2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
「新聞……新聞無いかな。先輩が読むとは思えないけど………」
昨日の夜は天文学の授業に向かう途中で眠ってしまったのだと認識している11歳のアルバス・ダンブルドア少年は、この目の前にあるベッドで、自分も今の今まで寝ていたベッドで未だ布団に包まったまま寝息を立てている困った7年生の先輩については、一旦気にしない事にした。
その困った女生徒はどうやら昨晩ベッドに入る寸前で気まぐれを起こしてその時着ていたものを全て脱いだらしく暖かな布団を耳まで被っているその身体は素っ裸で、ベッドの周りには着ていたのであろう衣類が散乱していたが、それも視界に入っていないつもりでダンブルドア少年はその寝室を物色し始める。
「あの鉢植えマンドレイクだ。隣のは……」
それをひと目見て、噛まれたら死ぬこともある危険な植物「毒触手草」だと識別したダンブルドア少年は万が一の時のために予め杖を抜いておくべきだと判断する。
「あ。あった。…………先輩新聞読むんですね……失礼しました………」
安らかな寝息が聞こえるベッドの方を一瞥してそう言ったダンブルドア少年は「ロコモーター」と鋭く唱えてその書棚に突っ込まれていた新聞の束を手元に並べる。
「『日刊予言者新聞』に、こっちの『タイムズ』と『ヘラルド』は内容的にマグルの新聞っぽいな。なんか他にも聞いたことない新聞も色々……それも全部日付バラバラ……えー。これは僕が生まれる前。でこっちは先輩も生まれる前。……5年ぐらい前。この『予言者』よく見たら1743年の創刊号だ、なんでこんな物持ってるんだ先輩。それになんでこんな貴重なものをこんな雑に……」
ダンブルドア少年は自分の目の前に「浮遊」させて並べているその新聞たちが元々入っていた棚の、元々入っていた位置で新聞を下敷きにしていた食べかけのポップコーンの箱を見る。
そして、ダンブルドア少年は改めて部屋を見回して、気付く。
「よく見たら新聞とか本とかそこかしこにあるな………」
そう言って片っ端から呼び寄せて見やすい位置の空中に並べていったダンブルドア少年は、それらの書籍が1つ残らずヨレヨレで、先輩本人に依るのだろうヘッタクソな字の書き込みだらけで、所々が何らかの染みで読みづらくなっているのを見て取り、この部屋中の隙間に雑にねじ込まれていたかなりの量の書籍や紙束を先輩がどうやって入手したのかを察する。
「これ、さては買ったんじゃないですね先輩。道で拾って自分の物にしたんでしょう、まったく。ダメなんですよ何でもかんでも拾って帰ってきたら。この本とか本来の持ち主が困って……いや、ゴミとして捨てられていた物を拾ってきてる可能性もあるな――どっちにしろ『予言者』の創刊号はなんで持ってるのか謎だけど」
ダンブルドア少年はその先輩が素っ裸で布団を被って寝ているベッドの端にちょこんと座ると、割と高さがあるベッドとはいえ、そこに深く腰掛けると自分は床に足が着かないという残酷な現実にプライドを砕かれながらも、その部屋中から引っ張り出したヨレヨレの古書類を読み始める。
「いいんだ。いいんだこれから伸びるんだから……3年生になる頃には女の子たちと同じくらいまでは伸びてる筈なんだ……たぶん……」
グリフィンドールの同級生の女子全員に身長で負けている11歳のダンブルドア少年が常日頃から早寝早起きを心がけているのも、毎日少時間お昼寝するのも、嫌いな野菜も積極的に食べるようにしているのも、ひとえにこの「背が高くなりたい」という切なる願望故であった。
魔法薬や変身術ではダメなのだと、ダンブルドア少年は本で読んでちゃんと知っていた。
「いつのだ、この『日刊予言者新聞』……えー、2年前か。『ランロク死亡か』『追悼特集:エリエザー・フィグを偲んで』訊いたら、知ってるんだろうな。先輩」
しかしダンブルドア少年は、自分の心のどこかが「そっとしておいてあげるべきだ」と警告灯を光らせている事に気づいた。なぜだかは解らなかったが、そうするのがこの先輩のために一番良いように思えた。――もちろん大いに興味を惹かれてはいたが。
「『ホグワーツ魔法魔術学校において魔法理論を教えていたこの老教授は、先日過激思想を持つ危険なゴブリンとして広く知られる”ランロク”との戦いで名誉の死を遂げた。彼はランロクと相討ちになったものと思われるが、ランロクの死体は発見されていない。戦場となったホグワーツの校長であるフィニアス・ナイジェラス・ブラック氏による”公式発表”曰く――』」
「なに読んでるんだいアルバス」
急に背後から声をかけられて、ダンブルドア少年はビクッと怯んだ。いつの間にやら目が醒めていたらしいその女生徒は掛け布団を被ったまま、上半身だけをベッドから起こしていた。
「お、おはようございます、先輩。……すいません。お部屋散らかしました」
反射的に謝罪したダンブルドア少年だったが、直後。その7年生の女生徒は口走った。
「え゛僕なんで裸なの?!!!! え??? ……え??? ………そういう、こと……???」
「違 い ま す よ ?!!!!!」
掛け布団で身体を隠しながら頬を染めてそう言った女生徒の顔に、反射的に身体が動いてしまったダンブルドア少年の拳が叩き込まれる。
「殴りましたからね、先輩!」
警告どころか事後報告してきたダンブルドア少年を、女生徒は怯え気味の表情で見つめている。
「なにするんだいアルバス……ていうか昨日の夜、僕に何したんだいアルバス……」
まあアルバスになら何されてもいいけどさ等とブツブツ言いながらスルスルと片手を動かして魔法を行使し部屋を片付けていくその女生徒を、ダンブルドア少年は問いただす。
「昨日の夜僕に何したか、ホントに覚えてないんですか」
「……思い出せそうな気はしてるよ。……僕の方からしたの?!!!」
「だから違いますってば!!!!」
2人共何も覚えていないせいで埒が明かない言い争いに、どこからともなく仲介者が現れる。
「なーにケンカしてるの?私まだもうちょっと静かに寝てたいのに」
恐らくカバンの外からなのだろうその声が誰のものかを聞き分けたダンブルドア少年は、同時に今この旅行カバンがどこに置かれているのかも察して内心で慌て始める。
「おはよナッちゃん! 今そっち行くね!!」
ダンブルドア少年が止める間も無く、女生徒は意図を察して傍に飛んできた不死鳥に触れ、素っ裸のまま炎に包まれて「姿くらまし」した。
「あーあ……僕知りませんよ何言われても…………」
投げやりに独りごちたダンブルドア少年は、また先程の「日刊予言者」の続きを読み始める。
「で、なんでそんな格好してるのかは訊かないほうがいい?」
寝る前に気まぐれを起こしただけだと察していながら、ナツァイ・オナイは訊ねた。
「わかんない!」
素っ裸のまま元気にそう言った友人に、寝間着姿のナツァイは自分のベッドに座るよう促す。
グリフィンドール寮の女子寝室、その7年生たちの部屋のひとつで、まだ寝息を立てているクレシダ・ブルームや他のルームメイトを起こしてしまわないように、あまり騒がしくしないように気をつけつつナツァイは人差し指を自分の唇の前で立てた。
「わあ!」と女生徒が歓声を上げる。
ナツァイの口からその女生徒に向けて吹き付けられた真紅の炎は空中で踊り広がっていくとともにその形を変えていき、柔らかな布になって未だ素っ裸だった女生徒の身体を暖かく包み込む。
「――それでも着てなさい。……どうする?朝食までまだ時間あるけど。……何する?」
ナツァイは女生徒が、自分が今着せてあげた真っ赤な寝間着をじっと見つめていると気づいた。
「どうしたの? ……気に入らなかった? 青か緑か黄色に変えたげようか?」
問いかけられた女生徒は、今度はナツァイをじっと見つめる。
「ううん、ナッちゃん大好き。ありがとね。そうじゃなくてね……ねえナッちゃん」
なあに、とナツァイは友人に微笑みかける。
「気になる事があるんだけど、ちょっとナッちゃん裸んぼになってくれる?」
ナツァイ・オナイは微笑んだ表情のまま硬直した。
「えっ、……ぇとそれはどういう…………」
「いいからいいから」
ナツァイ・オナイは各々のベッドで温かい布団に包まれて寝息を立てているルームメイトたちが、未だ本当に眠っているという事を一人ひとり視線を投げかけて確認していく。
誰も布団を被ったまま読書などしているわけではないし、寝たふりをしているようにも見えないのを見て取ると、じっとりと目を細めて女生徒を見つめる。
「…………誰にも言わないでよ」
そしてもう一度みんな寝ている事を確かめてから、ナツァイは着ていた寝間着を脱いだ。
「……満足かい」
「それも脱いで」
挙動不審になりつつも言われた通りにしたナツァイが顔を両手で覆って俯いている事など気にしていない様子の女生徒は、ナツァイに更に要求する。
「そのまま変身してみて。ナッちゃん」
何をさせられるのかと妄想が膨らみ過ぎて割としっかり覚悟など決めていたナツァイはその予想と違う要求に拍子抜けしながらも、スルリとガゼルに姿を変える。
「ん。ありがとナッちゃん。戻って」
「……なんなの、いったい」
意図を説明するように要求された女生徒は数秒だけワタリガラスに姿を変え、また戻る。
「なんにも着てなくても、何か着てても、動物もどきが変身した姿は、服着てないじゃん」
そう言った女生徒は中にまだダンブルドア少年が入っている旅行カバンを「呼び寄せ」て杖を振り、真っ赤な寝間着の腰のあたりに深めのポケットを作ると、その中に杖を突っ込んで唱えた。
「キャパシウス・エクストリムス!」
「検知不可能拡大呪文」によってその容積を増大させたポケットはしかし、傍目にはなんの変化もない。それがこの魔法の特徴だった。
「……それ私物に勝手に使っちゃダメな魔法だって、知ってる?」
知ってるよー、と事も無げに言った女生徒は今作ったポケットに旅行カバンを収納すると、ナツァイに「見ててね」と言ってから再びワタリガラスに姿を変えた。
そしてベッドの上でちょこちょこと動いて全身をくまなくナツァイに見せてから、女生徒はまた人の姿に戻った。それでもまだナツァイがキョトンとしているのを見て、女生徒は言う。
「服を着てても、変身した後は着てない。服も一緒に変身してる。けど裸で変身しても問題なく、ちゃんと変身できる。裸で変身しても僕には羽毛があるし、ナッちゃんには毛皮がある。で、このポケットの中に仕舞った旅行カバンには、アルバスが入ってる。他にもいっぱいいっぱい僕の大切なものや、動物たちが入ってる。今、僕が変身してた時。カバンの中身はどこに行ってたのかな」
それが自分は今まで考えもしなかった問いだったナツァイは、自分が着ていた寝間着を見て、杖を手に持って、置く。ナツァイの頭に浮かんでいるのは新たな疑問―「私」って、どこまでだ?
考え込み始めたナツァイの傍で女生徒はまたワタリガラスに姿を変え、ベッドの上で何やら頑張って嘴と足の鉤爪を器用に使い、自分の翼から羽根を1本引き抜いた。
そして元の姿に戻った女生徒は、自分で引き抜いた真っ黒な羽根を、ナツァイに示す。
「これ、どっから来たの?」
ああでもないこうでもないとベッドに並んで腰掛け唸り始めた友人2人が考察する声を聞きながら、寝たふりをやめるタイミングを逃したクレシダ・ブルームとネリー・オグスパイアは各々のベッドの中で同じことを考えていた。
(いいからまず何か着なよナティ……)
その後、たまにはみんなと一緒に大広間で用意されたものを食べるかと思い立って朝食に向かい、その日の最初の授業だった「魔法理論」の、去年から新しくその職に就いた老教授の丁寧だが長くなりがちな解説をどうにか噛み砕いてノートと自分の脳に書き込んだ後。
本日もまた7年生たちはヘブリディアン・ブラック種の立派なドラゴンの骨格標本が天井に吊るされている「闇の魔術に対する防衛術」の教室に居た。
「あの先生、今年で何歳だって言ってたっけ? さっきの『魔法理論』の」
「ディペット先生? 255歳だよ。学生時代のフィグ先生がどんなだったかとか教えてくれたよ」
気楽に雑談していた7年生たちは、奥の扉から現れたその人を見て一気に静まる。
「おはよう、みんな」
おはようございますへキャット先生、と全員の声が揃った。
「さ、本日は特別ゲストとして、スリザリンの5年生をひとりお連れしてる……ほら、おいで」
へキャット先生の背後から少し恥ずかしそうに現れたアン・サロウを、皆が拍手で迎えた。
「さて。使っただけでアズカバンでの終身刑が課せられると定められている呪文が3つあるね?それらが何かは当然知ってるね?」
そう言いながらへキャット先生は、セバスチャンとオミニス、そしてどこの寮でもない紫色の制服を着ている派手なメガネの女生徒を見つめる。
「アバダ・ケダブラ、クルーシオ、インペリオ、の3つです」とオミニスが答えた。
「そうだ。では皆に訊こう。この3つが『違法』なのは理解できるとして、ではどうしてこの3つ『だけ』なのか。『悪霊の火』をぶちまけた奴が、それだけではアズカバン送りが確定しないのは何故か。まあ実際にはだいたい罪もない誰かが炭になるところまでがセットだから往々にしてアズカバンでの終身刑が課せられるんだがね。けど法令上は、悪霊の火を使った『だけ』じゃ罪に問われない。魔法法執行部の連中に目はつけられるだろうけど。これはどうしてだと思うかい?」
「魔法史」の分野にも重なる難しい問いに即答したのは、オミニス・ゴーントだった。
「それを使う者が負う直接的なリスクの差です、先生」と、オミニスはまっすぐへキャット先生の方に顔を向けて、皆が自分を見つめているのを感じながら毅然とした態度で話し始める。
「『禁じられた呪文』3つはどれも、これらの呪文の対象とされた者には甚大で取り返しのつかない影響を及ぼしますが、逆にこれらの呪文を行使した者への『直接的な』悪影響は呪文の主たる効果と比べて極めて限定的です。『アバダ・ケダブラ』を使った者は魂が損傷しますが、これは通常自覚できるものではありませんし、この事を知っている人間も少ないので、一般的な『リスク』の定義には当てはまらないでしょう」
さらっと怖い事を言ったオミニスを、セバスチャンと勝手な服装の女生徒が見つめている。そして2人はお互いの顔を見合わせ、またオミニスに視線を戻した。
「一方の『悪霊の火』は、ただ強い感情に身を任せて杖を振ればそれでいいというものではありません。行使している間ずっと、異常と言っていい高水準の集中力を保つことが求められます………そうでなければ自分も燃えてしまいますから。そしてこの『悪霊の火を制御する困難さ』は、広く知られています。強力だが危険で困難で、気軽に嫌いな奴を炙って楽しめるような呪文じゃないという事を、他ならぬこの呪文を実際に行使しうる犯罪者達が最も良く知っています。『禁じられた呪文』と悪霊の火の違いはこの点です。『禁じられた呪文』は、お手軽なんです。最も強力な闇の魔術であるにも関わらず手を出しやすい。ただ好奇心が強いだけの若い魔法使い、望みを叶える手段を求める魔法使いが、闇の魔法使いへと成り果てるそのきっかけになりうる。だから、アバダ・ケダブラとクルーシオとインペリオ『だけ』が違法なんです。そういう若い魔法使いが悪霊の火を試したら普通は、そいつが勝手に1人で炭になってそれで話は終わりだ」
皆が静まり返っている中、へキャット先生は言う。
「お前さんは正しい。………ミスター・ゴーント。お前さんは本当に優しい子だね」
そしてオミニスの内心に蟠っているモヤモヤとしたものも見透かして、へキャット先生はオミニスの傍の、その勝手な服装の女生徒を名指しした。
「で、だ。お前さんは『禁じられた呪文』も『悪霊の火』も使えるね?使ってるね?今ちょっとやって見せてくれるかい?『悪霊の火』を」
いつの間にやら取り出していたらしい長く大きなフランスパンを食べ進めながら話を聞いていた女生徒は、「ぶも?」と半分ほど残っている長いパンを口に含んだまま妙な返事をすると、その食べかけのパンを振るった。
「ペスティス・インセンディウム!」
そう唱えると同時に女生徒が宙に投げ上げた食べかけのパンの周りにオレンジ色の炎が立ち現れ、それはすぐに3匹のコウモリの形になって食べかけのパンを包み込むと、あっという間にパン諸共煙になって消えた。
「あのパン美味しいのになー……」
暢気にそんな事を言う女生徒に、へキャット先生が訊く。
「さて。あんたは今、なんで『悪霊の火』を使ったんだい?」
「……えぇ??!!」
無茶苦茶な質問だと思った女生徒は驚きの声を上げるが、へキャット先生は平然としている。
「ふむ。じゃあこう訊けば理解するかい?」と言ったへキャット先生は、オミニスの方を向く。
「ミスター・ゴーント。『磔の呪文』を私に使ってみせてくれるかい?」
「嫌です、先生。俺は絶対にやりません」
ハッとさせられている女生徒をよそに、へキャット先生はオミニスに言う。
「それがお前さんだ。ミスター・ゴーント。その高潔さを讃えて、スリザリンに10点やろう」
そして、オミニスはその大切な友人の居る方向に向き直る。
「悪霊の火が、どういう意図で創り出された呪文なのか。君は想像できているよね。悪霊の火は『何もかも燃えてしまえ』って狂気の産物だ。この魔法の制御が極めて難しいのは、悪霊の火を鎮火させる事が発火させることよりずっと難しいのは、この呪文を創り出した奴がそんな事を考慮してなかったからだ。ただ何もかも燃やせればそれで良かったんだ。けど君はそうじゃないだろ、『編入生』。君には絶対に燃やしたくないものがあるだろ。それとも、フィグ先生との思い出まで燃やしてしまいたいのかい?………どうなんだい、『編入生』」
去年の初めに「距離感じちゃうからやめてね」と言われて以来控えていた呼び方を、出会ったばかりの頃にしていた呼び方を、オミニスは敢えてする。
「この間の、あのクィディッチ場で皆が見てる中ブラック校長たちと闘った『特別試合』の、準備中にしたってそうさ。どういうつもりで使ったんだい、『プロテゴ・ディアボリカ』」
答えあぐねている様子の女生徒と、決然とした表情を崩さないオミニスに、極めて雑とすら思える提案を気軽に投げかけたのは、アン・サロウだった。
「そういう時は決闘すると良いわよ、2人とも。私とお兄ちゃんはそうしてる」
「そうだぞ。決闘って冷静さが要るからな。意見の対立とかすれ違いとかそういうので『マジ』になっちゃったら、決闘すらできないんだ。だってそういう時はただの殺し合いになるからな」
セバスチャンもそう言ってアンに賛同し、そう言われても気が進まないらしい当の女生徒とオミニスの背中を、へキャット先生が優しく押す。
「うまく言葉にできないんだろ?なら、行動で示しな。ほら2人とも前に出る!」
そして他の生徒が壁際に散っていき、その2人は杖を構えて向かい合う。
「手加減したら怒るぞ、『編入生』」
「………わかってるよう」
数秒の静寂が教室を包み、2人は同時に唱えた。
「ステューピファイ!!」
オミニスが叫び、女生徒が無言で唱えた失神呪文と正面衝突して2本の赤い閃光がせめぎ合う。
しかし女生徒は杖を持っていないほうの手を雑に振ってオミニスを「浮遊」させようとし、オミニスがそれを察知して盾の呪文を使ったことで、正面衝突していた2本の赤い閃光は薄れて消えた。
「ディセンド!!」
オミニスは更に杖を振るが、押しつぶすようにかかっている筈の圧力を女生徒はその瞬間だけ白い靄のようなものに変わって凌ぐと、また無言で呪詛を飛ばす。
「プロテゴ! ……ステューピファイ!! なんとか言ったらどうなんだい『編入生』! 手加減したら怒るって言っただろう! ……エクスペリアームス!」
失神呪文を躱した女生徒に武装解除呪文が命中し、女生徒の手から杖が飛ぶ。しかし女生徒は一切気にせず元から杖を持っていなかった方の手で適当に凌ぎつつ、反対の手を床に転がった杖に向けて無言で手元に呼び寄せる。
「オミニス……」
そう呟いたマルフォイも、他の皆も。2人がそれぞれどう思って今こんな事をしているのかは全て察せていた。自分たちホグワーツの7年生の中にあって未だ1人だけ「禁じられた呪文」も悪霊の火もガンガン使う女生徒が心の内にどういう道徳心と価値基準を持っているのかも、オミニスが何をそんなに心配しているのかも、7年生たちは全てわかっていた。
オミニスが、勝ち目など無いとわかった上で挑んでいる事も、重々承知していた。
全て理解した上で、彼ら彼女らは一切何も口を挟まない。歓声も上げず、溜め息もつかない。ただ2人のその「話し合い」を見守っていた。
「レヴィオーソ! デパルソ! フリペンド!! コンフリンゴ! ステューピファイ!」
オミニスが次々飛ばす呪文は、女生徒に尽く防がれ、躱され、凌がれる。
そしてオミニスが飛んできた呪詛を防ぎ損ねて少し体勢を崩した時、女生徒は杖を振った。
「プロテゴ・ディアボリカ」
女生徒の杖の動きに従って、その青い炎は壁も天井もヘキャット先生もセバスチャンも飲み込んでオミニスの目の前にまで迫り、そこで止まる。
「この呪文は、臆病者の為の呪文だ」
やっと言いたいことをどう伝えたら良いのかが纏まった勝手な服装の女生徒は、オミニスの白い目をまっすぐに見つめて、口を開いた。
「この呪文を、『プロテゴ・ディアボリカ』を作った奴は臆病者だ。僕がこの呪文使えるからわかる。これは臆病者の為の呪文だ。ここまでやらなきゃ自分の周りの人間を信頼できない奴と、全部自分で守らなきゃいけない、僕が皆を守らなきゃいけない、僕は誰より強くなくちゃ皆を守ってあげられないって思ってる臆病者の為の呪文だ。悪霊の火の根幹にあるのが狂気的な破壊衝動だとするなら、この『悪魔の守り』の根幹にあるのは『不信』だ。自分の周りの人間を信頼できない、もしくは自分の友人の力量を信頼できない、そういう心の弱い奴が安心するための呪文だ。この呪文は悪霊の火に似てるようで真逆だ。この呪文はむしろ『何を燃やさないか』に本質がある。燃やしたくないものを燃やさない為の呪文であり、燃やしたくないものがどれなのかも判らない奴がそれを見極める為の呪文なんだ。だからこの呪文で燃えたものは跡形も無く消えるんだ。だってそれはどうでもいいものだから」
「だったら!!」とオミニスが叫ぶが、女生徒の静かな声に遮られる。
「僕は臆病だよ、オミニス。君を、皆を失いたくない。誰一人。みんな、みんな守ってあげたい」
そう言った女生徒は、教室の半分を呑み込んだ青い炎の中から歩み出て、オミニスにハグした。
「けど2年前フィグ先生にそう言ったら怒られちゃったんだよね………」
ハグされて初めて、オミニスは気づいた。
「泣いてるのかい、きみ」
「………泣いてないもん」
言いたいことをまだ最後まで言い切ってないだろうに大きな声で泣き始めてしまった友人を慰めながら、オミニスはヘキャット先生が居るはずの方向を向き「もう良いでしょう」と念を送った。
「自分は暖かくもないのに、同じ炎で密猟者が跡形も無く消し飛ぶのは、見てて妙な気分だよね」
ギャレスが青い炎に包まれたまま、いつもどおりの気軽な口調でそう言って笑う。
「コイツのこの炎。『悪魔の守り』って言うのね。動物たちどころか虫も燃えないんだよ」
「奴らにどう見えているのかは想像するしかないが、森で夜中にこのバカが『悪魔の守り』をやると、すぐ大量の虫が集まって来るんだよな。アレには驚かされた」
青い炎を間近で観察しているポピーと、炎の中からそれを見ているマルフォイが言う。
「ホラ、泣いてないでさっさとこれ消す。こんなんじゃ気が散って授業にならないでしょ」
双子の兄の手を引いて炎の中から引っ張り出したアンが未だオミニスに抱きついたままの女生徒に言い、女生徒はグズグズとすすり泣きながら片手を上げ、指を鳴らすかのように手を動かした。
しかし何も音など響かず、すすり泣きだけが聞こえる静寂の中で青い炎は嘘のように消える。
「アナタ指パッチンできないのに、なんでカッコつけようとしたのよ………」
サチャリッサ・タグウッドがそう言うと、皆がつられて笑った。
しかし1人だけまだ泣いている女生徒は、情けない声でオミニスに懇願する。
「オミニス僕の事嫌いにならないで………」
「なるわけないだろバカ。ホントに、変なとこで怖がりなんだから…………」
そして、ヘキャット先生はオミニスに言った。
「いいかい、ミスター・ゴーント。この子みたいなのはホグワーツに、たまに入学してくるんだ。この子みたいに『勇敢で正義感が強く自分勝手で』『賢くて機知に富み競争心が強く』『狡猾で仲間を大切にし』『優しくて忍耐強い』そういう子がね。ミスター・ゴーント。そういう子を、組み分け帽子がどういう基準で『組分け』するか知ってるかい?」
自分はスリザリンに組分けされるべくして組分けされたと考えているオミニス・ゴーントは、少し考えてからその問の答えに思い至った。
「本人が、何を重要視しているか。本人が何を望むかです。仮にスリザリンとグリフィンドールの性質を両方同じだけ持ち合わせている子が『スリザリンは嫌だ』と強く頼んできたら、組分け帽子はその意思を尊重する、と思います」
ヘキャット先生は、オミニスにニッコリ笑いかける。
「そうさ。仮に全く同じ精神性の子、全ての寮の素質を等しく全て持つ子が2人居たとして、片方だけが『どの寮に入りたいか』を明確に表明したなら。その子ともう1人を分けるものは、それ1つだけだ。『望みを声に出したか』。それはつまり『どう行動したか』だ。人はそれで決まる」
だからね、とヘキャット先生はオミニスの傍に来て言う。
「見ててあげな。ミスター・ゴーント。ゴーントの家に生まれたお前さんが今ここでそうしてるのも、お前さんが今までしてきた事の結果だろう? お前さんが優しい奴で、それを行動で示してきたからこそ今この子はお前さんに抱きついてるんだ。――見ててあげな。この子がこれから何をするのか、何をしないのかを。ハラハラさせられるだろうけどね」
「ハラハラさせられてばかりですよ、ヘキャット先生。今朝だってコイツグリフィンドールの談話室でいきなり全裸になった挙げ句ナツァイの着てる服も脱がそうとしたんですよ。………まあそのあと喋り始めた問題提起は興味深かったですけど」
オミニスのその言葉で今朝の恥ずかしさがぶり返してきたらしいナツァイ・オナイは、すぐ隣に居たギャレスの背に顔を隠している。そして一気に眉間にシワが寄ったヘキャット先生が見つめる女生徒の頭に、オミニスがそっと手をやる。
「君のこと、信じてるからね。俺も。皆も」
オミニスがそう言ったのとほとんど同時に、女生徒はオミニスの制服に顔をうずめたまま、ズルズルズルズル! と大きな音を立てて思いっきり洟をかんだ。
「あーもう、言ったそばから………」
ベチャベチャになった自分の制服からぐしゃぐしゃの顔を上げた女生徒が自分を見つめているのが、オミニスにはわかった。どんな顔をしているのかも、見えるようだった。
そして、ヘキャット先生は教室全体に言う。
「さ、授業を始めるよ。今日は1つ新しい呪文を覚えてもらう―」
杖を一振りしてオミニスの制服の肩の辺りと女生徒の顔をキレイにしたセバスチャンは、まだめそめそしている女生徒がオミニスの手を握ろうとするのと、それに気づいたオミニスがその手で女生徒の頬を思いっきり抓るのを見た。
「いっ! なにすんのさ……」
「今きみ抓りたくなる顔してたから」
「見えないのにそんな事わかるの……」
「見えなくたってわかるさ。君のことなんだから」
授業は続く。
「悪魔の守り」と「悪霊の火」に関する解説の
「どういう意図で作られた魔法か」という部分はまるっきり私の妄想です。
禁じられた呪文があの3つ「だけ」なのなんでだろうなって前から疑問だったんですけど「アレじゃあ悪霊の火って使うだけなら別に合法?どっかでなんか明言されてたっけ?」と思い、読み直したり調べたりしたけど「危険な闇の魔術」とは書かれていても「非合法の呪文」とはどこにも書いていないんですよね。
で、ハーマイオニーが必要の部屋が燃えた後の悪霊の火についての解説で
「危険だから」としか言ってないんですよね。
あの場面はそんな事気にしてる場合ではないとはいえ、ハーマイオニーの事ですから
仮に悪霊の火が非合法だったらそのことにもきっと言及したと思うんよね吾輩。
なのでこのお話では「唱えるだけなら別に罪に問われないけどだいたい誰かしら焼け死んだり何かしらが燃えカスになったりするので現実的にはそれ(傷害、殺人、器物損壊)でしょっぴかれる事がほとんど」という扱いとします。
あとこの話というか私の妄想における11歳のアルバス・ダンブルドアくんは明確にチビです。
とびっきりのチビです。居たじゃないですかクラスに。皆よりだいぶ遅れて急に背が伸びる子。
アレですアレ。