2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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14.キングメーカー

「マルフォイ次なーに?」

「卵割って黄身と白身を別ける」

「これ全部?!」

「当たり前だ。………魔法なしだぞ」

 

 ダイアゴン横丁での騒動が、ダイアゴン横丁の住人たちや居合わせた皆の協力によって終結を見、シンガー巡査によって1人の菓子製造業者が逮捕された次の日。

 数人の7年生がまた日も昇らない朝早くからとある部屋に集まって何やら作業を開始していた。

 

「なんで『魔法なし』なのさマルフォイ………?」

 

 卵をキレイに割りそこねて握り潰してしまい調理台はおろか壁にまで撒き散らした挙げ句放心しながらそう訊いたイメルダ・レイエスに、マルフォイは小麦粉を篩にかけながら淡々と返答する。

「練習を兼ねてるからだ。魔法なしで美味しく作れない料理を魔法を使って美味しく作ろうとするのは、基本的なルールも知らないままクィディッチをプレーしようとするようなものだ」

 魔法薬学の成績はN.E.W.T.レベルに進めた生徒たちの中でも5本の指に入るほど優秀でありながら、同時に自分より成績上位の天才3人、ギャレス・ウィーズリーとサチャリッサ・タグウッドそして今自分の隣で床にしゃがみ込んでバターの包み紙を食べているアホの7年生との明確な差を日々大いに実感している、自他共に認める「秀才」のマルフォイは、しかし決して劣等感に苛まれて腐る事などなく己を律し、常日頃から努力を欠かさなかった。

 

「ほんとにみんな起きてたんだね、おはよう」

 そこに、数人の1年生を連れて、ひとりのグリフィンドールの5年生が入室してきた。

 

「やあ、ハリー。それにダンブルドアくんとエルファイアスくんも」

「おはよヘンリーくん。ヘンリーくんもバターの包み紙食べるかい?」

「おはようギャレス。そんなもん食べちゃだめだよ先輩」

 

 7年生の先輩たちに笑顔で挨拶を返すそのクシャクシャな黒髪に丸メガネの男子生徒は、今日もまた常日頃からの疑問を、バターの包み紙を完食してしまった7年生の女生徒に投げる。

 

「なんで先輩は僕の事『ハリー』って呼んでくれないの?」

「だって『ハリー』は君じゃなくて君のひ孫の名前だろう、ヘンリー・ポッターくん?」

 

 いつもしている質問をいつもと同じ意味不明の答えで返されたグリフィンドールのポッターくんは、今日もまた脳裏に湧いた追加の疑問をあっさりと投げ捨ててその先輩の世話を焼く。

 

「先輩口の周りバターだらけだよ」

「気のせいだよ~」

「テルジオ(拭え)」

「ありがと~」

 

 次は何を食べようかと周囲を見回し始めたその7年生に、グリフィンドールの1年生、小さなアルバス・ダンブルドア少年が声をかける。

「先輩、先輩。なんですこの部屋。普段あそこに扉なんて無かったと思うんですけど」

「あ、やあアルバス。………そういや知らないか。ここは『必要の部屋』だよ。ここに繋がる扉は普段は壁のふりをしていて、『今必要なもの』を強く思い浮かべながら前を3往復すると扉が現れて、部屋の中にはその『今必要なもの』が揃っている。『フォレスト・ガンプの一期一会の法則』の範囲内でね」

「もしかして『ガンプの元素変容の法則』の話してます?」

 そうそれ!と大きな声を出したその7年生の女生徒に、周囲の友人たちが一斉に指摘する。

 

「『ガンプの元素変容の法則』も、その5つの例外がなぜ例外とされているのかの理由付けも。2年前にちゃんと教えたろ。それに去年も。いつになったら脳に情報が刻まれるんだお前は」

 卵を両手に2つずつ持って同時に4個割り、さらにスプーンで黄身だけ掬い取って別の容器に移したマルフォイがチョコレートの温度を確認しながら言い、イメルダもそれに続く。

「私だって流石にもう覚えたのに………」

「ほんとに『理論』と無縁だよね。天才肌と言えば聞こえは良いけど」

 そしてアンズと大量の砂糖を鍋で煮込んでジャムを制作していたギャレス・ウィーズリーが、その女生徒に言ってはいけないワードをあえて口にする。

 

「フィグ先生が悲しむよ。君が『魔法理論』を疎かにするなんてさ」

「…………がんばるよぅ」

 

 一気に静かになった女生徒は調理道具が揃ったその場を離れ、部屋の隅のソファでその光景を眺めていたポピー・スウィーティングたちの方へしょぼしょぼと歩いて行った。

 

「だっこ」

「ダメ。手が足りないんだから手伝いなさい」

 

 ピシャリとそう言って女生徒に妙な形の鋏を渡したポピーの隣では、サチャリッサとものすごい美人のスリザリン生レストレンジも同じ形の鋏を手に、終わりの見えない作業に従事していた。

「なにしてるんだ、それ」

 寄ってきたエルファイアスくんは、興味深げにその光景を眺めている。

「シュガーローフを砂糖鋏で切ってるのよ。一昔前は砂糖と言えばこの形だったらしいわ」

 ポピーの説明に、マルフォイも続く。

「今でこそ袋入りの粉砂糖がそこらにいくらでも売ってるが、かつては砂糖と言えばそのシュガーローフ、つまり『棒砂糖』だった。見ての通りこのままでは使えないので、その『砂糖鋏』で切って使うんだ。そして一部の業者は今でもこのシュガーローフを製造、出荷していて、我がマルフォイ家が贔屓にしている業者もそうした『伝統的な』食品雑貨商の1つというわけだ。―もちろん、シュガーローフが全盛の頃と現在とでは製造法も精製法も異なるし砂糖自体の品質も嘗てとは比べ物にならないほど良くなっているが」

 高く大きな円錐形の砂糖に鋏を入れて崩している女子3人と、それに加わった1年生とアホ1人ずつを見ながら解説したマルフォイに、レストレンジが苦言を呈する。

 

「でもやっぱマルフォイ不便だってこれ。最初っから粉の方が使いやすいだろ」

 魔法薬学で使う乳鉢と乳棒で砂糖の小片を粉にしているレストレンジは、明らかに飽きていた。

「シュガーローフを鋏で崩すのを、見てるのが好きなんだ。我が家では父上も母上も屋敷しもべに混ざってこれをやる。それになぜかこの作業にだけは父上も母上も杖をお使いにならない。察するに何か思い出がおありなのだろう………きっととても楽しいものが」

 マルフォイのその物言いに同意しかねると表情で示すレストレンジの横で、ポピー・スウィーティングは楽しそうだった。

「私はちょっとわかるわそれ。こういう単純作業って心が洗われる気がする」

「タグウッドが持ってるそれは何?」

「シュガーハンマーよドージくん。ほら、この欠片持ってみなさいな」

 親指ほどのサイズの砂糖の塊を渡されたエルファイアス・ドージ少年は、すぐにシュガーハンマーなどという物騒な道具が必要とされる理由を理解した。

 

「かったぃな…………なんだこれこんなに硬いのか棒砂糖って」

 

「シュガーローフってすっごく硬いのよね。輸送中に崩れないようにってのもあるんだろうけど」

 そう言いながら金属製の鎚の長い柄を両手で持って大きく振りかぶったサチャリッサは、机の上にデンと居座っているその大きな砂糖の塊に渾身の一撃を喰らわせた。

「ふぅ。気分爽快!」

 そう言って満足げにソファに腰を下ろしたサチャリッサをポピーがあっけにとられて見つめる横で、レストレンジは粉砕された砂糖を杖で操って容器に収め、ついでに念入りに細かくしていく。

「うちの近所に住んでるマグルのおじいさんは鍬を使ってるわ。専用の砂糖鍬。……ねえマルフォイ、こんなもんで良いわよね?」

 サチャリッサに確認を要請されたマルフォイは振り返ってその容器を見、「まあ良いだろう」と宣告したが、エルファイアスくんの頬を引っ張って遊んでいた女生徒に「違うだろう?」と笑いかけられて発言を訂正する。

 

「手伝ってくれてありがとう、レストレンジ、タグウッド、スウィーティング」

「どういたしまして。次は何するの?」

「マルフォイ先輩、皆さんはこれ、今何を作ろうとしているんです?」

 ダンブルドア少年にそう訊かれたマルフォイは得意げに笑ってから、同級生の友人たちには既に済ませた説明をもう一度口にした。

 

「本日僕らが作るのはチョコレートケーキの王様。厳密にはその偽物、王位僭称者だ」

 理解していないらしいダンブルドア少年とエルファイアス、そして5年生のヘンリー・ポッターくんに向けて、マルフォイは説明する。

「『ザッハトルテ』。かのマグルのオーストリア外相メッテルニヒに仕えたシェフのフランツ・ザッハーが考案した『スペシャリテ』であり、そのレシピは門外不出。………父上は数年前ウィーンに赴き、そこで隠居していたフランツ・ザッハー氏の体調を『まるで魔法のように整えた』事と引き換えにレシピを聞き出した。父上がフェリックス・フェリシスを服用したのはそれが人生2度目だったそうだ……そして父上はフランツ・ザッハー氏の記憶も『まるで魔法のように整え』我が家にご帰宅なされた」

 他言無用に頼む。と付け足したマルフォイの不安や気兼ねとは裏腹に、この40年ほど後の1930年代に「門外不出のレシピ」は紆余曲折あって流出し、どころか出版すらされて、世界大戦を挟んだ後に長い法廷闘争を経て当事者たちが一応の納得をした頃には門外不出どころか世界的に有名なレシピのひとつとしてその名声を永遠のものとする事となる。

 

「じゃあ正真正銘本物のレシピじゃない。なんで『偽物』?」

 そう訊いたポピーに、マルフォイはピシャリと宣言する。

「決まってるだろう。『ザッハトルテ』だぞ?僕はザッハー家の人間じゃない」

 そしてマルフォイは「さあ、やるぞ」と気を引き締め、それは周囲の友人たちにも伝播した。

 

「そういやマルフォイ、ラモット=ボーヴロンの『タタン』ってホテルも10年くらい前から面白いデザート出し始めたらしいね」

「ああ。『タルトタタン』とやらの事だな。父上と母上も近く食べに行きたいと仰っていた」

 レストレンジとマルフォイが会話を交わしながら手際よく材料を準備していく。

 

「そういやノットは?」

「まだ寝てる」

「セバスチャンとオミニスも?」

「オミニスはまだ寝てる。セバスチャンは昨日から一睡もしてないらしい」

 

 ボウルに砂糖とバターを投入して混ぜ、卵黄を1つ入れて混ぜ、また1つ入れて入念に混ぜているマルフォイは会話に参加しながらもすべての集中力を調理に注いでいる様子だった。

 そんな光景をまったりと眺めていた女生徒のもとに、どこからともなく不死鳥が飛来する。

 

「あ、もうそんな時間だっけ?」と声を上げた女生徒に、ダンブルドア少年が訊く。

「どこかお出かけですか、先輩」

「うん。ちょっと証人として呼ばれててね。………もう始まってるのかぁ」

 頭の上に不死鳥を乗せたままソファから立ち上がった女生徒に、卵白と砂糖を激しく混ぜて角の立つメレンゲを作っているギャレスが言う。

「あそこはいつだって後の予定が詰まってるんだから、変な時間になることもあるだろうさ」

 ダンブルドア少年は薄々察していながらも、確かめるようにもう一度訊いた。

 

「どこにお出かけなんです?先輩」

「ウィゼンガモットの大法廷さ。アルバス」

 

 じゃ行ってきまーす、と気軽に片手をひらひらと振ったその女生徒は不死鳥の力を借りて炎に包まれ「姿くらまし」する。ホグワーツの領内では通常「姿くらまし」も「姿現し」もできないのだが、不死鳥、屋敷しもべ、ディリコールなどの「ヒト以外の生物が持つ独自の魔法」に依る場合は例外だった。女生徒はゴブリンもヒトと同じようにホグワーツ領内で「姿くらまし」も「姿現し」もできないようにしたいと考えていたが、それは自分の在学中に達成することが困難な目標だと察してホグワーツ城の一部エリア、その中でも生徒の中では自分しか知らない秘密の空間の保護呪文に「プロテゴ・ディアボリカ」を追加することでとりあえず自分を納得させている。つまり邪な考えを持つゴブリンがまたあの場にたどり着いたら、今度はその瞬間にソイツが灰となるように。

 

「ウィゼンガモットって先輩何やらかし………ああ、昨日仰ってた件ですか」

「そうだ。今ウィゼンガモットの大法廷でその裁判をしている。昨日行った厳正なる押し付け合いの結果、取材対応は僕とノット。出廷はコンスタンスとアイツって事で僕らは合意を得た」

 

「マグルの」英国大蔵省ビルの地下に存在する英国魔法省本部。その最下層である地下10階のウィゼンガモットの大法廷で、昨日逮捕された1人の菓子製造業者の男の裁判が既に始まっていた。

 檻のようなものに閉じ込められているその男に左右から闇払いが鬼の形相で杖を突きつけているのを、その場に集った50人のウィゼンガモットのメンバーが見下ろしている。

 

「次に――」マグルで言うところの「裁判長」、ウィゼンガモット主席魔法戦士を務める厳粛な表情の老婆がつつがなく裁判を進めていく。

「――追加の証人をここに。ホグワーツ魔法魔術学校薬草学講師ミラベル・ガーリック、同校7年生コンスタンス・ダグワースと………もうひとり居るという申請だったはずだがね?」

 

 その瞬間に大法廷の中央、被告人の隣の空中が火を吹き、その「もうひとり」が現れる。

「ウィゼンガモットのみなさんおはようございます!」

 場にそぐわない気楽な笑顔でそう言った女生徒をガーリック先生が咎める間もなく、頭に不死鳥を乗せているその女生徒はどこからともなく旅行カバンを取り出してそれを開くと、中から列をなしてうじゃうじゃと現れた何匹ものドブネズミたちにブラッシングを始めた。

 そしてその光景を見て恐慌状態に陥った檻の中の被告人を、左右の闇払いが強制的に黙らせる。

 

「全く。神聖なウィゼンガモットの法廷をなんだと思っとるんだオマエは」

 

 そう言いながら豪快に笑った主席魔法戦士の老婆に、ガーリック先生がすいませんすいませんと何度も何度も頭を下げる。

「そのネズミたちが、この被告人を鎮圧したネズミたちかね?」

 老婆の隣の魔法使いがそう訊き、女生徒は「そだよ」と気軽に答える。

「みんなついてきちゃったから、かばんの中に昨日一晩まるまる使って居場所作ってあげたんだよ。あ、このかばんに関してはちゃんと許可申請済みだよね部長さん?」

 50人のウィゼンガモットメンバーの中に含まれている魔法運輸部部長はそれを肯定し、その隣の魔法生物規制管理部部長と闇祓い局局長も追従する。

「この者が件の『監禁部屋』からの脱出に動員した中国火の玉種のドラゴン2頭は特例の飼育許可が我が魔法生物規制管理部より出されており、これについてはすでにウィゼンガモットでも結論が出ておりますから、今回のこの者の行動には一切の違法性は無いものと愚考します」

「生還した被害者であるそちらの子の7歳という年齢を考慮すると、屋敷しもべや不死鳥による『付き添い姿くらまし』も脱出手段として適当とは言えず、現にその子は監禁部屋に転送された際の移動で意識を混濁させ、短期的かつごく軽微とはいえ記憶障害を引き起こしている。つまり中国火の玉種のドラゴンに飼育許可を出す際の『カバンから出さない』という条件とともに定められた例外事項『緊急動員を必要とする事態』に当てはまるものと理解している」

 

 その論述はウィゼンガモットの同意を得たらしく、審議は先に進んでいく。

 

「さてご両親。もう一度、そちらのミス・フィッグに証言を頂いても構わないかい?」

 そうお伺いを立てた主席魔法戦士の老婆に女の子の両親が「はい」と答える。

「では、レディ。レディ・アラベラ・フィッグ。あんたが覚えている事をもう一度確認するよ?」

 はい!と緊張気味に返事した女の子に、老婆は優しく訊く。

 

「あんたにクッキーをくれたのは、そこの檻の中に居るその男かい?」

 女の子は否定する。

「あんたが『飛んだ』先に居て、あんたのニーズルのミリアムに噛みつかれて魔法を浴びせたのはこの男かい?そのミリアムはこの男を見た瞬間に噛みつきにかかった?」

 女の子は肯定する。

「それで気がついたら、『別の部屋』に居た?」

 女の子はそれも肯定し、老婆は「教えてくれてありがとうね」と言って質問を締めくくる。

 

「次、オマエ。持ってんだろ?出しな」

 老婆の主語の抜けた雑な指示に、ドブネズミにブラッシングしている女生徒は敏速に従い、カバンの中に杖を向けて「それ」を手元に呼び寄せる。

 ウィゼンガモットの面々がざわめいたのも無理はなく、女の子の視線を咄嗟に自分の体で遮ったガーリック先生とコンスタンスは賢明だった。

 

「これがそう。全員揃ってるよ」

 女生徒はそう言って、その何体もの顔のない痩せこけた死体をウィゼンガモットの面々に示す。

「なにゆえにそれを持ち去ったのだ?」と自分の後方から訊いたウィゼンガモットのメンバーである老人に、女生徒は落ち着き払って説明する。

「こんなのアラベラちゃんの視界に入れるべきじゃないと思ったから。けど裁判のことを考えると『現状維持』も大事だと思って、咄嗟に採った手段がカバンの中にしまい込む事だった。魔法省に提出するべきだったってのは、まあ、仰るとおりで………」

 

 そしてアラベラちゃんとご両親は退廷するよう告げられ、フィッグ一家が大法廷から退出するのを見届けてから被告人に対しての質問が始まった。

「これらの顔を消された死体はあんたが殺したのかい?」

「殺してない。目と口と耳を消して密室に飛ばしただけだ。ソイツらは餓死した」

「なんでミス・フィッグの顔のパーツは消さなかったんだい?」

「7歳だぞ?そんな人の道を外れた真似ができるか」

 ウィゼンガモットの面々の顔に侮蔑の色が浮かぶ。

 

「いつから、なんでこんな事をしてた?」

「3年前。単純作業の繰り返しの業務が退屈になって、刺激が欲しかったんだ。で、小さい食べ物をポートキーにして、それを商品に混ぜたら面白いんじゃないかと思ったんだ。飛ぶ先をウチにして、決まった時間に飛んでくるようにして。反撃されるかもしれないってスリルと、不意打ちで制圧する爽快感。それに――」

 

 闇祓い局局長が片手を上げて合図し、被告人の左の闇祓いが呪文を行使して口を消し黙らせる。

 

「演説は結構。証拠は揃っている。何をしたかも詳細に発覚している。ミス・フィッグに菓子を配った人物は『服従の呪文』にかけられていたと当初主張していたが、これは偽りであると前後関係と主張の矛盾から発覚しており既に逮捕勾留されている―さてミス・ダグワース」

 急に話を振られたコンスタンス・ダグワースは返事の声がひっくり返った。

 そのままコンスタンスは菓子屋店員の男性との会話内容について質問され、ガーリック先生は開心術での調査内容について質問され、菓子屋店員の男性にも根掘り葉掘りの質問がなされ、全てに正直に答えた菓子屋店員の男性は「無罪放免」のお墨付きを貰う。

 

「一方貴様だが」老婆の隣に座る魔法法執行部部長が被告人に厳しい口調で告げる。

「端的に言って被告人の行いは、己の道楽のためだけに無関係の第三者を利用して複数人を惨たらしく死に至らしめたと表現できるものであり、つまるところアズカバンでの終身刑に値すると考えるが、これに異議のある者は?」

 

 誰の手も挙がらないウィゼンガモット大法廷は、満場一致で評決を下し閉廷する。

 そして退廷していくコンスタンスとガーリック先生を尻目に、女生徒が被告人に声をかけた。

「アズカバンに収監されてしまえばもう安全だって、そう思ってるんだろう?」

 図星を突かれて動揺しながら連行されていく被告人に、女生徒は告げる。

 

「あのつまんないディメンターごときで僕の行く手を遮れるなんて思わない事だね」

 

 その声色は、それが聞こえた全員の心胆を寒からしめて余りある暗い迫力を含むものだった。

 

「さーあアラベラちゃんに挨拶してこよ。魔法法執行部と魔法生物規制管理部と魔法運輸部の部長さんたちも闇祓い局の局長さんも、それにギャレスの親戚のおばーちゃんもグリちゃんも他の皆も裁判お疲れ様!またね!」

 またパッと元の脳天気な笑顔に変わってそう呼びかけた女生徒に返事をする、魔法試験局の局員にしてウィゼンガモットの最年少メンバーである若きグリゼルダ・マーチバンクス女史は名前と顔を覚えてもらえていた事は嬉しく思いつつも、友人にすら呼ばれたことのない気軽が過ぎる通称は受け入れかねて苦笑いしていた。

 

「元気そうで良かったわ」

 大法廷を出てすぐの廊下でフィッグ一家と談笑していたガーリック先生と、しゃがんで高さを合わせて7歳のアラベラちゃんとハイタッチしているコンスタンスに、大法廷から出てきた女生徒が声をかける。

「帰るよ2人ともー。コイツが連れてってくれるからホラ、早く」

 女生徒に促されて2人は改めてフィッグ一家に、ひいてはアラベラちゃんに笑顔で挨拶し、そして不死鳥が翼を広げて炎に包まれる。

「またね、アラベラ。今度はみんなでゆっくりお菓子食べようね!」

 そう言って姿を消したホグワーツの3人を見送って、フィッグ一家は足取りも軽く帰路につく。

 

「今日すごく朝早かったから、帰ったらもう一回おやすみするかい、アラベラ?」

「うん、パパ。でも寝る前にご本読んでほしいの」

「また『吟遊詩人ビードルの物語』の『幸運の泉』かい?」

「うん!だってラックレスきょうが出てくるのよ!」

 パパとママと手をつないで歩く7歳のアラベラちゃんは、自分が魔法が使えないスクイブであるという事実に劣等感を抱かされた事は一度も無かった。それはこの両親の溢れるほどの愛のおかげと言えた。

 

「たっだいまー!」

 

 ガーリック先生とコンスタンスも連れて、不死鳥の力を借りた「姿現し」で直接ホグワーツ城7階の知る人ぞ知る「必要の部屋」に帰ってきた女生徒を、お菓子作り中の友人たちが出迎える。

 

「どうだった?」

「終身刑さ!」

「ざまあ見ろ魔法族の風上にも置けんクズが!」

 

 マルフォイはそう吐き捨てつつ、視線はザッハトルテの生地が今に焼き上がる窯へ注いでいる。

「『お菓子作り中の言葉遣いは味に影響する』って僕に言ったの君だったよねマルフォイ?」

 そう言って笑ったギャレスはアンズのジャムに砂糖と水も加えたものを大鍋で煮詰めていた。

「ねえねえ僕もなんかやりたい!」

「それなら生地の粗熱が早く取れるように菓子の神に祈りを捧げててくれ」

 窯から焼き上がった生地を取り出したマルフォイに、暗に「余計な真似をするな」と言われたことに気づいているのかいないのか、その女生徒は大はりきりで五体投地を始める。

 

「………ほらこれも使いな」

 レストレンジが笑いを堪えながら渡したシュガーハンマーを、女生徒は喜んで受け取る。

「ね、『お菓子の神様』ってどんなの?」

「………ニホンの田道間守とか?詳しくは知らないけど。あとアステカのセンテオトルとか………トウモロコシの神様だっていうしポップコーンとかも庇護の範囲かも」

 ギャレスはポピーと他愛もない話をしながら、マルフォイがチョコレートの状態を確かめるのを見守っている。

 

「ねえそのセンテオトルってどうやってお祈りすればいいの?」

「女性が髪を下ろして、トウモロコシ畑で裸で踊るんだってさ」

「脱ごうレストレンジ!」

「やだよあんた以外もいっぱい居るのに!」

「じゃあベルちゃん脱ごう!」

「やよ!それに『じゃあ』って何よ『じゃあ』って!」

 

 友人たちとガーリック先生が賑やかに笑っている傍で、マルフォイはチョコレートがたっぷり練り込まれた濃いブラウンの生地がふんわりと焼き上がっているのをもう一度確かめつつそれを2枚にスライスして、間にアンズのジャムを塗り拡げて挟む。その上からも漉して液状にしたたジャムをかけると、冷たい石のテーブルの上でナイフを器用に使ってテンパリングしたチョコレートをケーキの全体に塗っていく。

「『オリジナル』なんて間違っても書けないからな………」

 滑らかなチョコレートで覆われたケーキの上面にチョコレートを細く絞り出し「Hogwarts」と書き込んだマルフォイがもう1ホールのチョコレートケーキにも同じ仕上げを施して「完成だ」と宣言すると、その場に居た全員が拍手を贈った。

 

「さて、と。これで準備は整ったわけだが、我らが主賓のご到着はいつ頃で?」

「もう日も昇る時間でしょうし、そろそろ出迎えに行ってもいいと思うわ」

「じゃ、スリザリン寮の奴らに総員起こしをかけてくるか。行くぞレストレンジ」

「オーケイ。……ディーク、今いい?このケーキ冷やしといてほしいんだけど!」

「もちろんです。ディークは片時も目を離しません」

「僕はグリフィンドールのみんなを起こしてくるよ。手伝ってハリー」

「もちろん良いよギャレス」

「アルバスはコンスタンスと一緒にレイブンクローの談話室に行ってくれるかい?」

「わかりました先輩。………先輩は?」

「僕はちょっと行くところがあるから」

 

 みるみるうちに解散した友人たちを見送った後で取り残されたスリザリンの7年生イメルダ・レイエスとグリフィンドールの1年生エルファイアス・ドージは、お互いの目を見つめる。

 

「………踊る?」

「気持ちだけありがたく受け取るよレイエス。ところで、『主賓』って?誰が来るんだ?」

「私らの同級生が1人、5年生になる前に闇の魔法使いにたちの悪い呪いをかけられてね。以来今まで休学を余儀なくされてたんだが、本日めでたく寛解!復学と相成ったわけよ」

「そりゃめでたい。……やっぱ踊ろうレイエス」

 

 そしてお互いの手をとって踊りだしたイメルダとエルファイアスを微笑みながら見つめていたら2人に「曲がほしい」「歌ってガーリック先生」と催促された薬草学教授のミラベル・ガーリックはコホンと咳払いをした後、静かに歌い始める。

 

「あんた、だいぶ肌マシになってきたね」

「そうか?ありがとう。ところでそういやその『闇の魔法使い』は?」

「アイツが2年前に塵にしちゃったよ。因果応報ってやつだね」

 

 踊りながら会話し続ける2人とそれを見ながら歌うガーリック先生が立つ床の遥か下。ホグワーツ城の地下深くに、その女生徒の姿はあった。

 教職員ですら極一部しかその存在を知らず、友人たちの誰も正確な位置など知らないその部屋で、女生徒は4枚の肖像画と会話する。

 

「我が一族の汚名を雪いでくれたこと、感謝するよ」

「礼には及びません、ルックウッド先生。それに誰のお蔭かと言うならコイツのお蔭です」

 女生徒は頭上に乗っている不死鳥にアーモンドを与えながら言う。

「フィッツジェラルド先生、ブラック校長は?」

「まだ寝てるわ。生徒のことには余り興味が無いみたい………あら」

 額縁の端から消えてまたすぐ現れたニーフ・フィッツジェラルドは付け足す。

「マチルダが起こしに来たから、もうすぐお目覚めになるわよ」

 

 生前ホグワーツの校長を務めていたフィッツジェラルド女史は校長室にも肖像画が有り、両方を行き来できる上にブラック校長はこの部屋の存在自体知らないため、女生徒がブラック校長の動向を仔細に把握する助けとなっているのだった。

「そういやフィッツジェラルド先生、校長に僕のこと訊かれないの?」

「相変わらず全く。まさか友達だなんて思ってもいないみたいね」

 校長室にある歴代校長の肖像画は常に「現職の校長に仕える」という義務を負っているが、いかにブラック校長とて「マダム・フィッツジェラルドと例の編入生が知り合い」という事自体知らないのでは情報を得られようもない。

 

「そろそろ行くべきではないかね?」

 額縁の中のパーシバル・ラッカム教授が言う。

「そうでした!ありがとうラッカム先生!」

 

 そして女生徒は不死鳥の力を借りた「付き添い姿くらまし」で炎に包まれ消える。2年前はちゃんとした通路があったこの部屋は、去年この女生徒によって全ての出入り口が厳重封鎖されいくつもの保護呪文が施されて、今では女生徒の不死鳥に直接連れてきてもらう以外に到達する手段が無い完全隔離区画となっている。その上かつてこの部屋に繋がっていたいくつかの隠し通路などの入り口だった場所には複数のダミーの謎解きが隠され、その謎を解けば一応の報酬がある別の隠し部屋に辿り着くという周到な隠蔽がなされていた。

 

 急に現れて「どう?」とだけ訊いたその女生徒にレイブンクローのアミットが視線でホグワーツの正門を示す。骨と皮だけの有翼馬セストラルによって牽かれた馬車が、近づいてきていた。

 

「そこそこ時間かかるかと思って早めに起こしに行ったのに、既にみんな起きてるとはね」

「流石にね。僕らだっていくらなんでもよりによって今日寝坊するほど薄情じゃないよ」

「同感」

「ほらこれ飲め。目の下のクマが凄いぞサロウ」

「ありがとうマルフォイ。ぜんっぜん眠れなかったんだ………………」

「まあ、無理もない。先生方も責めはすまいよ」

「みんな、おはよう」

「おはようございますウィーズリー先生、それにローネン先生も」

「………私は間に合ったか?」

「おはようございますブラック校長。見ての通り今まさにご到着です」

 

 そして到着した馬車から降りてきた1人の生徒を見るなり、セバスチャンが駆け出した。

 

「わあ!何するのよお兄ちゃん」

「…………よかった。よかった。こんな日がいつか来るって、信じ続けてよかった」

 自分を抱きしめて滂沱の涙を流す双子の兄を見つめるその生徒の元に、オミニスもやってくる。

 

「おかえり、アン。待ってたよ」

 

 そう言われたアン・サロウが顔を上げて改めて見てみれば、親しい友人たち数人が出迎えに来てくれていれば御の字だというアンが馬車での移動中にしていた予想に反して7年生全員、どころか何人もの下級生や先生方、4寮全ての寮憑きゴーストとピーブズまでがその場に勢揃いしていた。

 

「ありがとう、みんな。ただいま」

 流れ始めた涙を袖で拭って笑ったアン・サロウは、もうどこも痛くなかった。

 




 
ウィゼンガモット主席魔法戦士
    アルバス・ダンブルドアが持ってたいくつもの肩書の中の1つ。ウィゼンガモットにおける「裁判長」的な役割であるということの他は一切不明で、ダンブルドア以外に誰がやってたのかも不明。このお話では「ウィーズリー家の親戚のおばあさん(私の妄想の産物)」が務めている。

シュガーローフ(棒砂糖)
    19世紀末に「グラニュー糖」が主流となるまでは「砂糖と言えばこれ」だった、先の丸い急な円錐形の砂糖の塊。需要によってサイズは様々あったが、粉の砂糖をその形に固めているのではなく糖液を器に入れて成形しているのでマジでクッソ硬いらしく、専用のハンマーやら鍬やら鋏やらで適宜力技で崩して使っていたそうな。多分重労働。 

ザッハトルテ
    「ホテル・ザッハー」と「デメル」が主に提供している「チョコレートケーキの王様」。       なかなかの紆余曲折と長い法廷闘争の末に「両者売っていいけど『オリジナル』はザッハーだけ」       と判決が下ったのも今は昔、現在では微妙にレシピの違う「オリジナル」と「デメル」をそれぞれ食べ比べるのも観光客やオーストリア国民の楽しみとなっている。味が濃い。ホテル・ザッハーのオリジナルこそ至高!」派も「デメルのやつのほうが好き」派も両方大勢いる。

タルトタタン
     フランスのタタン姉妹の姉ステファニーが「偶然」生み出したフルーツタルト。ホテル・タタン自体もまだある。

田道間守
     柑橘類と菓子の神。かつて天皇に仕えた人間で、死後神格化。

センテオトル
     アステカにたくさんいるトウモロコシの神の一柱。ただしナワトル人にとってトウモロコシは主食なので「お菓子の神様」ではない。

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