2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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36.通訳

「おはよーございます!」

 グリフィンドールの談話室に来るなり元気に挨拶したハッフルパフの1年生の女の子を、4年生の姉と7年生のポピー・スウィーティングが両隣から見つめている。

「はいおはよう。朝から元気だねぇ」

 そう返したギャレス・ウィーズリーが抱えていたワタリガラスが突如翼を広げて飛び立ち、ポピーめがけて突進する。

「わあ!」

 驚きの声を上げたハッフルパフの1年生の女の子の横で、そのワタリガラスを抱きとめたポピーは至って落ち着いていた。

「どうしたの?そんな顔して」

「アルバスがイジワルするんだよぅ!」

 そう訴える7年生の女生徒の頭越しにダンブルドア少年の方を見てみれば、トロールの鼻くそを喰わされたような表情で眉間にシワを寄せ、不服そうにその先輩を睨みつけている。

「何があったの?」

 ポピーが自分に抱きついて離れない友人にした質問の答えはダンブルドア少年から返ってくる。

「クレシダ先輩のお尻をいきなり鷲掴みにしたんですよ先輩が」

 その訴えを聞いたポピー・スウィーティングは手で己の顔を覆い、束の間天を仰ぐ。

 

「ごめんクレシダ。それ私のせいだ」

 

 ポピーの発言にクレシダもギャレスもダンブルドア少年も揃って目を丸くしている。

「あんな話したから、クレシダのお尻も気になっちゃったんだよね?」

「そうなの……そしたらアルバスが怒っちゃったの……」

 まだメソメソしているその女生徒にポピーは訊く。

 

「で、今どこまで調べたの?」

 

 ポピーがそう言った事で、ギャレスを始めとする7年生たちは全てを悟った。

「まず湖畔の主とその家族でしょ、あとセバスチャンと、セバスチャンとアンと、セバスチャンとギャレスと、セバスチャンとセバスチャンとギャレスとギャレスでしょ――」

「待って。種類で教えて?おんなじ名前がいっぱいでややこしいから」

「あそっか。ヒッポグリフと、中国火の玉種のドラゴン2頭と、エルンペントとデミガイズと、セストラルとおっきい紫のヒキガエルと、ディリコールとヤギ」

 あとクレシダとギャレスとポピーちゃん、と言い終えたその女生徒は、またポピーの鎖骨のあたりに顔を埋めて強く抱きついたまま動かなくなる。

 

「……つまり、いろんな生き物のお尻を調べて比べてたんですか?」

「そうだよ。魔法生物学の課題。次の次の授業までに」

 

 そこで、その課題が「どれ」なのかを理解したギャレスが驚きの声を上げた。

「『ヒッポグリフとディリコールの翼』とか『パフスケインとニーズルの毛並み』とかをホーウィン先生が例に挙げてたアレかい?もしかして。『魔法生物たちの違いや共通点をレポートに』ってやつ……魔法生物学の成績トップ2人が何を題材に選ぶのか気になってたんだけど……お尻??」

「湖畔の主のお尻はおっきくてカッコいいんだよ」

「……ごめん。ちょっとわかんない」

 ポピーの言い分に素直な返答をしたギャレスに、ハッフルパフの1年生の女の子が声をかける。

「ねえねえギャレス、ギャレスもその宿題してるの?なにしてるの?」

「サチャリッサと一緒に、巨大紫ヒキガエルのイボの薬効の強弱をカエルの外見から判別できないかって調べてる。……勿論コイツにご協力いただいてね」

 ギャレスのみならず、魔法生物学を取っている生徒たちの中で、この首席の女生徒の助けを一切借りていない者はこの当時のホグワーツには1人も居なかった。

 第一、魔法生物学を担当するホーウィン先生からして「授業で取り扱いたい」と魔法生物の貸与を申し込んでくるのだから。

「ねえねえポピーちゃん」

 勢いよく自分の方に振り返った1年生の女の子が何を訊きたいのか、ポピーには察せていた。

「わたし、動物さん見てみたいの」

「それは私に訊いてもダメだよ。わかってるでしょ?……どう?いい?」

 まだ抱きついて離れない友人にポピーは訊ねる。しかし何と返答されるのかはポピーのみならず、その場の全員がありありと理解していた。

 

「もしかしてエッチな話ですか………?」

 

 しかし何も聞いていなかったらしいその女生徒の頓珍漢極まる返答に、ポピーは少し恥ずかしそうにクスクス笑いながら訂正する。

「ちがうよ。この子がね、カバンの中のみんなに会ってみたいって。いい?」

 7年生の女生徒はポピーの懐から顔を上げ、その1年生の女の子を見る。

「……ポピーちゃんと2人で行くのと、みんなで行くの。どっちがいい?」

「みんなで行きたい!えっとね。お姉ちゃんとダンブルドアくんと、あとはねヘスパーとね……」

 そのまま次々名前を上げ始めた妹が、思っていたよりも遥かにたくさんの友達を作っていた事を初めて知ったらしいハッフルパフの4年生の女子生徒が目を丸くしている。

「ねえねえエルファイアスくん!エルファイアスくんも一緒に行こ!」

「お、おう。いいぞ」

 一気に近寄ってきた女の子の大きくてまんまるの目に鼻と鼻が触れそうな距離で見つめられたエルファイアスは少し挙動不審になっているが、それでも拒絶したりはしなかった。

 

「ペニー、今いい?」

 

 ポピーがどこへともなく声をかけた途端にその屋敷しもべ妖精は姿を現し、丁寧に一礼する。

「はい。ペニーに何か御用でしょうか?」

 屋敷しもべのその挨拶を聞いて、ギャレスは「『用が無ければお前など呼ぶはずがあるか』とかブラック校長だったら言いそうだな」などと考えてしまい、楽しい気分が台無しになりかけた。

「レイブンクローの談話室か女子寝室に行って、ヘスパー・スターキーっていう1年生の女の子を見つけて。その子がもう起きてたら、コイツのカバンの中の魔法生物たちを今からみんなで見るから、一緒に来るかどうか訊いてね。それで『見たい』って言ったら連れてきて。乗り気じゃなかったりまだ寝てたりしたらそっとしといてあげてね」

 そしてポピーの要請に従って「姿くらまし」した屋敷しもべが居た場所から視線を外して、ポピーはグリフィンドールの談話室全体へと呼びかける。

 

「一緒に行きたい人!」

 

 その声に応じてワラワラ集まっていく1年生たちの中心でワタリガラスを抱きしめながら嬉しそうに笑っているポピーを少し離れた位置から見つめつつ穏やかに微笑んでいるギャレスに、リアンダー・プルウェットが横から声をかける。

「何がそんなに嬉しいんだ、ギャレス?」

 基本的にいつも機嫌が良いギャレスはそれ故に友人も多く、後輩たちからも慕われているが、しかしだからこそ、そのギャレスが湛える笑顔の種類を判別できる者は、そう多くはない。

 リアンダー・プルウェットはそれができる数少ない生徒の1人だった。

「ポピーさ。2年前ならあんなふうに、自分が率先して皆に声をかけるなんてしなかっただろう?ポピーが積極的に人と関わるようになったのは、すごく良い事だ。そして僕らの方も、ポピーと積極的に関わるようになった………ポピーに限った話でもないけど」

 ギャレスとリアンダーは、お互いの顔を見合わせて同じ事を考えていた。

 

「「スリザリンの奴らと友達になるなんて、まさかそんな」」

 

 3年前までの自分が今の自分たちを見たらなんと言うだろうかと。

「ねえギャレス、あなたも手伝って!」

 ポピーから声がかかり、リアンダーは「ほら呼んでるぞ」と促す。

「はいはい、……きみも一緒に行くかいリアンダー?たぶん楽しいと思うけど」

「僕に遠慮なんてするなよギャレス。いいから行ってこい」

 気遣いを見抜かれてしまったギャレスは、リアンダーの目を見つめてクシャッと笑ってから立ち上がり、ポピーの傍に歩いていく。

 

「ギャレスも来るの?!!」

「やった、ギャレスも一緒だ!!」

「新しいおくすりある?面白いやつ!」

「何いってんの。ギャレスの薬は全部面白いでしょ」

 

 俄に興奮し始めた1年生たちを、リアンダー・プルウェットはソファに座ったまま見ている。

 

「1年生の頃は僕も、ギャレスの薬試させてもらうのが楽しみだったなそういや」

 そう述べたリアンダーに限らず、ギャレスが日々製作する魔法薬の実験台になった場合に得られる「楽しい」という利益を「迷惑」が上回っている事に、だいたい皆3年生くらいで気づくのだ。

「まあギャレスはイイヤツだから、たぶん薬作ってなくたって皆に人気だっただろうけど」

 そう言いつつもリアンダーは、薬を作っていないギャレスなど全く想像できなかった。

「ねえねえギャレス、なんか面白いおくすりある?」

「んーじゃあこれとか飲んでみるかい?」

「飲んでみる!」

 7年生たちが止める間もなく、その女の子は好奇心に目を輝かせて渡された小瓶を開栓する。

 

「あ、こらギャレス」

 

 クレシダ・ブルームが止めに入ろうとするが、1年生たちの波に押し流されて近づけない。

「僕も、僕もそれ試したい!」

「あたしは違うのがいい!あるでしょギャレス!」

 7色に光って宙に浮かぶ女の子を横目に、1年生たちは大興奮でギャレスに殺到していく。

「わあー!わたし光ってる!ねえお姉ちゃんわたし光ってるわ!!」

「妹に何飲ませたのギャレス!!」

 1年生たちを掻き分けて詰め寄る4年生の女子生徒に対してギャレスが返した答えは、その4年生を驚かせるものだった。

 

「サチャリッサの新作さ!」

「えっ?」

 

 その4年生が思う「タグウッド先輩が作る薬」とは大きく異なる効果を、7色に光って宙に浮かぶ妹を、その4年生は間の抜けた表情で見つめていた。

「サチャリッサ、たまにこういうの作るんだよね」と言いながら、ポピーが笑う。

「研究に行き詰まった時の気分転換だって言ってたね」とギャレスが返すと、ポピーはギャレスの方にぐるりと顔を向けて、少し驚いたような表情になる。

「え、サチャリッサがそう言ったの?」

「……?………そうだけど。なんだい?」

「いや、私に言った事とちょっと違、……ううん違わないのかな………?」

 ギャレスは少し考えてから、サチャリッサへの配慮より自分の興味を優先する事に決めた。

「サチャリッサは、きみになんて言ったんだい?」

 

「『ギャレスは私の目標なのよ』って。アナタみたいになりたいのよ、あの子」

 

 ポピーにそう言われたギャレスは、自分の頬を両手で覆いグニグニと悶え始める。

 すごく嬉しいのだと、1年生たちにも判った。

 

「あー!ヘスパー!来てくれたのね!!」

 元気な声を上げて駆け出したハッフルパフの1年生の女の子に飛びつかれたレイブンクローの1年生は、受け止めきれずに床に倒されながら笑っていた。

「おはよう。誘ってくれてありがとね」

「ペニーはヘスパー・スターキーをお連れしました」

 一礼した屋敷しもべを労ったポピーは、まだワタリガラスの姿のままの友人を一旦床に起き、その旅行カバンを開いて周囲の1年生たちに呼びかける。

「さあ、行こうみんな。いろんな生き物見せてあげる」

「わーい!ねえドアくんも一緒に来るのよね?」

「え、あ。はい。僕も行きます」

 ヘスパー・スターキーの問いに少し迷いつつもそう返答したダンブルドア少年は同級生たちに混ざってカバンの中へと入る。先輩に毎日連れ回されている以上そのカバンの中に何が棲息しているのかもある程度知っているダンブルドア少年だったが、だからこそ「先輩のカバンの中にはまだ自分が見たことが無い生き物もまだ行った事が無い場所もある」という事をよく理解していた。

 飼育しているとは聞いているが実際に見たことは無い魔法生物。今回これからそれらを見られるのではないかと、ダンブルドア少年は心の底で少し期待していた。

「じゃ、行ってくるよ」

 ポピーも含めた全員が中に入るのを見届けたギャレスは、談話室に残る友人たちにそう言ってからワタリガラスを抱え上げ、自分もカバンの中へと入っていった。

 

「え?え?お外だ!なんで??」

「『検知不可能拡大呪文』って言う魔法で、カバンの中を広くしてるんだ。違法行為だよ」

 

 ダンブルドアくんの解説を聞きながら周囲を見渡して、女の子は目を輝かせている。

「ちゃんと許可取ってるよ!」

 ポピーが友人に代わって抗弁するが、ダンブルドア少年はピシャリと端的に反論する。

「ひとつ残らず確実にですか?」

「ぇあ、それは………大丈夫よ……」

 一気に萎んだポピーに、1年生の妹が勝手に何処かへ駆け出してしまわないようその手をしっかりと繋いでいる4年生の女子生徒が問いかける。

「『検知不可能拡大呪文』って、違法なの?」

「許可なく私物に使うのが違法なの。だから申請するか、すでにそれが施されているものを正規の店で購入するか。だけどアイツ、そんなの気にしないから………」

「魔法生物の飼育実績とか犯罪者の逮捕及び討伐実績などなどのお蔭で、お目溢ししていただけてるんですよ先輩は。それだからこそ人一倍法を遵守して然るべきなのに、全く。もう……検知不可能拡大呪文が施されたカバンの中に更に検知不可能拡大呪文が施されたカバンを置いて入れ子構造にするなんて。重大な法律違反なんですよホントは!!どれだけの危険性を孕んだ行為かだって、きちんと理解しているでしょうに。なんであんなヘラヘラしてられるんですかね全く……」

 ポピーの説明に割り込んでプリプリと憤り始めたダンブルドア少年に、いつの間にか背後に来ていたギャレスが同調する。

 

「その危険性を限りなくゼロにしてしまえるくらい魔法が完璧なのが、また厄介だよね。だってそれって、法を犯しているのに痛い目を見ないって事なんだからね……」

 才能ある魔法使いには付き物の病「増長」。それをさせないようにするのが自分たちの役目だと、ギャレスも他の7年生たちも、先生方も皆、強い使命感を持っていた。

 居づらくなって飛び去ろうとしたそのワタリガラスはしかし、ギャレスに両手でしっかりと捕らえられており、どうやらかなり強く握りしめられているらしく、少々苦しげな声を漏らしている。

「自分が法律を無視していて、それはよくない事なんだって、せめてそれだけはしっかりと意識してなきゃダメだよ。判ってるだろう?」

 ギャレスは両手に込めていた力を緩めるが、ワタリガラスはどこにも行こうとしない。

 ただ首をグリグリと動かしてギャレスとポピー、そしてダンブルドア少年を順番に見つめる。

 

「そんな目で見たってダメですよ先輩」

「私は絆されちゃうけどね」

 ダンブルドア少年がピシャリとはねつけたのとは対照的に、ポピーはギャレスから笑顔でそのワタリガラスを受け取って抱きしめる。

「7年生の皆さんは、先輩に甘すぎますよ………」

 自分もあまり厳しくはできていないと自覚しながら、ダンブルドア少年は言う。

 

「それは私も、多分皆も判ってるよ。けど、けどねー……」

 ポピーは自分の腕の中のワタリガラスを見つめ、そんなポピーをダンブルドア少年は見つめる。ポピーがなんと言うのか、7年生の皆さんが揃いも揃ってこの先輩を甘やかすのは何故なのか。ダンブルドア少年には察せていた。「恩があるから」というのは理由の一部でしかないのだと。

 

「だってカワイイんだもん……………」

 

 自分の腕の中であろうことか寝息を立て始めたワタリガラスに、そう言ったポピーは激しく頬ずりし、その艷やかな羽毛に顔を埋めて深呼吸などし始める。

 それがもうしばらく続くと理解して、ギャレスは周囲の1年生たちに呼びかける。

「さ。みんな着いてきて!まずは一番近い……ルーンスプールを見に行こうか」

「それなあに?」と首を傾げる女の子に、ヘスパー・スターキーが「蛇よ」と耳打ちしている。

「蛇さん!見たい見たい!!」

 大喜びする女の子の横で、ロングボトムくんは戦々恐々としていた。

「噛まない?」

「きみがイジワルしたりしなければ、向こうもなにもしないよ。けど、きみにそのつもりがなくとも、向こうにしてみれば『危険な真似をされようとしている』って判断になる事もある。そういう時はちょっと危ないから、注意して接しなきゃいけない………本来ならね。でも今日は大丈夫」

 そう言いながら1年生たちを先導してギャレスがやってきたのは森の中。

 

 1年生たちが驚いたのは、一際立派な木の根本に集まって休んでいた多種多様な蛇たちが一斉にこちらを向いたからではなかった。

 

「おはよう、オミニス」

〈ぅん……?おはようセバスチャン……〉

 

 ギャレスに声をかけられても完全には起きず、シューシューと空気漏れのような音を発してまた寝息を立て始めたスリザリンの7年生を、1年生たちがポカンと口を開けたまま見つめている。

 オミニスは地べたで丸くなったまま周囲の蛇たちを手探りで雑に掴み自分の身体の上に乗せる。

 どうやらオミニス先輩は布団に包まっているつもりらしいと、ダンブルドア少年にも察せた。

 しかし蛇たちがなぜそれを受け入れているのかは、ダンブルドア少年には想像を膨らませる事しかできない。パーセルマウスというのは、ここまで蛇と通じ合えるものなのだろうか。

 同じ言語が話せるだけで誰とでも通じ合えるなら苦労はしないと、ダンブルドア少年は思った。

 

「オミニスー。起きてくれないかーい……ルーンスプールを見せてあげるのにはきみの手助けがあったほうが有意義だって判ってるだろーう………」

 

 ギャレスは蛇たちの海を掻き分けてオミニスの傍に行き、その身体を揺さぶる。

〈まだもうちょっとくらい良いだろセバスチャン……〉

「何言ってるかわかんないぞー?……もしかしなくても、僕の事セバスチャンだと思ってるね?」

 オミニスが何をシューシュー言っているのかはサッパリ聞き取れないが友人の事はよく解っているギャレスは、オミニスの発言の内容をうっすら推察できていた。オミニスが毎朝セバスチャンに起こしてもらっている事も、セバスチャンが毎日その作業に結構な時間を費やしている事も、どころかグレース・ピンチ・スメドリーに頼り切っているレストレンジと同じようにオミニスが朝の身支度を全てセバスチャンにやってもらっている事までギャレスは本人から聞かされて知っていた。

 

〈起きなさい、オミニス。友人たちが来てくれているよ〉

 

 枕にしていたニシキヘビに呼びかけられて、漸くオミニス・ゴーントは目を醒ました。

〈あれ、寝室じゃない……セバスチャンもマルフォイも居ない………ああ〉

「アグアメンティ」

 魔法生物学の宿題をやる為にアイツのカバンの中に一晩居させて貰ったんだっけと思い出すのに10秒を要したオミニスが雑に顔を洗うと、諸共に水を浴びる羽目になった周囲の蛇たちがオミニスの身体を登り始め、頭にまで到達した蛇たちはその細長い胴体を器用に使って寝癖を直していく。

 

〈昨日の夜、お前が頑張って書いてた羊皮紙が今ので水びたしになってないといいが〉

〈あ゙っそれはマズい。どこ置いたっけな……〉

〈これだろ?文字は濡れてないぞ。紙の端はドロドロだけど〉

〈あー、良かったありがとね。ねえレオポルド、なんか食べ物持ってないかい?〉

〈ネズミで良いか?〉

〈すいませんでした自分で用意します〉

〈わかれば良いんだ〉

〈僕が何か貰ってくるよ。果物とかあるだろう〉

〈あ。ありがとアーサー〉

 

 蛇たちと会話をしているのだということだけは、1年生たちにも推察できた。

「おにーちゃんすごーい!!」

「オミくんパーセルマウスなの?!すごいすごい!」

 大興奮し始めた1年生たちの中にあって、一部の生徒たちが怯えているのを見て取ったギャレスは、その子たちに歩み寄る。

「このお兄さんはオミニス。僕の友達で、イイヤツだよ」

「……怖いことしない?」

「しないさ。……ねえオミニス、この子たちに『マルフォイ』を見せてあげたいんだけど!」

 ギャレスの友達だと聞いて安心したらしい男の子は勇気を出して蛇たちを直視する。

 そしてオミニスは森の奥へと「マルフォイ」を呼びに行き、ギャレスが間を繋ぐべく話し始めた時。ダンブルドア少年はどこからともなく飛来したワタリガラスが自分の方に飛び込んでくるのを見て取り、それを両手でどうにか受け止める事に成功した。

 

「なんですか、先輩。ちゃんと反省したんですか?」

 それが誰なのかをすぐに察したダンブルドア少年はちょっと厳しめの表情を作って語りかけるが、その意図を理解しているのかいないのかワタリガラスはただダンブルドア少年を見つめ返す。

「おやダンブルドアくん。ソイツと仲良くなったのかい?」

 ギャレスはクスクス笑いながら、ダンブルドア少年が抱えているワタリガラスを見ている。

 

「ねえ、昨日も見せてもらったでしょ。オミニス先輩が蛇語話すところは」

「だって何回見てもすごいんだもん!!」

 

 妹を嗜めるような事を言いながらも、その4年生の女子生徒もまた、未だ冷めやらぬ興奮が表情に現れていて、オミニスが消えていった森の奥の暗がりをじっと見つめていた。

「先輩のカバンの中って、動物たち以外にもいつも、誰かは居ますよね」

 ダンブルドア少年は、抱えているワタリガラスの目を見て話しかける。

「こんなに色々入ってるカバンを、更にその中に同じようなカバンがいくつも入ってるのに、それをポケットに入れて持ち歩いてなんともないって、つくづく便利ですね『検知不可能拡大呪文』は。そりゃ法規制もされるってもんです。こんなの皆に好き勝手にやらせたら密輸も不法入国もやり放題ですし、それに伴って『国際魔法使い機密保持法』の違反だって目を覆いたくなるくらい増えるでしょう。……わかってますよね先輩?」

 グアー!とご機嫌に啼いたワタリガラスの顔を両手で挟んで、ダンブルドア少年は眉間にシワを寄せる。そして1年生たちに話をしつつそんな光景を視界の端で眺めているギャレスはずっと、面白そうにクスクスと笑い続けていた。

「ねえねえどしたのギャレス?お話の続き聞きたいな」

「ああ、ごめんねへスパー。いや、ダンブルドアくんらしくもないなと思ってね……」

 

 ギャレスは未だ、クスクスと笑い続ける。

 

「「どういうこと?」」

 揃って首を傾げるヘスパー・スターキーと友達の女の子が見つめる先では、ダンブルドア少年がそのワタリガラスに再びお説教を始めていた。

「―聞いてますか先輩?聞こえないフリしてもダメですよ」

 

 そしてオミニス・ゴーントは、「マルフォイ」を伴って戻って来る。

「わあー!おっきい蛇さん!」

 案の定駆け出そうとした妹を、4年生の女子生徒は抱き上げる事で阻止する。そしてそんな姉妹の周囲の1年生たちは、ある者は好奇心に満ちた目で、ある者は恐怖心と戦いながら、その7年生の先輩が連れてきた3つ首の蛇を見上げていた。

「こんにちはマルフォイ。最近はどうだい?きみの子どもたちは」

 

〈こんにちはギャレス・ウィーズリー。お蔭で皆、元気に育っているよ〉

〈ここでならきっと、あのミラベルやエリエザーにも負けないような強大な子に育つさ〉

〈俺もコイツらも、ずっと喧嘩の仲裁ばっかりさ。自分たちが『ずっと並んで生きる3匹の蛇』じゃなく『頭が3つある1匹の蛇』だって事を、あの子たちはまだイマイチ理解してないようでな〉

 

 3つの頭がそれぞれ述べた言葉を、オミニスは翻訳してギャレスに伝える。

「ん?じゃあマルフォイ、君たちはケンカしないのかい??」

〈口を噤むって事を、俺は覚えたのさ〉

見上げるほど大きなルーンスプールの、向かって右の頭がそう言ったのをギャレスに通訳しながら、オミニスはその言葉を脳内で反芻して笑っている。

〈俺とコイツは『溜め込み過ぎない』って事を覚えたんだよ〉

〈命はひとつしか無いんだから、仲良くしなきゃな〉

 

「ルーンスプールとの対話」及び「ホーンド・サーペントとの交流」という、この時オミニスが書いた2篇のレポートは魔法生物のパーソナリティや思考に関する貴重な資料として、100年以上もの永きに渡って、後の魔法生物学者たちによる論文の中に幾度となく引用され続ける事になる。

 特に、かの有名なニュート・スキャマンダーはこのレポートの写しを魔法省職員時代に入手した事がきっかけで、断固として著者名にファミリーネームを記さない謎の「オミニス氏」に興味を持ち、この謎の蛇学者に関する資料を集めまわっている時期があったのだ。

 そして数年かけてニュート・スキャマンダーは「オミニス氏」と「O・サロウ」という2人の蛇学者が同一人物だと突き止める。

 

 しかしそれはまだ、何十年も先の話。

 

「ねえ破れてないよね???大丈夫だよね」

「ギリギリね。端っこドロドロだけど文章は無事だよ」

 ギャレスに両端を持ってもらい、オミニスは昨晩必死で書いたそのレポートに杖を向けている。

「あんまりやると紙がパリパリになっちゃうから、ギャレス良きところで止めてくれよ?」

「じゃあもうストップだね」

 慌てて杖を降ろしたオミニスとは対照的に、ギャレスは楽しそうにケラケラと笑っている。

「大丈夫ですよオミニス先輩。紙は大丈夫です。パリパリにもなってませんよ」

 ダンブルドア少年はそう言いながら、オミニスのレポートにイタズラしたいらしいワタリガラスをしっかりと捕まえている。

「ダメですよ先輩。なにするつもりですか。嘴で刻んじゃって良いのは先輩ご自身が書いたレポートだけです。ひとのはダメです」

 ジタバタと暴れるそのワタリガラスが逃げないように、ダンブルドア少年はしっかりと両手に力を込める。そして諦めたらしいワタリガラスが少しションボリしているのを見て、ダンブルドア少年はポケットの中に入れっぱなしにしていた書き損じを、正確には何パターンか書いて一番いいのを提出した「魔法史の宿題」の、選考に漏れた「4番目によくできたエッセイ」を渡す。

「そんなに楽しいんですか、それ」

 嬉しそうにその羊皮紙を嘴で細切りにし始めたワタリガラスにそんな言葉をかけるダンブルドア少年を見ながら、その羊皮紙が何かを知っているエルファイアスは、ダンブルドアがそんな簡単に自分の宿題を、それも魔法史のエッセイという、エルファイアスにしてみれば「苦労の結晶」を手放してしまえる事に驚いていた。複数パターン書いて一番良くできたものだけを提出するというスタンスもエルファイアスにはとても真似できるものではなかったし、「パピルス・レパロ」で直せるとはいえ眼の前で切り刻まれるというのは自分なら耐え難いと、エルファイアスは思った。

 

 一方ギャレスはといえば、相変わらずダンブルドア少年の方をチラチラ見ながら笑っている。

「何がそんなに可笑しいんだい、ギャレス」

 オミニスが訊いたのと同時に、ダンブルドア少年の没エッセイを細切りにし終えたワタリガラスが「グアー!」とご機嫌な声を上げる。

 それを聞いた瞬間、オミニスまでも笑い始めた。

「ねえねえどしたの?なんで笑ってるの?」

 右手をヘスパー・スターキーと、左手を4年生の姉と手を繋いでいる女の子が訊く。

 

 次の瞬間、何故オミニス先輩が急に笑い始めたのか、何故ウィーズリー先輩がさっきからずっとこっちを見ては可笑しそうに笑っていたのかを、ダンブルドア少年は察した。

 

「みんなここに居たんだね。どう?ルーンスプールは。カッコいいでしょう?」

 橙と緑という派手な目をしたワタリガラスを抱えたポピー・スウィーティングが合流したから。

 ダンブルドア少年が愕然とする中、ポピーに抱えられていたワタリガラスはスルリと女生徒の姿に戻ってダンブルドア少年に話しかける。

 

「やあアルバス。おや、アミットと仲良くなったのかい?」

「先………輩…………」

 

 ダンブルドア少年はワタリガラスを見、また先輩を見る。

「どしたのアルバス」

「なんでも、ありません……………」

 どんどん顔が赤くなっていくダンブルドア少年を、その先輩はキョトンとした表情で見つめ続ける。その傍では、夥しい数の蛇たちと大きなルーンスプールに囲まれたギャレスとオミニスが、腹を抱えて笑い転げたいのを必死で我慢し続けていた。

 

 




 
Runespoor
 頭が3つある魔法の蛇。ブルキナファソ原産。3つある頭はそれぞれ性格が異なり、そのせいでよくケンカして頭が1つ無い(他2つの頭に噛みちぎられて捨てられた)個体が見かけられるが、3つあるのは頭だけで命は1つしかないので頭が1つちぎれてしまうと当然、長生きはできない。

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