2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
「アルバスー。目ぇ瞑ってちゃ勿体ないよー?」
「ほらダンブルドアくん、落ちたりしないから大丈夫だよ」
「………高いとこ怖いの?」
三者三様の声がダンブルドア少年に周囲の景色を楽しめと急かす。
「落ちるか落ちないかじゃないんですよタッカー先輩」
「カリゴの隣に並んでくれるかいハイウィング!翼が当たらないギリギリまで!」
ホグワーツ城を望む湖の上空で2頭のヒッポグリフは飼い主の指示に従い、背中の人間たちを落とさないように気をつけながら互いに接近する。
しかし、大きな翼を持つ2頭のヒッポグリフが翼を広げたままで「可能な限り接近」しても、それはその背に乗る人間たちにとっては未だ、近いとは表現できない距離があった。
自分たちの友人が何をしようとしているのか察したアミットはちょっと場所を空けようとして、それを感じ取ったダンブルドア少年から「離れないでください」と目で訴えられてやめ、ポピーは自分と一緒にハイウィングに跨っているその女生徒を後ろからますます強く抱きしめる。
「だめ」
ポピーのその小さな声が聞こえていれば「危ないからそんな事しちゃダメ」という意味ではないと、アミットなら察せていただろう。
「……だめかい?」
ポピーの意図を理解しているのかいないのか、その女生徒は振り向かずに微笑んで訊ねる。
ポピーは女生徒に後ろから抱きついたまま、その背中に頬を寄せた。
「ダンブルドアくん、ほら、下じゃなくて横見てみようよ。校長室がどこか判るかい?」
アミットは、気持ちだけでもポピーを2人きりにしてあげようと気を回している。
しかしダンブルドア少年にそんな事を気にする余裕は無く、「怖いのを我慢するべき」と自分に言い聞かせて、ギュッと瞑っていた目をやっと開けた。
「わあ……わああ!!」
良い景色だと思った1秒後に己が今いる高度を理解したダンブルドア少年は、自分とタッカー先輩を乗っけて飛んでくれている漆黒のヒッポグリフの胴体に、反射的にしがみつく。
「あ。カリゴ今きみ嗤っただろう。道具か魔法に頼らないと飛べないんだよ僕ら人間は」
だから怖いものは怖いんだと、アミットはダンブルドア少年を擁護した。
白と黒の対照的な外見を持つ2頭のヒッポグリフは、その背にそれぞれ2人ずつの人間を乗せたまま、ホグワーツ城の周囲をわざわざぐるりと一周してから本来の目的地の方向へと向かう。
「あの、大広間があそこで、そのすぐ後ろにある塔の、高い位置にある変な出っ張り。あれが校長室だと思います!!グリフィンドールの談話室からの道のりを元に考えるとあれがそうです!!」
頑張って怖いのを我慢したダンブルドア少年が、背後に離れていくホグワーツ城を振り向いて観察しながら答え、そのすぐ後ろでダンブルドアくんの身体を支えているアミットは称賛する。
「合ってるよ。頑張ったねえダンブルドアくん」
まだ怖いらしいダンブルドア少年は、笑顔が引き攣っている。
「ねえポピーちゃん。やっぱりポピーちゃんが前においでよ」
そう言うが早いか、女生徒は一瞬だけワタリガラスの姿に変わって翼を広げ、ポピーの後ろに移ってまた人に戻る。そしてポピーの腰に掴まりながら「ほら前にズレて」と促した。
危ないじゃないと言いつつも嬉しそうにハイウィングの上を少し移動したポピーに、青年は言う。
「この方がほら、ハイウィングの顔がよく見えるでしょ?」
「あなたが見えなくなっちゃったけどね」
ポピーは少しだけ身体を後ろに反らして、青年により密着しようとしている。
「それはほら、こうすればいいじゃん」
ハイウィングの上で抱きしめて抱きしめられて嬉しそうにしている2人を見ながら、アミットとダンブルドア少年はどちらからともなく口を開いた。
「……僕ら着いてきてよかったんですかね。お邪魔じゃないんでしょうか」
「でも『着いてきて』って僕らに言ったの、あの2人だよ」
アミットと自分を乗せて飛んでくれている漆黒のヒッポグリフ「カリゴ」も、どこか呆れたような目をしているように、ダンブルドア少年には見えた。
「もうちょっと飛んだら降りて歩くよー!」
青年がポピーを抱きしめながら大きな声で通達する。
「ダンブルドアくん、しっかり掴まって」
タッカー先輩が何故そんな事を言ったのかダンブルドア少年が理解するより一瞬早く。
2人を乗せて飛ぶ漆黒のヒッポグリフ「カリゴ」が、急上昇した。
「わああ!」
「ほら来た!目閉じちゃダメだよダンブルドアくん!」
ぐんぐんと高度を上げて雲の中へと突入しようとしているヒッポグリフの上で、タッカー先輩が何故そんな楽しそうにしてられるのか、ダンブルドア少年にはまるで理解不能だった。
そして雲の上へと突き抜けて、そのヒッポグリフは束の間、空中でホバリングする。
「雲の間からハイウィングとあの2人が見えるの、判るかい?」
そんなものを見ている余裕は無いダンブルドア少年は、できるだけ水平方向を、できるだけ遠くを見ようと意識を集中し、すぐに頭上へ、空へと視線を移した。
青い青い空の真ん中辺りだけが少し暗く見えるのは光を受け取る自分の視覚がそう見せているのだと、以前読んだ本の記述を思い出したダンブルドア少年は、その高い空の遥か彼方へと吸い込まれて落ちていきそうな、そんな不思議な感覚に襲われる。
「タッカー先輩は、天文学がお好きなんですよね」
「うん。だってほら。綺麗だから」
ダンブルドア少年がその言葉を脳内で反響させていられたのは、ほんの一瞬だけだった。
「えっ。うわああああああ!!!」
一転。翼を半ば畳んで急降下し始めたカリゴの背の上で、大笑いしているタッカー先輩の声を聞きながらダンブルドア少年は必死でその漆黒のヒッポグリフの胴体にしがみついた。
頬が風を切り裂き、カリゴの背から引き剥がされるのではないかという恐怖からくる空想がみるみる現実味を帯びていく。
「ほら頑張ってダンブルドアくん。中々見られる景色じゃないよ!」
アミット・タッカーは両手をカリゴの胴体から離して広げ、楽しそうに笑っている。
「ええええタッカー先輩!!」
そのまま全身を叩く空気抵抗に持ち上げられたアミットが急降下するカリゴの胴から引き剥がされて宙を舞うのを、思わず振り向いたダンブルドア少年は目を丸くしながら見ていた。
「あっはははははははは!!!」
自由落下しながら、アミット・タッカーは心底楽しそうに笑っている。
地上寸前で大きく翼を広げ急減速したカリゴの背の上で、首が千切れるかと思いながらもダンブルドア少年は空を見上げる。そこでは何の助けも支えも無く、豆粒のような大きさのアミット・タッカーが、尚も楽しそうに笑いながら重力に引かれてぐんぐんとダンブルドア少年に迫っていた。
「タッカー先輩!」
「ソノーラス!」
たまらず杖を取り出したダンブルドア少年を見下ろしながら、アミットは杖を自分の喉に向けた。
「きみは魔法使いだろうダンブルドアくん!だったら高い高い空の上なんて、なんにも怖がる事はないんだよ!!だってほら!………こんな風にさ!」
アミットは地面に激突するギリギリで杖を振り、急停止して一瞬だけ宙に浮いてから着地する。
「それ好きだねえ。カリゴもアミットも」
その声がすぐ傍で聞こえてやっとダンブルドア少年は、杖をタッカー先輩に向けようとしていた自分の腕が7年生の先輩に抑えられている事に気付いた。
「ありがとねハイウィング。楽しかった!」
その青年と指を絡ませあって手を繋いだまま、ポピー・スウィーティングは反対の手で純白のヒッポグリフの首の辺りを撫でている。
「アルバスは心配し過ぎだよ。咄嗟に助けようと身体が動いちゃうのはエラいけどさ」
「心配するのが普通なんです。先輩方は気軽に無茶し過ぎです」
「でも、楽しかっただろう?……さ、ハイウィング、カリゴ。一緒に歩くかい?中に戻るかい?」
そしてカリゴだけがカバンの中に収容され、ハイウィングはポピーの隣に並んで共に歩き始める。
「もうすぐそこに、ブロックバローって村があるんだ。星見台はその手前だよ」
2人仲良く手を繋いだままスキップなどしながら楽しそうに斜面を登っていく7年生の先輩たちの背中を眺めて、ダンブルドア少年は隣を歩くタッカー先輩に言う。
「……よくも、まあ。登り坂でスキップなんてできますよね」
「あの2人は僕ら7年生の中でも特に元気いっぱいだからねえ。それも2人一緒だと、より一層」
そう言ったアミットは、隣を歩くダンブルドアくんを見下ろしている。
「ねえダンブルドアくん」
「なんですかタッカー先輩」
ダンブルドア少年は、隣を歩くアミットを見上げている。
「きみ、スキップできる?」
アミットにそう訊かれたダンブルドア少年は、まるで腹を空かせたマンティコアと鉢合わせしたかのように、極めてゆっくりと視線を逸らした。
「前向いて歩かなきゃ危ないよ」
アミットはそう言いながら、ダンブルドア少年を見つめている。
「……できないと何か問題が生じますか」
拗ねたような口調でブツブツとそう言ったダンブルドア少年は、楽しそうに前を歩く2人の7年生をじっとりと見つめていた。
「一般的には別にできなくたって何も問題は無いけど、きみ……というか僕らの場合に限っては、できないって知られたらアイツがまた『じゃあ一緒に練習しよっか!』とか言い出すと思うよ」
「……本当だっ………!」
スウィーティング先輩と手を繋いでルンルンとはしゃぎながら前を歩いているその7年生の青年の背中を見つめて、ダンブルドア少年は戦慄していた。
「タッカー先輩たすけてください」
「僕にはどうすることもできない」
そしてまた、アミット・タッカーはダンブルドア少年をまじまじと見つめる。
「ねえダンブルドアくん。そう言えばさ。きみ多分もうすぐアイツに『スキップできない』って知られちゃうと思うけど。そしたらまたほっぺたもみくちゃにされるよね」
「まあ、おそらくそうなるでしょうね」
ダンブルドア少年は、感情の乗っていない顔でそう答える。
「きみいつも、主には女の子たちにほっぺたもみくちゃにされてるし、アイツにはペットのパフスケインみたいな扱いされてるけどさ。……ヤじゃないのかい?」
アミット・タッカーからそんな質問をされて、ダンブルドア少年は眉間にギュッとシワを寄せた。
「嫌では……ない、ですね。嫌ではないというか、どう言い表せば語弊が無いでしょうか……その、なんというか、決して『歓迎』ではないです。『受容』と言うか、『許容』と言うか。わざわざ耐えなければいけないほど不快でもないですし、僕が少々の自尊心を諦めるだけで、それで皆さんの心が安らぐなら、僕は一向に構いませんよ。第一僕だってアリアナやアバーフォースのほっぺた触りたくなる事ありますし………触ってると心が安らぎますし」
「妹ちゃんと弟くんだっけ?その2人」
以前何かの時に聞いていたと思ったアミットはダンブルドア少年に確かめる。
「そうです。可愛いんです2人共……アリアナは僕がほっぺた触ると『お返し!』って言って僕のほっぺた触ってくるんです。アバーフォースには、よっぽど機嫌良くないと殴られるんですけど」
アバーフォースは僕の事嫌いみたいで、と自分で言って自分でションボリしているダンブルドア少年に、アミット・タッカーが言う。
「そんな事無いさ」
アミット・タッカーは、ダンブルドア少年の肩に手を置いた。
「特別に機嫌が良ければ、触らせてくれるんだろう?ダンブルドアくんの事が本当に嫌いだったらそんな事は起きないよ。むしろ特別に機嫌が良かった分、『それが台無しにされた』という揺り戻しで一気に、劇的に機嫌が悪くなる筈だ。ダンブルドアくんなら『単に今怒ってるだけ』なのか、それとも『金輪際もう好きにはなれない』のかぐらい、見分けられるさ。だからダンブルドアくんが『もしかしたら僕の事嫌いなのかも』って思ってるならその時点でもう、そんな事ないんだ。だって、本当に嫌われていたら、きみは『嫌われてる』ってすぐに確信を持てる筈だからね」
ダンブルドア少年は、そう言われてもまだ不安らしかった。
「そうです、かね………」
「そうさ。ダンブルドアくん、きみはね。きみが自分で思ってるよりずっと良い子なんだよ」
「僕には、よくわかりません」
そう言ったダンブルドア少年の頭上から、大きな影が伸びてきて日を遮った。
「きみは綺麗だねえハイウィング」
自分たちのすぐ後ろを歩いていたヒッポグリフを見つめるアミットは、そう言って鷹揚に笑う。
ダンブルドア少年は、首が痛くなりそうな角度でハイウィングを見上げながら、タッカー先輩が今言ってくれた内容についてぐるぐると考え続けていた。
そして一行は草地の斜面を登りきって木々が密集する山中に入り、木陰の高台にたどり着く。
「これですか。……思ってたほど見晴らし良くはないですね」
「これを作った当時は、すんごい眺めだったんじゃないかい?」
ホグワーツ城の城壁の上で見たものと全く同じ石造りのちょっとした設備にホグワーツ城にあったものと全く同じ星図らしきものが刻まれ、全く同じように望遠鏡を置くための台が備え付けられているのを観察しながら、ダンブルドア少年は「昔の人はそんなに星を見るのが好きだったのかな」などと、答えのない疑問を思い浮かべる。
「この星見台からは、どんな星座が見られるんだっけ?」
実はそこまで星見台には興味が無いポピー・スウィーティングは、しかしこの大好きな友人と居られるならそれだけで楽しいので、頑張って話を合わせている。
「星見台ってひとつひとつが、それぞれ違うひとつの星座を見るための物なんですっけ」
「そうだよお。よく知ってるねぇアルバスは」
そう言った7年生の青年は、くるりと振り向いてポピーを見る。
「へへへ……」
「なあに?」
ポピーはクスクス笑いながら、青年を見つめ返す。
「この星見台ね。烏座を見るためのものなんだよね」
「カラス?」ポピーはそれを聞いて、何故この友人が照れくさそうにしているのかを理解した。「それってつまり、あなたが見られるって事?」
笑顔でそう言ったポピーに見つめられて、青年はより一層だらしない笑みを零すのだった。
「ほら。さっさと課題済ませないとお昼をゆっくり食べられなくなっちゃうだろう?」
アミットに促されて青年は折りたたまれた羊皮紙と羽ペンを取り出し、星見台の傍に座り込む。
そのまま検分を開始したアミットと何やら熱心に羽ペンを走らせている青年をすぐ傍で眺めながら、ダンブルドア少年はポピーが何やら始めたのを手伝っていた。
「サチャリッサに教えてもらってね。サンドイッチとか作ってきたの」
「先輩喜びますよ。すっごく。……でも、ここで食べるんですか?」
「多分違うと思うけど……形崩れてたりしないか気になっちゃって……」
それを防ぐための保護呪文を自分で施したのに、ポピーはそれでもまだ心配なのだった。
「……良かったぁ………。大丈夫だ。綺麗なまま」
バスケットをちょっとだけ開けて中を確かめて、それでポピーはやっと安心する事ができた。
そして隣からそのバスケットの中を覗いていたダンブルドア少年が訊く。
「1人分ですね。そのバスケット」
ダンブルドア少年はポピーを見つめながら、頑張ってクスクス笑いの発作を我慢している。
「ごめんね………私、アイツに食べてもらいたいって事しか考えられなくって………ダンブルドアくんとアミットの分、無いんだ……」
そのバスケットには3人前くらいの食事が詰められていたのをダンブルドア少年は確認しているが、しかしあの先輩が食べるのならそれはつまり1人分だろうと、「その先輩」がタッカー先輩のおしりを触ろうとして手を叩かれているのを見ながらダンブルドア少年は考えていた。
「……かわいい人ですね。スウィーティング先輩は」
「へ?」
ポピーにキョトンとした表情で見つめ返されて、ダンブルドア少年はとうとう笑い始める。
「すいません。大丈夫ですよ。先輩はちゃんと、スウィーティング先輩の努力も見てくれます」
たっぷり3秒声を上げて笑ってしまった後で、ダンブルドア少年はポピーが「もし美味しくできてなかったらどうしよう」などと考えているのを察して励ました。
そしてそのまま暫く、ハイウィングに寄り添って寛いでいるポピーと2人並んで、7年生の青年がアミット・タッカーに手伝ってもらいつつ呻いたり閃いたりしながら羊皮紙を文字で埋めていくのを見物していたダンブルドア少年に、とうとう羊皮紙から顔を上げたその青年が言った。
「お昼食べよう!!」
「お疲れ様。よく頑張ったね」
アミットに頭を撫でられて、その青年は大好物の餌を与えられたニーズルのように喜んでいる。
一方ダンブルドア少年は、もじもじと躊躇っていたポピーを肘で小突いた。
「うぅ……あ。えっと、あの!私ね―」
「どうしたんだいポピーちゃん」
「―サンドイッチとか!作って、きたんだ……作ってきたんだけど。あなたのぶんしか無い……」
そう言って申し訳無さそうに青年からアミットへと視線を移したポピーに、アミット・タッカーはニッコリと笑いかける。それはアミットが浮かべるいつもの笑顔で、いつも通りに、それを見ている人の心を穏やかにさせる効果があった。
「知ってるよ。サチャリッサが言ってたからね」
「えっ」
ポピー・スウィーティングはその身を硬直させて、アミットから目を逸らせずにいる。
「だから僕きみたちと出発する前に、ちょっとキッチンに寄って色々貰ってきたんだ。2人分ね。そういう訳で僕らの事は気にしなくていいよ。……でも、戻ったらサチャリッサにお礼言おうね」
自分にもし兄とか姉が居たらこんな感じなんだろうかと、ポピーはアミットの優しい笑顔に照らされながら思っていた。
「ポピーちゃんお昼作ってきてくれたの?」
「……うん。……食べてくれる?」
そんな段階から心配していたのかと、ダンブルドア少年は内心で少し呆れていた。
「もっちろん!ポピーちゃん大好き!」
青年がポピーに抱きついたのを、ダンブルドア少年とアミットが見ている。
「先輩って、ホントにスキンシップ好きですよね。なんで誰にも嫌がられないんでしょうか」
「嫌がる奴にはやらないんだよ。野生の勘なのかな?そのへん『嗅ぎ分けられる』と言うか」
色々言いたいことが腹の内で渦巻いているダンブルドア少年とは対照的に、アミット・タッカーはいつも通り鷹揚に笑っていた。
「終わったんですか?先輩」
ダンブルドア少年が、青年に声をかける。
「うん!バッチリ!ほめて!」
「お疲れ様でした。……ところで昼食はどこで?」
「ブロックバローに行きます!すぐそこ!」
さあみんな行きましょうと元気に宣言して、その青年は歩き出す。すかさずその青年の左右の手を取ったポピーとダンブルドア少年は、その青年が片時も目を離してはおけないし常に捕まえておかなければどこに行ってしまうやら判ったものではないという事を、よく知っていた。
「さ、僕らも行こうかハイウィング」
ポピーとダンブルドアくんが一緒だから自分はラクできるなと気楽に考えているアミットは3人の後ろについてゆっくりと歩き始め、その隣にヒッポグリフのハイウィングが並ぶ。
「そう言えばアルバスは、午後の授業は何なんだい?」
「魔法史と『防衛術』ですけど……それを訊くって事は、忘れてるんですね?先輩」
「むぇ??」
ダンブルドア少年は、呆れ気味の表情で青年の顔を見上げる。
「忘れてるって事は、先輩はご参加なさらないんですか?」
「いいや?コイツには大事な役目が有るよ」
アミットがダンブルドア少年の後ろから言う。
「………なんかあったっけ……???」
「頑張って思い出さなきゃ、イメルダに何言われるかわかんないよ?」
ポピーにそう言われても青年には思い当たる節が無く、そのままブロックバローに着くまでの10分弱、ずっとグニグニと首を捻って悩み続けたのだった。
「こんにちは、シスルウッドさん。お邪魔してます」
ホグワーツの南東に位置する集落ブロックバローの中心まで来て、アミット・タッカーが露天商の魔女に挨拶している中、その隣でポピーと手を繋いだままの青年は、まだ悩んでいた。
「おやま。そちらの我らがトロールの退治屋殿は、一体どうなさったの?」
「この我らが首席殿は、今日の午後の予定が何だったかをさっぱり忘れちゃったんですよ」
アミットの簡潔な説明を聞いて、その中年の魔女エディー・シスルウッドは声を上げた。
「あらまあ」
「シスルウッドさん知りません……?」
「私が知ってるわけないでしょう」
縋るような視線を青年から向けられて、エディー・シスルウッドは呆れている。
「エディー。バーナード・インディアイから荷物が届いたわよ」
大きな木箱を杖で操ってよこしたその魔女にも、青年は声をかける。
「こんちはアレクサンドラさん!ねえ僕って今日の午後から何するんだっけ!」
「あら貴方。あの時はありがとうね」
「それ何回言うんですか2年も前の事なのに。……やっぱり知らない??」
「なんで私が知ってると思うのよ。」
その魔女アレクサンドラ・リケッツも、青年を見つめて呆れている。
「あの、すいません」と、ダンブルドア少年は挙手してから発言した。
「先輩は、この村で何かしたんですか?一体どのような違法行為を?」
それを聞いて不満げに頬を膨らませた青年を余所に、エディー・シスルウッドが説明する。
「2年前、ここのすぐ近くにトロールが居着いた事があってね。この子が退治してくれたんだよ」
エディー・シスルウッドがそう言った途端バツが悪そうに視線を逸らしたアレクサンドラ・リケッツは、ダンブルドア少年の視界の外に居た。
「ねえねえ僕らお昼食べるんですけど。このへんで食べていいですか?」
「もちろん。貴方とそのお友達がこの村で何をしてようが、誰も咎めませんとも。なにせ、みんな貴方に恩があるんだからね。どこでも好きな場所を使うといいよ」
「あ、でも道の真ん中とかは駄目よ」
あっさりと許可を貰って、シスルウッドさんの露天の傍にある植物に覆われたアーチの傍に腰を下ろした青年と一緒になって荷物を広げ始めた7年生の先輩2人に、ダンブルドア少年が訊く。
「2年前って、先輩方5年生ですよね。で、先輩は5年生からホグワーツに、というか魔法界にいらっしゃったんですよね。………それで、その年に。……トロールを?」
俄には信じられないと思っているダンブルドア少年に、アミットとポピーが2人して言う。
「そうだよ。お礼の帽子貰ったんだって。今でも時々被ってる」
「それどころかコイツはオリバンダーさんの店で自分の杖を手に入れたその直後に、そのままトロールと戦って勝ってるんだよ。……こないだオリバンダーくんがオミニスの杖直すのをみんなで見させてもらってた時に聞いただろう?この話」
「聞きましたけど……」
事実なのだろうとは思いつつも「常識」が邪魔して心の何処かで疑ってもいたダンブルドア少年は、今それを複数人の証言によって「事実だ」と突きつけられて、内心大いに驚いていた。
「そうだよお。セバスチャンとナッちゃんに案内してもらってね、3人でホグズミードに行ったの。そんで僕は色々買わなきゃいけないものがあったから……準備してた学用品、ほとんど全部ドラゴンに襲われた時に失くしちゃってたからさ。それ買い直すのと、あと杖。そんで杖買った直後にねえ。トロールが来てねえ。僕トロールって初めて見たんだよね。なんならホグズミードも何もかも初めて見たんだけど。ナッちゃんとセバスチャンが居てくれなかったら危なかったな」
その場に座り込んでポピーからバスケットを受け取りながら、青年はそう言って笑った。
「ホグズミードにトロールが来たってだけでも結構ビックリなのにさ」
「きみがトロールを『吹っ飛ばして消した』って言うんだもんね2人とも」
ポピーとアミットも、各々自分の食事をその場に広げながら笑っている。
「ねえアルバスほらこれ見て。アレクサンドラさんがくれた帽子!」
青年がいつの間にやら手に持っていたそれは、白いトロールの浮き彫りが目を引く紺色のトップハットだった。ダンブルドア少年はその帽子を、青年に促されるがまま大人しく被らされる。
「わあ!似合ってるよダンブルドアくん!かわいい!」
ポピーが声を上げて喜ぶ横で、青年はダンブルドア少年をまじまじと見つめている。
「……やっぱり良いなあこの帽子。ほっぺたまんまるで」
「それは元からですね」
この先輩はもしかしたら本気で言っているのかもしれないと、ダンブルドア少年は思った。
「ほらダンブルドアくん座って座って。キッチンから色々貰ってきたんだ」
改めてそう言ったアミットに促されて、ダンブルドア少年もその場に座った。
「じゃあ食べよう!ハイウィングもここ座って!きみもごはんにしよう!」
その立派なヒッポグリフもまた、素直にその指示に従った。
「………おいしい?」
ポピーは何も食べ始めようとしないまま、至近距離で青年を見つめている。
「すっごくおいしいよ。ありがとねポピー」
ポピーが作ってきてくれたサンドイッチをもりもりと食べ進めている青年はそう言いながら、ふと思い出さなくていい事を思い出した。
「そう言えばさ」青年は誰にとも無く、半ば独り言のように口に出す。
「セバスチャンがアンにさ。言ってたんだ、去年。みんなで会いに行った時。『お昼はサンドイッチとか簡単なものでいいよ』って。そんでマルフォイとノットがめちゃくちゃ怒っちゃってね」
ポピーは自分の中でのセバスチャンに対する好感度が、ほんの僅かに下がるのを感じた。
「そりゃ、あの2人は怒るだろうね……2人とも料理好きだしアンは大事な友達だし……」
1年越しにその話を知って、アミットは大いに呆れていた。
「ね。サンドイッチちゃんと作った事ないんだよセバスチャン。めーっちゃ手間かかるのに」
そう言った青年は、もう一度ポピーを見た。
「ありがとね。僕のために頑張ってくれて。僕ねえ。今すっごく幸せ」
「どういたしまして。……でも、幸せなのは毎日ずっとでしょ?」
「へへへ………」
照れくさそうに笑い合う先輩2人を眺めながら、ダンブルドア少年は無表情でパンを齧った。
今なら糖蜜ヌガーを口から吐けそうな気分のダンブルドア少年は、無表情のまま訊く。
「その後サロウ先輩はどうなさったんです?そういう場合って、その。『埋め合わせ』が必要ですよね?きちんと謝罪なさったんですか?」
「マルフォイとノットに叱られて、イメルダもネリダもグレースも、女の子たちみんな非難轟々でさ。『簡単なものでいいなら自分で作りなさいよ』って。で、マルフォイが懇切丁寧にサンドイッチの作り方教えて。で、完成したらそれをアンに献上して、セバスチャンすんごい謝ってたよ」
「セバスチャンってこういうとこあるわよね」とは、その時のイメルダ・レイエスの言葉である。
「ねえハイウィング、ウサギとネズミだったらどっちがいい?」
そのヒッポグリフの目から回答を読み取ったらしい青年は、予め〆て保存してあった餌用のネズミとウサギを取り出しながら、ついに思い出した。
「あ、そうだ!そうじゃんそうでした!午後の最初はクィディッチの試合だった!!」
「そうですよ。……全くもう。だから僕、先輩がどの寮に所属してるのかが遂に明らかになるかってちょっと期待してたんですけど」
そう言われた青年は、キョトンとした表情でダンブルドア少年を見る。
「………言ってなかったっけ??っていうか寮なんて制服見れば―」
そう言った青年は、自分が今着ている右半分がグリフィンドールで左半分がスリザリン色の改造制服を見つめて、それっきり口を閉じた。
「毎日毎日そんななのに、なんで着ているものから推察できるなんて思えるんですか……というか先輩、今日の試合には出ないんですか?自分の寮のチームには所属してらっしゃるんですよね?」
ダンブルドア少年は何の根拠もなく、そう思い込んでいた。
「それはまあ、試合が始まってみてのお楽しみだよ、ダンブルドアくん」
「コイツにしか務まらない役割があるんだよ」
7年生2人にそう言われてダンブルドア少年は、一体この先輩はどのポジションを務めるのだろうかと、その青年のサンドイッチの具などでベッチャベチャになった口元にスウィーティング先輩が杖を向けて『テルジオ』と唱えるのを見ながら悩み続けるのだった。
そして、ダンブルドア少年は結論を出す。
「………ブラッジャーですか?」
絶対に違うと判っていたものの、一旦思いついたらもう、そうだとしか思えなかった。
ゲーム内での設定としては「ブラック校長が中止にしたため」
おそらく実情としては「ゲームデザイン上の都合で」
ホグレガ本編にクィディッチは実装されていない。
もしホグワーツ・レガシーにクィディッチが実装されていたら
恐らくは主人公は自分の寮のチームに所属し、好きなポジションを選び
そして「上手くプレイすれば」主人公の活躍によって
主人公の寮のチームが優勝していたのだろうと私は勝手に妄想している。
で、もしそうなっていたら絶対に3D酔いしていただろうという確信がある。