2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
今取り組んでいるこの宿題を朝食の時間までに終わらせたい者たちが、俄に焦り始める頃。
今日もまたグリフィンドールの談話室を、他寮の生徒が訪問していた。
「おや、おはようノット。それにレストレンジも、誰を探してるんだ?」
「おはようプルウェット。………ウチのオミニス坊っちゃんを回収しに来たんだが」
そう言ったノットの隣に居るレストレンジの、ノットと手を繋ぎたいけど同時に他の友人や生徒、絵画たちの目があるこの場でそれをするのは恥ずかしい、しかしやはり手は繋ぎたいという内心の葛藤をその表情と挙動から察したリアンダー・プルウェットはしかし、それを脳内の隅にしまい込んでからその2人に応対する。
「………お前、随分面白い動きをしてるなレストレンジ。……どうした?」
「な゙っ、ななぁなんでもないよリアンダーのスケベ!!!!」
手を繋いだ後どうするか、という妄想が膨らみに膨らんでいたと見えるレストレンジに、リアンダーはそれ以上何も言わない。
2年前の自分ならスリザリンの奴らに「気遣う」なんてしなかっただろうな、何もかも全て指摘して嗤ったりとかしたんだろうなと思いながら。
「オミニスはまだこの中だよ。それにアイツがポピーとギャレスを連れて、1年生たちを魔法生物と触れ合わせてるから、オミニスもそれに巻き込まれているだろうって事と考え合わせると――」
リアンダー・プルウェットが言わんとしている事を、ノットもレストレンジも察した。
「――まだ結構かかるな。それは。………じゃあ、ちょうどいいなレストレンジ。お前―」
「やっ、やだよ!まだ期限まで余裕あるだろ!」
お互いの言いたい事を察せるノットとレストレンジは、主語の省かれた会話を展開する。
「余裕があるから今の内に取り組むんだ」
「ぇぇぇせっかく早起きしたのに……そんな事に時間使いたくない………」
宿題を「そんな事」と言ったレストレンジにお説教したいのを我慢するために大きく息を吐き出したノットは、譲歩する事に決めた。
「………。じゃあ、何がしたいんだ?お前。なんでも付き合ってやるから」
「えっ、えっなんでも?!!……ああ、ああ。そういう意味じゃないのはわかってるけどさ!」
勝手に頬を染めて勝手に慌てたレストレンジは、ノットと一緒に読みたいがためにマダム・スクリブナーに貸してもらった本があるのを思い出した。
「ん?じゃあそうするか………今回だけだぞ」
レストレンジがおずおずと取り出したその本を見て、ノットが言った。
そして談話室の隅のソファに密着して座ったその2人の背中を見て、リアンダーは独りごちる。
「……今なら口から砂糖を吐けるって気がするな」
そんなリアンダーに、また1人の7年生が声をかける。
「あ。ねえリアンダー。もしかしてポピー来てない?」
「おはようタグウッド。………きみの目当てがギャレスじゃないとは珍しいな?」
「あの子『次の授業まで』の薬草学の宿題が残ってるのよ。で、その『次の授業』ってのは―」
「………今日の最初の授業が薬草学だな?……おや???」
ポピーあいつあんなお気楽にしてちゃダメなんじゃないか、と思い至ったリアンダーはノットとレストレンジに事情を伝えた後、サチャリッサと連れ立ってその旅行カバンの中へと入っていく。
「わぁー!かわいい!!なにこれなにこれ!!!モグラさん??」
ハッフルパフの1年生の女の子が大喜びしているのを、その女の子の4年生の姉が見守っている。
7年生の生徒が所持する旅行カバンの中の、広大な空間で飼育されている数多の生き物たちを見学させてもらっている1年生たちは、穏やかな陽光に照らされた森の傍の草原で、足元に集まってきたネズミのようなカモノハシのような姿をした小動物の群れを興味深げに眺めていた。
「この子たちはニフラーって言うの。宝石とかコインみたいなキラキラピカピカした物が大好きで、すっごく好奇心旺盛で、そのキラキラピカピカしたものをいっつも探してるんだって」
4年生の姉の説明を、その女の子は目を輝かせたまま聴いている。
「見ててごらん」
ギャレス・ウィーズリーはそう言うと、すぐ傍にあった赤い木箱に杖を向けた。
そして木箱の中から金ピカの球体が勢いよく飛び出し、軽やかに転がり始めたそれを何匹ものニフラーたちが夢中で追いかける。
「わぁー!けっこうすばしっこいのね!」
「そうだよ。だからうっかり家の中に放しちゃったりすると大変なんだ。きみのお姉ちゃんが教えてくれた通り、ニフラーはいつだってキラキラピカピカした物を探してる。だから屋内に入れちゃうと、そういうものを探し回ってそこら中ぐっちゃぐちゃに散らかしちゃうんだ。しかもこのすばしっこさだからなかなか捕まえられない……それに結構賢いんだよね、この子たちって」
去年1回スリザリンの談話室に紛れ込んだ事があってね、と思い出を語るギャレスの話に、1年生と4年生の姉妹が聴き入っている。
「よーしよしよし………もー!かわいいんだから、こそ泥はぁー………!」
心底幸せそうな表情をしながら1匹のニフラーを指先でくりくりと撫で回しているポピー・スウィーティングを、ダンブルドア少年が怪訝そうな顔をして見つめていた。
「………なんですか、その名前。誰がつけたんですか。『こそ泥』って……」
「この子の名前は『アイアンデールのこそ泥』。名前つけたのはアイツだよ。前科あるんだって」
ポピーはそう言いながら抱え上げたそのニフラーが首を傾げて見つめてきた事によって、心の底にある愛情と庇護欲を司る部分をものの見事に撃ち抜かれたらしかった。
「うぁーーー、かわいいーーー!!!もー、もー!さいこう!!」
なんでちょっと怒ってるような口調なんだろうこの先輩はと、ダンブルドア少年にはむしろこのスウィーティング先輩の挙動の方が興味深かった。
「ダンブルドアくん!」
「……どうなさいました?」
「どうしよう!!かわいい!」
「そんな事訊かれましても……」
ドラゴン2頭と取っ組み合いながら森の向こうに消えていったあの困った先輩ともまた違う個性に、ダンブルドア少年は面食らっていた。そのスウィーティング先輩が「あの困った先輩」と比べて常識的に振る舞う姿しか見た事が無かったのも、ダンブルドア少年の驚きに拍車をかけていた。
「そのへんにしときなさい、ポピー。あなた、何か忘れてない?」
「あ、おはようございますタグウッド先輩。プルウェット先輩」
ダンブルドア少年は、背後から声をかけてきた7年生の女子生徒と、その横のグリフィンドールの7年生に挨拶をする。スウィーティング先輩が「忘れている事」がなんなのか、ダンブルドア少年は既に薄っすらと察せていた。
「おはようダンブルドアくん。………アイツは?」
「先輩ならドラゴンたちと戯れながらどっか行っちゃいましたよ」
「あの子も、天文学の宿題をほったらかしてるからそんな悠長に遊んでられない筈なのだけど」
そんな会話をしている2人の視界の隅で、ポピー・スウィーティングはイタズラ好きのニフラー「アイアンデールのこそ泥」を抱きかかえたままキュッと身を縮めて現実逃避に励んでいた。
「……ポピー。」
「きこえない!!」
アイアンデールのこそ泥が、サチャリッサの声に耳を貸さないポピーをペチペチ叩いている。
「1年生の皆が見てる前よ、ポピー。アイツみたいな事言わないの」
「や!」
尚も現実逃避を続けアイアンデールのこそ泥のお腹に顔を埋めているポピーの背中を見下ろして、サチャリッサはいつもよりほんの少しだけ低い声を作って、言った。
「ハイウィングが見てるわよ、ポピー」
ビクリとその身を震わせて、ポピー・スウィーティングは顔を上げる。
「………だから昨日私、言ったじゃない。寝る前に寝室でやるなんて無理だって。絶対、終わらせる前に寝ちゃうって。第一あなた『寝る前に寝室でやる』って言い出したの自体、あの時点でもう眠くて仕方がなかったからでしょう。……『もっと早めに取り組まなきゃ』って、あなたがいつもアイツに言ってる事よね?………で。だからこそ。私に言う事があるわよね?ポピー。」
そう言われたポピーがサチャリッサを見つめるその表情には、普通なら子が親に抱く種類のそれであろう「畏れ」が顕れていた。
しかしポピーは、いみじくもサチャリッサが言った通り、普段同じことをあの困った友人に言い含めているからこそ、自分がサチャリッサに何を言うべきかもちゃんと理解していた。
しかし、「わかっている」のと「できる」のは違う。
「もう絶対間に合わないもん………」
現実を受け入れてそれに立ち向かうには、ポピーにはもう少しだけ時間が必要らしかった。
「あれ~?どしたのポピーちゃん!」
そのお気楽な声は、頭上から聞こえてきた。
「あ、コラ!」
自分たちの友人が何に乗っているのかをひと目見て、リアンダーは杖を取り出す。
心配いらないとわかってはいても、そうせずにはいられなかった。
「……1年生が居るんだぞ」
「ダイナはお利口さんだから大丈夫だもーん。ねぇ?」
レシフォールドの上に寝そべって寛いでいるその女生徒は、その宙に浮かぶ大きな布か外套のような生き物の口、なのかもしれない部分にビスケットを差し出して与えていた。
「……あのドラゴン2頭は、どちらに?」
レシフォールドに真っ直ぐ杖を向けたまま、ダンブルドア少年が訊く。
「アンとセバスチャンならお風呂タイムだよ!って言っても水に浸かってるだけだけど。エリエザーが見ててくれるから放っといても大丈夫」
この「魔法生物に魔法生物の世話をさせる」というのが、先輩がおよそ1人で管理しきれるとは思えない数の生き物を抱え込んで尚、破綻どころか大きな問題のひとつすら起こさない秘訣なのだろうとダンブルドア少年は思ったが、だとしても「世話を手伝わせる魔法生物」の選別と、無理をさせない気配りなどと言った、自分にはそんなものどうしたらいいのか全く判らない種々の手間を、どうやらこの先輩はその場その場の直感に基づいた雑な判断のみでほぼ完璧にクリアしているらしい事が、ダンブルドア少年を改めて驚愕させた。
「……先輩は、誰よりすごいのに。全然すごくないですよね」
「それ、褒めてるのかい。アルバス?」
「いえ全然褒めてませんけど」
「お利口さんだから大丈夫」というのも、この危険生物レシフォールドが問題を起こさないのも事実としてそうなのだろう。しかし、それを他者に説明する際に「大丈夫だもん」以外に何も根拠を示せないというのは、ともすれば今後飼育許可剥奪や殺処分命令などなど色々とこの先輩の望まない結果を招いてしまうのではなかろうかと、ダンブルドア少年は内心で心配していた。
「……ところで先輩、天文学の宿題をほったらかしてるそうですね」
「うん!すごいでしょう!」
あろうことか胸を張ったその女生徒を、ダンブルドア少年はじっとりと睨む。
「ひっぱたきますよ先輩」
「……後で星見台巡りしようと思ってるんだけど。アルバスついてきてくれますか」
しょうがないですね、と言ってダンブルドア少年は大きく溜め息をついた。
「で。ポピーちゃんはどうしたんだい?」
「この子薬草学の宿題がまだなの」
サチャリッサの端的な説明に、レシフォールドの上に寝そべっている女生徒は目を丸くする。
「えぇ゙??!今日の最初の授業なのに??珍しいねポピーちゃん!」
ニフラーを抱えたまましゃがみこんでいたポピー・スウィーティングは、やっと立ち上がった。
「サチャリッサ、……お願いがあるんだけれど―」
サチャリッサには時々、このポピーが妹のように思える瞬間があった。
つまり、とても可愛らしく、世話を焼かずには居られず、危なっかしくて目が離せない。
賢く頼りになる優秀な友人だという事と同時に、サチャリッサはそう感じていた。
「きみたちは、今日までの宿題がまだ残ってたりするかい?」
ギャレス・ウィーズリーが、1年生たちに問いかける。
1年生たちが口々に「大丈夫!」とか「今日までのは終わってるわ!」とか言う中、ハッフルパフの4年生の女子生徒だけが、ギャレスと目が合った途端に慌てて視線を逸らした。
「何がまだなんだい?」
「………魔法薬学ぅ―」
ギャレスはそれ以上追求せず、ただ言葉を待っている。
そしてハッフルパフの4年生の女子生徒とポピーが、同時に言う。
「「―宿題手伝って!!」」
ギャレスとサチャリッサの返事もまた、全く同じ内容だった。
「勿論いいよ。……じゃあみんな、そろそろ談話室に戻ろうか。もうすぐ朝食の時間だしね」
名残惜し気な表情になってギャレスに文句を言い始めた1年生たちに、オミニスが言う。
「ほらみんな、ニフラーたちにお別れの挨拶をしよう」
オミニスの穏やかな声には、何か周囲の人間がそれに耳を傾けずには居られない不思議な何かがあるとダンブルドア少年は感じていた。そしてダンブルドア少年は、それが魔法やそれに類するものに由来する能力ではないとも、直感していた。声のトーン。声量。言葉選び。そして当人の穏やかな性格。そんなような種々のものの合せ技なのだろう、そしてオミニス先輩本人はそれを意識していないのだろう、さらに言えば7年生の先輩方は、少なくともその内の数人はオミニス先輩に関して自分と同じことを感じているだろうと、ダンブルドア少年は素直にニフラーたちにお別れを言い始めた同級生たちを見ながら思っていた。
「……どうしたんだい、ダンブルドアくん。きみ今、こっちを見てるんじゃないかい?」
「いえ、その。……声がステキですよね。オミニス先輩は」
そう言われてちょっと驚いたらしいオミニスは、困ったように数秒硬直してから、笑った。
「そうかい?……ありがとうダンブルドアくん。アイツと同じこと言うんだね、きみ」
アイツというのが誰の事なのか、訊かなければわからないダンブルドア少年ではない。
「先輩が?そう言ったんですか」
「うん。セバスチャンをフェルドクロフトの地下墓地から引き摺って帰ってきた直後にね」
それがどういう場面だったのか、ダンブルドア少年は既に先輩方から教えられて知っている。
だからこそ驚いた。
「そんなタイミングでですか?!」
「うん。何の脈絡も無く、いきなり。……正直俺、めちゃくちゃ怖かったよ」
「先輩ってそういう殺伐とした雰囲気の時、ほんとに怖いですよね」
「うん。だからこそいざって時は誰より頼もしいんだけど。……普段はあんななのに」
オミニスの言葉を受けて、ダンブルドア少年は笑う。その「先輩」がレシフォールドの背というか表面というか、とにかくその滑らかな表皮にインクをつけた指で落書きし始めたのを見ながら。
「あれでダイナが怒んないのがね。ダイナが特別おおらかなのか。アイツがすごいのか」
「レシフォールドの『普通の性格』なんて、誰も知りませんよ……第一先輩はあの『ダイナ』を。どこで拾ってきたんですか?熱帯にしか居ないんですよね?」
オミニスは、そう訊かれて難しい表情になる。
「詳しい事は俺も知らないんだよね。それにだいたい想像つくから訊いてもいない。けど……全てを知ってる奴がアイツ本人以外にもう1人居るから。興味があるなら質問してみると良い。……勿論、彼女が薬草学の宿題をやり終えた後でね」
ダンブルドア少年はオミニスのその発言で、それが誰の事なのかを理解した。
「スウィーティング先輩が?どうしてです?」
「2人で一緒に行ってたからさボルネオに。去年のクリスマスの休暇を使ってね。それで帰ってきた時には、アイツはあのレシフォールドのダイナを連れてた。俺達めちゃくちゃびっくりしたけど、ポピーは話を訊ける状態じゃなかった……ここから先を話す権利があるのはポピーだけだね」
ダンブルドア少年は興味を唆られたが、本人に訊くという判断をする気にはなれなかった。
なぜならそのポピー・スウィーティングは今、薬草学の宿題を朝食までの残り30分程度で終わらせるという難行に直面しているのだから。
朝食を終えてから最初の授業まではもう少し空き時間があるのだが、その空き時間を「その日の最初の授業までに済ませているべき宿題」をやっつける事に充てる者は決してその宿題を完了させられない、というのがホグワーツの生徒たちに膾炙している共通認識だった。
「ねえポピーちゃん。今日僕、夜までに天文学の宿題やんなきゃいけないから後で星見台巡りしようと思ってるんだけど。僕とアルバスはカリゴに乗っけてもらうからさ。ポピーちゃんも来てくれないかい?ハイウィングと一緒に」
女生徒の提案に、ポピーはアイアンデールのこそ泥と数秒見つめ合ってから答えた。
「………行きたい」
楽しい予定がひとつできた事で宿題に立ち向かう決意が整ったらしいポピーは、ずっと抱っこしていたアイアンデールのこそ泥を地面に下ろす。すると途端にそのニフラーは、いつの間にやら誰かからくすねたらしいガリオン金貨を腹の袋にしまい込み草むらを掻き分けて走り去っていった。
「……あれレプラコーンの偽金貨なのに。そそっかしいんだからこそ泥は」
ポピーはそう言って笑うと、サチャリッサの方に向き直った。
「おかえり、みんな」
「あ、おはようございますノット先輩。それにレストレンジ先輩も」
ダンブルドア少年がカバンの中から出てグリフィンドールの談話室へと戻って来ると、そこにはスリザリンの7年生の先輩2人が居た。
「さ、ポピー。一緒にいらっしゃい」
「はい………」
ポピーはサチャリッサに、談話室の隅へと連行されていく。
「お姉ちゃんが宿題するとこ、見てるかい?」
「うん!」
1年生と4年生のハッフルパフの姉妹は、ギャレスの後について行く。
「あ。ノット、レストレンジ。おはよう」
「「おはようオミニス」」
オミニスが2人の見ていた本が何なのかを杖を翳して確認しているのを見ながら、ダンブルドア少年はその先輩に向き直る。
「………なんだいアルバス?」
「スウィーティング先輩と、ボルネオに行かれたらしいですね。それで、そこでレシフォールドの『ダイナ』と出会ったと。オミニス先輩から伺いました。で、詳しい部分が気になるんですけど、オミニス先輩は、ここから先を話す権利があるのはスウィーティング先輩だけだと仰るんです」
そう言われた7年生の女生徒は、少し考えてから口を開く。
「オミニスなら、確かにそう言うだろうねぇ……オミニス優しいから。僕も、いくらアルバス相手でも、ポピーちゃんの意思を確かめずに、この話を教えてあげることはできない………って言っても、アルバスの事だから『僕とオミニスがポピーの意向無しでは話そうとしない』って時点で、もうどういう話題なのかをいくらか察せてしまってるんだろうけど」
「ポピー先輩の、ご家族に関する事。………ですか?」
7年生の女生徒は、困ったように笑った。
「アルバスは賢いねえ。ほんとに」
そう言われたダンブルドア少年は、何故だか咎められているような気分になった。明言してはいけなかったかと少し考えながら、ぼんやりとグリフィンドールの談話室全体を見回したダンブルドア少年は、気付いた。スウィーティング先輩がこちらを見ている事に。
「……いいのかい、ポピーちゃん」
「うん。あなたから話してあげて。私ほら、宿題やんなきゃいけないから。」
本当の理由はそこには無いと察せていながら、女生徒は頷く。
「じゃあアルバス、………ちょっと2人きりになろうか」
女生徒がそう言った途端にどこからともなく不死鳥が飛来し、ダンブルドア少年の肩をその鉤爪で掴むと即座に燃え上がって、不死鳥はダンブルドア少年諸共「姿くらまし」した。
「……どこですか、ここ」
ダンブルドア少年の背後が炎上し、不死鳥と共にその女生徒が姿を現す。
「ホグズミードにある僕のお店の地下室だよ。ここには招き入れない限り誰も入れない……入れても、ファスティディオの許可が無きゃどこにも辿り着けない。だから安全……さあ、座って」
マネキンが持ってきたティーセットとお菓子を受け取りながら女生徒がそう言った途端に、部屋に椅子と丸テーブルが出現した。「必要の部屋」と同じような魔法がかかっているのかと、ダンブルドア少年は推察しながら席につく。
「違うよ、アルバス。ここはファスティディオの思いのままの場所なんだ」
「……その、ファスティディオっていうのは何ですか?」
「僕の家族。ポルターガイストだよ」
それで全てを理解したダンブルドア少年はそれ以上何も質問せず、ただ先輩がスウィーティング先輩の事について、その「ボルネオに行った時の事」について話してくれるのを待った。
「まずね。こんなことアルバスには言わなくてもいいって信じてるけど一応ね。今から話すことは、他言無用だよ。誰にも言っちゃダメだ」
「わかってます、先輩」
ダンブルドア少年は、「誰にも」というのはエルファイアスや母さんも含むのだと理解した。
「ポピーちゃんのお父さんとお母さんはね。密猟者なんだ。ポピーちゃんは密猟者のキャンプで生まれた。その2人がポピーちゃんの事を愛していなかったとは僕は思わないけれど、端的に言って……ポピーちゃんから聞いた話を元にして考えるなら、2人にとってポピーちゃんは『二の次』だった。愛してはいたし大切な我が子だけれども、そんな事より魔法生物を狩って、というか上手いこと利用して大金を得る事のほうが重要だった。ポピーちゃんはある日、逃げ出した。ハイウィングを連れてね。ポピーちゃんのおばあちゃんが優しい人で、ほんとに良かった」
ダンブルドア少年が黙っているのは話を遮ってはいけないと注意を払っているからではなく、何も言葉が浮かばないからだった。なんと言えば今の自分に生じている感情を表現できるのか、ダンブルドア少年には全く判らなかった。しかし、スウィーティング先輩が魔法生物を人一倍思いやっている理由の根源を、見たような気がした。
「それで、それっきりポピーちゃんはお父さんとお母さんに会ってない。今日までね。で、2年前。僕がランロクとかルックウッドとかハーロウとかと殺し合ってた時、ポピーちゃんのおばあちゃんが密猟者に襲撃された。……情報の出どころは明らかだった。で、ランロクとルックウッドをブチ殺してハーロウをアズカバン送りにした後、ポピーちゃんと、ポピーちゃんのお父さんとお母さんについての話をした。ポピーちゃんが覚えてる話では、アクロマンチュラで一儲けするためにボルネオに行ってたみたいだった。で、その後はエジプトに行くつもりだったみたい。それを決行するのがいつなのかは判らなかったけど、調べてみるとどうも、少なくとも既にイギリスには居ないみたいだったから、僕はポピーちゃんと相談して、ポピーちゃんのおばあちゃんに了承を得て、とりあえずポピーちゃんと2人でボルネオに行ってみた」
ダンブルドア少年は紅茶の注がれたカップを持ったまま、一口も飲めずにいる。
7年生の女生徒は、正面に座るダンブルドア少年を真っ直ぐ見ている。
「で。……僕が見知ってる範囲だと、アクロマンチュラで商売しようとした人たちって尽く死んでるんだよね。だから僕はポピーちゃんにもその懸念を伝えたし、なんならいざって時はポピーちゃんのお父さんとお母さんをポピーちゃんが見てる前で殺すことになるかも知れないと思ってたんだけど………居なかった。アクロマンチュラはウジャウジャ居たし、『密猟者集団の拠点だったんだろう瓦礫の山』はあった。……そこは既にアクロマンチュラの巣になってた。ポピーちゃんのお父さんとお母さんが居た形跡はそこからちょっと離れた場所で見つけたけど、本人たちの姿はどこにも無かった。あったのは血痕と、杖が2本。それだけ」
「………その、2本の杖というのは」
ダンブルドア少年は、答えがわかっていながら質問をした。
「ポピーちゃんのお父さんとお母さんの杖だった。ポピーちゃんが言うんだから間違い無いよね」
ダンブルドア少年は、今から聞かされる話の内容が、全て察せてしまった。
ダンブルドア少年は天を仰ぎ、頭を抱えた。しかしすぐに、女生徒に向き直る。
「そうだよ。ダイナはね。ポピーちゃんにとっては、両親の仇なんだ。けどポピーちゃんは、ダイナの事を恨んでない。ポピーちゃんは僕に嘘つかないし、僕はそういうの、調べようと思ったら『開心術』なんかよりずっと正確に知れるからね。『感情』を見れば。お父さんとお母さんを終わりのない欲から救ってくれた、ありがとう、ってポピーちゃん、ボロボロ泣きながら言ってた。どんな人でも親は親。愛してほしかったし、普通の家族になりたかったんだろうね。けどもう、それは叶わない。僕もポピーちゃんも、厳密にはその、お父さんとお母さんがどうなったのかの、決定的な証拠とか、『その瞬間』を目撃したわけじゃない。杖に『直前呪文』を使ってそこから出てきたものを見てたら地面になにか滴ったものが点々と光って見えた……『僕には』見えた。それを追っかけてったらレシフォールドが居た」
ダンブルドア少年は、7年生の女生徒から視線を逸らせなくなっていた。
「つまり、ポピーちゃんのお父さんとお母さんは、アクロマンチュラをどうにかして、まあたぶん1匹見つけて毒を摂ろうとしたんだろうね……もしかしたら捕まえて、継続的に安定して毒を得るつもりだったのかもしれない。けれど群れと、おそらくは不意に遭遇した。で、どうにかこうにか逃げ延びた先に臨時の拠点を整えたけどヘトヘトで、最低限の治療だけして眠った。自分たちの周囲に保護魔法をかけ直すのも忘れて。……それで、2人が眠った後で、レシフォールドが来た」
残ってた状況証拠から一番納得できる推理がこれ、と女生徒は締めくくった。
「レシフォールドに食べられたフリ、ってのは行方をくらませたい魔法使いが時々使う手だけど、それなら杖を置いていく意味がわからないよね。アクロマンチュラのコロニーが近くにあるのに。勿論、僕とポピーちゃんのこの推理が間違いで、2人は今もどこかで生きてるって可能性が無いわけじゃあ無いけれど、まあ十中八九………」
「僕も、そう思います」と、ダンブルドア少年はやっとそれだけ言った。
「ポピーちゃんを慰めるのに、ポピーちゃんがとりあえず行動できるだけの元気を取り戻すのに、丸2日かかった。その間ずっとポピーちゃんはカバンの中で………あ、いや。これは言うべきじゃないね。で、僕はそのレシフォールドに『ダイナ』って名前をつけた」
そこで話が終わった事で、ダンブルドア少年は思わず訊き返した。
最も重要な疑問が全く解消されていないのだから。
「待ってください。結局なんで先輩はそのレシフォールドに言う事聞かせられるんですか?」
「んー?だって僕とダイナは友達だもん。戦って友達になったの。ダイナの目を見た瞬間にね、なんとなく直感したんだ。『あ、仲良くなれるな』って。あのアクロマンチュラたちとは違うって」
全く説明になっていないとダンブルドア少年は思ったが、しかしそれで納得するしかなかった。
そしてそれでもダンブルドア少年は、最後にもうひとつだけ質問を投げかける。
「あの。『目を見た瞬間に』って仰いましたけれど。……レシフォールドの目ってどこですか」
「…………さあ??」
7年生の女生徒にキョトンとした目で見つめられたダンブルドア少年は、驚愕と呆れと尊敬と軽蔑が全て混ざった、名称のわからない感情を抱いていた。
それは、ある種の諦観に近かった。
(ああ、先輩の行動原理を言語化して、理屈で説明しようとする事自体。ナンセンスなんだな)
どうやらこの人は理論や法則の外に居るらしいと、ダンブルドア少年は自分にそう言い聞かせて無理やりに納得する事しかできなかった。
アンガス・スウィーティング&ヴァイオレット・スウィーティング
公式には生死不明。というか所在不明。
けどまあ、…………生きてねぇだろうな、って私は思ってる。
レシフォールド
空飛ぶ経帷子とか呼ばれる、マントが宙に浮いてるような見た目の生き物。
吸魂鬼の近縁とも、吸魂鬼を製作した者はこれを見本にしたとも伝わる
危険極まりない魔法生物で、魔法省が定める危険度別評価は
ドラゴンやバジリスク等と同じXXXXX(魔法使い殺し、飼いならす事は不可能)
熱帯地域にのみ極少数が棲息し、遭遇して生きて帰った例は極めて稀。
フラビウス・ベルビーの遭遇体験によって「守護霊呪文だけは効く」と明らかになった。
ただしこの最古の生存例である「フラビウス・ベルビー」が試みていない呪文、例えば
アバダケダブラとかクルーシオとか悪霊の火とかは
厳密には効くのか効かないのか定かではない。
当然生態は殆ど謎で、「寝ている人間に静かに襲いかかって喰う」とか
「喰われた後は綺麗さっぱり何も残らない」とかの
断片的な情報のみが知られている。
ちなみにコイツが棲息している熱帯地域には、逆に吸魂鬼が居ない。
吸魂鬼は寒冷地に多いそうな。