2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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12.だれ?

もうあと何年かしたらホグワーツに入学するのかな、というくらいの年齢に見える1人の女の子が、うす暗い部屋に閉じ込められている。

女の子の周囲には何人もの、顔のない痩せこけた死体。

「だいじょうぶ……。だいじょうぶ。だってラックレスきょうが来てくれるんだもん。だいじょうぶ。……………だいじょうぶよミリアム……なかないのよ……」

女の子は、動かない大きな猫を抱きしめたままそう言って再び座り込んだ。

「吟遊詩人ビードルの物語」の中の一編に登場する騎士「ラックレス卿」は、その女の子の憧れのヒーローだった。ほんとにいるんだもんと泣き叫んでパパとママを困らせた事も何回もあった。

 

「なかないもん………すぐないちゃう子はラックレスきょうにわらわれちゃうんだって……パパもママも言ってたもん……なかない子はラックレスきょうがほめてくれるって………」

女の子は抱きしめている動かない大きな猫に顔をうずめた。

 

「ああ今これ僕寝てて、夢を見てるんだな。夢だねこれ」と気づくのはホグワーツの7年生であるその生徒にとって、そう珍しい事ではなかった。

 

苦しそうな表情をした人の浮き彫りが施された黒い扉の前に立っているその青年は、少し周囲を見回してから腰に手を当てる。

「そっか。もう1年か」当時言ったのと全く同じ言葉を、青年の口は自動で再生する。

「ずーーっと気になってたんだよね。だってさ、ここ通る度に『被害者』が要るんだよ?バレるじゃんそんなの。僕らならともかくさ、当時サラザール・スリザリンが一緒に居たのは他ならぬゴドリック・グリフィンドールとロウェナ・レイブンクローとヘルガ・ハッフルパフだよ?毎回使用後に『処分』してても、同じ誰かをずっと鍵扱いしてたにしても。隠し通せるわけがない」

 

サラザール・スリザリンの秘密の書斎、その何重もの扉の最後のひとつは誰かに「クルーシオ」をかける事でしか開かない上に近付くと背後を塞がれて閉じ込められる、という悪辣な仕掛けが施されていた。この為に、1人でここに来てしまうと「クルーシオ」の呪いをかける相手が居ない故に扉を開けられず、にっちもさっちもいかなくなる危険を孕んでいた。

 

「単にあの『出口』から、どうにかして入れるんじゃないかと思ったけど」

「オミニスが蛇語でどう話しかけても開かなかった以上『出る専用』だと考えてよさそうだ」

 

セバスチャンとオミニスも、去年の発言を再生し、行動も去年のそのままを再演している。

「ごめんね、オミニス。またこんなとこ連れて来て。でも僕―」

もう本日何度目かわからない謝罪をした青年に、オミニスは言う。

「仰る通りここには2度と来たくなかったけど。君たちを2人だけで行かせるのはもっと嫌だったんだ。それに俺も確かに、セバスチャンと同じ事を思った。『その疑問はもっともだ』って」

 

「2人以上でなきゃ通れない扉の先にある書斎を、たぶん1人で使ってたサラザール・スリザリン」

その扉を睨みながらの青年の言葉にオミニスとセバスチャンが続く。

 

「「確かに矛盾してる」」

 

「グリフィンドールとレイブンクローとハッフルパフに気づかれないように犠牲者を用意してた訳ではないと仮定するなら、答えはひとつだ………」

そう言って杖を取り出した青年に、オミニスが忠告する。

「闇の魔術を唱えるのには相手への悪意が必須だ。そして『磔の呪文』をうまくやるには―」

 

「『本気になる必要がある』。だから僕が自分でやるんだ。だって2人の事大好きだから」

そして青年は杖を、自分の頭に向けた。

 

「クルーシオ!!!」

 

その瞬間に青年はぶっ倒れて床をのたうち回る。しかし決して杖を離さない。オミニスとセバスチャンは思わずその青年の名前を叫び、暫く後に磔の呪文を終了した青年がよろよろと立ち上がる。自分で自分に本気の磔の呪文をかけるという離れ業を成功させた青年は、疲労困憊だった。

 

「つくづくイカれてるぜサラザール・スリザリン………!」

溶けて消えていく黒い扉を見ながら、青年が呟いた。

 

「つまり、扉を開けるためだけに他人に『磔』をやるような危ない野郎か、さもなきゃ自分自身に本気で『磔』をやれるようなイカれ野郎しか通れない扉ってわけだ」

そう言ったセバスチャンは、オミニスに駆け寄って強く抱きしめる。

「ノクチュアおばさんはどっちでもない。そうだろ、オミニス」

 

オミニスの目から流れ落ちる涙から視線を逸らしてはいけないと、青年は思った。

「きみは危ない野郎じゃないし、コイツだってイカれてるけどサラザール・スリザリンなんかとは違うよ。でも、ありがとう。セバスチャン」

「去年の僕は間違いなく危ない野郎だったさ。今はそう言える」

 

「イカれてないやい………」

青年が頬を膨らませて抗議するその顔がおかしくて、オミニスとセバスチャンは笑う。それはアルバス・ダンブルドア少年がホグワーツに入学する前の年。その青年と友人たちが6年生だった頃のちょっとした記憶だった。

 

青年が、さっきまで黒い扉が塞いでいた通路を通り抜けてサラザール・スリザリンの秘密の書斎へと足を踏み入れると、背後の通路もそこにいるオミニスとセバスチャンも煙のように消える。そして当の青年は、その事を疑問にも思わない。

 

自分は今眠っていて、夢を見ていて、これは全て頭の中で起きている事だと重々承知していながらも、青年は溢れ出て来る笑顔を抑え込むことができなかった。

「フィグ先生ひさしぶり!!」

そこは青年がホグワーツ城のどこよりも好きな場所で、それは青年がホグワーツで1番好きな先生で。そして今はもう世界のどこにもなくなってしまった空間「フィグ先生の教室」だった。

 

「だっこ!」

 

まるで小さなこどものように、青年は飛びつく。

「元気そうだな。いや、この冗談は場にそぐわないかな?」

フィグ先生は青年を優しく抱擁して、そう言いながら微笑む。

 

「フィグ先生、フィグ先生。フィグ先生フィグ先生フィグ先生!僕、首席になったんですよ!」

「君なら選ばれると信じていた。おめでとう」

「はい!あと、すっごい1年生が入学してきたんです!龍痘の後遺症が肌に残ってる男の子を避けずにその子と友達になっちゃうし、それに、その1年生ってあの超有名なアルバス・ダンブルドアなんですよ!普通ダンブルドアって言ったら誰だってながーいおヒゲのおじいちゃん思い浮かべるじゃないですか!なのにアルバスは11歳!すぅーっごくカワイイんです!」

 

興奮気味にそう口走った青年は、自分の発言の意味がわからず混乱する。「あの超有名な」??「ながーいおヒゲの」??僕、何言ってんの????

「少し、よくわからないな?」

青年の混乱を反映するかのように、フィグ先生も首を傾げている。

 

「それに、それに、アルバスすごくほっぺたもっちもちなんです!」

しかしすぐにそんな疑問はどこかへ行ってしまう。

「もうね、超カワイイんです!それで、えっとえっと、………あれ?」

青年はそこで、漸く気づいた。

 

「僕なにしてたんだっけ………?フィグ先生、知りません?」

「私が知っているものかね。なぜ私が知っていると思うんだ」

フィグ先生は面白そうに笑いながら、青年が聞き慣れた通りの優しい口調でそう訊いた。

 

「だって、僕は今眠っていて、フィグ先生も、フィグ先生の言ってる事も全部、僕の頭の中にある情報から、僕の頭の中にある情報だけで、組み立てられてるんです。だって、フィグ先生は」

そこでフィグ先生が青年の唇に指先を翳し、発言を静止する。

「そこから先を言葉にしたら君は泣いてしまうだろう?でも、今は他にやる事がある」

 

「………フィグ先生、僕もしかして今、死んじゃいそうになってたりします?」

「まさか。気を失っているだけだとも」

そう言われてちょっとびっくりしたらしい青年は目をパチクリさせる。

「なあーんだあ。残念。フィグ先生にまた逢えるチャンスだったのにー」

 

「そんな事言ったらフィグ先生悲しむよ」

7年生の女生徒が青年に言う。

「それより、今日何してたのか思い出さなきゃ」

 

「そうだねえ」と青年が答えるとフィグ先生の教室は煙のように形を失っていき、7年生の女生徒と6年生の青年以外の全てが消え去った。

 

「今日は朝すごく早く起きたんだよね。オリバンダーくんの仕事を見学したくて」

「面白かったよねえ。オリバンダーくんの解説聴くのもだけどさ」

 

「「みんなおんなじ事考えてちょー早起きしてんの!!」」

 

7年生の女生徒と6年生の青年は向かい合い、腹を抱えて大いに笑う。それが徹頭徹尾独り言である以上、ピッタリ声が揃うのは当然だった。

「でー、その後はギャレスが僕の『ヘカトンケイル薬』の解毒薬作るの見て」

「サッちゃんとギャレスが作ってくれたスープ、美味しかった!」

それでみんなでそのまま寛いで、アミットに借りた魔法生物図鑑読み始めたアルバスの質問が止まらなくて、と記憶を辿っている青年は、数秒沈黙する。

 

「森に、行ったんだよね」

7年生の女生徒が言い、6年生の青年が頷く。

「マルフォイたちは外出許可付きでベルちゃんとダイアゴン横丁に行ったけど、僕は森に行った。なんでそうしたんだっけ………?あ、そうだそうだ。『ちんちんが5本に増える薬』をギャレスのお昼ごはんにこっそり入れたのバレたら怒られそうだから逃げたんだった」

ギャレスはいつも僕の薬の解毒薬作ってくれるし今度も大丈夫だよね!と気楽に笑いながら、青年は森の中を進んでいく。

 

「ステューピファイ!」

 

向こうの茂みの奥から飛んできた失神呪文を青年は躱し、即、反撃の呪詛を飛ばす。

乱立する木々をうまく盾にしつつ、10人以上居る密猟者をたった1人で追い詰めていく。

それは、いつもやっている日課だった。

 

「クルーシオ!!」

 

3人纏めて「磔」を見舞った青年はそこに白菜を投擲し、すぐ2個になった白菜が地面で呻く密猟者たちをズタズタにしていくのを横目に、青年はゴブリンを爆発させて文字通り塵に変える。

「アバダ・ケダブラ!!」

そう叫んで大柄な密猟者にドロップキックをかました青年は、着地しそこねて顔から地面にぶつかると同時に別の密猟者にも白菜を投げる。

 

「ここまではいいんだけどねー」

杖を持っていない方の手で顔を抑え涙目で立ち上がった青年に、女生徒が笑いかける。

 

「「この後、どうなったんだっけな?」」

青年と女生徒がまた同時に言い、首を傾げる。

 

「ステューピファイ!」「クルーシオ!」

前方から2人の密猟者が放った呪詛を青年が、「磔」は避け失神呪文は防いで対処したその瞬間に全てが止まり、横で見ていた女生徒が声を上げた。

「ああー!そっかそっか!いやぁー、ミスったなぁー!!」

どういうことだい?と訊いた青年に、女生徒が言う。

 

「後ろ見てみ」

 

そう促されて振り返ってみた青年の目に飛び込んできたのは、鼻先まで迫っていたもう一筋の失神呪文だった。

「おお。なるほどなるほど」

納得したようにそう言いつつも驚きが表情に出ている青年を見ながら、女生徒は笑っている。

 

「どっから狙ってんだろ、これ」

他の全てと同じように動きを止めているその赤い閃光を辿って青年と女生徒は森の中をどんどんと進んでいく。木々をかき分け、別の密猟者の野営地を通り抜け、細い小川を越えて更に進む。

「ホントにどっから狙ってんの………?」

そして遂に赤い閃光の出処に辿り着いた7年生の女生徒と青年が見たものは、急な斜面の下から迫っているアクロマンチュラに必死で失神呪文を撃ち込もうとして大きく的を外した全身傷だらけの密猟者の、その最期の抵抗の光景だった。

 

「「嘘だぁ」」

 

7年生の女生徒と青年が同時に言う。

「そんな事ある?!!え、ホントに?嘘だぁ!そんな事ある…………?!!!」

「うーわうわうわマジか!!こっから?あそこまで???どんな確率?!!!」

信じ難い事実を理解するのに数秒必要とした青年は、女生徒と共に大困惑を全身で表現している。

「はーー、これは流石に予測してなかったや………!」

 

そして青年は密猟者とアクロマンチュラ、そしてあらぬ方向へ放たれている一筋の赤い閃光を、ひいてはその遥か先に居て偶然後頭部を撃ち抜かれた自分を見つめる。

「僕、早く起きないとヤバいんじゃない?」

 

「こういう時ってどうするんだっけね?……呪文は思い出せるかなあ」

急速に脳がぼんやりし始めた青年は、消えゆく意識の中で叫んだ。

 

「フィニート!!」

 

青年が意識を取り戻したのは、何も見えない暗闇の只中だった。ついでに音も聞こえない。

「nnnnnnnn………!mnnmー………mmnnnnn!!!」

口も開けられない事を確かめた青年は、余裕をもって3数え、気持ちを落ち着かせる。呼吸はできているようだが鼻の感覚も無い。勘で両手を動かしてみると幸い触覚だけは失われていないようで、硬い床と柔らかくて冷えた何か、恐らくは死体であろうものなどが周囲にあるとわかった。

たぶん「オスコーシ」だよな、と青年は推理する。口を消す呪詛の応用で顔のパーツを全て消されたのだろうというのが、青年の考えだった。そしてどっかに放り込まれたのだろうと。

 

(なんだ。つまんね)

 

どうせ失神している間におもちゃにされるなら自分じゃ使えない未知の呪文をくらいたかった青年は、一気に冷静に、どころか退屈すら感じ始めた。

(さっさと解いちゃお)

青年はいくらでもある予備の杖の内ひとつを手探りで取り出し、自分の顔に向ける。

 

「ふう。………あれ?」

 

青年の視界に飛び込んできたのは、ぐったりとして動く様子がない大きな猫を抱きしめたまま自分を見つめている、小さな女の子の姿だった。

 

「やあ。こんにちは。君はだあれ?」

女の子は何も喋らない。

「………まあ、そりゃそうか」

青年は周囲を見回して言う。青年とその女の子が立っている冷たい石の床にはカーペットも何も無く、ただ幾つもの顔のない痩せこけた死体が横たわっていた。こんな小さな女の子がこんなところに閉じ込められていたら、そりゃあショックで声くらい出なくもなるだろう。

「地下室っぽいなあー。まあでも今はそんな事いいや」

青年はしゃがんで、女の子と目線を合わせると、ニッコリ笑って質問をした。

「その子の名前はなんだい?」

 

「ミリアム…………」

女の子は小さな声で言う。そうするのにはすごく勇気が要っただろうと青年は思いながら、女の子が抱えている大きな猫を見て「撫でてもいいかい?」と訊く。

女の子の許可が出るのを待ってから、青年はそのぐったりした猫に手を翳した。

 

「リナベイト」

ビクリと反応したその大きな猫は起き上がり、青年の手に噛み付いた。

「大丈夫。落ち着いて。僕はきみの友達に何もしないよ」

大きな猫はすぐに大人しくなり、青年の指に噛みつくのをやめる。

 

「ミリアム!よかったぁ………守ってくれてありがとね。ミリアム」

ゆっくりと待ってから、青年は女の子に再び質問を始める。

「何があったのか、教えて欲しいな。ほら僕『ぐっすりしてた』からさ」

 

「わかんない………パパとママがお買い物に連れてってくれたの」

「気づいたら1人でここに居たんだね?」

女の子は肯定する。

「じゃ、きみが気がついた時、僕はもうここに居たかい?」

「ううん。しゅぱん!って音がして、そしたら居たの」

「それでその僕には目も口もなんにも無くて、ちっとも動かないんだね?」

女の子がそれも肯定した事で、青年は確信する。

 

「じゃあつまり、僕もきみも今まだ寝ていて、これはまだ夢の中なんだね?」

「うん。そうだと思う………だって、ほんとはミリアムは……」

女の子がその先を言わなくていいように、青年は女の子を強く抱きしめた。

 

「大丈夫。大丈夫だよ」

これが夢だというのと同じくらいの強い確信が、青年を突き動かしていた。それは2年前、フェルドクロフトの地下墓地でセバスチャンがソロモンさんに何をするのかを、そこに行く前の日の夜に夢で見た時と同じ種類の確信だった。

 

「いいかい?今から言う事をよく聴いてね。そして、覚えていて」

女の子は「わかった……」と小さな声で言い、青年は女の子の目をまっすぐ見つめる。

 

「絶対、ぜったい助けに行くから。すぐに行くから。待っててね」

 

7年生の女生徒が目醒めると、そこは記憶の通りの森の中で、視界の中央で蠍のものに見える大きな尾がゆらゆらと動いている。そして地面からすこし浮いている大きな蛇がその太く長い胴体で自分を取り囲んで守ってくれているのを見て「今度は夢の中ではない」と確信した女生徒は起き上がり、マンティコアの背から降りた。

 

「ありがとねミラベル。ソロモンもありがとね。僕のこと守ってくれて。そう。そうなんだよ。僕が森とかで誰かの呪詛を浴びて行動不能になったらこうしてね、って頼んであったんだよね」

マンティコアの尾の先端に止まっている不死鳥を見ながらそう言った女生徒は、不死鳥にお礼を言ってから、ずっと接近できずにいたらしい生き残りの密猟者たちに向き直る。

「僕が呪文で行動不能になって、それで僕の身に危険が迫ってるなら。そこから更に悪意ある誰かが僕に何かできるなんてあり得ないんだよ。だってそういう時はコイツが、僕が飼ってる中でも特に強いみんなを片っ端から呼んじゃうんだから」

そして女生徒は杖を振り上げる。

 

「プロテゴ・ディアボリカ!」

 

青い炎をぶちまけて密猟者たちだけを焼き払った女生徒は、動物たちに丁寧にお礼を言いながら旅行カバンの中へと元通り収容した後、自分の頭の上に止まった不死鳥にももう1度お礼を言った。

「ありがと。お陰でまだ生きてるよ」

そして女生徒は、さっきまで見ていた夢の内容へと思考を向ける。

 

「……………あの子を助けなきゃ!!」

しかし場所がわからない。あの地下らしき窓のない部屋がどこなのかわからない。唯一の手掛かりは女の子が夢の中で言っていた「パパとママがお買い物に連れてってくれた」という話だけ。

 

「ホグズミードにあんな場所があったら僕が知ってるからホグズミードじゃない………じゃあノクターン横丁………いや、ノクターン横丁にあんな歳の子を連れてく親は居ない……」

女生徒は高速で考えを巡らせるが、すぐに頭を振って叫んだ。

「違う違う!推理なんてするのは後!あの子のところに行くのが先!!!」

女生徒は自分に杖を向ける。

 

「レジリメンス!」

 

さっき見ていた夢の内容を他の記憶と一緒に開示した女生徒は、頭上の不死鳥に要請する。

「きみならできるんだろう!あれがどこなのか判るだろう?女の子のところに連れてって!!」

 

そして不死鳥は翼を広げ、オレンジ色の炎を放つと女生徒と共に「姿くらまし」した。

 

「………ミリアムぅ……」冷たくて暗い部屋の中で、女の子は抱きしめている猫を見つめる。

その猫は、女の子の大事な家族のミリアムは石の床と同じくらい冷たくて、もう動かない。

「……だいじょうぶ。だいじょうぶよミリアム。あたしなかないからだいじょうぶ。しんぱいしないで。ゆっくりおやすみしてね………だいじょうぶよミリアム……ありがとね」

女の子は、わかっていても諦められなくて、動かない猫のミリアムを撫でる。

 

「ラックレスきょうが助けに来てくれるんだもん……ほんとにいるんだもん。そうよアラベラ。なかないのよ。ラックレスきょうにほめてもらうんだから、ないちゃだめなのよアラベラ……」

泣かない泣かない大丈夫とひたすら自分に言い聞かせているその小さな女の子が下を向きそうになったその時、女の子の目の前の空中が突如火を吹いた。

 

そこから現れた人の姿を見て、女の子は一瞬硬直してから、一気に笑顔になる。

「ラックレスきょう!!!ラックレスきょう!!!助けにきてくれたのね!!」

ホグワーツに幾つも在るような甲冑に全身を包んだその姿は、女の子が何度も何度も見た本の挿絵のそのままだった。

 

「僕はラックレス卿じゃあないけど、きみを助けに来たのは合ってるよ」

そう言って兜を脱いだその顔を見て、女の子はもっと笑顔になった。

「夢に出てきたおねーちゃんだ!!!!!」

 

「待たせてごめんね。もう大丈夫」

女生徒は自分に指先を向けて甲冑姿からいつもの適当な組み合わせの服装に変わる。するとその途端に、女の子が勢いよく胸に飛び込んで来た。

「その子の名前はミリアムだね?」と確認した女生徒は、更に質問をする。

 

「きみの名前はなあに?」

「アラベラ……。アラベラ・フィッグ」

「フィグ?」

「ううん。フィッグ。えふ、あい、じー、じゃなくて、じーが2つよ。フィッグ」

 

そっかそっか、と言った女生徒は、女の子が抱えている猫のミリアムを見る。

「ミリアムは、きみを助けてくれたんだね」

「ミリアムがね、店員さんの手を噛んじゃったの」と女の子は話し始める。

「気づいたら知らないお店にいて、おきゃくさんひとりもいなくて、店員さんはいて、それでね、ミリアムがその店員さんにいきなり噛み付いちゃって、そしたら店員さんがミリアムに魔法をぶつけちゃったの。ミリアム……もう動かないの…………それでね。それで気づいたらここにいたの」

 

「……その魔法は、緑色だったかい」

「ううん、あかいろ」

 

不死鳥の目から流れ落ちた涙が、猫のミリアムの心臓の辺りに落ちた。

そして、猫のミリアムがゆっくり目を開けたのを見て、女の子はとうとう泣き出した。

それを優しく包み込む女生徒の周囲では不死鳥が目まぐるしく消えて現れてを繰り返しており、ひとつひとつ死体を女生徒の服のポケットの中の旅行カバンの中へと収容していっている。

 

「今まで1人でずっと泣かなかったんだね。偉いよアラベラ……」

女生徒は女の子を抱きしめて優しく宥めながら、猫のミリアムの状態を調べる。

「大丈夫だよ。ミリアムは大丈夫。失神呪文を、たぶん何回も浴びせられて。それで死にそうになってたんだね。長いこと失神してたから。血の巡りも鈍くなって、体温も下がってた」

 

「これ飲めるかいミリアム……」

女生徒は猫のミリアムの口に小瓶を当て、その中身を少しずつ飲ませていく。

「もう少ししたらミリアムが、もうちょっとだけ元気になるからね」

「ほんとう?」

「本当。だからそれまで、そうだねぇ。お腹すいてるかい?」

女の子は、恥ずかしそうに頷いた。

 

それを受けて女生徒は旅行カバンを取り出して、大鍋やらの色々を準備すると手際よくポタージュを作り始める。

「パパとママから『食べちゃ駄目』って言われてるものはあるかい?」

「ねこのぬいぐるみ」

アレルギーの有無を確認したかった女生徒は、その回答を聞いて笑ってしまった。

「そりゃあ食べちゃだめだねえ………ねえアラベラ。アラベラはミリアムが猫じゃないって事は知ってるのかい?」

「そうなの………?でもパパとママがミリアムを買ってくれた時、店員さん『猫だよ』って言ってたよ?それにパパとママもミリアムの事、猫だって言ってた」

 

女生徒は大鍋で料理をしながら、女の子の目を見つめる。

「ミリアムはニーズルだよ。ニーズルっていうのは猫そっくりの魔法の生き物で、悪い奴を見分けられるんだ。だからきっとミリアムは、きみを守ってくれたんだね」

 

女の子はミリアムを抱きしめ、ニーズルのミリアムは女の子のほっぺたを舌で舐める。それはいつもの愛情表現だった。

そして完成したトロリとしたポタージュを女生徒が器によそい、スプーンと一緒に女の子に渡す。

そして自分にもよそうと、女の子の前で一口飲んで見せる。

「美味しいよ。一緒に食べよう?」

 

女の子が、子供用の小ぶりな器に入ったポタージュを完食するのを、女生徒はゆっくりと見守る。

「ごちそうさまでした。おねーちゃん、ありがと」

「うん。じゃあ、そろそろ行こうか」

女生徒は女の子の手を取るが、女の子は「出られないの」と床を見て言う。

 

「大丈夫、出られるよアラベラ」

女生徒は明るく笑う。

「そうだろうペニー?」

 

「もちろんです。ペニーも同感です」

「主人に呼ばれたらそれがどこであっても即現れる」というのはほとんど全ての屋敷しもべ妖精に契約で課されている義務であり、それはつまり友人に呼ばれた時も屋敷しもべ妖精自身がそうしたいなら同じことができるのだった。

 

「わあー!!!かわいい!!」

女の子は喜ぶが、ペニーは女生徒に苦言を呈する。

「こちらの方を『姿くらまし』でお連れするのはやめるべきとペニーは思います」

「ああー、そっか。そうだね。………僕も初めて1人で成功した時吐いちゃったしな………移動中の感覚、結構キッツいからなあ………」

うーんそれじゃどうしよっかと暫し唸った青年は、壁に杖を向けて「検知不可能拡大呪文」をかける事で広さと高さを確保すると、不死鳥に呼びかけた。

 

「『アンとセバスチャン』を連れて来て」

 

不死鳥は炎上して消え、数秒後に再び炎と共に現れた。

2頭の若い中国火の玉種の立派なドラゴンを連れて。

 

「すごーい!!おねーちゃんすごーい!!」

自分を抱えたまま大喜びする女の子を見ながら、ニーズルのミリアムが気分良さそうに一声鳴く。

そして女生徒は2頭のドラゴンに指示を出す。

 

「アン!セバスチャン!この部屋、ぶっ壊して!!」

2頭のドラゴンの力強い咆哮が、部屋中に響き渡った。

 

 





アラベラ・フィッグは、ダーズリー一家のご近所さんで
不死鳥の騎士団の一員でありマグルではなくスクイブの老婆。
ハリポタ本編当時(1991年~)はニーズルと猫の混血種のブリーダーをしている。
生没年不詳。つまり1892年時点で既に生誕していても
いちおう(現在明らかにされている範囲では)公式設定と矛盾しない。

「冒険が終わってしまいました」から始まる話を書きたかったんだよね。

Q.「強い魔法生物を呼んで」より「逃して」って頼んどくべきでは?
A.レガ主「それじゃびっくりしてくれないじゃん。僕を連れて逃げるべきだって時はコイツが勝手にそうしてくれるさ」(食べようとしていたリンゴをその不死鳥に奪われながら)
 
次回、解決編。
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