2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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18.ニコラス・フラメルの命の水

「紅茶をお飲みなさいな」

吹けば飛びそうな痩せ細った老婆が穏やかな微笑みを湛えながら、見間違いかと思うほどの非常にゆっくりした速度でティーポットを運んでくる。

自分なら「インペディメンタ」の影響下だとしても流石にもう少し素早く動けると思ったダンブルドア少年が気を回すより先に、ストンとした体型に長い黒髪の女生徒が立ち上がった。

 

「ペレネレさん僕それ持ちたい!」

「おやおや、ありがとうね」

 

宙に列を成して独りでに運搬されてきていたティーカップや砂糖、瓶入りのジャムなどもティーポットを受け取った女生徒の後について、ニコラス・フラメルとダンブルドア少年が待つ深緑色のテーブルへと飛んでいく。

「じゃあ、いただきましょうねぇ」

最後に席についたペレネレさんがそう言ったのを合図に、そのパリの一角にひっそりとある静かな家での、世界最高の錬金術師とイギリスの学生という奇妙な組み合わせのお茶会が始まった。

「それが手紙に書いてたクッキーかい?」

「はい!代わりの製造委託先を探すのはやめて、従業員を雇い足して自分の店で作る方針にしたんだって。フクロウで届いたんだ。楽しいんだよこれ」

そう言って黒髪の女生徒は、隣りに座っているダンブルドア少年を見下ろす。

 

「アルバスこれ食べてみて」

 

入学以来ほとんど毎日何かにつけ自分を連れ回すこの7年生の先輩はダンブルドア少年にとって非常にありがたい存在である反面、正直なところ少々迷惑でもあった。現に今日だって、急にパリまで連れてこられたせいで午後からの薬草学と魔法史をまるごと欠席する羽目になったのだから。

「変な色の……クッキーですね………」

見る角度によって色が変わるそのクッキーは袋の宣伝文句が言うには「虹のよう」であるらしいが、ダンブルドア少年には下水に浮く油のようにしか見えなかった。

しかし勇気を出して、齧る。

 

「わっ、わぁ………」

 

ダンブルドア少年がそんな声を漏らしたのは、髪が虹色に変わったからではないらしい。

「どんな味だい?アルバス」

ダンブルドア少年はまんまるの頬をプルプルと震わせ、眉間に思いっきりシワを寄せている。

「ブドウ、ですね………ブドウ。ブドウの皮の渋みを凝縮したような……後なんか舌が熱い……」

頑張って表現を探しているダンブルドア少年の脳の引き出しに「赤ワイン」は無かった。

「苦い、いや苦いんじゃないな………なんだコレ」

「髪の毛が7色に光ってるよ、アルバス」

ダンブルドア少年はそこでやっと正面のペレネレさんとニコラス・フラメル氏がクスクス笑っている事に気づいて、ここへ来た当初真っ先に抱いた疑問を思い出した。

 

「先輩は、いつ、どうやってこちらのニコラス・フラメル氏と知り合われたんですか?」

 

その質問を聞いて、他ならぬニコラス・フラメル氏が口を開く。

「プレゼンと、演出が巧みであった。いきなり家に現れた不死鳥が手紙を携えていれば、いかに私とて開かずにはおれんよ。それに、普通私に手紙をよこす者たち、それも『はじめまして』から始まる手紙をよこす者たちは『お世辞と見せかけの交渉術を満載してどうにか賢者の石の製造法を引き出そうとする』か『私とコネを作りたい』という見飽きた奴らばかりなのに、この子は違った」

 

ニコラス・フラメルは、まるで10代の学生のように色鮮やかな笑顔を見せた。

 

「この子以外にも、手紙をよこす学生は時々居る。だいたいは我が母校ボーバトンの子どもたちだがねぇ。それらの多くは『錬金術の課題に行き詰まったから助けてほしい』もしくは『錬金術の成果を見てほしい』というものだ。………彼ら彼女らには面と向かって言うべきではない事じゃが、正直これらも、ほとほと見飽きておる。だいたいは『教科書をよく読み返せば解決できる問題』と『教科書どおりの成果』ばかりなのでなぁ」

口ではそう言いながらも子どもたちからの手紙には全て丁寧な返信をすると何百年も前から決めているニコラス・フラメルは、11歳のアルバス・ダンブルドアを見つめている。

 

「この子は違った。この子が2年前送ってよこしたような手紙は、滅多に届かんものだ」

 

その7年生の女生徒は、ダンブルドア少年が聞いたことがないほどの真面目な声色で語り始める。

「2年前ね。僕が5年生だった頃。ホグワーツに入学した最初の年。一番最初に友達になった何人かの内の1人が、セバスチャンだった。同じくらいのタイミングでギャレスとかポピーとも仲良くなった。でね。ギャレスとやる規則破りはすごく楽しいんだよ。けど、セバスチャンとやる規則破りは違った。入ってっちゃいけない闇に、どんどん入っていってるのがわかったから。……僕がじゃないよ。いやまあ僕もだったんだろうけど………セバスチャンがね」

オミニスが気の毒だったなぁ、とその女生徒は述懐する。

 

「あ、この話は『していい』って許可をアンに取ってあるんだけど―」

「……セバスチャン先輩には?」

「取ってないよ。けどセバスチャンには、僕がこの話を誰かにするのを止める権利なんて無い」

 

そうだろうセバスチャン、と明後日の方向に投げられた確認はしかし、ドーバー海峡を超えてホグワーツまで届いた。

 

「うわ!」

 

また手元が狂ったらしいセバスチャンが、自分の大鍋から顔を背ける。ギリギリ「O.W.L.」を突破できたとは言え、彼は魔法薬学が得意ではなかった。

「今日10回目だな。いくらなんでも注意力散漫すぎるぞミスター・サロウ」

「すいませんシャープ先生、なんか、噂されてる気がして………」

「それは理由にならないな。スリザリン5点減点。……そしてグリフィンドール10点減点」

ギャレス・ウィーズリーの大鍋から夥しい数の蛇が溢れてきたのを見て、シャープ先生が言う。当のギャレスはそれが完全に予想外の反応だったらしく、その目を知的好奇心で輝かせていた。

「ハッフルパフに10点。完璧な出来栄えだミス・タグウッド。そのまま続け給え………その次の手順が最も厄介だと、君はちゃんと知っているな?」

 

今年のホグワーツの7年生たちの魔法薬学の成績は上から、まずサチャリッサ、次に唐突にパリに出かけたおバカ、そしてギャレスという順序だったのだが、当の成績トップのサチャリッサ本人は自分が「3番手」だと自負していた。彼女に言わせればギャレスもあのおバカも、普通に課題に取り組めば間違いなく完璧にできるのだ。この2人は単にそれでは退屈なので授業中に自作魔法薬の研究を開始した挙げ句、得てして大鍋の中身が妙な反応を起こしてシャープ先生からの減点が嵩み、成績トップの座から転げ落ちていくのだった。

 

「何をどうやればそうなるんだウィーズリー………」

マルフォイのその声にいくらかの羨望が含まれていることに、シャープ先生だけが気づく。

「ヴィペラ・イヴァネスカ!………僕もそれが気になってるんだよね!」

蛇消失呪文がぜんぜん追いついていないギャレスはそう言って、楽しそうに笑っている。

いきなりパリに出かけたせいでこの授業を欠席している7年生の認識では「トップがギャレス、その次が僕とサチャリッサ」で、一方のギャレスは順位なんぞ気にした事すらなく、その興味の向かう先は常に「今回の薬」か「次に作る薬」のいずれかだけだった。

 

「シャープ先生、ちょっといいですか」とこれから暫く大鍋が煮込まれるのを待つしかやることがないノットが小声で呼び止める。

「なんだ、ノット。何か行き詰まっているようには見えんが」

ノットは自分の大鍋越しに、何匹もの蛇に噛みつかれながらも一切気にせず鍋の中身を夢中で検分し始めたギャレスの背中を見つめている。

「シャープ先生は誰が1番だと思いますか、魔法薬学。仮にアホ2人も『真面目に』やったとして」

「あまりそういう質問に答えるべきではないのだが。………他ならぬ君らとなると少し事情が変わってくるな。………なにせ、皆、私が思うのと同じ名前を思い浮かべているのだろうから」

 

自分の大鍋からまだまだ湧いてくる蛇に夢中で一切話を聞いていないギャレスを、7年生の魔法薬学の教室で「アモルテンシア」の醸造に挑んでいる他の全員が見つめていた。

 

「そりゃ、ウィーズリー先輩が良い気分転換にもなりますよね……」

2年前セバスチャンがどんな状態だったのかをだいたい聞き終えたダンブルドア少年が言う。

パリの一角にある静かな家で、ニコラスとペレネレのフラメル夫妻は目の前の学生の話を穏やかな表情で聴き続けていた。

 

「正直まあ、楽しくはなかったよ。あの頃のセバスチャンと一緒に居るのは。でも同時に、僕まで距離を取ったらもうセバスチャンが戻ってこなくなる、って思ったんだ。オミニスも必死で止めようとしてたけど、『闇の魔術を学んでいけばきっとアンは治せる』って考え以外当時のセバスチャンの頭の中にはなかった。それで、その妨げになる『かのようにセバスチャンには見えてる』全てをセバスチャンは敵視してた」

ダンブルドア少年の隣で、ティーカップを持ったままの女生徒は話し続ける。

「ソロモンさんも、アンも、治らない事とホグワーツに通えない事を受け入れて、そんな姪の事を受け入れて、前を向いて生きていこうとしてた。けど、セバスチャンは違った」

女生徒は、ティーカップの中を見つめている。

「聖マンゴの癒者にも治せなかったのに、セバスチャンは『自分なら』って思ってた。それでクルーシオとかアバダ・ケダブラとかをどんどん身につけていった。僕が当時フィグ先生と取り組んでた課題にも、もしかしたら期待してたのかもしれない」

 

夢を見たんだ、とその女生徒は言う。

 

「どこだかわかんない場所で、セバスチャンがソロモン叔父さんを殺しちゃう夢。セバスチャンと一緒にフェルドクロフトの地下墓地に行ったのは次の日。『ああ、今日これからああなるんだ』って思ったんだ。場所もセバスチャンの言動も何もかも夢で見たまんまだったから。このまま僕が何もしなけりゃ、セバスチャンがソロモンさんをアバダ・ケダブラで殺しちゃうんだろうな、ってソロモンさんはまだ来てもいないのに僕、確信してた。それでずっとセバスチャンを見張ってた」

 

「アンは治らないんだ!セバスチャン、やめなさい!」

「うるさい!アンは僕が治す!アバダ―」

「アバダ・ケダブラ!!」

 

フェルドクロフトの地下墓地で感情のままに杖を振るったセバスチャンの目の前を、緑の閃光が掠めていった。ほんの数センチ立つ位置が違っていれば自分は今ので死んでいたという事実が、セバスチャンの動きをほんの一瞬止める。

 

「デパルソ!」

 

間髪入れずに放たれた呪詛が、ソロモン・サロウを吹き飛ばす。

 

「いきなり何の真似―」

「クルーシオ!!」

 

セバスチャンの全身を空前絶後の苦痛が襲うが、それはすぐに消える。

 

「決闘しよう、セバスチャン。君が勝ったらソロモンさんを殺せばいいさ。でも僕が勝ったら」

青年は、セバスチャンをまっすぐに見つめている。

「君もアンもソロモンさんも僕が殺す。それで僕がアズカバンに行ってこの話は終わりだ」

 

「ステューピファイ!!」

アン・サロウが飛ばした失神呪文は青年に無言で防がれ、アンは青年の視線だけで竦む。見ている事以外許されないとその視線から理解してしまったから。

 

「相変わらず、口からでまかせ言うのが下手だね。アンを殺す気なんて無いくせに」

「よくわかってるじゃないか。殺してでもホグワーツに連れて帰るよ、セバスチャン」

 

セバスチャンは青年に杖を向け、青年は杖を下ろしたままセバスチャンを睨む。セバスチャンが操る恐ろしい数の「亡者」もまた、虚ろな動きで八方から青年に迫る。

セバスチャンの標的をソロモンさんから自分に変えさせる事には成功した青年は、ここから先どうするのかなど全く考えていなかった。ただ、取り返しのつかない真似をしようとしている友人を止めたい、止められるのは自分しかいないという強迫観念に突き動かされていた。

それがセバスチャンの今の状態と対して変わらない危険な考えだということも、青年は理解していた。理解していたが止まれない。セバスチャンもきっとそうなのだろうと青年は信じていた。力づくで止めれば止まってくれるはずだと。

 

「……クルーシオ!!」

セバスチャンの「磔の呪文」を浴びてもなお、青年は杖をセバスチャンには向けない。

 

「プロテゴ、ディアボリカ。」

 

青年が力なく下ろしたままの杖から放たれた猛烈な勢いの青い炎が地下墓地全体を瞬時に飲み込む。咄嗟に盾の呪文を唱えたセバスチャンは視界全てが青く光っており、自分以外の状況など知りようもなかった。

スリザリンの呪文書に書いてあったその闇の魔術を、それをたった一度読んだに過ぎない青年が使いこなしている事に驚愕するだけの精神的余裕が、この時のセバスチャンには無かった。

 

「インペリ―」

「エクスパルソ!」

 

青い炎が自分を傷つけない事に気づいたセバスチャンは盾の呪文をやめて呪詛を唱えようとするが、それより早く飛んできた「爆破呪文」が顔を掠める。

 

「何―」

 

あいつは杖を今「悪魔の守り」に使ってるはずだろと一瞬混乱したセバスチャンの目に飛び込んで来たのは、反対側の手にも杖を持っている青年の姿だった。「悪魔の守り」の青い炎は地下墓地の隅々へと散っていき、数多居た「亡者」を消し飛ばしていく。

 

「君が僕に勝てるわけないだろ、セバスチャン。いつもならともかく今の君がさ」

 

地下墓地の壁に倒れていたソロモン・サロウが意識を取り戻すと、その目に飛び込んできたのは今にも殺されそうになっている甥の姿だった。

 

「「クルーシオ!!」」

 

セバスチャンは苦しみ呻き、青年は平然としている。お互いに杖を向けたままの2人は、磔の呪文をかけあったままお互いを睨みつけていた。

 

「アバダ―」

「やめろ!!」

 

咄嗟に叫んだソロモン・サロウの手から杖が飛んでいく。無言の「武装解除」をくらったのだとソロモン・サロウは即座に理解し、杖を拾うべく血相を変えて飛びついた。

青年のもう1方の杖は、ソロモン・サロウに向けられていた。

「邪魔しないでソロモンさん。すぐ終わるから」

自分も「磔」に苛まれているはずの青年は片方の杖をセバスチャンに向けたままスタスタと歩いてセバスチャンに近づき、うずくまっているその顔を思い切り蹴り飛ばした。

 

「ステューピファイ!!」

セバスチャンが必死で放った失神呪文は同時に青年が唱えた盾の呪文で防がれ、どういうわけかセバスチャンのほうが吹き飛ばされる。

 

「クルーシオ!!」

「だめ!!」

 

セバスチャンに向けられた「磔の呪文」を間に割り込んで身代わりに受けたのは、アン・サロウだった。アンは地面に倒れ、手足を縮めて激しく痙攣する。

 

「アン、ダメだ!!」

 

杖を振り上げたセバスチャンは、青年が持つもう1方の杖から放たれた呪詛によって吹き飛ばされる。すぐに立ち上がったものの、セバスチャンは前々から薄々察していた事実を実感させられていた―本気になったコイツには、僕じゃ手も足も出ない。

「これが君がやってる事の現状だよ、セバスチャン。君の行動によって、アンが苦しんでいる」

青年が杖を向ける先、地面に倒れているアン・サロウはとうとう呻く事すらしなくなっていた。

 

「起きてー、アン。最初の一瞬だけで『磔』はすぐやめたし、そもそも本気で唱えてないからもう平気でしょ。早く起きないとセバスチャンを殺すよ」

 

アン・サロウが呻き声を上げながら額に汗を滲ませてヨロヨロと立ち上がるのを、セバスチャン・サロウは見ていることしかできない。立ち上がったアンを急いで駆け寄ったソロモン叔父さんが支え、アンとソロモンは突如暴走し始めたようにしか見えないその青年に杖を向けている。

 

「今の僕をアンとソロモンさんがどんな目で見ているか、見なよ、セバスチャン。闇の魔法使いが他人に与えられるのは、ちょうど今のあの2人みたいな感情だけだ。闇の魔術が君たち家族に安らぎを与える事なんて無いんだって、まだわからないのかい。セバスチャン」

 

セバスチャンは青年に杖を向け、青年もセバスチャンに左手に持っている方の杖を向ける。

 

「「アバダ・ケダブラ!!」」

 

2本の緑色の閃光が正面衝突し、セバスチャンと青年は杖を持つ手に力を込める。やがてセバスチャンの死の呪いが押し始めるが、青年は顔色1つ変えずに反対の手に持った杖を振るう。

「エクスペリアームス」

その呪文が為す術のないセバスチャンを直撃し、細心の注意を払って力加減を調節した青年の死の呪いは、失神したセバスチャンの死の呪いの残滓とちょうど相殺しあって空中でかすれて消える。

 

青年が動けずにいるセバスチャンに片方の杖を向けると、アンとソロモンが間に割り込んで来て立ちふさがり、必死の形相で青年に懇願し始めた。

 

「頼む。頼む………甥を殺さないでくれ。お願いだ」

「やめて。お願い……お兄ちゃんをいじめないで」

 

直後アンとソロモンが見つめる先。青年の頭上の空中が燃え上がった。

そこに現れた不死鳥が持っていた羊皮紙を受け取った青年の放つ雰囲気が一気に緩んだのを、アンとソロモンも、セバスチャンも感じた。

「間ーに合った………!急いでくれてありがとねー………」

青年は地面にへたり込み、不死鳥はアンの元へと飛んでいく。

 

「ねえ、ちょっと僕の提案を訊いてくれないかな」

その青年が一気にいつもの気楽な雰囲気に変わった事が、アンとソロモンを竦ませていた。

「セバスチャンを止めるには、アンを治す方法を見つける他ない。これはソロモンさんも解ってますよね?存在しないかどうかに関わらず、他の方法じゃセバスチャンは止まらない。もしくはセバスチャンの呪文でアンが死ぬとか、ソロモンさんが死んでアンとの仲が完全に決裂するとかかな」

君が治すって言うのか、とセバスチャンが零し、治す方法なんて無いんだとアンとソロモンが青年を説得しようとする。しかし青年は何か確信を得ているらしかった。

 

「聖マンゴの癒師にも治せなかった、だよね?どれだけ方法を探しても見つからなかったって。それでセバスチャンは『闇の魔術を学んでいけば』って思っちゃった。まあ気持ちはわからなくもないよ?諦めて受け入れて生きていくのも勇気が要る事で、それを選んだアンはすごいと思う。けどね。居るだろう?マンゴ・ボナムその人よりも優れた人が」

青年は、羊皮紙を杖で操ってソロモンさんに渡す。

 

「これなら、って方法を思いついたけど確信が持てないし、ダメだったらそれこそもう他に方法は無い。けど僕じゃアンとソロモンさんに『治るかも』って希望を持たせる事はできない。僕が言っても説得力が無いからね。だからお手紙を書いた。宛先がわからなかったからソイツに頼んだ」

不死鳥は激しく羽撃いて暴れ、アンはその勢いに押されて尻もちをつく。

「全文かなり古い文体のフランス語だけど、差出人の名前くらい読めますよね、ソロモンさん」

 

「『Nicolas Flamel』………そんな、馬鹿な………」

 

ソロモン・サロウはその手紙を食い入るように見つめている。

「フィグ先生に訳してもらった。治る『かもしれない』って。どうする?試す?やめとく?」

決めるのは君だよアン、と青年は言い、アンは自分の体を登り始めた不死鳥に押し倒される。

不死鳥がそうするように促しているような気がしておとなしく地面に仰向けに倒れたアンの顔を、不死鳥が覗き込んでいる。

 

「口開けて。アン」

 

不死鳥の目から流れた涙がアン・サロウの口の中へと落ちていったその時の事を、7年生になった今でもその女生徒は鮮明に思い出せた。

 

「今日はそれの報告に来たんだよね。アルバスをメルちゃんに紹介するのはついで!」

 

パリの一角にある静かな家で、2年前の思い出話を終えた女生徒は元気に宣言する。

「アンが復学しました!もうすっかり良くなったんだよ!」

「そりゃすばらしい」と言ったニコラス・フラメルとその妻ペレネレは拍手をし、ダンブルドア少年も空気を読んで同じように拍手をする。

 

「ホントにありがとうございました。『名前貸してほしい』なんてお願い聴いてくれて」

「気にすることはないよ。他人の為だけに私を頼る者は、あまり多くはない。君の友人を救ったのは君。私ではないよ。それに………もう、過ぎた事だろう?君にとっても、そのサロウ家にとっても。そのセバスチャンくんにしても、もう心配はいらんのだろう?またいつもどおり、君の友達の楽しい話を聞かせておくれ」

 

その女生徒が会うたびに語る、そしてやりとりしている手紙に書いてある事も毎度そればかりな「友達との他愛もない話」が、フラメル夫妻の楽しみだった。

 

「ん?………あれ?この緑色の石の机、なんか文字書いてありません?」

ダンブルドア少年は急にぜんぜん違う話を始め、女生徒は「どしたのアルバス?」と隣を見る。

「フラメルさん、これもしかして『エメラルド・タブレット』じゃ?!!」

錬金術の「永遠の知識」が記されていたという伝説の品があまりにも雑に扱われている事が、ダンブルドア少年は信じられなかった。机にするだけならまだしも、よく見れば昨日かもっと前のコーヒーらしきシミが乾いてこびりついてすらいる。

 

「ああ、そうだよ。去年蚤の市で1フランで買った。つまらん石製だったんでエメラルドに変化させて、刻んである文字も適当だったんでちゃんと錬金術の正しい知識に変えて、置いとくだけよりええじゃろと思って大きくして机の天板にしたんじゃ」

 

あっさりと語られた錬金術の深奥たる技に、ダンブルドア少年は目を丸くする。

「おふたりは、今も錬金術の研究を続けておられるのですか?」

「もちろんだとも。君は『天使の石』って知っとるかね?」

「なんか本で読んだ事があるような無いような……飲食不要になる天使の食物、でしたっけ」

11歳の少年としては目を瞠るダンブルドアくんの学識に、ニコラス・フラメルは喜ぶ。

「すばらしい!すばらしいから小遣いをやろう!」

ペレネレさんが手渡してくれたそのコインを、ダンブルドア少年はまじまじと見つめる。

なんだろうこれ。いつのだ?

 

「アルバスそれユピテルのデナリウス銀貨じゃん!良かったねえ珍しいやつだよ!」

 

ロンドンの下水道で生まれ育ったが故か、その女生徒はコインにやたら詳しかった。シリングやらソブリンやらの現行通貨以外にも色々と下水には落ちており、ドブネズミたちに何故かいつも助けてもらえるその女生徒はそれらを他の者より容易に拾い集める事ができた。そしてその、たまーに拾える「古い貨幣」を商人に換金してもらおうとして騙されたりしている内に、ひと目見ればそれが貴重なものかどうかくらいは見分けられるようになったのだった。

 

「それを一度食べれば以降の人生飲み食い不要になる『天使の石』………要るか要らないかじゃあ、ないんですよね?ニコラス・フラメルさん」

「ああ。君は賢い子だねダンブルドアくん。そうだとも。賢者の石にしてもそうじゃった」

ニコラス・フラメルは妻のペレネレと見つめ合う。

「『作ってみたい』。それだけさね。私らにとって錬金術の研究こそが人生なんだよ。錬金術の研究を続ける為に生きてるんじゃない。生きているなら錬金術の研究を続けるんだ」

それをうけてダンブルドア少年は、多くの人々がその夫婦に訊けなかった事を訊く。

 

「おふたりは、どうして賢者の石から作った『命の水』を服用し続けているのですか?いえ、その………おふたりはなんというか、賢者の石を、必要としているようには見えない……のですが」

 

ともすれば無礼千万にも聞こえるその質問をフラメル夫妻が笑顔で受け止めるのと同時に、女生徒の頭の上に不死鳥が姿を現す。

「コイツも興味あるってさ。なんで命の水を飲み続けるのか」

偉大なる錬金術師ニコラス・フラメルは、独りでにおかわりを注いでくれるティーポットを見、そして隣の妻ペレネレを見て、またダンブルドア少年に視線を移す。

「君は本当に賢い子だね。そうさ。永遠に命を永らえるというのは、そんな血道を上げて追い求める程のものじゃあない。……尤も、これは他ならぬ私ら夫婦がそれを既に手にしているからこそ言える事かもしれんがの。そしてご指摘の通り、永遠に生きたいとは思わん。しかし、今すぐ死にたいとも思わん。………どっちも対して変わらんような気もするが」

 

ニコラス・フラメル氏は、妻のペレネレと見つめ会う。

 

「ただ、明日も2人で紅茶とお菓子を楽しみたい。それだけだね」

 

自分が抱いた感想を言語化できずにいるダンブルドア少年のまんまるの頬を、隣の女生徒が抓る。

「何、感銘受けたのかい?アルバス。『お菓子美味しいですもんね』って顔してるよ」

「先輩と一緒にしないでくださいよ…………」

そして改めてお礼を言いつつアン・サロウからの手紙を渡した女生徒と、手紙を受け取って目を通し始めたニコラス・フラメル氏をよそに、ダンブルドア少年はまた全く違う事が気になっていた。

 

「それを食べればもう飲食不要の天使の食物が、天使の『石』?なんでです?」

「錬金術における『石』は、普通僕らが考える『石ころ』とはちょっと違うんだよ、アルバス」

ペレネレさんも、女生徒のその説明を補足する。

「私らが持っている賢者の石は一般に言う『石』の見た目をしているけれど、仮に液体だったとしてもそれは間違いなく『賢者の石』なんだよ。然るべき機能と性質を備えているならね」

 

それをきっかけに、世の全ての錬金術師が参加できないことをハンカチを噛んで悔しがりそうなフラメル夫妻による錬金術の特別講義が幕を開け、ダンブルドア少年の鋭い質問と女生徒の妙な発想をフラメル夫妻は何時間も受け止め続けた。

 

「インドの錬金術だと賢者の石は秘儀を修めた修行者の体内にできるとされてるって本当?」

「『ヨーガムップ』の話だね。そうだよ。それが事実かはともかく、そう言い伝えられている」

「他ならぬフラメルさんが『賢者の石』を本当に持ってるからこそ、一概に否定できませんね」

ダンブルドア少年は首を傾げつつもどうにか納得しようと話を噛み砕いている。

「だよね!竜涎香の例もあるし!ホラあのクジラの胃の中にできるいい匂いのでっかい石」

「あれは単にベゾアール石と同列の、ようするに胃石ですよね?」

「『ヨーガムップ』も胃石かもしれないねえ」

ペレネレさんはそう言って笑い、ニコラス・フラメル氏は紅茶を一口飲む。

 

「ふう。このために生きとる」

 

妻の笑顔を見ながらそう言った565歳の錬金術師ニコラス・フラメルを11歳のダンブルドア少年が見つめている横で、17歳の女生徒は紅茶を飲み干すと「ペレネレさんの紅茶は美味しいね!」と言ってスルリとワタリガラスに姿を変え、椅子の背もたれに不死鳥と並んで止まる。

その不死鳥が静かに歌うのに合わせてガアガアと騒がしく啼く派手な目の色のワタリガラスを見つめながら「ああ、これがやりたかったから動物もどきになったんだな」と思ったダンブルドア少年は、普通動物もどきはどんな動物に変身するのか選べないという事をすっかり忘れていた。

 

「ほお、では成功したんだね!素晴らしいじゃないか!」

動物もどきになるつもりですという手紙が届いて以来1年間、一切その話題の続報が手紙の中に無かったので内心やきもきしていたフラメル夫妻は、その女生徒を手を叩いて祝福する。

それを見つめるダンブルドア少年は、この時はまさか自分とこの偉大な錬金術師ニコラス・フラメルがとても親しい対等な友人関係となり、さらにその人生に幕を下ろす決断にすら関わる事になるとは露ほども思っていなかった。

 

 

 





天使の石(アンジェリカル・ストーン)
 見ることも感じることも重さを量ることもできず、ただ味わう事のみ可能という
 伝説上の石。天使の食物とも。これを食すと飲食なしで永く生きられるという。
 さらに天使と会話する力を与え、悪霊はこの石に決して近寄らない。
 錬金術師が目標とした物のひとつ。(ここまでが現実の言い伝え)
 これをハリポタの世界観に無理矢理当てはめると、たぶん
 「食べると飲まず食わずで生きられるようになる」
 「投げつけるとディメンターが逃げていく」
 「食べると『予見者』になれる」
 みたいな感じだと思う。………べ、別に要らねえ…………。

ヨーガムップ(これもハリポタ世界でなく現実の言い伝えにあるもの)
 ヨガの極地に至ると体内にできる石。超甘いらしい。若返りと活性化を齎す。
 できるのはいいとしてそれをどうやって取り出すんですかね?
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