2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
1892年9月8日。1年生たちがホグワーツでの最初の1週間を終え、寮での寝泊まりや気まぐれな階段にも少しは慣れてきた頃。イングランド西部の歴史ある村で、ベッドから抜け出たばかりのとある一家を日の出と共にちょっとしたサプライズが祝福した。
「あら……あら!アブ、アリアナ!降りてらっしゃい!お兄ちゃんからプレゼントとお手紙よ!」
ゴドリックの谷に一家で住んでいるダンブルドア家の母親、ケンドラ・ダンブルドアがそう呼びかけてかわいいねぼすけ達を急かした時、遠く離れた北海の監獄アズカバンにいる1人の囚人にも手紙が届いていた。
「ダンブルドア家の伝説に基づき私の死を見届けに来た……わけではなさそうだな」
現れた不死鳥から手紙を受け取って開いたパーシバル・ダンブルドアはすぐその文章に目を通し始める。そこには彼の息子アルバス・ダンブルドアがホグワーツでどのように過ごしているか、先生方からの評判はどうか、そして先日拉致してパリまで連れて行ってニコラスとペレネレ・フラメル夫妻に会った事やエッフェル塔に登った時の事などなどが詳細に書き記されていた。
「なんと、かのニコラス・フラメルに我が息子が面会したと?これほど光栄な事があるか!しかも『賢い子だ』と?なんたる栄誉!望外の喜悦!かの偉大なるニコラス・フラメルに、私の息子が褒められたと……!おお、なるほどその後でパリの観光に。そしてエッフェル塔にな……反対運動も見たか、学びがあっただろう……なんとレストランに。あの子が注文を。フランスで!困り果てた顔が目に浮かぶようだ……フランス語など殆ど何も知らんだろうに―ふふ、ふふふふふ……」
持てる限りの勇気を総動員して女性店員に声をかける11歳の小さな息子の姿がありありと想像できて、パーシバル・ダンブルドアは数年ぶりに心から笑った。それは夥しい数の吸魂鬼が管理し大勢の凶悪犯が収容されているアズカバンにあってはまず見られない光景だった。
そしてすぐ、そのパーシバル・ダンブルドアが放つ笑い声と幸福感に吸い寄せられて、吸魂鬼たちが何体も集まってくる。しかし。
「そうかそうか!誰の手も借りず注文できたか!ふふ、ははははは!その2つの単語だけでも知っていたのは大した事だとも、父親として鼻が高い!いやしかし、他の単語を知らんからと言ってよりにもよって『ボンジュール』と『ムッシュー?』だけで押し通したとは、くっくくくく……」
絶望などしようがない精神状態の人間には、吸魂鬼は何もできなかった。
「きみ、この手紙を届けてくれたこと感謝するよ。さあもう行き給え。いくら不死鳥とは言えディメンター共に集られては………あー、なんだ。『少々不愉快』だろう?」
そう言ったパーシバル・ダンブルドアの目を数秒見つめてから、その不死鳥は現れた時と同じように炎に包まれ消える。
「そして感謝するよ。名も知らぬホグワーツ生。今の不死鳥の主なのだろうあの時のきみ。きみはちゃんと私との約束を守ってくれた。私の愛する妻と子どもたちに私の事を伝えないでいてくれている。そしてアルバスを気にかけてくれている。それもあの子にそうと悟らせずに。心から感謝する―そうか、あの子のホグワーツでの最初の友達はエルファイアスくんと言うのか。そうか……」
アズカバンの暗く薄ら寒い牢獄の中にあって、その痩せさらばえた髭だらけの男性はいつまでもいつまでもその手紙を読み返して嬉しそうに笑い続けるのだった。
そして同時刻、ゴドリックの谷。やっと起きてきたアバーフォース・ダンブルドアとアリアナ・ダンブルドアの兄妹は、ホグワーツに通い始めた長兄のアルバスからの贈り物だと聞いてものすごい勢いでその包みを母親の手からひったくった。
「ヤギだっ」
すぐさま開封してそれだけ言うと一目散に寝室に戻っていってしまったアバーフォースが、それをベッドの枕元、つまり彼にとっての「一番大切な物の特等席」に置きにいったのだと、母親であるケンドラにはすぐにわかった。そして。
「わあー!クマさん!おにーちゃんがこれくれたの?」
「そうよアリアナ。アルバスがあなたの為に選んでくれたの。それにほら、お手紙も書いてくれたのよ。……アブが寝室に行っちゃったから、一緒に寝室に行って皆でお手紙読みましょうか?」
「うん!あたしおにーちゃんにお返事書きたい!」
幼いアリアナ・ダンブルドアは、母に手を引かれて大喜びで今降りてきたばかりの階段を登っていく。今とても幸せな気持ちだからこそ、ケンドラ・ダンブルドアは思わずにはいられなかった。夫もこの場に居てくれれば、と。
「見てみてポピーちゃん!見てこれいいでしょ!」
ダンブルドア家がいつもよりもう少しだけ幸せな朝を迎えているのと同じ頃。ホグワーツ魔法魔術学校の地下階に位置する暖かなハッフルパフの談話室で、起きてきたばかりの小柄な7年生ポピー・スウィーティングの姿を見るなり、その友人は何やら得意気に披露してきた。
「昨日夜遅くまでなんかやってると思ったら、それ作ってたの?」
「うん!」
「………着て見せてほしいな」
そう言ってもらえるのを待っていた7年生の女生徒は、大喜びでその衣装に袖を通し、足を通し、フードを被り、その衣装の背中にあるいくつものボタンが独りでに締まるのを待つ。
「……なにそれ!すっごくかわいいじゃない!」
平べったい嘴のある頭部を象ったフードを目深に被り、お腹にある大きなポケットに手を突っ込んで嬉しそうに笑うその女生徒が身に纏ったのは、紛うことなき「ニフラーの仮装」だった。
「あら、昨日作ってたのがそれってわけね?いいじゃないアナタらしくて」
円い扉を開けて寝室から談話室に出てきたサチャリッサ・タグウッドもその仮装に肯定的だった。
談話室に居た他のハッフルパフ生たち、特に女の子たちにもその仮装は概ね好評だったが、1人だけ渋い顔をしている人物が居た。
「で、つまりそれを着て行く、と。そういうわけね?………魔法省に」
1年生と4年生の姉妹に髪と帽子を飾り付けられていたミラベル・ガーリック先生が唸るようにそう言って頭を抱える。
「そうだよ!ねえねえベルちゃんどうこれ良いでしょ!」
「……………そうね………。すごく、アナタらしいわ……………」
その輝くような笑顔と「褒めてほしい」という期待に満ちた視線を直視してしまったガーリック先生は、種々浮かんでいた「言いたいこと」を全て飲みこんで目の前の女生徒を、そのニフラーの仮装を褒める。若くてキレイでカッコいいといつも思っている薬草学の先生のそんな様子と、すぐ隣で「おねーちゃんかわいい!」と大喜びしている1年生の妹を見ながら、ハッフルパフの4年生の女子生徒はガーリック先生に優しく声をかけた。
「……先生って、大変なんですね。……キャンディ食べます?」
「…………ありがとう。気持ちだけいただくわ……」
教え子に気を使われてしまったガーリック先生はより一層体調でも悪そうな表情になったが、引き受けてしまった以上今更他の先生方に「代わってほしい」などと頼むこともできなかった。
「ガーリック先生ガーリック先生、魔法省に行ってなにするの?お菓子もらえるの?」
1年生の女の子がそう訊くと、ガーリック先生が何を言うより先に周囲の1年生たちがそれに反応してわらわらと集まってくる。
「ガーリック先生お菓子くれるの?!」
「えっ何くれるのガーリック先生!」
一度膨らんでしまった期待を無下にするような決断は、ミラベル・ガーリックにはできなかった。
「あー……、ラズベリーとかクランベリーとかでいいかしら……?」
戸惑い気味にそう言いながらガーリック先生が振る杖の動きに従って現れた大きな深皿に果物類が満載されていくのを、ハッフルパフの1年生たちは目を輝かせて見つめていた。
「はい。仲良く食べるのよ?」
それを合図に即飛びつこうとした1年生たちに、ポピー・スウィーティングがピシャリと言う。
「ガーリック先生にお礼言うのが先でしょう?アナタたち」
「あ。本当!ごめんなさいポピーちゃん!ガーリック先生ありがとう!」
そう言ってペコリと頭を下げた1年生の女の子に「どういたしまして」と微笑みを返すガーリック先生に、4年生の女子生徒が訊く。
「で、あの先輩は魔法省で何するんですかガーリック先生。……自首?」
あんまりな物言いにちょっと笑ってしまったガーリック先生の視界の端では、ニフラーの仮装に身を包んだその女生徒が、1年生たちが仲良く分け合って食べ始めていた山盛りの果物を容赦なく次々に掻っ攫い、1年生たち対ニフラーの仮装をした7年生という構図で争奪戦が勃発していた。
「あ、もう!インセンディオ!」
1年生の女の子は食べようとしていたラズベリーを奪われて即報復攻撃を敢行したが、ニフラーの仮装をした7年生の女生徒は避けも防ぎもせず平然とその火炎放射を浴びながら高笑いする。
「ふははははははは。こう見えてドラゴン皮だぞぅこの衣装は!炎なんて効かないんだもんね!」
「あ!ぼくのブルーベリーもとった!この、えーっと、えーっと。レヴィオーソ!」
「そんなの避けちゃうもんね!」
白く光る靄のような姿に時折変わりながらハッフルパフの談話室を縦横無尽に飛び回って山盛りあったベリー類を天井付近に浮遊させて集め独り占めしていくその7年生に、ハッフルパフの1年生たちは皆で協力して立ち向かっていた。
「止めなくて良いんですかガーリック先生」
「本気で独り占めするような子じゃないもの。それにアナタの妹の顔、見てみなさいな」
「……ああ。」
ガーリック先生がそう言ったとおり、その困った7年生に翻弄されている1年生たちは皆、口々に呪文を唱え杖を振って果敢に挑みかかりながらも、皆一様に笑顔だった。
「あ痛!誰さお尻抓ったの!」
ニフラーの仮装をした女生徒が呻き、1年生の女の子が鬨を上げる。
「おねーちゃん捕まえたわ!」
「やぁー!ごめんなさいごめんなさい!あいたたた!ごめんなさい!」
ポピーとサチャリッサから見れば1年生たち相手に1人で立ち回るその女生徒は手加減と表現できる範囲を大きく下回る動きで、言ってしまえばある程度遊んだら制圧されるつもりで動いているのが一目瞭然だった。もっとも当の1年生たちには、そうは見えていないだろうが。
「皆、そのへんにしてあげて。ソイツはガーリック先生と魔法省に行かなきゃいけないんだから」
「どうして魔法省に行くのポピーちゃん。自首する気になったの?」
姉と同じ事を言った1年生の女の子に、ポピーはいつもの優しい口調で教える。
「『動物もどき』の登録に行くのよ。動物もどきはそもそもなろうとするのがすごく難しくて危険を伴うのと、なれた暁には色々と悪用ができちゃうから『どんな動物になる誰なのか』を登録するのが義務なのよ。……まあ実際には登録してない人も多いけどね」
ポピーちゃんの説明を聴いて、女の子は改めてその7年生の先輩を見る。
「……このかっこうで??」
「そうだよ!良いだろう!」
自作のニフラーの仮装に身を包んで、その女生徒は得意満面だった。
「ガーリック先生、がんばってね……」
「負けちゃだめよガーリック先生……」
1年生と4年生の姉妹に同情的な視線を向けられたガーリック先生は「ありがとう……」と言うことしかできなかった。
そんなミラベル・ガーリックの心に思い浮かぶのはつい数時間前の光景。自分が目醒めたのを察したかのようなタイミングで部屋に入ってきたヘキャット先生。
そのヘキャット先生がまだ意識が半分寝ている自分に言った言葉。
「あの子が今日、朝から魔法省に行くんだけどね、ついて行ってあげてくれないかい。私やマチルダが連れてくよりお前さんが一緒に行くほうが面白いからね」
ミラベル・ガーリックは、改めて思い知らされていた。
生徒だった頃は解らなかったヘキャット先生やウィーズリー先生の一面。同僚になったからこそ明らかになった、先生方の素の表情を。
(みんなわりとイタズラ好きなのよね………)
「ベルちゃんどしたの?ベルちゃんの分も作ったげようか?これ」
「………気持ちだけいただくわ……ありがとう……」
「そう?なら征こうぞベルちゃん!いざ魔法省へ!」
いつもどおりその場の誰よりも楽しそうな女生徒に、ポピー・スウィーティングが声をかける。
「何しに行くのかわかってる?」
「アニメーガスの登録!」
「一緒に来てくれるのは?」
「ベルちゃん!」
「寝癖直した?」
「サッちゃんがやってくれた!」
「顔は洗った?」
「サッちゃんがやってくれた!」
「身だしなみは?」
「特製!」
「寄り道しないで帰って来なきゃだめよ?」
「お土産買ってくるね!」
心配そうにその女生徒の持ち物をチェックしているポピー・スウィーティングを、サチャリッサ・タグウッドはクスクス笑いながら眺めていた。
「あなた、ソイツの母親だったかしら。ポピー?」
「そうじゃないけど、そうよ?」何を当たり前の事を、とでも言いたげな表情でポピーは言う。
「5年生の終わりに皆で話したじゃない。コイツは誰よりすごい奴なんだから、道を踏み外さないように皆で愛情を注いであげよう、って。だからコイツは大切な友達だけど、それと同時に殆ど家族みたいなものでもある。アナタにとってもそうでしょう?」
それはそうだけど、とサチャリッサは笑う。
「アナタの態度、ペルセポネやジェラルドのお世話してる時とおんなじよ?」
「……手のかかるペットって可愛いと思わない?」
そして、大きく息を吐き出したミラベル・ガーリックはポピーとサチャリッサのアドバイスに従ってそのニフラーの仮装に身を包んだ女生徒と手を繋いでホグワーツ城内を移動し、直接魔法省本部のエントランスに行くのだと3回その女生徒に言い聞かせてから煙突飛行粉を使用した。
「………来ないわね」
ガーリック先生が魔法省本部エントランスに到着して、待ちぼうけをくらうこと20分。遂に現れたニフラーの仮装をした女生徒は、本物のニフラーよろしく腹部に備え付けた大きなポケットに、買ったばかりと思われるお菓子を満載していた。
「どこに寄ってたのかしら……?」
「は、ハニーゆークスれふ………」
ガーリック先生に頬を両手で引っ張られながら、浮かれた格好の女生徒は正直に白状した。
「片時も目を離してはいけない」というこの生徒の友人たちからのアドバイスが比喩表現でも何でもないという事を再確認したガーリック先生は、女生徒に片手を差し出す。
「なあにベルちゃん?手ぇ繋いで欲しいの?」
「………ええ、全くその通りよ。手を繋いでくれるかしら」
「いいよぉ!」
その女生徒が今朝から1年生に紛れても違和感がないほど小柄な姿に変わっているのもあって、とても自分たち2人が「在学中にアニメーガスになった首席の生徒と付き添いのホグワーツ教師」には見えないという事を、ガーリック先生は重々承知していた。
「おや、随分可愛らしい妹さんですな」
「あら、妹をお褒めいただけて光栄ですわ」
通りすがった老紳士の勘違いを訂正するのも角が立つかと思ったガーリック先生が大人の対応をする一方、当のニフラーの仮装に身を包んだ小柄な7年生の女生徒は「良いでしょコレ!」と得意気にポーズなど取っている。
そして、その老紳士だけでなく、どころか通りすがるほぼ全員が自分たち2人を、ひいては自分が手を繋ぐ事で勝手にどこかへ行かないようにしているニフラーの仮装をした女生徒を好奇の視線で見つめているのを、一切気にしないというのはミラベル・ガーリックには不可能だった。
「ねえ、皆に見られているのだけれど……?」
「そうでしょうそうでしょう!自信作だからねコレ!」
全く気にならないどころか満足げですらある女生徒の手を引きながら、ミラベル・ガーリックはイギリス魔法界の司法と立法と行政を全て一手に担うその施設内を、慣れた様子でどんどん進んでいく。こうなったらもうさっさと済ませて帰ろうというのがミラベル・ガーリックの考えだった。
「おや、随分可愛らしいお子さんだね?」
「ありがとうございます」
せめて姉妹に間違われたかったという気持ちを押し殺して、若くしてホグワーツ魔法魔術学校の薬草学教授を務める才能溢れる魔女ミラベル・ガーリックはにこやかに返答する。
そしてふとそんな羞恥の根源である女生徒を見ると、いつの間にやらその手に大きな渦巻き型の棒付きキャンディを持っている上、いつもの派手極まるデザインのメガネも着用していた。
これではまあ確かに「お子さん」にも見えるか、としみじみ思ったガーリック先生に見つめられている事に気づいて、ニフラーの仮装をした小柄な女生徒はニッコリ笑って言う。
「ベルちゃんもお菓子食べる?」
「気持ちだけ……いただいておくわ……ありがとう……」
普通の服装に着替えなさいと言っても聞かない事も、杖を使って無理矢理普通の服装に「変身」させるのは恐らく対策がなされていて不可能であろう事も、そしてもし可能でもそれをやったらこの子の信頼を大きく損なってしまうだろうという事まで、ガーリック先生はよく判っていた。
「……おでかけ楽しい?」
「うん!」
ならいいか、とミラベル・ガーリックは思う事にした。
そして魔法省2階、正確には「マグルの」政府庁舎の地下に存在するため「地下2階」の魔法法執行部へ、その1部門である魔法不正使用取締局へとやってきたミラベル・ガーリックは、ニフラーの仮装をしてド派手なメガネをかけ棒付きキャンディを舐めながら楽しそうにしている女生徒の手を引いて、1人の職員に話しかける。
「あの、動物もどきの登録をしたいんですけれど………」
「ああ、マチルダ・ウィーズリー副校長からお話は伺っています。こちらへどうぞ」
物腰柔らかな若い魔法省職員に案内された「それ専用」らしき一室は、汚かった。
「すいません………なにせ『動物もどきの登録に来る』というのは魔法使いが新しくアニメーガスになるより更に珍しい事例ですので……この部屋の使用も、とても頻繁とは言えず……」
「もしかして動物もどきの登録をしたいって人が来るのは……」
「初めての経験です。ええ。正直言って少々興奮しております」
スウーッと杖を動かして部屋中に積もった埃を掃除しながらそう言った職員に促されるままガーリック先生が部屋の中央の椅子に座ると、開けっ放しの扉から飛来した紙飛行機がニフラーの仮装に身を包んだ女生徒の目の前で静止し独りでに開かれた。
「まずそちらの書類に、動物もどきの登録をなさる本人様の手でご記入いただきたいのです」
銀製らしき古そうな秤をテーブルに用意しながらそう言った職員の男性に、ニフラーの仮装をした女生徒は「いいよ!」と元気にお返事した。
「では、杖の計量も行いますので、あなたの杖をお貸しいただけますか?」
また「いいよ!」と元気にお返事した女生徒は、ずっと舐めていた棒付きキャンディを差し出す。
ミラベル・ガーリックも魔法省の男性職員もそこで初めてその棒付きキャンディの「棒」が実は「杖」だということに気づいて、揃って目を丸くしている。
「ええ………??」
思わず素の反応が漏れてしまった男性職員にガーリック先生は「すいませんこういう子なんです」とひたすらに平謝りしている。
気を取り直してマニュアルに従い杖の長さやら重さやら計量し始めた職員はしかし、どう考えても「杖本体」には含まれないであろうこの大きな飴を書類上でどう処理したものか悩んでいた―動物もどきの登録について定めた法令には「杖に飴が付属している場合」の規定などもちろん無い。
「書けました!」
ニフラーの仮装をしたご機嫌な女生徒から受け取った書類の、その字の汚さに面食らいながらもギリギリ判読可能だったので良しとした男性職員は他人の持ち物に勝手に手を加えるのも気が引けて、結局そのまま測量して手元の書類に重量を記入し「※飴部分込み」と注釈を入れることで良しとするのだった。
「では、ご記入いただいた内容と、こちらで確認し記入した内容の再確認をいたします」
「いいよぉ!」
まず名前を確認された女生徒は元気にお返事をし、次に杖の長さやら重さやらの女生徒にとっては知ったこっちゃない項目が読み上げられ、横で聞いているガーリック先生が居づらそうにしているのも一切気にしていない女生徒は、自作のニフラーの仮装を魔法省本部に着てこられたのが嬉しくて嬉しくてもう内心では祝祭が催されていた。
なんと言っても通りすがる人が口々に褒めてくれたのだから。
「次に、こちらにご記入いただいた『変身する動物』の項目。ワタリガラスとの事ですが、証明していただく、つまり変身して見せていただく必要がございます………はい。結構です」
ニフラーの仮装に身を包んだ小柄な女生徒がスルリと姿を変えたのを見て、確かにワタリガラスですねと言った職員は書類に「全項目確認済み」の署名をして、最後の作業に移る。
「では登録なさるご本人様の写真撮影を行います。登録書類で外見を確認できる必要がありますので……こちらに立っていただけますか?」
「いいよぉ!」
「あの、できれば普通の服装になっていただけると……」
男性職員がそう言った瞬間、それまでずっと3歳のような振る舞いをしていたその女生徒は、急に17歳のホグワーツ首席に戻った。
「動物もどきの登録に関するどの法令にも登録する際の服装に関する規定は無く『素顔で』とだけ指定されていると理解しているのですが、今日付けで新たな法令が施行されたのですか?」
女生徒が言っている事は正しく、故に男性職員はそれ以上何も言えない。しかし明らかに法令制定時想定されていないであろう事態ではあるので、このまま登録を済ませて良いものかどうか男性職員は悩みに悩み、そして「少々お待ちください」とだけ言い残すと部屋から出ていってしまった。
上司を呼びに行ったのだと理解して、ミラベル・ガーリックは胃がキュッとなるのを感じた。
そして数分後。
「これはこれはプロフェッサー・ミラベル・ガーリック。またお会いできて光栄ですな」
そう言いながら入室してきたのは、魔法法執行部部長その人だった。
「あー!おっちゃんおはよ!」
また3歳になってしまった女生徒をよそに、ガーリック先生は大いに慌てていた。
「あっ、えっ、この度はご迷惑をおかけしています!」
反射的に深々と頭を下げたガーリック先生に対して、その壮年の男性は気楽な様子で笑う。
「なんの。日々降り積もる厄介極まる懸案事項の山の中にあって、良い気分転換だとも」
記入済みの書類に目を通して豪快に笑ったその壮年男性は「良い!」と宣言すると、ニフラーの仮装をした女生徒に向き直って語りかける。
「そもそも、君の『外見』など写真で記録として残したところでどれほどの意味があるのか甚だ疑問ではあるが……ここはまあ規則だからな。その眼鏡は外すか、額に上げてくれるかね?」
「いいよぉ!」
元気にお返事した女生徒の嬉しそうで得意気な笑顔が、ニフラーの仮装に身を包んだその能天気でご機嫌な姿が、魔法法執行部部長直々に写真に収められた。
後年、才能あふれる若き魔女ミネルバ・マクゴナガルを始めとして、同じように登録しに来た全ての「動物もどき」と、記録を閲覧した全ての者が、その「動物もどき登録簿」に紛れた、1人だけハロウィンパーティで撮影したかと見紛う妙な風体の娘っ子の姿に戸惑う事になるのだった。
「ダンブルドア先生、この人の詳細の、杖の重さの『※飴部分込み』ってなんですか?」
「おお、なんでも『その人』は杖を所謂『棒付きキャンディ』の棒として利用していたそうじゃ」
「………なんですって????」
興味本位で目を通したそのリストについてダンブルドア先生に質問したハーマイオニー・グレンジャーが己の耳を疑うのは、この103年後の事である。
そして、精神的疲労が積もり積もって蒼い顔をしているガーリック先生と、ニフラーの仮装をして棒付きキャンディを舐めつつスキップなどしている女生徒は、やるべきことを終えてホグワーツに、来た時とは違いホグズミード村経由でハニーデュークスの秘密の通路から帰還した。
「やっぱりここから帰ってきたね?お疲れさん」
ハニーデュークスから繋がる秘密の通路の出口、隻眼の魔女像のすぐ傍で待ち受けていたヘキャット先生を、ミラベル・ガーリックは目を細めてじっとりと睨んだ。
「あー!ヘキャット先生!僕約束通りちゃんと登録してきたんだよ!」
「知ってるとも。お前さんがちゃんと約束を守る奴だって事くらいね」
飴を食べ終わってしまった女生徒はもう1本杖を取り出して、今の今まで飴がついていたその杖を魔法でキレイに「拭い」「清め」た後で「アグアメンティ」と唱えて水洗いまでしてからもう一度「テルジオ、スコージファイ」と唱え清拭してポケットにしまう。
そんな女生徒の頭を撫でながら、ヘキャット先生は親子ほどに年齢の離れた同僚の目を見る。
「大広間での朝食までまだちょっと時間があるし、紅茶でもどうだい?」
「………クッキーありますか」
一応は生徒の前だという事も忘れて素の態度で拗ねるガーリック先生を、ヘキャット先生はこの後美味しい紅茶とクッキーであっという間に懐柔してしまったのだった。
「あ、お帰り。どうだった魔法省は?」
「楽しかった!」
「そう、良かったわね」
レイブンクローの談話室で皆と宿題に取り組んでいたポピー・スウィーティングが、入室してきた女生徒にそう声をかけると、隣のテーブルに着いて読書していたダンブルドア少年が顔を上げる。
「………先輩、まさかその格好で魔法省に行ってきたんじゃありませんよね?」
「そうだよ?良いだろうコレ!」
そしてダンブルドア少年は、率直な感想を口にする。
「まあ、先輩らしいですね。とても先輩らしいです」
その声色から何らか感じ取ったらしい女生徒は、ニフラーの仮装のままペタペタとダンブルドア少年の傍まで歩み寄ると、その顔をじっくりと見つめた。
「…………褒めてるのかいアルバス?」
「褒めてるように聞こえたなら、さすがそんな服装で魔法省に赴くだけの事はありますね」
ダンブルドア少年が、かなり冷たい口調でそう言ったのが良くなかった。
普段の振る舞いからは想像もできないほど表情や声色から人の心理を見抜く事に長けているその女生徒は、ダンブルドア少年が言外に含ませた意味もちゃんと察して、大いにご機嫌を損ねた。
女生徒はニフラーの仮装のままスッと真顔になると、レイブンクローの談話室の床に手足を投げ出して仰向けに寝たかと思えば次の瞬間そのまま大きな声で堂々とイジケ始める。
「……あーあ!!あーーーあ赤ちゃんになっちゃった!」
「はい??????」
あまりにもあまりなそのヘソの曲げ方に、ダンブルドア少年は理解が追いつかず戸惑う。
「あーーあ!赤ちゃんになっちゃった!!僕もう赤ちゃんになっちゃった!!!!せっかく作ったこの服アルバスが酷い事言うんだもんな!!!!!じゃあもう僕赤ちゃんになるもんね!!!!」
17歳の成人魔法族、ましてやホグワーツの在校生で最も優秀な首席の生徒とは思えない振る舞いに、11歳の聡明なダンブルドア少年はもはや呆れる事すらできずにただただ困惑していた。
「今のはアナタが悪いわ、ダンブルドアくん。コイツこの服すっごく頑張って作ったのよ?」
スウィーティング先輩にまでそんな事を言われて、ダンブルドア少年は自分こそ泣きたい気分だった。しかしアバーフォースがイジケた時に似たような立場に追いやられた事が過去何度もあったので、その御蔭で心折れる事無く理不尽に耐える事ができた。
「あの、先輩?先輩、僕が悪かったですから。謝りますから機嫌直してください」
「僕いま赤ちゃんだからそんな言い方じゃわかんないもん!!!!!」
かなり鋭角にヘソを曲げているその女生徒に、アミットがクスクス笑いながら声をかける。
「赤ちゃんだって言うなら今日の魔法生物学も変身術も受けられないね?」
「あ゙っ………ホントだ……じゃあ僕赤ちゃんじゃないや……」
途端に拗ねるのを止めてスッと立ち上がった女生徒に、ダンブルドア少年はしみじみと言った。
「いや、割と赤ちゃんですよ先輩は………」
それに対してニフラーの仮装をしている女生徒は、またしても激しく拗ねる。
「僕赤ちゃんじゃないもん!!!」
「ほら赤ちゃんじゃないですか……」
結局見かねたギャレスが助け舟を出すまでの約10分間、その女生徒はそれこそ赤ちゃんのように恥も外聞も無くイジケ続けたのだった。
「きみは今すごく立派だったよダンブルドアくん」
「ありがとうございます、ウィーズリー先輩……」
労いの言葉を貰って少し気が晴れたダンブルドア少年はしかし、まだ授業どころか朝食の時間にもなっていないのにもう疲労困憊だった。
動物もどき登録の様子は私の妄想です。たぶん杖の重さとかは直接関係無えから量らないだろうなという冷静な推測を「こういう場面書きたい」が押し流しました。
氏名、人間状態の外見、何に変身するかとその特徴、ぐらいだったと思うけど
まあいくらでも悪用できる能力だし登録されてる情報が詳細過ぎて困ることはないでしょう。