2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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40.ダンブルドアのホグワーツ

その日の最初の授業を終えた後、親切心というよりは好奇心で7年生たちの様子を見に行っていたダンブルドア少年は、次の呪文学の授業に遅刻しかけて、ホグワーツ城内に張り巡らされている「煙突飛行ネットワーク」のお蔭で難を逃れたのだった。

(ありがとうございますタッカー先輩……)

ローネン先生の説明を聞きながら、ダンブルドア少年は心の中で感謝した。

 

「―では誰か、この呪文に。皆を代表して最初に挑戦してくれる勇敢な者は居るかね?」

「はいはいはいはい!!あたしやりたい!!!」

 

授業で先生に「これを誰かやってみないか」と提案されて、そのハッフルパフの女の子が誰よりも元気よく立候補するのは1年生たちにとって、もはや見慣れた光景だった。

「いいだろう。ではそれを持ってこちらへどうぞ。そしてそれを着けるんだ。ホグワーツでは1年生がこの呪文を練習する時、その手袋を着ける決まりになっている……安全のためにな」

「ねえねえローネンせんせ、あたしのこれ、なあに?トカゲさん?」

授業で必要だという通達に従って、寝室に保管している私物の中から探し出して持ってきたものの、それはマグル生まれである女の子にとって見慣れない品だった。

「ドラゴン皮だよ。ドラゴン皮の手袋。ドラゴンの皮は有毒な成分や火に強く、それどころか大概の呪文を弾いてしまうほどに強靭で、その強靭さがドラゴンの肉体から皮だけを切り離しても失われない為に、衣服や防護服の素材として重宝されている。本来は薬草学の道具で、君たちももう少しすれば薬草学の授業でこれを使う………入学前に他の学用品と一緒にその手袋を購入した時に、ご家族や店員から説明されなかったかね?」

「………そうだっけ???」

ローネン先生の説明を何人かの1年生たちが慌ててメモしている中、女の子は首を傾げている。

もしこの場に、現在魔法史の教室で18世紀のゴブリンの反乱について学びながら睡魔と闘っている4年生の女子生徒が居たら「教えてあげたじゃないの……」と呆れた事だろう。

 

「ドラゴンの皮……このドラゴンさんは、死んじゃったの?」

「そうなるな。ただしホグワーツの生徒に学用品を売る事が許されている店は魔法省とホグワーツの許認可を得ており、その審査の過程で『密猟由来の品を扱っていない』と保証されている。ドラゴン由来の様々な品はどれも強力で貴重だが、故に密猟のターゲットにされやすくもあるのだ。まあドラゴン相手に生半可な手段で密猟など試みたところで、そのドラゴンの食卓が少し豪華になるだけに終わるのがオチだが………各地にある保護区で、天寿を全うしたドラゴン。その手袋の出処はそういう、幸福の内に生を終えた老ドラゴンだよ。ほら、杖を構えなさい」

 

女の子は渡されたドラゴン皮の手袋を装着し、自分の杖を取り出した。

そして、1年生たちは驚く。

ローネン先生が杖を取り出して、決闘するかのように女の子と向かい合ったからだ。

「えっ??え、え?」

隣のエルファイアスを始めとする周囲の何人もの同級生たちが戸惑う声を聞きながら、ダンブルドア少年は「ローネン先生はどの呪文を使うのだろう」と考えを巡らせていた。

 

「的が要るだろう?……心配しなくとも大丈夫だ。何と言っても私はホグワーツの先生だからね」

 

女の子の大きなまんまるの目は、より一層の好奇心を漲らせて光り輝く。

「さあ、遠慮せずに。呪文はハッキリ、正確に。杖の振り方は丁寧に……どうぞ?」

ローネン先生に促されて、女の子は呪文を唱える。大きな声で元気よく。

 

「インセンディオ!!」

 

女の子が振った杖の先からオレンジ色の炎が吹き出し、ローネン先生の全身を包む。1年生たちの半数は息を呑み、もう半数は歓声を上げる。しかし、ダンブルドア少年だけは違った。

(盾の呪文かな……盾の呪文って呪いとかだけじゃなくてインセンディオの炎も防げるんだっけ?先輩はこないだ普通に盾の呪文で防いでたけど、あの人なんの参考にもなんないしな……)

ローネン先生がどうやって己の身を守っているのかという点について考えを巡らせているダンブルドア少年は「呪文と呪文の相互作用」とか「ある呪文の機能」とかを考察する際に「あの先輩」は、何の判断材料にもならないと既に理解していた。

「ふむ。素晴らしい!ハッフルパフに得点!」

女の子がぴょんぴょこ飛び跳ねて喜び、ハッフルパフの生徒たちが歓声を上げる中。炎に包まれたままのローネン先生は、さらなる問いを教室全体に投げかけた。

 

「私がどうやって自分の身を守っているか。誰か答えられるかな?」

「はいはい!熱いけど我慢してる!!」

女の子が元気よく答え、エルファイアスが「流石にそんなわけ……」と呆れる中でローネン先生は「残念。だかヒントをあげよう」と笑っている。

「私は、今。全く熱くないんだ」

そのヒントだけで即答えに辿り着いたのは、1年生たちの中でただ1人だけだった。

ローネン先生はその男の子が確信を得ていると表情から読み取って、その生徒を指名する。

 

「答えてみなさい。ミスター・ダンブルドア」

「『炎凍結呪文』です。ローネン先生」

 

グリフィンドールにも得点が与えられ、ローネン先生に促されたダンブルドア少年はそのまま記憶を頼りに解説し始める。

「『炎凍結呪文』は、僕らにとってもそうなのかはともかく大人の魔法族にとっては大して難しい呪文ではなく、にもかかわらず効果覿面であるため、『炎に対処する為の呪文』として最も広く普及しています。有名なところでは国際魔法使い機密保持法が起草される契機ともなった中世の魔女狩りにおいて、自ら望んで民衆に拿捕され好き好んで何度となく火刑に処される事を『愉しんだ』変わり者のウェンデリンがこの呪文の熟練者……というか愛好者として良く知られています」

ダンブルドア少年の説明をローネン先生は褒め、今日もまた1年生でも一際小さなアルバス・ダンブルドア少年によって、グリフィンドールに得点が齎される。

「素晴らしい!ミスター・ダンブルドア。素晴らしい!『魔女狩り』『変わり者のウェンデリン』そして『なぜ火刑は本物の魔女に対して有意な効果を示せなかったのか』。きみたちが3年生になったら魔法史で学ぶ事になるこれらのテーマを繋ぐ重要なキーワードがこの『炎凍結呪文』だ。さあ皆、もう少し隣の友人との距離を空けるんだ……同級生を炙ってしまっては大変だからな」

 

そしてローネン先生の合図によって1年生たちは一斉に「インセンディオ」の練習を開始し、幾筋かの激しい炎と幾つものささやかな黒煙が教室を騒がしく照らす。

「インセンディオ!!」

何かが詰まっていたかのように暴発して飛んでいった自分の杖を拾いに行ったエルファイアスを見ながら、ダンブルドア少年もその呪文を気軽に唱えて、火力や噴射方向の調節を練習し始める。

「インセンディオ」

向こうの壁まで届いた炎が危うく貴重そうな備品を焦がしそうになったのを見て、ダンブルドア少年はもう少し火力を抑えようと意識を集中させた。

(かなり抑えたつもりなんだけどな……)

その時、ダンブルドア少年の脳内に、その場に居ない7年生の声が響いた。ような気がした。

(思いっきりやってみなよ。アルバス)

先輩なら今絶対にこう言っただろうという確信が、ダンブルドア少年にはあった。

(ダメですよ先輩!僕まだこの呪文完璧じゃないし、第一ここは屋内です!)

脳内の先輩に異議申し立てたダンブルドア少年は、現実のローネン先生と目が合った。

 

「遠慮せずに、思いっきりやってみなさい。ミスター・ダンブルドア」

ローネン先生はそう言いながら杖を構える。

 

そしてダンブルドア少年の脳内に再び、その場にいない7年生の先輩の声が木霊する。

(ねえポピーちゃんお腹つついていいかい?)

とうとう脳内の想像ですら飽きて余所事やり始めた先輩に呆れながら、そして己の妄想たくましさにも呆れながら、先輩たちが実際にこの場に居たら自分が今思い浮かべた通りのやり取りが繰り広げられていただろうという確信も胸に抱いているダンブルドア少年は、頑張ってそれらを思考の奥の深いところに追いやり、自分が今から唱えるひとつの呪文だけに全ての意識を集中させる。

 

「インセンディオ!!!」

 

ダンブルドア少年がそう叫んだのと同時に、ローネン先生の杖の先からも激しい炎が噴出する。今回は同じ呪文で対抗することで防御を試みているのだと、そして先程とは違う方法をやって見せる事で自分たち生徒により多くの学びを齎そうとしているのだと、エルファイアスは察した。

しかし11歳のアルバス・ダンブルドアが内に宿した魔法力は、ローネン先生の予測を超えていた。

スリザリンの寮監にして呪文学の教授を務めるエイブラハム・ローネンが唱えた炎の魔法は、1年生の中でも特に際立って背が低い11歳の男の子の杖の先から噴出した猛烈な炎に一瞬で押し負け、ローネン先生の姿は教室の一角ごとオレンジ色の炎と、それが放つ眩い光の中に消える。

「ローネン先生!!」

エルファイアスがそう叫んだのと同時に、女子生徒の誰かが悲鳴を上げた。

 

しかし、その直後。

 

「いやはや、本当に凄まじいな、きみの魔法力は」

 

瞬く間に炎が色とりどりの蝶の群れに変わって窓から飛んでいったのを、ローネン先生を殺してしまったかもしれないと思っていたダンブルドア少年は、呆気に取られて眺めていた。

「すごーーい!!!ローネンせんせ、すごい!!ねえ今のどうやったんですか!」

自分の髪にとまった蝶にも気づかず大喜びしているハッフルパフの女の子に、肌どころか服の裾すら焦げていないローネン先生は平然と「変身術に真剣に取り組む事だ」と回答している。

まだびっくりしているダンブルドア少年の頭の中では、あの気まぐれな7年生の先輩と初めて森に行った9月2日の朝の事が思い起こされていた。

闇の魔術に対する防衛術の教室を破壊しかけた自分に対してヘキャット先生が引き合わせた、あっという間に自分の事を「ともだち」にカテゴライズしたらしいその先輩が、森の中で言った事。

 

(ここはホグワーツだよー?きみ程度が何やらかしたって僕がどうとでも収拾するさ)

 

今やっと、ダンブルドア少年はあの発言が本当なのだと実感していた。

ここでは、ホグワーツでは自分は、自分も。何の心配もしなくていいのだと。

 

「……お見事です、ローネン先生」

「きみこそ、見事なものだ。ミスター・ダンブルドア」

 

ローネン先生が人差し指を添えて顔の横に立てている杖の先に、蝶が1匹とまったのを見ながら。11歳のアルバス・ダンブルドア少年は珍しく年相応の笑顔を見せたのだった。

 

そのまま授業は賑やかに終わり、「インセンディオ」を習得した何人かの1年生たちと、何度か成功したものの完全習得とはいかず未だ努力の余地が残った何人もの1年生たち、及び火花しか出なかったり煙しか出なかったりした追加練習を必要とするグループと、逆に制御できない勢いの炎が爆発的に吹き出て危うく火傷しかけた数人、そして軽い火傷を負ったエルファイアスと共に、ダンブルドア少年は心の底から滲み出てくる嬉しさに包まれながら呪文学の教室を後にした。

 

「前髪チリチリだよエルファイアス」

「知ってる」

 

あんまりうまくいかなかったエルファイアス・ドージ少年は、しかし楽しげだった。

新しい呪文を学べるのは心が踊るし、ダンブルドアがすごいやつだというのをまた実感できたし、そのダンブルドアと親友である事の嬉しさもまた実感できたし、何よりローネン先生が凄かった。

ホグワーツの先生というのは自分が思っているよりずっと凄い魔法使いなのだと、1年生たちは今回改めて思い知らされていた。そして、自分もゆくゆくはああなりたいという憧れを胸に、各々の目下の課題に取り組む―さしあたっては午後の授業に、そしてそれに向けた事前の自主学習に。

「お前は今から……ああ外出するんだったか。またあの変な先輩と」

「うん。星見台巡りするんだって」

「……楽しみなんだな?」

「えっ、いや別に……いや、楽しみなのかな……」

「お前、自分があの先輩の話する時どんな顔してるか解ってないのか?」

そりゃ自分の顔なんだもん自分じゃ見られないよと返したダンブルドア少年は、一瞬沈黙してからエルファイアスに問い返す。

 

「僕、どんな顔してるの?」

「……そりゃあもう。」

 

エルファイアスはそう言ってニヤニヤ笑うばかりで、教えてはくれなかった。

そしてダンブルドア少年と別れて医務室に向かおうとしたエルファイアスは、突如危機に陥る。

「おやエルファイアスくん。どうしたんだい?火傷してるじゃないか―」

ギャレス・ウィーズリーが何を言おうとしているのか、エルファイアス・ドージは察していた。

「―もしよければ僕の新作の薬を試してみないかい?」

ギャレスが示したその小瓶を見ながら、エルファイアスは2つの事を確信していた。

火傷は一瞬で綺麗さっぱり治るだろうという事と、それだけの薬ではないだろうという事を。

 

「………試し、て……みよう」

 

医務室まで行くのは遠いからめんどくさかったエルファイアスは、苦渋の決断を下した。

 

一方、先輩と合流するべく「防衛術」の教室へとやってきたダンブルドア少年は、今日もまた実感していた。先輩の行動は予測不能だという自分の認識がしかし、まだ考えが甘かったという事を。

先輩の行動が予測不能だというのは正しかった。「先輩」の行動については。

しかし他の先輩方も、「先輩」の周囲の7年生の皆さんもまた、充分過ぎるほどに個性的な方々なのだ。特に、各々の最も好きな分野に関する事となるとより一層。

「これは、何が………どうしたんですか??ヘキャット先生……」

ダンブルドア少年は、未だ己の目を疑っている。

 

「あなた達には周りがこんなふうに見えてるんだねリチャード!」

 

ニフラーと同じくらいの背丈になっているポピー・スウィーティングが、アミットが差し出した彼の杖を持ち上げようと全身を使って頑張りながら、テーブルの上で目を輝かせていた。

「戻りたくなったらいつでも言ってねポピーちゃん。それとあんまり遠くに行かないでね」

7年生の女生徒はそう言いながら、クヌート銅貨をニフラーの「リチャード」に与えている。

「……そう言えば私の杖は?」

「僕が持ってるよ」

アミットの杖を両腕で抱きかかえ持ち上げることに成功し、それを誇らしげにアピールしていた小さなポピーがスリザリンのレストレンジに頬をつつかれながら訊ね、1枚のシックル銀貨をニフラーと取り合って遊んでいる女生徒が答えた。

そんな光景を眺めながら、ダンブルドア少年は何があったのかを推測している。

「ヘキャット先生、先輩方の今回の授業は何をなさっていたんですか?」

ダンブルドア少年の質問に答えたのは、ヘキャット先生ではなくホグワーツ中の女子たちの尊敬を集める美容好きのハッフルパフ生サチャリッサ・タグウッドだった。

「今日習ってたのは魔法族が生み出した中でも最も悪辣な呪いよ」

「お前に言わせればそうなるだろうな」

スリザリンのマルフォイが横からそう言って嗤い、何の事だか判ったと思ったダンブルドア少年はサチャリッサに確かめる。

 

「……『許されざる呪文』のことですか?」

「『カルボリオ』よ」

 

ダンブルドア少年は、ヘキャット先生を見る。この老婆に見える魔女の担当教科は「闇の魔術に対する防衛術」であり、ホグワーツのカリキュラムに含まれているすべての科目の中で最も直接的に「戦い方」を扱う授業である。その「防衛術」で、「カルボリオ」を教えるのかと、ダンブルドア少年は戦慄した。確かに有効かもしれないが、よくもまあそんな発想に到れるものだと。

今ニフラーと本気のケンカを始めた、困った7年生の先輩に戦い方を教えたのは確かにこのダイナ・ヘキャットという魔女なのだと、ダンブルドア少年は悟った。

この瞬く間にニフラーに負けた先輩の悪質な魔法の使い方の源流は、ヘキャット先生なのだ。

 

「『カルボリオ』を。『脱毛呪文』を決闘で使うんですか………」

 

そう言ったダンブルドア少年に、ヘキャット先生は平然と微笑んでいる。

「相手を選べば、とても有効なんだよ。あっという間に冷静さをなくさせる事ができるし、どんなやつでも大きく隙を曝すからね。……まあ、効かない相手には全く効かないけど」

「髪の毛があっという間に生える薬をウィーズリーとタグウッドがしこたま用意しといてくれてホントに助かったよ………全く、もう!」

ヘキャット先生に続いてそう言ったレストレンジは、グレース・ピンチ=スメドリーを睨む。

「対等な決闘だったんだから恨まれる筋合いはないわよ。……ほら髪の毛可愛くしてあげるから」

最近やっと想い人と恋人になれたルームメイトをその恋人の前で脱毛させた事は流石に申し訳なく思っているグレース・ピンチ=スメドリーは、その場でレストレンジの髪を弄り始めた。

 

「でもこれ、確かに有効だよ」

「な。こんな事されたら絶対慌てるもんな」

 

そう言いながら互いを見て笑っているルーカン・ブラトルビーとダンカン・ホブハウスは、2人ともスキンヘッドだった。

 

「………で、それでなんでこうなるんです?」

ダンブルドア少年は興味深く思いつつも、スウィーティング先輩の現状と原因については何ら説明して貰えていない事にきちんと気づいていた。

「ふふ。いいでしょダンブルドアくん!」

ポピー・スウィーティングは頑張って持ち上げた杖を頭上に掲げてアミットに渡そうとして転びそうになりながら、同じテーブルの端に居るニフラーのリチャードと身長が同じであるという事実を改めて確かめているらしく、自分の体とニフラーを交互に見比べて目を輝かせている。

「リチャードとおんなじくらい!ねえ私リチャードとおんなじくらい小さいんだよ今!」

「僕がやったんだから判ってるよポピーちゃん……」

「あ。ねえねえ手出して。手!」

「はいはいなんだいポピーちゃん」

ポピー・スウィーティングは差し出された女生徒の掌に乗り、手首から腕を伝って肩まで登り、そのまま更に耳などを足場にして頭の上までよじ登った。

「えへへへへへ………高い!」

「満足したかい?」

自分の頭の上にぺったりと座り込んだらしいポピーの軽さを感じながら、その女生徒はヘキャット先生に向き直った。

 

「じゃあヘキャット先生。僕ら今から星見台巡りに行ってきます」

「午後の授業が始まるまでには帰って来るんだよ」

「うん!」

「昼食の準備はあるのかい?」

「だいじょぶです!」

「気をつけて行ってくるんだよ」

 

ヘキャット先生が随分アッサリと外出許可を出したことに、ダンブルドア少年だけが驚いている。

そしてまた、小さなポピーが女生徒の頭の上から移動を開始した。

「……どこに行きたいんだいポピーちゃ、うくふふ、くすぐったい!」

女生徒の体の上から転げ落ちそうで落ちない小さなポピーを、頬などつっつきたい衝動に駆られたらしい女子たちが目を輝かせて見つめている。

「なあ、危なっかしくて見てられないんだけど。今ポピー杖持ってないんだしさ、落ちたら大怪我するだろう。……要るんじゃないか?安全対策」

そう言ったセバスチャンを始め、男子たちは皆心配そうに小さなポピーを見ていた。

 

「んんー、そうだねえ。……大丈夫だよアルバスが居るから」

そう言った女生徒は、自分が着ているローブのフードに収まったらしいポピーちゃんが首の後ろをペチペチ叩いているのを感じながら、ダンブルドア少年をじっと見る。

「……ねえアルバス提案があるんだけどさ」

「嫌です」

この先輩が何を思いついたのか、ダンブルドア少年にはありありと解っていた。

 

そして女生徒が杖を振り上げるのと、ダンブルドア少年が危機を察知するのは殆ど同時だった。

 

「プロテゴ・マキシマ!!」

「えっ、あれー??!!!」

 

強力無比な盾の呪文で古代魔法を跳ね返されたその7年生の女生徒はみるみるうちに小さくなっていき、数秒後にはポピーと同じ、ニフラーくらいの背丈になって2人仲良く床に転がっていた。

「ダンブルドアくん凄いじゃない!」

着ている本人と共に小さくなったローブのフードからこぼれ落ちたポピーは、ダンブルドア少年を見上げて喜んでいる。

「ありゃー。……盾の呪文で弾かれるの初めてだなぁ…………すごいねえアルバスは」

お気楽な7年生2人の一方、防衛本能に突き動かされたダンブルドア少年の脳内では軍法会議が始まっていた。脳内会議なので裁くのも裁かれるのもダンブルドア少年なのだが、当人が思い浮かべている光景は少し違った。

 

「アルバス・ダンブルドア」

 

裁判長の席には、弟のアバーフォースが座っている。なぜかヤギを伴って。

「兄さんはあの先輩を小さくしてしまったな??元に戻せるのか?」

「できません」

ダンブルドア少年は脳内に木霊した自分からの問いに心の中で返答する。

「でもアルバスは自分の身を守っただけで、悪いのは僕だよ?」

脳内に現れた当の先輩がダンブルドア少年を弁護するが、ダンブルドア少年はそれが己の妄想なのにも拘らず「どの口が言っているんだ」と思ってしまった。

そして裁判長のアバーフォースは傍らのヤギと何やら相談し始め、判決はすぐに下される。

「ディメンターのキス。それが妥当だ」

アバーフォースの宣告と同時に法廷の扉が開き、「吸魂鬼」が現れる。

 

「ひゅおおおぉーー………ゔぉーーーー……」

 

毛布を被ってディメンターのマネをしている幼いアリアナ・ダンブルドアが、ディメンターのつもりらしい動きと唸り声でダンブルドア少年にトコトコとにじり寄って来た。

 

「アルバス・ダンブルドア」

 

妄想が大いに脱線していたダンブルドア少年の意識を一瞬で現実に引き戻したのは、真っ直ぐにこちらを見ているヘキャット先生の真剣な表情だった。

「………はい。」

「グリフィンドールに5点。今の盾の呪文は良かったよ」

それだけ言ったヘキャット先生は、どんな罰則を言い渡されるのかと覚悟を決めていたので思考が真っ白になっているダンブルドア少年をよそに、ニフラーと同じサイズになっても振る舞いはいつも通りな2人の教え子を床から拾い上げ、アミット・タッカーに手渡す。

 

「それじゃ、気を付けて行ってくるんだよ」

「はい。ヘキャット先生」

 

そのやり取りを見て、やっと。ダンブルドア少年は慌てているのが自分だけだと気づいた。

「さ、行くよダンブルドアくん。まずは僕らがさっきまで居た場所……温室に」

「あ。はい………なんでそんなに皆さん落ち着いてるんですか?」

「なんでって、このくらいでいちいちびっくりしてたらキリが無いからね。それに慌てるっていうのは、いつだって正しい対処とは真逆の行いだし」

そう言いながら杖を振って2本の紐で小さな2人の同級生の胴体と自分の杖を持っていない方の手首をそれぞれ縛って繋いだアミット・タッカーは、まるで前にも同じ状況を経験しているかのように手際よく「ニフラーと同じ大きさになった友人2人と外出する準備」を進めていく。

 

「アクシオ!!……ふんぎゃ!!」

 

指先を気軽に振って床から呼び寄せた自分の杖を受け止めきれず吹っ飛んだ女生徒に、アミットはすかさず自分の杖を向けて「浮遊」させる。

「……ありがとアミット」

「僕が預かっとこうか?」

「おねがいします」

その小さな先輩が、水中を泳ぐような動きで何故空中を移動できているのか、ダンブルドア少年には皆目わからなかった。

「アミットアミット、私もそれやりたい!」

「はいはい………ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

 

ポピーが身体を動かすのに合わせて、アミット・タッカーは器用にポピーを漂わせる。

それがあまりにも手慣れているので、ダンブルドア少年は訊かずにはいられなかった。

「……僕さっき、とんでもないことやらかしたんじゃないかって怖かったんですけど」

「大丈夫だよ。コイツは自分で元に戻れるからね。……そう。去年も何回か同じ事があったんだ」

アミットはそう言いながら、リアンダー・プルウェットを見る。

「僕はこの防衛術の授業で去年、ソイツとの決闘に負けてね。今の2人と同じくらいの大きさにされたんだよ。………正直、新鮮な体験だった。どれだけ追い払ってもウチの庭小人が減らない理由が解った気がしたよ。ヒトの建物って、通路だらけだ。屋外なら尚更」

「それでさっき私、コイツと決闘してる時にね。その事思い出したんだ!時々密猟者を小さくして踏み潰してるんだから、私も小さくして貰えないかなって!」

リアンダーに続いてそう言ったポピーは、手首から腕を伝ってアミットの左肩まで登っていた。

 

「楽しそうですね。……お二人共」

 

アミットの肩まで登って飛び降りて袖に掴まるという危険な遊びを繰り返しているその先輩を見ながら、ダンブルドア少年はもう既にその先輩を心配する気持ちが綺麗さっぱり失せていた。

 

「じゃあ皆、僕ら行ってくるよ」

「2人をお願いねアミット。特にソイツ」

「勿論。目を離さないよ」

 

レイブンクローの制服を着た監督生の女子生徒にそう返しながら、アミット・タッカーは今度は頭のてっぺんからスカイダイビングしようとしていた小さな友人をつまんでから、レイブンクローカラーのマフラーを気候を無視して巻く。

「ここで大人しくしててね、2人とも」

マフラーを巻いた首元に収納された小さな7年生2人は、それもまた楽しいらしかった。

 

「アミットお肌綺麗だねえ。サっちゃんが褒めてくれるよ」

「そうかい?ありがとう」

 

そんな先輩方に付き従いながら、ダンブルドア少年はさっきの呪文学の授業で思った事をまた改めて実感していた。ホグワーツでは、何も心配は要らないのだと。

 

「わーい!」

「あ、こら」

 

そんな事を考えているダンブルドア少年をよそに、その小さな女生徒はまたしてもアミット・タッカーの肩から飛び降りた。

 

 





カルボリオ Calvorio(脱毛呪文)
 読んで字の如く。喰らうと頭髪が抜け落ちる。

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