2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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30.へスパー・スターキー

そのハッフルパフの1年生は、まだ魔法薬学の授業で上手く魔法薬を完成させた事がなかった。

「それ、宿題?」

「そうよポピーちゃん。シャープ先生がくれたの!」

しかしその女の子は、いつも楽しそうだった。

ハッフルパフの談話室で、分厚い「薬草とキノコ千種」とにらめっこしながら羊皮紙に自分の言葉で羽ペンを走らせている女の子と、その隣でパフスケインを可愛がる時と同じ目をしているポピー・スウィーティングを、傍のカーペットに座り込んでまったりしている2人の女子生徒が見守っていた。

 

「あなたの妹さ」と、サチャリッサ・タグウッドが自分の隣で呪文学の宿題と格闘している4年生の女子に、あまり宿題の進みが良くないのを察して話しかける。

「なあにタグウッド先輩。あの子がどうしたの?」

集中力が切れつつあったその女子は、これ幸いと杖を持ったまま教科書から顔を上げた。

「あの子。あれ、皆が貰う宿題じゃなくて授業で上手くできなかったから渡された追加課題よね?なのにあの子、なんであんなに嬉しそうなの?いや、まあ素晴らしいことなんだけど」

サチャリッサの疑問に、その女の子の4年生の姉は、どこか嬉しそうに笑いながら答えた。

 

「それは、私と同じ学校に居られるのが、嬉しいんだと思う」

その4年生の女子は、妹を見ながら語り始める。

 

「私と妹は、マグル生まれなの。だから私のところに『魔法使いのおばさん』が訪ねてくるまで、私もあの子も、父と母も『魔法』なんて絵本の中だけのものだと思ってた。優しそうな知らないおばさんがいきなり家に来て、『あなたがたのお子さんは魔法使いです』って父と母に言った。母は戸惑ってたし、父は警察を呼ぶべきか悩んでるみたいで、私たちに『奥に行ってなさい』って言ったけど、私も、妹も見てた。その優しそうなおばさんが……ウィーズリー先生が母のお気に入りのマグカップを小鳥に変えちゃうところを」

そこでもう、だいたいの事情を察したサチャリッサだったが、微笑んだまま黙ってその4年生の女子の目を見て話を聞いている。

 

「その日をきっかけに、私の世界は変わった。けど妹の世界も変わった。……変わってしまった。妹は、もう何歳か大きくなったら私と同じ学校に通えるって、ずっとそれを楽しみにしていたの。なのにあの日、私はそれまで予定していたのとぜんぜん違う、聞いたこともなかったどこに有るのかもわからない学校に通うことになった。私がホグワーツで新しい友達を作って、魔法の勉強をしてる間、あの子は家でずっと泣いてた。父も母も、私も。どうしてあげることもできなかった。ただ『この子も魔法使いでありますように』って祈ることしかできなかった」

 

そこでサチャリッサが「食べる?」とお菓子の箱を差し出し、4年生の女子はそれを受け取る。

「ホグワーツに入学する私が、ウィーズリー先生に連れられてダイアゴン横丁に初めて行ったあの日、妹は着いてこなかったの。『やだ!』の一点張りでね。なにが『や』なのか、私わかってたけど……私はホグワーツに行きたかった。私、休暇で家に帰る度に妹に『あなたもホグワーツに入学できる』って言い聞かせてた。何の根拠も無く、ただその時だけ妹の機嫌を少しでも良くするためにね。……ひどい姉よ。『本当に妹も魔法使い』って可能性に賭けてたわけでもない、ただの誤魔化し。けど、こないだの夏休みに、ウィーズリー先生はまた家に来た。妹の入学許可証を持って」

そこまで語ったところで、ポピーに見守られながら魔法薬学の追加課題に取り組んでいた女の子がパッと顔を上げた。

 

「お姉ちゃん見て!見て見て!宿題終わったのよ!」

「はいはい、良かったわね………ここ、間違えてない?」

「ほんとう?」

 

姉に間違いを指摘されて嬉しそうに笑っている女の子を、サチャリッサの隣に移動してきたポピーが優しい笑顔を浮かべながら見つめている。

「……良かったわねえ」

「何のおはなし?」

7年生のおねーちゃんたちが何故、お母さんが自分を褒めてくれる時と同じ表情をしているのか判らず、その女の子はキョトンとした表情のままくるくると周囲を見回していた。

 

一方。そのレイブンクローの1年生も、まだ魔法薬学の授業で上手く魔法薬を完成させた事が無かった。今、本来授業が始まる時間ではないにも拘わらず魔法薬学の教室に向かっている足が重いのも、偏にそのせいだった。

「入学するまでは、楽しみだったのにな……」

天文学の授業と同じくらい、その子は魔法薬学の授業を受けるのを、毎日指折り数えて待ち遠しく思っていた。初めての授業で実際に大鍋と材料を目にするその時までは。

「最も楽しみにしていた授業が人並みにすら上手くできない」というのはその女の子にとって、とてもショックの大きい挫折だった。

しかし、希望はあった。

「おや、もしかして魔法薬学の特別授業、君も受けるのかいへスパー?」

7年生の先輩たちは、みんな優しくていい人だったから。

「そうなの………アミくんその格好なあに?」

「ニフラーだよ。友達が作ってくれたんだよね」

僕まで着る羽目になっちゃったんだよね全くもう、とは言わないのがアミット・タッカーだった。

「もしかして、アミくんが教えてくれるの!?」

パッと表情が明るくなったレイブンクローの後輩に、アミットは「そうだよ」と肯定して微笑む。

「でも、僕だけじゃないよ。ねえ、もしかしてへスパーさ。シャープ先生、怖い?」

こっくりと頷いた女の子を見て、アミットは笑う。

 

「お顔が怖いの……優しい先生だって、わかってるのよ?でも……」

「そうだね。僕は怖くないけどその気持ち、わかるよ」

 

1年生へスパー・スターキーがおずおずと白状したそれはシャープ先生当人も重々承知しており、そして密かに悩んでもいた。上級生相手ならともかく、1年生や2年生に対しては「怖がられている」というのはマイナスの影響のほうが大きいので改善するべきだと、元闇祓いの魔法薬学教授イソップ・シャープは考えていた。考えてはいたが、魔法薬学という分野が危険と隣り合わせである以上、ある程度は怖がられている必要があるとも思っていた。しかし。

 

「ヒッ……シャープ先生……ご、ごめんなさい!」

 

廊下ですれ違っただけの1年生が怯えて逃げていくというのは、流石に心に来るものがあった。

そして1年生と7年生のレイブンクロー生2人が仲良く魔法薬学の教室までやって来て、その少し後に7年生の女生徒に連れられたダンブルドア少年もやってきたのを合図にその「特別追加教室」は幕を開けた。

 

「……どうしたマルフォイ。賭けにでも負けたのか?その格好は何の罰だ?」

怪訝そうな表情でそう訊くスリザリンの1年生、ミスター・ブルストロードに、ニフラーの仮装に身を包んで無表情のマルフォイは言う。

「この状況で僕だけこれを着ていなかったら、そっちのほうが滑稽だろう」

シャープもマルフォイも他の7年生も、自分たちの緊張を少しでも解そうとしてくれているのだと理解できている以上、普段冷笑的なブルストロードはしかし、それ以上何も言わなかった。

 

「さて、では始めようか」

ニフラーの仮装に身を包み、いつもの厳格な表情でそう言ったシャープ先生に同じくニフラーの仮装を着ていつも以上に楽しそうなギャレス・ウィーズリーが声をかける。

「シャープ先生は、子供のころ苦手だった魔法薬の材料とか、無いんですか?」

「一切無い!」

嘘をついてしまっては生徒に寄り添った事にはならないと考えているシャープ先生は、ハッキリとそう断言した後「……魔法史の授業は苦手だったがな」と小声で付け足した。

 

「はい、ミス・スターキー。これなーんだ??」

ギャレスが杖で操って見やすい位置に浮かせたそれを、レイブンクローの1年生ヘスパー・スターキーは最大限の勇気を出してどうにか直視した。

「ナマケモノの……脳みそ……」

蒼い顔をして絞り出すように答えたミス・スターキーだったが、しかしその設問は意地悪だった。

「よくがんばったねへスパー。偉いよ」と労いの言葉をかけるアミットの隣で、その場の7年生全員とシャープ先生までもが身に着けているニフラーの仮装の制作者である首席の女生徒は何やら楽しそうにケラケラと笑っていた。

「ぶぶー!ヘスパー残念!これは牛の脳みそです!魔法薬の材料じゃなくて僕のおやつ!」

「ナマケモノの脳みそはこっち。……どうだい皆。見分け、つくかい?」

ギャレスにそう言われて、ヘスパーもブルストロードも他の1年生たちも、かなりの精神力を動員してその2種類のドロリとした塊を観察する。

「どうだいブラウンさん。何か気づいた事、あるかい?」

ギャレスに指名されてドキリと体を震わせたグリフィンドールの1年生ミス・ブラウンはじっくりと考え込んだ後、数十秒を要して根本的な事に気づいた。

 

「大きさ?牛の脳みその方が大きいと思う」

 

自分の前にスーッと宙を移動してきた1粒のブドウを見てキョトンとしているミス・ブラウンに、ギャレスがニッコリ笑って言う。

「君は1アリアニコを獲得したよミス・ブラウン」

自分がどういう役割を果たせば良いのか判らず黙りこくっていたダンブルドア少年は、そこでとうとう我慢できなくなって口を挟んだ。

「アリアニコってなんですかウィーズリー先輩」

「このブドウの名前だよ。ホントはワインにする品種なんだけどね……さてミス・ブラウン」

今まさにブドウを食べようとしていたミス・ブラウンはドキリとしてギャレスの方を見る。

ブドウを口に運ぶ瞬間の姿勢で大きな口を開けたまま硬直しているミス・ブラウンに、ギャレスはクスクス笑いながら「ごめんごめん、食べてもいいよ」と言った後で全体に語りかける。

「ナマケモノの脳みそは、生ける屍の水薬とかの睡眠薬に使う。けど、牛の脳みそをこうして」

ギャレスは杖を振るい、牛の脳みそをナマケモノのそれと同じような大きさに切り出す。

「で、こう。……シャープ先生が摘発なさったんでしたよね、この手口」

「ナマケモノの脳」と印字された瓶に切り出した牛の脳を詰めて封をした物を皆に見せながらギャレスが訊くと、シャープ先生は「そうだ」と肯定した。

 

「マグルの牧場に忍び込んで牛を襲い脳をくすねていた不届き者を、闇祓いとして正式配属されたばかりだった私が捕まえた……そして『何故そんな真似をしたのか』を同僚と共に調べた結果明らかになったのが、今ミスター・ウィーズリーが実演してくれた不正行為だ。ナマケモノの脳は、まあそれなりの値段がするのでね……どうだねミスター・ブルストロード。自分の魔法薬の材料にこれが紛れていたら、気づけるかね?」

 

「全く気づける自信がありません、先生」と、ミスター・ブルストロードは正直に申告した。

 

「ナマケモノの脳みそを使うべきところで牛の脳みそを魔法薬に使ったら………薬が上手くいかないだけだったらラッキーだね。毒ができるかもしれないし、大鍋から立ち昇る蒸気を吸っただけで一生聖マンゴで過ごす羽目になるかもしれない。だからこの授業は大事なんだ。さあへスパー、どっちがハナハッカか、わかる?」

アミットが差し出した2種類の植物を、へスパー・スターキーはじっと観察する。

 

「こっち!」

「残念。こっちは魔法の要素がない普通の種類のオレガノ。こっちがハナハッカ………なんだけど。ねえギャレス、きみコレ本当に見分けつくの?僕さっぱりなんだけど?」

アミットに問いかけられたギャレスは「つかないけど?」と即答し、マルフォイもそれに続いて「判らない」と首の動きでブルストロードに示す。しかし、その女生徒は違った。

「え?なんでよ。魔法薬の材料になるハナハッカは『レベリオ』で黄色く光るじゃん。ナマケモノの脳みそも。僕いつもそれで見分けてるんだけど」

 

「私には見分けがつくが……その方法で見分けられるのは君の他には『君のよく知る先生方』だけだと言えば理解するかね?」

シャープ先生のその言葉を受けて女生徒は「あ、そっか。なるほど」とだけ言って静かになる。

「私も見分けつくけど、非魔法の種類も含むハナハッカの近縁種を網羅した標本なんて普通作ろうと思わないでしょうし、まあ正直、見分けつかなくても誰も責めないわよ」

ならなんで問うたのかと訊きたげなブルストロードに、マルフォイが言う。

「君たちが使ってる魔法薬の材料は、もちろん市販の物だ。市販の物というのはつまり、通常は品質が保証されている。ハナハッカだとラベルに印字されていればそれは間違いなくハナハッカで、非魔法のオレガノなどではないと安心して魔法薬に使用できる。が、シャープ先生が嘗て摘発したような『不正行為』をやらかす輩はいつの時代でも居なくなる事は無い。だからこそ『今はまだ自分には見分けがつかない』という事を自覚するのが、材料を自力選別できるだけの観察眼と知識を培うための第一歩なんだ……というのがお前を納得させるための今考えたでまかせだ」

ブルストロードの眉間にシワが寄ったのを見て、マルフォイは一気に楽しそうな表情になる。

 

「いやすまん。だが、どうだブルストロード。まだあの『脳みそ』を、直視するのもキツイか?」

 

そう言われて初めて、スリザリンの1年生ブルストロードは、この教室に来るまでは視界に入れるのも避けたかった気色の悪いドロリとした塊を、自分が今、平然と観察できている事に気づいた。

 

「あ、こら、なにしてるのよおバカ」

「だってお腹すいちゃったから」

 

右手に持った杖で「浮遊」させて操った牛の脳みそを左手に持った杖の先に出現させた1匹のネズミを象った炎で加熱し始めた女生徒をサチャリッサが見咎めるが、「やめなさい」とはサチャリッサも他の7年生3人も、シャープ先生も言わなかった。

 

「アミットアミット、食べてみて!」

そして数分後ギャレスがどこからか取り出した皿に女生徒が焼き上がった脳みそを乗せ、サチャリッサが杖を振って一口サイズに切り分けていく。

「ギャレスあれまだ持ってる?コガワ先生に貰ったやつ」

女生徒が言い、ギャレスは何の話かすぐに理解する。

「醤油?あるよ。使ってみる?」

「うん。ちょっとでいいよね」

そして小さめの皿に分けてもらった2人分の焼き上がった脳みそを、アミットは同じレイブンクローのへスパー・スターキーの元に持っていく。

 

「もしよかったら、一緒に食べてみないかい?」

ミス・スターキーは眼の前に持って来られてしまったそれを見て、大いに悩む。

しかし、好奇心が嫌悪感を上回るのに、そう時間はかからなかった。

「私、食べてみたい。アミくん、ひとつくれる?」

へスパーに微笑むアミットを見つめていたミス・ブラウンともう1人のグリフィンドールの1年生に、ギャレスが皿を片手に声をかける。

「君たちも、食べてみるかい?」

グリフィンドールの2人が少々呻いた後で「食べる」と勇気を出して答えたその隣。2人揃って吐きそうな顔をしているハッフルパフの女子2人のところには、サチャリッサが来た。

「あなた達2人は、食べないわよね?」

懇願するように必死で頷くハッフルパフの後輩2人を見て、サチャリッサは笑っている。

「私も、アイツがナマケモノの脳みそを焼いて食べてるの初めて見た時はびっくりしたわ。その後ギャレスから『国と部族によっては猿の脳みそを生で食べたりもするらしい』って聞かされた時はもっとびっくりしたけど……なあにアナタたち?何か訊きたい事がある顔ね?」

ハッフルパフの1年生2人はそう訊かれてお互いの顔を束の間見合わせて、小声でそっと訊ねる。

 

「ねえサチャリッサ、ギャレスともうチューとかしたの……?」

 

流石に向こうの席のハッフルパフ生2人が何と訊いたのかまでは聞き取れなかったマルフォイは、サチャリッサが僅かに挙動不審になった事で質問の内容が察せてしまい、声を殺して笑い始める。

「どうしたマルフォイ」

ブルストロードが怪訝そうに訊くが、マルフォイは「すまん。何でもない」としか言わない。

 

「なっ、何の話かしら……?」

「だってサチャリッサ、ギャレスに気持ち伝えたんでしょ?ねえねえどこまでしたの?」

「い、今授業中だから後で。後でね……」

 

普段と比して劇的に言い訳がヘタクソになってしまっているサチャリッサは2人がその話を何故知っているのかを疑問に思うだけの冷静さすらも失くし、どうにか小声でそれだけ言うと自分の頬を両手で思いっきり叩いて無理やり平常心を取り戻した。

 

「ねえサチャリッサ」

いつの間にやらすぐ傍に来ていたギャレスに背後から声をかけられて、サチャリッサは「ㇵイ!」と返事が裏返ってしまった。

「……どうしたんだいサチャリッサ?」

ハッフルパフの1年生2人とのやり取りが全部聞こえていた上でわざとやったギャレスは、真っ赤な顔のサチャリッサに睨まれながらクスクス笑っていた。

「ごめんごめん。ねえ、そろそろ皆にさ。手本を見せてあげたいって思わないかい?」

「そ、そうね。いいですかシャープ先生?」

この「特別追加教室」では7年生5人に全てを任せる事にしているシャープ先生は「勿論良いとも」と鷹揚に許可を出した。

「せっかくだからさ。皆でやろうよ。というか僕も参加したい。いいかい?」

アミットの提案を、サチャリッサもギャレスも即答で受け入れる。

 

「ほら、先輩もやるんですよ。……いつまで食べてるんですか」

「むも?」

 

マシュマロとナマケモノの脳みそを交互に杖に刺して醤油をかけたオリジナルの何らかをその杖で操る「悪霊の火」で炙っていた女生徒は、反対側の手に持った杖の、牛の脳みそと萎び無花果を交互に刺して焼いたものを頬張りながら頭だけダンブルドア少年の方を向いて返事をした。

 

「なんだお前その気色の悪い喰い物は………」

 

マルフォイはその女生徒が両手に持っている物を見て眉を顰めるが、当人は「あげないよ!」と言って食べ進めるペースを早め、あっという間に完食してしまった。

そして5人の7年生は1年生たちとシャープ先生が見守る中、一切の相談無く共同作業を開始する。

「アルバスこれ乳鉢と乳棒で擦って。蛇の牙」

「はい。……僕も参加して良いんですか?」

「いいよぉアルバスかわいいから」

「理由になってませんよ?……これは毒蛇の牙ですか?ドクツルヘビ?」

ダンブルドア少年が作業に取り組みながら投げかけた質問に、ギャレスが大鍋に何らかの液体を投入しながら答える。

「違うよダンブルドアくん。それは毒のない種類の蛇の牙。有毒なやつだとダメなんだ………ねえアミット、大鍋今どのくらい?」

ギャレスのざっくりした質問に、アミット・タッカーは正確に答えた。

「200℃超えたところ。もうちょっと時間が要るね……マルフォイ、玉ねぎは―」

「今切ってる……一切れ食べてみるかクラウチ?」

ニヤリと笑って杖で操ってよこしたマルフォイの表情から意図を察しながらも、そのスリザリンの1年生は果敢に薄切りの玉ねぎ1かけらを口に含み、咀嚼した。

その目まぐるしく変わる表情と溜まり始めた涙を見て、ブルストロードがニヤニヤしている。

 

「そんなにか、クラウチ」

「……こんなにとは思わなかった」

 

苦悶するクラウチ少年をチラチラ見ている他の1年生たちに、マルフォイは言う。

「見ての通り、『辛味玉ねぎ』って呼び名は決して大げさじゃない。だから刻んだばかりのこれを扱う時は必ず素手じゃなく杖を使うんだ。『ウィンガーディアム・レヴィオーサ』を1年生で習う理由の1つがこれだ。『他の教科で必要になる』。さもなくば次の授業でもまだ手が痛むだろう」

グリフィンドールのミス・ブラウンと、レイブンクローのへスパー・スターキーがその発言を一言一句漏らさずノートにメモしようと頑張っているのを見て、スリザリンの2人もそれに続く。

 

「ダンブルドアくん、蛇の牙もう少し細かくできるかしら?」

「……はい!」

「あ、大鍋いま250℃。そろそろ投入するべきだけど……」

「はいただいま……レダクト!」

先輩方の足を引っ張る訳にはいかないという一心で無茶したダンブルドア少年は、しかし力加減が完璧だった。

「アルバスわりと大胆だよねぇ」

ケラケラと笑う女生徒を横目に、ダンブルドア少年は細かな粉末になった蛇の牙を大鍋に入れる。

「で、10秒混ぜる。マルフォイ、玉ねぎ準備してね」

「勿論だ」

マルフォイはサチャリッサに言われた通り、刻んだ辛味玉ねぎを杖で操って空中に待機させる。

「で、ホントは火から降ろして40分くらい待つんだけど……僕は省略する方法を見つけた」

「それは、シュレークの背中の棘か、ミスター・ウィーズリー?」

大鍋に投入される玉ねぎを見ながら口を挟んだシャープ先生に、ギャレスは笑顔で解説する。

「はい。色々試したんですけど、40分待つ代わりに幾つかの材料を追加することで同じ効果が得られるんです……まあ余計に材料が要るって事ですから、普通は待つのが最善なんですけど。授業で40分も……正確には室温とかも考えて33~45分、ただ待つってのはちょっと考えものですから」

ギャレスがその大西洋に棲息する巨大魚の棘を慎重に瓶から取り出す中、他の面々が各々に作業を進める様から、1年生たちは目が離せなかった。

 

「イラクサはそろそろ入れる?」

「ええ。もう入れていいわアミット」

「ねえねえマルフォイ使わなかった分の辛味玉ねぎ1個食べていい?」

「好きにしろ」

「みゃーーからい!からいよアルバス!」

「何をなさってるんですか先輩?」

「はいレタス喰い虫の粘液を入れるわよ……で思いっきり混ぜる!」

「生姜生姜……あった」

「それが生姜なんですかウィーズリー先輩?」

「そうだよ。瓶入り粉末生姜。刻み具合の誤差とか無いのは良いんだけど、割高なんだよね……」

 

そして粉末生姜も大鍋に投入され、かき混ぜるサチャリッサを横目にギャレスが解説を始める。

「さあみんな。『シュレーク』という魔法生物の事、誰か知ってるかい?」

1人だけ手を上げたグリフィンドールの男子生徒を、ギャレスは指名する。

「いいよ、言ってごらんロングボトム」

「シュレークは、大西洋に棲んでるやたらでっかい棘だらけの魚で、その棘でマグルの漁師が設置した網をズタズタにしちゃう困った奴です。そして、まさにそれを狙って魔法で作り出された生き物だ、って……じいちゃんが言ってました」

ダンブルドア少年に辛味玉ねぎを一切れ勧めながら、女生徒がロングボトムくんを褒める。

「ロングボトムくんえらい!合ってるよ!シュレークはムニエルにすると美味しいんだよね」

「『マグルの漁師に侮辱されたことに腹を立てた魔法使い』が作り出したってのが一般に信じられている通説で、魔法省もこれを事実だと考えているようだけど、証拠は無いんだ」

アミットのその解説を、1年生たちは一斉にノートにメモした。

 

「で、これがそのシュレークの棘。薬液に浸漬されてるけど、これは単に保存のためだから、大鍋に入れる前に薬液は取り除いておく……テルジオ!」

ギャレスがシュレークの棘を大鍋に投入した隣で、サチャリッサは小ぶりな鍋を別に用意して火にかけ、そこに何かを投入した。

「タグウッド先輩、なんですそれ?」

ダンブルドア少年が訊き、サチャリッサが答える。

「ツノナメクジよ。大鍋に入れる前に別で煮込むの」

「シュレークの棘を大鍋に入れたら、激しくかき混ぜるのは厳禁だ。『ご機嫌を損ねる』からね」

1年生たちには「材料の機嫌を損ねる」というのがどういう状態なのかはわからなかったが、しかし酷いことになるのだろうという想像だけはできたので、それもノートにメモし始める。『損ねないほうが良いのだろう』とぼんやり納得しながら。

 

「ツノナメクジは準備できてるかい?」

「勿論よギャレス。どうぞ?」

「ありがとうサチャリッサ。で、火から下ろす」

サチャリッサが示した鍋の中身を杖で操って大鍋に投入したギャレスは、大鍋の下の火を消す。

「このタイミングで火から下ろす、若しくは火を消すってのは、重要なポイントなんだよね?」

アミットの問いに、サチャリッサが答えた。

「そうよ。最後にこのヤマアラシの棘を入れるんだけど、火から下ろして粗熱を取ってからじゃないと、大鍋が溶けるの。半端な中身が辺りに撒き散らされるわけだからまあ、減点ですよね?」

 

「それで他の生徒に被害が及んだら罰則も考えられるな」

シャープ先生がそう言った事で、1年生たちは一層真剣な表情になった。

 

「はい。完成。ほらアナタ、こっち来なさい実演するんだから」

「ぇ゙ぇ僕??」

「あとでお菓子あげるから」

「じゃあやる」

 

気が進まないながらもお菓子に釣られた女生徒は、自分の顔に杖を向ける。

「ファーナンキュラス!」

女生徒の顔全体が一瞬にして見るも無惨な腫れ物だらけになった事で、ミス・ブラウンとへスパー・スターキーが息を飲んだ。

「『腫れ草』の膿を素手で触ってもこうなるんだけど、この症状は呪文で治す事が推奨されてなくて、魔法薬で治すのが確実。それでも半端なものを使うと痕が残ったりする」

その女生徒は酷い顔のまま、平然と解説する。

「この薬、ピンクの煙が出てるだろう?これが上手くできた証拠なんだってさ……」

サチャリッサが大鍋から瓶に移したその液体を、女生徒は一息に飲み干す。

 

「はい。サッちゃん考案の『おできを治す薬』。すごいだろう!」

 

あっという間に元通りのキレイな顔になった女生徒を見て、1年生たちは歓声を上げた。

「そういえばタグウッド先輩。一番最初に大鍋に入れてたアレ、何ですか?」

「『腫れ草』の膿よダンブルドアくん。膿単体でも濃度を調節すれば腫れ物の治療薬として使えるんだけど、効能にしても必要量にしても、ちゃんと薬にしたほうがいいわね」

そして、シャープ先生が1年生たちに言う。

「こちらのミス・タグウッドは、そのままでは酷い腫れ物を齎す『ブボチューバー』の膿から、腫れ物を治す効能を発見し、それを活用した魔法薬のレシピを確立した事で昨年ホグワーツ薬草学賞を受賞した。諸君らも臆さず取り組めばミス・タグウッドに並べるかもしれない………どうかね?君たちは、まだナマケモノの脳やフグの目玉が怖いかね?」

 

その場に集う7人の1年生たちの目からは、いつの間にやら不安げな色は消えていた。

そして「特別追加教室」は最後に皆でブドウを食して終了し、足取り軽く魔法薬学の教室を後にするへスパー・スターキーに、アミット・タッカーが背後から声をかける。

「どうだったへスパー?僕は上手く『先生役』をやれてたかい?」

「あのねあのね、アミくん、私ね、がんばる!だってアミくんも、ドアくんもギャレスも、すっごく楽しそうだったんだもの!私もあんなふうになりたいって思ったの!だからがんばる!」

アミット・タッカーはそれを聞いて、嬉しそうに笑う。先生方が生徒のために、時に信じられないほど献身的に振る舞う理由を、教師という職の醍醐味を体感した気がしたから。

 

「それでねアミくん。天文学の宿題の事で訊きたいことがあるの―」

 

この子はすごい魔法使いになるのではないかと、アミットはなんとなく思っていた。

 

 





へスパー・スターキー
 1881年生まれ(アルバス・ダンブルドアと同い年)1973年没。
 「月の満ち欠けが魔法薬作りに齎す影響」という魔法薬学と天文学に跨る研究で
 魔法史に名を残した魔法薬研究者兼天文学者。
 カエルチョコレートのカードにもなった。(ここまで公式設定)
 ホグワーツに通っていたのかは定かではないが、私の妄想の中では
 レイブンクロー生。
 
 なにせ公式設定だけだとダンブルドアの同級生がまるで足りないから。
 「ダンブルドアと同じ年にホグワーツに入学した」とハッキリしているのが
 エルファイアス・ドージ1人しか居ないんだ。

おできを治す薬
 ハリー・ポッター達の時代には「1年生がまず習う薬」という立ち位置を
 確立している、「魔法薬の入門編」として魔法族なら誰でも知ってる薬。
 ホグレガ本編に登場する中で最も偉大とすら言えるのがサチャリッサなんだ。
 彼女が薬効を発見した「ブボチューバーの膿」も
 後にスプラウト先生が授業で扱っている。

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