2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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44.金のスニッチ(中)

1892年度のホグワーツの寮対抗クィディッチリーグの開幕を告げるグリフィンドールとスリザリンの戦いは、スリザリンのキーパーによるファインプレーで幕を開けた。

 

「ひゅー!オミニスかっこいー!……あ、それは元からか」

 

実況役の青年が大喜びしている声が競技場中に響き渡り、オミニスが投げてよこしたクアッフルをセバスチャンからスルリと奪い去ったクレシダ・ブルームがまたもスリザリンのゴールを脅かす中、ダンブルドア少年はまだ驚いていた。

「オミニス先輩、クィディッチできるんですか???」

普段のダンブルドア少年なら「失礼な物言いかもしれない」と考えただろうその疑問が、抑えきれずに口をついて出る。

「去年の7年生のキーパーが優秀でねえ。だからオミニスは試合には出てなかったんだけど、練習には参加してたの。オミニスが何かを『やりたい』って言い出したらスリザリンの誰もダメって言えないんだよね。みんな、それこそ去年の7年生の先輩たちも『おい大丈夫なのか?』『ホントに大丈夫か?』っておっかなびっくりだったんだけど、あの通り。オミニスすっごく上手だったんだ―イメルダ・レイエスがゴール!10対0でスリザリンがリードしています!」

青年は実況をしつつも、ダンブルドア少年を始めとする周囲の皆とも楽しくお喋りもして、自分が誰よりもクィディッチの観戦を楽しんでいる様子だった。

「知らないって子もいるかも知れないから、一応解説しておこうか。『言っていい』って許可を本人から貰ってあります!スリザリンのキーパーを務める7年生、イギリス魔法界の宝石こと超カッコよくてめっちゃ優しい皆大好きオミニスくんは、生まれつき目が見えないんだ!『なんで?』って思った人は、周りに居る上級生のお兄ちゃんお姉ちゃんに『ゴーント』の事訊いてみよう!これってある意味魔法史の授業だね!オミニスはイイヤツだから、皆もきっと好きになるよ!」

青年がそう言った事で、事情を知らなかったらしい1年生の驚く声が観客席のあちこちから上がった。そして事情を知っていた一部の1年生たちも、「なのにクィディッチをしている」という事にまだ驚いていた。

 

「おにーちゃんすごーい!!あ!ギャレス!ギャレス頑張って!!」

「こら!そんなに身を乗り出したら危ないでしょ!」

名前と顔を知ってる先輩を全部応援しているハッフルパフの1年生の女の子が席から転げ落ちて行かないように、隣に座っているルームメイトが両腕で抑えている。

 

一方、当のオミニス・ゴーントは、またしても飛来したクアッフルから素早い身のこなしでゴールリングを守りながら、「勘弁してよ……」と照れくさそうに苦笑している。

 

「あ、またブラッジャー避けた。なんで飛んでくる方向が判るんだろ」

ゼノビア・ノークも青年の膝の上で首をひねっている。

「そう言えば先輩も普段、後ろから飛んできた呪詛とかスルスル躱しますよね?」

ダンブルドア少年から投げかけられた疑問に、その青年は一言で回答した。

 

「音だよ」

 

「音?呪文が飛んでくる音って事ですか?」

「チガイマス!あっごめんゼノビア」

青年がダンブルドア少年の方にぐいっと身体を向けて大きな動きで両腕をクロスさせ、膝の上のゼノビア・ノークは急に激しく動いた青年の肘が危うく当たりそうになった。

「周りを確認してから動きなさいよ……」

文句言いつつも膝の上から退こうとはしないゼノビアを見て、ヘキャット先生もウィーズリー先生もクスクス笑っている。

「音。頭の傍で鳴るんだよね。なんの音なのかわっかんないけど」

青年の表情を見て「参考にならない」と理解したダンブルドア少年は、全然違う話を傍で浮いているポルターガイストへ投げかけた。

 

「ピーブズさんが持ってる、その伝声管のオバケみたいなのは何です?」

 

オミニス先輩がクィディッチをしている、という驚きが一段落ついたダンブルドア少年が、どうも「機材調整担当」とか「実況の助手」とかそういう感じの役割らしいポルターガイストに訊く。そもダンブルドア少年にとっては、ピーブズがこの場に居ること自体驚きだった。

「去年クィディッチを再開すると決まった時に、ブラック校長がうっかりしてね。天井近くに潜んでたコイツに話を聞かれてたのさ」

ヘキャット先生が愉快そうな口調で背後から答えを投げかけるとピーブズは片方の眉をぐいっと引き上げて、ヘキャット先生に得意げな笑顔を向けた。

「俺様も観戦したいって言ったんだがね、校長先生様ときたら―」

「「黙れ」」

「ってね。ピーブズに杖なんか向けちゃってさ。まーったく怒りんぼなんだから」

ピーブズに続いてそう言いながら、青年も同じ表情をして笑った。

 

「それでコイツが俺様にこの仕事をくれたってわけだ。これは元は単なるマグルの拡声器、真鍮製のスピーキングトランペットってヤツなんだが、伝声管といくつも組み合わせて……このひとつだけ、ケツに繋がってる管が引き出せて、結構伸びる。つまり喋ってる奴にコレを向けると―」

 

「おーっと、今のは良くないねセバスチャン!肘で相手を小突くのは反則!!僕の目は誤魔化せません!あんまりやったらペナルティだよ!冷静にやんなきゃ勝てないよー?」

 

ピーブズが向けた拡声器の端、広がった方の口から青年の音が拾われ、ピーブズが浮遊させて傍らに抱えている伝声管の塊へと管を伝っていき、そこからいくつも突き出た真鍮製のホーンが震えて、クィディッチ競技場全体へと声を届ける。それには明らかに、魔法がかかっていた。

「どの音を拾って、どの音を遮断するか。それを調節するのが俺様の仕事ってワケだ。コレには単なる『ソノーラス』しかかかってないから、調節なしだと要らん雑音まで拾っちまうんだな」

「ピーブズって熟練のポルターガイストだから、そういうの得意だろうって思ったんだよね僕」

 

ゼノビア・ノークは青年の膝の上でその話を聞きながら「ポルターガイストにも新人とか居るんだろうか」などと全く関係の無い余所事に気を取られていた。

「ねえ、ピーブズっていつからいるの?」

ゼノビアが唐突に発した疑問に、真っ先に答えたのはゼノビアを膝に乗っけている青年だった。

「おとといだよね!」

「そうだ。俺様ぁまだここには来たばっかりでな。トイレの場所もわっかんねえんだな」

まともに取り合って貰えなかったゼノビアはむくれたが、ピーブズはそのお嬢さんに言う。

 

「……ロウェナちゃんお気に入りの昼メシの話とかしてやろうか?」

 

そして始まった、どこまでが事実でどこからが作り話なのかまるで判断がつかない「ホグワーツ創設期の思い出話」を半信半疑のゼノビア・ノークと全て事実だと理解したダンブルドア少年が興味を惹かれて聴いている中、グリフィンドール・クィディッチチームの面々は反撃を試みていた。

クレシダ・ブルームとナツァイ・オナイは2人がかりでイメルダ・レイエスを抑えにかかり、更にそこにビーターのギャレスがブラッジャーをけしかけた。

「マグルじゃないんだから、前と左右だけ抑えてもダメよ」

抱えていたクアッフルからパッと手を離して、真下を高速で通過したノットにパスを繋いだイメルダがサラリとそう言いながらノットのカバーに回る。

「むぅーー!!」

ナツァイが悔しそうに唸りながらそれを追い、ノットのシュートに割って入ってクアッフルを奪ったネリー・オグスパイアから更にまたイメルダがクアッフルを奪う。

 

「スリザリンがゴール!これでスコアは20‐0だ!まーたシーカー頼みかいギャレスー?」

 

実況役の青年がグリフィンドールクィディッチチームを率いている友人を煽った。

クィディッチの試合においてシーカーが最も重要なのは、魔法族皆が承知している。だからこそ、「チェイサーがクアッフルで得点を稼いだ上でシーカーがスニッチを獲って完全勝利」と「負けていたけれどシーカーのお蔭で逆転勝利」は、実際に箒に跨って飛び回っているクィディッチプレイヤーたちとしては、結構嬉しさに差があるのだ。

「チェイサー同士の勝負で負けてて、けどシーカーのお蔭で逆転勝利!って場合は、まあ自分がチェイサーだとあんまり相手チームに『どうだ勝ったぞぉ!』ってできないよねゼノビア」

急に話を振られたゼノビア・ノークは慌てつつも、問いかけには応えた。

 

「後ろのスウィーティングがさっきからずっとあなたの頭の上にレンズ豆積み上げてるんだけど、もしかして気づいてないの?」

「えっ??あ、ホントだ!何してるんだいポピーちゃん……」

 

自分の頭の上を手で探った青年が勢い良く振り向いても、積み上がったレンズ豆の塔は崩れない。

そこにピーブズの手助けがあり、そのポルターガイストが先程からレンズ豆の塔が建立されていくのを見ていて黙っていたのを理解していながら、青年はピーブズに追求などせず笑っている。

「だってフィッツジェラルドのごはんの時間だから」

「あー。そうだねえ。ありがとポピー」

その説明で納得した青年が、それ以上何も訊かずにまた前を向いて試合の実況に戻ったのを見て、ゼノビア・ノークはポピーに訊く。

 

「ねえスウィーティング、あなた達2人ってどこまで進んでるの?」

「ひょ??」

 

動揺のあまり妙な声が出てしまったポピーに、ゼノビアは周囲に先生たちが居るのも隣にピーブズが浮かんでいるのも気にせず更に斬り込む。

「2人で一緒に寝てたりするんでしょ?ただ『寝てる』だけじゃないのよね?」

そのやり取りをピーブズが競技場全体に最高音質でお届けするつもりである事に、周囲の先生方とピーブズ当人を除けばダンブルドア少年だけが気づいていた。

「えー、あの。えーーーーーー………」

ポピーは困った。この小柄で勝ち気な3年生の中でどのような想像が膨らんでいるにせよ、自分が「そういう事」は全然してないよ、とだけ言うのでは「嘘だぁー!」となるだろうし、それはノーコメントを貫いても同じことで、かといって事実をありのまま伝えるのは恥ずかしすぎる。

 

「ん?あ!お前いつの間にか沈黙呪文を!」

 

自分が抱えている集音器が音を拾っていない事に気づいたピーブズは青年に抗議するが、青年は「なんの事やら~」と言いつつ腕を楽に下ろしたままスルッと指先を回して沈黙呪文を解除した。

「僕とポピーちゃんが2人っきりの時の事は、僕とポピーちゃんだけの秘密さ。それはゼノビアにだってアルバスにだって教えられないよ。……ゼノビアだって去年僕と2人でしたナイショのお話の事、僕が誰かに喋っちゃったら嫌だろう?」

「……私がヤダって思うこと、あなたはしないじゃない。そうでしょ?」

青年の言葉の要旨を理解していないらしいゼノビアはキョトンとした表情でそう返したが、それでも青年はいつも通りの気楽な佇まいで笑っていた。

「そうだねぇ。だからポピーちゃんがナイショにしといてほしいって思ってる事も、ナイショ」

青年に穏やかな表情で見つめられたゼノビア・ノークは「この質問には答えてもらえない」という事だけは理解したらしかった。

 

「ほらノーク先輩。試合進んでますよ」

 

身を捩って斜め後ろに振り向いてまで、真っ赤になって下を向いてしまったポピーをまだ見つめていたゼノビア・ノークに、ダンブルドア少年はそれだけ言った。

 

イメルダの活躍とそれを支える事に徹しているノットとセバスチャンのサポートによって点を稼いでいるスリザリンにどうにか追いすがるグリフィンドールチームの試合は一層白熱していき、点差が50対30になっている中、ポピーはまた顔が熱くて熱くて堪らなかった。

「どしたのフィッツジェラルド?………あ。ごはんか。ごめんね」

自分が着ているハッフルパフのローブの、フードの中に収まっていたパフスケインの子供が何やらもぞもぞと蠢き始めたのを感じて、ポピーはちょっと時間を必要としつつも気を取り直した。

「え、あ。ふっふふふ………そうだ私が積んだんだった……」

顔を上げたポピーは、目の前の青年の頭の上にまだレンズ豆が整然と積み上がっているのを見て、吹き出すように笑った。

 

「あーーもう!私よりよっぽど良い反応するじゃんオミニス!どうやってるのよそれ!!」

 

投擲したクアッフルに飛びついたスリザリンのキーパーを見て、グリフィンドールのチェイサーの1人、ナツァイ・オナイは歯噛みした。しかしそのオミニスが味方に投げたクアッフルを追って、すぐにそれをイメルダ・レイエスから奪い去るべく獰猛に襲いかかっていく。

「やっぱりイメルダが一番上手だねえ。ノットとセバスチャンがそれをサポートするのに徹してる事で良い相乗効果が生まれてる………けどクィディッチは、チェイサーだけで決まったりしない」

これから何が起きるのかが先輩には見えているのだろうかと、ダンブルドア少年は思った。

 

視界の隅から飛んできているブラッジャーに最初に気づいたのは、イメルダからクアッフルを奪おうと頑張っているナツァイだった。

(ギャレスかリアンダーがどうにかしてくれるでしょ)

ナツァイはそれを気にはしつつも対処しようとはしない。

そのナツァイと2人がかりでイメルダの左斜め上から何度も小刻みに下降してイメルダを強襲しているクレシダは、ブラッジャーの標的になっているのは自分ではないと見て取り、念の為にイメルダを盾にできる位置取りを心がけて身体を傾け、並走を続けながらイメルダの真下に移動した。

 

ブラッジャーは獰猛に、真っ直ぐにナツァイへ襲いかかっていく。

 

「ギャレス?!」

 

真上から急降下してきた自分たちのチームのビーターが目の前でブラッジャーを打ち据えるのを見て、ギャレスの接近に全く気づかなかったクレシダが声を上げた。

ギャレス・ウィーズリーは的確に、至近距離に居るイメルダにブラッジャーを直撃させた。

 

魔法のかかった鉄球はイメルダの腕を砕いて胴に沈み込み、スリザリンのエースは撃墜された。

 

そしてイメルダが落としたクアッフルを真下で受け止めたクレシダが急旋回してゴールを決め、どよめきに包まれた競技場は怪我人の搬出を邪魔しないために束の間プレーが中断される。

「あーっ!ギャレスひどい!ズルっこだ!そんな事しちゃダメなんだよ!」

「ズルじゃないんだよ、今のは。クィディッチじゃあ、相手チームの腕のいい選手を潰そうとしないなんてのは『失礼千万』なんだ。だってそれって『お前なんかほったらかしてたって勝てる』って言ってるのと同じなんだからね……ま、危ないのはきみの言うとおりだけどさ」

ハッフルパフの生徒たちが固まって座っている区画の中心で、席から転げ落ちそうなほど身を乗り出して抗議の声を上げている女の子に左隣から羊のような癖っ毛の男の子が言った。

それを肯定するかのように、実況役の青年の声が響き渡る。

 

「今のは素晴らしいプレーでしたギャレス・ウィーズリー!」

 

そう言いながら青年はどこからともなく飛来した不死鳥の力を借りて、イメルダの下へと向かう。

「ブレちゃんに診てもらうかい?それともまだやる?」

地面に倒れて弱々しく息をしようとしているイメルダの傍らに立った青年がそう声をかけ、不死鳥はイメルダの身体に着地して、その胸部に顔を近づけ涙を落とす。

 

「………まだやるわよ」

 

その言葉を寄ってきたピーブズの持つ集音器が拾い、競技場全体に届けた。

「そ。じゃあ腕はそのままね」

歓声と声援がビリビリと空気を揺らしているのを肌で感じながら、イメルダ・レイエスは立ち上がる。それを上から見下ろして嬉しそうに笑っているギャレスを、横からノットが睨んでいた。

「なんだい、ノット。僕の顔になにかついてるかい?」

「……今のはいいプレーだった」

何故睨まれているのか重々承知していながら悪びれもせずそう言い放ったギャレスに、苦々し気な表情のノットはそれだけ言って元のポジションへと飛んでいった。

「あーイメルダ待って。まだ飛んでっちゃだめ」

「なに?ハグしたいとかなら気持ちだけ貰っとくわよ」

「違う違う。いや違わないかハグはしたいな……でもそうじゃなくてほら、折れてる方の腕。固定もしないで試合に戻るのは無茶だよイメルダ」

そう言いながら青年はスルッと杖を振って「フェルーラ」と唱え、イメルダの右腕を光を反射してキラキラと白く艶めく豪華な包帯と添え木で固定した。

「えっ、アナタこれ、ユニコーンの尻尾の毛じゃ………」

「そだよ。包帯にピッタリなんだよね!」

驚きを隠せないイメルダは、青年を問いただす。

 

「店で買ったら1本いくらする物なのか解ってるわよね??それを、こんな量……」

「僕のカバンの中に何頭居るか知ってるだろう?ほら行ってらっしゃい!」

 

そうしてイメルダ・レイエスは再び箒に跨って飛び立ち、ウィーズリー先生の合図でオミニスがセバスチャンにクアッフルを投げてよこし、試合が再開された。

「レイエス先輩大丈夫なんですか?!」

戻ってきた青年に、ダンブルドア少年が訊く。

「大丈夫じゃないよ。腕の骨が砕けてるんだから。ついでに言うとあばらが折れて肺に刺さってたけど、それはもうコイツが治してくれた。でもまだ、腕はめちゃくちゃ痛い、筈なんだけど―」

青年は、クアッフルを奪い合いブラッジャーを躱して目まぐるしく飛び続ける選手たちの中で果敢にグリフィンドールのゴールリングを脅かしているイメルダを見上げた。

「―痛いの忘れてるんだろう?イメルダ。クィディッチ大好きだから」

「そういうもの、なんですか……」

ダンブルドア少年も、飛び回り続けるイメルダ・レイエスを見上げて言った。

「そういうものだよ。だってイメルダ去年、クィディッチが再開するって知った時―」

そこまで言った青年は、その去年の光景を思い起こして「やっぱりナイショ」と呟いた。

 

それは、ちょうど1年前の今頃。

 

クィディッチを愛好する生徒たちが思い思いに時間を潰しているホグワーツのクィディッチ競技場の一角で、数人の生徒が事情も知らされずに待機していた。

「おやレイエス。お前も呼ばれたのか?」

「そうだよラフキン。……あ、ラブグッドとマクミランも来たね。やあ2人とも!」

「お。全部の寮のチームのキャプテンが勢揃いとは。……おい待てどこ行くんだラブグッド」

グリフィンドールの制服を着た体格の良い青年が、何も居ない空中を凝視しながらどこかへ行こうとしたレイブンクローの制服を着た線の細い青年の肩を掴んで引き止めた。

「またラックスパートが居たんだよ」

「成程。でも今は『ここで待ってて』って言われてるんだから、どっか行っちゃマズいだろ」

いつも眠そうな声色をしているこの青年が架空の魔法生物の話を始めるのはいつものことで、彼の同級生たち、この年を最後にホグワーツを卒業した当時の7年生たちは皆、慣れっこだった。

 

架空の魔法生物だと、この頃はまだ皆思っていた。

 

「やあレイエス。きみってしわしわ角スノーカックに似てるね」

「…………ありがとう?」

 

ラブグッドから意図のわからない指摘をされた時は褒め言葉だと思う事にしておこうというのが、イメルダを始めとする女子たちの主流な考えだった。

黙ってればものすごいイケメンで振る舞いも優雅、それに成績も優秀なのにも拘らず口を開けばいつも霧の彼方と交信しているレイブンクローの監督生ミスター・ラブグッドには後輩の女子たちが作ったファンクラブすら存在したが、本人は結局卒業するまで、どころか後に妻となる同級生と卒業後交際を始めて数年かけて関係を発展させ同棲を始めるまで、全く。気づきもしなかった。

「ねえ2人とも、なんでここで待ってなきゃいけないのか訊いてない?」

イメルダがラブグッドとマクミランに訊く。

「「知らない」」

声を揃えて頭を振ったその2人もまた、実際のところは既に、薄っすらと期待しては居た。

もしかしたらもしかするのかと。

 

「アンガビュラー・スラッシキルターをとうとう捕まえたのかな」

「これやるからお前ちょっと静かにしててくれるか」

 

マクミランに手渡された山盛りのポップコーンを何も居ないように見える空中に給餌し始めたラブグッドを余所に、3人は自分たちを集めた「アイツ」を待っていた。

自分以外の3人も「アイツ」に呼び出されたのだろうと、皆一様に確信していた。

そこに、ドスドスのしのしと重量感のある足音が競技場の外から地面を揺らして響いてくる。

 

「よーぅお前ら揃ってるな?……ちょっと待ってろ俺様がこのアホを今起こすから」

 

やってきたのは巨大なグラップホーンの背で眠りこけているパジャマの上からレイブンクローのローブを着ている1年生にしか見えない女子生徒と、その傍らに浮かぶポルターガイスト。

そのポルターガイストがどこからともなく取り出したゾンコの店の花火を指先で小突いて着火すると、軽快でけたたましい音楽と共に色とりどりの火花が女子生徒に降り注ぐ。

イメルダたち3人が自分の耳に指を突っ込んで騒音に耐え目を細めて閃光に耐えているのを余所に、その女子生徒はムクリと上体を起こした。

「んむや………おはよ湖畔の主。あれぇピーブズが居るねえ……お菓子くれるの……?」

「こら二度寝しようとしない。アンタがあたしらを呼んだんでしょうが」

イメルダの手で湖畔の主の背から引きずり降ろされたその小さな女子生徒は、そのままクィディッチ競技場の床に寝転がろうとしたためにイメルダに抱き上げられた。

 

「あんた今自分がどこに居るのか判ってるの?」

「フィグ先生のおへや………」

 

その言葉を聞いて強気に出られなくなってしまったイメルダの横から、レイブンクローのラブグッドがその女子生徒にゆらりと顔を近づける。

「夢の中で逢えるって事は、どこでだって逢えるんだって。きみ、ちゃんと判ってるだろう?だって、それはもうどこにも居ないって事なんだから」

また何を言い出すんだコイツはと顔に書いてあるグリフィンドールチームのキャプテン、大柄なマクミランくんがじっとりと眉間にシワを寄せている中、その女子生徒は目を醒ました。

「あ。ラブグッドくんだ。フィグ先生がよろしくって言ってたよ。きみの事褒めてた」

「そう?きみに褒められるなんて光栄だね」

「で、何の話で僕ら4人を呼び出したんだい?何か話があるんじゃないのかい?」

2人揃うと会話が成り立っているのかいないのかも傍からではよく解らないその同級生と後輩に、ハッフルパフのキャプテンをこの年まで務めていたラフキンくんが声をかけた。

 

「うー?………ああ、そっかぁ。運んできてくれたんだねぇ湖畔の主。ありがとねぇ」

 

イメルダに抱っこされたまま、その女子生徒はまだ眠そうな目でグラップホーンを見つめる。

「えっとねえ。さっきヘキャットせんせとブラック校長に教えてもらったんだけどね、来月から寮対抗クィディッチ再開するんだって。で、明日から練習していいから競技場の使用許可取りに来いって。そんで他の寮のチームと練習スケジュール相談しとけってさ」

グラップホーンの方を向いたままそう報告してまた寝ようとしたその小さな女子生徒は、次の瞬間地面に落下して呻き声を上げた。

「ぃったい!!なにするんだいイメルダ………」

イメルダ・レイエスが何故急に自分を落っことしたのかと腰をさすりながら見上げた女子生徒は、びっくりしてそのまま動けなくなった。

 

自分だってこのスリザリンの女子と同じかそれ以上に嬉しいのに、グリフィンドールのマクミランもハッフルパフのラフキンもレイブンクローのラブグッドも、3人揃って同じ表情だった。

「良かったねぇイメルダ」

「ふうぅっ………うう………うえぇえ……」

立ち尽くしたままその身を震わせて泣き続けるイメルダ・レイエスの周囲に、何事かと気になったらしい他の生徒達も集まってきていた。

 

「ちょっと、ちょっとグレース!どっち向いてんだい決着ついちまうよ!」

「ん?……ああごめんなさいね。去年の事思い出してたのよ」

 

ルームメイトのレストレンジに声をかけられて、グレース・ピンチ=スメドリーは漸く思い出の底から帰還し、改めて目の前の試合に集中した。

「去年の事って、レイエスかい?」

「そ。……そりゃ、片腕くらいじゃ止まらないわよね?あんなに喜んでたんだから」

そしてグレースは、レストレンジに訊き返す。

 

「決着ついちゃうの?」

 

その質問に答えるように、実況役の女生徒の楽しそうな声が響き渡る。

「さーあとうとうシーカーたちが動き出しました!スニッチを見つけたのでしょうか!あ。ホントに見つけてるね。スリザリンのシーカーを務めるマルフォイは僕と同じ7年生!一昨年クィディッチが中止された原因になった『怪我をした純血の生徒』本人だけど、アレはマルフォイじゃなくてブラック校長のせいだって皆もうちゃんと解ってるよね!マルフォイくんはこの事をまだすんごく気にしています!そして相対するグリフィンドールのシーカーは、みんな御存知ブキャナンくん!まだ2年生なのに去年からもうシーカーやってるんだ!これがどれだけ凄い事なのか、1年生のみんなわかるかい?そうさ。ホグワーツじゃ『自分の箒を持てるのは2年生から!』でもブキャナンくんは『今年2年生』で『去年からグリフィンドールのシーカー』!わかったね?そうさ!先生たちが規則を曲げちゃうくらい上手だったんだ!先生たちっていうかウィーズリー先生だけど!」

 

「ピンと来てねえやつらのために、俺様が点差をおさらいしてやろう!スリザリンは今170点。グリフィンドールは30点。だからブキャナン坊ちゃんがスニッチを取っちまえば―」

「イメルダがゴールを決めました!これで点差は180対30です!グリフィンドールはスニッチだけでは勝てなくなりました!改めて言っとこうか!スニッチ取ったら『150点獲得して試合終了!』今グリフィンドールのブキャナンくんがスニッチ取っても180対30が180対180になるだけ!」

「けどだからって取りに行かなきゃマルフォイお兄ちゃんが取っちゃうよなぁ~?」

 

楽しそうな声で実況と解説をしているその7年生の女生徒とポルターガイストの声は、どちらのチームの選手たちにも届いていた。

グリフィンドールのシーカーを務める2年生のブキャナンくんは、自分の目の前を飛んでいるマルフォイをどうにか追い抜いてその先のスニッチに辿り着こうと頑張りながら、ひとつ決心した。

点差なんか知ったこっちゃねえスニッチを全力で取りに行こう。取られるよりはマシだ、と。

「勝負だマルフォイ!」

「さっきからずっと勝負だぞブキャナン!寝ぼけてるのか?」

スニッチが急に直角に飛び、2人は慌てて自分が跨る箒の柄をぐいっと引っ張り方向転換する。

 

「クレシダ・ブルームがゴール!180対40です!つまりスニッチ取った方の勝ちだ!」

 

競り合いながら飛んでいるマルフォイとブキャナンくんは一瞬だけお互いの顔を見、すぐまた前を向いてスニッチを見据えた。

スニッチは小刻みに飛ぶ方向を変え、急加速と急停止を繰り返して不規則に飛行しながらグリフィンドールのゴールリングへと、グリフィンドールのキーパーの方へと向かっていた。

 

「ハリー避けて!」

 

今年からグリフィンドールのクィディッチチームに加入した5年生のヘンリー・ポッターは、接近してくるブキャナンくんに叫び返す。

「無理だゴールを狙われてる!」

またしても箒に伏せるように上体を預けてできるだけ速度を出そうとしているイメルダは、骨が砕けている方の腕でクアッフルを抱えていた。そっちが利き腕なので、仕方がないのである。

 

「無茶するなレイエス!パス渡せ!」

「クレシダにマークされてるのを剥がしてから提案しなノット!」

 

自分はネリー・オグスパイアとナツァイ・オナイに2人がかりで追い縋られながら、イメルダは急上昇したり急降下したり箒にぶら下がる姿勢になったりしてスルスルと躱し続ける。

「あ、うわ!」

そこに飛んできたブラッジャーは、明らかにイメルダの砕けている方の腕を狙っていた。

「2回もやらせるか!」

飛び込んできたクラッブが寸前でそれを打ち返し、リアンダーを睨む。

一方でゴイルがもうひとつのブラッジャーからセバスチャンを守り、それを真下を飛んでいったブキャナンくんへと打ち込む。

 

そして、実況役の女生徒とその傍らに浮かぶポルターガイストが、同時に叫んだ。

 

「イメルダ・レイエスがゴール!セバスチャンとの見事な連携でした!」

「シーカーのどっちかがスニッチ取ったぞ!試合はここまでだ!」

 

2人の言葉が混ざって聞き取りづらかった観客席の面々も、大多数は状況を把握していた。

羊のような癖っ毛の男の子が、隣で混乱を全身で表現している女の子に説明する。

「マルフォイ先輩がスニッチ取ってたらスリザリンの勝ち。ブキャナン先輩がスニッチ取ってて、しかもそれがレイエス先輩のゴールより早かったらグリフィンドールの勝ち。ブキャナン先輩がスニッチ取るより先にレイエス先輩がゴール決めてたら、引き分け」

「どっちなの?」

女の子は、くりくりとしたまんまるの目を男の子に向けて訊く。

「わかんないよ。完全に同時だったようにしか見えない」

「観客席の皆様に説明しまーす。スニッチってのはこういう展開になった時のために『肉の記憶』を持ってて、つまり『誰がどういう順番で触ったのか』を覚えてるんだ。つまり―」

たった今、揃って地面を転げながらスニッチを取り合った両チームのシーカー2人は、既にスニッチをウィーズリー先生に託してその判断を待っている。

 

空中に居る他のチームメンバーたちも皆、ウィーズリー先生の言葉を待っている。

ウィーズリー先生はスニッチに杖を翳し、次にグリフィンドール側のゴールリングの方に杖を向けてクアッフルを呼び寄せると、それを杖で叩いた。

そして、自分の喉に杖を当てようとしたウィーズリー先生に、実況役の女生徒を小脇に抱え機材は浮遊させて飛来したピーブズが集音器を差し出す。

「190対190で、この試合は引き分けです。先にスニッチを取ったのはミスター・ブキャナン。ですがそれより一瞬だけ早くミス・レイエスがゴールを決めていました」

 

クィディッチ競技場全体を全ての方向からの歓声が揺らす。その中には残念がる声も喜ぶ声も混ざっていたが、イメルダ・レイエスにはたった1人の声しか聞こえていなかった。

 

「ミス・レイエス!すぐに降りてきなさい!」

 

怒髪天を衝く様相の校癒ノーリーン・ブレイニーが、真っ直ぐにイメルダを見据えていた。

イメルダは、さっきクアッフルを抱えていた時と同じ必死さで降下し、速やかにマダム・ブレイニーの眼前に直立不動の姿勢で待機する。

「試合を続けるだけでもありえないのに、折れてる方の腕でクアッフルを抱えるなんて!」

「ごめんなさいマダム・ブレイニー……」

「診せなさい!全く、あの子の処置が的確だからいいものの。アナタはプロのクィディッチ選手になるんでしょう?プロになってからも試合で怪我する度にあの子に頼るつもり?!」

イメルダは、返す言葉も無かった。

「それにアナタもアナタよ!」

「ヒェー居るの気づかれてたゴメンナサイ!」

ビクリと大げさに全身を震わせ縮み上がった女生徒は、ピーブズの後ろに隠れようとする。しかしピーブズはニヤニヤ笑いながら半透明になり、すぐに完全に透明になって集音器とそれに繋がった伝声管の塊ごと姿を消した。

 

「もやーーぁ……まーー……ブレチャンゴメンナシャイ……」

「アナタがやってる事が、間違ってるとか悪いことだとか言いたいんじゃないのよ。だって私は癒者なんだから、誰かが誰かの傷を癒してあげてるのを『間違ってる』なんて言えない。けどね、アナタのお友達が怪我する度にアナタがそれを綺麗サッパリ全部治してあげてたら、アナタのお友達は段々。挑戦と無謀の区別が付かなくなっていくのよ。そしていつか必ず取り返しのつかない事になる。『痛み』とか『辛い思い出』っていうのは生き物に備わった大切な防衛機能で、むやみに片っ端から取っ払って良いものじゃないの。『怖いものが無い』っていうのは、凄く怖い事なの」

「ゴメンナシャイ………」

ションボリとうなだれている女生徒を余所に、お説教を短く切り上げた校癒ブレイニーは、イメルダに向き直って、ニッコリと笑って言った。

 

「痛くなってきたんでしょう?試合の興奮がちょっと収まってきて、忘れてた事を思い出したのよね?自分の腕が今どんななのかって事を」

イメルダの顔には、脂汗が浮かんでいる。その表情は強張り、目が泳ぎ始める。

「ちゃんと、反省。したかしら?」

顔面蒼白のイメルダは、壊れたおもちゃのように激しく繰り返し繰り返し頷いた。

「無茶は、ほどほどに、しなさいね?」

「しますしますしますしますシマスシマスゴメンナサイゴメンナサイ………」

腕以外は怪我をしていないのに、その腕が痛すぎるせいでイメルダは今や全身がくまなく痛いかのような錯覚に襲われていた。

 

そして校癒ブレイニーは、イメルダの腕に杖を向けた。

 

「はっ……はっ……、はぁ………ありがとうございますマダム・ブレイニー……」

「どういたしまして。いちクィディッチファンとしては、とてもいい試合だったわ」

 

イメルダ・レイエスが気付くとチームメイトや友人たち、そしてグリフィンドールのチームの奴らも自分の周囲に駆け寄って来ていた。

 

 





1991年の時点でハリー・ポッターが1年生でシーカーになったのが100年ぶりで
その100年前がレガ主6年生時なので、つまりブラック校長のクィディッチ中止は
1年間だけで終わる事がほぼ確定していると言って良い、と思う。
(96~108くらいなのをザックリ100年って言ってる可能性ももちろんあるけど)

あと、イメルダ・レイエスはレガ主5年生の時点(ゲーム本編)で
既にスリザリンのクィディッチチームのキャプテンで
つまり少なくともその前年からキャプテンをしていたと考えるのが自然
(中止にするのに新5年生をキャプテンに任命するのかブラック校長?という)
なによりホグレガ本編でレガ主の事を「5年生」と呼ぶので、実は
総合するとイメルダ・レイエスはレガ主より上の学年だと考えるのが自然ですが
同級生だった方が嬉しいので私の妄想の中ではレガ主の同級生です

Q.スピーキングトランペットって何だよ
A.メガホン(のご先祖様)。

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