2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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34.救いの手

夜中に実施される天文学の実技を除くその日の授業をすべて終えたホグワーツの生徒たちは、いつもの通りに各々の宿題やら追加課題やらに取り組んだり、あるいはそんなものはとっくに終わらせてあるので読書やおしゃべりを楽しんだりと、夕食の時間になるのを待ちながら皆、ある者は気の合う友人と賑やかに、またある者は気楽で貴重な独りきりの時間を思い思いに過ごしていた。

 

「オミニス先生お菓子食べていいですか」

「エッセイ書き終わったのかい?」

「まだですね………」

 

忸怩たる思いでマフィンに伸ばそうとしていた手を引っ込めた女生徒の書きかけのエッセイに、向かいに座るオミニスが杖を翳すその横から、純血家系出身の1年生ブルストロードが話しかける。

「それは何を……それで読めるのか、ゴーント」

「そうだよ。けど、できればファミリーネームで呼ばないでくれると嬉しいな」

言われて即なぜそんな事を頼むのか理解したブルストロードが「そうか、そうだなすまん」と謝るのを、隣のテーブルで何やら分厚い本を紐解いているアンとセバスチャンが見つめていた。

そんなスリザリンの談話室に集まっている7年生たちと、それにくっついてきた何人かの下級生、そしてたまたま居合わせたスリザリン生たちの多くが、同じ問題に挑んでいた。

「だーめだ。さっぱり理解できない。悪いがもう一度教えてくれフォーリー」

「アタシも!アタシにも教えて!」

読んでいた本から顔を上げたノットと、同じソファにくっついて座ってノットが読んでいる本を横から覗いていたレストレンジが揃って救援要請を出した、純血家系出身のレイブンクローの7年生にして毎年ホグワーツの7年生から男女1人ずつ選ばれる「首席」の片割れであるヘクター・フォーリーは、皆して仲良く悩まされているその問題を授業中に理解できた唯一の生徒だった。

「ね、ポピーちゃんたちはそれ、なにをしてるの?」

姉と一緒に7年生たちにスリザリンの談話室まで着いてきたハッフルパフの1年生の女の子が皆して本を読んだり置いて別の本を開いたり相談したり、何かに苦戦しているらしい7年生たちに訊く。

 

「今朝、変身術の授業で習った『人造生物の外見優位性原理』。ヘクター以外誰も理解できなかったから、皆で復習……というか一緒に考えてるの。マルフォーイ!わかんないー!」

 

なんだなんだどこがだとブツブツ言いながら一旦羽ペンを置いてまで来てくれた親切なマルフォイに、ポピーは自分が読み解こうとしていた本の、未知の単語が連なっていて全く意味が判らない部分の手助けを求める。

「ん?ああラテン語だなこれ。『Sutor, ne ultra crepidam』は直訳で『靴屋は靴を超えるな』。つまり『専門外の事に口を出すな』って意味の警句だ。大プリニウスの『博物誌』に曰く、かつてアペロスって画家が居て―」

マルフォイが語り始めた蘊蓄をポピーがうんうんと相槌を打ちつつ楽しそうに聞いている傍で、オミニスは向かいに座る女生徒の異変に気づいた。

 

「どうしたんだ、手が止まってるように聞こえるけど」

「今あたまの中に『特大プリプリニウス』が居座ってるからちょっとまってほしい」

 

集中力が限界らしいと呆れながらも理解して「ちょっと気分転換しようか」と提案したオミニスが席を立つ一方、訊いてもなんにもわかんなかったらしく立ち尽くしているハッフルパフの女の子に、姉である4年生の女子がクスクス笑いながら声をかけている。

「ちょっと、どうしちゃったの?」

「ゐぁえお……」

心が宇宙の彼方から戻って来るのにまだ少し時間がかかりそうな様子の妹の頬を、4年生の女子生徒はクスクス笑いながら指で摘んで軽く引っ張っていた。

「その子には、まだちょっと難しかったのかい?」

「そうみたい。……そう言うタッカー先輩はどうなの?」

「要旨だけ丸暗記したけど、『なんでそうなるのか』の細かい話はサッパリ」

そんなアミットを目ざとく見咎めたらしいヘクターが背後から近寄ってきて「丸暗記じゃダメだ」と容赦なく連行していく。

「許してほしいなヘクター……僕も集中力が限界なんだけどなー……」

珍しく音を上げるアミット・タッカーに、ヘクターは冷静な口調で告げる。

「嘘つけ。今ちゃんと理解しとかないと後で苦労するのはお前だぞ。中身を理解しない単なる丸暗記は推奨しかねる。君ならちゃんと理解できるからもうちょっと頑張れアミット」

 

「……なんで君はいつも僕の集中力の限界を正確に判断できちゃうんだいヘクター」

「友達だからだ」

「ヘクター……!」

 

そこでノットが「馬鹿な会話してないで説明の続きを聴かせてほしいんだが」とレイブンクローの優等生2人に声をかけ、ヘクター・フォーリーをアミットごと呼び戻した。

一方、レイブンクローのアンドリュー・ラーソンとグリフィンドールのリアンダー・プルウェット、そしてスリザリンのイメルダ・レイエスは、レイブンクローの3年生ゼノビア・ノークを駆り出して別角度から理解を深めようとしていた。

「ねえ、私まだその呪文習ってないから、きっと上手くできないわよ?」

「いいの。だからいいの。遠慮しないで……じゃ、ないわね。『協力してくれる?』」

イメルダに説得されて、ゼノビア・ノークはそっと杖を振る。

「サーペン、ソーティア!」

そして案の定、あるいは期待通りに、その「蛇召喚呪文」は失敗する。

 

「………なによぅ」

 

ゼノビアは自分を囲む3人の7年生を「ほら失敗しちゃったじゃない笑うなら笑いなさいよ」とでも言いたげな表情をしながら睨むが、当の7年生たちは呪文の結果に夢中だった。

「やっぱり、境目はくっきりハッキリ分かれるんだねぇ」

明るい緑色のヘビと暗い灰色のヘビの胴体を繋ぎ合わせたような双頭のヘビを、アンドリューとリアンダーが床にしゃがみこみ間近で観察している。

「そこもなの?」

「うん。『人造生物の外見優位性原理』で説明できる……らしいよヘクター曰く」

まだ理解しきっていないアンドリューは、イメルダの問いにぼんやりとした返答をする。

「ねえねえさっきから皆が言ってる『それ』なんなの?そろそろ説明してほしいんだけど」

「よくぞ聞いてくれました!」

「わあ!ちょっと何するのよ!」

背後から近寄ってきていた女生徒にいきなり抱き上げられてゼノビアは抗議の声を上げるが、その女生徒はそんな事気にしない。

 

「ヴィペラ・イヴァネスカ」

 

ゼノビアが呼び出しそこねた結果の産物である妙なカラーリングの双頭のヘビを跡形も無く消失させたのは、さっきまでゼノビアを抱っこしている女生徒の宿題を見ていたオミニスだった。

「ねぇゼノビアほっぺにチューしていい?」

「後で遊んであげるから降ろしなさい!」

「ゼノビアかわいいからやだ」

抗議も虚しくほっぺたを吸われているゼノビアに、オミニスは平然と説明を始める。

「変身術ってさ、難しいだろ?特に『何も無いところから生き物を喚び出す』種類のものは」

「まあ、そうね。私は見ての通りだし……」

「ほんの少し集中力が足りなかっただけで妙な結果になる。僕らが今朝習った『人造生物の外見優位性原理』は、その『妙な結果』がどのようにして起きるのか、そしてどのような結果が起こりうるのかを説明するものなんだ。……って事だけ丸暗記できた」

 

それが聞こえていたらしいヘクター・フォーリーから案の定「丸暗記じゃダメだぞー」と声がかかるものの、オミニスは聞こえないフリを決め込む。

「はい、気分転換はもう良いだろ。魔法史のエッセイ、提出期限迫ってるぞ」

「ウッス………」

オミニスの発言はどこも間違っていないと理解している女生徒は、気が進まないながらも元居たテーブルへと戻っていく。

「そろそろ離してほしいんだけど……あ痛、噛んだ!ねえオミニスこいつ噛むんだけど!」

ゼノビア・ノークを抱きかかえたまま。その頬に吸い付いたまま。

「痛い痛いくすぐったい!ねえ私いまもしかして食べられそうになってない?!」

「こら、そのへんでやめときなさい。ゼノビアは食べても美味しくないでしょ」

向こうのテーブルで皆と同じく変身術の自主学習に取り組むセバスチャンにちょっかいをかけていたアンが無言で女生徒に杖を向け、ゼノビアから引き離す。しかし。

 

「何よぅ、美味しいかもしれないじゃない!」

 

ゼノビアにしてみれば、美味しくないと決めつけられるのも、それはそれで心外だった。

「君はソイツに食べられたいのかいゼノビア?」

自分が何を言ったのかを言ってしまってから理解したらしく俄に赤くなり始めているゼノビアの煩悶とした声を聞きながら、そう言ってオミニスがクスクス笑っている。

 

一方その頃。グリフィンドールの談話室でも7年生たちが同じテーマで自主学習を始めていた。

「さて、我らが首席が2人ともスリザリンの奴らについてっちゃったのは痛いけど」

「私たちにはダンブルドアくんが居るわ」

ギャレス・ウィーズリーとサチャリッサ・タグウッドが、その場の皆の視線を集めている。

「ぼっ、僕なんかでよければ……1年生の僕が7年生の皆さんの助けになれるかはわかりませんが」

ギャレスから渡された大きくて分厚い本を抱えて、ダンブルドア少年は暖炉の傍のソファに座る。

 

「……さて、ダンブルドアくんが僕らのためにわざわざ『変身術の不慮を読み解く』を読み解いてくれてるんだから、その間に僕らは僕らで、ちゃんと検証しよう。理論は実践を支える土台だ、ってフィグ先生は嘗て仰ってたけど、難解な理論を解するのには実践が役立つとも言ってたからね」

 

ギャレスの意図を察したサチャリッサは、去年から仲良くなったその友人を探して視線を動かす。

 

「私達にはもうひとり、強い味方が居るわ……ほらナティそんな端っこに座ってないで!」

「だって私理論はあんまり……」などとモジモジ呻きながらも皆の前に出てきたナツァイ・オナイを、サチャリッサは急に静かになってその全身をまじまじと見つめだした。

「な、なに。私がどうかした?」

そうは言いつつもナツァイは、こういう時のサチャリッサが何を言うのかを経験から察していた。

だからこそ、心の準備が必要だった。

 

「ねえナティ貴女の足が見たいんだけどスカートをめくってもいいかしら?」

 

こういう時のサチャリッサの脳内からは「美容の研究」以外の一切が排除されているから。

「……あとで。あとでね?」

戸惑いつつも強く拒絶はできず困っているナツァイの横から、ギャレスがつかつかと歩み出る。

「こら、サチャリッサ。皆居るところでそんな事頼んじゃダメだろう?」

「あっ、あ。ごめんなさいギャレス……」

 

即座に落ち着きを取り戻したサチャリッサに「謝る相手は僕じゃないよね?」と諭しているギャレスを見ながら、ナツァイは内心呆れていた。

(どの口が言ってるのよ……)

普段はもっぱら叱られる側のギャレス・ウィーズリーは、いざ制止する側に回れば極めて優秀で、いつも騒がしい首席の7年生も、探求心に火が点いたら周りが見えなくなる傾向があるサチャリッサも、ギャレスは大きな声を出す事もなくあっという間に調伏してしまえるのだった。

(ギャレスお説教上手だよね。………同じ穴の狢だからかな?)

一瞬遅れてから「兄弟がたくさん居るからかな?妹居るから?」という思考に至ったナツァイは、最初の推察がかなり失礼だった事に気づいて少し慌てたものの、しかし反省はしない。

 

「あんたが悪いんだよ、ギャレス」

「えっ、……ごめんなさい?」

 

何故咎められたのか判らず、ギャレスは困ったようにナツァイを見つめ返すばかりだった。

そこで、ダンブルドア少年が読んでいた分厚い本『変身術の不慮を読み解く』をパタンと閉じる。

そして次の瞬間ダンブルドア少年が述べた感想に、その場の7年生たちは皆、度肝を抜かれた。

 

「確かに、ちょっとややこしいですねこれ」

 

「きみそれ本気で言ってる?『人造生物の外見優位性原理』が『ちょっと』ややこしい!?」

ちょっとどころか完全に理解不能だと言いたいルーカン・ブラトルビーは愕然としている。

 

まだ11歳で、ちょっと背の高い椅子に座ったら床に足がつかなかったアルバス・ダンブルドアは、この時生まれて初めて「授業」というものをした。

「えっと、まず先輩方『マーリンの公式』は覚えてます?」

 

ダンブルドア少年は、自分の学年の知識から始めることにしたらしかった。

「そりゃまあ勿論。変身術を何かに行使する時の難易度に関わる要素。『対象の重量』と、『凶暴さ』つまり『対象がどの程度変身術に抵抗するか』と『杖の力』まあ要するに魔法力と、あと集中力とかが、結果にどう影響を与えるかってアレだろ。1年生で最初に習うやつ」

ルーカンのその回答を、ミス・ブラウンを始めとする何人かの1年生は慌てて羊皮紙にメモしている中、7年生たちのみならず、その場の皆の視線がダンブルドア少年に注がれる。

 

「そう。それです。それでは……『エイビス』!」

ダンブルドア少年が杖を振って、至って気軽に黄色い小鳥を1羽喚び出したのを見て、5年生たちは周囲の先輩方よりも更に目を丸くして驚いている。昨年自分たちが変身術の授業でその呪文にどれだけ苦戦させられたかを思い出しているのだ。

「僕は今、『何を』鳥に変身させましたか?」

その質問に、クレシダ・ブルームが即答する。

 

「なんにも!」

 

「そうですね」とダンブルドア少年はその解答を受け入れた。

「天文学とか数占いとか、先輩方は授業で数式を扱う、言ってしまえば計算する事がありますよね?で、そういう時、計算した結果にしろ、その途中式にしろ『1/0』が登場したらやり直しますよね?だってそれはつまり、どっかで計算間違えてるって事だから」

サチャリッサ・タグウッドが頷いている横で、ギャレスは理解しているのかしていないのか、ただ嬉しそうに微笑んでいる。

 

「で、『エイビス』とかの『何も無いところから何かを出現させる』魔法をマーリンの公式に当てはめるなら、『重量無し』って事になります。マーリンの公式は普通『対象物が重ければ重いほど変身させるのは難しくなる』という文脈で用いられますが、あの式の、重量の部分に0を代入すると、先輩方が経験で知ってらっしゃる通り『それはそれでとても難しい』という結論を導き出せます。そしてこれが『物』であるならば、『凶暴さ』は通常0です。ここは少なければ少ないほど良い変数ですから、これが未知数に大きくなりうる『生き物』は、魔法で何も無いところから生み出すのがより難しい、と、ここまでなら1年生で習う知識だけで説明できます。そして皆さんが取り組んでいらっしゃる『人造生物の外見優位性原理』は『1/0』を定義付けし、それを更に展開して変数の範囲を求めるものです―」

 

半分も理解できていないながら「この説明を僕は覚えなければいけない」という事だけは直感して必死で羽ペンを走らせているルーカン・ブラトルビーの後ろのソファから、ネリー・オグスパイアが空中に杖で数式を書き始めたダンブルドア少年に「ごめん、今のところもっかいお願い!」と挙手して請願している時。生まれて初めて授業というものをしているダンブルドア少年は眼の前の空中に杖で書いた数式をスラスラと展開していきながら、「言動が失礼ではないか」「自分の説明に間違いは無いのか」などなどの不安が頭の中でぐるぐると蠢き、教えるのってどうやるのがいいんだろうかと必死に「一番身近な手本」を思い浮かべる。

しかしそれはウィーズリー先生でもなければヘキャット先生でもなく、それどころか他のどのホグワーツの教師でもなかった。

 

(先輩は、いつもどんなふうにやってたっけな……)

 

ダンブルドア少年はその先輩の事を、卒業したらすぐホグワーツの先生になるのだと無意識に思い込んでいた。先輩はその職業に誰より向いていると、そう信じていたから。

一方、当の本人は、未だ魔法史のエッセイに苦戦していた。

「ビンズが要求した長さは5メートルだ。きみのは8cm足りないぞ」

スリザリンの談話室で、オミニス・ゴーントが杖を羊皮紙に翳しながら告げる。

 

「ふんみゅ、むむみゅみゅもやー………」

 

自分の頭をガリガリと掻きながら天を仰いで声になっていない呻きを上げたその女生徒は、お願いして膝に座ってもらっているレイブンクローの3年生にさらなる頼み事をした。

「んむやあー!!……ゼノビア励まして!」

「まあ……『もうやだ!』って言いながらでも続けられるのはすごいと思うわ」

その言葉を魂で反芻した女生徒は、ゼノビア・ノークの頭部を両手で掴み、そして鼻をくっつけ思いっきり深呼吸した。

「ねえほんとになにしてるの?」

去年散々経験してとっくに慣れたと思っていたこの7年生、2年前初めて自分と友達になってくれた「親切な5年生」のスキンシップの頻繁さと激しさを久し振りに味わって、ゼノビア・ノークは「やっぱり嫌じゃないな」と再確認していた。

「ゼノビアかわいいからすき」

この女生徒が自分のことをいつも褒めてくれるのもその理由の一端なのかもしれなかったが、ゼノビア自身は、それだけではないような気もしていた。

 

「提出期限は刻一刻と迫ってるんだけど?」

「ッハイ、スイマセン」

 

オミニスにまたもや釘を刺されて、その女生徒は苦悶しながらも再び羊皮紙と、そこに自分が書いた文章と向き合う。せっかくここまで頑張ったのだから、文字のサイズを大きめに変更するなどの邪な方法ではなく、中身のある文章できちんと不足分を埋めたいと、この女生徒は考えていた。

「ねえ、さっきからずっとやってるその宿題は何?」

「人造生物の外見優位性原理」について自主学習している7年生たちの群れから抜け出て来てそう訊ねたのは、先日数年ぶりに復学して5年生から学び直しているアン・サロウだった。

「魔法史だよ。期限は今日まで。つまり厳密には『今日の消灯時間まで』コイツのいつものペースを考えると、夕食済ませてからやってたら間に合わないよね」

オミニスが答え、アンは更に訊く。

「で、何について書いてるの?」

「ボーマン・ライトと金のスニッチとスニジェット。あとクィディッチのルールの変遷」

自分の得意な分野であり、いざとなれば友人に意見を訊ける「魔法生物学」と「クィディッチ」を絡めたテーマにし、かつ数百年前を扱う事で「魔法史」だと言い張ろうというのが今回の女生徒の魂胆であるらしかった。

「あー、5cmなぁー。適当に埋めたくないなー。何か良い問題提起をしてくれないかなー」

露骨にキョロキョロしながら期待に満ちた目でポピーとイメルダを交互に見つめるその女生徒と、最初に目が合ったのはイメルダだった。

リアンダー共々、未だゼノビア・ノークに警戒心を持たれている事を理解しているイメルダは、過去の己の軽率で感情的な行いを反省しながら、大きく息を吐きだしてその友人の傍に寄る。

「………私まだアナタのこと、ちょっと嫌いなのよ」

「わかってるわよノーク」

一瞬間を開けて、イメルダはゼノビア・ノークに訊く。

 

「……じゃ、ソイツの事は?」

「………。」

 

フィッとそっぽを向いてしまったゼノビアの横顔を見つめて苦笑したイメルダは、ゼノビア・ノークを膝に座らせている友人の方に話しかけた。

「ねえ、アナタが今やってる事もそうだけどさ、『昔の事について調べて、考える』って時、今とはやり方が違うんだ、昔はこんなふうにやってたんだ。じゃあ昔のやり方を復活させてみよう!って試みが、されたりするじゃない?私一昨日レイブンクローの奴らと合同で、ブラッジャーを昔ながらの石製にして練習試合してみたのよ。……まあ案の定しばらくしたらバラバラになっちゃって、砂利の群れに追いかけ回される羽目になったけど……、けど一般的には、有効な手段じゃない?『もうやってない昔の方式を試してみる』のは。なんでやってないのかを体験として知る事ができるから」

イメルダが何を言いたいのかをそこで察したのは、ポピー・スウィーティングだった。

 

「金のスニッチではなくスニジェットを用いるという『昔ながらのスタイル』を試験的にでも復活させるべきでないのは何故か。ディリコールの話とかも絡められるんじゃない?これ」

 

アミットがヘクターの説明を書き留めているメモ用の羊皮紙の端に落書きしていたポピーが上半身だけこちらに向けてそう言った事で、ゼノビアを膝に乗せている女生徒は「残り5cmをどう埋めるか」の方針が纏まったようだった。

「…………絶滅の危機に瀕している生き物が保護される場合と、保護されない場合。その差はどこにあるのか。スニジェットが保護されたのは『見た目がかわいいから』なんじゃないのか?」

「『かわいい!絶滅してほしくない!』って庇護欲からでも、生き物を大切に扱う事は悪いことじゃない。私だってハイウィングを守りたかったのはあの子がかわいいからだし。でも―」

「野生の生き物ってのは、とてもとても複雑に、お互いに影響を与え合ってる。だからある一種を『軽率に守る』事は、僕らが気にもとめない他の種を脅かす事になるかもしれない」

それを言うならさ、と「サーペンソーティア」をわざと不完全に唱えるという器用な手段で「人造生物の外見優位性原理」に対する理解を深めようとしていたセバスチャンが口を開く。

 

「ヒトは生きてるだけでほかの生き物を脅かしてるだろ?危ないからってダグボッグとか駆除するし、肉を食べるし植物を収穫する。『生き物を保護しよう』っていうならさ。ヒトを駆除するのが一番手っ取り早いんじゃないか?それを試みる自分自身も含めて1人残らず」

とんでもない極論を述べたセバスチャンだったが、話には続きがあった。

「けど現実問題そんな事はできないし、するべきじゃない。当たり前の話だ。けどそうなると、『だったらこのまま他のあらゆる生き物を殺しまくりながら生きていくのを良しとするのか?』って話になる。肉を取るために生き物を殺す。家畜を守るために肉食獣を駆除する。自分の健康を保つために植物を収穫する。食べるために他の生き物を育てる。これは罪深いんじゃないか―」

そこでセバスチャンと、その意図を察した女生徒の声が重なる。

 

「「―そうだよ。そうして生きていくんだ」」

 

セバスチャンから引き継いで、長い羊皮紙に羽ペンを走らせながらその女生徒は喋る。

「僕らは僕らのために生き物を殺す。生きていくために殺す。自分本位の勝手な理由で殺す。自分の命を保つために、或いは単に娯楽で。勿論殺しすぎるべきじゃないし、可能な限り避けたいと思うのは自然な事だ。けど、他の生命を脅かさずに生きていける生き物は居ない。もし居るなら、それは単に他の生命を脅かしている事に気づいてないだけだ。だからこそ―」

女生徒は、とうとうそのエッセイを書き切り、結論を読み上げる。

「―僕らは僕ら自身の命を大切にしなきゃいけない。数多くの犠牲の上にあるのだから」

そして数秒沈黙した女生徒は、急にその表情を一変させてオミニスに問う。

 

「ねえこれすごく普通の結論になっちゃったんだけど大丈夫かなあ??」

 

しかしオミニスは「いいから早く提出しに行きなよ」と言ってクスクス笑うばかりだった。

 

やがて夕食の時間が迫り、一同は大広間へと移動を始める。

人魚像が噴水の周りを回る中央ホールで、スリザリンの談話室に居た面々と、グリフィンドールの談話室に居た面々が合流した。

 

「あ、先輩。魔法史の課題は済んだんですか?」

「やあアルバス。うん。ビンズ先生褒めてくれたよ」

 

また何やら大きくて分厚い本を抱えているダンブルドア少年に、女生徒は問う。

「それ、何の本だい?」

「狼人間です。魔法省に残っている過去の記録を一人ひとり集積したものです」

「やっぱり、アルバスもまだ気になるかい?……ベルビーさんの事」

「はい。あの人は狼人間であるだけで、何の罪も犯していない。シンガー巡査にも伺いましたが、ベルビーさんは誰も傷つけた事など無いそうです。なのに、狼人間だってだけで―」

 

―あれほどまでに人生が閉ざされるのか。

 

「ねえアルバス」と、その女生徒は話しかける。

「ベルビーさんがなんで僕らに自分の話をしたかったのか。あの人の望みがどこにあるのか。僕、わかるような気がするんだ。おっちゃんは、きっとね?自分をどうにか助けてほしくて僕らの前に来たんじゃないんだ。おっちゃんにとっての救いはアズカバンに収監される事だけだったから。……知ってるかいアルバス?狼人間って、幼い頃に成る人も多いんだ。『親が公然と狼人間を侮辱した』とかそういう因果でね。つまり『報復攻撃』ってやつさ。狼人間、というか『ライカンスロープ罹患者』は誤解されがちだけど、おっちゃんとマルフォイが言ってたとおり『危険人物が狼人間になってしまい、それを大いに活用する』って例はある。そうでなくても侮辱されたら思い知らせてやりたくなるのは別にそこまで不自然な心の動きじゃない。だからね、僕らが思ってるよりは、居るんだ。『子供の狼人間』は。おっちゃんが助けてほしいのは、そういう子たちの事を、なんだと思うんだよね。だからさアルバス。僕らがもし、そういう助けを必要としている子と出会う事があったら、助けてあげようよ。愛情を注いであげる事で解決する問題って多いんだよ?」

 

「……そうですね。先輩の言う通りだと思います」

 

この時は単に「もし本当にそんな事があったら」程度の気持ちだったアルバス・ダンブルドアによって、後に1人の人狼症の少年が「特別な計らい」によってホグワーツへの入学を許可される事になる。ホグズミードにある1軒の空き家とホグワーツを秘密の通路で接続し、その通路のホグワーツ側の出入り口を凶暴な「暴れ柳」を植樹する事によって隠匿し。

「自分が全ての責任を持つ」と宣言したアルバス・ダンブルドアによってホグワーツに迎え入れられたその少年、11歳のリーマス・ルーピンがグリフィンドールに組分けされて生涯の友を得るのは、この79年後の事だった。

 

「先輩、ベルビーさんになんであんな事提案したんですか?」

「ん?だって1人も2人も同じじゃん」

 

その言葉を理解するのに数秒かかったダンブルドア少年は、一瞬遅れてやってきた驚愕をその先輩にぶつける。

「まさか既にお1人いらっしゃるんですか?????」

「ああ言ってなかったっけ。そうだよ。カバンの中……の奥に、湖畔の主の家族たちと一緒に。隣のエリアにはエリエザーも居るから心配要らないさ」

「……いつからですか」

「去年と今年の間の夏休みからだよ。密猟者の野営地にあった檻の中に密猟者が捕まってたらアルバスだって『え、何。どういうこと?』ってなるだろう?」

 

そこでダンブルドア少年は、ある可能性に気づいて先輩を問いただす。

「どうしてその人を助けたんですか?」

女生徒はダンブルドア少年から目を逸らし、言いづらそうにボソボソと答える。

 

「その人がすっごくキレイなおねーさんで、おっぱいおっきかったからですね………」

 

案の定の回答に、ダンブルドア少年は溜め息をついた。

 

 





人造生物の外見優位性原理
(Principle of Artificianimate Quasi-Dominance)
「何も無いところから生き物を作り出す呪文」が不完全に行使された場合に
生み出されうる「失敗例」を理解するのに役立つ。
……という事だけ明らかになっている変身術の理論。
なので細かい説明は全部私の妄想。

変身術のムズさが『重量』『凶暴さ』『杖の力』『集中力』と
あともう1個、頭文字「Z」の未知の変数によって決まるよ、という式は
映画版で黒板に書いてあったもので、この式を何と呼ぶのかは私の妄想。
(未知の変数というのは『設定が開示されていない』『そこまで映らなかった』
 という意味で、作中世界観に於いてこの変数が未解明だという意味ではない)

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