2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
ホグワーツへの復学を果たしたアン・サロウが数年ぶりに足を踏み入れたスリザリンの談話室は、もしかしてここはグリフィンドールの談話室だったのではないかと勘違いしてしまいかねないほどのお祭り騒ぎだった。
「ジェミニオ!さあ諸君、我らが女王陛下のご帰還を盛大に祝おうではないか」
豪奢なテーブルの上のザッハトルテに「双子呪文」を施して皆が充分食べられる数量に増殖させたマルフォイはいつになく芝居がかった口調と振る舞いで内心の高揚を全身から発散させていた。
「ほら、お前が最初に食べなきゃみんなごちそうに手を付けられないんだぞミス・サロウ?」
ミス・サロウというワードを口にすること自体嬉しいらしいノットがザッハトルテを一切れ渡す。
「みんな大げさよ。でも、ありがとう」
「何が大げさなもんか。お前の親愛なる兄上に比べたら僕らなんか慎ましいもんだぜ?」
そう言ったスリザリンの男子生徒が示す先、他ならぬセバスチャン・サロウは未だ泣いていた。
「ほら、アン。食べてみて」
「…………美味しい」
その瞬間にスリザリンの談話室を歓声が包み、マルフォイはギャレス・ウィーズリーとハイタッチするという普段の彼からは考えられない行動を見せていた。
そして各々ザッハトルテやらフルーツやらに手を伸ばし始めた友人たちの賑わいに包まれながら、オミニスがアン・サロウに声をかける。
「5年生に編入するって、本当かい?アン」
「そうよ。だって『O.W.L.』を受けたいんだもの私。休学中も叔父さんに教えてもらってはいたけど、あんまり無理はできなかったから……でも、もう違う」
「ソロモンさんは1人で寂しくないかな?」
「淋しくて泣いてるかもね」
そう言って笑うアンのすぐ後ろでは、イメルダがもう1ホールのザッハトルテを切り分けようとしてナイフが入っていかずに愕然としている。
「あ、それ僕が作った『ザッハトルテ型チョコレート』だよ」
「つまりこれは、このサイズのチョコの塊?」
「うん!いいでしょ!なになになに痛い痛いいたい」
ネリダ・ロバーツとグレース・ピンチ・スメドリーに左右の頬を引っ張られながら楽しそうに笑っている女生徒を横目にレストレンジがその「ザッハトルテ型チョコレート」に杖を向けて切り分け、それに「よっしゃ喰ってやろうじゃねえか」と言わんばかりの挑戦的な、またはお調子者の数人が名乗りを上げて一切れずつ貰っていく。
「硬……甘っ………おぉ……」
そしてチョコの塊と格闘し始めたブラトルビーたちや、ザッハトルテを味わいつつも既に今日これからの授業に向けて予習を開始しているアミットらレイブンクロー生、さらにはもうひとつ紛れ込ませていたらしい「ザッハトルテ型チョコ」を切り分けすらせずモリモリと1ホール完食した女生徒を眺めながら、アンはやっと実感が湧いてきていた。
「私、ホグワーツに戻ってきたのね」
「そうだよアン。今日からもう授業受けるんだろう?準備はいいのかい?」
「あなた、口の周りチョコレートだらけよ?」
女生徒に杖を向けて「テルジオ!」と唱えその顔にベッタリと残っていたチョコレートを拭い取ったアンに、グリフィンドールの1年生が話しかけてきた。
「サロウ先輩。呪いを受けて休学なさっていたそうですが、どうやって回復なされたんですか?」
アンはその小さな1年生の顔を見つめる。
「あなた、ダンブルドアくん?ホントにほっぺたまんまるなのね…………触っていい?」
「まあ、別に構いませんが………」
許可を得るなり初対面の男の子の頬を揉み始めた17歳の娘さんを、壁の額縁の中から何人もの歴代スリザリン寮卒業生の皆々様が見守っている。
「ほんとにもっちもちね………すごいわ……ほんとにもっちもちよ……」
見かねて止めようとしたネリダ・ロバーツにも、アンは言う。
「ねえほんとにもっちもちよネリダ………」
「知ってるわよ。私も触らせてもらったもの。アナタ、ダンブルドアくんに一体何を訊かれたのかは覚えてるのよね?」
ハッとしてダンブルドアくんの頬から手を離したアンは、一呼吸置いてから話し始める。
「不死鳥の涙。コイツの不死鳥の涙を毎日ふくろうで届けてもらって、2年間ずっと朝晩欠かさずに飲んでたの。そんな事をした例は他に無いし、もちろん解呪方法のわからない呪いをそれで解呪できたのも前例のない事だって、聖マンゴの癒師が言ってたわ」
大皿のフルーツに手を伸ばそうとしていた女生徒の顔を両手で持ってダンブルドアくんに示しながらのその解説に、ダンブルドア少年は驚きつつも納得する。それなら未知の呪いが未知のままに治っても不思議じゃないのかもな、と。
「それを発案なさったのは……?」
「もちろんコイツよ。コイツ以外には誰もそんな事思いつきもしない、そうでしょう?」
「お礼はアンが笑っててくれるだけでいいって、僕言ったよね?」
機先を制して釘を刺した女生徒の頭上が一瞬だけ燃え上がり、件の不死鳥がそこに現れる。
「でも私はお礼を言わなきゃ気が済まないわよ。一生の恩なんだから―」
アンは女生徒を、そしてその頭上に佇む不死鳥を見つめる。
「―本当に、ありがとう」
「それもう何回目だい、アン」
謝意は真摯に受け取りながらもそう茶化して笑っている女生徒の頭上から飛び立った不死鳥はスリザリンの談話室を優雅に一周し、大皿のフルーツ盛り合わせの中からオレンジを一切れ咥えるとそれを器用に嘴と足の鉤爪で小分けにしながら完食し、美しい声で歌い始めた。
その歌を聴いているうちに胃もたれが随分楽になっていくのを、チョコの塊を食べきったグリフィンドールのルーカン・ブラトルビーは感じていた。
そしてその日の最初の授業、アン・サロウがホグワーツに復学して最初に受ける授業は、ヘキャット先生の「闇の魔術に対する防衛術」だった。他の5年生たちに混じって教室に足を踏み入れたアンは、天井から吊るされているヘブリディアン・ブラック種のドラゴンの骨格標本を懐かしそうに眺めていた。
「復学おめでとう、サロウ先輩」
「あら、ありがとうヘンリーくん。背、伸びたわね」
「ハリーでいいよ。みんなそう呼ぶ」
「私もうアナタから見て『先輩』じゃないのよ『ハリー』?」
「そっか、そうだね。じゃあこれからよろしく、『サロウ』」
最後に見た3年前は2年生だったグリフィンドールのヘンリー・ポッターくんと今では同級生だという奇妙な事実も、アンにとっては嬉しかった。
「ね、ホントにもう大丈夫なの?痛くない?」
「うん。ぜーんぜん。心配してくれてありがとうソフロニア」
同級生となった5年生たちと仲良くなるべく頑張っているアンの視界に入ってきたのは、双子の兄セバスチャンだった。
「………ヘキャット先生に呼ばれたんだよ」
セバスチャンがそう言ったのが合図だったかのように入室してきたへキャット先生に、教室に集合した全員が注目する。
「おや、お前さんたちが2人揃ってるなんて随分久しぶりだね。『サロウ』?」
出てくるなりそんな冗談を言って大いに笑ったヘキャット先生は、釣られて笑った生徒たちの表情を見渡すと再び双子のサロウを見つめる。
「さ、向かい合いな。みんなも、このミス・サロウがどのくらいやれるのかを見たいだろう?」
大歓声が上がった教室にヘキャット先生は杖を向け、決闘用の台を出現させる。それは大広間の長テーブルより更に幅が細く、およそ「横に逃げる」という選択肢は排除されている。
「決闘に勝る訓練は無い。思いっきりやりな」
教室に集う5年生たちも、このセバスチャン・サロウが7年生の先輩の中でも最上位のグループに属する実力者だということは重々承知していた。噂を耳にしていたというのもあるが、何より2日前のクィディッチ競技場での「特別試合」を目撃したのが大きかった。ホグワーツ教師陣4人対7年生11人の決闘の中にあって存在感を示し続けた「決闘常勝者」の、その双子の妹が如何ほどやれるのかはヘキャット先生が言ったとおりみんなが気になっていることだった。
決闘用の台の上で、2人のサロウは向かい合い、杖を己の顔の前に立てる。
「手加減しないぞ。『手加減しなくていい』って喜びを実感させてくれよ?アン」
「随分上からね?私にケンカで勝った事あった?お兄ちゃん」
「手加減してやってたんだ。気づいてなかったのか?」
「それはそれは。お気遣いどうもありがとう」
2人とも全く同時に、鋭い動きで杖を下ろしてくるりとお互いに背を向けて台の両端まで歩いていって距離を開け、また全く同時に向かい合う。
そして「始め」の声がかかった。
「エクスペリアームス!」「プロテゴ!」
開始の合図と同時に突進してきたアンにセバスチャンが「武装解除呪文」を放つがそれは敏速な盾の呪文で防がれる。そしてセバスチャンが次の呪詛を放つよりも速く兄の懐に入り込んだアンは、そのまま勢い良く。セバスチャンの股間を思い切り蹴り上げた。
「ヴゥ!!」
声にならない呻きとともに動きが止まったセバスチャンをアンは両手で鋭く突き飛ばし、そのまま仰向けに倒されたセバスチャンの上に馬乗りになって間髪入れずに兄の顔を殴る。
そしてアンが杖を持ったままの手でさらに喉を殴ろうとしたところで、ヘキャット先生が止めた。
「ミス・サロウの戦いぶりに5点。もう本当に、体に心配は無いみたいだね」
倒れて動かないセバスチャンの手から杖をもぎ取って拳を天高く掲げて勝利宣言をしているアンを見ながら、ヘキャット先生は笑っている。アンの周囲には女子たちが集い、一方のセバスチャンの周囲には同情的な視線を向ける男子たちが集まっていた。
「生きてる?サロウ。……ずいぶんおっかない妹さんなんだな」
「サロウの奴、泡吹いてるぜ」
「そりゃそうだろ…………」
「動かないけど笑ってないかこの先輩……………」
そしてグリフィンドールのヘンリー・ポッターも、伸びているセバスチャンの傍に寄ってくる。
「気持ちはわかんないでもないけどさ。双子の妹に股間蹴られて顔殴られて、それで泣きながら笑ってたら、それってけっこう変な奴だよ、サロウ先輩」
しかしそんな周囲の好奇の視線も、セバスチャンの視界には映らない。
「アンが元気になった…………やっと元のアンになった………」
ひたすらうわ言のようにそればかり繰り返しているセバスチャンを、ヘキャット先生が見ている。
「せバスチャぬ………」
背後から聞こえてきたその声が誰のものなのか、セバスチャンにはすぐわかった。
「なんで……居るんだ、お前………」
「ヘキャット先生のお部屋でお菓子漁ってたら捕まっちゃったんだぁ……」
「またそれか………」
「セバスチャンのセバスチャンがランロクになっちゃったね」
かなり不謹慎な比喩表現をしたその青年は、「エピスキー!」と鋭く唱える。
「ほら立ってセバスチャン。まだ終わりじゃないんだから」
「そうさ。立ちなミスター・サロウ。第2ラウンドだよ」
そしてヘキャット先生は、ミス・サロウを含む5年生たちを見据えて言う。
「『総合実践』と行こうか。いいかい?お前さんたちは今、闇の魔法使いに追われている」
ヘキャット先生が杖を振ると、その場に集う生徒たち1人ひとりの首にマフラーが巻かれた。各々の寮の色とシンボルをあしらったそれに自分の名前が書き込まれている事に全員すぐに気づく。
「ミスター・サロウは『たまたま居合わせた7年生』だ。そしてお前さんたちを追うのが」
グリフィンドールの制服を着た男子生徒がひとりだけ、その首にマフラーを巻いていない事に気づいたものは少数だった。
「はい!僕やりたい!」
そう言って勢い良く手を上げたその青年の着ている制服は染み渡るようにその色をどこの寮でもない紫に変え、これまたどこの寮でもないイルカのシンボルが刺繍される。
事ここに至ってやっと、5年生たちはそれが誰なのかに気づく。
セバスチャンが「最上位のグループに属する実力者」ならこの先輩は「最上位」。2年前ホグワーツにやってきてあっという間に皆の中心になってしまった「編入生」その人だと。
「そう言うと思ってたよ。ほらこれ読みな」
ヘキャット先生に渡された羊皮紙を青年が開いてみれば、それは「ルールブック」だった。
「おー、あー。まあそりゃそうか。わっかりましたー」
あまり長くはない箇条書きのそれをザッと読み流して納得した青年は杖を取り出す。
「なんて書いてあったんだい」
顔を寄せてきたセバスチャンに、青年は短く言う。
「禁じられた呪文3つと悪霊の火と悪魔の守り禁止。魔法生物は1個体のみ動員可」
あとは内緒、と付け足した青年が手に持っている羊皮紙をセバスチャンが覗こうとしている中、ヘキャット先生は詳しい内容を皆に告げる。
「そのマフラーを取られたら失格。スタートはここ。ゴールは校長室の前。許可は取ってるから心配しなくていいよ。それとコイツに課した『魔法生物は1個体のみ』って制限の意味が、5年生のお前さんたちは正しく理解できているはずだね?それにミス&ミスター・サロウ。コイツがどういう事をするか、予想できないお前さんたちじゃあないだろうね?」
5年生の何人かは、ヘキャット先生の言っている意味がわからないらしかったが、アンとセバスチャンはすぐに理解した。「魔法生物は1個体のみ」。「魔法生物は」1個体のみ。つまり。
「居るかい、ピーブズ!」
「呼んだか?兄弟」
歴代校長が手を焼かされ続けた悪名高きポルターガイストと、この青年は何故か仲が良かった。ヘキャット先生などはピーブズにある程度言うことを聞かせられるが、呼べばピーブズがいつでも馳せ参じるというのは、長い長いホグワーツの歴史でもこれまでに例の無い事だった。
しかし初めて見る光景に驚いていた5年生たちは、すぐにその光景を受け入れる。
「まあ先輩なら………まあ。元々ほとんどポルターガイストみたいなもんだし……」
ヘンリー・ポッターのその言い草に、アンは思わず笑ってしまった。
「それと………『エリエザー』を連れてきてくれるかい、ペニー」
「はい。ペニーがここにお連れしました」
あっという間に2人増えた追跡者を見て、5年生たちと2人のサロウの杖を握る手に力がこもる。そして「エリエザー」なる、おそらくはこの青年が飼育している何らかなのであろうその生き物も、現れた屋敷しもべ妖精が「連れてきた」と言っているのに姿が見えない時点で、皆の中で候補はかなり絞られていた。
「さて、一目散に走るもよし。立ち向かうもよし。あくまで目標は校長室の前まで辿り着くことだからね。さあ3,2,1,始め!」
5年生たちは駆け出し、2人のサロウは青年に杖を向ける。
「「ステューピファイ!!」」
アンとセバスチャンが全く同じ動きで放った呪詛を青年がヒョイと避けている隣では屋敷しもべ妖精のペニーがパチンと音を立てて姿を消し、ピーブズは壁をすり抜けて追跡を開始している。
「今のうちに逃げろアン!」
「お兄ちゃんこそ今のうちに逃げてよ!」
庇い合っているのか意地を張り合っているのかそれとも足を引っ張り合っているのかわからない双子を、どこの寮でもない紫の制服を着た青年がケラケラと笑いながら眺めている。
「エクスペリアームス」
青年がわざと的を外して撃った「武装解除呪文」が教室の壁に当たるのを見て、アンとセバスチャンは一瞬顔を見合わせた後急いで教室から出ていく。
「レダクト!」
スリザリンの制服を着た女子生徒が放った「粉々呪文」はピーブズの体をすり抜けて廊下の向こうへと飛んでいき、たまたま通りがかった薬草学のガーリック先生にピシャリと防がれる。
「ああー、そりゃまあ『粉々』も何もない、あ!ちょっとやめなさいよ!」
ピーブズにスカートを捲られそうになって手で抑えているその女子生徒に、背後から声がかかる。
「失礼しますお嬢様」
するりとその女子生徒の首からマフラーを取り去ったペニーがまたパチンと音を立てて消えると、ピーブズも「守り通すべきものの優先順位を間違えたな?」と言い残して壁をすり抜けて消える。
「………もう!」
「残念だったわね。校長室まで一緒に行きましょうか?」
ガーリック先生が差し伸べた手をとって、その女子生徒は立ち上がった。
「ステューピファイ!このっ、ステューピファイ!」
自分たちの大切な友人にチョークスリーパーをかけギリギリと首を締め上げている7年生の青年にレイブンクローの5年生の女子3人は呪詛を撃ちまくるが、全て空中で何かに衝突して弾かれる。
「降参………こうさん………ゆるして………たすけて……」
「だめです。闇の魔法使いに降参なんかしたら、殺されるだけならまだマシだよ」
その女子生徒が気を失う寸前で青年は締め上げるのをやめ、ウィゲンウェルド薬を飲ませた後マフラーを取り上げ、どこからともなく取り出した旅行カバンにその女子生徒をしまい込む。
「わかってると思うけどー!怪我させちゃダメだよエリエザー!」
大きな声で呼びかけた青年にその「エリエザー」は返事をするが、青年の耳には届かない。
「失礼します」
「あ、こら!」
「失礼します」
「クッソ!」
「失礼します」
「渡すか!」
鞭のような音とともに消えたり現れたりを繰り返す屋敷しもべ妖精に、グリフィンドールの5年生たちが翻弄されている。
「レラシオ!ああもうまた消えた!」
その場で1人だけマフラーを死守した男子生徒は、杖を持っていない方の手で自分の首元のマフラーを強く掴んだまま再び走り出す。脱落した友人たちを気にかけている余裕は彼には無い。
「アグアメンティ!」
杖の先から噴出した水をクルクルと操り、反対側の手に薬入りの小瓶を持った青年は罠を張る。
「ネビュラス」
たちまち廊下の端まで広がった霧を吸い込まないように注意しながら、青年は振り返りもせず杖だけ背後に向けて失神呪文を無言で放った。
霧の向こうから飛んできた赤い閃光が顔のすぐ横を飛んでいったスリザリンの女子生徒は思わず息を呑み、そしてそのまま意識が混濁して床に倒れた。
(え………当たってない、のに……)
「生ける屍の水薬」を霧状にして充満させるのはその青年がよくやる対多数の制圧方法だという事をこの女子生徒は知らなかった。もっとも今回は5年生のかわいい後輩たち相手ということもあり、安全に配慮してもう少し効果の弱い別の眠り薬を稀釈して用いていたが。
「む!」
気まぐれに動く階段の上の方、誰もいないように見えるそこから飛んできた妨害呪文をピーブズは躱し、出どころであろう地点の空中に目を凝らす。
「んんー?流石に見えなくたって『居る』のはわかるぜぇー?逃げる先が無いもんなぁー!」
ピーブズがそう言った傍から、階段は束の間動くのをやめて上階に接続する。
素早く走り去る足音を聞き取ったピーブズは指で下品な仕草をするが、顔は笑っていた。
「私物をうまく活用するというのも、実力の内に含まれるとペニーは考えます」
パチンと大きな音とともに現れてそう言った屋敷しもべ妖精は、ピーブズと素早く意思を疎通させ各々別の廊下へと消えていく。
「わあああ!わああああ!」
ヘキャット先生が言っていた「許可は取ったよ」という言葉を信じて廊下を全力疾走しているそのハッフルパフの女子生徒は、白く光って高速移動してくるその青年にあっさりと追いつかれる。
「つーかまえた!………もしかして香水変えたかいアボット?」
「はなして!離しなさいよ!」
ジタバタと抵抗する女子生徒を旅行カバンの中に押し込んだ青年は再び走り出す。
「おや、随分早かったじゃないか。他の生徒よりかなり有利だという点を差し引いても」
校長室への通り道を守るガーゴイル像の前に立つブラック校長は、誰もいないように見える方向へ労いの言葉を投げる。
「大階段でピーブズと鉢合わせた時は肝が冷えました。アイツやたら勘が鋭いんです」
最初にゴールしたのはその声の主、透明マントを脱いだヘンリー・ポッターだった。
「きみのその『家宝』は便利で強力な品だが、あくまでも視線だけしか誤魔化せんからな」
「『呼び寄せ呪文』で引っ剥がされたりしないのは便利ですし、絶対に褪せたりしないのも心強いんですけど、透明になる『だけ』なのは市販品と同じですからね……そこを頭に置いとかないと」
そして一切立ち向かおうとせずひたすら逃げ続けたグループの中の、ペニーとピーブズを凌ぎ切った面々がゼエゼエと息を切らしながら校長室の前までやってきて、そのほとんどが倒れ込む。
「クッソ………屋敷しもべ妖精という生き物を……ナメてたな……」
プライドだけで体を支えて立っているらしいスリザリン生の男子が言い、それに友人たちも床から立ち上がりつつ同意した。
一方、抵抗虚しくカバンに詰め込まれたハッフルパフの女子生徒の目の前に居たのは、暖炉の傍のソファに座って毛布にくるまりココアを飲んでいるレイブンクローの女子と、それを介抱しているグリフィンドールの1年生だった。
「あ。いらっしゃいませ。残念でしたねアボット先輩」
「あなた、なんで居るのダンブルドアくん……?」
「魔法史の授業受けてたんですけど、有無を言わさず誘拐されまして。『居て』との事で」
どうぞどうぞおかけくださいとソファを示したダンブルドアくんに促されるまま、ハッフルパフの女子は顔だけ覚えているレイブンクロー生の隣に座る。
「女性の首を締めるなんて!お説教が必要ですよ先輩は!」
憤るダンブルドア少年をよそに、ココアを味わうそのレイブンクロー生は内心困惑の極みだった。
(どうしよう………ちょっと嬉しかった……あたしおかしいのかしら……??)
「………頼んだらもう一回してくれるかしら」
「はい??????????」
聞き間違えかと思ったダンブルドア少年だったが、そのレイブンクロー生の頬が赤いのは暖炉と毛布とココアで体を温めているからではない事を、ダンブルドア少年は察せてしまった。
「あのー、えー、たぶんそのお気持ちは『首を締められたから』ではなくあの先輩と触れ合ったからなのではないかと愚考しますが………違いますか?違いますかね……?」
ダンブルドア少年と同程度にはたじろぎながらも、ハッフルパフの5年生女子アボットは訊く。
「………気持ちよかったの?」
レイブンクローの女子生徒はココアをまた一口飲み、恥ずかしそうに頷いた。
「あーークッソ!!アイツ強すぎる!」
そこへ縄で縛られたままその部屋に投げ込まれてきたグリフィンドールの男子は悔しそうに呻く。
「あ、いらっしゃいませルーピン先輩。ココア飲みます?」
その後も次から次へとマフラーを奪われた5年生たちがその部屋に放り込まれてきて、すぐにソファが足りなくなる。
「わぁ!」
デミガイズ10頭が協力して追加のソファを運んで来たのを見て、レイブンクローの男子が驚きの声を上げる一方、ダンブルドア少年は「あ、そうですそこに。ありがとうございます」と慣れたものだった。
「首絞めたのはやりすぎたよな………今の僕はあくまでも闇の魔法使い『役』だからやって良いことと悪い事があるんだよ………ていうかそれ以前に女の子に暴力振るうのはフィグ先生がいい顔しないよな………やっぱあの子に後で謝ろ………」
アンとセバスチャンが2人して乱射してくる呪詛を尽く防ぎ躱しながら全くの余所事を考えている青年に、セバスチャンが叫ぶ。
「おい!随分余裕じゃないか!いくらきみとは言えその態度はいただけないぞ!」
セバスチャンが無言で飛ばした失神呪文は青年に届く遥か手前、空中で何かに阻まれる。
「エリエザーはアンを捕まえて」
呪詛を尽くはじく表皮を持つ見えない何かが迫ってきているのを察して抵抗をやめ一目散に逃げ出すアンを横目に、セバスチャンは再び杖を振るう。「エリエザー」の正体を知っているからこそ、青年もその「エリエザー」も自分がここで引き止めるべきだと判断して、セバスチャンは額に汗を滲ませる。
「ヴィペラ・イヴァネスカ!」
素早く胴体を動かしてその「蛇消失呪文」を避けたエリエザーは、セバスチャンの目を見る。
「やあエリエザー。ミラベルとは仲良くやってるのかい?」
ドロップキックをかましてきた青年を躱しつつエリエザーに失神呪文を飛ばしたセバスチャンは、姿の見えないエリエザーが狙いを自分に変更したことを察して笑った。
〈そんな呪文は効かないが、勝負を挑まれて無視するというのは無礼な行いだからな〉
エリエザーのその言葉を理解できる生徒は今マグル学の講義を受けている最中で、ロンドンの下水道網の歴史に関する説明を必死に脳に刻み込んでいるのでこの場には居ない。
そして脱落者を回収しつつゆったりと歩いていたヘキャット先生も校長室の前に着く頃には、ゴールも脱落もしていないのはアンとセバスチャンの2人だけになっていた。
「おー、来た来た」「美しい走行フォームですね!」
校長や生徒たちに混じるピーブズとペニーは、同じ箱からポップコーンを分け合っている。
「先に行けアン!」
「先に行って!」
このままでは2人とも捕まると判断した双子は、同時に立ち止まって青年に杖を向ける。すると青年も急停止し、杖を構えて笑った。
「姿を見せてくれるかい、エリエザー」
その声に応じて透明で居るのをやめたのは、ほとんど白に近い黄色の鱗に覆われた白皮症らしきホーンド・サーペントだった。その躰は2日前の「特別試合」で呼び出された「ミラベル」よりさらに目に見えて大きく、角が立派な事と引き換えなのか、その額に宝石は無い。
「いつ見ても………荘厳だな、エリエザー。ディフィンド!!エクスパルソ!」
セバスチャンは果敢に呪文を連射し「エリエザー」に挑むが、尽く鱗に弾かれる。
「ステューピファイ!コンフリンゴ!くっそプロテゴ!フリペンド!」
青年が放つ呪詛にも対処するセバスチャンは防戦一方になり、ジリジリと後退させられていく。
「「ステューピファイ!!」」
2本の失神呪文が正面衝突して空中で火花を散らし、押し合う青年とセバスチャンは杖を握る手に力がこもる。そしてすぐにセバスチャンの失神呪文が押し始めるが、ホーンド・サーペントのエリエザーはその長く太い胴体をうねらせて空中を滑るようにしてセバスチャンに迫る。
「ヴィペラ・イヴァネスカ!!」
エリエザーに「蛇消失呪文」を放って躱させることで牽制したのは、セバスチャンに攻め手が集中している間に廊下を走り抜けてゴールしていたアンだった。
「はいそこまで。みんなよく頑張ったね」
防御と回避に必死だったセバスチャンはヘキャット先生にそう言われて初めて、自分が後退させられ続けた果てに校長室の真ん前まで辿り着いていた事に気づいた。
「追手を、ここまで……連れてきちゃったら、………僕の役割としちゃ『失敗』だな」
肩で息をしながらそう零したセバスチャンをアンが労うそのすぐ傍では、青年がホーンド・サーペントのエリエザーに協力のお礼を言いつつ旅行カバンを開き、収容していた脱落者たちとダンブルドア少年を開放していく。そこに最初に脱落したスリザリンの女子生徒もガーリック先生に連れられて到着し、先生方による講評の後に青年がレイブンクローの女子生徒に丁寧に謝って授業は終了した。
そしてその日の全ての授業が終了した真夜中。占い学教授のムディワ・オナイ教授とその娘のグリフィンドールの7年生ナツァイ・オナイ、そして変身術のウィーズリー先生と魔法薬学のシャープ先生が天文台に集まって雷雨の空を見上げていた。
「何もかもうまく行っていれば、もうすぐだね?」
「ああ、これで何度目のチャンスだったかわからんが、そうだ」
「ひどい結果になりませんように………うまくいきますように」
「うまく行ったとしても、最初の変身ってとっても痛いからね……」
一同が成功を願う相手でありナツァイが無事を願う大切な友人、2年前ホグワーツにやってきたその「編入生」が「動物もどきになりたい」と言い出したのは去年の初めの事だった。
ヘンリー・ポッター(1892年より前の生まれ。詳しい生没年は不明)
ハリーポッターの曽祖父。このヘンリーくんが親しい友人たちに呼ばれていた
愛称が「ハリー」であり、ハリーポッターの名はここから取られている。
当時のポッター家はよく知られた「裕福な純血家系」だった。
1921年の時点でウィゼンガモットを辞めており、第一次世界大戦に際した
時の魔法大臣の「マグル社会への介入を禁ずる」という方針に反発し
マグル支持を公言した(ここまで公式設定)
ハリーポッターの父方の血縁、ポッター家の先祖なので当然「透明マント」も
所有していたものと思われる。
この話ではグリフィンドールの5年生(私の妄想)