2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
その日の最初の授業を終えて魔法薬学の教室を後にし、さあて次の授業まで時間が結構空くぞと気分も軽く廊下を歩いていた数人の7年生は、かなり神妙な面持ちで向こうから歩いてきた薬草学教授のミラベル・ガーリック先生に呼び止められた。
「アナタたち、次の授業まで時間あったりしないかしら?」
「僕らは今日は午後まで空きコマです、ガーリック先生」
「グリンゴッツに行く事になってるんだけど、ついてきてくれる気、ないかしら?お礼にダイアゴン横丁で何か奢るから。………駄目かしら?」
ガーリック先生のその提案に、7年生たちは喜んで応じた。……1人を除いて。
「ア゙ッ!!!僕行けませんミラベル先生!森の掃除をするので!」
隣のギャレスと目が合った瞬間にそう声を上げると瞬く間に走って逃げていった女生徒の背中を、友人たちが呆れて見つめている。
「なんだアイツ…………」
「さっき僕がお昼に食べようと思ってキッチンで貰ってきたパンに僕の目を盗んで何か注入してたから、たぶんその事がバレたら怒られるって思ったんだろうね」
ギャレスはマルフォイにそう言って、鷹揚に笑った。
「僕はアイツのその薬の解毒薬を作らなきゃいけないんで、僕も行けませんガーリック先生」
ギャレスがそう言うと、サチャリッサは「じゃあ私も手伝うわ」と宣言する。
「着いてくる事を強制はしないけど、あの子は必須なのに………」
「大丈夫ですよ」とマルフォイが言う。
「アイツはどうせ現地で合流しますよ。来ます。アイツは1度抱いた好奇心を決して無かった事にできないですから」
「それもそうね。じゃあ、着いてきてくれるかしら?」
「もちろんお供します。ガーリック先生」
マルフォイが周囲の友人たちを代表して言った。
「ところでミスター・ウィーズリー。今朝からアナタのお顔と腕がたくさんたくさん私の部屋に居座っているのだけれど、あの……私が何か気に障る事をしてしまったなら謝るから………その、どうすればアナタに……赦してもらえるかしら………?」
相当の勇気を出してそう言ったらしいガーリック先生に、マルフォイとサチャリッサが大慌てで事情を説明する。しかし当の本人であるギャレスは一切の言い訳も説明もせずにいつも通りの気楽な笑顔のままガーリック先生を見つめている。
そして数分後に事情を理解したガーリック先生がほっと胸をなでおろした直後硬直し、脳の処理が終わるのに数秒を要してから天を仰いで「まったく、もう……」と呟くのを、7年生たちは他人の家で飼い猫が粗相をしてしまったかのような気まずさで見つめるのだった。
「じゃ、私とギャレスは薬作りに行くので。すいません先生」
「ええ。お邪魔してごめんなさいね」
サチャリッサとギャレスは先生に頭を下げ、友人たちにも軽く挨拶してからその場を後にした。
「ねえギャレス」と廊下を歩きながら、サチャリッサが言う。
「そのパン、食べる気?」
ギャレスは昼食にするつもりだった大きめのパンを手に持って、それを見つめている。正確にはそのパンに注入されたと思しき友人謹製の謎の魔法薬を。
「効果を体験してみないとね。アイツが僕に自作の薬を盛るのはもちろんイタズラ心でだけど、僕なら解毒薬を作れるって信頼してくれてるからさ。それにアイツが作るものが単に人を害するだけの毒であるはずがないだろう?」
調合を失敗してなければね、とサチャリッサは気軽に笑う。
ホグワーツ城に数限りなく存在する隠し部屋の内のひとつ、そこを秘密裏に改装して設えたギャレスとサチャリッサ2人だけのための「研究室」で、試しにその「薬入りパン」を食べてみたギャレスが悲鳴を上げてサチャリッサが興味深げに頬を染めるのは、この数分後の事だった。
「ダイアゴン横丁!」
暖炉の中に立ったミラベル・ガーリック先生はそう言って手の中の粉を足元に投げ、緑色の炎に包まれて消える。それを見届けたマルフォイは「お先にどうぞ」と友人に促した。
「だっ、だいπ@ごん横丁!」
呂律を回しそこねたポピー・スウィーティングが緑色の炎と共に消えた後で、暖炉の前に残っている友人たちが顔を見合わせている。
「なんて聞こえた?」
「大納言横丁」
「だよなぁ」
「どこに飛んでったんだアイツ………」
彼らが今移動に使っている「煙突飛行粉」商品名フルーパウダーは予め専用のネットワークで繋げた暖炉から暖炉へと瞬時に移動できる便利なアイテムだが、行き先を正確に発音しないと意図しない何処かへ飛んでしまうという使用上の注意事項があるのだ。
マルフォイはすぐにフルーパウダーを掴み取ると暖炉に顔を突っ込んで叫んだ。
「イギリス魔法省魔法運輸部煙突飛行ネットワーク管理局本部!」
「おおー」
コンスタンス・ダグワースがマルフォイの滑舌を讃えている。周囲の友人たちもあまり心配している様子は無い。まあ、よくある事なのだ。
「今から37年前、1855年のヴァイオレット・ティリーマンの例が『史上最悪』とされているが」
マルフォイと同じ純血家系のスリザリン生ノットが言う。
「ヴァイオレット氏が20年も姿を現さなかったのは煙突飛行ネットワーク自体とは直接関係の無い理由に依るものだ……夫であるアルバート・ティリーマンの元に戻るつもりが彼女には無かった」
「本当に、完全に愛想を尽かしきってなけりゃ、母親の家に行くつもりが知らない男の家に飛んじまったのを『いい機会』とは捉えないよね」
同じく純血家系出身のスリザリン生、ものすごい美人のレストレンジが暖炉から生えているマルフォイの尻を見つめながら言う。
「どんだけイイ男だったのかしらね、そのマイロン・アザーハウスって」
コンスタンスが言い、ノットが別方向からの疑問を呈する。
「そもそもなぜそのアルバートとかいう男と結婚したんだ?掃除もロクにしないような男と」
「アンタ結構キレイ好きだよね、ノット。アンタの家にも居るだろ?屋敷しもべ。なのにさ」
「父上は屋敷しもべに任せておけば良いと仰る。が、『できて損は無い』とも仰る。母上はそんな事はノット家の人間のする事ではないからしなくていいと仰るが、母上だってよく屋敷しもべと並んで床にしゃがんでらっしゃる。床が一辺の曇りも無く鏡のようになるまで杖を降ろされない」
煙突飛行ネットワーク史に残る有名事件について話していた面々だったが、暖炉から突き出たマルフォイの尻が全員の視界の中央に陣取っている以上、話題がすぐそちらに移るのは必然だった。
「…………何してるのレストレンジ」
「叩いたらマルフォイ怒るかなって」
「やめてあげて?」
そしてマルフォイは暖炉から顔を引き抜く。
「ん、どうしたお前ら」
その場の友人たち全員に見つめられているとは思っていなかったらしいマルフォイが内心結構びっくりしている事に、ノットもレストレンジもコンスタンスも気づいていた。
「「なんでもない」」
コンスタンスとレストレンジが声を揃え、「スウィーティングはどこに居るって?」と訊ねたノットは、マルフォイの表情から「安心していい」という事を察していた。
「……どこかしらここ。絶対ダイアゴン横丁じゃあないわよね」
暖炉から這い出たポピー・スウィーティングは、予定通りの場所ではない事に移動中の時点で気づいていた。――噛んだ自覚があったから。
「おや。そんなところからお客様とは」
耳に飛び込んで来たその声に、ポピーは聞き覚えがあった。
「………ファスティディオ」
「遊びに来てくれるとは!」
空中でくるくると遊泳しながら嬉しそうにしている声の主に、ポピーは事情の説明を試みる。
「あのねファスティディオ、悪いけど――」
「いいや! きみはここに遊びに来てくれたんだよ。私が今そう決めた!!」
ポピーの表情など、その声の主は意にも介さない。ポピーは自分がダイアゴン横丁に到着するのが「少々遅れる」だろうと察して天を仰いだ。――これだからポルターガイストは。
ロンドン。ダイアゴン横丁への入り口であるパブ「漏れ鍋」ではホグワーツの薬草学教授ミラベル・ガーリックがしょんぼりとした面持ちで暖炉の火を見つめていた。
「まだかしら………あの子たち、何かあったのかしら」
「すいませんお待たせしましたガーリック先生スウィーティングの奴が『大納言横丁』に飛んでいったので合流が遅れますただ煙突飛行ネットワーク管理局に問い合わせたところホグズミードの我らが首席殿の店に居るとのことですのでとりあえず心配は要りません」
ガーリック先生が心細くなってきた途端に暖炉の火が緑色に変わり、その中から現れたマルフォイが一息で事情を説明しきった。
「………なら、えー、そうね。――ちょっといい?伝言をお願いできるかしら!」
ガーリック先生がバーテンと話している間に、暖炉の緑色の火から次々とホグワーツの7年生が現れた。ノットとコンスタンスはマルフォイの両隣に立ち、最後に現れたレストレンジはマルフォイに「おや、ずいぶんひさしぶりだね。元気にしてたのかい?」と大袈裟に言って笑う。
「さ、行きましょうみんな。まずはお礼を先払いするわ。………行きたい店は?」
7年生たちは歓声を上げ、「漏れ鍋」の中庭に隠されている通路を通り抜けてダイアゴン横丁へと繰り出していく。
「フローリシュ&ブロッツに行きたいです先生」
「もちろん良いわよ」
「僕は茶葉を買い足したい」
本日開店という文字が強く主張しているお菓子屋の店頭で店員が無料で配布している袋入りのクッキーをひとつ貰ってみんなで分けようとしながら、一行は人混みの中をゆく。
「『Mr.シュガープラムの運試しクッキー』だそうだ」
「運試し………まあ良いだろう」
ノットが袋を開け、マルフォイが1枚受け取る。
「私も1枚。…………美味しい。これ『当たり』?それとも『セーフ』?」
レストレンジのその疑問は、直後に1枚口に入れたコンスタンスによって明らかとなる。
「ほお!お!ごご………ぶぁ!!」
口の中から出てきた立派なオウムが翼を広げて飛び去るのを、涙目のコンスタンスは呆気にとられて見つめている。
「なんだ?硬いな」
そう言って口の中から出したガリオン金貨を、マルフォイはすぐに捨てた。
「レプラコーンの偽物だ。数時間後には消えてる」
1枚食べる度に耳から煙を吹いたり数秒だけ声が父親のそれになったりと様々な事が起きるそのクッキーはことのほか楽しく、みんなはフローリシュ&ブロッツに着く前に全て食べきってしまっていた。そんな中でノットは空になった袋の裏面を、怪訝そうな顔で見つめている。
「どうしたんだい、ノット?」
レストレンジの問いに、ノットは眉間にシワを寄せながら答えた。
「いや、発生する事と運勢がセットで書いてあるんだが『大ハズレ』だけ説明が抽象的なんだ」
「んー? 見せて見せて」
コンスタンスがノットに顔を寄せてきたその時、マルフォイが声を上げた。
「おや。ここで会うとは思わなかったな。何をしてるんだ、サロウ?」
「教科書を買い揃えに来たのよマルフォイ」
そう言ったアン・サロウは、とても嬉しそうに笑っていた。声も振る舞いも弾んでいる。
「それは………つまり『そういう事』なんだな?おめでとう」
「ええ!私復学が決まったの!もうすぐによ!」
それを聞いたみんなが口々に祝福し、ガーリック先生がアンの叔父であるソロモンさんを向こうの方に見つけて挨拶している時、コンスタンスは1人だけ全く別方向を見ていた。
急に人混みの中へと消えていこうとしたコンスタンスをみんなが慌てて追う。
「おい、どうしたんだダグワース」
ノットが問うが、コンスタンスの意識はそこにいる一組の若い夫婦へと注がれていた。
「あの、あの!どうか、なさったんですか」
その夫婦はダイアゴン横丁にそぐわない、悲壮な表情をしていた。
「…………娘が、居なくなってしまったんです」
母親なのであろう女性がそう言ったのを聞いて「私たちも一緒に探します」と即決して宣言したのはアン・サロウだった。反対意見は、誰からも出ない。
ガーリック先生とソロモン・サロウ氏がそのご両親に詳しく話を訊いている傍では、マルフォイが既に杖を取り出している。
「アパレ・ヴェスティジウム!」
くるりと一回転しながらそう唱えたマルフォイの杖の先から噴出した金色の煙のようなものは周囲の地面に広がり、そこに最近刻み込まれた足跡を片端から浮かび上がらせる。ノットとレストレンジも同じ呪文を連発し、見渡す限りの地面にその「足跡追跡呪文」を施していく。
「アラベラは………娘は7歳なんです。居なくなったのは昨日。ここで買い物してたんです。特に理由はないけれど、あの子の喜ぶ顔が見たくて。だから」
「買い物に行こうか、って。僕が提案したんです。ダイアゴン横丁に着いて暫くしたら、娘が消えてた。ほったらかしになんてしてませんし、勝手にどこかに行ってしまうような子でもありません。本当に、フッと消えたんです。それこそまるで『姿くらまし』したみたいに」
妻の発言に夫が続き、一同はそれを聞きながら浮かび上がった足跡に目を凝らす。
「アラベラは……娘は、その、スクイブなんです」
魔法族を親に持ちながら魔法力を持たない者、通称「スクイブ」は極めて稀な事例であり、それはつまりごく幼い魔法族によくある「無意識の魔法」によって自力で消えたのではない、という事を意味していた。ソロモン・サロウが闇祓い時代に培った経験と勘が、この件には恐らく犯人が居る、悪意ある第三者の魔の手が存在すると警鐘を鳴らしていた。
「魔法省に捜索願は?」
「昨日の夜に提出しました。今、シンガー巡査という方も手分けして捜索してくれています。娘はうちで飼っているニーズルのミリアムといつも一緒なんです」
人手は多いに越したことはないな、と呟いたマルフォイは、急に大きな声を出した。
「話が聞こえていたなら、手伝ってくれないか! 7歳だ、一刻を争う!」
そのマルフォイの要請に、ダイアゴン横丁の住人たちや道行く買い物客は次々と集まってきた。
「そんな小さいこどもなら、見たら覚えてるよな」
「ああ。11歳未満の子供が来るってのはちょっと珍し、いや、珍しいってこともないが大人とホグワーツの生徒が殆どだからな。そんな年の子は上の兄とか姉とかの買い物に親と一緒についてくるのが殆どで、11歳未満の子だけってのはちょっと目立つぜ。見たら覚えてらぁな」
「あんた喰っちまったんじゃねえだろうな婆さん」
「私が鬼婆だからって適当な事言うんじゃないよ!それをしねえからここに店構えられてんだ!」
「婆さんの好きな『肉の焼き加減』は?」
「生きたままが1番さね!『断末魔も味の内』って言うだろ?」
どこまでが冗談なのか判らない物言いをしつつマルフォイの呪文によって浮かび上がった足跡を周囲の人間と同じようにジッと見つめているその腰の曲がった老婆は、やがて大きな声を出した。
「これと、あとこれもだね」
こっちにもある、とノットも声を上げる。
「これ、は、違うな。兄弟2人だ」
こっちはどうだ、これもそうだろうと人々は次々に「それらしき足跡」を見つけていく。
「それですお婆さん! それ。あの子の足跡!!」
「辿るぞ」
奥さんが声を上げ、マルフォイが先頭で走り出す。その足跡はフローリシュ&ブロッツの前で立ち止まり、そして向きを変えて数歩行ったところで唐突に途切れていた。
「『足跡追跡呪文』の効果がこんな程度の距離で切れるわけがない」
ノットが地面を睨んで言う。
「お2人の娘さんは、アラベラちゃんはここで………消えたんだ」
そこで、ソロモンおじさんが声を上げた。
「みんな! このアラベラちゃんの最後の足跡の、周りに居た者はいないか? これや、これが自分の足跡だと言うものは? 自分の足跡を探して、その位置に立ってくれ」
人々は記憶と、地面に浮かび上がっている数多の足跡を辿る。そして、数人が名乗り出た。
これがマグルの社会で起きた事なら、それこそあの有名なマグルの小説家コナン・ドイルが去年からストランド・マガジンに連載している最近話題沸騰のシリーズのように根気よく証拠を探すのだろうが、ここに集う彼らには「魔法」という強い味方がある。
「よし。やってくれ」とフローリシュ&ブロッツの店員である男性が言う。
「ご協力に感謝する。………レジリメンス!」
ソロモン・サロウの開心術がその男性の記憶を、本人の意識に残っていない些細な末端部分まで全て詳らかにする。ソロモン・サロウは憂いの篩を使う時のようにその記憶の中を「見学」し、男性が開心術に耐えきれなくなる寸前で杖を降ろし、声を上げた。
「あの消え方は『ポートキー』だ! 視界の奥の端に一瞬映っていた! アラベラちゃんは間違いなくポートキーで何処かへ消えた。だが――」
「そんな物があったら、俺、気づきますよ………毎日見てる自分の職場の玄関に」
「おばさん、どうだった?昨日」
アンはフローリシュ&ブロッツの向かいの店の店主に話を訊いていた。
「アタシぁ年中毎日ずっと見てるから、そこの玄関に葉っぱ一枚落ちてるだけでも気づけるけどね。変な物なんか無かったよ。というかポートキーになりそうな物は一切無い。いつも通りの扉と地面と壁だけだったよ。ゴドリック・グリフィンドールにだって誓える」
「んんー…………間違いなく『ポートキー』で移動してたのよね?」
「そうだ。あの消え方は間違いなくポートキーだ。ただ、モノが具体的に何かはわからん」
アンがぐりんと首を動かして叔父に訊き、ソロモン叔父さんは地面の足跡を凝視しながらそれに答える。そして、同じように地面を睨んで熟考していたマルフォイとノットが同時に叫んだ。
「「誰か、『隠れん防止機(スニーコスコープ)』持ってないか!」」
ウチの店にいくらでもあるぞ、と名乗り出たおじいさんは自分の店へと消えていき、すぐに小さな望遠鏡のようなものを持って戻ってくる。
「そんなもんが何の役に立つんだ?」と訊いた群衆の中の男性に、マルフォイは毅然とした態度で反論を展開した。
「これは信用に足る道具だ。スニーコスコープが『なんでもない時に鳴り出す』のは不良品だからじゃない。持ち主が気づいていない危険を検知してるだけだ。そういう場合正しいのはスニーコスコープの方で『なんでもない』という持ち主の方が間違っている」
その時、言ったそばからけたたましく鳴り始めたスニーコスコープを、マルフォイもノットも、周囲の人々も驚いた表情で見つめた。ノットは受け取ったスニーコスコープを持ったまま歩き回り、音量の変化から何に反応しているのかを確かめようとしている。
「……………これって、どういうこと?」
一方、「足跡追跡呪文」で浮かび上がった女の子の足跡を逆方向に、つまりどこへ行ったかでなくどこから来たのかに注目して遡るように辿っていたレストレンジとコンスタンスは、かなりの長距離を移動してダイアゴン横丁の入り口付近まで戻ってきていた。
「申し訳ありませんが、無料配布は1グループにつき1袋まででして………」
そこは先程袋入りクッキーを貰った「本日開店」の菓子屋の前だった。
「あの、変な事訊くんだけど」とコンスタンスが切り出す。
「アナタ、昨日はここでクッキー配ってないわよね?」
「? ええ。本日開店ですので。昨日はずっと開店準備のために店内に籠もってました」
店員の男性がそう言った途端、店内からガーリック先生が出てくる。
「時期が合わないのよねえ………この店は今日から。でも失踪は昨日。なのに、原因はここ」
ガーリック先生は、店員を見つめる。
「ねえ、このクッキーってアナタが作っているのかしら? それとも仕入れてる?」
「開発したのは僕ですけど、製造は他所に依頼してます。それが何か?」
「それ、どこか教えていただいても?」
「これが? どういうことだ?」
ノットとマルフォイが見つめる先。スニーコスコープが反応していたのは、先程マルフォイが食べたクッキーの中に入っていたレプラコーンの偽金貨だった。
「待て、違う。そっちだ」
そう言ってノットが男性の手からひったくったのは、さっき自分たちも楽しんだ無料配布の袋入りクッキーだった。そして確かに、そのクッキーをノットが手に取った途端スニーコスコープは明らかにその音量を上げた。
「スペシアリス・レベリオ!」
マルフォイの呪文は、特に何にも反応を示さない。
そこにアンとソロモンおじさんもやって来て、みんなでそのクッキーの検分を始めようとした瞬間に、アンがほとんど叫ぶように言った。
「ポートキー! ポートキーよ。レプラコーンの金貨と同じよ!!」
ソロモン叔父さんがアンのその言葉だけで姪の言いたい事を理解した一方、ノットとマルフォイは説明を必要としていた。
「だから、ポートキーよ。このクッキーの『大ハズレ』」
「他のフレーバーが仔細に説明されてるのに、唯一『とびっきりのショー!』とだけしか書いてないコレがどうした?」
ノットは袋の裏面を読み込んでいる。
「誰かが、レプラコーンの金貨みたいに消えちゃうものをポートキーにしたのよ! クッキーの中に『ポートキー』が仕込んであって、食べて暫くするとどっかに飛ばされる。それが例えば飴玉みたいなものなら、そのうち溶けちゃうから『帰りの便』には使えない」
アンのその突拍子もない推理は、しかし起きた事の説明には充分だった。女の子をどこかに飛ばした「ポートキー」が他ならぬその女の子の体内にあったのなら、常に人でごった返しているダイアゴン横丁といえども違和感など誰にも抱かれない。それにもし消える瞬間を見たとしても普通は「姿くらまし」か「付き添い姿くらまし」だと思うだろう。
「それが本当だったとして、なんでそんな真似を?」
そう疑問を呈するマルフォイの横で、ソロモンおじさんがクッキーに杖を向けている。
「これだ」とソロモンおじさんが言い、全員がその杖の先を見つめる。
「このチョコチップクッキーの、中心に仕込まれてる小さな粒状のチョコがポートキーだ」
マルフォイもノットもアンも周囲の群衆も驚きの声を上げ、信じられないそんなバカなと口々に言うが、ソロモン・サロウには確信があった。
そして、皆がその店の前に集まってくる。「本日開店」とド派手に装飾された菓子店の前、店員が無料でクッキーを配っていたその店先に。
「娘を返して!!!」
「アラベラをどこにやったんだ!!」
ご両親が店員の男性に叫ぶ。
「ここだけど、この人じゃないわ。この人『大ハズレ』に関してだけ何も知らない。恐らく誰かに記憶を消されているわ。その後で当たり障りの無い記憶が補填されてる」
ガーリック先生が真剣な顔で言う。
「じゃあ誰が!!」
娘に繋がる手掛かりが見つかった事で、ご両親は冷静さを失いつつあった。
「こちらのレディ・ミラベル・ガーリックに記憶を見てもらった。昨日、僕が今立ってるここで、僕がカーテン閉め切って店の中で開店準備してる時。誰かがクッキー配ってた」
「それに彼、気づかなかったんじゃないわ。この記憶も消されてたの。けど消した跡が残ってた」
ガーリック先生がそう言うと、アラベラちゃんの父親は思わず声を荒らげる。
「じゃあ結局、アラベラはどこに居るんだ……!」
その瞬間。
ものすごい衝撃音と震動が響き渡り、菓子屋の建物が大爆発と共に崩壊した。
「アンもセバスチャンもお疲れ様ー。………おぉ。ねぇ? アラベラ。僕の言った通りだろう?」
そして瓦礫の山と粉塵の向こうから2頭のドラゴンと共に現れた7年生の女生徒に肩車してもらってその目を大いに輝かせているのは、その腕にニーズルのミリアムを抱えている他ならぬ7歳のアラベラちゃん当人だった。
「「アラベラ!!」」
中国火の玉種のドラゴン2頭など、その夫婦には見えていない。不死鳥も屋敷しもべ妖精も意識に入っていない。見えているものはただひとつ。ただ1人。
「パパ! ママ!」
肩車していた女生徒が空気を読んで降ろすと、アラベラちゃんは両親の方へ一目散に駆けていき、若い夫婦は最愛の娘を思い切り抱きしめた。
「パパも、ママも。ないちゃだめなのよ? すぐないちゃう子はラックレスきょうに笑われちゃうんだって、パパとママが言ったのよ? ………おなかいたいの? だいじょうぶ?」
7歳のアラベラちゃんが両親に抱きしめられながらキョトンとした表情でそう訊ねているのを見て、さっきまでそのアラベラちゃんと2人きりだった女生徒が笑っている。
不死鳥が優雅に飛び回りながらの「付き添い姿くらまし」で2頭の若いドラゴンを元いた棲家である女生徒の服のポケットの中の旅行カバンの中に収容していく一方、女生徒はガーリック先生に事情を説明されている内にどんどんと表情が消えていく。
「ペニー。来てくれてありがとね」
「ペニーは友人を大事にする屋敷しもべなのです」
「ねえ、ちょっといいかい」
なんでしょう、と辛うじて言った店員の男性に、女生徒は短く宣告した。
「その『製造委託先』の相手、今からなくなるけどごめんね」
状況が飲み込めない人々と、喜びが一段落して娘以外にも意識を向ける余裕ができた若い夫婦がこのお嬢さんは何を言っているのかと戸惑う中、コンスタンスが袖を引っ張って声をかける。
「ガーリック先生が欲しい物買ってくれるって言ってたし、ポピーとも合流しなきゃいけないんだからあんまり時間かけちゃダメよ。みんなで待ってるからね」
そう言われてちょっと表情が柔らかくなった女生徒に、マルフォイも釘を刺す。
「お前が何を察したのかは解らんが、今回の件の原因となった人物には裁判を受けさせて原因究明と再発防止、若しくは動機解明と然るべき断罪をせねばならん。殺すなよ」
「………わかってますー。僕を何だと思ってるのさ」
その女生徒がいつもの調子に戻ったように見えて、友人たちはホッと胸を撫で下ろす。
しかし、その女生徒は号泣し続ける若い夫婦とその腕に抱かれているアラベラちゃん、そしてどうやら単に巻き込まれただけの被害者であるらしい菓子屋の店員を見ている。
「ねえ」と女生徒は店員の男性にまた話しかける。
「……なんです」
「お店壊してごめんね」
ガーリック先生とマルフォイとノットが杖を繰り、瓦礫と燃え滓の山と化した店舗を「修復」していくのを、店員の青年は呆然と眺めている。
「この店、こどもの頃からの夢だったりするんでしょ」
「ホグワーツ在学中からお金を貯め続けて、今日やっとオープンにこぎつけたんです」
「この店舗をきみが買う前は『空き屋』?それとも『空き地』?」
「空き屋でした。そうなる前は誰か住んでたみたいですけど。あの、どこに居たんですか。アラベラちゃんは僕の店のどこに閉じ込められてたんですか」
「地下室。の壁の向こうの隠し部屋。出入り口は無くて、『姿くらまし防止呪文』とか色々かかってたよ。もうぶっ壊したけど。あの……ちょっとこれから大変だと思うけど」
女生徒は男性の目を見つめる。
「お店、諦めないでよ。こんな事に負けないで」
「………当たり前ですよ。お菓子屋をやるのは3歳の頃からの僕の夢ですから」
「きみはホントに強いねえ、ルックウッドくん」
その会話を聞いていた女生徒の友人たちは目を剥いて驚愕している。
「アナタ程じゃありません。アナタは叔父を止めてくれた」
「止めてないよ。腹立ったから塵にしてやっただけ」
女生徒は、アラベラちゃんの小さな後ろ姿を見つめる。そしてこの7歳の女の子がさっきまで一体どんな環境に置かれていたのかも、ニーズルのミリアムがどんな状態だったかも、恐らく今回発覚したこの事案の過去の被害者なのであろう幾人もの顔のない痩せこけた遺体も思い起こす。
「はあー…………」
大きく息を吐いた女生徒は、不死鳥を呼び寄せて言う。
「で、その『ポートキー』は?」
アンはチョコチップクッキーを2つに割り、中から小さなチョコレートを取り出して渡す。
周囲のダイアゴン横丁の住人たちも、若い夫婦もソロモン・サロウも、ミラベル・ガーリックもその女生徒に慄かされていた。その普段通りの穏やかな口調と気楽な笑顔は、有無を言わさぬ何かで満ち満ちていた。
「おねーちゃん、どっか行っちゃうの?」
7歳のアラベラが、女生徒に声をかける。すると女生徒は再び適当な服装からホグワーツに有りそうな甲冑姿に変わった。
「ラックレスきょう!!」
途端に大喜びしたアラベラは、パパとママに「ホントにラックレスきょうが助けにきてくれたのよ! このおねーちゃんラックレスきょうなの!」と弾んだ口調で紹介し始めた。
「ねえアラベラ。僕はラックレス卿じゃないけど、きみはラックレス卿みたいだったよ」
「ほんとう?! わたしが?!」
「うん。だって僕が行くまでずっと1人だったのに泣かなかったんだろう?」
「だって、すぐないちゃう子はラックレスきょうにわらわれちゃうんだって、パパとママが言ってたから。わたしなかなかったからラックレスきょうにほめてもらえた!!」
「僕ラックレス卿じゃあないんだけどなあー」
目の前のかわいい7歳の女の子に癒やされれば癒やされるほど、女生徒の放つ雰囲気は竦ませるような威圧感を増していく。
「じゃあ、行ってくるね」
そしてポートキーは起動し、女生徒は不死鳥と共にその姿を消した。
「その話、本当?」
一方、ホグズミードのとある店舗兼住居の2階でポルターガイストのファスティディオに未だ解放してもらえないポピー・スウィーティングは、意外にも興味深い話題を提供してきたファスティディオの話に聴き入っていた。
「本当だとも。アイツから1度でも両親の話を聞いた事があるかい?」
「無いけど…………それは、アナタから聞いていい話なの?」
「いけないかもね。でも、知りたいだろう?」
「……………そりゃあ、そうだけど」
その頃、ギャレス・ウィーズリーとサチャリッサ・タグウッドが無事に薬作りを終え、グリフィンドールの談話室に移動してお昼ごはんにするべく色々取り出している時。隅で魔法生物図鑑を読んでいたダンブルドア少年が質問したそうに2人の方を見つめていた。
「どうしたんだいダンブルドアくん。何を訊きたいのかな?」
「あの。この本の、最後のページの事なんですけど」
その、先輩が去年ご友人方と一緒に作った「僕が飼ってる魔法生物図鑑」の最終巻の最後には一体何が載っているのかと気になって、ページを大きく飛ばしてそこだけ見てみたダンブルドア少年の目に飛び込んできたのは、「魔法生物図鑑」には普通載っていない生き物だった。
「ああ、それね。それがアイツにできた『人生最初の友達』なのさ」
ギャレス・ウィーズリーがいつも通りの気楽な笑顔で言う。
「アイツ、ホグワーツの入学許可証が届くまでずっと、ロンドンの下水道に住んでたんだよ」
魔法法執行部所属のルース・シンガー巡査は、1人で捜査を進めてその建物に行き着いていた。
「もう充分調べたでしょう? まだ菓子の製造を再開してはいけないと?」
確実に目の前のこの太った男が今回の件の犯人、アラベラちゃんの行方を知っているのだが、それを客観的に証明できるものが無い。
「僕ね、ホグワーツに入学するまでずっと、下水に住んでたんだよね」
いつの間にかそこに居た甲冑姿の何者かは、十代後半の若い娘の声で言う。
「ホグワーツからの手紙が届いて、フィグ先生と話して、それで知ったの。下水道で道に迷わないのも、いつもネズミたちが道案内してくれるのも、いつもネズミたちが色々手伝ってくれるのも、普通はあり得ない事なんだって」
甲冑姿の女生徒は、その太った男に杖を向ける。
「オパグノ!!」
太った男はてっきりその甲冑姿の女生徒の頭上に止まっている不死鳥が襲いかかって来るものと思ったが、そうではなかった。
ただ、恐ろしい音量の地響きが足元から迫ってきていた。
「下水道になんか住んでたら普通は身体を壊すんだって。僕、痒くなった事もないのに」
女生徒は喋り続ける。
「シンガー巡査。僕の友達を紹介するね」
その瞬間に地響きの原因は遂に到着し、床下から、排水溝から、扉の隙間から、通路という通路から噴出してきた夥しい量のドブネズミが床どころか壁まで覆い尽くして洪水の如く押し寄せた。
不死鳥は瞬く間にドブネズミの洪水に飲み込まれたその男の上に飛来すると、その目から涙を流し始め、涙は男の身体に染み渡っていく。
それが決して救いの手などではないと男が気づくのに、それほど時間はかからなかった。
シンガー巡査は絶句していた。魔法法執行部の経験豊富な執行官である彼女にとってすらも、その光景はあまりにも凄惨が過ぎた。
「ぃアアア゙あ……………」
悲鳴すら満足に上げられないその男は全身をドブネズミたちに食い荒らされ、口の中にまで流れ込む無数のドブネズミによって内臓も食い荒らされ、しかし絶え間なく与えられる不死鳥の涙によって死ぬどころか気を失う事すらできない。
男が全てを白状するのに、そう長くはかからなかった。
「たっだいまー!」
しゅぱん! という軽快な音を立てて元気よくダイアゴン横丁に戻ってきた女生徒のすぐ後ろでは、筆舌に尽くし難い報復を受けて完全に無抵抗になったその男が、女生徒と共に「姿現し」で戻ってきたシンガー巡査の足元で失神呪文でも浴びたかのように横たわっている。
「このとおり、悪い人はシンガー巡査が捕まえてくれたからね。もう怖いことないよ。こいつ昨日どころか何年も前から他の菓子屋も騙して似たようなことしてたんだってさ」
「おねーちゃん、頭にネズミさんが乗ってるよ?」
アラベラちゃんの腕の中から自分の頭の上をジッと見据えているニーズルのミリアムを、女生徒はまるで昔から飼っているかのように撫でる。
「きみが僕を呼んだんだね、ミリアム。ありがとう。お陰で間に合ったよ」
口ではそう言いながらも、女生徒はもう1つの可能性にも思いを馳せずには居られなかった。――それとも貴女が僕をこの子たちと引き合わせたんですか、マダム・フィグ。
ご両親がシンガー巡査にお礼を言い、ダイアゴン横丁の住民の面々にもお礼を言い、ガーリック先生と7年生たちにもお礼を言い、甲冑姿の女生徒にもお礼を言い、菓子屋の店員に何度も非礼を謝罪して何度も何度も頭を下げる中で、女生徒は大好きなフィグ先生の1度も逢ったことは無い奥さん、ミセス・ミリアム・フィグについて思いを巡らせていた。どんな人だったのだろう、どんな顔で笑ったのだろう、フィグ先生のどういうところを愛していたのだろうと。
「ねえ、アラベラちゃん。それとお父さんとお母さん」
そんな思いを一旦仕舞い込んで、女生徒が話しかける。
「なあにおねーちゃん」
「今度一緒にお茶でもどうだい?あちらのルックウッドくんにも来てもらってさ」
女生徒は、元通りになった自分の店を見つめている菓子屋の店員を示して言う。
「紅茶に合うとっておきを持ってきてよルックウッドくん。お金は僕が払うから」
こんどは迷子にならないお菓子がいいな! と嬉しそうに提案する愛娘を見て、ご両親は泣き腫らした目のままで笑っている。
「ええ、ぜひ来てください………迷子にならないお菓子をお願いしますね?」
もちろんです。と深く頭を下げた菓子屋のルックウッドくんを横目に、女生徒は訊く。
「で、どこにお伺いすればいいのかな。……どこに住んでるの?」
「サリー州リトルウィンジング、ウィステリア通りです」
彼らフィッグ一家の住む家の近所、プリベット通り4番地にマグルの掘削機械会社グラニングスの若き重役とその妻が新居を構えるのは、まだ何十年も先の話だった。
「シュガープラムのスイーツショップ」はハリポタ本編の時代に
ダイアゴン横丁に本当にありますが、基本的に描写は妄想です。
ハリポタ本編に死喰い人「オーガスタス・ルックウッド」が居るので
ビクター・ルックウッドには子か兄弟姉妹か親戚が居た事になる。
つまり1892年にビクター・ルックウッドの親類が居てもおかしくないのだ。
というか居ない方が矛盾してる。
ヴァイオレット・ティリーマン
夫アルバート・ティリーマンとケンカして、母親の家に行こうとして
泣きながら行き先を言ったために煙突飛行の行き先が狂って
マイロン・アザーハウスという初対面の男の家に到着。
そのままマイロン・アザーハウスと恋に落ち幸せに暮らし
20年後に夫アルバートの死を日刊予言者が伝えて初めて身を隠すのをやめ
世間に事実を公表した、という人。
マイロン・アザーハウスとの間に7人の子を設けた。(公式設定)
どんだけクソ夫だったんだアルバート・ティリーマン。
次回、今回の件の後日談。