2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
「あら。……ダメだよ?お昼はさっき食べただろ、お前は」
遅めの昼食を食べ終え、食器に杖を向けて「テルジオ」と「スコージファイ」をしている時に直ぐ側の窓の外からマンティコアがこっち覗いてたら、以前のアタシなら腰を抜かしていただろう。
「尻尾揺らしてもダメだ。足りなかったんじゃないだろソロモン?食いしんぼめ」
恨みがましく唸るマンティコアに情けで鹿肉一切れ投げてやった直後、アタシは気付いた。
「……アンタたちの飼い主様も食いしんぼだね?そういえば」
飼い主様。アタシの雇い主でもある、アタシの飼い主でもあるかもしれない、あのおバカ。
一昨年。アッシュワインダーズの仲間たちに裏切られて以来閉じ込められていた……ま、向こうはアタシが奴らを騙してたと解釈してたんだろうけど、とにかくあの檻の中で日がな一日中ぼんやりと格子の外を眺めて暇を潰してた頃。アタシが最初にソイツの事を知ったのは、噂でだった。
ハガーティの奴がやられたらしいと、あの口の臭いクソデブが話しているのを聞いた。けどその時は、まあそういう事もあるか闇祓いが1ダースくらい派遣されてきたかな、と思うだけだった。
次の噂は、不死鳥を追っかけてた奴らからの連絡が途絶えたって話だった。これも、まあマヌケがミスったんだろうとしか思わなかった。
それから、暫く経ったある日の事。忘れもしない。
毎朝アタシに「黙らせ呪文」をかけるのが日課だった「動物もどき」の乱暴な女が、信じない信じない信じないと連呼しながら髪を振り乱して口走った、その噂。それに、アタシは耳を疑った。
ビクトール・ルックウッドが死んだと。
ルックウッドの奴に敵なんか居ないと信じていたその女も、ルックウッドの奴が怖くてアッシュワインダーズなんかに入っちまったアタシも、そんな噂信じられなかった。
腕利きの側近と威勢の良い部下たちも大勢連れて、自分たちしか居ない勝手知ったるアジトのひとつに連れ込んで、それで逆にお仲間諸共皆殺しにされたなんて。ホグワーツの学生1人に!
誰が流した噂か知らないけどもうちょっとマシな嘘をつけよと、最初は思った。
けどそれから1週間も経たない内にランロクが死んだって記事が「予言者」に載って、更に1月もしない内にハーロウが逮捕されたなんて噂が流れてきた。どっちも、ルックウッドをやったのと同じホグワーツの生徒に負けたらしいって話だと。
風向きが悪くなってきてるって、ゴブリン共どころか奴らが連れてきたトロールすら察してた。
少なくともアタシには、あのトロールが不安そうにしてるように見えたんだ。
アタシが不安だっただけかもしれないけど。
似たような噂ばかり流れてくるようになるのに、そう長くはかからなかった。
こそ泥のダンスタン・トリニティが手下諸共皆殺しにされたらしい、だとか。
「シルバヌス・セルウィンから来るはずのブツが届かねえアイツなにやってんだ」とか。
テンペステ・スローンがお仲間共々ファルバートン城に「散らばってた」らしい、だとか。
エルサ・トラバースの奴も死んだらしい、だとか。
そして忘れもしないあの日。ちょうど去年のクリスマスが終わった頃。とうとうアイツは来た。
「ハッ!ヒーロー気取りのご登場ってわけだ!」
いつもアタシの檻に入ってくるクソ野郎の声だと、アタシにはすぐに判った。だからその直後に知らないガキの声で「クルーシオ!!」って聞こえたときは、ああ。正直嬉しかったさ。
「コンフリンゴ」とか「ステューピファイ」とか「フリペンド」とかおんなじ声で聞こえてきた直後。緑色の光が1回だけ光って、一瞬だけ外が静かになった。
「お前、よくも!!」
それは毎朝アタシに「黙らせ呪文」をかけてくるあの女の声だった。
「ん??あら呪い損ねてたかあ。グレイシアス、ディフィンド!」
何かが砕けて飛び散る派手な音が響き渡り、それきり誰が呪文を唱える声も聞こえなくなった。
ただ足音がひとつ、どんどん近づいてきていた。
「あれ、おねーさん何してんの?なんで密猟者が檻の中に捕まってんの?」
外がどうなっているのかは、見なくても判った。
かつてアタシの仲間だった密猟者共も、いけ好かないゴブリンも。そして信じ難いがあのトロールも、この小娘に鏖殺されたのだと。
「………趣味なのかい?」
檻の内と外に隔てられてなけりゃ殴ってたね。
「ねえおねーさん。もしかしてその服、前のボタン上まで全部は閉まんない感じですか」
そうだよ文句あるかい。
その小娘は、アタシの胸に釘付けになったまま、驚くほど敵意も害意も見当たらない顔で、尚もアタシに話しかけてきた。
「ねえおねーさんなんでボタン2つしか外してないん檻の中に居るの?なんかやらかしたの?」
えらく欲望に正直なその小娘に、どうせ殺されるんならと、アタシは。身の上話を全部喋った。
「ふーん………狼人間ねー。初めて見たや……」
そして、その小娘の次の行動に、アタシは目を疑った。
「アロホモラ!」
ソイツは檻の錠に杖を向けて、何やら10秒近くグリグリがちゃがちゃと苦戦した後、アタシを閉じ込めてた檻を開け、アタシの手足を縛ってた枷にも杖を向けて、また「アロホモラ」を唱え、またしても10秒以上を費やして、アタシを自由にしてくれた。
「はい。ご自由にどーぞ。お仲間の仇討ちとかしたいなら、受けて立つけど?」
「確かに前はコイツらはアタシの仲間だったけど、それでも。……そんな義理は無いね」
尚もアタシの胸を凝視しているその小娘の頭上が燃え上がって、びっくりしているアタシの目の前で、そこに不死鳥が現れた。アタシはもっとびっくりした。
「どう?このおねーさん。僕は悪い人じゃないって気がするんだけど」
その不死鳥は、アタシをじっと見ていた。アタシは目が離せなかった。
「あ、きみもそう思う?………ねえおねーさん、これからどうするの?帰るアテある?」
アタシは、檻の中に座り込んだ。枷を着けられた上で檻の中というのは、正直アタシにとって、ある意味では「安心できる居場所」だったのだ。それを、今更。
答えあぐねているアタシを見ながら、正確にはアタシの胸を見ながら、ソイツは言った。
「行くアテ無いならウチで働かないかいおねーさん。住む場所と食べるものと着るものがあるよ」
「………そんなもんがどこにあるんだい」
アタシがそう言い返した途端。ソイツがいつの間にやら持ってたカバンを大きく開いてこっちに向けてきたと思ったら、次の瞬間にはアタシは、全く知らない場所に居た。
目の前でアタシを睨んでる2頭のグラップホーンと、その後ろにわらわら居るヒッポグリフとセストラル。そして向こうで浮かんでるレシフォールドの上に座り込んで菓子を食べこぼしている屋敷しもべを見て腰が抜けて、早速洗濯物を増やしちまったのを覚えてる。
ここがカバンの中だなんて、言われなきゃ気付けないだろう。
なにせアタシは未だに朝起きた時ちょっと混乱するんだから。
暇な時間になるとここに来る前の事を、ここに来ることになった経緯を思い起こしてしまうのは、さっさと治してしまいたいアタシの嫌なクセだった。
なんか他に昔、楽しい事とかひとつくらい無かったっけな。
アタシが自由に使っていいって言われてるこの家はマンティコアたちの為に設えられたエリアの中央にある。向こうの森には大怪我してたらしいアクロマンチュラが最近運ばれてきたし、反対側にある湖には冗談みたいなサイズのホーンド・サーペントと、それに管理されてる山程のヘビたちが棲んでる。アタシの家から続いてる小道を進めば火蟹が棲んでるエリアがあるけど、その手前にはエルンペントの群れとグラップホーンの家族が一緒に暮らしてる岩だらけの砂漠エリアがある。
そしてここから「外」に出られる唯一の出入り口は、キメラの巣の中だ。
で、その「ここから出た『外』」ってのもまた、別のカバンの中だ。それも中国火の玉種が2頭棲んでる山嶺の只中に、断崖絶壁の頂上に出る。
こう言うと「それは監禁されてるのとどう違うんだ」って言われそうだけど、それは違う。
だってアタシが「ハニーデュークス行きたい」って言ったらアイツ小遣いくれたし。
自分が食べたかったヤツのついでに買ったフィフィ・フィズビーを渡してやったらソイツは、そのアタシの雇い主様は、アッサリとご機嫌になった。
見る度にまるで別人の見た目になってるのはまだ意味がわからないけど、最近慣れてきた。どれが「ソイツ」なのか、判るようになってきた。
見分け方?動きだよ動き。挙動。
「ん?どうしたんだろお后様」
そして今、向こうからこちらへと、自らにあてがわれたエリアを越境して、1頭のグラップホーンが近づいてきている。集団なら暇しているだけだが、こんなふうに1頭だけの時はだいたい――
「どうしたんだいアンタ。1年生の『防衛術』を手伝うんじゃなかったのかい?」
その白い雌のグラップホーンが背中に乗っけて運んできたのは、アタシたちの飼い主だった。
「手伝ってたんだけど………サっちゃんに貰った薬の効果……限界来ちゃって……そんでギャレスにカバン預けて、途中で抜けてきたの……」
「薬?どんな魔法薬を飲ん、体温たっかいねアンタ!」
頬を上気させて荒い息を吐きながら、ソイツは説明した。
「愛の、妙薬………アモルテンシアの、次の次くらいに強いやつ……。それも、特に誰の体組織の一部とかも入ってない『素』のままの愛の妙薬……」
襟首がダルダルのパジャマの上からレイブンクローのローブを羽織ったその女生徒が一体ナニをそんなにもじもじしながら我慢しているのか、ナニに耐えているのか。アタシはやっと理解した。
「お、おお。……成程。そりゃ大変だったね……?」
「ぉㇷㇿかりてぃぃ………?」
「アタシがアンタに貸してもらってる家なんだから、勝手に使いなよ」
その途端、アタシの中にフツフツと。子供の頃に失くした筈の「イタズラ心」が。俄に蘇るのを感じて、アタシはニヤニヤ笑いを抑えられなくなった。
「……風呂場で何するんだい?」
「いぃ、いえっ、言ぇないよぅ………」
自分の飼い主の真っ赤になった頬をアタシが心ゆくまでつつき回しているのに、その白くて大きな雌のグラップホーンは何もアタシにしてこなかった。
普通、自分の髪の毛とか混ぜて作って、食べ物に入れて。それで意図した通りの相手がそれを食べてくれれば、ソイツは薬が効いてる間は自分に夢中になる。それが「愛の妙薬」。
それを、特に誰の髪の毛も何も混ぜずに「素」のまま摂取するとどうなるか。
どうなるんだっけな………前に本で読んだ気がするんだけど……。
この、我が雇い主様を見ている分には、「行き場の無い興奮だけが湧き上がってくる」って感じに見えるんだが。またどうせ既存の魔法薬じゃないオリジナルの「愛の妙薬」なんだろうしな。
変な効果のひとつやふたつ、付け足されてたって不思議はない。
なにせコイツの同級生、そのサチャリッサ・タグウッドって子も、間違いなく天才の部類だ。
それにウィーズリーの家のギャレスって子も。
その2人とこの我が雇い主様は、毎日のように新作の魔法薬をお互いに渡し合っては治験のサンプルを集めているのだ。だから今回のこれも恐らくは、その一環なんだろう。
「なんだっけ、愛の妙薬って反対呪文あったろ?アレじゃダメなのかい?」
「それだとたぶんサっちゃん許してくんないもん………」
案の定、単に薬を盛られただけではなく、何やら事情があるらしい。
「暫く入って来ないでねおねーさん…………もしポピーちゃんが来ても通しちゃダメだよ?」
「はいはい判ってるよ」
ここに居ると、自分がアッシュワインダーズだったって事を、忘れそうになる。
檻に入れられてた頃の、一番思い出したくない記憶を夢に見ちまって魘される事も減ってきた。
その家の玄関の脇にあるベンチに腰掛けて、マンティコアのソロモンとイソップが寄ってきてすぐ傍で居眠りし始めたのを横目に、ここ数日分の「予言者」に一気に目を通す。
なにせ今のアタシは滅多にカバンの中から出ないので、意識して最新の情報を追いかけでもしないと、どうしても時事に疎くなってしまうのだ。
「ほえー、チャドリー・キャノンズ調子良いんだぁ。変なの……去年は負け続きじゃなかった?」
「オメーいま何つった」
背後の家の窓が乱暴に開かれて、今さっき真っ赤っかになってそこへ引っ込んでいった筈のアイツが、据わった目でアタシを見てた。
あろうことか、最初に会った時の、アタシと最初に目が合った瞬間のあの目をして。
「まだ生き残りが居やがったか」とか言いそうな、手間が増えた事に辟易している人殺しの目。
「オメーいまキャノンズ馬鹿にしたか」
「してません」
「言葉には気をつけろよ」
「はい。すいません」
……えっ、こわ。コイツ、チャドリー・キャノンズのファンだったのか…………圧すご。
あんな低い声出せるんだ知らなかった。
おや、こんな可愛い声も出るのかアイツ。知らなかった。
……んん???………まさかこれ、つまり。
慌てて振り返ったアタシの目に映ったのは、想像通りの光景。
「………風呂の窓開けっ放しでシしてんじゃないよこのおバカ」
「アッ……ホントダァゴメンナサイ……」
こりゃもう暫く出てこないね。アタシが逆の立場だったら顔から火が出てるよ。
しっかし、コトの最中に外の独り言聞き取ってそれにブチ切れて、で、キレ終わったらまたすぐ「そういう事」再開するって……どういう情緒してんだろうねアタシの雇い主様は。
そしてまた「予言者」の紙面に視線を戻そうとしたアタシの視界の隅に映ったのは。こども。
「先輩がここに来てませんか?」
6歳くらいか?えらく小さい男の子が、何故かホグワーツの制服を来てこちらを見上げていた。
先輩って、たぶんアイツの事だよな。
「来てるよ。けど、今入浴中だから、出てくるまではもう暫くかかるよ」
「じゃあ待たせてもらいます。隣に座ってもいいですか」
「別に好きにしなよ」
こんなチビが1人でここまで来たってのか?カバンの中に入って?ここに居るのはどれも魔法省が「もし見かけたら全力で逃げろ」って通達出してる、とびっきりの危険生物ばっかりだぞ?
この子はマンティコアが怖くないのか?
いや、まだチビだから危なさを理解できてないだけか?
「お前、何歳だい?名前は?」
「あ。すいません。申し遅れました。アルバス・ダンブルドアです。11歳です」
……聞き間違いか?
「……11歳?」
「はい。ホグワーツの1年生です。グリフィンドールです」
「本当かい?それにしちゃ随分……」
「そこから先を言ったら僕はアナタの事が一段階キライになります」
あ、気にしてるのか。………まあ、同級生の誰よりチビだろうし、そりゃ気にもするか。
「………父親の名前はパーシバル・ダンブルドアかい?」
「そうですけど」
おっと、この話題も止めたほうがよさそうだね。
「ホグワーツは楽しいかい?」
「はい。毎日楽しいです。友達もたくさんできましたし、先輩方は皆さん優しいですし」
「あんたグリフィンドールだろ?スリザリンの奴らにイジメられたりしてないかい?」
グリフィンドールとスリザリンって仲悪いんだろ?アタシだってそのくらいは知ってるよ。
「はい。僕も入学前は母からそれを心配されてたんですが。実際入寮してみると、ほとんど全く」
マジか。そんな事があるのか。どうなってんだ今のホグワーツ……いや、待て。
「それはもしかして、アイツのせい?」
アタシが背後の家の風呂場の辺りを指差して訊くと、そのチビは肯定した。
「恐らく、そうだと思います。7年生の皆さん、寮を越えて仲が良くてらっしゃるんです。で、それが何故で、いつからなのか訊いてみたら、元々あの先輩を経由して『友達の友達』だったのが、去年のちょうど今頃、引き合わされたと。それで皆で先輩のお世話してる内にわだかまりが無くなっていったと聞いています。……実際には、そんな単純な事ではなかったんだとは思いますが」
えっ、なにそれ。いいなー。
「他の寮の談話室に入っても、あんまり騒がしくしたりしなければ咎められないんです」
……ダメだ。本気で羨ましい。
「……あの。つかぬ事をお伺いしますが。もしかしてお姉さんは、ホグワーツには」
「うん。入学させてもらえなかったよ。アタシ狼人間だからね。けど、近所に住んでた同い年の友達が休暇の度にウチに来てくれてさ。父さんも母さんも、毎年教科書買ってくれたんだけど」
忘れもしない、あの満月の夜。
「アタシ、自分で殺しちゃったんだよね。父さんの事。大好きだったのにさ」
それで母さんも大怪我して、母さんは今日まで聖マンゴに入院し続けてる。
母さんの入院費用を工面する為に、アタシは人には言えない事をたくさんした。
「……僕の父は、アズカバンに居るんです」
ああ、やっぱりあの「パーシバル・ダンブルドア」の子なんだね。
「僕、妹が居るんです。ついでに言うと弟も居るんですけど………妹が魔法を使ってるところを、近所に住んでたマグルの男の子たちに見られてしまったんです。それで、その子たちは妹に――」
……それは「予言者」に載ってなかったね。
「だから、父はマグルの男の子たちを攻撃したんです。だから、この事を父は裁判で言わなかったんです。言ったら妹がその子たちに何をされたのかも証言しなければならなくなるし、それが記事になるからです。父は、自分の減刑よりも、妹がこれ以上傷つかない事を選びました」
ホントに11歳かい、この子は。11歳でここまで………
「だから僕は、すごい魔法使いになるんです。ならなきゃいけないんです。イギリスで一番有名ってくらいに。ヨーロッパで一番ってくらいに。そうすればきっと、死んだ魔法使いが行くところにまで、父さんのところまで届くはずですから。僕はそうやって、父さんに教えてあげたいんです。『ダンブルドア』って聞いて父さんの事件を連想する人はもう居ないよ、って」
「………じゃあ、授業を頑張らないとね?」
合ってるか?この返事で合ってるか?もっと洒落たこと言ってやるべきだったか?
「はい!僕、頑張るんです。そうすればきっと、父さんが褒めてくれますから!」
この子、抱きしめたら嫌がるかな。撫でてもいいかな。
……この子ホントにほっぺたまんまるだね。
「アンタよく見たら手もまんまるだね?」
「え、あ。はい。運動しても肉が落ちないんです。手と顔だけ。それに背を伸ばしたくて、キライな野菜とかも頑張って食べてるんですけど、なんか全部ほっぺたに行ってる気がするんです」
それわかる。凄くよくわかる。アタシも全部胸と尻に行くもん。
「わかるよ。すっごく。運動しても全然落ちないんだよね。『そこ』だけ」
「そうなんです!!!!僕、背を!伸ばしたいのに!!」
「元気だねえアルバス。そんなに背を伸ばしたいならギャレスと一緒に作った新作があるよ」
いつの間にやらコトを終えたらしい雇い主様が、憑き物の落ちたような表情でそこに居た。
「それは結構です。僕は魔法とかに頼らずに背を伸ばしますので」
殊勝な事を言う男の子を横目に、アタシはまた、雇い主様をからかいたくなった。
「スッキリしたかい?」
「ッ!!!!」
雇い主様が目を逸らす寸前に一瞬見せた表情は、額縁に入れて飾りたいくらいケッサクだった。
「そんなに入浴を楽しまれたんですか??カエル卵石鹸とかで遊んでたんですか?」
「ソウ!!!ソウダヨ!!!!タノシカッタナ!!!」
「あ。全然違うんですね。わかりませんけど理解しました。訊かないで欲しいって事だけは」
「ソウナンダヨネ。」
どうやらまだ穢れを知らないらしいこの男の子は、まだ疑問が残ると言いたげに、納得しかねているのを隠しきれないまま、アタシの雇い主様を見つめている。
「オナイ先輩にも、先日一度そんなような言い逃れ方をされましたが。何か、僕が知らない、一定年齢以上にならなければ敢行できないような、特殊な入浴法があるのですか?」
アタシと同じぐらい、アタシの雇い主様も困ってらっしゃる。
世の大人が子供に訊かれて最も困る質問のひとつが、いま正にアタシら2人に投げかけられた。
「アルバスが17歳になって、まだ僕にその質問をしたかったら。その時は教えてあげられるよ」
先延ばしにしやがったコイツ。
「そうですか……わかりました。なんか、11歳には『まだ』教えられない事物があるんですね」
物わかりが良いねこの子は。ホントに11歳かい?
「……それで先輩、どちらがソロモンさんですか?」
「こっち。お顔が似てるでしょ。それでこっちは――」
「シャープ先生ですか?」
「そう!!目がそっくりだよね!!」
薄々察してはいたけど。この分だと「ダイナ」とか「パーシバル」とか「ヘンリー」とかも。コイツが動物たちにつける名前ほとんど、実在の知り合いの名前だな。
「ねえイソップ。乗っかってもいいかい?そう?ありがとね」
並んで芝生に座り込み微睡んでいるマンティコアの片方に話しかけて、その胴体に座ったアタシの雇い主様はそのまま気軽に指先を振って旅行カバンを背後の家から呼び寄せて、それを開いた。
「さ。お風呂とブラッシングの時間だよ」
その中から湧き出てきた大量のドブネズミは、瞬く間に、規律正しく縦一列に並んだ。
「アグアメンティー、レヴィオーソー、インセンディオー」
なんとも気楽にそう唱えて、左手で出現させた水流をそのまま左手で操って球体にし、更に左手の薬指から炎を立ち昇らせて直火で湯を沸かしたソイツを見て、傍らの男の子が呆れている。
鏡が近くに無いから予想になるが、たぶん今アタシもこの男の子と同じ表情をしてると思う。
「ホントに、つくづく器用ですね先輩って」
「アルバスもできるようになるよこのくらい」
いや、そんな真似そうそうできてたまるもんか。杖なし呪文自体がクソ難しいのに、当然のように片手で複数の呪文を同時に使ってんじゃないよ。
「さ。ひとりずつ僕の右手まで登っといで。……まずはきみだねパドレイエク」
そしてソイツが右手で浮遊させたドブネズミを左手で操ってる水球にくぐらせて「洗う」って作業を暇つぶしみたいな気軽さで始めて、アタシはコイツに拾われてからもう何度目なのやら判らない「感嘆を通り越して呆れる」って経験をしていた。
そりゃあルックウッドの奴もハーロウも負けるわけだと、これもまた何度目やら判らないいつもの感想を、アタシはまた抱いた。……こんなのに勝てるわけあるか。
「あ。そうだおねーさん。この子ともう挨拶とかはした?アルバスはねえ、すごいんだよ!」
「名前ぐらいは聞いたよ。1年生だって聞いた時はびっくりしたけどね。……もっと下かと」
「未就学年齢だと思われるのは、いつもの事です」
ただでさえまんまるの頬を更にまんまるにして拗ねたその子を見て、アタシは笑っちまった。
「アルバス、入学前に教科書揃えにダイアゴン横丁行った時も、アバーフォースくんの弟だと思われてたもんね。ていうかたぶん末っ子だと思われてたよねあれ」
「なんで知ってるんですか………」
「あの時、ジェルベーズおじさんの後ろで荷物搬入してる出入り業者が居たでしょ。あれ僕」
男の子は目までまんまるにして、驚きを思いっきり表現した。
「いいこと教えてあげようアルバス。……きみの杖の材と芯は?」
両手で器用にドブネズミたちを入浴させながら、ソイツは至って気軽な様子で訊いた。
「橅と不死鳥の尾羽根です」
アルバス・ダンブルドアとかいう名前らしい男の子がそう答えた途端、それはどこからともなく飛んできて、アタシの雇い主様の頭の上に舞い降りた。
「コイツの尾羽根なんだよね。実はさ。」
その男の子は、呆気にとられて不死鳥を見つめている。まあ、無理もない。
「それは………えっと、あの。ありがとう、ございます」
お礼を言われたその不死鳥の顔は、アタシにはめちゃくちゃ得意げに見えた。
「ところで先輩、そのネズミさんたち。見分けがつくんですか?」
「そりゃつくよ。全員に名前つけるのは物理的に不可能だけど。だって常に新しい子が生まれてるし、どんどん肉食の子の餌にしてるからね」
ダンブルドアとかいうらしい男の子は、怪訝そうな表情になった。
「……あの。そのネズミさんたちって、先輩が下水に住んでた頃からのお友達なんですよね?先輩に初めてできたお友達なんですよね?で、名前もつけてるのに、なのに餌にするんですか?」
「そだよ?だって個体数を管理しなきゃこの子達すぐ増え過ぎちゃうし、それに下水に住んでた頃は、時々だけど僕のごはんになってもらってたし」
自分の膝まで登ってきた一匹のドブネズミが後足で立ち上がって敬礼したのを見て、ダンブルドアくんは驚きすぎて何も言えないみたいだった。
カラスもネズミも、魔法生物も。動物たちはみんな、コイツの言う事を何故かよく聴く。
それにこの我が雇い主様の方も、なんでか動物たちと意思を疎通できてらっしゃる。
そういやあのアタシに毎朝黙らせ呪文かけてきてた女も「狼たちが噂してた」とか時々言ってたっけ。動物もどきってそういうもんなの?アタシは狼共が何考えてるかなんてわかんないのに?
狼とか犬とかの考えてる事がわかる狼人間も居るのか??
だめだ。頭痛くなってきた。やっぱり小難しいこと考えるのは苦手だ。
「あの。ところで先輩。僕ずっと気になってたんですけど」
「ん?なんだいアルバス?」
「いくらなんでも下着くらいは身につけるべきだと思います」
「ヤダよ今はこういう気分なんだもん」
……ついさっきまでコトに耽ってたのに、よく人前に全裸で出られるよね。正気?
「カバンの外に出る時は何か着なきゃダメですからね」
「わかった!」
誰がどう見たって何もわかってない顔をして、アタシの雇い主様は笑った。
ダンブルドアくんは、笑うしかないって感じで呆れ半分に笑った。
そんな光景を見ながらアタシは、また今までの事を考えてしまっていた。
3歳の頃だったか。家族で旅行に行った先で噛まれて、狼人間になった。生きててよかった。
で、そのせいでホグワーツには行けなくなったけど、ノーリーンは変わらず友達で居てくれた。
父さんが死んだ。母さんが聖マンゴから出られなくなった。アタシのせいだ。
人に言えない方法で金を稼ぐ内に、ルックウッドと出会ってしまった。
怖くて言う事をきいてしまった。アッシュワインダーズなんかになってしまった。
どうやって調達した入院費用なのか、聖マンゴの癒者たちは訊かないでいてくれた。
母さんは目を醒まさない。
アッシュワインダーズの仲間に、アタシの事がバレた。檻に入れられた。
思い出したくない事がたくさんあった。
でもそのお蔭で、アタシだけコイツに殺されなかった。
どころか助けてもらえた。拾ってもらえた。
ふわふわのベッドで眠れる。真っ当な仕事をさせてもらえてる。
満月の夜に誰かを怪我させる心配が無い。だって今、満月の夜にアタシの近くに居るのは、アタシを一瞬で殺せるような強い強い魔法生物たちだけだし、この家にはアタシが満月の夜に閉じ籠もる用の、特別頑丈で厳重な地下室まである。頼んだらコイツが作ってくれたんだ。
母さんの入院費用だって、今じゃ実質的にコイツが肩代わりしてくれてる。
だってアタシの今の給料、妥当な金額に入院費用が上乗せされてる。
ずっと忘れてた、安心と平穏がある。
「なあに。どーしたんだいおねーさん。僕に見惚れてた?」
「アタシ、アンタにさ。どんだけお礼言っても足りないよなって考えてたの」
「そんなの気にすることないよ。だって僕がおねーさんを助けたのは、下心が理由なんだから」
アタシが気兼ねしないように気を遣ってそういう言い方してくれてるってわけじゃあないのは、重々承知なんだけどね。欲に忠実なのに、なんで「嫌な感じ」がこうも全然無いんだろう。
「変な奴だね。アンタは」
「それほめてる?」
ちょっとムッとした様子でそう訊いてきた顔が面白くて、アタシはまた笑っちまった。
いい加減なんか着なよ、おバカ。
ダンブルドアくんの杖(1892年~1945年まで使ってたと思われる最初の杖)は
材も芯も公式設定が明かされていないのでその部分は私の妄想です。
杖の木材の公式設定を睨みながら木を選びました。
まあ芯は不死鳥でしょどうせ。ダンブルドアだし。
【カエル卵石鹸】
見た目はつぶつぶがギッシリ入った明るい緑色の石鹸。
水に触れるとオタマジャクシがめっちゃ孵化する。
知らずに使うとなかなか衝撃的な体験をする事になるイタズラ用アイテム。
でもレガ主は水風呂とかで使って1人で楽しく遊んでそう。