2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
7年生の先輩の気まぐれでパリを訪れさせられている11歳のホグワーツ魔法魔術学校1年生、グリフィンドール寮所属の小さなアルバス・ダンブルドア少年は、フラメル夫妻がやたらめったらくれたお菓子やら茶葉やらを大喜びで受け取っているその先輩の隣で何度も何度もお礼を言って頭を下げながら、有無を言わさず連れ出された当初思っていたより遥かに有意義だったこの突発的パリ旅行を、もう開き直って楽しむことにした。
薬草学と魔法史を欠席したくはなかったが、まあ帰ってから何をやったのかエルファイアスに訊けばいいのだ。
「………エルファイアス魔法史の内容覚えてるかな」
自分以外の生徒がビンズ先生の授業で皆寝ている事には、さすがのダンブルドア少年も最初の魔法史の授業の時点で気づいている。
「アルバス、市場に行こう!僕買い物したい!」
「待ってくださいね。今大急ぎでわくわくするんで」
ダンブルドア少年は自分の頬を両手で叩き「楽しみだ!楽しみだ!楽しみだ!」と大きな声で唱えてから、もう今日はこの先輩にとことん付き合ってあげようと覚悟を決め、女生徒を見据える。
「お待たせしました先輩。僕もパリの市場とっても楽しみです」
「そうかい?良かったー。ヤだったら無理矢理連れ回すのもなって思ってたんだ」
ダンブルドア少年は「自分が楽しい時は皆も楽しい」と信じ切っているこの先輩を見ているだけで楽しいのだという事を自覚しつつあった。
「あ、でっかいコガネムシ居た!」
急に歩く方向を変えて裏路地へと駆け出した女生徒を、ダンブルドア少年は慌てて追う。
「見てみてアルバス!でっかいコガネムシ!」
「…………よかったですね……」
女生徒はダンブルドア少年に大喜びで示した直後、その大きなコガネムシを口に含んだ。
「ちょっと何考えてるんですか先輩!」
「美味しくない!」
「でしょうよ!吐き出してくださいそんなもの!」
「もう飲んじゃったもんね」
「なんでちょっと得意気なんですか!」
その後も蝶を見つけては駆け出し、オシャレなオジサンを見つけては追いかけて話しかけ、いきなり地面に這いつくばって文字通り道草を食ったかと思えばひと目の無い路地裏の物陰でワタリガラスに変身して生ゴミを啄み始めたその先輩に、ダンブルドア少年はとうとう杖を向けた。
「ど、どうなさいました………?アルバスはまだお外で魔法使っちゃいけないんだよ……?」
ゴミ箱の中から見つけたリンゴの皮の端っこを口に入れたまま人の姿に戻って狼狽えるその女生徒は黒髪からシルバーブロンドに変わっていたが、ダンブルドア少年はそんな事を気にしない。
「市場に行きたいと言ったのは先輩ですよね。それとも首輪と鎖で繋ぐべきですか」
「ゴッ、ゴメンナシャイ………」
事ここに至ってダンブルドア少年は、普段7年生の皆さんがこの先輩と一緒にいる時に、よく手を繋いだり服の裾を掴んだりしている理由を正しく理解した。
予め捕まえておかないと、ちょっと目を離した隙にどこに行ってしまうやらわからないのだ。
「なーにアルバス。手繋いでほしいの?」
「そうですよ。間違いなくそうです」
ダンブルドア少年が差し出した手をその女生徒は嬉しそうに掴み、傍目には姉弟にしか見えない2人はパリの街を観光客丸出しの好奇心に満ちた視線で進んでいく。
「先輩、僕ずっと気になってるものがあるんですけど。ずっと見えてるアレなんなんですか」
「僕もだよアルバス。確か展望台があって、一般公開されてるはずだから行ってみようか」
そして2人はその「ずっと視界に居座っていて気になって仕方がないそれ」の元に向かう。
3年前に完成したばかりのパリの新しいランドマークへと。
「わー。根本まで来るとホントにおっきいねえエッフェル塔って!」
女生徒が目を輝かせる横で、ダンブルドア少年は主張強めの看板を持った地元民らしき一団がシュプレヒコールを上げているのが気になるらしく、ちらちらと横目でその集団を観察している。
「気になるかい、アルバス?」
よくはわからないが怖い顔で何らか叫んでいる集団を見てちょっと不安そうなダンブルドア少年とは対照的に、女生徒にとってはその喧騒もパリで見たかったものの1つだった。
「なんですか、あの人達。アレは何が書いてあって、何を主張してるんですか」
「『エッフェル塔なんてこんなものパリの街の景観に合わない』って言ってるのさ。それはつまり『いきなりこんな今まで見たこともない建築物が街のど真ん中にできてびっくりした』って事さ。まあ、気持ちはわからなくもないだろう?新しいものは受け入れられるのに時間がかかる」
それを聞いたダンブルドア少年は「取り壊せ!」的なことを叫んでいるのだと思われる怖い顔のお姉さんと、その隣で似たようなことが書いてあるんだろう横断幕を持っているおじいさんを眺めながら、根本的な疑問を投げた。
「先輩、フランス語わかるんですね」
「ある程度までならね。去年からボーバトンのペンフレンドと教えあってるんだ。僕が英語で手紙送って、向こうは僕にフランス語で手紙送る。で、お互い届いた手紙を頑張って翻訳して返事を書く、ってのを繰り返してるの。休暇とかに会いに行ったりもしてるよ」
そんな事を話しながら2人はエッフェル塔の2階にあるレストランへと足を踏み入れる。
「先輩、お金持ってるんですか?僕さっきフラメルさんにいただいたデナリウス銀貨しか持ってないんですけれど………」
「心配しなくてもちゃんと持ってるよ。僕と居る間はお金のことなんか気にしなくていいから、食べたいもの頼みな。………頑張ってね?」
フランス語で注文することを期待されていると察したダンブルドア少年は、持てる勇気を総動員して「ボンジュール、ムッシュー?」と店員を呼び止めた。正しい言葉選びだったのかはわからないが、他にフランス語の単語をひとつも知らない以上、ダンブルドア少年はそうするしかなかった。
店員のお姉さんはちょっとびっくりしながらも、その可愛らしい声の主が小さな男の子だった事で気を良くしたのか、ニッコリと笑って応対してくれる。周囲の席の客たちにもその声はしっかりと聞こえたらしく、何やら口論していたカップルの片方、怒って帰ろうとしていた若い女性はクスクス笑いながら再び彼氏の正面の席に座る。
「ムッシュー?」「ムッシュー?」と連呼しながら身振り手振りでどうにか意思を伝えようと頑張るダンブルドア少年を目の前にしながらも、自分は店員で相手は客なのだから笑ってはいけないと思っている店員のお姉さんは、あくまでも「客に応対する時の笑顔」を崩さないように最大限の努力をしているらしかった。
この時のダンブルドア少年は間違いなく、パリで最も愉快な見世物だった。
そしてどうにかこうにか注文を完了したダンブルドア少年をずっとクスクス笑いながら見ていた女生徒も、ダンブルドア少年と入れ替わりにその店員のお姉さんに話しかける。
「おねーさん僕レモネードと、あとサンドイッチのセットとコーヒーとバニラアイス!」
「コーヒーと言っても色々有りまーすよ?」
「あー、そりゃそうだ………えー、この『メランジェ』ってやつで!」
「わかーりました。ちょっと待っててくださイ」
普通に英語で会話するその2人を、ダンブルドア少年はポカンと口を開けたまま見ていた。
「……英語………話せたん……ですか…………」
「ここはパリで一番ホットな場所の、入り口から一番近いレストランだよアルバス?」
「2人して………僕をからかってたんですね………」
「いや僕『フランス語で話してみて』なんて言ってないし………」
もう何も信じられないという表情のダンブルドア少年を前にしてその女生徒がちょっと困っている一方、周囲の席の客たちは今や笑い声を抑えるのに必死だった。
「こちらのお嬢さんが『そのまま!そのままフランス語だけで!』って表情で訴えるカラ。許してくださーいね、旦那サマ」
誰もが見惚れるほどのウインクを残して去っていった店員さんに女生徒がデレデレしている一方、ダンブルドア少年はまんまるのほっぺたをプルプルと震わせてむくれている。しかしそれも、目の前にやってきた苺とホイップクリームの乗ったソルベを一口食べるまでの話だった。
「おいしい?アルバス」
一気に喜びが弾けたダンブルドア少年を見ながら、女生徒は嬉しそうに微笑んでいる。
そしてすぐに、食べ進める手が止まらないが早々に食べ終えてしまうのは惜しいという葛藤に苦しみ始めたダンブルドア少年の喜びと煩悶の百面相は、女生徒から「おかわり頼むかい?」という言葉を引き出す事に成功するのだった。
こんどはオレンジが乗ったやつを頼んだダンブルドア少年がそれを夢中で食べ進めるのを見ながら女生徒はバニラアイスを食べ、レモネードを飲み干し、サンドイッチを日刊預言者新聞で包んで懐に入れる。そしてコーヒーをブラックで味わいながら、最後に女生徒が2人分頼んだパンケーキを仲良く食べた後、会計を済ませた女生徒は先程の店員のお姉さんを探し始める。
「あ、いた!おねーさんありがとね!これお礼!」
チップをかなり多めに渡した女生徒はそのままダンブルドア少年を連れて、エッフェル塔の一番高い展望台へと向かう。
「ゆくぞう!」
ダンブルドア少年に意思確認もせず肩車した女生徒は、3年前のパリ万国博覧会で目玉の1つだったエレベーターなど当然のように無視して階段を駆け上がる。
「怖い怖い怖い怖いこわいですって先輩!下ろしてください!」
「わははははははははははははは!!あーははははははは!!」
そのままノンストップで1710段の階段を登りきって地上276mまで一気に到達した女生徒は第3展望台の一角でダンブルドア少年を下ろすと、途端にその場に崩れ落ちる。
「つかれた」
「でしょうよ……」
しかし10秒ほどで復活した女生徒は再びダンブルドア少年の手を引いて展望台のガラス窓の傍まで歩いて行き、その眺望を堪能し始める。
一方のダンブルドア少年は、先輩の手を固く握ったまま硬直している。
「………ねえアルバス」
「なんですか」
「もしかしてさ。高いとこ苦手?」
「………悪いですか」
その女生徒はニッコリと笑うと、ダンブルドア少年の手を引いて駆け出し、今登り終えたばかりの階段を駆け下り始める。
「どうしたんですか急に!」
そして誰もいない中途半端な地点で止まると、ダンブルドア少年に「目くらまし呪文」をかけて透明にし、さらに「連れてったげて」とだけ言ってスルリとワタリガラスに姿を変え、ダンブルドア少年を置いて飛んでいってしまった。
「えー……なんだあのひと………」
ダンブルドア少年が不安になるよりも早く目の前の空中が燃え上がって姿を現した不死鳥は、その11歳の男の子の肩を足の鉤爪で掴むと即、ダンブルドア少年ごと「姿くらまし」した。
「―………?!!……わあああああ!!!!!死、死んじゃう!!」
自分のすぐ足元にあるのがエッフェル塔の先端部分だと気づいたダンブルドア少年はパニックに陥りかけるが、自分の頭上から声が落ちてくるのを聞きとって、動揺の原因が切り替わった。
「静かにしてなきゃ見つかっちゃうよアルバス~………」
「何してるんですか先輩!!!」
空の上まで昇って雲の中で人に戻り自分に目くらまし呪文を使ったらしいほとんど透明な女生徒はダンブルドア少年のすぐ傍を落下していき、取り出した箒にも目くらまし呪文を素早く施す。
「ふうー。わりと手際よかったぞ!」
「何考えてるんですかほんとに………」
ホバリングする不死鳥に箒へと降ろされたダンブルドア少年は、女生徒に後ろからしがみつく。
そして炎とともにまた女生徒のカバンの中へと「姿くらまし」で引っ込んでいった不死鳥に礼を言った7年生の先輩に、ダンブルドア少年が叫ぶ。
「降りましょうよ!万が一マグルに見られてたら大変ですよ!!!」
女生徒はそんな諫言など意にも介さず、気楽に笑っている。
「パリじゃ『エッフェル塔が嫌いならエッフェル塔に行け』って言うらしいよ」
「……………、ああ。パリのどこからでも見えるけど、エッフェル塔の中からはエッフェル塔の外観は見えない………言い得て妙ですね」
ダンブルドア少年は恐怖も忘れて物思いにふけっているらしく、女生徒にしがみつくその腕は今や必死さがいくらか緩んでいた。
「こんなに高いものを、魔法も無しに作っちゃうんだからすごいよね」
2人はパリの街を、エッフェル塔のてっぺんから見下ろしている。
「純血主義なんてくだらないよ。………オミニスも連れてくればよかったなぁー!」
「……そうですね。オミニス先輩が、ここでどんな感想を言うのか、気になります」
景色を見ることはできなくとも、いやむしろ見る事ができないからこそ受け取るものがあるだろう、とダンブルドア少年も、ダンブルドア少年をパリまで連れてきた女生徒も信じていた。
「よし!じゃフランス魔法省に行くよアルバス!」
「………自首するんですか?」
「違うよ!あそこ、猫がいっぱいいるからフランスに来るたびに遊びに行くんだよ」
そして女生徒は透明になったまま、同じく透明になったままのダンブルドア少年を連れてエッフェル塔の上空で「姿くらまし」し、四方を建物に囲まれている静かなフュルステンベルク広場へとやってくる。
「ここがそうなんですか?」
ダンブルドア少年の質問に、箒をしまいながら「そ」とだけ答えた女生徒は自分とダンブルドア少年にかけた目くらまし呪文も解き、広場の中央にある噴水へと歩いていく。
「僕が今からやることをよく見ててね、アルバス」
その時、2人の足元のそのさらに下に広がるフランス魔法省本部では、ちょっとした騒ぎが起こっていた。―他ならぬその7年生の女生徒によって。
「ホグワーツの『例のあのバカ』が来ます。予定より1時間以上早い」
「手の空いている闇祓いや執行官たちは―」
「既に警備の穴を埋めるべく動いていただいています」
「それで我らが局長どのは?」
「既に向かわれました」
早足で通路を歩きながら会話していたフランス魔法省の職員2人は、自分たちもまた警備の穴を埋めるためにそれぞれ別のフロアへと向かっていく。
「ひゃー、いつ見てもキレイな所だなあ!あ、ほら見てアルバス」
「猫って、『マタゴ』の事ですか………」
フランス魔法省本部の正面玄関ホールで、ガラス窓のような大きい目を妖しく光らせた毛のない黒猫が、その2人の視界に入っている全ての通路から大挙して押し寄せてきていた。
「うひゃはははは!みんな久しぶりだねえ!よーしよしよし!よーしよしいい子だ!」
その妖しい黒猫の群れにもみくちゃにされながらサンドイッチに「双子呪文」をかけて給餌し始めた先輩を、ダンブルドア少年は呆れて見つめている。
「『古い魔女の使い魔が黒猫に姿を変えた姿』だとする真偽不明の噂で有名な『マタゴ』はフランス魔法省本部の警備を担っている魔法生物だと………本に書いてあったんですけど……それがこんな1ヶ所に大集合してて、いいんですか先輩………?」
「全くよくない。ご推察のとおりだ少年」
いつの間にかそこに居た魔法省の職員なのであろう男性が、眉間にシワを寄せてその光景を見つめている。去年初めてこのホグワーツ生がフランス魔法省本部を訪れて以来、このイギリスのティーンエイジャーはフランス魔法省本部が定める「要注意人物」としてその名を記録されていた。
なにせ警備担当のマタゴたちに何故かやたらと好かれており、この生徒が来るとフランス魔法省本部施設内に居る全てのマタゴが殺到してしまうために警備システムが機能不全を起こすのだ。
「有能な警備員が、急にみんな1ヶ所に集まって夢中で遊び始めたら……そりゃ迷惑ですよね」
マタゴの群れに埋もれて顔中ベロベロ舐められている先輩を横目に、ダンブルドア少年はそのフランス魔法省職員の男性に頭を下げる。
「仰る通りだが、君が謝る事はないよ少年。私は魔法生物運輸管理局局長のデラクールという。申し遅れてすまないね。君は?」
「アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアです。先輩がご迷惑をおかけしています。…………あの、どうしました?」
その男性、フランス魔法省のデラクール局長は、ダンブルドア少年をじっと見つめている。
「ダンブルドア、ダンブルドア………もしかして、かの『ダンブルドア』か?」
また父を非難する言葉か、さもなければ讃える言葉を聞かされるのかと身構えたダンブルドア少年だったが、デラクール局長の脳裏に浮かんでいるのは全然別の話題だった。
「『パーシバル』は君の父親の名前だね?」
「そうですけど………なんですか」
杖の先から何やら紐のようなものを垂らしてマタゴたちと遊び始めた先輩を横目に、ダンブルドア少年は警戒心を顕わにしている。
「パーシバル・ダンブルドアが父親ということは………えー、曽曽祖父か。きみから見てひいひいおじいさんにあたる人物が、不死鳥を飼育していたというのは本当かね?」
予想外の質問に拍子抜けしたダンブルドア少年は、呆気にとられたまま返事をする。
「そうだと父から聞いた事がありますが……それが何か?」
「いや何、ダンブルドア家には昔から伝わる真偽不明の噂があったのを思い出してね。その言い伝えに曰く、『ダンブルドア家の人間が命の危機に瀕した時、その傍に不死鳥が現れる』そうだ」
でも父が連れて行かれるときも、アリアナの事も不死鳥は守ってくれませんでしたよ、と言いそうになったダンブルドア少年だったが、そんな事をこの人に言っても仕方がないとすぐに気づいて堪える。そして再び視界に飛び込んできた先輩がマタゴたちに押し倒されながら笑っているのにつられて、自分も笑った。
「そろそろ行きましょうよ、先輩。いつまでもこうしてちゃ迷惑ですよ」
「しやわせ………」
髪も顔も服も手も足もマタゴのよだれまみれで服の裾をマタゴに引っ張られているその女生徒は、またしても先程までとはまるで別人の外見になっていた。
「それにこれだ。最も厄介なのがこの点だ」とフランス魔法省職員のデラクール氏が言う。
「人相を写真で記録に残しておいてもまるで意味を成さない。故意にそうしているなら対処のしようもあるが、原因不明制御不能だと聖マンゴのお墨付きではな」
自分の顔を覗き込んでいるダンブルドア少年をよそに、その女生徒は去年の事を思い出していた。
去年アズカバンを訪ねた時のことを。
「あ、そうそう。ホントは杖を預ける決まりなんだってね。去年はごめんね」
そう言った青年は杖を取り出し、吸魂鬼が示したとおり杖計量器に乗せ、そのまま預ける。そのまま計量完了を待つこともなくスタスタとその北海の中央にある牢獄の中へと侵入していく。
「警備状況に問題があるよね、ここって」
そう言いながら預けたのとは別の杖を取り出した青年は、そのまま呪文を唱える。
「エクスペクト・パトローナム」
杖から勢い良く吹き出た白く光る霧か煙のようなものは水中に牛乳の雫を落としたように辺り一面に広がっていき、それこそ霧のように女生徒の姿を覆い隠す。そして、それが広がっていくにつれ、蔓延っていた吸魂鬼たちはその周辺からの撤退を余儀なくされる。
そして1人の囚人もまた、その「守護霊呪文の霧」が通路に充満し始めるのを見て誰が来たのかを察していた。今年に入ってから―最もここでは日にちどころか時間もよくわからないがおそらく年度は変わっているはず―数回、同じ現象が起きた時に決まって姿を現す訪問者が居たのだ。
「やあシオフィルスくん。楽しそうだね?」
「かわいそうに目が腐っちまったらしいな?クソガキめ」
他ならぬこの青年によってアズカバン送りとなったこのシオフィルス・ハーロウは憎まれ口に応戦しては来るものの、嘗てあった危険な迫力はその目から失われていた。
「随分痩せたねシオフィルスくん。今の方が可愛いよ?……ここってご飯美味しくないの?」
「メシを持ってくるのもくそったれのディメンターどもなんだぞ?美味いと思うか?」
そして青年は、ここに来た本題へと踏み込む。
「やっぱ思い出せない?『ビクトール・ルックウッドの呪い』の事」
「何度も言ってるだろ。アイツが一体どれだけの呪詛を身に着けてたと思う?光線の色とその小娘の症状だけで言い当てられるもんかよ。それに特定できたとして、教えてやる義理は無え」
そっかーそうだよねーと気軽に返答した青年は、既にアンが快方に向かい始めている事など心にも浮かべずに「じゃあしょうがないか。残念!」と言って立ち去ろうとする。
「待て、待ってくれ!他に俺から引き出したい情報とかあるんだろ?!!」
「ないよー。済んだことだし別にいいよ気にしなくて。じゃーね」
そう振る舞う事が最もシオフィルス・ハーロウを苦しめると理解していて、青年はそのやつれ果てた男に気軽な笑顔を向けた後で、守護霊呪文の白く光る霧を伴ってその場を立ち去る。
そして用は済んだからホグワーツに帰るかそれともちょっと他の牢も見物してくかそれともディメンターから絞りカスになるまで食欲を根こそぎ徴収して貯めとくかな等と考えつつ左右に牢が並んだ通路を歩く青年に、聞き覚えの無い男性の呼びかける声が聞こえてきた。
「なあ、そこのきみ!きみはホグワーツの生徒なんだろ?!そうなんだろう?」
その時たまたまグリフィンドールの制服を着ていた青年は、その声の方へと寄っていく。
「あ、僕あなた新聞で見たことあります。はじめまして。なにかご用ですか?」
以前「日刊預言者新聞」の一面を飾っていたその「凶悪犯」に、青年は丁寧に対応する。そうしなければいけないと、青年の中の何かが告げていた。
「パーシバル・ダンブルドアさん、ですよね」
「いかにも、そうだ。なあ、きみはホグワーツの生徒なんだろう?」
「ええ。見ての通りです」
「守護霊呪文を学生が、それもあんなふうに使うとは興味深いが………頼む。頼みがある」
「内容によりますよ。ここがアズカバンである以上、訊けない頼みも当然あります」
牢の格子越しに青年をまっすぐ見つめるパーシバル・ダンブルドアの目には、確かな精気があった。彼の中の何かが、もはやこの絶海の監獄から生きて出る事は叶わない彼に全てを投げ出させないだけの最後の気力を与えているのだと、青年は思った。このパーシバル・ダンブルドアの目は、先程の哀れなシオフィルス・ハーロウなどとはまるで違っていた。
「来年。来年だ。一番上の息子がホグワーツに入学するんだ。ありがたい事に私ではなく妻に似た。優しい子なんだ………私の為にあの子がホグワーツで辛い思いをするのは耐えられない」
そこまで言ってハッと何かに気づいたパーシバル・ダンブルドア氏は、青年に訊く。
「きみは今何年生だ?まさか7年生か?」
「僕は来年7年生になります。大丈夫ですよパーシバルさん。1年だけですけど、息子さんと在学期間は被っています。大丈夫です。心配しないでください」
青年は、パーシバル・ダンブルドアを見る。自己弁護よりも娘の名誉を守る事を選んだ誇り高い父親なのだと、青年は何故か知っていた。当人はそれを日刊預言者新聞で読んだものだと思いこんでいたが、実際の日刊預言者新聞の紙面は徹頭徹尾「純血至上主義が行き過ぎた末の凶行」という書き口だったため、この認識は誤りで「夢に出てきた日刊預言者新聞で読んだ」というのが正しいのだが、青年はその事をぼんやりとしか覚えていない。
「息子が入学してきたら、気にかけてやってくれないか」
「もちろんです。僕がアルバスくんといっぱい遊んであげます」
その気軽な返答を受けてダンブルドア氏の顔に笑みが浮かぶが、それはすぐに困惑に変わった。
「そりゃ頼もしい………まて、私は一番上の息子の名前をきみに言ったか?」
「え?新聞に書いてあ………なかったっけな?アレ??なんで知ってるんだ?????」
えーとえーと奥さんがマグル生まれのケンドラさんで、アルバスくんの弟がアバーフォースくんで………と記憶の引き出しを開けていく青年はしかし、なぜそんな情報が自分の脳に入っているのかわからず混乱する。しかしこのような事は青年にとって決して稀ではなく、そしてなによりも。
「……まいっか!なんか僕いま勘がめっちゃ良かったんでしょたぶん!」
この青年は基本的に、度を越して能天気だった。
「一番上って事は、他にもいらっしゃるんで?」
これ以上ダンブルドア氏を混乱させないように、青年は質問する。
「ああ。次男のアバーフォースと、その下に末娘のアリアナが居る」
アズカバンの冷たい牢獄の中にあって「アバーフォースはヤギが大好きなんだ」と嬉しそうに語るパーシバル・ダンブルドアのその顔は決して「凶悪犯」などではなかった。
「それでその一番上の、アルバスくんで合ってるんですよね……どんな子なんです?」
「家族思いのいい子だとも。そうであり続けてさえくれれば、それでいい」
青年はまた、不思議な表情になってパーシバル・ダンブルドア氏の目をまっすぐに見据える。
「息子さんが、そのアルバスくんが。将来ホグワーツの校長になるって言ったら信じますか」
「『お前の息子は立派になるぞ』と告げられて、信じない親など居るものか」
嬉しいことを言ってくれるな、と言ったダンブルドア氏の目から、一筋の涙が頬を伝う。
「私がここでまだ生きている事を、私の家族には決して伝えないでくれ」
「………なぜです?」
「知ったら私のことを救い出そうとするからだ。そうすればアリアナの事が世間に詳らかにされるかもしれない。それだけは看過できない。私はアリアナを守れなかった。だからせめて、世間の目や新聞記者によって同じ苦しみをアリアナが味わうことだけはなんとしてでも阻止する。そのためなら私のこの身がアズカバンで朽ち果てようが、知ったことでない。私がここから出るということは、減刑されて有期刑になるということは、あのマグルの子供らがアリアナに何をしたのかがウィゼンガモットの知るところとなるということだ。そんな事はさせんとも…………決して、決して」
青年は、その牢の中のパーシバル・ダンブルドア氏に、深く深く頭を下げた。
「お任せください、パーシバル・ダンブルドア。ホグワーツで僕が一緒に居られるのは1年だけですけど、息子さんの事は僕が、決して独りになんてさせません」
そう言った青年は顔を上げて、また気楽な表情で笑う。
「でも心配なんかしなくたって、アルバスくんはあっという間に友達できると思いますよ?」
そうだといいんだが、とパーシバル・ダンブルドア氏が言う。
「だってあなたみたいな優しい人の息子さんなんですから」
あの時入り口で預けた杖結局返してもらわないまま帰ってきちゃったんだよな、と1年前に思いを馳せながらも「密猟者のだし別にいいか」と雑に結論を出した女生徒は、何匹ものマタゴ越しにその男の子を見て、その子の顔にあのパーシバルさんの面影がいくつもあるのを確かめていた。
「先輩!いつまで寝てるつもりですか先輩!」
フランス魔法省の玄関ホールで妖しい黒猫のような魔法生物「マタゴ」に集られている女生徒の腕を引っ張って、その男の子は今すぐ立てと促している。
「……ねえアルバス、パリから家族に手紙贈ったら?僕ちょっとこの局長さんに用があるから」
唐突な提案にダンブルドア少年はキョトンとしながらも、別に突拍子も無い無茶ってわけでもないなと考え直して、立ち上がろうとし始めた女生徒を引っ張るのをやめる。
「先輩が、そうした方がいいと仰るならそうしますが。用ってなんです?」
「フランス魔法省に特例で飼育許可貰ってからちょうど半年になる子が居るから、査察受けるの」
アルバスを案内してあげてくれるかい、と自分にまとわりついているマタゴの内の1匹に頼んだその女生徒は、魔法生物運輸管理局局長だというデラクール氏とものすごい数のマタゴを伴って、職員や利用者たちの人混みの奥へと消えていく。
「よ、よろしく、お願いします……」
その場に1匹だけ残って自分を見つめているマタゴに、ダンブルドア少年はぎこちなく挨拶した。
そしてダンブルドア少年が母宛てと妹宛てと弟宛ての3通の手紙を書き終えてフランス魔法省フクロウ郵便窓口の係員に託した後、さらに数時間ほど経ってからやっと、その女生徒は戻ってきた。
「どうしたんです先輩?査察でなんかあったんですか?」
「それは問題なかったんだけどね………エッフェル塔のてっぺん飛んでたの、怒られた……マグルが気づいてたらどうするつもりだったんだ、って」
そりゃそうですよ反省してくださいとキッパリ言ったダンブルドア少年に連れられて、女生徒は名残惜しそうに寄ってくるマタゴたちを宥めつつフランス魔法省を後にした。
「そろそろ夕方になるけど、お土産買う時間ぐらいはあるよ、アルバス?どうせ帰りもアイツに頼むんだし『姿くらまし』数回でホグワーツに着く……あ、でもアイツの事だから飛びたくなったら『姿くらまし』せずに普通に飛ぶだろうけど。何でも買ってあげるよ?お土産」
ダンブルドア少年は眉間にシワを寄せて唸った後、女生徒の目を見て口を開く。
「……お言葉に甘えさせていただく事にします。……動物の人形とか売ってませんかね」
「人形?そんなんでいいの?」
「弟は、ヤギが好きなんです。おそらくこの世の何よりも」
妹もクマの人形とか喜ぶかなって、と付け足して気恥ずかしそうに笑うダンブルドア少年を見て、女生徒は去年1回会ったきりのパーシバルさんに心の中で語りかける。
「あ、あとエルファイアスにもなんかお土産あげたいです」
(仰る通り、すごく優しい子ですね。それに笑った顔があなたにそっくりだ)
「動物の人形なら、とっておきを知ってるけど。でもフランスのメーカーじゃないんだよな……」
別に良いかそれはとすぐ妥協した女生徒に、ダンブルドア少年は「教えて下さい」と詰め寄る。
「ドイツ帝国の、マグルの縫製会社『マルガレーテ・シュタイフ』が今年新しく出したカタログに、面白いもの載ってるんだよ。妹がすごく喜んでたって、ギャレスが言ってた」
「それはどこで買えますか」
「でっかいお店に行けばあるでしょ。………最悪ウォルトじーちゃんにお願いしてもいいし」
「誰です?それ」
「でっかい服屋をやってるマグルのおじいさん。ギャレスの親戚のお婆さんの友達なの」
「それは先輩から見れば見ず知らずの方では?」
「そだよー」
そんな話をしながら入ったサン・ミッシェル通りの書店「ジベール・ジューヌ」の店頭に、早速それは陳列されていた。
「あった!………でもこれたぶんイギリスからでも問題なく買えるだろうし、イギリスにもこのカタログは出回ってると思うけど。本当にいいの?」
「はい。僕、これにします。ここに載ってる中から選んで注文します」
そう言いながら掲載された商品の値段を見てちょっとびっくりしたダンブルドア少年だったが、女生徒は「そんな事気にしないの!」と言って笑う。
そして女生徒から購入したカタログを手渡されたダンブルドア少年はすぐにそれを開いて食い入るように読み始め、中断させるのもアレかなと考えた女生徒はそのダンブルドア少年を担ぎ上げる。
「あっ、すいませんすいません後にしますから降ろしてください皆が見てます」
「だめ。どれにするか決めなさい」
そう言われたダンブルドア少年は一心不乱にヤギを探し、ついに見つけて声をあげた。
「見つけた!先輩、ヤギがありました!!」
「それ?それと、それもね?じゃあ僕もいくつか頼みたいから、届いたらホグワーツでアルバスに渡すよ。………これもしかして『パリのお土産』にはなりようがないんじゃないの??」
「あっ………」
そう言われて初めて気づいたダンブルドア少年は硬直し、女生徒は笑う。指摘の通り、フランス産でもない上に後日届く品が今日この日の「パリ旅行」のお土産とはなり得ないのは明白だった。
「大丈夫、大丈夫だよアルバス。喜んでくれるさ。それに、お土産はなんかお菓子とか買っていこう。それで良いだろう?ほら行くよアルバス!」
日が陰り始めたパリの街中を、その女生徒は駆け出す。
ダンブルドア少年を担ぎ上げたまま。
「それで良いですから先輩!おろして!降ろしてください!!」
そしてダンブルドア少年を担いだまま目についた店に入り、担ぎ上げたままのダンブルドア少年に選ばせていくつかお菓子を購入、贈答用のラッピングもしてもらって自分用にもたくさん買った女生徒は、店を出た瞬間に大切な事を思い出して硬直する。
「どうしたんです、先輩?」
「忘れてた………早く帰らなきゃ!」
「どうしたんです、先輩?」
女生徒はダンブルドア少年を降ろし、人気のない裏路地に連れ込んでカバンの中に詰め込んだ。
「マホウトコロから交換留学生が来るんだよ!その組分けが今日の夕食の時間にあるの!」
その新しい試みはホグワーツにまた1つの嵐を呼び込む事になると、ホグワーツの箒飛行担当教授にして他ならぬマホウトコロ卒業生であるチヨ・コガワだけが理解していた。
アルバスの父パーシバル・ダンブルドアが1891年、つまりレガ主6年生時マグルの子供複数に
「攻撃を加え」、さらにその動機(アリアナに暴行したことに対する報復)を
一切話さなかった事でアズカバンでの終身刑となったのは公式設定。
「もしゲーム内に実装されてたらみんなこぞって会いに行ったでしょ」というメタ視点からの理由とは別に「レガ主がアルバスくんにかまう理由」がなんか欲しいなと思ったんだ。
フランス魔法省魔法生物運輸管理局(私の妄想)
イギリス魔法省でいうところの「魔法生物規制管理部」にあたる部門、の下部組織。
魔法生物の出入国管理などがお仕事。
エッフェル塔の建設当時地元民の一部が大反対したのは史実。
エッフェル塔が嫌いならエッフェル塔に行け、はマジで当時言われてたそうな。
マルガレーテ・シュタイフ(ドイツの会社)
テディベアを生み出した会社で、世界で初めて「ぬいぐるみ」を売り出した会社。
「お土産はなんか動物のぬいぐるみとかかな」って気軽に考えてたけどまさか
1892年当時が「ぬいぐるみ」というものがこの世に生まれてまだ12年だとは思わんかった………
ジベール・ジューヌ
パリの老舗本屋。一応まだある。
次回、レガ主 VS 薩摩示現流。