは! ラケットコワスターです! 久しぶりの投稿になっちゃいました。
 さて、本作ですが今年の頭にウマ娘オンリーイベントにて頒布した合同誌に収録されていた作品になります。
 その第二弾、「冬来たりな馬、春遠からじ」がコミックマーケット103にて頒布されます! 今回ぼくはハルウララ編を書かせてもらっています~、当日はぜひ東リ29bサークル「春一番」のブースへお立ち寄りください!

お品書き→ https://x.gd/3rxq1
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