2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
よく晴れた午後、長大なヒゲを3本の太い三つ編みに整えてもらったのがお気に召したらしいキメラのハウプトバートを7年生たちが魔法生物学の野外授業で観察させていただいている頃。
2年間の休学を経て今年度から復学し本来なら7年生のところを5年生に編入して学び直すという選択をしたスリザリンのアン・サロウは、現在アーマンド・ディペット先生による魔法理論の授業を、グリフィンドールのヘンリー・ポッターを始めとする他の5年生たちと一緒に受けていた。
「ホグワーツには、たくさんの肖像画がある。有名な先達、
エリエザー・フィグの後任として昨年度からこの魔法理論という科目をホグワーツの生徒たちに教えているアーマンド・ディペット先生は、この1892年の時点で255歳だった。
まさかここからさらに100年生きるとは、当人も思っていなかっただろう。
「校長室に飾られている歴代校長の肖像画はどれもご本人かのように会話が可能ですが、廊下などに飾られている……あー、寡聞にして存じ上げない方々の肖像画の一部は、そうではありません」
ルーピンくんの解答はどうやらディペット先生の期待通りだったらしく、ヒゲも髪も眉も真っ白なおじいちゃんのディペット先生はニッコリ笑ってグリフィンドールに1点をくれた。
「正しい。ミスター・ルーピン正しいとも。いくつかの決まり文句しか話さなかったり、あるいはこちらに微笑んでくれるだけで会話はできなかったりというような肖像画もホグワーツには多くある――では何が違うのだときみたちは考えるかね? 生前の本人同様に会話ができる肖像画とお決まりのセリフを繰り返すだけの肖像画には、なぜそのような差異が生まれたのだと考えるかね?」
すかさずハッフルパフの女子が挙手し、ディペット先生に指名される。
「画家の力量に左右されるんだと思います。優れた画家が描けば、より生き生きとする」
しかしディペット先生はその解答を褒めずに、ただニッコリと微笑んだ。
「それは非常によくある誤解だミス・アボット。誰しもがそのように考える。しかし実際にはそうではない。肖像画が生前の本人の振る舞いをどこまで再現するのかは画家ではなく、モデルの力量に左右されるのだ。より優れた魔法使いを描いた肖像画ほど、生前の本人をより正確に再現する」
ディペット先生のこの説明は魔法理論の教室に居る5年生たちのほとんど全員を戸惑わせたが、しかし中には冷静に頭を働かせてディペットに追加の質問をできた者も、1人だけいた。
「おやミスター・シリウス・ブラック。どうぞ? 言ってみなさい」
黙って挙手していたスリザリンの男子生徒をディペット先生が指名した。
「……城のあちこちにあるイグナチア・ワイルドスミスのレリーフも、魔法薬学の教室に向かう途中の廊下にあるレシア・バーブリーの肖像画も、グリフィンドールの談話室の手前の廊下にあるヒース・ヘザートンの肖像画も決まったセリフを話し決まった振る舞いをするだけですが、あいつらがフェルディナンド・オクタビウス・プラットより劣っているとは僕には思えません」
純血を標榜する由緒正しい古い家系出身でありブラック校長の実の息子でもあるシリウスくんがそう意見すると、ディペット先生はシリウスくんの目を見つめたまま片方の眉を吊り上げた。
「敬意に欠ける物言いだが、妥当な疑問だと言える」
ディペット先生はシリウスくんから視線を外し、教室にいる5年生たち全体へ語りかける。
「このホグワーツ城においては図書館に、ホグズミードにおいては『ホッグズ・ヘッド』に肖像画が飾られているフェルディナンド・オクタビウス・プラットは間違いなく偉大な足跡を遺した優秀な魔法使いである。しかしイグナチア・ワイルドスミスやヒース・ヘザートンそれにレシア・バーブリーといった面々が彼よりも格段に劣っていたなどという事実も無い。ではなぜ、そうであるにもかかわらずプラット氏の肖像画は生前の本人同様に生き生きと振る舞い、レシア・バーブリーの肖像画は決まった振る舞いを繰り返すだけなのか、これについて誰か――それではミス・サロウ」
挙手などしていなかったのに急に指名されてしまったアン・サロウは大急ぎで眠気を脳から追い出す必要に駆られたが、それでも辛うじてここまでの授業内容も聞き流してはいたので、そこから10秒ほど費やして何を質問されたのかを理解し、さらに追加で3秒消費して数日前に友人のグレース・ピンチ=スメドリーから耳にした話までを思い出すことができた。
「えっと、それはおそらくフェルディナンド・オクタビウス・プラットの肖像画は本人の生前に、ヒース・ヘザートンやレシア・バーブリーの肖像画それにホグワーツ城のあちこちにあるイグナチア・ワイルドスミスのレリーフは死後に制作されたのだと思います。生きていた頃に制作されたのなら本人が絵画に語彙や知識、振る舞いや性格なんかを教え込むことができる。死後に制作されたのではこれができない。だから同じように偉大な魔法使いでも肖像画の再現度がそれぞれ異なる」
アン・サロウによる解答は周囲の5年生たちを納得させるだけの説得力を持ったもので、だからこそシリウス・ブラックくんにひとつ、以前に見た光景を思い出させた。
「そういえば僕が2年生の時、父上が校長室で額縁を抱えて独りでずっとブツブツ喋ってたことがあったな。あのとき僕はさぞ御苦労も多かろうと慮って、声をかけずに談話室に帰ったんだが」
シリウスくんは己の記憶を美化しようとしたが、同じスリザリンの友人たちがそれを許さない。
「あの時はブラックお前、弟ともども蒼い顔で戻ってきて、その後もしばらく狼狽えてただろう」
そのスリザリンの男子生徒はシリウスくんが校長の息子だという事実など一切気にしていない様子で堂々とからかい、同じスリザリンの女子生徒もクスクス笑いながらそれに続く。
「『父上がこわいまほうをしているかもしれない!』って、談話室に戻ってきてからずっとフィニアスの奴と手を繋いだまま震えてたわよね。可愛かったから覚えてるわよ」
シリウスくんは途端に耳まで真っ赤に染まって「ロジエール、インディアイ、黙ってろ!」と大きな声で友人たちに警告したが、経験豊富なディペット先生はそんな程度では生徒を叱らない。
「ふむ。ミスター・ブラックが見たのは、ホグワーツの校長が自分の肖像画を準備するために、校長の職責と並行して長期間おこなう作業だと断定できる。つまりミス・サロウが説明してくれた通り、肖像画に描かれた本人が語りかけて、語彙や振る舞いそして知識を教え込むのだ。これが充分におこなわれれば、その肖像画は本人の死後ホグワーツに飾られた後、生前の本人同様に振る舞って、その肖像画に描かれた人物の知識や人となりを、後世に伝え続けることができる。それでは続いて、これを踏まえてさらにきみたちに質問しよう。生前同様に生き生きと振る舞い会話ができる――例えばフェルディナンド・オクタビウス・プラットの――肖像画は、生きているかね?」
えっ生きてるんじゃないの? というハッフルパフのミス・アボットがぽつりと漏らした呟きには、態度でこそ示さないものの、周囲の5年生たちの内の大多数が心の中では賛同していた。
生前の本人同様に動いたり話したりできるんだから、よその額縁へ出張して斥候や伝言役すら務められるのだから、それはつまり生きているんじゃないのかと、彼ら彼女らは考えている。
「いや、生きていない」シリウス・ブラックくんは一切悩まず断言した。「生きているかのように振る舞うことを意図した魔法がかけられているだけだ。ホグワーツ城にある彫像や甲冑も同じだ。生きているかのように動くことと、生きていることは違う。肖像画は汚損されることこそあれど、死ぬことはない。元から生きていないのだから当然そうなる。そして何より、僕はフェルディナンド・オクタビウス・プラットが生前どのような人物だったのかを知らないのにもかかわらず、あの肖像画について『生前の本人同様に振る舞う』と認識している。おそらく僕のこの認識をフェルディナンド・オクタビウス・プラット本人が知ったら機嫌を損ねるだろう――あの肖像画は、あくまでも『あれを描いた画家が見たフェルディナンド・オクタビウス・プラット』を表現しているに過ぎない。ホッグズ・ヘッドの喧騒と不潔を過剰に嫌う高慢ちきな振る舞いだけがプラットの全てであるはずがない。なぜなら肖像画がホグワーツに飾られているからだ。やつも偉大だったんだ」
シリウス・ブラックは、何年も前に見た「額縁に話しかける父上」を思い浮かべている。
「それに、その人物が肖像画に描かれてから死するまでにどれほどの年月が猶予としてあったとしても、誰であれ、自分の全てを肖像画に注ぎ込み終えることなどできるわけがない。校長室に飾られている歴代校長の肖像画ですら、おそらく生前の本人の半分も反映されていないのだろう……人の性格も言動も振る舞いも、多面的なものだ。肖像画はどこまでいっても平面でしかないし、彫像も甲冑も単に立体物なだけだ。中身は無い。あれらに命は宿っていないし、宿ることもない」
シリウスくんは周囲を見渡したりなどしていないが、その周囲の同級生たちは、全員がシリウスくんの解説で納得できているわけではなかった。生きているように見えるのになぜ生きていると言えないのかと、理解しきれずに困惑している者も多くいた。
そしてその彼ら彼女らの困惑は、アーマンド・ディペットの想定通りだった。
「まずミスター・ブラック、きみは今スリザリンに10点を齎した。そしてなぜ肖像画が生きていないと断言できるのかという疑問については、スメスウィックの定理について理解を深めれば自ずと得心がいくだろう。しかしこの定理を理解するには先にパラケルススの第6法則の話を――」
ディペット先生の話を黙って聞いていた結果ここからは授業内容が難解になっていくと察せてしまったアン・サロウが再び学習意欲をそっと手放して眠気と戦い始めた頃。そんなアンの双子の兄であるスリザリンの7年生セバスチャン・サロウと同級生たちがキメラの生態について学んでいる魔法生物学の屋外教室に、授業開始からずいぶん遅れてようやく、3人の7年生が合流していた。
「やっと来たなバカ共」
スリザリンのマルフォイが少し辛辣な響きのある声色で、その友人3名に軽口を投げかける。
「もちろんグリフィンドール塔をちゃんと元通りに片付けたんだよねギャレス? それとも授業があるからってウィーズリー先生が配慮してくれて、片付けを中断することが許されたの?」
グリフィンドールのナツァイ・オナイが率直な疑念をぶつけた相手であるギャレス・ウィーズリーは、この午後の最初の授業が始まるより少し前、友人であるノットとレストレンジのリクエストを快く引き受けて双子呪文を用いて自己複製するポップコーンを作り、それによって発生した数え切れない量のポップコーンの大洪水でグリフィンドール塔をまるごと埋め尽くし、そしてギャレスの伯母でもある変身術のウィーズリー先生に見つかって1人100点という大減点を言い渡されただけでなく撒き散らしに撒き散らしたポップコーンを1粒残らず回収せよと命じられ、それから今までずっとグリフィンドール塔を隅々まで歩き回りながらポップコーンの海を片付けていたのだ。
「ポップコーンは全部回収したよ。食べられない感じになってたやつは『消失』させたけど」
しかしそうして今やっと魔法生物学の屋外教室までやってきたグリフィンドールのギャレス・ウィーズリーとスリザリンのカンタンケラス・ノットとピューシン・レストレンジは、ウィーズリー先生から大いに叱られた直後にもかかわらず、3人が3人とも、まるで堪えていない。
いつだってお説教なんか意に介さないギャレスは別としても、ノットはノットで「自分はウィーズリーの奴とレストレンジが愚かな真似をやらかす場面に偶然居合わせただけだ」という認識を崩していないために、そもそも自分が叱られたとも思っていない。
そしてその隣のレストレンジは、ギャレスとノットよりもさらに罪悪感とは無縁だった。
「あんたもポップコーン食べるかいオナイ。美味しいよ」
「あのねえ…………」
呆れを隠せないナツァイ・オナイはしかし、レストレンジの心の裡を正確に見透かしていた。
食べても食べても無くならないポップコーンが手に入ったので今とっても幸せなのだと。
「マルフォイも食べるだろポップコーン。ハチミツに浸すと最高だよ」
事実ウィーズリー先生からお説教されている間も、グリフィンドール塔の片付けをしているギャレスとノットの隣を歩いていた間も、レストレンジはただただポップコーンを食べ続けていた。
「キメラってポップコーン食べるかな」
ポップコーンが山盛り入った深皿はレストレンジが手に取りやすい位置に浮遊していて、レストレンジの左手にはハチミツがなみなみ入ったジョッキが握られている。
そしてレストレンジの右手はといえば、ポップコーンを繰り返し口に運ぶ作業で大忙しだった。
「美味しそうですねミス・レストレンジ」
「そりゃもちろん」
ホーウィンせんせが自分に今かけた言葉がお叱りだとすら、レストレンジは気づいていない。
今も喋りながらポップコーンを追加でいくつか口に放り込んでいるレストレンジは、やろうと思えば礼儀作法を完璧に守って優雅な所作で食事をすることもできる。
しかし、そうすることもできるというのは往々にして、今回はそうしないという意味である。
「ほーだホーウィンせんせ。ブぁックこうちょが気を利かせてくれてねえ。あした兄さんと姉さんがフランスから来てくれるんだ。いいだろ」
レストレンジがまたしても喋りながらポップコーンをつまんだ指ごとハチミツに深々と浸して幸せそうに口へと運ぶのを見届けたホーウィン先生の顔には「今からお説教をしますよ」と、誰の目にも明らかなほどはっきりと書いてあった。
「それなら、授業に。より一層真剣に取り組まなければいけませんね。ミス・レストレンジ?」
「そんなの普段からそうだろホーウィンせんせ。せっかくホグワーツにいるんだからさ」
レストレンジは右手の指についたハチミツを舐め取っている。
「……今回は減点はしません。あなたは授業に真剣に取り組む生徒だと私は知っていますからね。ですがこれが仮に今年から新しくホグワーツに来た先生の授業だったら貴女は『授業に真面目に取り組む気がない』と解釈されて罰則を言い渡されていたかもしれません。貴女は素晴らしい魔女なのですから、反抗的で不真面目だなどという誤解をさせては損ですよミス・レストレンジ」
このお説教の要旨をミス・レストレンジがあんまり理解できていないということも、ホーウィン先生はきちんと察している。
「すいませんホーウィン先生。僕が後できちんと言っておきます」
大きな大きな溜息をついたホーウィン先生に横から申し訳なさそうに謝罪したマルフォイは、グリフィンドール塔がポップコーンで埋め尽くされたという今回の一件を、己の監督不行き届きが原因だと考えていた。自分はノットとレストレンジの共通の親友なのだから責任があるだろうと。
「ミス・レストレンジ。キメラは仔を出産しますか? それとも卵を産み落としますか?」
「卵。A級取り引き禁止物品のひとつに『キメラの卵』が指定されてるんだから、そりゃつまりキメラは赤ちゃんじゃなくて卵を産むってことだろホーウィン先生」
ホーウィン先生からの出題に即答したレストレンジは、キメラのハウプトバートへ視線を移す。
「ところでハウプトバートあんた、そのナリで赤ちゃんじゃなくて卵を産むんだね。ライオンっぽい顔にヤギの角をおっきくしたようなのが生えててさ。そんなにヒゲがどっさりでさ。前足も肩もライオンっぽいだろ。なのに卵を産むんだから不思議なもんだね。ケツがドラゴンだからかい?」
レストレンジが口にした疑問を、レイブンクローのアミット・タッカーを始めとする何人かの生徒は、興味深い問題提起だと捉えたようだった。
「――ある生き物が、『胎生』つまり赤ちゃんを産む生態をしている場合と、『卵生』つまり卵を産む生態をしている場合で、何か有利な点や不利な点はあるかな?」
アミットが唐突に発した問いにグリフィンドールのクレシダ・ブルームが続く。
「えっと、私が思うに、卵は殻で仔をある程度は守れるし、親が体の内に抱えてなきゃならない期間も短いし、産み落とす過程で親が負う損傷も軽い。で、赤ちゃんは卵よりも長期間かけて親が身体の中で育てるから生まれた時点で既にある程度育ってて、すぐ動ける。ガゼルとかそうだよね? だけど卵より赤ちゃんの方が出産は大変。棲息環境でどっちの方が適してるとか、あるのかな」
やたらめったら長くてたっぷり蓄えていたヒゲを3本の三つ編みに整えてもらったばかりのキメラのハウプトバートはポピーに顎の下やらお腹やらを撫でられているうちにベッタリと地面に臥して微睡み始め、今や生徒が同じことをすれば減点のみならず罰則すら貰いそうなくらいの大いびきをかいてグッスリと眠っている。
ポピーはハウプトバートの顔のすぐそばに立って、角を花やリボンで飾り付けている。
「卵だとさ、一度にたくさん産めるよな。赤ちゃんを直接産むよりも。魚とかそうだろ?」
キメラのハウプトバートが鼻から放つ豪快な寝息に前髪を荒らされながらそう述べたセバスチャン・サロウは、しかしそのキメラの普段の食生活を如実に想起させる吐息の野性的な生臭さと強烈な風圧に耐えかねたらしく、速やかにキメラの正面を避けるように移動した。
「一度にたくさんの卵を産むのって、そうする必要があるからよね? つまりその、天敵が居て、食べられてしまうから、全ては食べられてしまわないほど多数の卵を産む。でもキメラは違うわ」
グレース・ピンチ=スメドリーはそう言いながらわざわざレストレンジの正面に移動して、その真っ黒い目をまっすぐに見つめて「あなたも考察しなさい」と言外に促す。
「子供を腹ん中に抱えたまま縄張り争いしたりとかメシ捕まえたりとかさ。無理じゃないか? 卵を産むんなら、巣に置いときゃ良いんだから親は早く身軽になるよね――あー! アタシの!」
レストレンジがまだポップコーンを喰い続けていたのをついに見かねたマルフォイが杖を一振りして、ポップコーンもハチミツ入りジョッキも大きな泡の中に包み込んで浮かべて取り上げた。
「もう充分喰ったろレストレンジ。一旦そのくらいにしておけ――胎生だと、一度に産める、というか一度に宿せる仔の数は、どうしても限度があるよな」
「エルンペントの数が減り続けてる原因のひとつだったよなそれ。エルンペントは卵じゃなく赤ちゃんを1回に1頭しか産まないから……もっとたくさん産まないのはなんでだ?」
マルフォイとリアンダー・プルウェットが続けざまに述べた考察を受けて、ホーウィン先生は己の知識を提供するという方法で議論の進展と活性化を促す。
「あくまでも『一般的には』という冠詞がつきますが、親が仔を守れない生態ならびに棲息環境であればあるほど、一度に産み育てる仔あるいは卵の数は増えますね。逆に生まれたばかりの仔ですら誰にも捕食される心配が無い生き物、つまり例えばドラゴンなどは一度に10や20も卵を産んだ例は確認されていません。もちろんあのサンダーバードの七つ子のような例外もありますが」
奇矯で騒がしい首席の7年生が昨年度保護して以来飼育しているサンダーバードのジェフ、スコット、ジョン、バージル、ゴードン、アラン、ペネロープの7羽がいったいどれほど珍しい例なのかを、7年生たちの多くは理解していない。彼ら彼女らはただサンダーバードという生き物それ自体の稀少性だけを、あくまでも本や授業から得た知識としてのみ把握している。
サンダーバードのみならず、ユニコーンにしろグラップホーンにしろ不死鳥にしろ、どれだけ頭で理解していても、同級生が飼育していて機嫌次第ではブラッシングすらさせてもらえるのでは、稀少性を実感などできるわけもなかった。
「エルンペントの赤ちゃんってね、知らないもの見つけたらまずツノで突っつくんだよ」
ポピーは考察にこそ参加しているものの未だキメラのハウプトバートを飾り付け続けていて、ハウプトバートの頭から伸びている2本の立派なツノにいくつもの花飾りを追加していく。
「ああそうか、エルンペントの子供は自分の身を自分で守れるわけだ。ツノで突き刺して爆破してしまえば大体の捕食動物に対処できるし、捕食動物に対して『僕らはリスクが高い獲物だぞ』ってアピールすることにも繋がる……死ぬリスクがある狩りと無い狩りだったら、捕食動物はもちろん死ぬリスクなんか無いほうを選ぶだろうから」
自分の見解を口にしたアミット・タッカーは、クリスマスのホグズミードくらい色とりどりに飾り付けられても寝息を立て続けているキメラのハウプトバートと飾り付けをやめないポピーを眺めながら、キメラの鼻息にヘアスタイルを散らかされているのも気にせず微笑んでいる。
キメラの寝息の凄まじい生臭さがなぜ平気なのかと疑問を抱いて不思議そうにアミットを見つめているのは、その生臭さに耐えかねてとうに退避したセバスチャン・サロウだけではなかった。
「これも自伝に書こうかな」
しかしそう呟いたアミットの微笑みはそんなものどこ吹く風といった爽やかさを保っていて、傍目には臭いなど全く気になっていないようにしか見えない。
「きみは何か意見ないのかい? 卵を産む生き物と赤ちゃんを産む生き物の違いとか、繁殖とか子育てする上での有利や不利についてさ」
アミットが呼びかけたのは、ハウプトバートの背中に乗っかって休憩していたワタリガラス。
「キメラが卵を産むのはねえ、キメラ同士の縄張り争いに勝たなきゃいけないからだと思うな」
ワタリガラスはスルリと青年の姿に戻ってキメラの背から降り、寝ぼけたキメラが振り回した尻尾の一撃をまるで背中に目がついているかのように滑らかな動きで一瞬だけ屈んで躱した。
「キメラのオスって子育てに参加しないんだよ。食べ物は家族のぶんまで獲ってくるけどそのためにわりと遠出するから、縄張りを守るのってキメラの家族ではメスの仕事なのさ。オスは縄張りを守るんじゃなくて、他所の縄張りに積極的に踏み込んで自分たちの縄張りを広げるのが仕事。だからキメラのメスは他のオスのキメラやらドラゴンやらを相手に巣を守んなきゃいけない。けど赤ん坊がお腹にいる状態でも、赤ん坊を産んだ直後の疲れ切った状態でも、それって難しいよね? だから赤ん坊を産むより卵を産むほうが、キメラにとっては生存に有利だったんじゃないかな」
そう自分の見解を述べた青年は気軽に右手の指先をクルリと回して、ポピーの頭の上もお花とリボンで色とりどりに飾り付けた。
「……どうだ? 納得できたかレストレンジ」
できてないだろうと推測しながらノットはそう確認したが、やたら美人のスリザリン生レストレンジの返答は、ノットの推測とはまるで違っていた。
「ねえアンタってさ」レストレンジはキメラのハウプトバートの飼い主である青年に問いかける。「いま変身したらオスのワタリガラスで、女子の時に変身したらメスのワタリガラスなんだろたぶん。それってつまりさ、アンタもさ。産めるってことじゃないのかい? 卵。それでさ――」
レストレンジが何を思いついたのか、ノットもマルフォイも察せない。
まるで夕食のメイン料理をリクエストするかのような気軽さで、レストレンジは青年に言う。
「――アンタの不死鳥ってオスだろ? そしたらアンタがメスの時にさ。できないかな。交配」
「えっ?!」
戸惑いの声を上げることしかできなかった青年は反射的に向こうの芝地で1年生たちの飛行訓練に何故か参加している不死鳥へと視線を向けてしまったが、その瞬間に不死鳥は眩い炎に包まれて、ダンブルドア少年が跨って飛んでいる箒の上から姿をくらました。
そして次の瞬間、派手な炎を伴って目の前に「姿現し」した不死鳥と、いつもより激しい炎が顔のすぐそばで噴き上がったことで思わず尻餅をついてしまった青年が見つめ合う。
「…………やだよ?」
青年がそう言った途端、こっちのセリフだと言わんばかりに不死鳥は猛烈な勢いで羽ばたいて飛び上がり、両脚の鉤爪で青年の両目を狙った。
「わああ何するんだいコンニャロ! このっ、コンニャロ!」
取っ組み合いを始めた不死鳥と青年を、誰も制止しようとしない。
そうして今日もまた青年が不死鳥に完全敗北を喫した頃、ホグワーツ城の一角にある魔法理論の教室でアーマンド・ディペット先生から肖像画に施される魔法についての講義を受けているアン・サロウと5年生たちには、今回の授業の締めくくりとなる問いが投げかけられていた。
「――ではきみたち、マグルの首相の肖像画を、生前の本人かのように生き生きと振る舞わせることは可能かね? それとも不可能かね?」
出題が完了した途端に手を挙げたシリウス・ブラックくんが、ディペット先生に指名される。
「不可能です。描かれる人物がマグルでは、スメスウィックの定理における変数がゼロになりますから、それはつまり画家の意図および筆致によってのみ肖像画の完成度が決まるということです」
シリウスくんのその解答を髪もヒゲも眉も真っ白なおじいちゃんのディペット先生は褒めたが、しかしまだ1人、手を挙げている生徒がいた。
「おや。きみは異なる意見を持っているようだね。よろしい、言ってみなさいミス・サロウ」
許可が出たので、アン・サロウは手を下ろして口を開く。
「マグルがモデルでもその肖像画が本人同様に喋ったり動いたりできるように魔法をかけられる奴を、私は1人知っていますディペット先生。そいつは私にかけられた呪いを解いてくれた奴で、私には、あいつがマグルの友達の肖像画を欲しがらないとは思えません」
アン・サロウは今回の授業内容をきちんと理解していたし、スメスウィックの定理を用いてマグルの被写体つまり魔法力ゼロの被写体について計算すると負の数が出力されることも、それ即ちマグルを描いた肖像画を生前の本人同様に振る舞わせることは不可能だとも理解していた。
「あいつが『やる』と言ったことは、実現するんです。だから私はこうして授業を受けられるの」
アンの手元の羊皮紙に書き残された計算式はどこも間違ってなかったし、その式はそれが不可能だという魔法理論上の正答を示していたが、それでもアンには確信があった。
「できますよあいつなら。ウィンストンくんの肖像画を生き生きと喋らせることが」
魔法界の法則なんか飛び越えていくとアンが信じている友人はこの時、魔法生物学の屋外教室で、うつ伏せに芝生に突っ伏したまま不死鳥に後頭部を踏んづけられてさめざめと泣いていた。
「産んでみたくないのかい? 卵」
レストレンジがそう問いかけても、青年からの返答は無かった。
スメスウィックの定理もパラケルススの第6法則も私の妄想ですが、「魔法界の肖像画がどの程度生前の本人を再現し生き生きと振る舞えるのかは『描かれる者の』魔法の力量次第」というのは原作者が明言した公式設定です。
原作者曰く、肖像画というのは生きているかのように見えるだけで決して生前の本人ではなく、「複数の意味合いで2次元的」だそうな。
あとキメラの詳しい生態も全部私の妄想です。