2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
大英帝国、ブリテン島、ハイランド地方のどこかにある湖のほとり。ホグワーツ魔法魔術学校は1892年にも変わらずそこにあって、その学舎たるホグワーツ城には、そこで寝起きし同級生と寝食を共にし日々学び日々遊ぶ在校生たちや、既にホグワーツを巣立って久しく学生時代を遠く輝かしい思い出として郷愁にも似た愛着を抱きながら懐かしむ卒業生たちにすらあまり存在を知られていない部屋が無数にあった。
「やあギャレス。どうだい最近の対戦成績は」
しかし、あまり存在を知られていないというのは、それがホグワーツ城内の特定の一部屋を指す表現である場合においては、知名度はむしろ高いと言って良かった。
ホグワーツには、ホグワーツの生徒たちを長年に渡って教導してきた優秀な教職員たちの間ですら知れ渡っていない、ごく限られた者しか知らない部屋も数多くあるのだ。
それどころかホグワーツの創設者たちですら、共にホグワーツ城を作り上げた他の3名、および初代校長を務めた魔法使いや城の設計に携わった魔法使いが密かに制作した隠し部屋を、全ては把握していなかっただろう。
「グレゴールが勝ち越してるのかい? それじゃあそろそろきみが勝つ番だねギャレス?」
巧妙に出入り口が隠匿された部屋や、出入り口が隠匿されている上に特別な入室手順を要求する部屋などが多くある中で、ホグワーツ城の地下階、スリザリンの談話室からほど近い位置に存在するその広々とした大部屋は単に入口が目立たないだけで特に隠されてなどおらず、ただ生徒たちも教職員も通常はその部屋を訪れる機会が全くと表現できるほどに無いという、ただそれだけの理由で、まるでそこが魔法で隠匿されているのかのような認知度の低さを保っていた。
ただ一方で、ホグワーツ城の特定の住人たちには、その部屋の存在を知らないことなどありえなかった。ホグワーツの生徒と教職員が1階大広間の存在を知らないわけがないように、その者たちはその部屋を日常的に使用していたし、その部屋についてよく知っていた。
「おやリチャード。それにパトリックも。もしかして今から『首ポロ』をここで?」
生徒や教職員たちが1階大広間で毎日食事をし組分けの儀式や折々の集会を執り行うように、ゴーストたちはその地下階にひっそりと存在する薄暗い大広間を日常的に利用していた。
互いに正対し剣で突き合うマグル式の伝統的な決闘を再開したギャレス・シーフォード卿とグレゴール・マクイーン卿も、和やかに歓談し始めたリチャード・ジャックドウとパトリック・デレニー・ポドモア卿も、その薄暗い地下の大広間に集う者たちのほとんどの姿は青白く透き通っていて、その者たちがもはや生者ではないという事実を、見る者に如実に伝えている。
「いいや、首ポロの試合は今日はやらんよ。今日はきみと話しに来たのだダニエル。きみが来ているというのに、きみではない他の何かに時間を使う理由があろうか?」
ポドモア卿にそんな返答をさせたのは、現在このホグワーツ城の地下階に位置する薄暗い大広間に集う者たちの中で唯一の命ある者。この1892年当時に英国魔法省で知られざる神秘部の部長を務めていた秘匿と虚言と神秘の権化、幽かなるダニエル・ダングラス・ヒューム。
「きみの子孫のフランクがまーた私の交霊会に紛れ込んでいたんだよパトリック。ほら、いつもの闇祓いの任務だ。マグルの作家のフリをして。それで参加してくれた人たち皆の記憶を有無を言わさず修正してくれて、交霊会が無かったことにされてしまってね」
ある時は「私は未来を幻視する内なる眼を持つ」とマグルの前で述べたその翌日にウィゼンガモットで「私は予見者ではない」と主張し、マグルの学者たちに「私の霊能力が小手先の工夫や協力者や単なる機械仕掛けで説明できると考えたければどうぞご自由に」と嘯いたその口で魔法法執行部の闇祓いに「私がマグルの前で魔法を披露した? とんでもない。あれは単なる小手先の工夫と協力者と簡単な装置と、あとはそれらを使いこなすための練習だけで説明がつくものです」などと、常日頃から相矛盾する発言を繰り返しているダニエル・ダングラス・ヒュームを嫌悪している者も魔法界には多かったが、しかしダニエルは、ゴーストたちからは絶大なまでに好かれていた。
「それはまた。その彼、フランク・ポドモアの家系に連なる父祖として本人に代わり謝罪するのもやぶさかではないが、しかし我が子孫は職責を遂行しただけであり、フランク個人の意思や判断でその行為を自ら中止することが許されない立場だったことも、きみには思い出していただかねば」
甲冑を着用した己の身体に抱えられているパトリック・デレニー・ポドモア卿の頭部は、その首が胴体と繋がっていた生前と全く同じように、堂々と言葉を紡いでいる。
「ふーむ。まあそれもそうなんだがねパトリック。彼も仕事で、命令を受けてやってるのはわかってるんだが、しかしああも尽く邪魔されるとね。交霊会は私の第一の愉しみだったのに……」
このダニエルがマグルに対して主張し続けた「私の霊能力は本物だ」という発言と、ウィゼンガモットの陪審員や闇祓いたちに対して主張する「私はマグルに魔法を披露したことなどない」という証言のどちらが真実なのかを、解明できた者はいない。
「まあ、神秘部での仕事も性に合っているし研究だって自由にできるのはありがたい立場で、より神秘部部長の職務に割り当てられる時間が増えると考えれば喜ばしくすらあると思って6年前に自主的に埋葬されてまで一度はマグル界から手を引いたわけで、それは間違いなく私自身の判断でやったことだから、それであのフランクに文句を言うのは、筋違いではあるか」
ただ、単に嘘をつくのが上手なだけの魔法使いでは神秘部の部長に就任することも職責を果たすことも不可能だという事実と、このダニエルが長年に渡って神秘部の部長を務めているという事実が、霧のようにウィゼンガモットの陪審員や魔法法執行部の闇祓いたちから真実を隠していた。
絶対に何かあるのに、それが何なのか解らない。これがダニエル・ダングラス・ヒュームという男に「国際魔法使い機密保持法違反」の嫌疑をかける度にウィゼンガモットと魔法法執行部が毎回必ずたどり着く、忸怩たる共通見解にして唯一の結論だった。
「『死んだけど蘇りました』は、マグルの友人たちをビックリさせられるかと思ったが、ヘキャットを動揺させてしまったわけだしな。あんな顔で『生きてて良かった』なんて言われてしまってはな…………仮にこのまま金輪際まったくマグルの社会に私が現れないとして、マグルたちにはもう完全に死人として扱われたとして、それで私に何か不都合とか不利益は……無いかもしれんな。まず闇祓いたちに冤罪を被せられることがなくなる。が、いやしかし、裁判を受けられなくなるのは少しつまらんような気も……的外れな罪状で裁判にかけられるという楽しみを捨てるのもな……」
ダニエル・ダングラス・ヒュームの独り言は、そこで遮られる。
「相変わらず迷惑な奴だねお前は」
突如、そこにいた誰のものでもない生命力に満ち満ちた力強い声が響き渡り、ダニエル・ダングラス・ヒュームもゴーストたちも皆、その声が聞こえてきた方向へと視線を注いだ。
「面白半分でウィゼンガモットに紛れ込むんじゃないよダニエル・ダングラス・ヒューム」
その力強い声はいつでも、ダニエルにウィゼンガモットでの裁判を鮮明に想起させる。
「これはこれは勇ましきマダム・オリュンピアス・ウィーズリー。私に何か御用ですかな?」
燃えるような赤毛の髪をしているピンと背筋の伸びた小柄なその老魔女は、青白く薄暗いゴーストたちが集う広間の出入り口近くにまっすぐ立って、鋭すぎる眼光をギラギラと放っている。
ご機嫌ナナメのノルウェー・リッジバックよりも視線に迫力があるオリュンピアスだが、別にダニエル・ダングラス・ヒュームに対して怒りを覚えているとか、そういうわけではない。
オリュンピアスはただ単に常日頃から活力に満ち溢れているだけで、むしろ今は上機嫌だった。
「ダニエルお前このホグワーツに例のあの7年生の生徒を見に来たんだろう。だったら今からこの私と一緒に来るべきだよ。あの子の杖捌きを見られるからね」
ダニエル・ダングラス・ヒュームがついてくるかどうかなど確認せず、オリュンピアス・ウィーズリーは喋りながら既に踵を返してスタスタと廊下へと歩き始めている。
「どこへ向かうというのですかなマダム・ウィーズリー」
ダニエル・ダングラス・ヒュームはその隣に追いついて付き従い、ダニエルの背後や頭上には大勢のゴーストたちもぞろぞろと、半ば霧か煙のようにも見える集団で後を追う。
「なんならお前も参加してみたらどうだいダニエル? 面白い試みだよ、杖十字会ってやつは」
ギャレスと兄妹たちの大伯母にしてウィーズリー家最年長であり、危険生物処理委員会の委員長を長年務め、さらに現職のウィゼンガモット首席魔法戦士でもあるオリュンピアス・ウィーズリーが神秘部部長たるダニエル・ダングラス・ヒュームを連れて向かう先は、ホグワーツ城を構成する幾つもの棟と塔の中でも特に存在感の大きい時計塔の、根元に位置する地上階。
高い高い吹き抜けになっている頭上を金属製と思しき巨大な振り子がゆっくりと行き来し続けているその広々とした部屋は跳ね上げ式の巨大な格子と分厚い木製扉で屋外と屋内を隔てることもできるのだが、それらが普段はほぼ常に開け放たれているため、その時計塔1階たる吹き抜けの部屋とそのすぐ外にある通称「時計塔の中庭」と呼ばれる屋外エリアは、合わせてひとつの空間として利用されることも多かった。
ホグワーツ城の内と外とをつなぐ出入り口のなかでも特に主要なもののひとつであるその時計塔1階の吹き抜けが、なぜ「秘密の」決闘クラブである杖十字会のお決まりの会場なのか。杖十字会チャンピオンたるその7年生は、そこにいつもよりたくさんの観客が居る光景を目にした今ようやく、初めて杖十字会の会合をこの場所で行う理由が気になっていた。
「そいえばさルーカン。必要の部屋とか、それかどっか広めの隠し部屋か空き教室じゃあダメなのかい? この杖十字会さ、いちおうは秘密の集まりなワケじゃん? なのに今日ほら大人気だよ」
「この場所だけでやるのならいいよって、ヘキャット先生に言われたんだよ4年生の時に」
同級生で友人で杖十字会のまとめ役であるルーカン・ブラトルビーの返答を聞いて、その女生徒は疑問が解消されていないとアピールするかのごとく首を大きく右に傾けた。
「んえ? いや僕だってヘキャットせんせから杖十字会で何回勝てって課題貰ったことあるけど、秘密の決闘クラブだろう杖十字会は。それがどうして会場の使用許可をちゃんと取るんだい?」
「僕が自発的に活動許可を貰いに行ったんじゃなくて、こっそりやってたけど見つかっちゃったんだ。この時計塔の1階吹き抜けを指定されたのは、たぶん監視の目が行き届かなくて音もぜんぜん外に漏れないような閉じた場所でやってたら活動内容が過激化するかもって心配したんだと思う」
ここでルーカンは言葉を切って、決闘しているセバスチャン・サロウの表情を見つめた。
「ホグワーツで教えないような危険な闇の魔術を試合で使って取り返しのつかないことになる可能性だってあるわけだし――あとはまあ、ちゃんと活動許可をとってない決闘クラブっていじめの温床になりやすいだろうし、そういうのを防ぐためにはどっかの隠し部屋でやるのは許可できなかったんじゃないかなヘキャット先生としては。それでたぶん、そういうのを心配した上で僕らの自主性を尊重してくれたんだよ。だから目は配りつつも顧問とかにはならずに、杖十字会があくまでも非正規の『秘密の』決闘クラブのままでいることを許してくれてるんだと思う」
ルーカンは決闘を続けるセバスチャンから自分の隣の女生徒へと視線を移す。
「つまりね、信頼してくれてるんだよ。僕らのことをさ」
「それじゃあ今日はこんなに人がいっぱい見に来てるんだから、ヘキャット先生に教わってる僕らがどれだけできるかをちゃーんとアピールしないとねえ」
グリフィンドールの7年生男子エリック・ノースコットとスリザリンの7年生男子セバスチャン・サロウが呪文をぶつけ合って決闘しているのを眺めながら、その女生徒とルーカン・ブラトルビーはノンビリと会話を続ける。普通にやったらアッサリ勝ってしまえるはずのセバスチャンの杖捌きが普段より少し精細を欠くのは、自分の双子の妹であるアンの隣に立って観戦しているのが他でもないエリック・ノースコットの両親だと知っているからだった。
つまりセバスチャンは、どうにかして対戦相手の見せ場を作ってあげようと試みているのだ。
しかしそんなセバスチャンの配慮は翻って言えばエリック・ノースコットの実力を侮っているという事実を示してもいて、だからこそ自分がいま手加減されていると既に勘付いているエリックの心にあるのは感謝ではなく憤りだった。
エリック・ノースコットは厳しい表情のまま無言で失神呪文を放ち、セバスチャンがそれを見てから同じように無言で放った武装解除呪文と正面衝突する。
2つの呪文は真っ向からぶつかり1筋の赤い閃光となって押し合い、バチバチドボドボと激しい音とともに眩い光の飛沫を散らしている。
しかし徐々に、エリックが放つ失神呪文の赤い閃光はセバスチャンが放つ武装解除呪文の赤い閃光に、ゆっくりと確実に押されていく。
「エリックって杖無し呪文できるんだっけルーカン」
セバスチャンの武装解除呪文に押し込まれてしまい杖が手を離れて飛んでいったエリック・ノースコットの顔から戦意が消えていないのを見届けながら、女生徒が問う。
「僕と同じで練習中だよ。まだできないけど、諦めてない」
そう返答したルーカン・ブラトルビーはエリック・ノースコットの逃げっぷりを見ている。いま杖を拾いに走っているエリック・ノースコットは速度を落とさずに一瞬だけ姿勢を低くしてセバスチャン・サロウが放った追撃の呪詛を躱し、着地など考えずに硬い石の床へと、そこの壁際に転がっている己の杖を拾うべく身を投げ出すようにして飛び込んだ。
「アクシオ!」
セバスチャンはその杖を「呼び寄せ」ようとしたが、床にうずくまった体勢のエリック・ノースコットはそれよりも一瞬早く再び自分の杖を握り、さらに反対の手までも動員して両手でしっかりと杖を握り締めるという力ずくの方法で、セバスチャンの呼び寄せ呪文をどうにか凌ぎきった。
「アクシオ! エリックの杖!」
「うわあステューピファイ!」
セバスチャンが再び唱えた呼び寄せ呪文によって杖を奪われることを防ごうとしたエリックはしかし今度こそ力負けして、杖をしっかりと握ったまま自分までセバスチャンの方へと飛んでいく。
エリック・ノースコットは杖ごと呼び寄せられながら反撃を試みるが、しかし他人の呪文で飛んでいく杖に引っ張られながらでは満足に狙いを定められるわけもなく、エリックがどうにか放った呪文はセバスチャンの頭上を通過して、まるで見当違いの位置の床に焦げ跡を作った。
「エマンシパレ!」
「インカーセラス!」
セバスチャンの懐に飛び込むことを強制されながら「ほどき術」を、それもセバスチャンが縄縛り呪文を唱え始めるよりも先んじて唱えたエリック・ノースコットは決して開心術の達人などではないし、いま開心術を用いてセバスチャンの内心を垣間見たわけでもない。
エリックはただ全くの当てずっぽうでセバスチャンが行使する呪文に見当をつけ、それが今回はたまたま的中しただけだった。
そして自分の身体が前方のセバスチャンに飛び込んでいく寸前、エリックは自分に杖を向けた。
「ディセンド!!」
「ぶぎゃ!!」
体格のいいエリックに目線より少し上の高さから呼び寄せ呪文と降下呪文の威力が両方乗ったグラップホーンのようなボディプレスを浴びせられて、セバスチャンは硬い石材の床に沈んだ。
そして次の瞬間「くそ、打つ手無しだ。僕の負けだ」と、エリック・ノースコットが宣言した。
絨毯みたいにべっちゃりとしたまま動く気配がないセバスチャンの身体を下敷きにしているエリックの方がなぜ敗北を認めるのやら、いつものとおりに開け放たれている出入り口越しに中庭から見物している者たちには、決定的な部分がちょうど死角になっていて理由が判らない。
しかしエリックとセバスチャンが決闘をしている時計塔1階吹き抜け広間の壁際から、的を逸れて飛んでくる呪詛などを恐れず間近に見物していた者たちは、なぜ強烈な体当たりを喰らったセバスチャンではなく一発逆転を成功させたはずのエリックが負けを認めたのかに関する肝心な部分を、目を凝らすまでもなくしっかりと見届けていた。
当のエリック・ノースコットも、いま自分の首にセバスチャンの杖の先端が押し付けられているのを、まるでそれが深々と刺さっているかのような痛みにも似た悔しさを伴って理解している。
「のくよセバスチャン。いま退く。重いよな、ごめん」
エリックは悔しさを噛み締めつつも穏やかにそう言って、セバスチャンに手を差し伸べる。
両者の納得によって決闘は終了し、エリック・ノースコットとセバスチャン・サロウの関係性は対戦相手から同級生の友人へと戻った。
「……最後のは、いいアイデアだったぞノースコット。けど、もし僕が
「その場合は僕が全身にたっぷり火傷してきみの勝ちさセバスチャン。けど、きみは僕にあんまりヒドい怪我させずに勝とうとしてる気がしたからな。賭けてみたってわけだ」
立ち上がったセバスチャン・サロウがエリック・ノースコットと握手し、見物人たちが湧く。
「――とまあ、こういうことをしてるわけなんだけど杖十字会は。どうだい? やめとくかい?」
杖十字会の現チャンピオンたる7年生の女生徒が、自分とルーカン・ブラトルビーのすぐそばにずっと居た「入会希望者」たちに、改めて意思確認をした。
「僕やりたいです。1年生が仲間入りすることを皆さんが許してくださるのなら、ですけど」
考え込む様子も無くすぐ返答したアルバス・ダンブルドア少年の肩の近くには簡素な装飾の鏡が浮かんでいて、そこには7歳のアリアナ・ダンブルドアと8歳のアバーフォース・ダンブルドアがぴったりとくっついてソファに並んで座っている姿が映し出されている。
「おにいちゃん怪我しない? だいじょうぶ?」
「大丈夫だよアリアナちゃん。アルバスは怪我するけど、僕らが絶対に治すから」
7年生の女生徒が怪我をさせないとは保証しなかったのは優しさと誠実さゆえだったが、しかしそれを横で聞いていたアルバス・ダンブルドア少年は意見を合わせようとはしなかった。
「僕ケガなんてしませんよ。先輩が思ってるより僕は上手くやれます」
「おやあホントかいアルバス。こないだボガートに負けてべしゃべしゃ泣いてたのにぃーー?」
「今にペシャンコにしてやりますからね先輩」
いつも「嫌です」とか「ぼく宿題をやりたいんですけど」などと言ってこの7年生の先輩からの誘いを断ることが多いダンブルドア少年が杖十字会への参加には積極的な理由はただひとつ、この先輩を絶対に近いうちに負かしてやるんだという反骨心と決意に突き動かされてのことだった。
「俺もダンブルドアと気持ちは変わらない。実戦練習の機会は多いほうがいいからな」
訛りの無い流暢なイギリス英語で返答したマホウトコロからの留学生であるグリフィンドールの3年生のシマヅくんは、ズボンとベストとローブを着用しているのと同じように、まるでそうすることが義務であり常識であるかのように腰に立派なカタナを佩いている。
「よぉしシマヅくんも参加ね。あ、でもカタナどうしよっか。今までは誰もカタナ持ってなかったから、ルールを新しく決めないと…………なるべくそーっと斬る、とか? どうしよブーちゃん」
「そうだね。使用禁止にはしたくないな。でも僕だってカタナの使いかたなんて知らないしな」
さて誰に助言を仰ぐべきかと各々が思案した結果、必然的に7年生2名とアルバス・ダンブルドア少年の視線はシマヅくんへと集まった。
「……む。それなら、そうだな。刀身での攻撃は峰打ちのみ可、というのはどうだ」
「ミネウチってなんだい?」
質問に答えるために、シマヅくんはしゃらりと滑らかな動作でカタナを鞘から引き抜いた。
「それってきみのカタナなのかい? マホウトコロの備品なのかい? 私物?」
「これは父上からいただいた俺の私物だ。だが刀じゃない。太刀だ」
シマヅくんはそのカタナの刀身を見せながら、各部を指さして手短に説明をする。
「いいか、見ての通り、片側にしか刃がついていない。こっちは相手に当てて引いても斬れない。この刃が無い側を『峰』というんだ。峰で攻撃するから峰打ちだ。斬り殺す可能性が無い攻撃だ」
ミネウチとやらがいかなる攻撃なのか、それがつまりどういう手加減なのかを7年生の女生徒とルーカン・ブラトルビーは理解したが、しかしミネウチだから安全だとは2人のどちらも、そしてすぐ隣で説明を聞いていたダンブルドア少年も思わなかった。
「でもアタマとか充分割れちゃうよね? ミネウチでも思いっきり振ったらさ」
皆、シマヅくんの戦い方がどれだけ凄まじいのかを以前、実際に目にしている。
「それは俺に負けることを想像して心配してるってことか? 戦う前から?」
「ほぉーう。言うねえトミーくん。そいじゃあ今から僕とやるかい?」
「きみの出番はまだだよチャンピオン。今からは――」
「ほらここだ。見てみなダニエル。あそこに居るだろ」
セバスチャンの視界の奥、頭上で巨大な振り子が揺れ続けているその空間の隅にある鉄格子で隔てられて牢か小部屋のようになっている一角の隅の扉をくぐって、その声の主たる老婆は現れた。
老婆に続いて背の高い男性が同じ扉をくぐって現れた途端、周囲の壁や床をすり抜けて何十人ものゴーストたちまでも現れた。
ホグワーツ全域から集合してきたのではないと思ってしまうほど大勢のゴーストたちを引き連れてやってきたその2人、燃えるような赤毛と青白い肌をした背が高くて細身の男性と、同じく燃えるような赤毛でピンと背筋の伸びた眼光鋭い小さな老婆に、その時その場にいた杖十字会のメンバーたち全員の視線が一気に集まる。
「あ。ギャレスの親戚のおばーちゃんだ。ねえおばーちゃん今年は勝つよぉキャノンズは!」
石畳の床に座っていた女生徒から元気いっぱいの声で呼びかけられたオリュンピアス・ウィーズリーは、同じくらい大きな声で呼びかけ返す。
「おいバカチンお前いまからこの私と決闘しな。ダンブルドア家のおチビと魔法処から来た薩摩の小僧も一緒に相手してやるよ」
そう声をかけたオリュンピアス・ウィーズリーの言葉に有無を言わさぬ迫力があったからか、もしくは単にオリュンピアスがどういう人物かを知っているのか。生徒とその授業を参観しに来た親族とが混在しているギャラリーたちは一斉に時計塔の入口付近から離れて中庭の端まで退き、それと同時に立ち上がったシマヅくんがカタナを両手で握って顔の横に構えた。
「おや峰打ちとはお優しいことだね。私をナメてるのかい。危険生物処理委員会委員長のイスに座る条件がコネとか家柄だとでも思ってるのかい。年寄りを労ってるつもりかい?」
何も言い返さずにカタナを返して峰打ちが前提の持ち方をやめたシマヅくんの隣で、7年生の女生徒に促されて小さなアルバス・ダンブルドア少年も立ち上がって杖を取り出した。
「先輩、危険生物処理委員会委員長になる条件ってなんですか。何か特別な試験とかが――」
ダンブルドア少年からの囁き声の質問を最後まで聞かずに、7年生の女生徒は手短に説明する。
「独りで処理できること」
すぐ後の世代にアルバス・ダンブルドアとゲラート・グリンデルバルドさえ現れなければ偉大な魔法使いとしてもっとハッキリと魔法史にその名を刻んでいただろう、19世紀後半に活躍した何人もの忘れられた怪物たちのひとり。それがこのオリュンピアス・ウィーズリーという魔女だった。
そしてシマヅくんとダンブルドア少年に続いて、その7年生の女生徒も杖を構える。
「準備はいいかいアルバス・ダンブルドア」
「さっき僕のことチビって言いましたよね」
アルバス・ダンブルドア少年はこの時なぜか、口から火とか吹くのではないかと思わせるくらいに、戦闘意欲に満ち満ちていた。
「お兄ちゃん頑張ってね」
「負けるつもりならできるだけ面白く頼むぞ兄さん」
すぐ後ろにいるルーカン・ブラトルビーが持ってくれている「両面鏡」から聞こえてくるアリアナとアバーフォースの声も、アルバス・ダンブルドア少年の杖腕をやる気で満たしていく。
ウィゼンガモット首席魔法戦士にして危険生物処理委員会委員長、有無を言わさぬオリュンピアス・ウィーズリーは、11歳のアルバス・ダンブルドアと魔法処から来た島津忠宝くんを、初めてオリバンダーの店に足を踏み入れたその日にそのままトロールと戦って勝っただけでなくその年の内にランロクもビクトール・ルックウッドもその組織の主だった構成員もほとんど討ち取ってしまった「ホグワーツの英雄」を、3人まとめて相手しようとしていた。
「魔法生物出しちゃダメだよ。ここはあんまり広くないからね」
ルーカン・ブラトルビーが何やら嬉しそうな女生徒に忠告として投げかけたその言葉も、もしかしたらかつて杖十字会という無許可決闘クラブの存在を暴いた際にヘキャット先生が、活動を続ける条件として決闘の開催場所をこの時計塔1階に限定した理由のひとつなのかもしれなかった。
充分な広さがあり、しかし広すぎず、あくまでも屋内なので壁と天井で囲まれていて、採れない戦法やできない対戦形式が数多くある。
もし僕らが決闘に熱を入れすぎて安全面に気を使うことを失念したとしても危険になりすぎないようにというヘキャット先生の配慮だろうと、杖十字会の発起人であり取りまとめ役であるルーカン・ブラトルビーは最近そう考えるようになっていた。
「さあ、ヘキャットの今の教え子がどのくらい優秀なのかをこの私に見せつけてみな」
あんなに眼光が鋭いんだから目から失神呪文とか発射できるのかもしれない警戒しておこうと、ダンブルドア少年は大真面目にそんなことまで考慮している。
「痛い! なにするんですか先輩!」
急にほっぺたを抓られたダンブルドア少年は当然に抗議の声を上げたが、ダンブルドア少年の頬を思いっきり抓った7年生の女生徒は悪びれもしない。
「緊張しすぎだよアルバス。杖はもっとゆったり持たなきゃ」
ダンブルドア少年への忠告を己で体現するかのように、その7年生の女生徒は未だに、いつも通りの気楽な笑顔を浮かべていた。
「ダニエルお前が見届け人をやりな」
オリュンピアス・ウィーズリーの指示に、そうする義務など無いにもかかわらずダニエル・ダングラス・ヒュームは召使いかのような深いお辞儀までして、なぜか唯々諾々と従っている。
ダニエルの奴はあの7年生の戦いぶりを特等席で見物したいから言うこと聞いただけだと、オリュンピアス・ウィーズリーは見抜いている。
息子が参加しているという杖十字会なる決闘クラブを見に来ただけのつもりだったノースコット夫妻を含む普段よりかなり数が多い観戦客たちが見守る前で、ウィゼンガモット首席魔法戦士オリュンピアス・ウィーズリーに対して11歳の小さなアルバス・ダンブルドア少年と日本出身のサムライたる3年生の島津忠宝くん、さらに首席かつ杖十字会のチャンピオンでもある7年生の女生徒も加えた3人がかりで挑む決闘が、この時計塔の中庭で、今たまたまこの時間が空きコマなだけでもうしばらくしたら次の受業があるのにもかかわらず、始まろうとしていた。
【ギャレス・シーフォード卿とグレゴール・マクイーン卿】Gareth Seaford & Gregor McQueen
ホグワーツレガシーに登場するゴースト。他の数多のゴーストたちと同じく彼らもまたホグワーツ城に居着いているが、この2名は見かける度に剣と剣での決闘をひたすら続けている。
【フランク・ポドモア】Frank Podmore
史実において霊媒師ダニエル・ダングラス・ヒュームを称賛したり批判したりしていた心霊研究家の1人。ハリー・ポッターシリーズとは本来なんの関係も無いが、首無し狩りクラブ主催者たるゴーストのパトリック・デレニー・ポドモア卿や不死鳥の騎士団メンバーのスタージス・ポドモアなどとファミリーネームが綴りまで同じだったために、私の妄想の中ではこのフランク・ポドモアはマグルに紛れてダニエル・ダングラス・ヒュームに監視の目を光らせてた闇祓いに決定した。
【エリック・ノースコット】Eric Northcott
ホグワーツレガシーに登場するグリフィンドールの男子。杖十字会での対戦相手のひとり。
彼もまたレガ主の同級生。
アルバス・ダンブルドアとグリンデルバルドとヴォルデモートが立て続けに現れたせいで名前が霞んでしまった偉大な魔法使いや魔女って、きっと何人もいると私は思っています。
あと杖十字会が秘密の決闘クラブなのにあんな人目につく場所でやってる理由とか秘密なのになんでヘキャット先生が知ってるのかとかの理由付けは全て私の妄想です。
秘密の決闘クラブをルーカン・ブラトルビーが立ち上げて、しばらくは秘密を秘密のまま保ててたけど、レガ主が入学するより前のどこかの時点でヘキャット先生にバレたんだと私は思う。