2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
その日の最初の授業を終えたダンブルドア少年は、朝早くに見かけた光景の結末を知らない事に気づいて、別に自分の次の授業が行われるわけでもない温室を訪れていた。
「あら。いらっしゃいミスター・ダンブルドア。……どうしたの?」
「おはようございますガーリック先生。いえあの、スウィーティング先輩が結局間に合ったのかが、僕どうしても気になってしまいまして」
そう訊かれたガーリック先生は、少し笑いを溢してから温室の一角を指差す。
そこに置かれた、植物だらけ土だらけの温室には似つかわしくない、1人用のテーブルと椅子の上で。7年生の青年に頭を撫でてもらいながら。ポピー・スウィーティングが燃え尽きていた。
「……間に合った、ん……ですか?」
「今回だけは、特別に大目に見ました。」
ガーリック先生は笑いながらも溜め息をついている。
「ポピーちゃん、ほらアルバスが心配して見に来てくれたよ」
青年にそう言われても、ポピーはダンブルドア少年の方を見ようとしない。そんな元気は残っていないのだと、ダンブルドア少年にはすぐに理解できた。
「……もっとよしよしして。ほめて」
「エラいエラい。ポピーちゃんよく頑張った」
ポピー・スウィーティングに対してその7年生の先輩が「励まして」「慰めて」「甘やかす」側に回っているのを、ダンブルドア少年が目にするのは初めてだった。
「あの……、これはその。どうなさったんです?」
ダンブルドア少年のざっくりした疑問に、サチャリッサ・タグウッドが答える。
「提出はね。間に合ったのよ。けど本当にギリギリだったから、誤字のチェックとかできなかったのね。……で、綴りが間違ってたりとか理論展開がおかしなことになってたりとかで2回。再提出して、結局授業が始まるまでに終わんなくて、授業が終わってから続きをって事になって、ホントに今漸く提出し終わったところなのよ。……ポピー。ガーリック先生に言う事があるわよね?」
杖を振って自分の隣に椅子をもう一つ用意し、そこに青年を座らせて膝枕を要求していたポピーは起き上がりもせず、呻くように言う。
「ガーリック先生迷惑かけてごめんなさい……」
「はい。今度からはもっと時間に余裕を持って……って、これはもう言われたわよね―」
ガーリック先生は、大好きな友人の膝枕を堪能しているポピーの傍らまで来る。
「―よく頑張りました」
ニッコリと笑顔を投げかけてくれたガーリック先生の優しさに照らされて、ポピーはそのあまりの眩しさに目が開けられなくなっていた。
「ガーリックせんせいありがとうございました」
それだけ言ったポピーは、青年にぎゅっと抱きついたまま動かなくなる。
「珍しいわね、ミス・スウィーティングの方がアナタにこんなふうに甘えるなんて」
「そうですか?僕と一緒にお昼寝してる時とかはわりとこうですよポピーちゃんは」
口を滑らせた青年を見つめたまま、ガーリック先生は難しい表情になった。
「……ホグワーツでは。別に学業を疎かにしなければ、明示的に禁止はされていないけれど。推奨も決してされていないし、そんなに大っぴらにするべきことじゃないのよ―」
なんの話かわからない青年は、ポピーに膝枕したまま首を傾げている。
「―不純異性交遊は。」
ポピーの体温が一気に上がった事に、膝枕している青年だけが気づく。
「違うよぉベルちゃん。僕とポピーちゃんは不純じゃないもの」
「どちらかといえば『交遊』の部分を否定してほしかったのだけれど?」
「だって仲良しなのはホントだもの。一緒にお昼寝するし、お風呂入るし。一緒に規則破るし」
「規則は破っちゃダメよ?」
ガーリック先生が、この2人を信頼してはいても、教師という立場上釘を刺さずにはいられなかったのだろうと理解して、ダンブルドア少年は溜め息をつく。ホグワーツの先生って大変なんだな、とぼんやり思いながら。
そしてダンブルドア少年は、深く考えずにその問いかけを口にする。
「スウィーティング先輩は、この『先輩』の事。ホントの所はどう想ってらっしゃるんです?」
青年に膝枕してもらったままのポピーの耳が真っ赤になった事に、サチャリッサが気づく。
「……わたしのぜんぶ」
聞こえるか聞こえないかの声量でそう言ったポピーは、青年の腹部にグリグリと顔を押し付けて、どうやらそこに隠れようとしているらしかった。
「まあ、ポピーが2年前コイツに何をしてもらったかと、コイツがホグワーツに来るより前のポピーがどうやって過ごしていたかを考えると。………好きにならない方が不自然かもね?」
サチャリッサの端的な意見に、ガーリック先生が苦笑しつつも頷く。
「どんなだったんです?5年生になるより前のスウィーティング先輩って」
ダンブルドア少年の質問に、サチャリッサが答える。
「……コイツはポピーにとって、『初めてできた人間の友達』なのよ。私はルームメイトだから、ポピーが1年生の時からずっと毎日一緒だったけど、仲良くなったのは一昨年の終わり頃から。それまではお互いに、ハッキリ言ってあんまり興味が無かった。私もポピーも好きな分野が確立されていて、そればっかりに時間を使ってたから。ポピーは明るい子だから別にみんなから避けられてたわけじゃない。『魔法生物にしか興味が無い変わった子』だとは思われてたけれど。どちらかと言うと周りじゃなくてこの子自身が、友達を作るって事にそこまで興味が無かったんだと思うわ。けれど、5年生の時に。コイツが。いきなり現れてポピーの世界を変えちゃったのよ」
他ならぬポピーが、サチャリッサの言葉に続く。
「私。一昨年まで。友達って言われて思い浮かぶの、ハイウィングとおばあちゃんだけだったんだ。けど、コイツは、魔法生物学の授業でね。イジワルなスリザリンとレイブンクローの生徒からね。助けてくれたの。それで私と仲良くなってくれて、一緒に密猟者と戦って、ヘブリディアンブラックの卵を親に返したりとか色々、一緒にしてね。それで去年ね。私『三本の箒』に行ったの。一緒に。バタービールは、勝手に想像膨らませてたのとはちょっと違う味だったけど、すっごく美味しかった。……たぶん、隣の席にコイツが座ってくれてたから。マダム・シローナはハイウィングにも優しくしてくれたし、他のお客さんたちも、ハイウィングを連れて入りたいってワガママを受け入れてくれた。ホントに、ホントに楽しかった。それで今じゃ皆としょっちゅう行くんだよ」
三本の箒に行くのはそれが生まれて初めてだったのだろうということも、それまで行ったことがなかったのは一緒に行く相手が居なかったからなのも察して、ダンブルドア少年は言う。
「友達。たくさん増えてよかったですね。スウィーティング先輩」
「うん。全部、全部コイツのお蔭なんだ……みんなにまだ内緒にしてる冒険もあるんだよ」
「『言わない』って、ドランとエレクに約束したもんね?だから僕らだけの秘密なんだよねー」
青年は、膝枕したままポピーの頭を撫で続けている。
そして、一昨年の「その話」を出されると、ちょっと気まずくなる生徒が1人。そこには居た。
「あの時は本当に悪かった。スウィーティング」
「あなたがそれをペルセポネにもちゃんと言ってくれたの、知ってる。あなたとまで仲良くなれるなんて、ホントに思ってなかった。ノット。アナタが、動物たちの事も『敬意を払うべき』って思ってくれるようになったの、私。ホントに嬉しいんだよ」
そのノットだけに限らず、古い純血家系出身のスリザリン生たちの多くが、2年前までと現在とで、大きくその考え方を変えていた。それも、このおかしな青年の数多い影響の1つだった。
「ノットもマルフォイもさ、友達になってみればイイヤツだった。だろう?」
その青年は、既に次の授業の教室への移動を開始しているのでその場には居ないグリフィンドール生たちに向けて言った。特にギャレスやリアンダーに。
ポピーは、膝枕してくれているこの大好きな友人と一昨年出会った事でやっと、世界の全てに本来の色が戻ったような気がしていた。勿論この「編入生」に出会うより前も、独りだったとは言え幸せだったし楽しかったが、それでも今とは比べ物にならないと、ポピーは思っていた。
「……知ってると思うけど。私。アナタの事。ハイウィングとおんなじくらい好きなんだよ?」
「僕もポピーちゃん大好きだよ~」
自分が言っている事の意味がわかっているのかと、ダンブルドア少年は一瞬目を離した隙に赤毛の女生徒になったその先輩を、眉間にシワを寄せて見つめていた。
それは今、この場で最も。そんな気軽な口調で返すべきではない言葉だろうと歯痒く思いながら。
しかし同時に、彼なりにスウィーティング先輩の事を慮っているダンブルドア少年はしかし、本当の意味では理解できていなかった。
「ハイウィングとおんなじくらい」というのが、ポピーにとってどれほどなのかを。
「ねえ、あのね。今日の星見台巡りね……」
「なんだいポピーちゃん」
「アナタと一緒に乗りたい。ハイウィングに」
「いいよ。じゃあアルバスはカリゴに乗ってね。……あでもアルバス1人だと不安か」
先輩が何を懸念しているのかを察して、ダンブルドア少年は会話に割って入る。
「大丈夫ですよ僕は1人でも」
「アルバス高いとこ苦手なのに??」
「……大丈夫です」
大丈夫ではないのだと、ガーリック先生にも判った。
「星見台巡りに行くのかい?」
ダンブルドア少年にとっての救世主は、ガーリック先生に許可を貰って1人追加で自主練習を続けていた今日の授業内容「催眠豆の収穫手順と収穫に適した生育具合の見極め」の練習台にしていた催眠豆の立派な鉢植えから顔をあげて、その目を輝かせていた。
「あ、一緒に来るかいアミット?……ポピーちゃん、いーい?」
そこまでニブくはないらしいその女生徒は、ポピーの意見を伺った。
「………はいアミット。僕らのお姫様から許可が出ました。午前の授業と午後の授業の間の時間に雨天決行。まあ今日はバッチリ晴れてるけど。ついでに言うとお昼に回るわけで、星を見るわけではなく、あくまでも『星見台』を見るのが目的です。それでも来るかい?」
「もちろん。きみたちと一緒に外出して、楽しくなかったことなんて無いからね」
そしてダンブルドア少年にも意思確認をした女生徒は、ポピーを揺すり起こす。
「よおし!そうと決まればお昼何食べるか考えなきゃ」
「その前に、そろそろ移動し始めなきゃ次の授業に間に合わないわよ。準備もあるんだから」
サチャリッサの指摘で、その場の全員が我に返った。
「そうでした!……アルバス次の授業はなんだい?」
「呪文学です。先輩方は?」
「闇の魔術に対する防衛術。ここに居るみんな、全員ね」
「ここから『防衛術』の教室までって、そこそこ距離ありますよね」
先輩方が誰も焦っていない事を、ダンブルドア少年は奇妙に思っていた。
「それは大丈夫だよ。僕ら、『フルーパウダー』常備してるし」
「そんなものホグワーツで使えるんですか?」
アミット・タッカーと、さっきまで青年だった女生徒が、ニヤリと笑った。
「フルーパウダーの値段を考えると決して常用はできない。けど、遅刻しそうになった時のためにいつでも、1回分の量は持っておくべきだよ……ここの近くにもあるから見せてあげよう」
そう言って歩き出したアミット・タッカーの後ろに、ダンブルドア少年はついていく。歩幅の差をまざまざと見せつけられながら。
「アルバスかわいい」
「ほっといてください」
その先輩が何を見てそう言ったのか、ダンブルドア少年は即座に察して抗議した。
「ほらポピーちゃんそろそろ立って!まだ元気出ないかい?」
そう言われてやっと起き上がったポピー・スウィーティングは、先程自分が本来ならば2人きりの時に言いたかった言葉を皆の前で声高に発表してしまった事に、やっと気づいた。
「……どしたのポピーちゃん」
立ち上がったっきり動かなくなったポピーに、その女生徒は話しかける。
「………ポピー、一緒にちょっとお手洗いに寄りましょうか。そんな真っ赤っかの顔のままじゃ、ヘキャット先生の授業受けらんないでしょう?」
サチャリッサの申し出を受けて、ポピーは黙りこくったまま僅かに頷いた。
「そう?じゃ僕は先に行ってるねポピーちゃん」
ニッコリとポピーに笑いかけながらそう言った女生徒の頭上が燃え上がり、そこに不死鳥が姿を現す。そしてヒラヒラと手を振った女生徒諸共、不死鳥は再び炎に包まれて「姿くらまし」した。
「アイツ、今フルーパウダー切らしてるんだよね」
アミット・タッカーはそう言うと、ダンブルドア少年に近くの壁を指し示す。
「私が煙突飛行粉を発明するまで、移動はとても不便だったのよ」
急に喋ったその魔女の浮き彫りが誰なのか、ダンブルドア少年はすぐに理解した。
「おはようございます、イグナチア・ワイルドスミスさん」
「あら、私のことをちゃんと知っている1年生だなんて、それもまだ9月なのに!勉強熱心ね!じゃあ、この緑色の火がどういう役割のものなのかも、ちゃんと理解しているわね?」
ダンブルドア少年は、そう言われて初めて、その浮き彫りと緑色の炎がどういう機能を持った施設なのかを理解した。つまりこれは暖炉なのだと。
「ホグワーツって、煙突飛行ネットワークに接続されているんですか?」
「厳密には、そうじゃない」アミットはダンブルドア少年の目を見て説明する。「ホグワーツ領内には独自の煙突飛行ネットワークがあって、各所を繋いでいる。そしてホグワーツの生徒もしくは教職員であるならば、ホグワーツの周辺地域から直接、煙突飛行でホグワーツ内に飛んでくることもできるし、グリフィンドールの談話室の暖炉とか数カ所は、もっと遠くの、つまりダンブルドアくんが『煙突飛行ネットワーク』って言われて思い浮かべる、イギリスの国境を越えて接続されている国際的なものに繋がっていて、ホグワーツの古くて数多い保護魔法が通行を許可すれば、相互に直接移動ができる。けれどこの『ホグワーツ内と外の接続』は極めて限定的なもので、校長が気まぐれに、もしくは先生方のご意思でいつでも遮断できる。だから厳密には『ホグワーツは煙突飛行ネットワークに接続されている』とは言い切れない。『主たる国際的な煙突飛行ネットワーク』とは別に『ホグワーツとその周辺地域の煙突飛行ネットワーク』そして『ホグワーツ内限定の煙突飛行ネットワーク』があって、それらが条件付きで部分的に接続されてるって表現するべきかな」
その説明で納得したダンブルドア少年は、端的な感想を述べた。
「タッカー先輩は、笑顔がステキですね」
「そうかい?ありがとう」
ちょっとビックリしたらしいアミットは、戸惑いつつも嬉しそうにしている。
そしてダンブルドア少年は、アミットから緑色の粉を手渡された。
「ほらダンブルドアくん、試しに呪文学の教室に行ってみよう。使い方は知ってるだろう?」
爽やかな笑顔のアミット・タッカーに促されるまま、ダンブルドア少年はイグナチア・ワイルドスミスの浮き彫りの前に立ち、足元に緑の粉を投げると同時に目的地を叫んだ。
「おお!ちゃんと来れたねアルバス!」
「……なんで居るんですか先輩」
煙突飛行で呪文学の教室の前に移動したダンブルドア少年を待ち受けていたのは、不死鳥を頭の上に乗せた7年生の女生徒だった。
「来るかなーって思って。待ってた」
「………先輩は、スウィーティング先輩が先程仰っていた事。ちゃんと理解してますか」
まだ思うところがあったらしいダンブルドア少年は、済んだ話を蒸し返す。
「……わかってるさ。ポピーちゃんが僕の事、どういう意味で好きなのかくらい」
女生徒はガリガリと頭を両手で掻き毟り、その動作が煩わしかったのか、不死鳥が飛び立った。
女生徒は数秒で落ち着き、不死鳥も再び女生徒の頭の上に止まる。
「ポピーちゃん今頃。……泣いてるんだろうなぁ」
そう呟いた途端に、女生徒は再び青年になった。
「心配してくれてありがとねアルバス。でも大丈夫。……大丈夫」
自分に言い聞かせるようにそう繰り返した7年生は、どうするべきなのかを測りかねていた。しかし、どうするべきなのかわからないままに突き進まなければいけない場合があると言う事だけは。正解も不正解もない人生に於いて「悩み続けるばかりで何もしない」という選択だけは明確に不正解だと言うことだけは、その7年生はちゃんと理解していた。
「……ねえアルバス、僕そこまでニブチンに見える?」
「見えますよ。スウィーティング先輩からの好意に一切気付いてなかったとしても驚きません」
ええーそうかなあ心外だなあと言いながらその青年が浮かべたいつも通りの気楽な笑顔が、ダンブルドア少年には一層「そういう種類の繊細さ」とは無縁であるように見えていた。
スウィーティング先輩はなんでこんなのが良いのだろうと、ダンブルドア少年は思ってしまっていた。このお気楽極まる青年がスウィーティング先輩にはどう見えているのかも、そして自分がこの先輩にどれほどの恩があるのかもきちんと理解していながら、尚。
「ほぉら、僕らの事は気にしないで。授業行っといで!ローネン先生にご挨拶しといで!僕ももう行くからさ!僕とポピーちゃんは大丈夫だから!」
有無を言わさず呪文学の教室に押し込まれたダンブルドア少年は、そこに居たローネン先生に挨拶をしつつも、まだその2人の7年生の事ばかり気にしていた。
(先輩は、ニブいんだが鋭いんだかよくわかんないよな……未来が見えてるみたいな事言う時もあるし、現に見えてるっぽいし。オナイ先生は先輩の事、『私とは違う種類の目を備えてる』って言ってたし。かと思えば足元すら見えてない時もあるし、いきなり走り出して何にもないところでコケるとかしょっちゅう見るんだよな……)
その先輩について考察するとダンブルドア少年はいつも、同じ結論に至るのだった。
「………変な人ですね、本当に」
「あの7年生の事かな?」
聞こえていたらしいローネン先生に見つめられて、ダンブルドア少年は慌てて謝った。
「すいませんローネン先生。……そうです。その先輩の事考えてました」
「あの子はとびきり面白い生徒だよ。どんな難しい呪文でも誰より早く覚えてしまう。なのに、『では今の呪文はどういう仕組みなのか』という理論の話になると途端に呻き苦しみ始めるんだ」
熱心だからこそ苦手なのがよく伝わってくるのだと言って、ローネン先生は楽しげに笑った。
一方でその青年は、先程ダンブルドア少年には念を押すかのように「大丈夫だ」と言ったものの、実際には悶々とポピーの事ばかり考えてしまっていた。
(サっちゃんが一緒に居るんだし、ポピーちゃんをいくらかは落ち着かせてくれてる筈……)
そうは思いつつも、泣き腫らした目のポピーちゃんが動揺したまま授業に来てたらどう声をかけたらいいのかと、青年は1人悩みながら闇の魔術に対する防衛術の教室へと向かう。
そして、そこには。
「あ、やっと来たわね。ポピーから話があるらし」
サチャリッサの言葉は、途中で遮られた。
「ねえねえねえねえねえ私いいこと思いついたんだけど聞いてくれないかな!!!」
予想より遥かに元気を取り戻していたポピーが、青年の姿を見るなりまるであのいつも楽しそうな1年生の女の子のように、勢い良く青年に突撃して来た。
「なんだいポピーちゃん………」
受け止め損ねて押し倒された青年の上に馬乗りになったまま、ポピーはその目を輝かせている。
「あのね、あのね。卒業後の進路の事なんだけど」
青年は、状況が飲み込めないという戸惑いの心を振り払って、ポピーの目を真っ直ぐに見た。
「なんだい、ポピー」
「私を雇ってください!」
その瞬間に「経営者」の思考に切り替わった青年は、自分の店にポピーが加わる事にどのようなメリットが有るのかをできる限り前向きに、贔屓目満載で計算し始める。
しかし、ポピーの言いたい事は、青年が先回りして考えた内容とは少し違っていた。
「あのね。私ね。さっきサチャリッサに訊かれたの。アナタのどういうところが好きなのかって。改めてどこがって訊かれると、よくわかんなかった。だって、嫌いなところなんて無いんだもん。でもね、思ったんだ。私たちがホグワーツで過ごすのは今年で最後。卒業したら、少なくとも今までよりは会う頻度が減るのは確実だし、もしかしたら、たまに手紙をやり取りするだけの関係になっちゃうかもしれない。それで私は、アナタともそうなるのかもって考えたらね。なんでか涙が止まらなくなっちゃった。……私は、ホグワーツを卒業してからも、毎日アナタに会いたい。で、私の希望する進路。将来就きたい職業。魔法生物に関わり続けたい。間接的にじゃなく、直接触れ合う仕事がしたいし、魔法生物たちの事をもっと知りたい。そしたら保護施設とかで働くのが良いのかも、どこの保護施設がたくさんの魔法生物を保護してるのかな?って、さっきまでは思ってたんだけどね?私、さっき閃いたんだ。今までで最高のアイデアだと思った。私、冴えてる!って。あの……あのね、つまり、私が言いたいのはね―」
ポピーは、拭いきれない不安が表情の端に顕れていた。断られたらどうしよう。
「―保護してる数も種類も、アナタに勝てる施設なんて、世界のどこにも無いじゃない?そしたらほら。私の将来の夢と、私のワガママがさ。くっついちゃった。……だから、雇ってください!」
青年は、そこで漸く理解した。つまりポピーは、ホグズミードにある店の従業員としてではなく、「魔法生物飼育の個人的な助手」として、雇ってほしいと言っているのだと。
「………不定休だよ?」
その主文の抜けた返答が一切の誤解を生まない程に、青年とポピーは通じ合っていた。
大喜びしたポピーが自分の顔のどこにキスしてきたのか、青年はたった今の事なのにもう思い出せなかった。嬉しさと気恥ずかしさが限度を超えるとこうなるのだろうかと、青年はポピーに抱きしめられながらぼんやり考えていた。
「おやおや、まあ。これは一体何の騒ぎだい?」
「スウィーティングの卒業後の就職先がたった今決定したところなんです、ヘキャット先生」
マルフォイのその説明だけで、ダイナ・ヘキャットは全て察したらしかった。
「就職先を『業種』だけで選んだ生徒が、卒業して数年も経たないうちに『辞めました』って相談の手紙を寄越すって事は、私に限らずホグワーツの教師なら何度となく経験してる事だ。で、だいたいは『人間関係』が原因だ。上司がヤな奴だとか、同僚とどうしても合わないとかそういう理由でね………だからくれぐれも。仲良くやるんだよ、アンタたちは。……その決定が喜ばしいのは、あんたたち2人の仲が良いからこそなんだからね」
「はい。肝に銘じます、ヘキャット先生」
床に押し倒されたままそう答えた青年を余所に、ポピーの脳内では未だ祝祭が続いていた。
「サチャリッサ、私!やった!ねえ、ありがとう!」
「はいはい。今がもう授業中だって事、アナタわかってる?」
そう言われてやっと我に返ったポピーは、恐る恐るヘキャット先生を見る。
「……そろそろ離れないと、減点しなきゃいけなくなるよ。ミス・スウィーティング?」
「ごめんなさい、ヘキャット先生……お騒がせ、しました………」
急に冷静になった事で劇的な恥ずかしさが湧き上がってきているらしいポピーは、青年からパッと離れたかと思うとサチャリッサの背中に隠れてしまった。
そしてゆったり立ち上がった青年は、改めてポピーに返答する。
「ポピーちゃんなら大歓迎だよ。っていうか今もう既にけっこう手伝ってもらっちゃってるし、確かにホグワーツを卒業する事でこの手伝いがまるまる望めなくなるってのは、考えてみればけっこう困っちゃう事態だったんだよね。………でも、もう心配いらないわけだ!しかも卒業してからもポピーちゃんと一緒!こんなに嬉しい事って無いかもしれない!!」
もじもじし始めたポピーとは対照的に、その青年は堂々と歓喜を発散していた。
「わーかったから。ほら、授業始めるよ」
ヘキャット先生は笑いながらその青年を諌めると、いつものように杖を取り出して、その教室に集う7年生たちに授業内容の説明を始めるのだった。
「魔法ってのは、実践できなきゃ話にならない。理解だけしてても仕方が無い。けれどアンタたちは7年生だ。『N.E.W.T.』が刻一刻と迫ってる。だからこそってわけじゃないけど、『座学』がすっぽ抜けてるってのは、看過しかねるよ―この中に、レプラコーンの偽金貨と本物のガリオン金貨の見分け方を説明できる者は誰か……お、早かったねミスター・ゴーント。言ってみな?」
オミニスが「匂いが全然違います」と言い切った事で、ヘキャット先生は目を丸くした。
「本物のガリオン金貨は、ゴブリン製の金属特有の匂いに加えて、それまでその金貨に触れた者たちの手垢等が混ざった、所謂『硬貨の匂い』がします。レプラコーンの金貨にはこれがありません。『今造ったばかり』って感じの、綺麗過ぎる匂いなんです。だから、俺にはすぐわかります」
「その方法で判別できるのは、たぶんお前だけだぞオミニス………」
それがヘキャット先生の想定解とは全く違うと理解しているマルフォイも、その横のノットとセバスチャンも。感心を通り越して呆れていた。
「試してみる?」
そう提案したのは、いつもの通りその青年だった。
「おーい。ちょっと手伝ってくれないかいアルマンド」
その声に応えて青年のポケットの中から顔を出したのは、今まさに議題となっていたアイルランド原産の魔法生物、いたずら好きのレプラコーンだった。
「なんだ?……あ、コラ!それ持ってってどうすんだバカ!」
アルマンドと呼ばれたそのレプラコーンの胴体には、モグラのようなカモノハシのようなネズミのような小動物が1匹、ガッチリとしがみついていた。
「おや。またリチャードと遊んでくれてたのかいアルマンド?」
「コイツ、出した傍から金貨を持ってっちまうんだよ!」
レプラコーンにくっついてきたそのニフラーは、ボトリと教室の床に落ちるとすぐ後足で立ち上がり周囲を見回し始める。キラキラピカピカしたものを探しているのだと、教室中が理解していた。
「ほら持ってけ!……まーったくすぐに消えるってのに……バカなんだなぁ………」
どこからともなく取り出した大量のガリオン金貨をそのレプラコーンが床にバラ撒くと、ニフラーは夢中で拾い集め始める。そんな中、青年が指先を気軽に動かして金貨を1枚「呼び寄せ」た。
「はい、みんな。これがレプラコーンの偽金貨。で、こっちが本物のガリオン。区別、つく?」
眼の前に差し出された2枚の金貨を見比べて、7年生たちは一斉に首を捻る。
「色も表面の加工も、全く同じだな……」
「そういやマルフォイこの前、クッキーに入ってたのを偽物だって見抜いてたよな。あれは―」
「パッケージ裏の説明文に『肩透かし』と題してぼかした解説が書かれていたからな。つまり本物ではないと推測したまでで、僕は何も見分けていない」
ノットにマルフォイが先日のダイアゴン横丁での一件の種明かしをしている一方で、みんなに金貨を見せている当の青年も、至ってお気楽に白状した。
「僕も。もうね、どっちがどっちか判んなくなっちゃったんだよね!」
「いやだから匂いが全然違う……」
「悪いオミニスちょっと静かにしててくれ」
セバスチャンに発言を遮られて、オミニスはトボトボとヘキャット先生の隣に移動した。
「……匂いで区別が付くのかい?」
「はい。全然違います。俺はむしろなんでみんながあんなに悩んでいるのかわかりません。……その。見た目はどのくらい似ているんですか?」
「完全に同じ。グリンゴッツのゴブリンたちはそれでもアッサリ見分けるけど、あれはゴブリン製の金属の秘密を熟知してないと無理な芸当だろうね……ついでに言うと重さも感触も全く同じなんだ。だから実を言うと『見分けられない』ってのが一般的な正答なのさ。レプラコーンの金貨は数時間で消える。そして、厳密には『金のような物』だ。金じゃあない。『数時間で消える』ってのが、今回の出題の一番重要なポイントだ。意外と、大人でもこれを知らない奴が多いんだよ」
「……アイツ、レプラコーンを飼育していながら、レプラコーンの偽金貨と本物のガリオンの区別がつかないってのは。大いに問題ありますよね?」
オミニスの懸念にヘキャット先生は気軽に答える。
「それは心配いらないさ。だってあの子は―」
「んー、どっちだっけな!……レベリオ!!………ああこっちが本物だったかぁ」
杖を大きく振って部屋全体に呪文を投射したように見えたその青年に、セバスチャン・サロウは答えが察せていながら質問を投げかける。
「……お前、今どうやって見分けたんだ?」
「ん?レプラコーンの偽金貨はレベリオで見やすい色に光るからね。簡単に判るんだよ」
案の定、オミニスに続いてまたもや全く参考にならない返答を貰ったセバスチャンを始めとするその場の7年生たちは、尚もその2枚の金貨を検分しながら皆してウンウン唸り続ける。
「あ!」
ポピーが急に、何か閃いたらしく得意げに口を開く。
「数時間待ってみればいいじゃない!で、消えた方が偽物!」
「………消えてからそれと判ったって遅いんじゃないかな?」
アンドリュー・ラーソンの簡潔な反論に、ポピーは一瞬で自分のアイデアを撤回するのだった。
レプラコーン
アイルランドにしか棲息していない、恐らくは妖精の近縁種。飛べる。
イタズラ好きだが、ヒトに取り返しのつかない危害を加えた例は無い。
森などに住み、主に植物由来のものを食べて生きる。
「金のようなもの」でできた「金貨のようなもの」を生み出すことができ
これは当の本物の金貨の製造者であるゴブリンたち以外には
およそ判別など不可能なほど精巧な代物だが、数時間で跡形もなく消える。
レプラコーンは人語を解し、話す事もできるにも拘らず
ヒトと同じ「存在」ではなく「獣」に分類されており
且つこの事についてレプラコーンたちが異議を唱えた事は1度も無い。
達観しているのか、何かヒトと同カテゴリになりたくない理由があるのか
はたまた単にそんな事に全く興味がないだけなのかは不明。
恐らくは「存在」に分類される為の条件の内「社会の一翼たる責任を担える」
という部分を満たしていないのだと思われる。