2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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22.郷に入りても

マホウトコロから来た2人の交換留学生とホグワーツ代表2人による挨拶代わりの「親善試合」が終了すると皆がその4人の周りに大集合し、口々に称賛を送り始めた。

「ダンブルドアくんすごい!すごいすごい!」

みんなの間を縫うようにしてものすごい勢いで飛びついて来たハッフルパフの1年生の女の子にダンブルドア少年が轢かれている横では、7年生の女生徒がミス・リュウサキをまるでお気に入りのぬいぐるみかのように抱きしめている。

「ええかげん満足したやろ………離れてくれやぁ………放してくれへんかな……?」

「きみホントにいい匂いだねえ」

「……そら、おおきに……………」

無抵抗でぐったりしているミス・リュウサキに「ねえどんな香水使ってるのねえねえ」と質問が止まらない女生徒の元に、ポピー・スウィーティングとヘクター・フォーリーがやってくる。

「あー!ポピーちゃん、ねえこの子すっごく…………」

そのポピー・スウィーティングの顔を見て、大喜びでミス・リュウサキを抱きしめていた女生徒は一気に静かになって、誰に促されるでもなくミス・リュウサキを放し、可能な限りキッチリと床に座った。

「マンドレイクがどれだけ危険な植物なのか、君はきちんと知っているよね。その泣き声で何が起きるか、君は誰より知っているよね。なのになんであんな事したのか、聞かせてくれないかな」

ヘクター・フォーリーの声は冷たい。

 

「成熟しきったマンドレイクを放り投げるなんて!何を考えてあんな事したの!!」

 

ポピー・スウィーティングに叱られて、その女生徒はビクッと怯んだ。

 

「先生達の反応がもしほんの少しでも遅れてたら、みんな死んでたのよ!!!」

「ゴッ、ゴメンナサイ………」

 

さっき大広間の壁際に皆が並んで見てたあの状況でみんなの反応が遅れる事なんか無い、と内心では思っていたその女生徒でも、今それを言ったらどうなるかという事くらいは推察できた。

「私やみんなの事を信頼してくれているのは嬉しいけど、だからってやっちゃダメな事もあるの」

しかしそんな女生徒の内心の自重も、ポピー・スウィーティングには見抜かれていた。

 

「ポピーちゃん開心術得意だったりするの………?」

 

恐る恐る訊いてみた女生徒に、ポピーはピシャリと言い放つ。

「そんなもの使えなくても今アナタが何考えてるかくらいわかるわよ」

「ヒェー………ドウシテ………?」

そんないつも通りのお説教の様子をちょっと離れた位置から見ていたギャレス・ウィーズリーは、クスクス笑いながら呟いていた。

「そんな表情してたら誰だってわかるよ……」

先生方とてこの女生徒の先程の行いが如何に危険極まる行為かはもちろん理解していたし、普通なら減点なり罰則なり言い渡す場面なのだが、それらよりもこの「友人からのお説教」がこの困った首席の女生徒には「効く」ということも、先生方はよく理解していた。

「自分がどれだけ危険な事をしたのか、君はきちんと解っているよね?」

冷静な口調で問い詰めるヘクターから錆びたぜんまい仕掛けのようなぎこちない動きで視線をそらした女生徒は、すぐ隣で居心地悪そうにしていたミス・リュウサキに助けを求める。

「サキチャン……タシュケテ…………」

「いやこっち見られても困るて………大人しい怒られときぃや……」

「ダッコ………」

「さっきまでさんざウチに抱きついて来てたやないの………アレで満足しーや……」

「こっちを向きなさい。」

「ハィ………ゴメンナサイ……」

ミス・リュウサキに助けを乞おうとした女生徒をポピーがまたピシャリと言い咎め、ヘクターが「なぜお説教しているのか」を1から丁寧に説明していく。そのヘクターの、まるで3歳の幼子に言い聞かせるような平易な言葉選びと解りやすく噛み砕いた「お叱り」が聞こえたらしいセバスチャンも、マルフォイもギャレスもヘキャット先生も皆同じようにクスクスと笑っていた。

「けったいなやっちゃなホンマ………」

頑張って戦ったので褒めてもらえると思ったら叱られてしまいしょんぼりと萎んでいくその女生徒を見ながら、ミス・リュウサキは嘆息する。

 

「ねえねえねえダンブルドアくん、さっきの呪文はなあに?すごく眩しかった!」

「ど、どれの事かな……?」

「真っ赤なやつ!」

ポピーとヘクターが困った首席の女生徒にお説教を続けているそのすぐ背後では、ダンブルドア少年がハッフルパフの1年生の女の子による質問攻めを受けていた。

「こら。ダンブルドアくん困ってるでしょ」

「お姉ちゃん!!ねえお姉ちゃんダンブルドアくんすごかったのよ!」

「私も見てたってば。全く、もう」

そう言って苦笑するハッフルパフの女子生徒と、まだ自分の両手を握ったまま目を輝かせている1年生の女の子が全く同じ色のふわふわの髪をしている事に、ダンブルドア少年は気づいた。

 

「優しそうなお姉ちゃんだね」

「そうなの!私のお姉ちゃんすごく美人でしょ!!」

「ちょっと!」

 

そしてしばらくするとヘキャット先生が「ほら、そろそろ解散しな!」と号令をかけた事によって、そこに集った面々は各々の寮の談話室やオフィスへと戻っていく。

 

「あ、あの!」大広間を後にする生徒たちの背中に大きな声で呼びかけたのはマホウトコロから来た交換留学生の片方、スリザリンに組分けされたミス・リュウサキだった。

「ウチとずっと手紙のやり取りしてくれてた『アミット・タッカー』くんはどの人ですか!」

相当に勇気を出したらしく仄かに顔が紅潮しているミス・リュウサキに、背後から声がかかる。

 

「アミットは僕だよ。……直接会うのは初めてだね、リュウサキさん?」

 

去年からやり取りしていた手紙の文面から「どんな人なんやろか」と勝手に妄想を膨らませていたミス・リュウサキはしかし、脳裏に描いていた想像図よりも更に数段上の美男子に微笑みかけられた事で完全に思考が停止したらしく、ただ口を閉じたり開けたりするばかりだった。

(………ははーんさては夢やな?いくら何でもここまでウチに都合ええわけあらへん……)

「どうしたんだいリュウサキさん」

無表情のまま自分で自分の頬を抓り始めたその初めて会うペンフレンドの女の子を、アミットは少し戸惑いながら見つめていた。

 

(タダちゃんウチげぇ吐きそうや………)

 

それは、この女の子がついさっき冗談で言ったばかりの言葉だった。

「ほら、今晩ここで寝るつもりかいお前さんたち」

「あ。すいませんヘキャット先生」

出ていくように急かしたヘキャット先生の他にはもう自分たちを含む数人しか残っていない事に気づいて、アミットとミス・リュウサキも、やっと大広間から出ていった。

 

「なんだあの階段は。良いのかあれで」

 

気まぐれに動き続ける階段をタイミングを見計らって登り終えたばかりの島津少年が、リアンダー・プルウェットに問う。

「動いたほうが楽しいだろ。ぼんやりしてると全然違う廊下に辿り着くんだ」

「壁のふりしてる扉とか、扉のふりしてる壁とかいっぱいあるよ」

ギャレスもリアンダーに続いて言う。島津少年にとっては目に映る全てが興味深く、壁も天井も建物の造り自体もそこかしこにある絵の画風も家具も何もかも、魔法処城郭とはまるで異なっていた。この交換留学に際してミス・リュウサキと共に数ヶ月「事前講習」を日本魔法省の強い勧めで受けていた島津少年だったが、写真を見るのと実際にそこに自分が居るのとでは、まるで違った。

 

「あれ、あの子ら何してんねやろか」

 

レイブンクローのアミットがスリザリンの談話室に案内してくれるという少々奇妙な状況に疑問を抱けるほどのホグワーツについての知識はまだ無いミス・リュウサキの視線の先で、数人のホグワーツ生が廊下の真ん中で立ち止まっている。

「ほら、いい子だから降りてきなさい!」

「何見つけたんだい、全く」

さっきあのけったいな女生徒を叱っていた2人が、天井を見上げながら何かに呼びかけていた。

「どうしたんだい2人共」と訊ねたアミットに、ポピーが壁の高い位置を指し示す。

 

「おおん?なんやのあのカラス。誰のペット?」

 

ミス・リュウサキが視線を向けたその先で、1羽のワタリガラスが壁に施された浮き彫りを足場にして何やらちょこちょこと天井近くを歩き回っていた。

「なーにやってんだい、アイツ」

「知らないわよ。急に飛んでっちゃったんだもの」

アミットとポピーが言葉を交わす中で、そのワタリガラスは急に騒がしく啼き始める。

「なあに?どうしたの?」

そう訊ねたポピーの元に舞い降りてきたそのワタリガラスは、銀のネックレスを咥えていた。

 

「なんや、それが欲しかったんかいな………えらい派手な目ぇの色したカラスやなアンタ」

 

自分がそう言い終わらない内に翼を広げて飛んで行ってしまったワタリガラスを、この3人のホグワーツ生たちが何故追いかけないのか、ミス・リュウサキには解らなかった。

「飛んでってもーたけど、ええの?」

「行きたいとこに行くわよ、アイツは。さあ、スリザリンの談話室に案内しなきゃね」

そうでしょうアミット、と言ったポピーにアミットが頷き、4人は並んで廊下を歩く。

(ちっさて可愛らしいのにしっかりした子ぉやなぁ……ウチと同じか1こ下ぐらいやよな)

 

「なあに?」

 

見つめられているのに気づいたポピーが、3年生のミス・リュウサキに訊く。

 

「………あー、その。えーー………。……何歳?」

 

ミス・リュウサキが何故ポピーにそんな質問をしたのかを察せてしまったアミットとヘクターは全力で視線を逸らし、どうか話題が自分の方に飛んできませんようにと願うのだった。

 

「ここが?」

ホグワーツ城8階、グリフィンドール塔の一角で、島津少年がリアンダーに訊く。

「そう。我らがグリフィンドールの談話室への入り口」

やってきたグリフィンドールの生徒たちに、その「太った婦人」の肖像画は訊ねる。

 

「合言葉は?」

「あー、今朝変わったんだよな。えー。『デ・ミニミス』!」

「そう。『些細なこと』。いいわよねちょっとくらい」

 

そう言ってグラスにまたワインを注いだそのふくよかなご婦人の肖像画が道を開ける様を、島津少年は目を白黒させながら眺めていた。

 

「さあさあこっちへどうぞ。―みんな!我らがグリフィンドールの新しい仲間だ!あの我らが愛すべきクソバカ相手に彼がどれだけやったか、見てただろう!!」

 

その大歓声は、まるで打ち上げ花火のようにビリビリと13歳の島津少年の頬を揺らした。

その暖かな談話室に、恐らく1人残らず集っているのだろうグリフィンドールの生徒たちが口々に紡ぐスラングまみれの早口や絶叫に近い大声は、島津少年にはなんと言っているのかほとんど聞き取れなかったが、その言わんとするところは理解できた。

共に交換留学生に選ばれるまでは名前すらあやふやだった女子と2人だけでこの日本から遥か遠いイギリスまでやって来た彼にとって、たった今このホグワーツがもうひとつの家になったのだと。

 

「あー、やっぱここにみんな集まってたんだね!」

 

いきなり火を吹いた空中から転げ落ちるようにして現れたそのハッフルパフの制服を着た男子生徒にも、一緒に現れて談話室の隅の高い所にとまった不死鳥にも、ほとんど誰も驚かない。

 

「ほら、これ」

「おばあちゃんのネックレス!見つけてくれたの?」

 

1年生らしい小柄な女の子にネックレスとついでにお菓子もいくつか渡したそのハッフルパフの制服を着た男子生徒は、「今度誰かにこれを隠されたら、いいかい?その場ですぐに報復するんだ。いいね?『その場で』『すぐに』だ。これが大事なポイントだ」と言い聞かせている。

 

「何を唆してるんですか、先輩」

「あ。やあアルバス―きみもついてきたのかい?」

 

話しかけてきたダンブルドア少年の背後でソファの上のクレシダ・ブルームの膝に座っているハッフルパフの1年生の女の子を見て、その女の子と同じ色の制服を着た青年が言う。

「今度またそれを誰かに隠されたら、今度は僕も一緒に探すよ」

ギャレス・ウィーズリーに肩車されたままのダンブルドア少年が言う。

「私も一緒に探してあげるわ!………呪文があるのよね?お姉ちゃんが言ってた!」

クレシダの膝の上に座るハッフルパフの女の子がそう言うのを聞いたその青年は、まるで誰かと決闘でも始めるかのように、杖を自分の顔の前に立てて構える。

 

「レベリオ」

 

その杖の先から放たれた光が一瞬だけ、今日もまたパーティ会場と化しているグリフィンドールの談話室全体を照らす。誰の目にもそれきり何か起きたようには見えなかったが、その呪文を唱えた当の本人である青年だけは違った。

「あー!あんなとこにポップコーン落ちてる!アクシオ!!」

談話室の天井に近い、壁の高い位置の端、そこに飾られた肖像画の額縁の上から飛んできた1粒のポップコーンを、青年は直接口で受け止めた。

「そんないつのかわかんないポップコーン食べちゃだめだろ………」

リアンダーが呆れ、ギャレスは笑っている。

 

「そういえば『レベリオ』って色々派生系がありますよね?」

 

ダンブルドア少年のその言葉で、またいつもの通りその場は突発的な自主学習の会場となった。

「『ホメナム・レベリオ』ヒト、現れよ。文字通りヒトが居るかどうか確かめる呪文。これを唱えて何の反応もなけりゃ、そこは無人だって事だ」

リアンダーのその発言に続いたのは、まふぃんなる未知の食べ物を凝視している島津少年だった。

「『スペシアリス・レベリオ』。化けの皮剥がれよ。ただこれは対策されてる事の方が多い」

「日本でもかい?………まあ、試してみる価値はある呪文さ。どうだい、それ?」

そう言って暗に促すギャレスに背中を押されて、島津少年はマフィンを一口齧る。

 

染み渡るように笑顔に変わった島津少年が暖炉近くのソファにあった1人分の空きに腰を降ろすと、グリフィンドールの談話室を再び暖かな拍手が包み込んだ。

 

「高潔」

 

ホグワーツ城の地下に位置するとある壁の前で待ち受けていたセバスチャン・サロウが合言葉を言い、主賓とそれを案内してきてくれた他寮の友人たちをスリザリンの談話室へと招き入れる。それは本来固く禁じられている行為なのだが去年から、先生方が出した「お行儀よくするなら」という条件付きで、暗黙の内に緩和されていた。但しあくまで「黙認」であるため、仮に咎められるべき行いを中で行った場合は「他寮の談話室に侵入している」という規則違反も罰せられる事になる。

 

「さあみんな。我らスリザリンの新しい仲間がご到着だ。そして彼女をエスコートしてきてくれた我が友人も。……歓迎してくれるかい?」

 

グリフィンドールとは打って変わって静かで落ち着いた雰囲気ながらも、ミス・リュウサキの視界に映る皆が笑顔で微笑みかけてくれていた。

「何を飲みたい?えー、ワイン色々、紅茶、レモネード……お好きにリクエストしてくれ」

そう言った細身の男子生徒をアミットがミス・リュウサキに「ノット。7年生だよ」と紹介する。

「ノットだ。よろしく」

「ああこらご丁寧にどうも……3年生のリュウサキです。よろしゅう」

そして始まった、グリフィンドールのどんちゃん騒ぎと比べて随分優雅な「歓迎会」はセバスチャン・サロウが気軽に投げかけたひとつの質問で幕を開けた。

 

「ねえリュウサキ、日本にも『古い純血家系』って居るの?」

 

イギリスに来る前に日本魔法省の職員による「事前講習」を受け、ホグワーツの4つの寮の特徴や、ヨーロッパなどの魔法界では一部の人々がそれに拘っているという「純血」なる謎の概念についての説明を受けていたミス・リュウサキはしかし、講習でそれらに関する知識を叩き込まれたが故に悩んでいた。―どう答えんのが正解なんやろか。

そして数十秒間たっぷりと、内心の葛藤が全て表情に出ている事にも気付くことなく悩みに悩んだミス・リュウサキは、ありのままを説明することに決めた。

 

「たぶん、おらへん、と思うなぁ……。てかそんなんに拘ってる奴がおらんから、もし『純血』の家があったとしても誰も気にせーへんで。あ、でも単に『大昔から続いてる家系』はある。それこそタダちゃ、ああいや島津くんの家とかがそう。島津くんはこっちで言う『マグル生まれ』やけども、お家の歴史はわりかし古いで。いつからやったかな……12世紀ぐらいやっけ。あと魔法処の歴史の先生。武内先生って言うんやけど。あの人の家が確か4世紀ぐらいから……でもあのオジイ、ヤマトタケルの酒癖の話とか普通にするからどこまで信じてええやら判らんのよな………」

あのセンセ下の名前なんやったかな、と唸りながら記憶の総点検を始めたミス・リュウサキは10秒ほど後、「そやスクネ先生や!そやそや思い出した。あースッキリした」と言って顔を上げてスリザリンの談話室の皆が自分を見つめている事に気づき、マズイ事を言ったかと内心焦り始める。

 

「……え、えー。あの。どないしはりました?」

「良かったねえ、オミニス?」

 

アミットがそう言うと、そこに集うスリザリン生たちは皆一斉に「だー!緊張したぁー」等と言いながら肩の力を抜き、各々礼儀作法をあまり気にしない楽な座り方に変わる。

「え?え??なに?なんやの?」

戸惑いを隠せないミス・リュウサキにわけを話したのは、他ならぬ古い純血家系出身であるスリザリンの女子生徒レストレンジだった。

「いやあ、アンタがどんな奴だかわかんないからさ。皆で話してたんだよ。スリザリンに組分けされた以上どんな奴だろうがアタシらは仲間として迎え入れなきゃなんないわけで、もしアンタが『純血でない方とは口もききたくありませんわ穢らわしい!』とか言い出したらどうしようかと」

「ウチそんな事思われてたん?!」とびっくりしているミス・リュウサキにイメルダ・レイエスが「不安だったんだよ。ごめんね」と言って握手を求めている。

 

「さ!つまんない話はそこまでにして、マルフォイんとこのワインでも飲もう」

そう言ったノットがコルク栓を杖で軽く叩いてボトルを開栓した瞬間、ポピー・スウィーティングの傍の目の前の空中が突如火を吹いた。

「わああ何なになになんやの?!!」

ミス・リュウサキが仰天している中、そこに現れた数人のハッフルパフとグリフィンドールの生徒たちは、明らかに「大盛り上がりのパーティ」から抜け出てきたばかりだとわかる格好のままで、このスリザリンの談話室での「静かで優雅なパーティ」に混ざろうとする。

「騒がしい奴らが来たな?ほら。お前ら何飲む?」

「あ、僕レモネード飲みたいです」

ノットの問いかけに人差し指を立ててリクエストを返したダンブルドア少年の隣で、ハッフルパフの制服を着た男子生徒が床に転がったコルク栓を指先で「呼び寄せ」て即それを食べ始めていた。

「そんなもん食べちゃダメでしょ、もう」

自分のグラスのワインを早々に飲み干してしまったアン・サロウがそう言って笑う。

「ワインが染み込んでて美味しいんだよ?」

そんな光景を驚きとともに見ていたミス・リュウサキは、当然の疑問を口にする。

 

「………酒なん飲んでええの?」

 

その問いに、純血家系出身のマルフォイが教科書通りの答えを返した。

「ここイギリスに於いては酒類の購入や飲用が年齢によって区分されていない」

「ホンマに??!!!」

早速のカルチャーショックに打ち据えられているミス・リュウサキが「ほんなら飲んでみよかな」と日本語で呟いたのを、アミットが聞き取って釘を刺す。

「『節度を保って』ってのはどこの国でも同じだよリュウサキ」

「あ、はい。ほなちょっとだけ………その『バタービール』って何?」

どうせなら聞いたこともないものを飲んでみようと思ったミス・リュウサキに、待ってましたと言わんばかりの高揚が顔に表れているレストレンジが手ずからワイングラスに杖を向けてジョッキに変身させ、そこに黄金色の愛すべき液体を注いでいく。

 

「アルバスもお酒飲んでみるかい?」

「僕はいいです。先輩もしかしてコルク栓ホントに食べちゃったんですか?」

「うん!美味しかった!」

嬉しそうにそう言ったハッフルパフの制服姿の青年に、オミニスが話しかける。

「そんなもんよりこれ食べなよ。ほら、マルフォイがチーズを色々揃えてくれたんだ」

スーッと杖を振って「ロコモーター」と唱えたオミニスの目の前にゆっくり飛んできたその皿を、1年生と4年生のハッフルパフ生の姉妹が目を輝かせて見つめる。

「本来とんでもなく臭いが強いものも混じってるが、それらには保護魔法を施してある。一口齧った瞬間その魔法は解け、本来の香りを楽しめるわけだ。……まあ楽しめるかどうかは人によるが」

そう解説したマルフォイは「さあどうぞ?」と促し、ノットやレストレンジ、それにイメルダもグレース・ピンチ・スメドリーもニヤニヤしながら見つめている。

「明らかに見た目がヤバそうなのも混じってるわね………あの、見間違いかしら?」

眉間にシワを寄せてそう言ったハッフルパフの4年生の女子にマルフォイはさらりと返す。

「見間違いじゃない。それは『カース・マルツゥ』。蛆に喰わせて作るイタリアのチーズだ」

一般には取り除く事が推奨されているが人によっては蛆ごと喰うそうだ、と解説したマルフォイとそのチーズを交互に見て、ハッフルパフの4年生の女子はますますその眉間のシワを深めていく。

 

「この黒いのはなーに?」

ハッフルパフの1年生の女の子が訊ねる。

「それはエピキュアーチーズ。マグルが作る中で最も臭いの強いチーズの1つだ」

「くさいの?」

「そうだ。僕は7歳の時にそれを初めて食べて、臭いに耐えられなくて夜まで泣き続けた」

ハッフルパフの1年生の女の子はその断面以外が黒いチーズを見て、より一層目を輝かせている。

「食べていい?」

4年生の姉が止めるより早く、女の子はそのチーズを一切れ手に取り齧ってしまった。

 

「「エバブリオ!」」

 

同時に唱えたオミニスとマルフォイによって、そのチーズが色々乗った皿の周囲に集う数人が巨大な泡の中に隔離された。そして。

 

「うーわ!やばいやばいやばい!くっっさ!!!!!」

「凄いねこれ。ちょっと喩えようがないや」

悶絶するミス・リュウサキとアミット、静かに撃沈したオミニスとその臭いが不快ではないらしいハッフルパフの制服を着た青年の隣で、猫のような反射神経でその泡の中に閉じ込められるのを回避したダンブルドア少年は、口の中にまだあるらしいエピキュアーチーズをモグモグと味わっている女の子に訊く。

「………おいしい?」

「酸っぱい!けど………へんな味。おいしいけど、知らない味!」

どうやら満足したらしいその子がなぜ臭いに反応を示さないのか、同じ泡の中で悶絶している姉を含む数人の上級生たちは不思議でしょうがなかった。

 

「僕はこれ食べてみよ」

 

ハッフルパフの制服を着た青年はそう言って、その「カース・マルツゥ」なる、蛆に蝕まれているチーズを蛆ごと口に入れた。

途端にその青年は、ダンブルドア少年が初めて見る表情になった。

「どうしたんですか先輩」

「舌がピリピリするよアルバス」

「そんなもん食べちゃダメなんじゃないんですか?」

「どうしようアルバス。美味しいか美味しくないかの判断がつかない」

「そんなもん食べちゃダメなんじゃないんですか?」

もしょもしょとその「カース・マルツゥ」をもう一切れ食べた青年を信じられない物を見る目で見つめるダンブルドア少年に、ノットがネリダ・ロバーツのグラスにワインを注ぎながら解説する。

「コルシカ島やサルデーニャなんかでは、それが『伝統の食べ物』に位置づけられていて、現地の一部住民にとっては無二のごちそうらしい」

 

そして食べ終わったらしいハッフルパフの1年生の女の子は、急に気づいた。

 

「あ。………わあああすごい!すごいにおいなのね!すごい!わあああああー!!」

 

わたわたと慌てふためき始めた女の子を見て、その姉が「遅くない?」と笑っている。

そしてオミニスと青年は暫くの間、何やら空中の何かを巻き取るかのようにくるくると杖を動かした後でマルフォイに言う。

 

「もう開けていいよ」

 

マルフォイが杖を一振りしてチーズ試食組を覆っていた泡を消すと、まるでそれまで見ていた彼らのリアクションが全て嘘だと言うかのように、もはや何の臭いも漂ってこなかった。

 

そしてその後も各々思い思いのドリンクを楽しみ、チーズの食べ比べを楽しみスリザリンの面々1人ひとりとミス・リュウサキが交流を深める様を見て楽しんだその後で、当のミス・リュウサキを本日最大のカルチャーショックが襲った。

 

「嘘ぉ!お風呂あらへんの??????ホンマに???」

 

ミス・リュウサキは声を限りに叫ぶ。

「そうだ。『生徒全てが毎日必ず入る浴室』はホグワーツには無い。シャワー室ならあるが、それも全員が必ず毎日入るわけではない」

「………そら『テルジオ』と『スコージファイ』で事足りるけどさぁ。湯船浸かりたいて」

不服が顔に出ているミス・リュウサキに、ハッフルパフの制服を着た青年が声をかける。

 

「マホウトコロの生徒ならそう言うって、健全に学業に励むために妥協できない部分だってマダム・コガワが言ってたよ。だから、コガワ先生に感謝しなきゃだめだよ」

キョトンとしているミス・リュウサキに、その青年は言う。

 

「さ、ついてきて。6階にある監督生用のバスルームに案内してあげる。あとシャワー室の場所も覚えてもらわないと………一緒に来るかい?」

目をキラキラさせていたハッフルパフの1年生の女の子がそう呼びかけられて元気よく肯定したことで、その4年生の姉もついて行かざるを得なくなる。

 

「その話ホンマ?そんな事してええの?」

スリザリンの談話室を出て6階の監督生用バスルームへと向かう一行は、ホグワーツの水回り事情について話していた。

「そう。さっきマルフォイが言ってた『シャワー室』とは別に、去年僕が勝手に空き部屋と水道管イジってお風呂作ったの。一応ヘキャット先生には後で報告したけど、他の先生が知ってるかはわかんない。…………だってホグワーツに元からある生徒用のシャワー室って男女別なんだもの」

「あんた、やっぱとんでもないな………いや、魔法の腕前もやけど、もっとこう」

「おねーちゃんすごーい!」

「そういえば、あの噂って本当?18世紀までホグワーツにはトイレが無かったって」

「ああ、それね。ホントだよ。血みどろ男爵が言ってた。そのへんでして『エバネスコ』で済ませてたんだってさ。………今じゃ考えらんないよね!」

 

そんな話をしながら迷いなくスタスタ歩く青年は、大階段に差し掛かった辺りでまた急にその外見を変化させてゆく。髪の色が栗色に変わって腰まで伸び、体型も大きく変わり背は少し縮む。

いくらかソバカスの散った顔の女生徒になった青年は、手鏡を取り出して自分の姿を確認し、あちこち触って確かめた後杖を一振りして制服のサイズを調節する。

 

「あ、また女の子になった。丁度いいや。ラッキーだ!」

 

その7年生がなぜそう言ったのか、ミス・リュウサキにはすぐには解らなかった。

「さ、ここだよ。ホントは監督生と首席、それに各寮のクィディッチチームのキャプテンしか入っちゃだめなんだけど、島津くんとリュウサキくんはコガワ先生が校長を説得した事によって特別に許可されてる。入るには合言葉。で、合言葉を言っても開かない時は、誰かが中から鍵かけてる」

そう説明したそのさっきまで青年だった女生徒は、入り口扉に合言葉を宣言する。

 

「『マーピープル』。水中人。さ!3人とも。皆で一緒にお風呂入ろう!」

「はぇ?アンタさっきまで男やったよな???」

「今はもう女だからいいの!ほら入ろ!………嫌?」

 

わーい!と大喜びで浴室に入っていった女の子を、4年生の姉が追う。そして7年生の女生徒が入っていった後でもミス・リュウサキは「ええんか……?ええか。けどなぁ」と暫く悩み続けていた。

 

 




エピキュアーチーズ、カース・マルツゥ……実在するチーズ。

イギリスに於いて現行の「18歳以下購入禁止、保護者の監督下でなら16歳から、さらに自宅等の私有地かつ保護者の監督下でなら5歳から」という飲酒に関する年齢制限が法律で定められたのは20世紀の禁酒運動がきっかけなので、つまり作中に於いてはまだ数十年先の話。
さらにこれはマグル社会の話で、知っての通りホグワーツの学生は
フツーにアルコール入りバタービールなどを楽しんでいる。

ホグワーツの風呂
 「監督生の浴室」のみ、存在が確認されている。
 モデルであろうと思われる寄宿学校の事情を鑑みるに他にあったとしても
 シャワー室がせいぜいだと思われるが、もちろんこれは想像であり
 公式設定に於いてどうなっているのは定かではない。
 これについてググる時ややこしいのが「風呂も便所も英語ではBathroom」という点。

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