……ハーメルンに寄稿した作品載せて良いのかな。
人魚の肉が不老不死の効能があるという逸話は、その実嘘である。
人魚の肉の伝説は世界各国に存在する。例えば中国の伝説では人魚の肉は痴呆症の特効薬らしい。不老不死云々は日本の逸話――八百比丘尼という娘が人魚の肉を食べて不老になったことが由来のようだ。尤も彼女は八百年経って自ら死を選んだことから、少なくとも「不死」の部分は尾ひれがついた嘘であることがわかる。
彼女は父が隠し持っていた人魚の肉を食べて不老となった。幾年もの時を過ごし、何人もの夫の死を看取り、いくつもの困りごとを解決し――そして、彼女は死を選んだ。
彼女の肌は白かったと云われている。
*
みんなでピクニックに行ったのはいつだったか、とプロデューサーは思った。事務所のテーブルの上には様々な料理が並べられている。
ことの発端はプロデューサーの食への不摂生が原因だった。いつもいつもインスタント食糧ばかりをたべるプロデューサーに業を煮やしたアイドルたちが急遽「アイドル弁当制作週間」なるものをでっち上げ、事務所で各々が用意した料理を振舞うことになったのだ。
事務所としてもこうやってメンバーが集まって作ってきた料理を見せ合うというのはSNS戦略的にも良いため、この取り組みはプロデューサーの申し訳なさぐらいしかデメリットが存在しない。
電子音がシャッターの代わりに鳴る。今日はアンティーカの面子が揃っていた。
「さくやん、写真はこんな感じで良いのかな」
「どれ――、うん。ちょっとこの皿を傾けさせて……うん、もっと良くなった」
「よしよし……まかせて」
カメラを持つ結華とそれを添削する咲耶。恋鐘と霧子は飲み物と箸を用意し、摩美々は退屈そうにプロデューサーがキーボードを叩くのを見ている。
「Pたん、写真撮れたよ!」
「わかった、じゃあアンティーカのツイスタのアカウントに切り替えるからちょっと待っててくれ」
事務資料の作業を保存するとツイスタを開く。閲覧用の鍵垢からアンティーカの公式宣伝アカウントに切り替えると席を結華にゆずる。彼女は持っていたカメラのメモリーカードをパソコンに接続し画像データを取り込ませるとツイスタに載せるための文面を考える。
「――こんな感じ?」
「うん……いいと思う。投稿していいよ」
よし来た、と結華は投稿ボタンを押す。しばらくするとある程度のインプレッションを稼げるだろう。
「結華~、プロデューサ~、お昼にしよ~!」
「はーい」
「わかった」
テーブルには五人のアイドルがそれぞれ作った料理が並べられている。どれも色とりどりでおいしそうだ。
「プロデューサー、だれがどれを作ったか分かるかい?」
「そうだな……」
咲耶に促された簡単なクイズの回答を悩む。並べられた料理は――肉じゃが、マカロニサラダ、ザワークラウトとその他緑黄色野菜、炊き込みご飯のおにぎり、魚の煮つけ。
「……肉じゃがは恋鐘かな。マカロニサラダは結華」
「お、正解!」
「さっすがプロデューサー!」
喜ぶ二人の反応を見てプロデューサーがほほ笑む。なるほど、このような感覚で行えばいいのか。
「ザワークラウトは……摩美々か?」
「ふふー、正解ですー」
「じゃあ……………おにぎりが咲耶で、煮つけが霧子かな」
「正解だよ、プロデューサー!」
「ふふ……正解です」
勘しか頼れるものが無かったが、これで正解らしい。
「よしよし、じゃあ食べようか」
結華の言葉によりアンティーカの面々がソファに座りプロデューサーがそこらにあった丸椅子を持ってきた。
「悪いな。……俺の不摂生でこんなことになって」
「いやいや! 気にしてない――」
「そーですねー。プロデューサーがいつも自分のこと考えないのが原因ですよー」
「ちょっと摩美々……!」
摩美々の歯に衣着せぬ言葉に咲耶がたしなめるが彼女はどこ吹く風である。
「でも摩美々の言う通りばい! プロデューサーはうちらに体を大切にっていうのに自分は無頓着すぎるばい」
「う……すまない」
恋鐘の正論にたじたじになるプロデューサーを見て「ふふ……」と笑う。
「みんなと一緒に……長生きしたいから……みんな、頑張るね……」
「当たり前ばい! いつまでもアンティーカやけんね!」
そういうと恋鐘は手を合わせた。他のみんなも手を合わせる。
「じゃあ手を合わせて~……いただきま~す!」
「「「「「いただきます」」」」」
*
結局アンティーカは幽谷霧子の医学部入学によるアイドルの卒業を皮切りに徐々に離れていった。それぞれ女優だったりデザイナーだったりに転進して各々の道を歩み始めていた。
最初に異常に気付いたのはプロデューサーだった。彼と妻である恋鐘は老いてもその肉体は若さを保っていた。
この表現は誇張表現ではない。
283プロ発足から既に四十年。社長となった七草はづきは元上司で今では部下というプロデューサーを見て思う。
「おかしいですよね~……」
彼女は自身を欺くように手を擦った。老いぼれの、しわだらけの指だ。少なくとも二十代の時とは比較にならない。
「何がです?」
「プロデューサーさんの姿ですよ」
「あー……」
プロデューサーの姿は彼が駆け出しであった時から何一つ変わっていない。文字通り、二十代の頃と変わらない姿である。
「恋鐘さんもですよね、まるで不老のように肉体が変わらないの」
「はい……どういうことなんでしょうね?」
プロデューサーの不老は芸能界では少し有名になっていた。曰く、いつまで経っても年を取らない業界人がいるとか。
しかし問題はそれだけじゃない。
「どうして年を取らないか、分かりますか?」
「いいえ……。恋鐘もわからないと」
「………アンティーカの元メンバーである五人とプロデューサーさんだけですよね」
「はい……」
そう。不老なのはプロデューサーと恋鐘だけではない。かつてアンティーカだった摩美々、咲耶、結華、霧子もその姿が一切変わらなかった。
「……富士山で薬でも拾い食いしましたか?」
「まさか」
そんなファンタジー、あり得るわけない。
彼はそんな風に笑い飛ばした。
「まぁ、多分これから急にどっと老けますよ」
*
しかし待てども待てども彼らは年を取らなかった。
283プロの元アイドルの葬式に参列する中、元アンティーカとプロデューサーだけが文字通りその若さを保っていた。
そして283プロ発足から百年が既に経っていた。
「………おかしくない?」
「いや、それは……もう七、八十年は言い続けてるでしょー」
結華の言葉に摩美々が続ける。
すでにアンティーカが現役だった時のアイドルは全員亡くなった。この近未来でも人間を百二十歳まで存命させる技術は確立されていない。それどころか不老の技術は成立していない。
「誰か不老不死の薬を混ぜて飲ませと?」
「しかしそんな薬、実際にあるのだろうか」
恋鐘の言葉が一番想像しやすいが、しかしそんなものはファンタジーだと咲耶が切って捨てる。
「問題は、だ」
プロデューサーはみんなに問題提起をする。
「――問題は、これからどうするかだ。不老不死なんて現代では前例がない。……下手をするとどこかの組織に誘拐・拉致されて実験動物にされるかもしれない」
「それは……! ――否定できないねぇ。漫画でよくある展開だ」
そもそもこのような不老の人間を役所がどう対処するかわからない。このままいけば嫌な注目を浴びるのは必然。
どうしようか、と顎に指をあてて悩んでいると霧子が手を挙げた。
「あ、あの……! 私、山奥にみんなが住める家を作ったんです……。だから、みんなで一緒に――人目を避けていつまでも一緒に暮らすのは、どうですか……?」
その言葉を聞いて全員が霧子のほうを見る。
「霧子……まさかそんなことを考えて家を建てていたのか」
「はい……。アンティーカのみんなと、プロデューサーさんと一緒に暮らせれば良いなって思って……」
健気なその言葉に他の者が目を見合わせる。アイコンタクトで交わされた会話は全員肯定的だった。
「――よしっ! じゃあ霧子の意見に賛同するばい!」
「ふふー、悪くないねー。昔の番組の企画を思い出しちゃったー」
「うん、みんなで暮らせば何とかなるでしょ」
「そうだね。私たちが手を取っていれば、何年でも何十年でも……」
「ははっ、――それじゃあみんなで暮らそう!」
*
こうして不老の彼らは山奥に建てた一軒家で生きることにした。農業で畑を耕し、太陽光で電気を生み、川釣りで魚を得て永遠の時を過ごすことを誓ったのだ。
「ふふっ……」
アンティーカのみんなとプロデューサーが一緒に笑いあっている。その光景を見て幽谷霧子は密かにほほ笑んだ。
すべては彼女の計画通りだった。
霧子は不老不死であった。かつて病に罹った子供の霧子に両親が一族の宝である不老不死の薬を飲ませたのだ。人の子として生まれたのに予期せぬ異常な力に彼女は恐怖した。
このまま生き続けると、自分の大切な人間はすべて死んで自分だけが置き去りになってしまう。
そう考えた彼女はアンティーカのメンバーとプロデューサーに自身の肉を与えた。自分が作った料理にえぐった肉を入れたのだ。
結果は予想通り。大切な人たちは不老の力を得た。
ここまでの努力により独りになって医者として生きるのはつらかったが、結果としてみんなで一緒に住む家と十分な資金を得た。
こうして霧子はみんなとずっと一緒に――永遠に一人ぼっちにならないようになったのだ。
「ふふっ……」
腕、脚、腹、背中――体のあちこちが痛む。自身の肉を料理に使うときに抉った傷がまだ古傷として痛む。しかしそれは幸せな痛みだ。これからもずっとみんなと一緒に生きられるのだから……。
「霧子―! ご飯にするばい!」
「はーい……。――ふふっ」
霧子は幸せだった。みんなと一緒にずっと、永遠に仲良くできる下地を整えて、もう独りにならなくて。
これでもう寂しくない。