2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
「えっ、あっ。あの、内緒にしといてくれないかな………?」
真夜中のホグワーツの廊下で、橙と緑の目をしたワタリガラスを抱きかかえたまま狼狽え慌てふためくナツァイ・オナイが見つめる相手。
そのハッフルパフの1年生の女の子は、道に迷って心細くなっていた事などもう忘れ去っていた。
「ねえねえ今のどうやったの?!ホグワーツで教えてもらえるの??」
期待に目を輝かせているそのふわふわしたブロンドヘアーの小さな女の子を、ナツァイの腕の中のワタリガラスが見つめている。
「おめめが綺麗ね………」
女の子もその派手な目の色をした真っ黒い鳥を好奇心に満ちた笑顔で見つめている。
そしてナツァイの腕の中のワタリガラスは、唐突に翼を広げて床に飛び降り、ちょこちょこと跳ねるように歩いて女の子の足元に移動し、女の子を見上げた後、またちょこちょこと数歩後退する。
「こんばんは。もう寝てなきゃいけない時間じゃないかい?なんで廊下に居るのかな?」
スルリと人の姿に戻った7年生の女生徒は、ワタリガラスの姿の時の左右の目の色と同じ橙と緑の妙なメガネをしていた。
「すごーい!すごいすごい!もっかいやって!」
「いいよー」
リクエストに答えて人からワタリガラス、ワタリガラスから人、そして再びワタリガラスと変身を繰り返し始めたその女生徒を、やっと我に返ったナツァイが制止する。
「ちょっと、先生たちになんて言われたか忘れたの?」
女生徒はキョトンとした表情で振り返り、ナツァイを見つめている。
「この子を楽しませてあげてから、後でゆっくり反省すればいいだろう?どうせ僕の落ち度なんだからさ。それに、どうせ見られて噂は広がっていくよ………僕明日の朝報告会するつもりだし」
その発言を受けて色々言いたいことが湧いてきてじっとりと女生徒を睨んだナツァイだが、ちょっと心配そうな表情になったハッフルパフの女の子と目が合って、全ての葛藤を引っ込める。
「あたし、見ちゃダメなもの見ちゃった……?」
その言葉を受けて即座に女生徒とナツァイは返答する。
「違う。きみは悪くないよ。『あんまり見せびらかしちゃダメだよ』って先生たちに言われてたのに、僕らの注意が足りなかったんだ。だから気にしないで」
「今あなたが見たこれは、ホグワーツでは教えてないの。失敗したら一生病院で過ごすことになるかもしれない、危なくてすごく難しい魔法だから」
女の子はその言葉を受け止めたらしく、派手なメガネのおねーちゃんにひとつ質問をする。
「そんなに危ないのに、なんでしちゃったの?」
「………やりたかったから、……ですね……………」
ちょっとたじろいでいる女生徒の横で、ナツァイも視線をそらしている。女生徒もナツァイも、そしてなんなら歴史上の全てのアニメーガスも、「危険だとは知りつつもやりたかったからやった」というのは言い逃れようのない事実だった。
「危ないことしちゃだめなんだよ?」
「「ごめんなさい……」」
11歳の女の子にしっかりと叱られて立つ瀬がない最上級生2人は急速に鎮静化していき、そしてやっと「この子はなぜこんな時間に廊下に居るのか」という疑問に立ち戻る。
「あなたはどうして廊下に居たのかな?もう消灯時間過ぎてるでしょう?」
「寝てたけどおトイレ行きたくて起きたの。けど、道わかんなくなっちゃったの」
「そっか。じゃあ案内してあげるよ」
その子が先日の組分けの儀式で大興奮のあまり組み分け帽子の言葉を遮ってしまっていた女の子だと、ナツァイも気づいていた。
「ね、おねーちゃんたちはどうして廊下にいたの?」
「さっき言った『すごく難しい魔法』にこっちのお姉ちゃんはずっと挑戦してたの。で、今夜はそれが成功するかもしれない時だったから、先生たちと一緒に天文台で待ってたんだよ」
「うまくいったの?」
「そうだよ。だから嬉しくなっちゃって」
その返答を聞いて再び好奇心で目を輝かせ始めた女の子と手をつないで歩きつつ、ナツァイはどう説明したもんかと悩んでいた。一方の派手なメガネの女生徒はさっきの今でまた変身し、数度羽撃いてナツァイの肩に止まる。
「ねえ、耐えられない程じゃないけどさ。そこそこ重いってわかってる?」
ナツァイの苦言を受けて、ワタリガラスの姿の女生徒はナツァイの肩から頭の上へと移る。
「あなたのお父さんとお母さんは魔法使い?」
「ううん。お姉ちゃんだけよ」
「そのお姉ちゃんっていうのは、もしかしてホグワーツに居る?」
「うん!お姉ちゃん4年生なの」
1年生の女の子と仲良くなりたくて頑張っているナツァイの頭上で、左右で異なる派手な目の色をしたワタリガラスが楽しそうに啼き始めた。どうやら何か歌っているつもりであるらしい。
そして女子トイレに向かうより近いと判断して、ナツァイは廊下の突き当りの壁の前で立ち止まると、うろうろとその場で右往左往する。
目の前の壁に模様が広がっていって扉が現れるのを、女の子は興味津々で見つめていた。
「ほら、待っててあげるからさっさと済ませちゃいな」
「うん!ありがとね!」
そして10分ほど後に部屋から出てきた女の子は、一層目を輝かせていた。
「なにあのお部屋!ちょっと寒いな、って思ったらすぐに暖かくなって、棚が毛布でいっぱいになったのよ!もしかして魔法のお部屋なの?」
「『必要なものを揃えてくれる部屋』だよ。なんでもいくらでもってわけじゃないけどね」
そう言った派手なメガネの女生徒は「近道しよっか」と言って女の子の手を引きその扉の中に入っていく。女の子はよくわからないまま抵抗もせずついていき、後にはナツァイが取り残された。
「ちゃんとした道順を教えたほうがいいと思うんだけど………」
ため息をついたナツァイに、背後から声がかかった。
「こんなところで何してるんだいナツァイ?きみが見回りする番じゃないだろう?」
「ギャレスぅ………!」
その燃えるような赤毛の友人を見て、何故か今更急速に安心感が湧き上がってきてしまったナツァイはギャレス・ウィーズリーに駆け寄っていって涙声で抱きつく。
「ん?どうしたんだいナツァイ。言ってごらん?」
その包み込むような笑顔を間近で見て、ああサチャリッサはこれをいつも事ある毎にくらってるのかそれも密室で2人きりでかあ、そりゃコロッと行っちゃうよね等と煩悶としているナツァイを、ギャレスは優しい眼差しで見つめている。
「………ああ、そういやさっきまで雷が鳴ってたね。……アイツは何に変身したんだい?」
1年前、早々に相談を持ちかけられて事情を把握していたギャレスは、しかしずっと心配で仕方なかったナツァイとは対照的に、その友人が失敗するなどとは露ほども思っていないようだった。
「おねーちゃん、なんでこの部屋にまた入ったの?」
一方、派手なメガネのおねーちゃんに手をつないで貰っているハッフルパフの女の子は、またしてもその部屋の内装に興味津々の様子だった。
「ここは必要なものを思い浮かべると揃えてくれる部屋だから『必要の部屋』。で、だ。良いかい?あそこの壁を見ててね………『ハッフルパフの談話室への安全な近道がほしい』」
目の前の壁に現れた樽の蓋のような丸い扉を、女の子は目を煌めかせて見つめている。
「こうすれば迷わないだろう?けど毎回ここまで来るのは大変だから、頑張ってホグワーツの道を覚えようね。そうすればここ以外にもいくらでもある『隠し部屋』だって見つけられるよ」
そう言った女生徒は派手なメガネを外して微笑み、さあもう行きな、と談話室に戻るよう促す。
「ねえおねーちゃん、またお話してくれる?」
名残惜しそうにこっちを振り返ってきた女の子にそう言われた女生徒は胸の奥がギュッと締め付けられるのを感じて、その初体験の感情に自分で勝手に名前をつけた―これが「母性」か。
「もちろん!あ、そうだ。明日……と言ってももう今日だけど。朝起きたらまたこの部屋においで。僕の友達を何人か紹介するからさ」
「お姉ちゃんも連れてきていい?」
もちろんいいよと微笑んだ女生徒がまた大きな黒い鳥さんに変身するのを夢中で見届けた後で、女の子はハッフルパフの談話室にいくつもあるような樽の蓋によく似た丸い扉をくぐった。
「わあ、ホントに立派なワタリガラスだねえ。きみらしいや」
必要の部屋の扉から飛び出してきたその大きなワタリガラスがバサバサと騒がしく自分の方に飛来したのを受け止めて笑うギャレスに、そのワタリガラスは大好きな飼い主に親愛を示す飼い犬のように顔を寄せ、そのまま幸せそうに頬ずりし始めた。
「よーしよしよし……。ずいぶん美味しそうなカラスだ、明日の朝ごはんにでもしようかな」
「待ってまってまってギャレス僕だよ僕食べないで!」
大慌てで人の姿に戻った女生徒を見て、ナツァイ・オナイが笑っている。
「食べるよ。」
まっすぐ目を見てそう言い切ったギャレスに手首を掴まれてしまった女生徒はますます挙動不審になり、ジタバタと無駄な抵抗をし始める。
「まってまってまってギャレス食べないで僕食べても美味しくないよやだやだやだやだヤじゃないヤじゃないかもしれない願ったり叶ったりかもしれないやさしくしてねはじめてだから!」
妙な事を口走った女生徒の手首を掴んだままギャレスはクスクス笑っていたが、やがて一瞬真剣な表情になった後、いつもの気軽な笑顔に戻ってまた女生徒の目をまっすぐ見つめた。
「『動物もどき』うまくいったんだね。おめでとう」
「ア…アリガト……」
「もう、ギャレスったら。あんまりコイツで遊ばないであげてよ」
「昨日コイツが僕のお昼のパンに仕込んでくれた薬のお返しだよナツァイ」
「タベナイ……?」
「食べない食べない」
ナツァイの手をギュッと握って離さなくなった女生徒を連れて、グリフィンドールの監督生2人は自分の寮のそれぞれの寝室へと戻っていった。
「パンに仕込んだって、どんな薬入れたの?」
「ギャレスのちんちん5本に増やした…………」
ナツァイはつい数十分前まで必死で無事を祈っていたその友人の頭を力いっぱい叩いた。
そして翌朝、頑張っていつもよりずいぶん早く起きたハッフルパフの1年生の女の子は、喜び勇んで4年生の女子寝室の内の1部屋に居る姉の元へと向かった。
「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!起きて!ねえねえ早く起きて!」
前々から家族で動物園に行くと計画していた日の朝のような怒涛の勢いで体を揺すられた4年生の女子生徒は、眠い目をこすりながら反対側の手で妹を抱き寄せる。
「なあに……?どうしたの?」
「お姉ちゃん早く起きて!7年生のおねーちゃんときのうやくそくしたの!」
事情は理解できないが二度寝してはいけない事だけは察したその姉は、気力を奮い起こしてベッドから這い出ると、そのまま朝の身支度を始めた。
「あ、おはようポピー先輩」
「ポピーちゃん!」
寝室から談話室に出てきた4年生と1年生の姉妹の、妹のほうが自分を見るなり大喜びで飛びついてきたのを小柄な7年生のポピー・スウィーティングはいつも通り笑顔で受け止める。
「あら、あなた今日は随分早起きなのね?」
「あのねあのねポピーちゃん、昨日ね知らないおねーちゃんとお友達になったの!」
「知らないお姉ちゃん?どんな子?」
「オレンジとみどりのへんなメガネかけてるの!」
頭を撫でながらそこまで訊き出したポピーは「ああ…………」と眉間にシワを寄せて呟く。
「その『お姉ちゃん』に私も呼ばれてるんだけど、一緒に来る?」
「うん!」
そこにもう1人、7年生が男子寝室から談話室へと這い出てきた。
「あら、おはようアーサー。……あなたも?」
ポピーの同級生であるアーサー・プラムリーは見るからに「朝の支度がまだ」だった。
「そう。昨日の夜遅くに、あの去年みんなと作った『アイツが飼ってる魔法生物図鑑』の草稿版のほうがいきなり喋りだしたんだ。『朝になったら必要の部屋に来てね!』って。いつの間にあんな機能追加してたのやら。………タグウッドもだろう?彼女、まだ寝てるのかい?」
「女の子は朝の支度に時間を掛けるのよミスター・プラムリー。あなたも少しはそうすべき―ネクタイ曲がってるわよ―私達、先行ってるわね?」
おやありがとう失礼したねと言ってからちょっと恥ずかしそうに再び寝室へ戻っていったミスター・プラムリーを尻目に、ポピーは女子寝室に繋がる扉を叩く。
「おはようサチャリッサ。………ホントに寝てなくていいの?」
「大丈夫………薬飲んだから………もうすぐ効いてくるはず………そしたらマシになるわ」
そう言って出てきたサチャリッサ・タグウッドは、明らかに顔色が悪かった。
「あなたたちも、おはよう。待っててくれてありがとうポピー……行きましょうか」
ポピーはサチャリッサを心配しつつも、原因を察しているがゆえに気遣いすぎるのもよくないかなと結論づけてそのまま女子4人連れ立ってハッフルパフの談話室を出る。
「ほら、ついたわよ。……道覚えた?」
「あんまり自信ない………」
「じゃ、後でまた一緒にお散歩する?」
「する!ポピーちゃんありがとう!」
「ごめんねポピー先輩、妹が迷惑かけて………」
「あら気にしないで。それにあなたも1年生の頃はよく―」
そしてホグワーツ城8階に「あったりなかったりする」その知る人ぞ知る部屋にポピーたちが足を踏み入れると、そこには既に大勢の7年生と何人かの下級生が集まっていた。
「おや、おはようスウィーティング。やはり君たちもか」
「おはようノット。それにマルフォイとレストレンジも。3人共、相変わらず身だしなみ完璧ね」
「当然だろう。最低限のマナーだ、起きてすぐ寝室で全て済ませる。君もだろう?」
「アタシはグレースに毎朝やってもらってるけどね………」
身だしなみこそ完璧ながらもノットやマルフォイとは違って眠そうな目をしているやたら美人のスリザリンの女子生徒レストレンジは、うつらうつらと船を漕いでいる。
朝早くだからなのか、「必要の部屋」は誰かの要求を聞き入れたらしく入口近くに洗面台がいくつか現れ、そこにグリフィンドールのリアンダー・プルウェットとネリー・オグスパイアが駆け込んで鏡を見ながら自分の顔に杖を向けたり顔を洗ったり、身支度を整え直している。
「やあサチャリッサ。良かったら僕の薬を試してみてくれないかな?」
自分のすぐ隣から聞こえてきたその声に、ポピーはすぐさま振り返って止めに入ろうとする。
「おはようギャレス。悪いけど今は―」
しかしポピーが何を言うより早く、ギャレスはサチャリッサに小瓶を渡してしまった。
そしてサチャリッサはその小瓶の中身をすぐさま飲み干す。
「はあー…………ふぅ!ありがとギャレス」
「どういたしまして。何か食べるかいサチャリッサ?朝、まだだろう?」
今の今まで眉間にシワを寄せて蒼い顔をしていたのが嘘のように声のトーンが明るくなったサチャリッサと、どうやらポピーが思っていたよりずっと気が利くらしいギャレスの普段どおりの気楽な笑顔を、ポピーは1年生の女の子と手を繋いだまま見つめている。
「あら。みなさんおはようございます」
「おはようダンブルドアくん」
「あー!ダンブルドアくん!ねえあなたダンブルドアくんでしょ!お友達になって!」
「こら待ちなさい!」
そこにナツァイ・オナイと共に入室してきたグリフィンドールの1年生、小さなアルバス・ダンブルドア少年を見るなりその目を輝かせて突進していったハッフルパフの1年生の女の子とそれを受け止めそこねて体勢を崩したダンブルドア少年に、1人の7年生が片手の指先を向けていた。
「ありがとうございます、先輩。『発表会』だなんて、何の用なんです?」
「やあアルバス。来てくれてありがとね。それにきみも、元気いっぱいだねえ」
1年生2人が転ける前に杖も使わず呪文も唱えず「浮遊」させて助けたそのスリザリンのベストの上からグリフィンドールのローブを纏っているその青年がかけている派手なメガネを、ハッフルパフの1年生の女の子はダンブルドアくんの両手を握ったまま見つめている。
「………おにーちゃんはもしかして、きのうのおねーちゃん?」
「そうだよー。来てくれてありがとね。みんなも!来てくれてありがとう!」
派手なメガネに変な制服姿の青年が女の子の頭を撫でながらそう部屋全体に呼びかけると、7年生たちは口々に「おう来てやったぞー!」とか「まず何の用か言えー!」と楽しそうな声を上げる。
「おはよう………。つまり、うまくいったのかい?」
「何の用だこんな朝早くに………」
「おはよう。あら、みんなも来てたのね!ここが『必要の部屋』ね?すごいわ!」
「おはよオミニス。それにアンとセバスチャンも。来てくれてありがとね」
これで呼んだみんなは揃ったな、と部屋を見渡して心のなかで確認したその青年は、喋り始めようとした瞬間に肉体に変化が起きるのを感じ取った。
「うぉー、今かあ。まあいいけど」
みるみるうちにその7年生の先輩がストンとした体型の女子になり髪も艶のある漆黒のストレートヘアに変わって腰まで伸び、瞳の色も手の大きさも何もかもまるで別人に変化しきったのを、ハッフルパフの1年生と4年生の姉妹は驚きに満ちた表情で見つめている。
「おねーちゃんになった……けどきのうのおねーちゃんじゃない………」
「じゃあ、先輩がもしかしてフォーリー先輩じゃないほうの首席の、『ニフラーの血を引いてる』とか『両親がニフラー』とか『本人も実はニフラー』とか『実は何人も居る』とか変な噂がいっぱいの、2年前に編入してきた『あの先輩』なの?」
入学許可証を携えて家にやってきたウィーズリー先生が「魔法」を最初に見せてくれた時と同じ顔をしている1年生の女の子の隣で、目の前の先輩が誰なのかを察したらしい4年生の姉はそこでやっと、周囲の7年生は誰もその変化に驚くどころか気にしてもいない事に気がついた。
「今度はずいぶん美人になったわね。良かったじゃない」
「で『発表』ってなんなんだ」
「服がぶかぶかになってますよ、先輩」
「あホントだ。ありがとアルバス」
自分に杖を向けてスルリとサイズ調整を済ませたその女生徒もまた、一切気にしていない。
「聴きたいことあるだろうけど、ちょっとまってね。それとはまた別の話を先にしたいんだ」
好奇心と疑問が混ざりあったまんまるの目とそっくりの表情で自分を見つめるハッフルパフ生の姉妹にそう言ってから、女生徒は改めて部屋全体に声をかける。
「それで―ごめんごめんみんな。適当に座って!」
その声と同時に部屋の内装が大きく変わり、薬草学の実習で使う温室とグリフィンドールの談話室をくっつけたような様相になる。暖炉の傍にどう見ても全員座ってなお余る数のソファが現れ、床の絨毯の上にはたくさんのクッションが乱雑に並ぶ。
「この部屋がなんなのかは、後で説明してあげるわ」
そう耳打ちしてくれたポピーの声に安心を覚えながら、そのハッフルパフの姉妹は全く同じことを考えていた―ポピーちゃん大好き。
「僕、1年前のちょうど今ぐらいからかな、ずっと挑戦し続けてた課題があるんだ」
取り出した旅行カバンを開き、その中からひとりでに出てきたパンと紅茶が浮遊して自動で配られていくのを眺めながら、その女生徒は喋り始める。
「まずナッちゃんに相談して、先生たちに許可もらって、あとギャレスとオミニスとアミットにも助けてもらってたんだけど。で、それが昨日の夜、やっと成功した!」
マルフォイとノット、それにレイブンクローのヘクター・フォーリーは何も知らない立場でありながら「コイツが丸1年を要した」「最初の相談相手がオナイ」という情報だけで何の話かを察したらしく、既に先走って驚いている。
「何度も何度も何度も失敗して最初っからやり直したけど!僕『動物もどき』になりました!」
他のみんなもやっとこんな朝早くに呼び出された理由を理解して大いに驚くとともに、またしても卓越した実力を証明したその自分たちの中心たる友人を口々に讃え労っている。
「在学中にアニメーガスになるだなんて!すごいじゃないですか先輩!」
「スゴいでしょ!もっと褒めてアルバス!」
今回ばかりは先輩を素直に称賛したアルバス・ダンブルドア少年の服の裾を、ハッフルパフの1年生の女の子が引っ張っていた。
「ねえねえダンブルドアくん。どうぶつもどきってなあに?」
「杖も使わず、呪文も唱えずに、いつでも自由に動物に変身する。そういう事ができる魔法使いの事を『動物もどき』とか『アニメーガス』って呼ぶんだ。そうなるためにはすごく複雑で難しい手順を踏まなきゃいけなくて、未成年の魔法使いがやるには危険だからホグワーツでは教えてない」
女の子にそう解説し終えてから、「合ってますよね?」と訊きたそうな不安に満ちた表情で見つめてきたダンブルドア少年を、アミットが労う。
「大丈夫大丈夫。それで合ってるよダンブルドアくん。よく知ってるね」
「本で読んだことがあったので………」
どうやら今自分でした説明では不充分だと思っている様子のダンブルドア少年は何か言い忘れた事は無いかと記憶の引き出しを片っ端から開けている最中らしく、軽く握った右手の親指を眉間に当てたまま微動だにしない。
「あなたは去年の変身術の授業で習ったはずよね?『動物もどき』。覚えてる?」
ポピーにそう訊かれたハッフルパフの4年生の女子は錆びたぜんまい仕掛けかのようなぎこちない動きでギリギリと目をそらし、「オボエテマス……」と明らかな嘘を言った。
「ここに居る何人かも、復習が必要なんじゃないか?」
部屋全体を見渡して、ヘクター・フォーリーが言う。
「杖で変身術を使えば問題なく動物に姿を変えられるのに、わざわざ危険を犯して『動物もどき』になろうとするのは何故だと思う?」
誰にともなく投げかけられたその出題に答えたのは、ハッフルパフの1年生の女の子だった。
「杖で魔法をかけて動物になったら、変身してる間は人間だった事思い出せないし、自分じゃ元に戻れないんだって、ウィーズリー先生が言ってた!もしかしてその事かんけいある?」
女の子のその回答を肯定したヘクターの隣で、アミットが「ハッフルパフに5点!」と宣告する。
「きみの言う通りだよ。普通に変身術を使うのとは違ってアニメーガスは『いつでも』『自由に』『道具も呪文も無しで』『何度でも』『いつまででも』『確実に』変身できるし、変身してる間もヒトとしての自我と思考を保てる………ん、だよね?ナツァイ?」
「そうだよ。まあ、変身してる間は何ていうか多少思考が『シンプル』になるけど、それだけ」
ソファのひとつに座っているナツァイの足元のクッションに腰を下ろしたダンブルドア少年がそこでやっと、みんなと同じ疑問を口にする。
「それで先輩は何のアニメーガスなんです?人それぞれ別の特定の1種類の動物に変身するんでしたよね?アニメーガスって。なる前に何に変身するか選ぶ事はできないとも書いてありましたが」
それはその「先輩」、派手なメガネの女生徒がまさに訊いてほしかった質問だった。
「なんだと思う~?」
嬉しそうに女生徒がそう訊き返すと、その場に集った友人たちは口々に推測を立て始める。
「ニフラー。それかマンドレイク」
「コモンドール犬とか?あのモップみたいなやつ」
「パフスケイン!それか孔雀!」
「魔法生物のアニメーガスって、あり得るんだっけ?」
「あり得る。『理論上は存在を否定できない』ぐらいの不確かさな上、具体例は記録にないが」
皆が好き放題に候補を挙げる中で小難しい学術的な議論を始めたアミットとマルフォイは「魔法理論」の授業におけるフィグ先生からの評価が特に高かった生徒でもあった。
「あ。それで言うとさ、コイツ1年前、最初に私のところに動物もどきになりたいって言いに来た日、どんな動物になりたいって言ったと思う?聞いたらみんな呆れるって保証するよ」
ナツァイがそう言った瞬間、派手なメガネの女生徒は耳まで真っ赤になってナツァイに飛び付きその口を塞ごうとした。そのせいでナツァイの足元に座っていたダンブルドア少年は女生徒の下敷きになっているが、ただ無の表情になっただけで特に抗議もしない。
「ナッちゃん言わないで!内緒にしといて!」
「そこまで大慌てだと逆に気になりますよ先輩」
ナツァイの口を塞いだ姿勢のまま鎮静化した女生徒は、もぞもぞと動いてダンブルドア少年の上から退き、ナツァイが座っているソファに乗って丸くなる。
「だってぇ………知らなかったんだもん……蛙チョコレートは全部アイルランドの森で捕まえてるんだって…………ピーブズが教えてくれたんだもん……」
呆れを通り越して母親のような視線をその女生徒に注いでいる7年生たちの中にあって、アン・サロウは女生徒が丸くなっているソファに寄ってくると、女生徒の真っ赤な耳に顔を寄せて訊く。
「で、あなたは何に変身するの?それを見せたくてみんなを集めたんでしょう?」
「校長には『あんまりひけらかすな』って釘刺されたけどね」とナツァイが横から言うと、女生徒は小さな声で「だからここに集まってもらったの」と言ってムクリと起き上がる。
そして女生徒はワタリガラスに姿を変えて翼を広げると、アン・サロウの腕の中に飛び込んだ。
ナツァイとギャレス以外の全員が歓声を上げ、アン・サロウも抱きかかえたワタリガラスを指先でくりくりと撫でながら興味深そうに見つめている。
「確かに、『らしい』な。騒がしいしなんでもかんでも食べるし、なんでもかんでも拾い集めるし、ちょっと目を離すとどっか行くし。それに確か、ロンドンで育ったんだろ?いいじゃないか」
そう言ったセバスチャンを、リアンダーが見ていた。
「お前も知らなかったのかセバスチャン?てっきり聞かされてて協力してたんだと思ってたのに」
「言ってたろ『始めたのは去年の今頃』だって。去年の今頃の僕がどんなだったか覚えてるだろ」
ああ……と独りごちて納得したらしいリアンダーが思い返した通り、ちょうど1年前、6年生になったばかりの頃のセバスチャンは叔父を殺そうとしてこの女生徒に阻止され闇の魔術から脱却した直後の不安定極まる精神状態で「O.W.L.」に挑む、という無茶をしてから間が経っておらず、当時は「燃え尽き症候群」という表現ではまるで足りないほどの、ひと目見ただけで誰しもが心配せずにはいられないような、抜け殻と言っていい有様だったのだ。
あの頃のセバスチャンがとても友人を手伝ったりなどできる状態ではなかった事は、同級生たちなら当時を思い起こせばすぐ察せる事だった。
「あの頃の、6年生になったばっかりの頃の事。僕ほとんど何も覚えてないんだ」
セバスチャンのその告白にやたら美人のスリザリン生レストレンジが「だろうね……」と返すと、アン・サロウの腕の中で安らかにくつろいでいた派手な目の色のワタリガラスは唐突に翼を広げて、セバスチャン・サロウの元へと飛来する。
「目の色が、さっきかけてた狂ったデザインのメガネのまんまなんだな」
まじまじと観察してそう言ったセバスチャンに、同じソファに座っているマルフォイが言う。
「アニメーガスが変身する時に、身につけていた品が動物の姿に反映される例が報告されているのは知っていたが、実際に見ると興味深いな。別のメガネにするとどうなるんだ?」
その言葉を受けて元のスラリとした黒髪の女子に戻ったその7年生は、左のレンズが橙色で右が緑という派手なメガネを外してニフラーの顔を象った仮装用のマスクを身につけると、再びスルリとワタリガラスに姿を変える。
「おー、すごいね。嘴の色がニフラーマスクの嘴の色と同じだ」
レストレンジが興味深げにそう言った通り、そのワタリガラスは目の色こそどこにでもいそうな黒であるものの、嘴だけはニフラーと同じような明るい肌色だった。
「目立つなぁー。アニメーガスって隠密性もメリットの1つなはずなのに」
「ロンドンのどこにも居ませんよこんなワタリガラス……」
イメルダとダンブルドア少年が飲み干したティーカップを持ったままそう言って笑う。
「私だって変身しても隠密なんかロクにできないし、なんなら変身したほうが目立つよ?」
「君だってワガドゥー、というかアフリカでならある程度自然に紛れられるだろう?」
ギャレスが横からそう返すと、ナツァイは納得したようだった。
そしてまたストンとした体型の女子に戻ってニフラーマスクを外してから、床のクッションに座り背後のソファにもたれているオミニスに「変身してそっち行くからねオミニス」と声をかけた女生徒はデミガイズの顔を模した仮装用のマスクを装着してから、またワタリガラスに変身する。
「頭と嘴だけ白いワタリガラスって、なんか異様ですね………」
ダンブルドア少年がまじまじと観察しながら呟き、その頭と嘴だけ白いワタリガラスはチョコチョコと飛び跳ねるように床を移動してオミニスの膝の上に乗る。
「おお。けっこう重いな………おめでとう。できるって信じてたよ」
オミニスにそう言われた瞬間人に戻って「へへへ………」と照れくさそうに笑った艷やかな黒い長髪の女生徒はデミガイズマスクを外し、そのままオミニスの膝の上に自分の頭を横たえる。
「このまま変身してみてくれるかい?」
オミニスのリクエストに答えて、膝枕してもらったままスルリと姿を変えた女生徒は嘴を大きく開けて騒がしく一声啼くと、あろうことかそのままゆったりと微睡み始めた。
「自分勝手な奴だ……」
とうとう寝息を立てだしたワタリガラスを見ながら、マルフォイがそう言って笑う。
「先輩。先輩!みんなをわざわざ呼びつけといて寝るのはマズイですよ!起きてください」
寄ってきたダンブルドアくんにペチペチと翼の付け根辺りを叩かれて、そのワタリガラスは人の姿に戻ってぐしぐしと目をこすりながら口を開く。
「そうだアルバス、今日のお昼メルちゃんとお茶するんだけど、アルバスも来てね」
「はい?誰ですかその『メルちゃん』って」
皆に一斉に見つめられたイメルダ・レイエスが慌てて違う違うと手振りで示すのをアン・サロウがただ1人ゆったりと微笑んだまま見つめる中、他の7年生たちはじゃあ誰だろうと考え始めるが答えは出ず、女生徒はまた安らかな寝息を立てだす。
そしてそのまま時間の許す限り「必要の部屋」で寛ぎ、女生徒にあれこれ着替えさせて動物もどきと服装の関係を検証し、途中から単にその女生徒を着せかえ人形にして楽しんだ一同は、最後に改めて女生徒を称賛しナツァイに労いの言葉をかけてからその日の最初の授業へと向かっていった。
その日のお昼。自分に拒否権は無く有無を言わさず連行されると察しているダンブルドア少年は、しかしどこに行けばいいのかわからず変身術の教室に居残ったままウィーズリー先生の隣に立ち尽くしていた。
「本当にあの子がそう言ってたんだね?」
「はい。ウィーズリー先生どなたかご存知ありませんか?『メルちゃん』と呼ばれ得る人」
「……外出許可と、午後の授業はお休みするってガーリック先生にお伝えしておくよ」
「へ?それはどういう…………」
そしてその教室に勢い良く入ってきた黒髪の女生徒が「ああ居たアルバス」とダンブルドア少年の片腕を掴んで発した一言は、ダンブルドア少年を大いに驚愕させた。
「じゃ、パリに行くよアルバス」
「はい?????????」
女生徒は案の定、有無を言わさずにダンブルドア少年をどこからともなく取り出した旅行カバンに詰め込むと「じゃ、お願いね!」とだけ言って自分もその中に消える。
そして入れ替わりに「姿現し」した不死鳥に、ウィーズリー先生は丁寧に会釈した。
カバンを掴んだ不死鳥は再び燃え上がって、ブリテン島の南端まで一気に「姿くらまし」で移動すると足の鉤爪でしっかりと旅行カバンを把持したままドーバー海峡上空を優雅に飛行する。
満足するまで潮風を感じたその不死鳥はまたすぐに「姿くらまし」し、カバンの中の女生徒と拉致に近い形で連れ出されたダンブルドア少年は、全ての手続きとあらゆる法律を無視してフランスに入国した。
「ここですか、そのお茶する相手の人が住んでる家って」
「そうだよー。会うのは半年ぶりくらい」
女生徒がそう言った途端にその家の扉が開き、今回お茶する「メルちゃん」が姿を現す。
「ホグワーツからよく来てくれた。さ、入りなさい」
ススキが喋っている、とダンブルドア少年は思った。
「久しぶりメルちゃん!今日はよろしくね!」と言って楽しそうな足取りで家の中に入っていった女生徒を追って、藁のように痩せ細ったその老人に促されるまま玄関に足を踏み入れると、そこでは同じくらい痩せたおばあさんがにこやかに出迎えてくれていた。
「あ!ペレネレさんも久しぶり!言ってたお菓子持ってきたよ!」
女生徒がそう言った瞬間にその日光を当てたら消滅しそうな2人の老人が誰なのかを察したダンブルドア少年は目をひん剥いて驚き、女生徒を見つめたまま完全に硬直する。
「こんにちは。君がアルバス・ダンブルドアくんだね?さ、遠慮しないで座るといい」
「お会いできて……光栄、です。ニコラス・フラメルさん………」
おや、こんな老いぼれの名前を知ってくれているとは!と言って、その錬金術師は笑っていた。
コガネムシになったリータ・スキーターの目の周りに、普段かけている眼鏡の縁のデザインが反映されている描写があるので、動物もどきの変身形態には人の姿で身につけていたものがある程度「反映される事もある」模様。
ダンブルドアとニコラス・フラメルが知り合ったのはダンブルドアの学生時代らしいので、まあ、おそらくダンブルドアがなんか「学生に与えられる魔法界で有名な錬金術の賞」的なのを取ったのがきっかけとかそういう感じなんだろうけど
そこをなんとかレガ主経由で知り合ったって事になんねえかな、って思ったんだ。
レガ主は、ニコラス・フラメルみたいな「授業で名前が出てくる偉人なのにまだ生きてる」って人には結構積極的に会いに行くだろうと思ってる。なんてったってプレイヤーの分身なのだから。
仮にニコラス・フラメルがゲームに登場してたら会いに行ってたでしょみんな。