2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
「ねえ、いつまでギャレスにくっついてるつもりなの?」
朝食までまだ少し時間があるレイブンクローの談話室で、ハッフルパフの7年生サチャリッサ・タグウッドがニフラーの仮装に身を包んだ小柄な女生徒に訊く。1年生かと見紛うその生徒は7年生、どころかその中でも特に優秀な、それも学力だけではない総合的な評価基準で男女1人ずつだけ選ばれる「首席」の片方でもあり、つい先日極めて難易度の高い不可逆の変身魔法を成功させて、特定の1種類の生き物にいつでも自由に変身できる特殊体質「動物もどき」になった、7年生の誰もが認める「今居る中で最も優秀なホグワーツ生」、なのだが。
「やだ」
その女生徒は、まだ拗ねていた。
「機嫌直してくださいよ先輩……」
ダンブルドア少年は正直もう面倒臭くなっていたが、彼は11歳にして「内心を表に出さない」という処世術を身につけていた。それは日々聞こえてくる父の噂話に耐える中で無自覚に習得したものだったが、本人は「この困った先輩に振り回されている内に身についた」と思い込んでいる。
「アルバスが僕が頑張って作った服の悪口言ったんだもん………僕ニフラー好きなのに……」
11歳のアルバス・ダンブルドアは、この先輩に振り回される日々の中で、いつの間にやら自分が「父親に関する流言飛語」をあまり気に留めなくなっている事に、気づいていない。
「ダンブルドアくんの事はキライになっちゃったのかい?」
レイブンクローカラーの青いソファに深く腰を下ろして、ニフラーの仮装に身を包んだ女生徒に膝枕させられているグリフィンドールの7年生ギャレス・ウィーズリーは、宿題を進める邪魔をされていると言ってもいい状況にも関わらず、嫌がるどころか困っている様子すら無く、ただいつもどおりの気楽な居住まいでクスクス笑っている。
「大好き………でもだからヤだったんだもん……」
「ダンブルドアくんはちゃんと謝ってくれただろう?それに、君はちゃんと判ってるだろう?……ダンブルドアくんが、君の好きなものを否定したんじゃないって事。その本意がどこにあるか」
「僕が、これを、魔法省に、着てった事………」
「じゃあ、なんでそれを否定されたのかも、判ってるんだろう?」
優しく丁寧に言い聞かせるギャレスの姿を、少し離れた位置のテーブルで向かい合って宿題を進めているポピー・スウィーティングとサチャリッサ・タグウッドの2人が横目で観察していた。
「兄弟多いから?妹が居るからかな?………ヘソ曲げた子供のご機嫌直させるのめちゃくちゃ上手だよねギャレスって。……他人で魔法薬試す時にはどこに行ってるんだろ、あの良識は」
そう言ったポピー・スウィーティングは、ギャレスを見つめるサチャリッサの表情を見て、そこからなにかを読み取って一気にイタズラっぽい笑顔を浮かべる。
「ねえサチャリッサ、あなたやっぱりギャレスの事さ………」
「好きよ?知ってるでしょう?」
いつもどおりの返事をされても、ポピーの笑顔は収まらない。
「………そうじゃなくて、『そういう意味で』好きなんでしょ?……ホントは。」
サチャリッサは、その質問にもいつもどおりの返事をする。
「ただの研究仲間で、友人。それだけよ。でもまあ、家族以外で最も親しい相手ではあるわね」
「それは『現状』で、『アナタがギャレスと今後どうなりたいか』は別でしょ?」
「私は一緒に魔法薬の研究を続けられさえすればそれで……」
その返答を聞いたポピー・スウィーティングは、より一層ニヤリとする。
「誤魔化してもダメよ。サチャリッサ。だってアナタ、ギャレスを見てる時の表情が」
そこでとうとうサチャリッサ・タグウッドはテーブルの上に身を乗り出してポピーの口を手で塞ぎ、その魔法生物好きの小柄なルームメイトに小声で「来て」とだけ告げて立ち上がった。
「ねえセバスチャン、君たちが今やってるそれはなんの課題だい?」
唐突に、ギャレスは傍のテーブルで黙々と自主学習に励んでいた同級生の友人たちに声をかける。
「僕のは呪文学。オミニスのは魔法生物学」
「ノットとレストレンジは占い学。僕とレイエスが魔法史だ」
声をかけられたセバスチャンを始めとするスリザリン生たちは、ちょうど集中力が限界を迎えていたのもあって快く会話に応じる。
「………マルフォイの魔法史の宿題見せて」
ニフラーの仮装に身を包んだ女生徒が興味を示してノチノチと歩いて寄って行ったのを見て、ギャレスはささやかに笑った。
「ん?構わんが途中だぞ」
そう言ったマルフォイも、ちょっと笑っている。この困った友人がイジケた時にどうやればご機嫌が直るのか、同級生たちはよくわかっていた。
「そのポケットの中に入ってるの、全部ハニーデュークスの菓子なのかい?」
最終手段「当てずっぽう口からでまかせ連想ゲーム式全埋め作戦」で占い学の宿題をやっつけたレストレンジもその女生徒を構う。
「おいレストレンジ。さすがに適当にやりすぎだ。看過しかねるやり直せ」
レストレンジの手元の羊皮紙の内容を覗き見たノットが苦言を呈する。
「やっ、やだよ!これで精一杯!アタシはこれで精一杯!」
「つくづくお前、よく占い学の『O.W.L.』パスできたよな」
「あれは………アレだよ…………運命ってヤツだよ……」
5年生の終わりに受けた「O.W.L.」試験で当てずっぽうで書いた事と思いつくまま適当に言った事が奇跡的に全て正答だった結果占い学の「N.E.W.T.」レベルに「進めてしまった」レストレンジにとって、それはあながち嘘でもなかった。勘でやったら全部合ってて最高評価。それも他の科目ならともかく「占い学」で。―これはもう、なんか……あるかもしれないじゃん。
彼女が別に好きでも得意でもない占い学を選択科目の1つに選んでいるのも、この「曖昧な自信」が原因だったが、しかし今の所、現実は割と厳しめだった。
「7年生の占い学って何やるんです?」
全く興味の湧かない分野だからこそ、ダンブルドア少年は逆に気になった。あんなぼんやりした分野に7年生にもなって何かやることが残っているのかとすら思っていた。
「あ。災難だったねダンブルドア。このバカがいつも世話になってるね………良かったらアタシの見る?っても全部適当に埋めちゃったから回答欄に書いてある事はアテにしないでほしいけど」
「拝見しますレストレンジ先輩」
ダンブルドアはその羊皮紙に目を通し、それが先程まで置かれていたテーブルの上、レストレンジの手の届く範囲にある様々な道具に目をやり宿題の内容を察する。
「『煙占い』と『鳥占い』の実践ですか。………何について?自分?」
それを直ぐ側で聞いていたニフラーの仮装をしている女生徒が、一気に元気になった。
「『鳥占い』は僕得意だよ!オナイ先生いつも褒めてくれるもん!」
「お前のアレはどっちかって言うと『占い学』じゃなく『魔法生物学』な気がするけどな……」
セバスチャンがそう言った事で、ダンブルドア少年は大体を察せてしまった。
「そういやお前も宿題まだだろ。せっかくだから今やったらどうだ『鳥占い』」
ノットにそう勧められて、女生徒は「いいでしょう!」とご機嫌で準備を始める。
スリザリンの皆が集まっているテーブルの足元の床に羊皮紙を広げ、とまり木を用意し、そして。
「おいで~、アバーフォース~」
ダンブルドア少年がピクリと反応した直後、女生徒が着ているニフラーの仮装の襟首からスルリと顔を出してそのまま長い身体をうねらせてとまり木の上まで移動したのは、晴れた空の色をした羽毛に覆われた鳥のような蛇のような小さい生き物だった。
「アンタこれ、オカミーじゃない。オカミーって鳥なの?蛇じゃなくて?」
「なんで僕の弟の名前が付いてるのかは説明していただけるんですよね先輩」
ダンブルドア少年とレストレンジの疑問を、女生徒は嬉しそうに笑いながら聞き流す。
「まあまあお静かになさってください……今から先生のお言葉を聞けるのですから……」
ヒッヒッヒ、と芝居がかった不自然な笑い方をしながら言った女生徒に、オミニスが訊く。
「それは誰の真似してるつもりなんだい?」
「ん?こないだアデレードとネリダと4人でお茶した時の『テンション上がったグレース』だよ」
それを聞いたレストレンジはすぐに談話室の隅のソファを、そこにアデレードと2人並んで座り1冊の大きな分厚い本を仲良く読んでいたグレース・ピンチ・スメドリーを見る。
「だって……いいじゃない。楽しかったんだから……」
普段の落ち着いた振る舞いからすれば珍しいことに耳まで真っ赤になったグレースは、もじもじと隣に座る友人アデレードの懐に顔をうずめた。
「じゃあアバーフォース、次は今年のチャドリー・キャノンズについて教えて」
最初の質問「ナツァイ・オナイが最近密かに気にしていることを教えて」に回答を得たらしい女生徒が、とまり木の上でうねうねと蠢いているオカミーに訊く。
オカミーはとまり木の上でその長い身体をくねらせ、塒を巻き、嘴を鳴らす。
「ふおー!ホントに??!!それホントに言ってるのかいアバーフォース!!」
それを見て大興奮し始めた女生徒は、パタパタと湧き上がる興奮に身を任せた早足でギャレスの傍に移動して彼の制服の裾を激しく引っ張る。
「はいはいなんだいどうしたんだい言ってごらん」
「チャドリー・キャノンズ優勝するって!!」
おおそれは良かったねえと笑顔で聞き流しているギャレスに、談話室の反対側から声がかかる。
「ギャレス・ウィーズリー!!」
そのライオンのような大声に皆が振り向くと、そこにはいつもの女子たちの憧れを一身に受ける爽やかで洒脱な振る舞いからは想像もできないようなガッチリとした立ち姿で、両手を固く握りしめて血走った目をしたサチャリッサ・タグウッドが、10年探し続けた親の仇に決闘を申し込むような表情で、まっすぐにギャレスを見ていた。
「……なんだいサチャリッサ」
「アナタに大事なお話があります」
いつもよりかなり広い歩幅でずんずんとギャレスの傍まで来たかと思えばそのまま手を引いて談話室から連れ出して行ってしまったサチャリッサの異様な迫力に、皆が呆気にとられていた。
「サッちゃん、ハンガリー・ホーンテイルがブチ切れた時とおんなじ目してたや……」
そう呟いた女生徒の視界に、サチャリッサの後を追って戻ってきたらしい1人の友人が映る。
「あ、ポピーちゃん。ねえポピーちゃん、サッちゃんに何言ったんだい?」
「『言わなくても察してくれる相手だからって言葉にしなくていいって事にはならないんだよ』って言っただけよ?別に改まって伝えなくてもギャレスは見透かすだろうし受け入れるだろうけど、それじゃサチャリッサがあんまりにもみじめでしょう」
「……それなんの話?」
全くピンときていないらしい女生徒を見かねて、イメルダが念入りに声を落として耳打ちする。
「そうなの?!!!ひゃー、全然わかんなかった……サッちゃんカワイイとこあるね……」
まあギャレスはカッコいいからなあと1人納得したニフラーの仮装の女生徒は、びっくりしてつい先程まで取り組んでいた占い学の宿題の進捗を全て忘却してしまい、しかたなくまた最初から占い直す事にしたのだった。ただし、何を占っていたのかもたった今知った新事実の衝撃で脳から吹き飛んでしまっていたために、改めて「サチャリッサとギャレスの今後」という極めて下世話で無粋な内容についてオカミーのアバーフォースにお伺いを立て始める。
「先輩、先輩。結局そのオカミーはなんで『アバーフォース』って名前なんです?」
ダンブルドア少年が女生徒に訊く。
「ん?ああそれね。この子昨日孵化したばっかりなんだけどね。ヤギが好きみたいなの。ちょっと目を離すとこの子だけ他のオカミーたちや親から離れてヤギの小屋に居るんだよ」
「ああ、それはアバーフォースですね………」
納得してしまったダンブルドア少年は、弟は今どうしているかと思い浮かべて、あのぬいぐるみを気に入ってくれているかどうかと心配になり始める。ヤギである以上無下には扱わないだろうが、他ならぬ自分が贈った物なので喜んでくれているかはいまいち不安だと、ダンブルドア少年は考えていた。弟アバーフォースが兄である自分のことを好いてくれているという自信が、無いのだ。
(絶対邪魔が入らない場所………絶対邪魔が入らない場所……)
ギャレスの手を引いてずんずんとホグワーツ城内を早足で進んでいくサチャリッサも、内心不安でいっぱいだった。ポピーの言葉に感銘を受けた一時の熱に身を任せて今、ずっと抱えていた想いを行動に移しているのが正しいのかどうかも、サチャリッサには全く自信が持てなかった。
ギャレスは何も言わず、何も訊かない。それすら今のサチャリッサには不安要素だった。
もし拒絶されたらどうしよう。でも、もう言わずには居られない。
17歳にして既に「美容薬こそ己が希求し邁進すべき道である」と定め類稀なる成果を上げ、去年「腫れ草の膿の薬効の発見とそれを活かした魔法薬の発明」でホグワーツ薬草学賞を受賞し、普段ホグワーツ中の女子たちどころか薬草学教授のミラベル・ガーリックからすらも崇敬されているサチャリッサ・タグウッドは今、自分が何故泣いているのかが解らなかった。
いつも女の子たちから散々恋愛相談を受け、それにしたり顔でアドバイスを贈り、然る後に感謝をされる。そんな経験を何度もし、去年のいつだったかにあまりにも恋愛相談されすぎて個人的な活動の時間がほとんど取れなくなってしまい、「相談する前にこれを読んで」と自ら記した指南書を配布すらしたサチャリッサは、いざ自分の番になると、今まで自分が女の子たちにしてきた数多くのアドバイスの内容など、それを自分の為に活用するどころか、そも何ひとつ思い出せなかった。
(正にこういう時どうするべきかを、前アナタに訊かれたわよねレストレンジ……)
アドバイスを求められた事。その時のレストレンジの顔。数日後「2人に」感謝された事。割と意外だったレストレンジの相手。何もかも鮮明に思い出せるのに、あの時自分が如何なアドバイスをしたのかだけが全く浮かんでこない。
一方そんなサチャリッサに手を引かれて連行されているギャレス・ウィーズリーは、サチャリッサの「大事な話」がなんなのかという事くらい、百も承知だった。
何を言われるのかは解っている。なんと答えるのかも決めている。だからといって緊張しないかというと、それとこれとは全く別の話だった。
そして2人は同時に、同じ事を思う。
(顔に出てないといいな……)
しかし実際にひとつも心の底で開催されているパーティーが表情にも振る舞いにも表れていないギャレスとは対象的に、サチャリッサは比喩でなく顔に出ていた。というか「顔から」出ていた。
早足で廊下を歩き階段を登りながら、ギャレスの手首を掴んでいない方の手で杖を取り出して自分の顔に向け「テルジオ」と心の中で唱え、涙と洟を拭う。
しかし何度そうしても、後から後からとめどなく溢れてきて全く処理が追いつかなかった。
そして8階の壁の前で、サチャリッサはうろうろと歩き回りながら一身に願った。
(誰にも邪魔されない場所……ギャレスと2人きりになれる場所………いい雰囲気の場所……)
現れた扉をくぐって「必要の部屋」に入ると、自分の願いどころか内心の欲求がそこに全て反映されたと一目で察して、サチャリッサはますます顔が熱くなるのを感じた。
視界の中央、部屋の奥の壁際にあるハート型の大きな2人用枕が目を惹く天蓋付きダブルベッドから目を逸らそうとして、サチャリッサはギャレスと目が合ってしまった。
「見ないで…………」
「君を?ベッドを?」
尊重してあげたいという気持ちをイタズラ心が上回ってしまったギャレスは、そう言って微笑む。
「私いま酷い顔してるから………」
「僕には誰よりキレイに見えるけど?」
やっぱり勝てない、とサチャリッサはつくづく実感した。
そしてサチャリッサがどう言おうか決めるより先に、ギャレスが先回りして話を切り出す。
「僕の事が好きなのかい、サチャリッサ」
サチャリッサは頷く事しかできない。涙も洟も止めたいのに、拭っても拭っても収まらなかった。
「私、あなたの事が、好きなのよ……ねえギャレス。『OK』って言って。お願いだから」
思っていたとおりの事を言われて、ギャレスは決めていたとおりに返答する。
「ダメだよ、サチャリッサ。学生の本分は勉強だ。僕らの本分は魔法薬の研究だ。いま君を受け入れたら僕も君も『それ』ばっかりに耽ってしまって己の本分を疎かにしてしまうだろう?それは良くない。だって僕も君が好きだから。だから、サチャリッサ。卒業するまで我慢しよう。ね?」
ギャレス・ウィーズリーは、サチャリッサ・タグウッドを抱きしめない。心の底から溢れ出てくる想いで溺れそうになっているサチャリッサを目の当たりにしながら、ギャレスはギャレスで必死に己を抑え込んでいた。今「そう」すべきではないと、ギャレスは自分とサチャリッサの将来も見据えた上で冷静に判断していた。
そしてサチャリッサはギャレスの言葉を受け止めるのに数分要し、拒絶されたわけではないと理解するのに更に10分を必要とした後、涙と洟でぐちゃぐちゃの顔のまま、まっすぐギャレスを見る。
「………絶対、我慢できなくさせてやるんだから。私とアナタがホグワーツに居る間に」
それがサチャリッサの、今の正直な気持ちだった。
「アナタのほうから私にキスさせてやるんだから。『愛の妙薬』なんて、使ってあげないわよ」
それは、サチャリッサ・タグウッドからギャレス・ウィーズリーへの、宣戦布告だった。
予想だにしていなかった言葉を受けて、ギャレスはとうとう動揺が態度に表れてしまったのを察する。しかしそれを抑えようとはせず、ただ、今の自分のそのままをぶつける。
「………やっぱり君は、……誰よりキレイだ」
もっと洒落た事を言いたかったのに、それしか言葉が出てこなかった。
そして部屋は2人の内心の「必要」を読み取り、ベッドが消えるのと入れ替わりに2人分の洗面台が現れる。この感情の昂りは2人きりで居る間に、この部屋から出る前に全てかき消してしまいたいと、そうしなければいけないとギャレスもサチャリッサも思っていた。
こんな顔のまま廊下には出られないし、ましてや皆のところには戻れない。
「服従の呪文」にでもかけられたかのように、そうしろと命じられたかのように、2人は弾かれるように同時に動いて洗面台で顔を洗う。魔法でいいだろうに、念入りに念入りに冷水を自分の顔に浴びせる事20分。昂ってしまった熱を冷ますのにそれだけ必要だった2人は、同時に顔を上げる。
「………戻りましょう、ギャレス」
「そうだねサチャリッサ。大広間で皆と朝ごはん食べよう」
普段どおりを演じられるだけの冷静さを取り戻した2人は、穏やかに優雅に微笑みを交わすと手早くお互いの身だしなみをチェックしてから「必要の部屋」を後にした。その場を立ち去る前に部屋に「要求」して、部屋の内装を当たり障りのないものに変えておくのも忘れない。
「今日のヘアアレンジも素敵だねサチャリッサ」
いつもならサラリと受け流せる筈のギャレスのそんな褒め言葉で、隣を歩くサチャリッサは一瞬にして耳まで赤くなった。
「………向こう3時間。私のこと褒めないで。お願い」
小さな声でどうにかそれだけ言ったサチャリッサを見ながら、ギャレスはクスクス笑っていた。
そしてレイブンクローの談話室に戻ってきた2人は、一気に「普段どおり」へと引き戻される。
「あ、お帰りギャレス!それにサッちゃん、おめでとう!」
「そんな事言ってる場合ですか先輩!!何考えてるんですかいつもいつも!!!」
そう言ったニフラーの仮装をしている女生徒は、レイブンクローの談話室を埋め尽くすほどの巨体になったオカミーの胴体にしがみついて、楽しそうに笑っていた。
「ちょっと目を離しただけなのに……どうしたんだいポピー、君がついていながら。」
「………止める間もなくアイツが『おっきくなれるかいアバーフォース!』って」
薙ぎ倒される本棚、額縁の端から別の絵画へと移動し逃げ惑う歴代レイブンクローの大先輩たち。下敷きにされないように逃げる下級生を必死で庇う上級生。最小限の移動だけで回避しつつ平然と宿題を続ける一部の7年生と、楽しそうに笑いながら事態の収拾に当たっている7年生たち。
女生徒が満足してオカミーの「アバーフォース」を旅行カバンの中に戻す頃には、ギャレスもサチャリッサも完全にいつもどおりの心持ちに戻っていた。
「これは、どういう事なのか説明してもらえるかね」
皆で杖を振るって部屋中を修復している最中に入室してきた魔法薬学のイソップ・シャープ先生が、眉を顰めながら全体に問う。
「僕のアバーフォースがやったんですよシャープ先生!アバーフォースは生まれたばっかりなのに、もうオカミーらしい事ができるんです!この談話室いっぱいまで大きくなったんですよ!」
自慢気にそう言った女生徒に、シャープ先生はただ「60点減点」とだけ告げた。
「その服装は何かね」
「良いでしょう!手作りですよ!」
「まさかその格好で魔法省に」
「はい!そのために作ったんですから!」
「………そうか」
ガーリックの奴に何か紅茶の茶葉とか贈ってやるか、とシャープ先生は内心で決めた。
「何か用ですかシャープ先生?」
そう訊いてきたギャレスと、その隣のサチャリッサ、そしてアホの女生徒とその奥で本棚に杖を向け修復しているマルフォイの姿を確認して、シャープ先生は本題に入った。
「ミスター・ウィーズリー、ミス・タグウッド、ミスター・マルフォイ。ミスター・タッカー。そしてお前。悪いが頼みがある。今年も1年生の魔法薬学の『特別追加教室』を手伝って貰いたい」
それだけで何の話か察した7年生5人とは対象的に、ソファを修復しながら話を聞いていたダンブルドア少年は、何のことやら解らなかった。そも、そんな追加の授業があるなんて聞いていない。
「それなんの話なんです、シャープ先生。僕聞いていませんが」
「君の耳に入っていないのは、君には全く必要無い授業だからだミスター・ダンブルドア。そうだな……グリフィンドールの1年生で言うと、ミス・ブラウンが魔法薬学の最初の授業でどうなったか、思い出せるかね?……そして君ならこれだけでもう察せるのではないかね?『特別追加教室』の内容と、なぜこの7年生たちの手助けが必要なのかも」
「シャープ先生顔恐いもんね」
ケラケラ笑いながらそう口走ってシャープ先生とマルフォイに睨まれている女生徒をよそに、ダンブルドア少年はその「最初の授業でのミス・ブラウン」の有様を思い出して、全てを理解する。
脳裏に浮かぶのは「ナマケモノの脳」を目の当たりにして吐いてしまった同い年の女の子の姿。
確かにアレは特別講義というか「慣れるための機会」が必要だろうという事も、あのブラウンさん以外にも何人か同じ状態の子が居るのだろうという事も、そして今女生徒がした無礼な指摘がしかし、7年生たちに助けを求めた原因そのものズバリであろう事まで、ダンブルドア少年は察した。
半ば毎年恒例とすら言えるそれは、しかしシャープ先生の、というか世界中の魔法学校で魔法薬学を教える教師たちと、ホームスクーリングを選択し自宅で我が子に魔法薬学の知識を与える数多くの親たち共通の悩みだった。
ホグワーツのみならずワガドゥーでも、コルドフストレッツでも、マホウトコロでもイルヴァモーニーでもカステロブルーシューでもボーバトンでもダームストラングでも先生方は苦悩していた。
「ミスター・ダンブルドア。君も知ってのとおり魔法薬学では、ハナハッカなどの植物のみならず、ベゾアール石を始めとする動物由来の材料も数多く取り扱う。もっともベゾアール石は問題にならない事が多いのだが、例えば『フグの目玉』。そして『ナマケモノの脳』。他にも数多ある『内臓』などの一部素材を扱う際、拒否反応を示してしまう生徒は毎年一定数居るのだ……そしてそれに慣れるのに、私1人でやるよりも『同じ寮の先輩』の助けがあった方が良いと去年解った」
そしてシャープ先生は、誰もが耳を疑う提案をする。
「その仮装を、貸しては貰えないかね」
ニフラーの仮装に身を包んだ女生徒は、数秒硬直した後で、脳の処理が完了した。
「誰かにそう言ってもらえるって思って、これもう一着有るんですよ!」
でも最初がシャープ先生だとは思わなかったなーと独りごちて、女生徒は仮装のお腹のポケットからズルリともう一着の「ニフラーの仮装」を取り出す。
「僕らもそれ着たほうがいいですかね?」
ギャレスが提案すると、マルフォイの眉間にますますシワが寄った。
そしてマルフォイが止める間も無く女生徒は金属製にも見える水色に光る妙な杖を取り出し、じっくりと集中したあとで「ジェミニオ!」と唱える。
ドラゴン皮がふんだんに使われているお蔭でほとんどの呪文を弾いてしまうはずのその衣装に、女生徒は当然のように「双子呪文」を施して人数分複製してみせた。
「先輩のそれは、もしかしなくても僕、真似しようとか考えるだけ無駄ですよね?」
「真似も何も……ジェミニオ!見てのとおりだミスター・ダンブルドア」
シャープ先生の「双子呪文」がそのニフラーの衣装の表面に弾かれて何の効果も発揮しないのを見て、ダンブルドア少年は予想通りとは言えさすがに驚きを隠せず目をパチクリさせていた。
「『古代魔法』でしたっけ。仮に先輩と在学時期が被らずに、噂を聞いただけとか本で読んだだけとかだったら僕、信じなかったって自信があります」
「どうだすごいだろう!」
えっへん!と大きな声で実際に言って自慢気に胸を張る女生徒に向き直り、ダンブルドア少年はつま先立ちになってまで両手を伸ばしてその女生徒の頬を捏ね回す。
「凄いですよ先輩は。凄いのに、なんでそんななんですか………?」
「うひゅへへへへなんだいアルバス。うふへへへ……」
もにもにと頬を揉まれながら、その女生徒は嬉しそうに笑い続けた。
「あ、そうだシャープ先生」
そして女生徒は言う。
「アルバスも連れてっていいですか?」
それが相談でも提案でもなく「決定事項の通達」だという事を、シャープ先生は察していた。
「まあ構わんとも。ミスター・ダンブルドアなら有益だろうしな」
受け入れてもらえた嬉しさを目の前のダンブルドア少年に行動でぶつける女生徒と、無の表情で抱きしめられているダンブルドア少年を見ながら、サチャリッサ・タグウッドが口を開く。
「でも、大広間で朝ごはん食べるのが先。でしょう?シャープ先生、教職員のテーブルじゃなくて一緒に食べましょうよ。相談するべきこともあるでしょうし」
「まあ良いだろう」というシャープ先生の言葉を受けてサチャリッサがギャレスとハイタッチするのを、ニフラーの仮装をした女生徒は嬉しそうな笑顔で見つめていた。
17歳だから色恋沙汰なんかいくらでもあるだろ。で「レガ主以外なら」誰と誰?
という事を考えた時、最初に思い浮かんだのがアンとオミニス。
次がギャレスとサチャリッサでした。
ギャレスの名前が後年に残ってないのはずっとサチャリッサと一緒に研究し続けて
周囲の説得にも関わらず全部サチャリッサ名義で世に発表してたからなんだよね。(強めの幻覚)
アナタの成果よとサチャリッサが言い、ギャレスが君の研究だろうと返す。
そんな関係(私の妄想)
「必要の部屋」のある階がどこかをググると日本語のページには8階
英語のページには7階と書かれています。原作日本語版だとどっちだったっけな?
これは日本とイギリスで「階」の数え方が違うせいらしいですね。
向こうじゃ「階段登って」最初のフロアが1階なんだってさ。
満年齢と数え年の違いと同じで、つまり向こうじゃ地上は「0階」らしい。
で、日本式の数え方で統一すると今決めたので、これ以降表記が揺れてたらミスです。