2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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100.詰みに嵌ったダンブルドア

 大広間での昼食の時間が終わり、先生たちが午後の最初の授業の事前準備を始めた頃。

 魔法生物学の授業が行われる屋外教室では、授業の準備を進めているホーウィン先生とそれを手伝う2人の生徒を、何人もの他の生徒や来客たちが見物していた。

「よぉーしよしよし賢いねペルセポネ……デメテルもヘスティアも……よぉーしよしよし……」

 本人としてはまだ授業の準備を手伝っているつもりのポピー・スウィーティングは、木製の柵の内側で猫によく似た魔法生物である何匹ものニーズルたちに揉みくちゃにされている。

 

「今日もかっこいいよハウプトバート! ブラッシングしたげるから立ち上がってほしいな!」 

 

 一方、さきほど昼食を摂りに訪れた大広間でサチャリッサ・タグウッドにたっぷりとお説教されたために仕方なく下着姿でいるのをやめた7年生の女生徒が大げさな身振りとともに指示を出してその場の草地に腰を降ろすよう促しているのは、「湖畔の主」に勝るとも劣らない勇壮な体躯をした、遭遇したら速やかに逃げろと魔法省が警告しているくらいには危険極まる魔法生物。

 

「なあダンブルドアくん。向こうに居る『ハウプトバート』がどんな姿をしてるのか、俺にも解るように説明してくれないか? 俺はまだ撫でさせてもらったことがないから鳴き声と足音から想像するしかなくてな。四つ足で歩くんじゃないかって想像してるんだけど、合ってるかい?」

 手に持った杖の先を赤く明滅させているオミニス・ゴーントにそう要請されたダンブルドア少年は「オミニス先輩は本当にこの生き物の姿を把握できていないのか」とか「アブとアリアナの前で解説を披露する機会をくれただけなのではないか」とか勘繰りつつも、しかし断る理由も無いので素直に、本で読んだ知識といま目の前にある現実を照らし合わせながら言葉と表現を選び始めた。

 

「はい。えー、まずは――アブ見えてる?――あのひとは7年生なんだけど、『ハウプトバート』は頭の位置を低くして、あの先輩を見下ろしてるよね? あんなに大きいんですね。グラップホーンくらいはあるな――いや、アブもアリアナもグラップホーンは見たことがないから例えに使ったってダメか。ウチにはちょっと連れてこれないかな。ドアを通れないから」

 両手で持っている「両面鏡」を精一杯高く掲げてアブとアリアナにその勇壮な魔法生物の全身を見せてあげているダンブルドア少年は明らかにオミニス・ゴーントではなく弟と妹に向けて説明をしていたが、ダンブルドア少年の隣に立っているオミニスはそれを気にしている様子はなく、それどころかダンブルドア少年の解説に耳を傾けているかどうかも怪しかった。

 やはりオミニス先輩は本当はこの魔法生物の姿を知っていて、おそらくブラッシングとかした経験があって、なのにもかかわらず「どんな姿なのか」と質問することで僕に、妹と弟の前で格好よく振る舞う機会を与えてくれたのだろうと、ダンブルドア少年はそう解釈することにした。

 

「『ハウプトバート』さんは、前脚と後脚が左右2本ずつ、合わせて4本の脚で歩きます。後脚の腿までとお尻がウロコで覆われてます。後足の先には蹄があって、ドラゴンそのものと言っていい長くて立派な尻尾もあります。尻尾の先は尖ってますけど、何かを突き刺したりはできなさそうで、しなやかです。一方で前脚と胸部とお腹と頭は毛で覆われていて、前足には指が揃っていて、鋭い爪が生えてて……あ。ライオンですね。前脚はライオンです。……ズーウーにも似てます。お顔もやっぱりライオンに似てるんですけど目はヤギみたいで、角もヤギみたいで――ヤギに生えてるのよりだいぶ大きい角だけど――それでオスのライオンみたいなたてがみと、ヤギみたいなヒゲが生えてます、ヒゲの量と長さがすっごいです。地面に着くだけじゃなくて身体の下敷きにもしてて、身体の左右にも広がってて……ヒゲは胴体と同じくらいの長さがあります。お尻が隠せそうです」

 

 ダンブルドア少年がまじまじと観察しながらそう述べた通り、そのグラップホーンにも似た大きな四つ足の魔法生物は「立派な」という表現を逸脱するほどに凄まじく伸びたヒゲをどっさり蓄えていて、7年生の先輩がその長い長いヒゲを両腕で掴んで束ねて除けてくれたからこそ、ダンブルドア少年はその魔法生物の胴体と脚を観察できたのだ。

 

「じゃあダンブルドアくん、『ハウプトバート』と名付けられたその魔法生物は、何かな」

「ヤギだっ」

 

 アルバス・ダンブルドア少年が口を開いてオミニス先輩からの問いかけに答えるより一瞬早く、両面鏡に映っているアバーフォースくんが喜びと興奮を抑えられなくなった。

 

「角もあっておヒゲもたっぷりだけどハウプトバートさんはキメラだよアブ。キメラ」

 ダンブルドア少年の言葉はもはやアバーフォースくんの耳には届いていない。

「ヤギだっ!! ヤギの王様だっ!! 兄さんもっと近くに寄ってくれ近くで見たい!」

「えっでもアブあのねキメラってすごく危ない生き物で――」

「大丈夫だそこに居るのは兄さんだけだから危険な目に遭うのも兄さんだけだ早く近づいてくれ」

 

 弟からそんな言葉を投げかけられたら普通なら憤って反論などしそうなところ、しかしアルバス・ダンブルドア少年は「アブとアリアナが怪我する心配は確かに無いなあ、じゃあいいか」と、アバーフォースの暴論に納得させられてしまった。

 

「あのー、先輩! 僕そっちに――ハウプトバートさんに近寄ってもいいですか?」

「両面鏡はソイツに預けなアルバス。それで杖を構えて、いつでも盾の呪文を唱えられるようにするんだ。アルバスなら盾の呪文で防げるでしょ」

 

 ソイツって誰ですかとアルバス・ダンブルドア少年が訊くまでもなく、どこからともなく飛来した不死鳥がダンブルドア少年の手から弟と妹が映った「両面鏡」を攫っていった。

「ん何だどうした、急に視点が――」

 両面鏡に映っている景色が大きく揺れたのでアバーフォースは数秒戸惑ったが、それはアリアナが不安を覚えるよりもずっと早く収まった。

「アリアナちゃんアバーフォースくん、聞こえるかい! 両面鏡はいま僕の不死鳥が――名前は内緒ね――アルバスの代わりに持ってる! だからちょっと視点が揺れるかもしれないけど、アルバスはこれからしばらく鏡を手に持ってる余裕が無いから、ごめんね!」

 左手で自分の喉を掴んで杖無し無言で「拡声呪文(ソノーラス)」を行使しながらそう叫び終わるより早く体型と顔かたちが変貌し始め数秒で優雅にカールしたボリュームたっぷりの艷やかな黒髪が腰まで伸びた背の高い爽やかな目鼻立ちの青年になった7年生は、視界に入った生き物を片端から殺戮せずにはいられないはずの勇壮なキメラの右前脚の付け根あたりを右手でベチベチ叩きながら、嬉しそうにそのどっさりとヒゲを蓄えたキメラに話しかけている。

 

「先輩の不死鳥さんが両面鏡を持ってくださるのなら僕がキメラに接近する必要は無いんじゃないですか? 僕はどうしてキメラに歩いて近づいているんですか? 死にたいんですか?」

 ダンブルドア少年は抗議するが、優雅な長い黒髪をした7年生の青年は取り合わない。

「ほらハウプトバートぉ皆がきみを見てるよ嬉しいねえ。あ、そうだおヒゲ三つ編みにしよ! 絶対カッコイイと思うんだよね。そんでサッちゃんが前くれた『ヘアアレンジ用猛反発薬』塗ろ!」

 

 午後の最初の授業の準備が進んでいるホグワーツの魔法生物学の屋外教室で、なぜ暴れ出さないのやら解らない勇壮なキメラのやたら長くてたっぷりあるヒゲをいじくり始めたスラリと背の高い青年を遠巻きに眺めながら、何人もの来訪客たちが困惑していた。

 

「父上、見ての通りあれが前に手紙でお伝えした7年生の、フォーリー家の者ではない方の首席です。今しがた容姿が別人のそれに変化したのはポリジュース薬の効果時間切れなどではなく、曰く本人にも制御不能だそうです。あの7年生は男子だったり女子だったり背が高かったり1年生にしか見えなかったりします。そしてもうお解りだとは思いますが――今のホグワーツは、あいつを中心に回っています。7年生のやつらは特に。今年の7年生は皆、寮の垣根を越えて融和し団結することによってどうにか奴を制御しようと努力しています。取り返しのつかない破壊を齎さないように」

 

 自分が授業を受けるところを観覧しに来てくれた父親に目の前の光景に関する説明をしているのは、純血を標榜する古く由緒正しい家系出身のスリザリンの1年生であるブルストロードくん。

 すぐそこでやたら大量で伸び放題のヒゲをされるがままに大人しく整えられている勇壮な魔法生物がキメラだと始めから見抜いていたのも、それを正しく識別できたからこそ戸惑っていたのもブルストロードくんのお父上だけではなかった。

 我が子が私への手紙に書いたのだからとその7年生に関する荒唐無稽な証言を信じていたブルストロード氏は今、その事前情報どおりの光景を見せられて、己自身の目と耳を疑っていた。

 

「プロテゴマキシマ!!」

 

 キメラのハウプトバートが長大で力強い尻尾を鞭のように振るい、そこらの樹木ならへし折れるだろうその一撃をダンブルドア少年が盾の呪文で防ぐ。

 盾の呪文が間に合ったのでダンブルドア少年はよろめいてすらいないが、周囲には馬車が事故でも起こしたかのような凄まじい轟音が響き渡った。

「1年生で『最大の守り(プロテゴマキシマ)』とは! 前例があるかどうかもわからんぞ」

「なんという杖捌きの速さか。ぜひ将来は我らが闇祓い局に来てほしいものだ――」

 ブルストロードくんの父親を始めとするご観覧なさっている客人たちは興奮気味に褒めてくれているが、当のダンブルドア少年は称賛を受け止める余裕も喜んでいる暇も無かった。

 自分のどの行動がハウプトバートさんの気に触ったのか、全く判らなかったが攻撃の予兆はあったのか、例えばスウィーティング先輩なら寸前で察知して距離を取れたのだろうかとか混乱しながらもぐるぐると現状分析を続けているダンブルドア少年に、キメラのハウプトバートの顔から全身を覆い尽くすほど伸びに伸びているボリュームたっぷりのヒゲを櫛など使わずに素手でガシガシとブラッシングしていた7年生の青年が、実に気楽かつ爽やかに声をかける。

 

「ハウプトバートが遊んでほしいってさ」

 

 青年のその言葉と、向こうの柵の内側で未だにニーズルたちと戯れ続けているポピー・スウィーティング先輩が全くこちらを気にしていないという事実を再確認することによって、ダンブルドア少年はキメラという強大な魔法生物の価値観がどれだけヒトの魔法族と隔絶しているのか、キメラが懐くなどという奇跡が起きたところでまだどれほど飼育が危険で困難極まるのかを悟った。

 

 遊んでほしくてじゃれついただけでもヒトを軽々と吹き飛ばしてしまうのだから。

 

「魔法省がキメラについて『遠くに居るのを見つけたらすぐ逃げろ、目の前だったら諦めろ』って通達してるの知ってますよね先輩。1年生にけしかけていい生き物じゃあないんですよキメラは」

「何を言ってんだいアルバスったら。どんな生き物でも面白半分でけしかけちゃダメだよ」

 

 ダンブルドア少年は以前にアバーフォースがヤギのウンチを素手で持ってきて見せてくれた時と同じ顔をしているものの、しかし杖は構えたままで、逃げ出そうともしなかった。

 不死鳥は羽ばたきながらキメラの視線と同じくらいの高さの空中に留まっていて、その両足の鋭い鉤爪でガッチリと両面鏡を把持している。

 両面鏡をチラリと見たダンブルドア少年は、そこに映っている妹のアリアナと目が合った。

 アリアナとピッタリくっついているアバーフォースの期待に満ちた目もはっきり見えた。

 

「いいですよ。どうぞハウプトバートさん。僕が遊んであげます」

 

 まだホグワーツに入学してから1か月と少ししか経過していない11歳のアルバス・ダンブルドア少年は、あろうことか自分より遥かに巨大なキメラのハウプトバートに、先手を譲った。

 

 ダンブルドア少年の言葉を理解したのか単にご機嫌を損ねたのか、長大なヒゲをどっさり蓄えた勇壮なキメラの「ハウプトバート」は周囲で観覧している者たちが思わず耳を両手で塞がずにはいられないほどの声量で吼え、同時にヤギやその他の草食動物のように横長だった両目の瞳孔が、ライオンを彷彿とさせる肉食動物そのものの小さな真円に変形した。

 

 横長の瞳孔は広い視野を確保し周囲の動くものに早く気付けるが正確な距離感を把握しづらく、円形の瞳孔は視野こそ狭いが前方の獲物との距離を正確に掴めるのだと本で読んで知っているダンブルドア少年は「キメラって瞳孔の形をあそこまで大きく変えられるのか」と驚きつつも、やっぱり自分は肉食の魔法生物には美味しそうに見えてるのかなと、実にのんきな分析もしていた。

 

「兄さんそのハウプトバートのいろんな動きを引き出してくれ食事してるところも見たい」

「ぼく食べられるのはイヤだよアブ」

 

 両面鏡を両足で携えた不死鳥が顔のすぐそばまで寄ってきてくれたので、アルバス・ダンブルドア少年は弟のアバーフォースの声を明瞭に聞き取って会話することができた。

「先輩ハウプトバートさんに怪我をさせてしまったらごめんなさい手加減してる余裕ないです!」

「いいよーハウプトバートったらいつも湖畔の主とかマンティコアのソロモンとかイソップとかエルンペントたちとかと擦り傷だらけになって遊んでるんだから」

 

 1年生がキメラと戦って生き残れるわけがないと思っているのが顔に出ている親たちも見ている中で、アルバス・ダンブルドア少年は杖を振る。

「ステューピファイ!」

 ダンブルドア少年がそう唱えて放った強烈な赤い閃光を、キメラのハウプトバートは驚くほど俊敏に飛び退いて避けた。

 すぐさまキメラのハウプトバートはホグワーツ特急みたいな勢いで突進してきて左前足でダンブルドア少年を叩き潰そうと狙うが、ダンブルドア少年はまたしても盾の呪文でそれを防ぐ。

 

(キメラってだいたいの呪文がまるっきり効かないらしいけど、いま避けたな。効かないってのは損傷とか罹患って意味合いにおいての話であって、痛いかどうかとは別なのかな)

 

 結膜炎の呪文なら効くだろうかと考えたダンブルドア少年は、効いたらきっとハウプトバートさんはすごく痛くてメチャクチャに暴れ始めるだろうと気づいてすぐさまその選択肢を放棄した。

 お兄ちゃんはぜんぜんへっちゃらで今すごく楽しいんだよと示すために、ダンブルドア少年はキメラの猛攻を凌ぎつつも頻繁に不死鳥が運んでくれている両面鏡の方を向いて、そこに映っている妹のアリアナと弟のアバーフォースに笑顔で手を振っている。

 

「見ろアリアナあのでかいヤギいま口を開けたぞベロまで見えるぞ牙が鋭くて大きいぞすごいぞ」

「お兄ちゃん大丈夫かな……あ! こっち見てくれた!」

 

 それまで見たこともなかった珍しい魔法生物と戦っている兄への心配と好奇心がせめぎ合った結果アルバスお兄ちゃんの一挙手一投足から目が離せないアリアナちゃんとは対照的に、8歳のアバーフォース・ダンブルドアの視線は完全にキメラのハウプトバートだけに注がれている。

 

「しかしあいつすごい量と長さのヒゲしてるな……角度によっては胴体が全部隠れるぞ……今なんかもうバカデカいパフスケインにしか……いやパフスケインには角も尾も無いが……」

 ブルストロードくんが独り言を呟きお父上がダンブルドア少年から目を離さないそのすぐ横で、ひと組の親子が我慢の限界を迎えようとしていた。

 

おぃもまざいもそ(おれもまざりたい)!!」

あいはてんがらもんじゃ(あの子は見どころがあるぞ)!!」

 

 マホウトコロからの交換留学生でありグリフィンドールの3年生でもある島津忠宝(しまづただとみ)くんとその父、薩摩藩第12代藩主でもあった島津忠義(ただよし)公爵は、まるで親子というよりは若き血潮が滾り逸る心を抑えきれない兄弟かのように2人とも口の端が目尻まで届きそうなほどに釣り上がった笑顔を浮かべて、あろうことか誰に何の許可も取らず事前通達もせず止める間もなく柵を乗り越えてキメラの「ハウプトバート」へと突撃を敢行してしまった。

 

ひっの飼いけむん斬っ飛ばせっ(ひとのペットを斬り飛ばしたら)ぶいじゃ済まんど、おやっさぁ(無礼じゃ済まないぞ父上)!」

 

 マホウトコロからの留学生シマヅくんはそう忠告しながら杖を引き抜いて呪文を唱えながら素早く一振りし、創り出した木刀を父に投げ渡す。

「エクスペリアームス!」

 優雅にカールした黒の長髪を靡かせている7年生の青年が放ってきた何らかの魔法だと思われる一筋の閃光を、島津忠義公は首から上だけ逸らして最小限の動きで躱した。

 はるばる日本からいらっしゃった来賓にあまつさえ遠慮なく呪文を投射し、それが回避されたのを見届けて嬉しそうに笑っているその7年生も充分に常軌を逸していたが、こと気炎万丈さで比較すれば、武器を構え戦闘を開始した島津忠義、忠宝親子は他の追随を許さなかった。

 

「ハウプトバートはアルバスと遊んでるんだから、きみたちとは僕が遊ぅゎプロテゴ!!」

「感謝するぞ。あの珍妙な薬を飲んで以来、若返ったのかと思うほど身体が軽い」

 

 青年が咄嗟に唱えた盾の呪文を木刀で叩き割りながら、島津忠義公は流暢な英語で感謝を述べつつ一切の容赦も遠慮も無く2撃目を叩き込もうとする。

 しかし青年はスルリとワタリガラスの姿に変身して島津忠義公の木刀を空振りさせ、すぐにまた青年の姿に戻って杖を振る。

「レヴィオーうわ後ろだぁ!」

 杖を向けた先にシマヅくんのパパさんが居なかったので青年は咄嗟に姿勢を低くし、またしても木刀を躱された島津忠義公は、実に愉快そうに笑っている。

「えらく勘の鋭い小童だな」

「なんかね音がするんだよね頭のどっかでさ」

 そして柄の間、島津忠義公とシマヅくんと7年生の青年が、3人ともピタリと動きを止めた。

 島津父子は木刀を構えていて、青年はおサムライ2人の攻撃が自分へ放たれるのを待っている。

 

「キェェェェェェェェァァァ ァ ア ア !!!!!」

「今は授業の準備をしている最中だからあんまり暴れないでほしいのですけれどね」

 

 島津忠宝くんはともかくその父親である島津忠義さんは来賓であって生徒ではない上に魔法界に所属してもいないニホンのマグルだというのもあって、ホーウィン先生は強く制止できずにいる。

「ホーウィン先生、ホーウィン先生ほら見てくださいハウプトバートったらすっごく楽しそう」

 足元にニーズルたちが着いてきてしまっているポピー・スウィーティングが、生徒たち全員分のブラシがちゃんと揃っているかを手早く確認し終えたホーウィン先生に話しかけた。

 

「あれで楽しんでいるのミス・スウィーティング? あなたはあのキメラの『ハウプトバート』が、ミスター・ダンブルドアを叩き殺そうとしているのではないと保証ができるのですか?」

「本気で攻撃してる時はもっとすっごい声で吼えるんです。あんな嬉しそうな声じゃないですよ」

 

 だとしても、と経験豊富な魔法生物学教授バイ・ホーウィンは危惧している。

 仮にあのキメラ自身が遊んでいるつもりだったところで、それでもキメラという魔法生物はそのつもりが無くとも遊びで人を殺害せしめるだけの膂力と凶暴性を持っているのだから。

 そしてこの時、確かにポピーの見通しは甘かったのだ。

 しかしホーウィン先生が危惧したとおりに危機的状況かといえば、そういうわけでもなかった。

 いま確かにキメラのハウプトバートは遊んでいるだけだが、同時にその遊びが楽しいのでいつの間にやら配慮とか力加減とかいったものを闘争本能でかき消して、さっぱり忘れてしまっている。

 

 だからもしかすると、取り返しのつかない事故が起きていた可能性もあった。

 

「フリペンド! いま痛そうな顔した? いや気のせいか――プロテゴ!」

 

 先月タッカー先輩に貸してもらった魔法生物図鑑に書いてあったとおりやっぱり呪文を当てても効かないんだなと再確認しながら、ダンブルドア少年はそこにあるホーウィン先生の小屋くらいなら一撃で粉砕できそうなキメラの尾による攻撃を盾の呪文で防ぐ。

 なにしろキメラなので、仮に戦闘を中断させようとしてもホーウィン先生には、自分の命を投げ出しても生徒を救える保証は無く、つまり飼い主である7年生の生徒2名がこの危険生物を飼い慣らせていると信じるという、聞こえだけは良い無策な対応しか手が無かった。

 生徒を信頼していると言えば高潔なようだが「せっかくいろんな人が見に来てるんだからキメラとかどうですか」という提案はやはり断るべきだったと後悔し始めているホーウィン先生は、状況を正しく理解できていなかった。

 ポピーはポピーで、キメラは遊びでも人を殺してしまう生き物だという事実を忘れている。

 

 このとき状況を正しく理解していたのはたったひとり、マホウトコロから留学してきているグリフィンドール生の島津忠宝とその父にして第12代薩摩藩主であり島津家第29代当主でもある島津忠義公の猛攻撃をなぜか距離を空けようとしないまま凌ぎ続けている7年生の青年だけだった。

 

 いまキメラの遊び相手を務めているのは、他ならぬアルバス・ダンブルドアなのだ。

 

 ダンブルドア少年を全く心配していないその青年は島津忠義公の手に握られた木刀による本気で頭を叩き割って殺そうとしているとしか思えないほど猛烈な攻撃を背後に飛び退いて尻餅を搗くことで躱し、斜め後ろから迫っていた島津忠宝くんに上半身を思いっきりひねって杖を向ける。

「コンフリンゴ、ボンバ――プロテゴ! エクスペリアームスぅあ避けるよねえディフィンド!」

「プゥロ゙デゴ・マ゙キ゚ㇱマ゙ァ゙!」

 切断呪文を防いだ盾の呪文でそのまま殴るという前のめりな戦法を選択した島津忠宝くんは、腰に刀を差したまま木刀と杖をまとめて握り、へし折れないか心配になるほど力強く振るっている。

 迫りくる盾の呪文を盾の呪文で防ぐというのは、その7年生の青年にも初めての経験だった。

 

「ヒョォぁァ!!」

 

 短くて甲高い悲鳴を上げながら、青年は島津家当主と嫡男による同時攻撃をギリギリ躱す。

「わあ! わあ! わー! うぅわ、エクスペリぃ痛ぁ!」

 しかしそのまま間断なく繰り出された島津忠義による鋭い連続攻撃を捌きそこねた青年は手の甲に強烈な一撃を貰い、杖を落としてしまった。

 

「キェェェェェアァァァァ゙ァ゙!!!」

「むぅぅーーーにゃぁーーー!!!」

 

 杖無し呪文だって使えるだろうに、なぜかその青年は島津忠義公に掴みかかった。

 

「うががーー!! ふんぎゅあーーー!!」

相撲(すも)か! 良か!!」

 島津忠義公は振り下ろそうとしていた木刀を捨てて青年の突進を受け止め、それを見た島津忠宝くんも木刀を捨てて、思いっきり姿勢を低くしてから青年ではなく父である島津忠義に突撃した。

 

「あいつらは一体なにをやってるんだ」

 

 その光景を少し離れた位置から見物しているブルストロードくんは呆れ果てているが、その隣ではブルストロードくんの父上が「マグルが魔法使いに一撃入れるとは」と感心した様子で呟いた。

 

「ディセンド!! ああーまあ平気かそりゃそうだもっと効きそうな呪文ないかな……」

 

 向こうで取っ組み合いを始めた島津父子と7年生の青年など視界に入っていないダンブルドア少年はまたしてもキメラの前足を躱したが、一方ダンブルドア少年が放った呪文はハウプトバートが身体を覆い隠せるほど蓄えた長大なヒゲをバサリと一度揺らしただけで、何の威力も発揮しない。

 

「肉球が見えた! 肉球が見えたぞアリアナほらまた! ああ触りたい……」

「アブくんわたしのほっぺでよかったら触る?」

 アバーフォースとアリアナが映っている両面鏡を携えて飛ぶ不死鳥はダンブルドア少年のすぐ後ろに追従し続けていて、ゴドリックの谷の自宅のリビングでソファに座って両面鏡を見つめているアバーフォースとアリアナの兄妹に臨場感たっぷりの景色をお届けしている。

「アリアナのほっぺはふわふわだな」

「アブくんのほっぺもやわらかいね」

 ダンブルドア少年の耳にはすぐ傍の両面鏡から弟と妹ののどかなやりとりが聞こえてきているが、同時にキメラのハウプトバートが前足を振り下ろす度に響き渡る、一撃でもまともに貰えば命は無いと確信させられるほどの衝撃に全身を揺らされてもいた。

 

 ホーウィン先生はとっくに杖を取り出しているし見物人の一部も同じく止めに入るタイミングを伺い始めていたが、しかしキメラ相手に何かができる者など限られている。

「むぎゅあーーーーー! うぎー! うぎぎーー!! むぎゃーーー!」

 島津忠義公の頬を両手で思いっきり引っ張っていた7年生の青年は、島津忠義公に思いっきり投げ飛ばされて体勢を崩し、ゴロゴロと勢い良く地面に転がされた。

 続いて島津忠宝くんも島津忠義公に転がされ、自分たちが何をしているのかなどとっくに忘れ果てているようにしか見えない3人の戦士はここで満足して戦闘をやめた。

 

「元服したてん戻っ如っ体ん動っどが!!」

 

 島津忠義公が己の体調の良さと肉体の壮健さを確認して何やら感激している傍で、起き上がりはしたが立ち上がろうとはせず地面に座ってしまった7年生の青年はキメラのハウプトバートとダンブルドア少年の格闘を、なぜか慈愛に満ちた優しい目で見守っている。

 

「きみなら失神呪文一発で黙らせられるだろうに、そうはしないんだねえアルバスったら。それともただ焦ってるだけかい? アルバスったらピンチなのかい?」

 

 青年がそう呟いたのと同時に、ダンブルドア少年をまたしてもキメラのハウプトバートがドラゴンのように長く力強い尻尾で狙った。

 

「プロテ――」

 

 ダンブルドア少年の唱えた盾の呪文が間に合わずに尾の一撃が顔を直撃したと勘違いした見物人たちの一部が悲鳴を上げたが、それは1秒と経たずに収まった。

 あろうことかダンブルドア少年は、キメラの尻尾にしがみついていた。

 

「そーだアルバス! ハウプトバートはキメラだ! マンティコアじゃない! 賢い!」

 

 青年が拳を振り上げて喜び島津父子が真剣な表情で見つめる中、尻尾を激しめに揺すったりその場でグルグル回ってみたりして振り落とそうとしてくるキメラのハウプトバートの尾の先から付け根へと、ダンブルドア少年は頑張って移動し始める。

 1年生では女の子たちの誰と比べたって体の大きさで勝てないダンブルドア少年は手も足も小さくて短かったが、それでも全身でがっしりとキメラの尻尾にへばりついて、少しずつキメラの尾の付け根へと、そして背中の上へと移動していく。

 

「乗っちゃった……ねえアブくんお兄ちゃんったら乗っかっちゃったわ」

「うらやましい」

 

 ダンブルドア少年が何を狙ってそうしたのか、ホーウィン先生は今ようやく気づいた。

 首の後ろにくっついているダンブルドア少年を引っ剥がそうとしてキメラのハウプトバートは暴れてみたり噛みつこうとしてみたり尻尾で叩こうと狙ってみたりするが、どの攻撃もダンブルドア少年には届かず、狙えず、当たらない。

「怒ったマンティコア相手にあんなことしたら尻尾で刺されちゃうけど、キメラの尻尾に毒針は無いから背中に乗っちゃえばけっこう安全なんだよね。……乗れればね」

「言うのは簡単でも実行するのはあなたたちでも難しいはずなんですけどね、本当にすごい子」

 ポピーとホーウィン先生は2人してダンブルドア少年の度胸に感心している。

 

 そして次の瞬間キメラのハウプトバートはその場で激しく足踏みしたり仰け反ったり繰り返しジャンプしたりと、猛烈に吼え猛りながら暴れ始めた。

 いったい何事かとブルストロードくんがよくよく観察してみれば、バカでかいキメラの首の後ろに乗っかったダンブルドア家のチビは、キメラのたてがみを両手で思いっきり引っ張っていた。

 

「呪文が効かないってのは、呪文が効かないって意味で、何も効かないって意味じゃない!」

 

 ダンブルドア少年は暴れるキメラのハウプトバートから落ちないように踏ん張りながら、頭頂部のたてがみを引っ張ってきて首の付け根のたてがみと結んだり、鞭のような尻尾での攻撃をまた盾の呪文で受け止めて力比べをするよう誘ってから、盾の呪文を押しつぶそうとしてきている尻尾の先に杖を持っていない方の手でキメラの背筋の体毛を結んだりと、キメラのハウプトバートの長いたてがみやヒゲや体毛をあっちと結んでこっちに縛ってやりたい放題イタズラし始めた。

 

 頭を動かすとたてがみが引っ張られ尻尾を動かすと背中の毛が引っ張られ左前脚を動かすと背中の毛が引っ張られ背筋を反らすとヒゲが引っ張られるので、キメラのハウプトバートは数十秒ほど口から火炎を漏らしながら吼えつつ身体を様々に動かして現状を打破しようと頑張ったものの、どうしてもいろんなところが鋭く痛むだけだったので、ついには諦めて立ち尽くしてしまった。

 

「降参ですか? ハウプトバートさん」

 

 やたらボリュームたっぷりのヒゲを持つ大きなキメラのハウプトバートが微動だにしなくなってから数秒後、周囲の見物人たちは1年生で一番背が低い男の子がキメラを制圧したという事実に気づいて割れんばかりの歓声を上げたのだった。

 その場の全員がダンブルドア少年を称え、両面鏡からはアバーフォースとアリアナの興奮気味の声が聞こえてきている中で、キメラの飼い主である優雅にカールした長い黒髪の青年だけは一体何がそんなに愉快なのか、声を押し殺してクツクツと笑い始めている。

 

 身体のどこをどう動かしてもどこかの毛が引っ張られて痛いのでキメラのハウプトバートは4本の足で立ったまま微動だにしない。

 そしてダンブルドア少年も、キメラの背に乗ったままなぜか微動だにしない。

 

 ダンブルドア少年の様子がおかしいと、ポピーを始めとする7年生たちはハウプトバートの飼い主である青年よりも少々遅れて気づいた。

 兄が蒼い顔をしているのがバッチリ見えたアバーフォースは、すでに全てを理解してリビングのソファの上で笑い転げている。

 

 そして立ったまま全く動かない大きなキメラの背の上に乗ったままのダンブルドア少年は、自分ではどうすることもできないので仕方なく、その7年生に視線を投げかけた。

 

「先輩……あの、あの先輩…………先輩……!!」

 

 その7年生の青年は呼びかけたら寄ってきてくれたが、視線が合った途端に笑いを堪え始めた。

「なんだいアルバス? っふっふふふふへへへへ…………」

 キメラのハウプトバートの身体のすぐそばまで来てダンブルドア少年を見上げたところで、青年は笑いを堪えきれなくなった。

 

 そしてダンブルドア少年は忸怩たる思いで、こんなこと言いたくないが言って助けを求めるほか自分にできることはないと受け入れて、しかたなく今の状況を正確に、包み隠さず説明する。

 

「降りられません」

 

 ダンブルドア少年がそう言うと、7年生の青年は再び笑いを堪らえようと努力しながらダンブルドア少年の目を見つめ、しかし堪えきれず吹き出すように笑った。

 しかしダンブルドア少年は負けずに、もう一度丁寧に説明する。

 

「高いところが怖いので僕はハウプトバートさんの背から降りられません」

 

 魔法史上で討伐した例が1件しか無くその唯一の例では戦闘終了直後に疲労のあまり有翼馬から落馬して結局魔法使いが命を落としている危険極まる魔法生物のキメラにたったいま勝利したのに、ダンブルドア少年はまんまるの頬をさらにまんまるにして、こちらを指さして笑っている青年へ無言の抗議をするのだった。

 

「――ごめんごめん。ほらアルバスおいで降ろしたげるから……よーしよし良い子いい子ぁぁ暴れちゃダメだよハウプトバートすぐ解いたげるからね! 待っててね!」

 

 相変わらず笑いを堪えながらダンブルドア少年を抱っこしてキメラの背から地面に降ろした青年は「エマンシパレ!」と鋭く唱えて杖の一振りでキメラのハウプトバートのあちこちメチャクチャに結ばれた体毛とヒゲとたてがみを全ていっぺんに解いてしまい、すぐにそのキメラの長大なヒゲを手で掴んで束ね、ああでもないこうでもないといじくり始める。

 

 そしてほどなく、今度はその青年が大きな声で助けを求めるのだった。

 

「ァァぼく三つ編みのやり方わかんない!! ポピーちゃーん! オミニスぅー! 僕ハウプトバートのおヒゲを三つ編みにしてあげたいのに三つ編みやり方わかんないーー!」

 

 名指しで救援要請されたポピーとオミニスは2人して笑いを堪えるのに失敗しながら、キメラのハウプトバートのヒゲを両手で掴んだまま立ち尽くしている青年の傍へと駆け寄っていった。

 

 




 
【キメラ】
 ドラゴンやバジリスクやマンティコアと同じ ✘✘✘✘✘(魔法使い殺し) に分類される、強大で危険な魔法生物。ギリシャに棲息し、過去の討伐例は1件しかない。
 討伐例が1件しかない以上、明言はされていないが既存の魔法はほぼ効かないのだと私は思う。
 ライオンの頭にヤギの身体、ドラゴンの尾を持つとされるが「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」の制作過程で描かれ採用されなかったコンセプトアートではヤギっぽさが色濃く現れた造形をしていて、めっちゃカッコイイ。
 なおルビウス・ハグリッドは原作で「キメラと比べたら誰がナールなんかに興味を持つ?」と発言したことがあるので、過去に飼育していたか、生きた実物と遭遇した可能性がある。

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