2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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33.心安らかに

 グリンゴッツ銀行から戻ってきた7年生の女生徒は、出迎えに来てくれていた皆と一緒に森を出てホグワーツ城内へと辿り着いた瞬間に、最優先の約束を思い出して大いに焦る。

「……僕から頼んだのに。ごめんねオミニス」

「気にするなよ。ビンズ先生の事だから、いつものとおりに『今日中』ってのは『消灯時間まで』のはずだ。今日の授業は今からの魔法生物学で終わりで、その後は夕食。まだ時間はあるよ」

「ごめんねぇ……お昼に魔法史の宿題の事オミニスに頼んだ時、グリンゴッツに行くのが今日だって、忘れちゃってたんだよね僕……」

 自分が大好きな友人たちとの約束を反故にするというのは、その7年生の道徳観の中で、最も許されない行いの1つだった。しかし頼まれて約束した時間に待っていたら待ちぼうけをくらった当の本人である筈の、被害者の筈のオミニスは、一切気にしていない様子で笑う。

「それ、それさ。俺も忘れてたんだよね。何日か前にきみから聴いたのに」

「オミニス~……」

 人一倍優しい友人の気遣いが心に刺さり、その7年生の女生徒はアッサリと泣きそうになる。

 しかしその瞬間に、当のオミニスが話題を変えた。

 

「ね、次の魔法生物学。何やるんだろうな?」

 それはもうすぐ分かる事とは言え、予想してはいけないという事はない。

「お前、今回は―」

「どの子も『貸してほしい』って、言われてないよ」

 セバスチャンが何を訊きたいのかを察した女生徒が先回りして答える。この7年生が様々な魔法生物を、飼育には特別な許可が必要だと定められているものや飼育と繁殖が全面禁止されている種類の生物も含めて数多く飼っている関係で、魔法生物学のホーウィン先生に「授業で取り扱うので」と協力を求められることがよくあるのだ。

 

「じゃ、お前が飼ってないやつって事になるか?」

「たぶんね」

 

 マルフォイの言葉にぼんやりとした肯定で返した女生徒に、ダンブルドア少年が質問を投げる。

「先輩が飼育『なさっていない』魔法生物って、どんなのが居るんですか?」

「あ、それ私も気になる」「わたしも!」と、1年生と4年生のハッフルパフの姉妹が反応した。

 その質問に、女生徒は数秒唸って脳内に列挙してからゆっくりと答える。

「んー?飼ってないやつかぁ。まずワンパスキャットでしょ、あとアルバスとポピーちゃんでしょ。それにポピーちゃんのおばあちゃんでしょ。あとスニジェットでしょ。あとスナリーガスターとグリンデローとリーエムとセバスチャンとねぇ―」

 そこで、このままでは先輩は自らが飼育していない全ての生き物を無限に羅列し続けると察したダンブルドア少年が、自分の思う「先輩が飼っているか否か怪しいライン」の生き物の名前を試しに1つ挙げた。

 

「レウクロッタとかは飼ってらっしゃいますか?」

「居るよぉカトリンが」

 

 ダンブルドア少年が質問を投げたのをきっかけに、周囲の皆も続く。

「ユニコーンとかは?お話の中だけじゃなくて、ほんとに居るんだって聞いたの!」

「居るよ。今度見るかい?」

「ほんとう?!いいの?」

 女の子は目を輝かせる。

「三頭犬は飼ってます?」

「居ないねえ。見せてもらった事ならあるけど」

「私と一緒に行ったんだよ!6年生になる前の夏休みに!」

 ポピーが1年と少し前を思い出して嬉しそうに言う。

「狂った殺人カピバラは?」

「居るよぉ。今度餌やりとかしてみるかい?」

 適当に思いついた単語を並べただけの生き物が実在すると即答されて、ハッフルパフの4年生の女子は目を白黒させている。

「それってあの、怒らせると異常に凶暴になるっていうやたらでっかい齧歯類ですよね?南アメリカ原産の。あんなの飼ってていいんですか?」

 ダンブルドア少年の問いかけに、女生徒は「違法だよ!」と言って嬉しそうにしている。

 

「キメラは飼ってます?」

「居るよぉ『根っこ』が」

「……なんですその名前」

 

 ダンブルドア少年に訊き返されて、女生徒は「そういやアルバスは知らないか」と笑う。

「ガーリック先生が名前つけてくれたんだよ。それも10分くらいじっくり悩んでね」

「ほかにもいるの?ガーリック先生が名前つけてくれた子!」

 ハッフルパフの1年生の女の子に訊かれて、その女生徒も、事情をよく知るセバスチャンも、ギャレスとポピーも笑った。そんな様子を見ながら、ローネン先生も笑っている。

「パフスケインの『肥料』がこの間子供産んだよね」

「子供の名前は『フィッツジェラルド』に決めました。拍手!」

 女生徒の言葉を聴いて、ハッフルパフの1年生の女の子が楽しそうに拍手をする。

「エルンペントの『地下茎』も居るよな。あのやたらめったら走るのが好きな」

 セバスチャンが女生徒に言う。

「アイツご飯の時と寝る時以外ずっと走ってるんだよね。イメルダとめっちゃ仲良しなの」

 その「イメルダ」がスリザリン寮クィディッチチームのキャプテンではなく、ひたむきな彼女から名前を貰ったオスのエルンペントだと、7年生たちは皆知っていた。

「ガーリック先生、ルーンスプールの赤ちゃんに『葉っぱ』って名前つけようとして、ミラベルに反対されてたよな。で、結局エリエザーと俺が割って入って『アスフォデル』に落ち着いた」

 オミニス・ゴーントが微笑みながら去年の話をすると、それに1年生と4年生のハッフルパフ生の姉妹が喰い付いた。

「『ミラベル』と『エリエザー』も魔法生物なのよね?会話ができる魔法生物?」

「ホーンド・サーペントだよ。ミラベルは君たち、見たこと有るはずだよ。ほらこの前の、僕らが先生たちとクィディッチピッチで戦った時の――」

「あの時の、見えたり見えなくなったりしてたおっきいヘビさん?」

 そう言った女の子は、横を歩くオミニスの目を見たまま瞬きもしなくなる。

「……おいどうした」

 まんまるの目を更に丸く大きく見開いたままオミニスをじっと見つめている女の子に、シマヅ少年が声をかける。しかし反応は無く。そのまま30秒以上頭だけ横に向けたまま歩き続けた女の子を見るに見かねて4年生の姉が注意する。

「ちょっとどうしたの。前見なさい。転ぶわよ」

 姉がそう言い終わるより先にその女の子は案の定すっ転び、痛そうな音と共に顔から床に倒れる。しかし、周囲の誰が声をかけるより早くムクリと起き上がったその女の子は、そのまま凄い勢いでオミニスに正面から抱きついた。

 

「おにーちゃん、動物さんとお話できるの?!!!」

 転んだ拍子にどこか切ったらしく鼻血を流しているハッフルパフの女の子は、抑えきれない好奇心をその表情と嬉しそうな声色から爆発させて、煌めく視線をオミニスに注ぐ。

「ちょっと違う。蛇だけだよ。俺はパーセルマウスだからね」

「ぱーせるまーす……?」

 未知の単語を処理しきれていない妹が宇宙と遭遇しているのを察して、その女の子の4年生の姉はいつだったかの魔法史の授業を思い出して横から助け舟を出す。

「『パーセルマウス』。ヘビの言葉を話せる人の事をそう言うの」

 それを聞いた女の子は、ますますその目を輝かせる。女の子の表情はオミニスには見えないものの、自分の手を強く握っているこの子が今どんな顔をしているのかは、それこそまるで見えているかのように解った。

 

「おにーちゃんヘビさんなの??」

「……さあ………?どうだろうね?」

 

 冗談めかしてそう言ったオミニスはしかし、一概に「違う」とは言い切れないのではないかとも思っていた。兄たち、父と母、コルヴィナス、ゴームレイス……そしてサラザール・スリザリン。これはもう蛇の群れだろうと、オミニスは思っていた。即ち、そこから生まれた自分も。

 

「オミニス蛇っぽいもんね」

 

 そう言ったのは、先日数年ぶりに復学して5年生から学び直しているアン・サロウだった。

「……それは、どういう意味かな。アン」

 自分もあの蛇の群れの一員なのだと思っては居ても、他ならぬアンにそう言われるのはちょっとショックだったオミニスだが、当のアンの見解は、オミニスが思っているのとは違った。

「肌スベスベだし、顔キレイだし。談話室がちょっと寒いとオミニス動かなくなるし」

「それに優しいもんね」

「それも誰よりな」

 首席の女生徒がセバスチャンと共に賛同したのを聞いて、そこで漸くオミニスは自分が褒められている事に気付いた。

 

「ねえねえおにーちゃん、ヘビさんの言葉なにか喋って!」

「こら、失礼でしょ!」

〈気にしないで。別に減るもんじゃないし〉

 

 その空気漏れのようにも聞こえるシューシューという音が、かつてパパとママに連れて行ってもらったシェーンブルン動物園で見たでっかいヘビの「鳴き声らしきもの」によく似ている事に気付いて、そのハッフルパフ生の姉妹は2人そろって目を輝かせた。

 

「なにそれなにそれもっとやって!もっと喋ってみて!」

「今のがパーセルタングなんですか?!すごいすごい初めて聴いた!」

 

 もう4年生になったのだから、そして何より妹が入学してきたのだからと頑張って「落ち着き」というやつを身に着けようとしているその4年生の女子生徒は、しかしまだ道半ばだった。

 

〈そっくりだねえ君たち〉

「なんて言ったの?ねえなんて言ったの?」

「シュー……シュシュー……」

 

 聞こえたままを真似しているつもりらしい女の子が口から発した意味など無いはずの空気漏れの音が、オミニスの耳には褒め言葉のように聞こえた。

 パーセルタングを披露してこんなにも喜んで貰えたのは、オミニスにとって2回めだった。

(アンとセバスチャンは驚きが先に来てたし、マルフォイたちは何かコソコソ話してたしな)

 自分たちが1年生になったばかりの時の事を思い出したオミニス・ゴーントは、そのまま一昨年の思い出に手を伸ばした。

 

 それは、「スリザリンの書斎」を発見した時の事。

 

「こんなところ、早く出よう。長居したい気分じゃない」

「同感。正直興味深いものだらけだけどさ、これ、スリザリンはここでホントにリラックスできたのかな?できてたんだとしたら、ちょっと仲良くはなれないって気がするんだけど―」

「なんでだよ?すごい場所じゃないか!ここは闇の魔術の知識の宝庫だぞ!」

 高揚しているのが自分だけだということに、この時のセバスチャンは気付いていなかった。

 

「だって、これスリザリン本人の顔でしょ??普通自分だけの部屋にさ。飾る?自分の顔???」

「………それはまあ、まあ確かにな……。僕だって、僕の部屋に僕の顔の彫刻は飾らないな」

 

 オミニスは、2人が自分の背後で「スリザリン本人による呪文書」を読み込みながらプロテゴディアボリカがどうとかアバダケダブラがどうとか話しているのに注意を傾けつつ部屋を歩き回り、そのサラザール・スリザリン本人の顔を象った彫刻に杖を翳す。

 あなたは何故「純血だけ」なんて愚かな考えを持ってしまったのですかと仮に訊けても、自分とスリザリンとでは話は平行線で得られるものも無いのだろうと、オミニスは考えていた。

 

 そこに。

 

「うわ!何するんだ」

 

 音も振動も立てずにいきなり背後から抱きついてきた友人にオミニスは抗議するが、その「編入生」は、とてもとても嬉しそうだった。

「ねえオミニス、ホントに蛇語が喋れるんだね」

「そうだけど、それがどうした。ほぼ蛇語でしか会話しない家庭で育てば嫌でも覚えるよ」

 自分が蛇語を話せるのは生まれつきで血統故だと解った上で、オミニスはそう主張していた。

 

「それってさ、ヘビと友達になれるって事だよね?!ペットと飼い主なんて関係性じゃなく、ホントに友達になれるんだよね―」

 伯母の最後の瞬間を、何故死んでしまったのかを知ったばかりで、それを受け止めようと努力している最中なのにも拘らず、そしてそれを察してくれているだろうに、なのに激しく頬ずりしてきた編入生から逃げたら悲しむんだろうなと思って耐えるオミニスに、その編入生がこっそり囁きかけてきた思いもよらぬ発言は、今でもオミニスの耳にハッキリと残っていた。

 

「ね。僕も蛇語覚えたらさ。もっとオミニスと仲良くなれる?」

 

 それは、魔法界で育った者からはまず出ない発想だった。

 

 自分が生まれ持った「パーセルマウス」という能力についていくらか肯定的に考えられるようになった切っ掛けであるその時の事を思い出すとオミニスはいつでも、少し前向きな気分になれるのだった。それはもちろんあの時「編入生」にかけられた思いも寄らないその言葉が嬉しいものだったからというのも理由だったが、もうひとつ。それと一緒に思い起こすことになる5年生の時のセバスチャンとそれを取り巻く状況が、当時からは考えられないほど好転した現在の幸福さを再認識できるからでもあった。セバスチャンがあの年、あの時。ソロモンおじさんを殺していた可能性は充分にあるし、もしかしたらアンや、このもう1人の友人だってセバスチャンは手にかけていたかもしれないと、オミニスは今でも偶に想像してしまって肝を冷やすことがあるのだ。

(あの時のセバスチャンがソロモンおじさんに『アバダ・ケダブラ』を突発的に唱える事は充分考えられた。そしてアンは、もしかしたら咄嗟に体が動いてセバスチャンが放った死の呪いとソロモンおじさんの間に、その身を投げ出していたかもしれない。2人の性格と、ソロモンおじさんまで含めた3人のあの頃の精神状態を考えれば充分有り得た事だ。なのに俺は『あの時』なんで校長のところになんて―コイツがもしあの時セバスチャンを咄嗟に止めてくれてなかったら……)

 

 そのまま自責思考の深みにはまって行こうとしていたオミニスの意識を、1人の純真な後輩の鈴を転がすような声が現在へと引き戻す。

「オミニス先輩。『蛇語は闇の魔術と結びつけて考えられる事が多い』って、魔法史のノートに書いてあったんだけれど、本当?オミニス先輩は全然そんな感じしないのに」

 魔法史の授業中はとても眠かったので自分がそう記入した時の記憶は無いハッフルパフの4年生の女子がそう訊いた、その恐る恐るといった声色からは「そんな事を訊いていいのか」と大いに悩んだのがオミニスでなくとも感じられた。

 

「本当だよ。俺の家族はみんな蛇語話せる、というかむしろ殆ど蛇語でしか話そうとしないんだけど。まあ………君たちを引き合わせたくはないね。あの人達は君たち姉妹のことを躊躇い無く殺そうとするだろうし……ノクチュア叔母さんだけなんだよな。正気だったの。だから、『蛇語』ソレそのものはあくまでも単なる言語の1つでしかないけど、他ならぬサラザール・スリザリンが蛇語話者であった事と、その直系の子孫であるウチの家系の人たちの、なんていうか心の有り様とそこからくる振る舞いを考えると、蛇語が闇の魔術と『結びつけて考えられる』っていうのは、事実を正確に捉えているあ痛い痛い痛い何するんだ!」

 

 そこで唐突に左右から頬を抓られて、オミニスはたまらず抗議の声を上げた。

「まーた『そこ』に自分も含めてるだろ、オミニス」

「オミニスの家族はノクチュアさんと、私とセバスチャンとソロモンおじさん」

 アンとセバスチャンに尚も頬を抓られながら、「そうだな。ごめん」と呟いたオミニスは笑顔になるが、そこにさらに手が伸びてくる。

「僕と、ホグワーツのみんなも入れてよね。ここだって君の家だろうオミニス」

 肩に置かれたその手を伝って、一匹の蛇が自分の首周りに移動して来たのをオミニスは感じた。

 

〈やあ、ヘンリー。ねえ変な事訊くんだけどさ。……俺は蛇かな?〉

〈なんだ。蛇になりたいのか?俺たちは火が通った肉を消化できないからお前、鴨のローストもステーキ肉も、他にも色々と金輪際喰えなくなるけどそれでもいいのか?ウチのバカがいつも食べてる菓子類だって俺は喰えないんだぞ?〉

〈あっ、それは困る〉

〈だろう?お前は人間だよ。それもトクベツに良い人間だ〉

 

 割と真剣に思い悩んでいたのに、このサハラツノクサリヘビにあっさりと説得されてしまった自分がとても滑稽に思えて、オミニスは笑い声を抑えられなくなった。

 

「え、何??僕今の早口過ぎて全然聞き取れなかったんだけど!何言ったんだいヘンリー?!」

〈俺とコイツの内緒だ。それは〉

〈教えて!〉

〈………。〉

 

 断りすらせず無視してきたサハラツノクサリヘビのヘンリーに、その女生徒が頬を膨らませて抗議しているのを見て、姉妹も、ダンブルドア少年も気付いた。

「え、先輩も蛇語話せるんですか??」

「おねーちゃんすごーい!!」

「簡単な単語だけね。長文の聴き取りはまだ全然無理。コイツも他の子たちも、僕と話す時はちょっとゆっくり喋ってくれるんだ。……優しいんだよ、皆。それこそオミニスみたいに」

 

 尚も爽快な笑い声を上げ続けるオミニスを、アンもセバスチャンも呆気に取られて眺めていた。

 そして魔法生物学の授業が行われる屋外教室まで、授業に参加しないはずの1年生と4年生の姉妹や3年生のシマヅ少年、1年生のダンブルドア少年とエルファイアスそして呪文学教授のローネン先生などなども含めた全員でやってきてしまった一行を、ホーウィン先生が迎える。

 

「おや、随分嬉しそうですねミスター・ゴーント。何かあったんですか?」

「……つまんないことで考えすぎていた自分がバカらしくなっただけです。先生」

「それは良かったですね。ところでローネン先生。それに皆さん。よければこのまま7年生の授業を見学していきませんか?今回は『ちょっと特別』ですからね」

 

 ハッフルパフ生の姉妹はその提案に歓喜し、エルファイアスは困惑し、ダンブルドア少年は一体なにをやるのだろうと思考を巡らせる。

「ええ、是非に」

 そんな生徒たちの代わりに、ローネン先生が答えた。

 

 やがて、その授業を受ける他の7年生達も続々と集まり始める。

「おや、今日はまた随分賑やかだね……こんにちはホーウィン先生」

「こんにちはミス・オナイ」

「こんにちはホーウィン先生……あらポピー。面白いもの咥えてるわね、似合ってるじゃない」

「あっ、えっ、あっ。………見ないでサチャリッサ……」

「まだ外しちゃダメだよポピーちゃん」

「はい………」

 

「さて。本日こちらの方に特別講師を務めていただくに当たって、提示された条件があります……ご本人と、ブラック校長との意見が一致しました」

 ホーウィン先生のその言葉を合図に、その場に集う皆の前に件の「特別講師」が、ルース・シンガー巡査によって連行されてきた。

 

「こんな形で、ホグワーツに来ることになるとはな……思っていたより盛況だな」

 その男性が手枷を着けているのは本人の希望だということに、一部の7年生はすぐに気づいた。

「さあみなさん。こちらはミスター・ベルビー。本日は「ベルビー先生」とお呼びしましょう」

 ホーウィン先生に促されるまま、「こんにちはベルビー先生」と声を揃えた一同の中、勘の良い数人の生徒は既に、今日の授業の主題が何かということに勘付いていた。

 

「こんにちは。ホグワーツの生徒たち。早速本題に入ろうか………私は、ウェアウルフだ」

 

 ポピー・スウィーティングが息を飲んだ。

「さて早速だが、質問をしたい。ウェアウルフについて、どのくらい知っている?」

「……はい。手を挙げるのが早かったですねミスター・ダンブルドア。どうぞ?」

 指名されてから「これは7年生の皆さんの授業で自分はあくまでも見学させてもらってるだけ」という事を思い出したらしいダンブルドア少年はキョロキョロと挙動不審になり、そのまんまるの頬をエルファイアスと7年生の女生徒に左右から突っつかれている。

「やめっ、やめてくださ、やめてよぅエルファイアス」

 すぐにやめてくれたエルファイアスと全然やめてくれない先輩の、その優しさの種類の差を実感しながらダンブルドア少年は7年生たちから視線を注がれているのを意識しすぎないように、大きく深呼吸をしてホーウィン先生を見、落ち着いてから改めて口を開いた。

 

「ウェアウルフは、人間です」

 

 ダンブルドア少年がまず断定的にそう言った事で、手枷を着けてもらったまま座っているミスター・ベルビーの目の色が変わった。

 

「ただ、満月の夜に、狼の姿に―もしくは『狼のような姿』に―変身します。変身している間は普段の人間関係を覚えておらず、我が子でも親や兄弟でも、友人でも恋人でも関係なく襲ってしまいます。夜明けと共に変身は解けますが、変身している間の事は全てハッキリと思い出せます。そしてウェアウルフに噛まれた人間は、新たなウェアウルフになりまふ」

 また頬を突っついてきた先輩を睨むダンブルドア少年のすぐ横で、妹と並んで立っているハッフルパフの4年生の女子が挙手していた。

「どうぞ?遠慮せずに」

 ホーウィン先生は発言を促す。

 

「あ、ありがとうございます。あの、私と妹はマグル生まれで、ホグワーツに入学するまで魔法界の事なんてなんにも知らなかったんですけど……それでもウェアウルフとか、ユニコーンとかドラゴンとかは本で読んだ事がありましたし、魔法界の事は知らなくても『こういうのが居るんだ』ってちっちゃい頃は思ってました。………これは、あの、なんでしたっけ国際魔法使い秘密、じゃないや『機密保持法』!の、違反には当てはまらないんですか?私と妹が物語で読んだ『設定』とダンブルドアくんが今語った『事実』とが、ほとんど違わないのは」

 

 ホーウィン先生は、その場に集った皆の内、本来の受講者である7年生たちに問いかける。

「さて。今の質問に、私の代わりに答えてくれる人は居ますか?」

 その7年生たちは全員の手が上がったりはしないものの、アミット・タッカーやマルフォイ、それにポピーやナツァイなど、「答えが解っていながら解答権を譲っている」者が多く居るのがダンブルドア少年にもホーウィン先生にも、そしてウェアウルフの話をするために来た今回限りの特別講師ミスター・ベルビーにも判った。

「ではミスター・ゴーント」

 ホーウィン先生が呼んだそのファミリーネームを聴いて、ベルビー先生が驚いたらしいのが7年生たちには察せた。

 

「ドラゴン、ユニコーン、人魚、そしてウェアウルフなど、マグル社会にもその名が伝わっている魔法生物は多く居ます。魔法生物以外にもケンタウルスや、他ならぬ俺たち『魔法使い』もそうです。しかしこれらは、名こそ知られておれども『架空のもの』という認識がマグル社会の一般的見解としては、されています。つまりこの一線さえ守られているならば魔法省ならびに国際魔法使い連盟としては『最善ではないものの許容範囲内』で、幾つかの事例に関しては由々しき事態ではあっても、今の所魔法界をマグル社会から遠ざける事ができている、という判断になるのだと俺は考えます。現にマグルはこれらの生き物について、今のところは特に『もっと厳しく管理をしろ』などと騒ぎ立てていません……そもそも居ないと思っているのですから当然ですが」

 

「素晴らしいですね、ミスター・ゴーント。スリザリンに3点。そう『由々しき事ではあれど』今のところは秩序が保たれている。マグルたちはドラゴンやウェアウルフが、そして魔法族が実在するとは信じていない。仮に『居る』と主張する者が現れても『ちょっと飲みすぎたのだろう』と思われるのが精々でしょう……そしてだからこそ私達は『国際魔法使い機密保持法』を遵守しなければならないのです。これ以上の情報漏洩は避けなければいけません。お互いの平穏の為に」

 ホーウィン先生がそう言いながら真っ直ぐ自分を見ている事に気づいた7年生の女生徒はすぐ隣のダンブルドア少年くらいにしか聞こえない声量で「ウィンストンくんは大丈夫だもん……」等とブツブツ呟いて頬を膨らませる。

「しかしウェアウルフに関しては、『もっと厳しく管理をしろ』どころか『駆除しろ』とまで主張する者たちが居ます。他ならぬ、私たち魔法族です。だからこそ今回、こちらのベルビー先生にお越しいただいたのです。……皆さんに、ウェアウルフというものを正しく知ってもらう為に」

 

 その場の皆に見つめられながら、ミスター・ベルビーはゆっくりと口を開く。

「ウェアウルフは、ライカンスロープは感染症だ。ただし感染する条件は『変身しているウェアウルフに噛まれて傷を負う』と、かなり限定的だ。更に言うと私の例から考えるに、たとえウェアウルフの親から生まれようが、必ずその子供がウェアウルフとして生を受けるというわけではない。私は祖母に『噛まれて』感染したのでね……祖母の子、つまり私の父はウェアウルフではなかった。これが必ずなのか、父の身に何か奇跡が起きたのか、それとも単に多少運が良かっただけなのかはわからないが。そして、今君たちがそうであるように、ウェアウルフと会話しようが交流しようが感染しない。もう一度言わせてもらうが『変身したウェアウルフに噛まれる』事だけが唯一、感染するとハッキリしている条件なんだ。ウェアウルフは、満月の夜以外は、ウェアウルフでない人間と何も変わりはしないんだ。これだけは知っていてほしい」

 

 そこで、純血家系出身のスリザリン生マルフォイが手を挙げる。その目は「嫌われ役は僕がやる」とでも言っているようだった。

「どうぞ。なんでも訊いてほしい」

 ミスター・ベルビーは発言を促す。

「では、ベルビー先生。アンタは『ウェアウルフは危険ではない』と言いたいのか?必要以上に迫害しないでくれ、過剰に忌避しないでくれという主張は理解できるが、世間一般の認識である『隙を見せたらいつ本性を現すかわからない』という見解は、まるっきり誤解だと?」

 ミスター・ベルビーは、怒鳴り返しても別に誰も咎めないだろうその質問に、大きく息を吐き出してから丁寧に解答した。

 

「いや。居る。そういう奴は、居る。皮肉なことに世間一般の『誤解』と、『そういう奴ら』の主張は同じなんだ。『ウェアウルフは人間ではない』と本気で信じている奴らだ。それだけならまだいい。見解の相違ってやつの範疇だ、好きにすればいい。それで尊厳を保てて、生きる気力を最低限得られるならな。ただ、中には『俺たちは人を獲物にする権利がある』とか『自分たちが人を襲うのは野生の狼が兎を襲うのと同じで罪ではない』とか本気で考えている奴がたまーに居るんだ。自分たちは狼人間という種族であり人間を狩るのはそれが自然な在り方だからだ、と」

 そこで「アンタがそうじゃない証拠は有るのか?」とマルフォイが問い、それにミスター・ベルビーは「無い」と即答する。

「けどな。そうじゃない奴も確かに居るんだ。毎月、満月が近づく度に『どうすれば誰も傷つけずに済むか』って必死で考えてできるだけの対策を施しても、今度の夜明けには誰かを引き裂いた後なんじゃないかって想像しちまう奴がな………なのに、死ぬのも嫌なんだ。それに―」

 ミスター・ベルビーは、マルフォイを真っ直ぐに見る。

「――『俺たちウェアウルフは人を獲物にする権利がある』って本気で信じてるような奴が、ウェアウルフでさえなければ善良で穏やかな奴で在れた筈だと、そう、思うか?」

「……確かにな。そんな奴はたとえ狼人間でなかったとしても、どうせ人殺しだっただろう」

 マルフォイのその返事は、どうやらミスター・ベルビーの見解とも合致しているらしかった。

 

「そう。危ない奴ってのは元々居る。それがたまたまウェアウルフになってしまうと、むしろ満月の夜にできるだけ確実に被害を、とか綿密にやるケダモノが生まれてしまうだけで、自分がウェアウルフで在る事にもがき苦しんでる奴も多く居て、そういう奴には『普通に生きる権利』があるって事を忘れないでほしいんだ………それと同時に、普段どんなに優しい奴でも、変身している間は恋人だろうが我が子だろうが獲物にしか見えないって事も知っといてほしい。親だからって、恋人だからって、親友だからって、変身したウェアウルフに『説得』は何の意味も無いんだ。選択肢は『殺す』か『逃げる』かの2択なんだ」

 

 ミスター・ベルビーはそこで一旦話を切り、ホーウィン先生が授業を先に進める。

「では、皆さんベルビー先生に何か、訊きたい事はありますか?」

 今度は一斉に手が挙がり、その中からミスター・ベルビーは賢そうで善良そうなレイブンクローの男子生徒を指定した。

「アミット・タッカーと言います。宜しくお願いします。あの、ベルビー先生。変身する時というのはどんな感覚ですか。それと、変身するまでは、なんともないのですか?満月の日は朝から体調が悪いとかそういう事は無いのですか?」

「良い質問だ。人狼症というものに内包される邪悪な魔法に依る影響なのかはわからんが、満月の日が迫ってくると、1週間前くらいからだな。憂鬱になり、普段より怒りっぽくなり、体調も悪くなる。これは私に限った話ではないという事が、嘗てたまたま会ったウェアウルフとの交流から判明している。そしてもちろん『もうすぐ満月だ、アイツは怒りっぽいな、つまりウェアウルフだ』という短絡的な判断は酷い結果を招くという事も忘れないでほしい。ソイツがウェアウルフでなければ君はただの人殺しだし、本当にウェアウルフだったとしても、人を襲うのが大好きだとは限らないんだから……それと変身する時の感覚だが、まあ『酷い苦痛を伴う』とだけ言っておこうか。あの痛みを文章で表現できるほど私は詩的でも知的でもない」

 何人もの生徒たちがその発言を一斉にメモを取り、数人は難しい顔をして脳に刻み込んでいる。

 そしてミスター・ベルビーは「他には?」と問いかけ、また一斉に手が挙がる。

 その中から指名されたスリザリンの女子生徒は数秒、間を開けてから訊いた。

「グレース・ピンチ・スメドリーです。あの、今アナタに噛まれたら、何か影響はありますか?」

「ある。……これも個人的な経験からの解答になるが。祖母が、あるとき祖父、つまり自分の夫と激しく喧嘩をして、その腕に噛み付いた事がある。その日以来祖父は、それまで頑として菜食主義を貫いていたのが肉も普通に食べるようになった。曰く『急に美味そうに見え始めた』そうだ。しかし祖父の身に起きた変化はそれだけで、満月の夜には相変わらず祖母、つまり自分の妻の遠吠えを聞きながら酒を飲んでいた。つまりこのことから考えるに、『変身していないウェアウルフ』に噛まれてもウェアウルフにはならないが『何らか狼のような性質を獲得する』のだと考えられる」

 

 ずっと静かにしていた女生徒が急にミスター・ベルビーに杖を向けた事で、皆が騒然とし始める。しかし当のミスター・ベルビーは、至って落ち着いた様子だった。

「どうぞ。好きにしてくれてい―」

「プロテゴ・ディアボリカ」

 ミスター・ベルビーの全身が青い炎に包まれても、皆誰一人動けない。こういう時、割って入ってこの女生徒の邪魔などしようものなら大変な事になると、その場の多くの人間が理解していた。

 

「すいません。僕、臆病なのに開心術そんなに特別得意じゃないんです。だからこうでもしないと『万が一』の可能性を排除できなかった。アナタがまだ生きている事が、アナタの心のどこにも僕や僕の友達みんなを攻撃する意思は全く無いと証明しています。失礼しました」

「構わない。知らない呪文だが、きっと難しいのだろうな。凄いな君は」

 

「……ベルビーさん、死にたいですか?」

「どちらとも、自信を持っては答えられない」

 女生徒は杖を向けたまま、ミスター・ベルビーに質問を続ける。

「この後はどちらへ?」

「安心して眠れるところへ。有り難いことに魔法法執行部が許可してくれたんだ」

 それを聴いた女生徒は恐ろしい敏速さで杖を振るい、「プロテゴ・ディアボリカ」の青い炎が嘘のように消えた代わりに、激しいオレンジ色の炎が素早く飛び退いたシンガー巡査とミスター・ベルビーを隔てた。その火はすぐにコウモリとネズミの群れを象って蠢き、じわじわと周囲の地面を焼き焦がしていく。

 

「アナタ、何を―」

 シンガー巡査の制止を、その女生徒は完全に無視する。

「ねえ、おっちゃん。僕んちに住みなよ。僕んちならおっちゃん、誰も傷つけずに済むよ」

「何を言い出すんだきみは。もし私が君や、君の友人たちを傷つけたら―」

 その途端に、ミスター・ベルビーの視界の中央が唐突に火を吹く。

 

「おっちゃんがそんな事するより先に、コイツらがおっちゃんを殺すから大丈夫だよ」

 

 そこに現れた巨大なマンティコアと、その尾の先の鋭利な毒針に止まって翼を広げた不死鳥が、まっすぐにミスター・ベルビーを見ていた。

「変身したおっちゃんが本気で暴れたって、このパーシバルには傷一つ付けられない。だろう?それともおっちゃんは、マンティコア3頭とグラップホーン1家族、それにキメラとドラゴンに囲まれててもまだ、誰かを傷付けられるのかい?それに、変身したウェアウルフって襲う相手が居ないと自分を傷付けるんだよね?で、この『襲う相手』、ってヒト限定なんだよね?」

「……そうだ。『獲物』と認識するのはヒトだけだ。他の動物などに対しては、少なくとも通常は、積極的には攻撃しようとしない。狩猟本能の対象外であり、嗜虐性の対象外だからだ」

「……変身したアニメーガスはどう?」

「少なくとも私は、変身し続けていてくれればその間は、積極的には攻撃せずに済むと思う」

それを聴いた女生徒は気軽に杖を振って悪霊の火を消し、スルリとワタリガラスに姿を変える。

 

「君は、どうやら。私が知っている誰よりも才能溢れているようだな……」

 知らない青い炎の呪文、飼いならされたマンティコア、不死鳥、悪霊の火、動物もどき。ミスター・ベルビーは心の底から感嘆していた。

「普段コイツらは『検知不可能拡大呪文』をかけたカバンの中に居る。そこには僕の家も何軒もあるから、そこに住めばいいよ。満月の前後1週間さえカバンの中に居てくれれば僕がお世話できるし、満月の夜も僕が変身して傍に居られるし、このパーシバルとかの強い強い子たちと一緒なら、おっちゃんも多少は心配事が減るだろう?ねえ。僕と住もうよおっちゃん」

 

 それはとても魅力的な提案で、この子なら本当に「安心できる」だろうと思えた。

 

「………ありがとう。きみがそう提案してくれた事は忘れない」

「そう。元気でね、おっちゃん」

 ダンブルドア少年は、そこで漸く理解した。ベルビー先生がどこに行くつもりなのかを。

「何も罪を犯していないのにアズカバンなんて!ダメですよそんなの!」

「……君は、賢い子だな。けれど私が安心して眠れる場所はあそこだけなんだ」

 

 授業が終わってミスター・ベルビーがシンガー巡査に連れられて行っても、城に戻るようホーウィン先生に促されても、皆いつまでも難しい顔をしていた。

 

 




 
狂った殺人カピバラ
 ハリーポッタートレーディングカードゲームなる商品に「Crazed Capybara(狂ったカピバラ)」が居るそうな。しかしトレーディングカードゲームを「公式設定」に含めていいのかは…… でもなんか「そういうのも居るやろ」の範疇に思えたので私の妄想の中では「居る」とします。
 普段はふつーのカピバラだけどキレるとヤバいんだ。

 この話、というか私の妄想の中でレガ主は5年生時、スリザリンの書斎に行った際セバスチャンと一緒に「スリザリンの呪文書」を見てそこに「プロテゴ・ディアボリカ」「悪霊の火」を発見し
「アバダ・ケダブラ」が話題に登り、後でやってみたらなんかどれも一発で成功した(才能マン)
でプロテゴ・ディアボリカと悪霊の火は「カッコよ!」ってなって超練習した。
 書きたい場面ともう書いてしまった場面から逆算して、ホグレガ本編との差異を最小限にしつつ矛盾しない展開はって考えるとこうなったんですよね。

ミスター・ベルビー
 公式設定において1980年代らへんのどっか(つまり100年くらい後)で脱狼薬(変身中も正気を保てる薬)を発明した人の名前が「フラビウス・ベルビー」。リーマス・ルーピンはこのニュースに歓喜したが調合がクソ難しい事、材料を揃えるのにそこそこの大金がかかる事を理解してすぐに意気消沈した。

ミラベル・ガーリック先生ネーミングセンス独特であれ。
にこにこしながら「決めたわ!この子の名前は『実』よ!」とか言ってほしい

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