2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
朝早くからハッフルパフの1年生の女の子が「一緒に行きたい」と主張した4年生の姉や他の1年生たちと共に、7年生の先輩がカバンの中で飼育している魔法生物たちを見せてもらっているダンブルドア少年は、さっきまでその7年生の先輩だと思いこんでいたワタリガラスを見つめる。
「あ、アナタは。どなたですか……?」
そう訊ねたダンブルドア少年の目をキョトンとした表情で見つめ返すそのワタリガラスは、改めて見てみればこの先輩よりよっぽど賢そうだった。
「あー!アルバスいま失礼な事考えてたでしょ!わかるんだからね!」
ムッとした様子でそんな言葉を投げかけてきた先輩が食べているのがパフスケイン用の餌だと気付いて、ダンブルドア少年は自己弁護する気が失せてしまった。
「今日はいつもより賢そうだなって思っただけですよ、先輩」
「そーお?ありがとね!」
褒められたと思ったらしいその女生徒はパフスケインの餌を食べ終えた途端に、空の容器を両手で抱えたまま立ち尽くす。
「…………どうしたんです先輩?」
「全部食べたら無くなっちゃった……」
その発言が聞こえていたエルファイアスも、ダンブルドア少年と同じ表情をしていた。
「……………そんな理由でグズっていいのは3歳までですよ先輩」
辛うじてそう言ったダンブルドア少年は、疲れ切ったように大きくため息を吐き出した。
「ポピーちゃーん……!全部食べたら無くなっちゃったー……!!」
「なあに?……ああ、『双子呪文』で増やして追加を楽しむつもりで忘れちゃってたのがショックなんだ?じゃあ後でお菓子あげるから、今はみんなに蛇たちを紹介してあげてね?」
「わかった。……じゃあルーンスプールとお話してみたい人!」
3歳のような振る舞いをしていたその女生徒がポピー・スウィーティングに窘められた途端、一瞬にして17歳の首席に戻ったのを、ダンブルドア少年とエルファイアスは冷めた目で眺めていた。
「はいはいはい!あたし蛇さんと話してみたい!!」
元気に手を上げぴょんぴょん飛び跳ねて主張するハッフルパフの1年生の女の子を、オミニス・ゴーントが指名する。
「じゃあきみ。前へどうぞ。俺が彼の言葉を通訳するから、訊きたい事を喋ってくれ」
女の子は、オミニスのその言葉で、訊きたい事が新しくできたらしかった。
「ん?なんだい?……俺に質問かい?」
「あたしの質問は、そのなんだっけ、ぱーせるまーすにしなくてもわかるの?」
オミニス・ゴーントとポピー・スウィーティング、そしてパフスケインの餌が入っていた空の容器をまだ持ったままの女生徒が一気に笑顔になった。
「あの子、結構賢いんだね?」
ギャレスにそう言われてもなぜ妹が褒められたのか判らずにキョトンとしているハッフルパフの4年生の女子が見つめる先で、オミニスは先端が赤く明滅している杖を女の子の顔に近づける。
「そうさ。意思の疎通ができるって意味では、コイツがイギリス生まれで英語を聴いて育ったからってのも大きいけど。そうじゃなくたって魔法生物ってのは、いや魔法生物に限った話でもないけど。動物たちはね。俺たちが思ってるよりも、ずっとずっと賢いんだ。こっちの言ってる事だって理解してる。ただヒトの言語で返答するための発声機能を持たないだけで。……なにしろ、俺とセバスチャンはこの『マルフォイ』に。チェスで勝てた事が無いんだから」
そのルーンスプールの3つの頭はどれも、得意げな目で舌を揺らしている。
「おにーちゃんはこの杖で、まわりを見てるの?」
「そうだよ。この杖が俺の目の代わりなんだ。この杖はちょっと特別で、『知覚』と表現できるものを備えている。オリバンダーさんのお蔭でね……」
そこで妹の好奇心が爆発寸前なのを察した4年生の女子生徒が女の子の隣に来てその手を握り、いきなり飛びついたりしないように注意を払い始めた。
「あー!お姉ちゃん隣に居たのね!」
嬉しそうな笑顔の妹に見つめられて、その4年生の女子生徒は「まったくもう……」と呟きながら微笑んでいた。何か特定のものに興味が向いている時の妹の視野の狭さを改めて実感しながら。
〈それで、俺に何か訊きたい事があるんじゃなかったのかい?嬢ちゃん〉
オミニスがその言葉を通訳した事で、女の子の視線は再びその立派な体躯のルーンスプールに向けられる。しかしそれによって、女の子は黙り込む。言いたい言葉が出てこないのか、何か喋ろうとしてやめるというのを繰り返している妹を見て、4年生の姉はすぐに察した。
妹が、頭が3つもある大きな蛇さんを間近で観察できてもう嬉しくて嬉しくてたまらず、故に何から質問したらいいのかわからなくなってしまったのだと。
「まず落ち着きなさい………」
そしてその事は実の姉に限らずその場の全員が一目で理解していたので、女の子のまんまるの目から放たれる嬉しさで煌めいた視線を注がれているルーンスプールのマルフォイは、己に降りかかる試練を察して覚悟と、本能を抑え込む心の準備を進める。
「触っていいですか!!!」
女の子がやっと大きな声でそう言うと、ルーンスプールは数秒困ってから許可を出した。
「そーっとね。良いかい?」と言いながらマズそうなら止めようと杖を握る手に力が籠もったオミニスを余所に、女の子の好奇心はその場の皆の想像の上を行った。
「ちょっとダメでしょ!何してるの!噛まれたらどうするのよ!!」
4年生の女子は血相を変え、オミニスは慌てる。
しかし誰よりも慌てているのは、当のルーンスプールのマルフォイだった。
「あんまりあったかくないのね!だけどすべすべだわ!!」
ルーンスプールの真ん中の頭、その口の中に手を突っ込んで牙やら舌やら触っている女の子は4年生の姉とオミニスが慌てている声も聞こえないのか、どんどん手を奥深くへと押し込んでいく。
〈おいおいおい何してんだ嬢ちゃん!条件反射で噛んじまうぞ?!〉
〈ぅゎ喉はヤメ、ゲ、ヴウォエッ!!!た!たズけデクれ………〉
〈………この試練は予想してなかったな。オミニス、止めろと伝えてくれるか〉
そのルーンスプールの、向かって右の頭は明らかに、笑いを堪えていた。
「あの子のお姉さんがしょっちゅう心配そうにしてる理由が今わかった……」
「僕らも普段から気をつけてあげなきゃダメだね……」
些か天真爛漫が過ぎるその女の子が今度はルーンスプールの目を触ろうとしているのを制止するオミニス先輩と、今や妹を羽交い締めにしている4年生の女子を見ながら、ダンブルドア少年はエルファイアスに同意して、あの子は皆で見守ってあげる必要があると、そしてその「みんな」の中には自分も入っているのだと決意していた。
〈それで我らが飼い主様は、なんで助けてくれないんだ?〉
〈落ち着け……落ち着け俺。我慢しろ……噛むなよ……〉
〈我らが親愛なる飼い主様ならあそこでカミキリムシを食べてるぞ〉
そしてカミキリムシを食べきったその女生徒は、唐突にルーンスプールのマルフォイの方をまっすぐ見て、蛇語で語りかける。
〈噛みついて〉
ルーンスプールは3つの頭で大いに悩み、困惑し、躊躇う。しかしそれは数秒だけだった。
「いたい!!」
「プロテゴ・マキシマ!」〈ごめん、マルフォイ。嫌われ役を押し付けてしまったね〉
「妹に何するのよ!!」
オミニスはルーンスプールの眼前に杖を突きつけながら、小声の蛇語で謝罪している。女生徒がこのルーンスプールのマルフォイに何を言ったのかも聞き取れていたオミニスだったが、今回は全く咎めもせず、止めさせもしなかった。
「ヴィペラ・イヴァネス……何するんですか、先輩」
唱えきる前に「武装解除」されたダンブルドア少年は、その女生徒をじっとりと睨む。ルーンスプールが噛みついたのはこの女生徒が指示したからだと、ダンブルドア少年はこの瞬間に察した。
騒然としている1年生たちを余所に、その場に居る4人の7年生は皆、至って冷静だった。
「ほら、手を見せて。ルーンスプールの牙には強い毒があるから、すぐに治療薬を使わないとね」
まだギリギリ泣いていないその女の子に、ギャレスが治療を施している。
妹の手の傷が少しずつ消えていくのを見た事で少し落ち着きを取り戻した4年生の女子生徒は、はたと気付いた。「今のはこの子が悪い」という客観的事実に。
「だから言ったじゃない………!!」
しかしその4年生の女子が妹にお説教を始めるより先に、ギャレス・ウィーズリーが口を開く。
「ねえ、ちょっと良いかい?僕とお話しよう」
そう声をかけられた女の子は涙の溜まった目でギャレスを見る。
「なあにギャレス……」
ギャレスの背後から覆いかぶさるように伸びてきたルーンスプールの3つの頭と目が合うと、女の子はすぐに視線を逸らして助けを求めるようにギャレスの影に隠れた。
「いいかい、この蛇さんはね、目を触られるのは嫌いだし、口の中に手を入れられたら反射で噛んじゃうんだ。それにさ、動物たちは僕らが考えてるよりずっとずっと賢いんだってオミニスに教えてもらっただろう?だから仲良くしたいなら、身体に触らせてもらったり一緒に遊んだりしたいなら、きみの行動を彼らがどんなふうに感じるかも考えないと。それには動物たちの事をしっかり勉強して、『きみにはそんなつもりはないのに動物たちに嫌われちゃう』って事を減らさないとね」
ゆっくりと落ち着いた話し方で女の子に優しくそう言い聞かせたギャレス・ウィーズリーは、見上げるような大きさの毒蛇に噛みつかれた女の子への対応としては、かなり酷な提案をする。
「だからまずは、きみはこのルーンスプールの『マルフォイ』に。言う事があるよね?」
ギャレスの言わんとしている事がちゃんとわかっている女の子は、恐る恐るその大きな3つ首の蛇を見上げて、決心するのに数秒必要としてから口を開く。
さっき噛まれたから怖いのではなく、この女の子は今それなりの勇敢さを必要とする行いのために勇気を振り絞っているのだと、そのルーンスプールの3つの頭はきちんと察していた。
「あの、えっとね。やなことしてごめんなさい………」
〈こちらこそ、噛んで悪かった〉
どうにかそれだけ言うとギャレスにしがみついて泣き出した女の子を見ている左の頭と、蛇語じゃ伝わらないのも構わず女の子を慰め続けている真ん中の頭を横目に、そのルーンスプールの右の頭は「親愛なる飼い主様」をじっとりと睨みつけていた。
〈なんだいマルフォイ〉
〈……ここまでする必要あったか?俺たちの牙の毒がどれほどのもんか、お前はよく知ってるだろう?11歳の女の子に経験させる失敗としては、ちょっとキツすぎるんじゃないか?〉
〈でも死ぬよりマシ。だろう?〉
〈………優しいんだか厳しいんだか〉
己の飼い主と意見を異にしながらもその意向に逆らう事はしないルーンスプールの右の頭は、しかし「俺たちはお前とは違う意見を持っている」という事だけはそれとなく伝えるのだった。
〈………お前にも噛みついてやろうか〉
〈いいの?!〉
コイツには勝てないと、ルーンスプールのマルフォイは改めて身に沁みた。
「ちゃんと謝れたね。偉いよ」
ギャレスに優しくそう言われてますます泣き声が大きくなってしまったその女の子の周りに、他の1年生たちが集まってくる。
「手、大丈夫か?」
「毒蛇の口の中に手を突っ込んだら、そりゃあ噛まれるよ……」
「目を思いっきり触られたら、私だって噛むわよ?」
「血が出てたのに、もう傷が消えてるのね……やっぱりギャレスのお薬はすごいのね!」
咎めるような事を言ったダンブルドア少年とミス・ブラウンも表情は心配そうで、ギャレスにしがみついて離れようとしない女の子の心に、皆優しく寄り添おうとしていた。
そして、ずっと蛇語で女の子に語りかけていたそのルーンスプールの真ん中の頭の言葉、その最後に付け足された一言だけを、オミニスは通訳する。
ルーンスプールのマルフォイにニヤリと笑いかけてから、大きな声で。
「みんな!噛みついたお詫びに、鱗に触らせてくれるってさ!」
〈えっ、おま、全員とは言ってない!〉
涙の色に暗く覆われていた女の子の目に好奇心の光が再び灯るのを見てしまっては、ルーンスプールのマルフォイにはもうその「提案」を引っ込める事も拒否することもできなかった。
片方の手でギャレスの制服の裾をしっかりと握ったままではあるものの、その女の子はルーンスプールの胴体にそっと手を伸ばす。その隣では好奇心旺盛な何人かと、勇気を出したもう何人かの1年生たちが同じように、ルーンスプールの太い胴体、その滑らかな鱗に恐る恐る触れている。
「あの、ちょっと質問いいですか」
果敢にルーンスプールとの接触を試みている1年生たちの中にあってただ1人、ダンブルドア少年だけは鱗の感触よりも気になることがあるらしかった。
〈いいぞ。なんだ?………お前美味そうだな〉
その言葉を、オミニスがすかさず通訳する。
「湖畔の主さんにも、僕は美味しそうに見えているみたいでしたが……あの、ルーンスプールって卵を口から産むと本に書いてあったんですが、苦しくないんですか?」
〈それはお前、俺たちはオスだから聞いた話をそのまま伝える事しかできないが……どこから産もうが苦しいだろう。それに、どれだけ苦しかろうが喜びのほうが大きいだろう?なにせ我が子だ〉
中央の頭がダンブルドア少年と語り合っている横で、右の頭は急に1人の1年生を威嚇した。
〈おいコラ!誰だ鱗を剥がそうとしてるのは!!〉
ルーンスプールの右の頭が放った激しめの蛇語は全く理解できなくとも、その視線の先に居た友人が何をしようとしているのかを、ダンブルドア少年は瞬時に察した。
「ちょっと、ダメだよエルファイアス!!」
「あ、そうか痛いのか。すまん」
〈そんな簡単に剥がれるようにはできてないがな、だからって、お前らだっていきなり爪を剥がそうと試みられたら身を守るために反撃するだろ〉
オミニスは、右の頭のその言葉をエルファイアス以外の皆にも聞こえる声量で通訳した。
あまり深く考えずに己の好奇心をそのまま手の動きとして出力していた11歳のエルファイアス・ドージは、ダンブルドア少年に叱られて初めて「相手の立場に立って考える」という事を蛇に対して行い、そしてすぐになぜ威嚇されたのかを理解して反省したのだった。
「すべすべだわ……それにすごくきれいな色……」
まだギャレスの制服の裾を握ったままの妹がルーンスプールの胴体を夢中になって観察しているのを、4年生の女子生徒はすぐ後ろから見守っていた。
「もしかして僕は、きみの役割をとっちゃったかい?ごめんね」
急に振り向いたギャレスにそう言われて、その4年生の女子生徒は心の中にほんの少しだけあった嫉妬心が逃げ場をなくして暴れ始めようとしているのを感じた。
「……いいえ、ありがとうギャレス。妹には必要な事だったわ」
しかしその4年生の女子生徒は既に、ある程度己を律するだけの落ち着きを獲得していた。
一方で。
「ねえねえねえねえ見てみてアルバス!」
「なんですか先輩」
「ハイウィングのうんち!」
「なんで持ってくるんですかそんなもの!!」
今の今まですごく知性的だった7年生の女生徒が、少し目を離した隙にいつもの調子に戻ってしまったのを見て、そのルーンスプールの左の頭は呆れ半分に笑っていた。
「ねえねえ見てみて見てポピーちゃん!!」
「ハイウィングのうんち?」
「うん!!!」
「いいね。見せて」
真剣な表情で「それ」を検分し始めたポピー・スウィーティング先輩を、ダンブルドア少年のみならず何人もの1年生たちが、驚きをもって見つめていた。
「なあにダンブルドアくんその目は。魔法を使えないマグルの生物学者やブリーダーはこうやって動物の体調を調べるのよ。糞は食べたものが消化器官を通って形成されるから、腸内環境や健康状態、それに野生の動物のそれなら『普段何を食べてるのか』も判るし、体調を崩していたらいち早く変化が現れる。だからまあ気持ちはわかるけど、そんな目でコイツを見ないであげて」
7年生の女生徒を擁護するスウィーティング先輩のその言葉は、ダンブルドア少年の目を見開かせて余りあるものだった。
しかしそれでもこの「先輩」と、スウィーティング先輩との間には隔絶と表現していいほどの品性の差があるとダンブルドア少年は思っていた。
スウィーティング先輩は「それ」を、杖でそっと操って検分していたから。
「ハイウィング、ここ数日体調崩してたんだよね」
「でも、もう大丈夫そう。体調崩した原因は……」
「子育ての疲れかな……ヒッポグリフ以外も任せちゃったりしてるし」
「デミガイズたち何匹かをお手伝いに割り当てる?」
「そうだねえ。ちょうど『アーチー』と『フィニアス』がちょっと運動不足だから―」
そんな話をしている2人の背中から、ダンブルドア少年は目が逸らせない。
「さ、アナタはまず、手をきれいにしなきゃ……私、コイツを洗ってくるからギャレスとオミニスはちょっとの間、お願いね?もうすぐニフラーたちに食事とその後の運動をさせる時間だから、この子たちに見せてあげてほしいな」
そう言い残して7年生の女生徒を連れ去って行くポピー・スウィーティングの背中が森の中に消えていくのを見届けて、ギャレス・ウィーズリーは1年生たちに言う。
「じゃあみんな、そろそろ『マルフォイ』を開放してあげてね。ほらお別れ言おう!」
ギャレスにそう促されて1年生たちが一斉にお礼を言ったり名残惜し気に鱗を撫で続けたりしているその大きなルーンスプールに、オミニスは蛇語で話しかける。
〈一緒に来るかい、マルフォイ?〉
〈いや、そろそろ戻らないと。子どもたちの事を任せきりにすると後が怖い〉
ルーンスプールにも恐妻家というものが居るのかと、オミニスは内心で笑いを堪えていた。
ニフラーたちの飼育区画へと1年生たちを連れて行く途中で、ギャレスがオミニスにそっと話しかける。くれぐれも背後の1年生たちに聞かれないよう、厳密な小声で。
「ねえ、『オミニス』はどう?元気に育ってるかい?ちゃんと穏やかかい?」
「………なんで知ってるんだお前」
それは、1年生たちには決して紹介できない、今のところ魔法生物規制管理部どころか先生たちにも隠している、最大級の秘密だった。
自分とポピーとアイツだけの秘密だと、オミニスはこの時まで思っていた。
しかしギャレス・ウィーズリーは、いつも通りの気楽な笑顔で言う。
「僕が蛇語をさっぱり理解できないって、きみまだ思ってるのかい?オミニス」
オミニス・ゴーントが目を見開いて驚くというのは、そうある事ではなかった。
「きみがアイツに蛇語を教えるのを、僕も傍で薬作りながら聴いてただろ。早口過ぎたりしなきゃ、聞き取りだけはできるんだよね、実はさ。ねえ、僕、最初にアイツが蛇語で呟いてるのを聞き取れた時、すごく嬉しかったんだよ……だって、これできみをもっと知る事ができる」
ギャレスにそう言われて、オミニス・ゴーントは、何も言葉が出てこない。
「………俺はもっと早く、きみと友人になろうとするべきだったな、ギャレス」
それでもどうにかそれだけ言うと、オミニスは晴れやかに笑った。
オミニス・ゴーントにとって自分が蛇語を話せるという事はもう、忌むべき汚点ではなかった。
「ねえねえオミくん。ねえこの生き物はなあに?」
ヘスパー・スターキーに後ろから制服の裾を引っ張られて、オミニスはどれの事かと杖で探る。
そのやり取りを聞いてもギャレスは、助け舟を出さない。ただ隣を歩いているオミニスに合わせて少し歩く速度を落とし、この盲目の友人が答えるのを待っている。
「ああ、あれはビリーウィグの群れだ。『魔法の蜂』と考えて良い。お尻に毒針を持ってて、アレで刺されると宙に浮くんだよ。普通はほんの短い間だけの事で、特別に長引いたとしても1週間ぐらいで治まるんだけど、あんまり何回も刺されまくるとそのまま一生涯浮きっぱなしって例も報告されてる……稀だけどな。それにしても、ビリーウィグはものすごいスピードで飛ぶから刺されるまで気付かないって事も珍しくないのに、よく気づけたねスターキー」
「だってオミくん、頭の後ろに1匹止まってるよ?」
ヘスパー・スターキーにそう言われたオミニスが少し慌て始めたのを見てクスクス笑っているギャレスは、オミニスの頭にそっと片手の人差し指を差し伸べ、その小さな青い昆虫に言う。
「ほら、こっちにおいで」
その言葉を理解しているのか、それとも単なる習性と偶然に依るものか、ビリーウィグはオミニスの頭からギャレスの指先へと移った。
そして、そんな7年生の先輩2人に先導されている1年生たちの列の、最後尾。まだ少し元気が無いハッフルパフの1年生は、同じハッフルパフ寮所属である4年生の姉に抱っこされていた。
甘やかされているようにも見えるがその実、拘禁されているのだと、誰の目にも明らかだった。
「手、痛かったでしょう。先輩たちが居なかったら死んじゃってたかもしれないのよ……お願いだからお姉ちゃんにあんまり心配させないで………」
「ごめんなさい……」
そんな姉妹に声をかけたのは、11歳のアルバス・ダンブルドア少年だった。
「ほら、一緒に色々見てみようよ。ここには面白い生き物がたくさん居るんだからさ」
そう言われた女の子が、顔を上げた瞬間。
上と下の区別すらつかなくなりそうな程の轟音と地響きが皆を襲った。
「うひゃはははは!!!アンもセバスチャンも遅いよー!!」
そう言いながら白く光る靄のようなものに姿を変えて逃げ回るその青年を夢中で追いかけ回しているのは、2頭の若いドラゴンだった。
翼があるのに木々を薙ぎ倒しながら地面を走っている2頭のドラゴンは同時に吠え猛る。それが炎を吐こうとしている前兆だと、ダンブルドア少年は直感的に理解する。
あまりの光景に恐怖に駆られた1年生たちの何人かが縋るように杖を取り出したのが見えていたからこそ、ダンブルドア少年は驚かされた。
「じゃあ、ちょっと遊ぼうか。」
そう言って笑った青年が急に逃げ回るのを止めて、杖をしまい込むのを見てしまったから。
2頭のドラゴンは同時に、森番の小屋くらいなら吹き飛ばせそうなほどの大きな炎の塊を放つ。
「パーティス・テンポラス!!」
片手を振り上げて唱えた呪文ひとつで巨大な火の玉を2つともかき消してしまったその青年を、1年生たちが呆気に取られた様子で見ている。
「すごーい!!おにーちゃんすごーい!!!」
やっといつも通りの好奇心に満ちた笑顔に戻った妹を、4年生の女子生徒は困ったような笑顔のまま見つめている。
「『ドラゴンに対して有効な呪文』何かひとつでも判るかい、ダンブルドアくん」
いつの間にか隣に居たギャレス・ウィーズリーにそう問いかけられて初めて、ダンブルドア少年は7年生たちが全く慌てていない事に気づいた。
「レラシオ!」
大きな口で噛みつこうとしてきた中国火の玉種の片方「セバスチャン」に青年は避けようともせず呪文で対抗するが、そこにもう1頭のドラゴン「アン」が思いっきり炎を吹き付けようとする。
「フェルーラ!」
青年の呪文によって炎を吐こうとしていたドラゴンの口は包帯で幾重にも巻かれて閉じられ、そのドラゴンは炎を吐くのを中止して包帯を解こうともがく。
「おおー、大胆だねえアンは!」
そのドラゴンが包帯で縛られた口を力ずくで少しだけ開け、その隙間から無理やり炎を垂れ流して包帯を燃やし拘束を解いたのを見て、青年は嬉しそうに笑っている。
「―えっと、『結膜炎の呪い』ぐらいしか思いつきません……」
じっくり考えてやっと答えたダンブルドア少年は、ドラゴンの首にしがみついた青年がブンブン振り回されながらも離そうとせず、それどころか唸り声を上げてドラゴンに噛みついているのを見て、ほんの少し芽生え始めていたその青年に対する憧憬の念を速やかに脳内のドブに捨てた。
「えいやあ!!」
青年はドラゴンの脛を思い切り蹴るが、痛んだのは青年の足の方だった。
「にゃーーー!!!!折れちゃう!!!」
「そりゃそうでしょうよ……」
足首を押さえて呻きながら地面を転げ回る青年を、ダンブルドア少年は呆れながら眺めている。
この7年生の先輩を尊敬しては幻滅するという一連のプロセスを出会って以来もう何回繰り返しているのか、ダンブルドア少年は数える気になどならなかった。
「『結膜炎の呪い』。合ってるよダンブルドアくん。『魔法生物学』の知識としてはね。けれど、君が今まさにドラゴンから自分の命を守ろうとしているなら、結膜炎の呪いはちょっとオススメできない……『有効だからこそ』おすすめできない」
ギャレスのその解説の意味するところを真っ先に理解したのは、まだ姉に抱っこされたままの、ハッフルパフの1年生の女の子だった。
「……もしかして、すっごく痛いから?痛ーい痛ーい、って暴れちゃうの?」
「正解。きみやっぱり賢いねえ。偉いからこれをあげよう」
「これなあに?ぶどう?」
「そう。『アリアニコ』っていう種類のブドウ。美味しいよ。……きみにもあげよう」
ギャレスに一粒のブドウを口元に差し出されて、妹を抱っこしたままの4年生の女子生徒はちょっと恥ずかしそうに悩んだものの、数秒で食欲に負けた。
「「おいしい」」
姉妹は同時にそう言い、ダンブルドア少年は自分が笑顔になっている事に気づいた。
「さあ、アンとセバスチャンの食後の運動はもうしばらく続くけど、みんなこっちを手伝ってくれるかな……ほら、おいでリチャード、ダンカン、ポピー……」
1年生たちが気づくと、いつの間にかネズミのようなカモノハシのような生きものが何匹も、足元にわらわらと集まってきていた。
「ほらダンブルドアくん。こそ泥が撫でさせてくれるって」
「誰がなんですって???」
ポピー・スウィーティングが何を言ったのか、ダンブルドア少年は一瞬理解できなかった。
1892年のホグワーツの7年生たちと蛇語(公式設定の解説ではありません)
レガ主はどう考えたってゲーム本編後オミニスに「教えて!」って言っただろうし、オミニスがレガ主に授業するのを横で聞いてるだけである程度習得しちゃう奴がレガ主のお友達の中に居てもいいなって思ったんだ。で、これによってオミニスくんがちょっとずつ、自分が生まれ持っちまったパーセルマウスって能力を前向きに捉えられるようになるんですよ(強めの幻覚)