2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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5.苦手な教科

「あれ。………………俺、めちゃくちゃ早く起きたつもりだったのに、お前、もう起きてたのか。おはよう、ダンブルドア」

 

 グリフィンドール塔の談話室の奥にある男子寝室、その1年生用の部屋のひとつで、ベッドから這い出てきた男の子が隣のベッドの友人に声をかけている。

「おはよう、エルファイアス。昨日レイブンクローの7年生の先輩に貸してもらった本の中身が面白くてさ。エルファイアスも一緒に見ない?」

 11歳のアルバス・ダンブルドア少年は読んでいた分厚くて大きい本を持ったままベッドから身を起こすと、隣のエルファイアス・ドージのベッドに腰掛けた。

 

 時は1892年9月3日。彼ら1年生がホグワーツ城で迎える2度目の朝日は未だその姿を見せてはおらず、ただ僅かに東の空が白み始めたばかりだった。ダンブルドア少年はエルファイアスのベッドの上にその大きな本を広げ、2人は並んでベッドに寝転ぶ。

 

「わあ。魔法生物図鑑かこれ」

 

 ありとあらゆる余白に複数の人物に依るのだろう異なる筆跡でビッチリと書き込みがなされたその図鑑に、11歳のエルファイアス・ドージもまた釘付けになっていった。

 

「” ニフラー ”『モグラのような、カモノハシのような生き物』マグルならそう表現するだろう。若しくは単にそれらと勘違いするかもしれない。この比較的小さな生き物は、攻撃的でないにもかかわらず『特に要注意』だと広く知られている。それはニフラーの、宝石や貴金属などのキラキラしたものを大変好み、積極的に探し求め蒐集するという習性故である。つまり、仮に適切な管理無しに屋内で自由にさせようものならキラキラしたものを求めて部屋中をめちゃくちゃにするだろう………このへんまでなら普通の図鑑なんだけど」

 ダンブルドア少年が動く挿絵の隣の記述を読み上げる。

 

「腹部に『検知不可能拡大呪文』に良く似た機能が備わった袋があり…………ああ、そこに集めたものを溜め込むわけか。で、常に集めてるから『要注意』と。成程」

 エルファイアスも興味深げにその記述を読み込み、2人は余白の書き込みへと視線を移す。

 

”こいつらは「隠された小さな宝物」を探すのにすごく便利だよ。グリンゴッツの呪い破りたちがそういう用途で活用してるって叔父さんが言ってた”

” ↑ それで、そのニフラーの事も探す羽目になるってわけね?”

”もちろん「ニフラーを制御できるなら」さ。さもなきゃ仰る通りの事になるね”

” ↑ ああ。ありゃ酷かった。談話室中ぐっちゃぐちゃだったもんな”

” ↑ その節は本当にご迷惑をおかけしました……”

”このチビスケとうまく付き合いたいなら、それか活用したいなら。目を離すな!”

” ↑ 重ね重ねその節は本当にご迷惑をおかけしました”

”ニフラーがお腹の袋に蓄えたものを取り出したいなら、尻尾を持って逆さ吊りにしたままお腹をくすぐるといいよ。もちろんやさしくね”

” ↑ マジで信じられないぐらい蓄えてるし、それが全部出てくるから注意な”

 

 それは明らかに、その生物を実際に取り扱った事がある者たちによる書き込みのようで、それはこの魔法生物図鑑を貸してくれた7年生のアミット・タッカー先輩とその友人たちなのだろうとダンブルドア少年には想像できた。ダンブルドア少年がまだ会ったこともない、名前も知らない7年生もそこには混じっているのだろうが、それでも声まで聞こえてくるようだった。

 

「1人めちゃくちゃ字が下手な奴がいるな………書き込んでる内容は実践的で詳しいのに。ダンブルドア、次のページ見よう。次のページ」

 その「字がめちゃくちゃ下手で実践的な内容の書き込み」が誰によるものなのか、ダンブルドア少年には何故だか手に取るように解った。

 

「わあ、グラップホーンだ!」

 

 見開き1ページをまるまる使った挿絵に吠えかかられて、エルファイアスは驚きの声を上げた。暫しその絵を眺めた2人はページを捲り、解説に目を通す。

 

「黄金の大きな2本の角が特徴的なグラップホーンは特に危険で強力な部類の魔法生物であり、もし遭遇したなら一目散に逃げることを推奨するとここにはっきり記しておく。よほどの飢餓状態でもない限り、ドラゴンすらも通常はこの強大な獣を餌食にしようと狙ったりはしない」

 ダンブルドア少年が解説を音読する。

「特筆すべきはその皮膚の魔法耐性であり、ドラゴンの皮が備えるそれよりも強力である事が比較実験と過去の事例により証明されている。『失神呪文』や『妨害呪文』等の呪詛も、たとえ大人数で集中投射しようが効果を発揮しない。加えて角には薬効があり、非常に貴重な解毒剤の材料になる。口元には幾つもの触手が生えており、食事の際に使用する他、愛情表現にも使われる」

 

 そこで前のページの挿絵を眺めたくなったエルファイアスと説明を読みたいダンブルドア少年の興味が衝突した結果、境目のページを垂直に立てて各々見たい方を見る事でお互いに納得する。そしてダンブルドア少年が読み上げる説明を聞きながら、エルファイアスはその挿絵を隅々まで食い入るように観察し続ける。それほどまでにその図鑑の挿絵は写実的且つ微細であり、ホグワーツの城中にある絵画のように生き生きと動き鳴き声を上げていた。

 

「グラップホーンが怒るとその身体が内側からオレンジ色に光り、ただでさえ強大な膂力が一時的にさらに強化される。山岳地帯において、トロールがこの獣を乗騎としている光景が稀に目撃されるが、これはグラップホーンにとって不本意極まる事態らしく、ほとんどの例において騎乗しているトロールは全身血だらけの酷い有様で、単に『グラップホーンに傷つけられたらしきトロール』を目撃する事の方が多い。つまり、たとえ魔法生物の専門家であったとしても飼い慣らせるような生き物ではない」

 

 そしてまた本文から余白の書き込みへと視線を移したダンブルドアが大きな声を出した事でエルファイアスも興味を惹かれて挿絵から目を離し、ピンと立てられていたページも完全に捲られる。

 そこにはとびっきり下手くそな字で ”ぼくのだいじなともだち”と書き込まれていた。

 

「は………?」

 

 エルファイアスもダンブルドア少年と同じように驚き、他の書き込みから情報を得ようと視線を走らせる。

 

”LORD OF THE SHEAR ! ! ! ”

” ↑ SHORE ね。綴りを間違えてるわよ”

” shear だと「湖のほとり」じゃなくて「ハサミで裁ち切る」みたいな意味になるからlord of the shear だと「剪断の王」とか。革製品の加工業者の腕利き従業員かな?”

” ↑ 違うもん!!カッコイイんだもん湖畔の主は!!!!”

”眠りこけたお前を背中に乗っけて教室まで運んできてくれるもんな。どっちが飼い主なんだか”

”父上が仰るには「魔法生物規制管理局の連中は密猟者からグラップホーンを守る事よりも、グラップホーンに八つ裂きにされた密猟者を回収する事の方が多い」そうだ”

” ↑ まあ、だろうな…………”

”アナタの「湖畔の主」にはすごく立派な角が2本あるでしょ?で大体の資料にも2本の角が特徴って書いてあるけど、でも、角無いやつも居るじゃない?あれは何?”

”さあ?人間が生まれつきくせっ毛だったりするようなもんなんじゃない?”

”ねえ、僕がきみに融通してもらってる角の粉末ってどうやって採ってるの?”

”何本も生えてる短い方の角。ブラッシングしてあげてる時にちょくちょく、ポロッと取れるんだ。で、暫くするとまた次が生えてくる”

”あ、ここの説明ちょっと不充分ね。角は『黄金色』じゃなくて『黄金』。直しとこ”

” ↑ あー、だから魔法薬学でグラップホーンの角の粉末使う時のシャープ先生ちょっとピリピリしてるのか”

”値段は訊くべきじゃないぞサロウ。訊いたら次から手元が震えるだろうからな”

” ↑ 私の手元は震えたわ。シャープ先生に訊くんじゃなかった!”

 

 そこまで読んで、エルファイアスとダンブルドア少年は確信する。このやたらめったら字が下手な書き込みの主はグラップホーンを飼育しているのだと。そしてそのまま時間が許す限りその図鑑を、特に余白の書き込みの方を興味津々で読み続け、他2人のルームメイトが起きる時間になっても読み続け、危うく4人揃って呪文学の授業に遅刻するところだった。

 

「やあやあ。これで全員揃ったな?そんな顔をしなくとも遅刻ではないさ。ギリギリだったがね。さて本日キミらグリフィンドールの1年生には、最も基本的な呪文の1つを覚えてもらう。いや、この言い方は良くないな。2つだ。2つ覚えてもらう」

 

 いきなり2つも習うと聞かされた少年少女たちは半数が好奇心に目を輝かせ、もう半数は不安そうに目を伏している。

 

「どうしてつい先日入学したばかりの君たち1年生に、1度の授業で2つも教えるのか。この2つがセットだからだ。基本、基礎、入門編。そう言っていい難易度だが、君たちがこれから一生使い続ける呪文。杖明かりの呪文だ」

 

 呪文学教授のエイブラハム・ローネン先生がそう言って杖を一振りすると、教室の窓が全て真っ黒いカーテンで覆われ、さらに全ての明かりが消える。

 ギリギリ自分の手元は見える、くらいの明るさになった教室に、ローネン先生の声が響く。

 

「ルーモス!」

 

 教室に集うグリフィンドールの1年生たちは、揃って「わあ!」と声を上げた。

「さあみんな杖を構えて、今から見せるのと同じように杖を振って『ルーモス』だ」

 

そして他の誰よりも先に、アルバス・ダンブルドア少年の持つ杖の先端が光り輝く。

 

「素晴らしい、ミスター・ダンブルドア!グリフィンドールに5点!さてダンブルドア。きみに問題を出そう。『本日これからきみたちに教えるもう1つの呪文とは?』」

 ダンブルドア少年は数日前ホグワーツに向かう列車の中で読んだ本の記述を、そこに載っていたその呪文の「杖の振り方」の図説を必死で思い出していた。

 

「………ノックス!」

 

 ダンブルドア少年の杖の先に点っていた光が消え、期待以上の回答に大喜びのローネン先生によってグリフィンドールが更に5点を獲得した。

 

「素晴らしい、ダンブルドア。素晴らしい!さて皆、2つセットだと言った意味がわかったな?『ルーモス』と『ノックス』は2つでひとつみたいなものだ。杖に明かりを灯す。それを消す。くれぐれも呪文を言い間違えないように!そしていいかね?この呪文で光ってる最中の杖先はかなり高温だ。服の袖や机の上の羊皮紙に火を点けたいのでなければくれぐれも注意しなさい!毎年1人はこの呪文の練習で火傷する」

 

 成否を判りやすくするため一時的に暗く保たれたその教室では、時間いっぱい1年生たちの「ルーモス!」という多くの声と「ノックス!」という幾つかの声が響き続けるとともに幾つもの杖明かりが明滅を繰り返したり、エルファイアス・ドージによる「ノックス!!!……ノックスって言ってるだろこの!」というムキになった叫びを無視して断固輝き続けたりしていた。

 

「ルーモス……ルーモス………ルーモス!!やった、できたわ!!私にもできた!」

 

 また1人、大喜びで杖の先を見つめる1年生の顔が杖明かりに照らし出された。

 

「いやはや、1年生の最初の授業を見守るのはいつの時代も楽しいものですな」

 ローネン先生の背後の壁に飾られている人体図がそう呟き、ローネン先生もまた笑顔で頷いた。

「全く仰るとおり。さて皆、今日はここまでだ。上手くできなかった者とまだ不安な者は練習しておくように。……そして最後にもう1つ、ミスター・ダンブルドアの素晴らしい杖捌きに応えてきみたちにプレゼントだ。こういう呪文も、ある」

 

 そこまで言った途端ローネン先生はくるりと生徒たちに背を向け、無言のまま杖を一振りした。

 

「わあ!」

 

 ある生徒が驚いて声を上げ、目を閉じる。また別の生徒は咄嗟に手で光を遮る。そうせずにはいられないほど、その光は眩しかった。

 

「さっきの、最後にローネンがやった魔法。一体何だったんだろうな。こっち向いてやられてたら目が潰れてたぜ」

 

 次の箒飛行訓練の為に屋外に集合し終えても尚、グリフィンドールの1年生たちはその話をしていた。彼らがまだ呪文学の話題に意識を持っていかれているのにはもう1つ理由があった。本人たちにとっては割と深刻な理由が。

 

「………お前ら、どうしたんだそれ?」

 

 これから共に初めての箒飛行訓練に臨むスリザリンの1年生たちは「それ」を意識しないように努めていたらしいが、とうとう耐えきれなくなって訊ねる。

 

「さっきの『呪文学』の授業さ。………スリザリンはまだなんだっけ?」

「僕らは明日だ。何習ったんだロングボトム?」

「きみなら………、コレ見ればわかるんじゃないかな。クラウチ」

 

 途方に暮れた様子でそう言ったロングボトムの手に握られた杖は、未だにその先端が煌々と輝き続けていた。

 

「…………ああそうか。『ルーモス』は上手くいったが『ノックス』ができなかった奴らがそのザマって訳か。………スリザリンも明日何人かはそうなるんだろうな」

 

 呪文学の授業が終わって即、すぐ隣のダンブルドア少年にコツを訊けたエルファイアスは幸運だったと言えるだろう。手に持った杖の先を未だ光らせたまま明らかにしょぼくれている数人のグリフィンドール生を眺めながらニヤニヤと楽しそうにしているスリザリンの1年生たちの中にあって、何人かの生徒の表情は違った。

 

「…………そんな状態で視界に入られちゃ気が散ってかなわん。そのせいで箒から落ちたくはないからな。………手本を見せてやるからさっさと杖の光を消せ」

「右に同じだ。………お前もできるだろ。手伝えプリンス」

「わかったよ………クソ、落ちこぼれ共め」

 

 そうして進み出てきた、揃って純血の旧家出身のスリザリン生たち数人による口調と態度に反した懇切丁寧でわかりやすいレクチャーによって、箒飛行の担当教諭であるコガワ先生がその場にやってくる頃にはそこに居るほとんどのグリフィンドール生の杖先が無事に消灯されていた。

 

「ああー、やーっと解った。杖の振り方をちょっと間違えてるんだ、お前。こうだ、こう。ほらよく見てろ………ルーモス、ノックス!」

「ノックス!………できたあ!!ありがとうプリンスくん!!」

 

 最後の1人の杖先からも光が消え、何も言わずにその光景を眺めていたコガワ先生がパン!と手を叩いてみんなを注目させる。

 

「クラウチ、ブルストロード、プリンス。アナタたちはスリザリンに10点を齎しましたよ。スリザリンらしい気高い行いです。さて、みなさん。ホグワーツの生徒が自分の箒を持てるのは2年生からです。それはつまり1年生の内に、基本的な箒の扱いを身につける必要があるということです」

 

 コガワ先生がそう言って勢いよく杖を一振りすると1人1本、ホグワーツの備品の箒が配られた。そこにいるグリフィンドールとスリザリンの1年生全員の足元に箒が行き渡ったのを確認したコガワ先生は、いつも通りの大きな声で説明を始める。

 

「さあ、箒に手を翳して『上がれ』と命令しますよ。それが魔法使いが箒で空を飛ぶための最初の一歩ですからね。………こんなふうに。『上がれ』」

 

 コガワ先生の足元の箒が、吸い付くように飛び上がってその手に収まったのを見たグリフィンドールとスリザリンの1年生は一斉に「上がれ」の大合唱を始めた。

 

「上がれ!」

 

 一発でその手の中に箒を呼び寄せたブルストロードが得意げに笑うその隣では、同じ純血家系のクラウチが未だ彼の命令に従わず地面でジタバタと跳ねている箒に落ち着いた声で根気強く「上がれ。上がれ」と繰り返し命令し続けている。

 

「上がれ!上がれよコンニャロ!!あ!が!れ!って言ってるだろこのバカ!!!」

「怒ってもダメだよ。落ち着いてやろう」

 

 早速頭に血が上り始めたエルファイアスを諌めてから、ダンブルドア少年も己の足元の箒に手を翳し、静かに「上がれ」と声に出した。

 そしてまた11歳のアルバス・ダンブルドア少年は、その場の皆の注目を集める。

 

「痛!!!」

 

 まるで悪質な呪いでもかかっているかのような凄まじい勢いで跳ね上がった箒はダンブルドア少年の右手に突撃して大きな音を立て、その小さな男の子を吹き飛ばした。

 

「おい、大丈夫か!!」

「あのチビの箒の柄、折れたぞ…………」

 

 先程はしょぼくれたグリフィンドール生たちをニヤニヤと嗤っていたスリザリン生たちも、思わず心配そうに視線を向けている。

「お前いまちょっと浮いてたぞダンブルドア。大丈夫か」

「そう?………めちゃくちゃ腕がい、痛い!!やめてエルファイアス!」

 指先でそっと触れられただけにもかかわらず、ダンブルドア少年は悲鳴を上げる。

「こりゃ驚いた。腕の骨が砕けてるねダンブルドア。医務室へ行こうか。みんなそのまま練習を続けていてね!悪いけど、箒を呼び寄せられたらもう一度地面に置いて、百発百中で成功するように繰り返しているように。くれぐれも飛ぶんじゃありませんよ!」

 

 コガワ先生に連れられていくダンブルドア少年の厭な紫色に腫れた腕を、皆が見つめていた。

 

「今のあいつ、失敗なんかしてなかったよな?何を間違えたらああなるんだ??」

「ええ。ちゃんと『上がれ』って言ってたわ。あんな猛烈に跳ね上がるなんて……」

「この箒の柄、手で折ろうとして折れるもんじゃないな。かなり頑丈にできてる」

「昨日の揺れもアイツって話が本当なら、…………たぶんとんでもない魔法力だぞ、あのダンブルドア家のチビ………」

 

 スリザリン生たちが小声で話しているのを横目にエルファイアスが見つめる先程までダンブルドア少年が居た地面は、箒が跳ね上がった時の反動で大きく抉れていた。

 

 医務室に連れてこられたダンブルドア少年に、聞き覚えのある口調の声がかかった。

 

「やあアルバス。それにコガワ先生。どうしたの?」

「あなた、ここでなにをしているの?」

「魔法史退屈だから抜けてきたんだ。で、ブレちゃんとお話してた!」

 

 そう言った小柄な女生徒は、大きなグラップホーンの背に寝転がっていた。

「なるほど、それなら30点の減点ですね」

 コガワ先生は「魔法史でなきゃ50点減点するところですよ」と言いそうになったが、すぐに校癒である若き魔女ノリーン・ブレイニーへと視線を向ける。

 

「箒の訓練を始めるところだったんですけどね、この子が『上がれ』って言ったらとんでもない勢いで箒が跳ね上がって、それを受け止めたこの子の腕はこの通り」

 

 既にダンブルドア少年の腫れ上がった腕に杖を向けているブレイニー先生にコガワ先生が事情を説明していると、突如グラップホーンが立ち上がった。

 そしてグラップホーンは向きを変え、ダンブルドア少年へとゆったり接近していく。

 

「え、なっ、何、痛」

 

 大仰天しつつも処置を受けている最中なので動けないダンブルドア少年に、そのグラップホーンの背に乗った小柄な7年生の女生徒が話しかける。

 

「肉食の魔法生物にとってアルバスは、美味しそうに見えるのかな」

 

 グラップホーンの口周りの触手が顔に伸びてきたダンブルドア少年はますます慌てるが、下手に刺激してはいけないと考え、それを内心だけに留める。……しかし。

 

「そういえばご飯の時間だねえ!」

 

 ケラケラと笑いながらそう言ってグラップホーンからひょいと跳び降りた女生徒を見ていた自分の目の片方がそのグラップホーンの触手で覆われたダンブルドア少年は、パニックを起こす寸前だった。そして泣きそうな顔でブレイニー先生を見つめるダンブルドア少年に、見かねたコガワ先生が横から声をかけた。

 

「あなたを心配してくれてるんですよ、ミスター・ダンブルドア」

 

 コガワ先生の横では7年生の女生徒が旅行カバンを取り出し、その中に「アクシオ」と声をかけて必要なものを取り出した後さらに旅行カバンの中へ声をかけている。

 

「セプルクリアを連れてきてくれるかい?一緒に朝ごはん食べよう!」

「はい、おしまい。もう痛くないと思うんだけど、どうかしら?」

 

 ブレイニー先生にそう言われて初めて腕の痛みが無くなっている事に気づいたダンブルドア少年はその腕を動かし、痛みも腫れもキレイに無くなっているのを確認して、ノリーン・ブレイニーに深々と頭を下げた。その横では女生徒が指先を軽く振ってグラップホーン用の食事と敷物を浮遊させて配膳している。

 

「先輩、本当にグラップホーンを飼ってるんですね………そんな事ができる生き物だなんて………どうやって手懐けたんです?」

「戦って、友達になったんだよ。カッコイイだろう湖畔の主は!」

 

 女生徒は傍らに寄ってきたグラップホーンの立派な2本の角の片方をペチペチ叩きながら胸を張るが、そこで違和感に気づいた。

 

「あれ?アルバスに言ったっけ?湖畔の主の事」

 

 ダンブルドア少年が「タッカー先輩に貸していただいた図鑑に………」と答えた事で全てを理解したその7年生の女生徒の続く発言は、ダンブルドア少年を驚かせた。

 

「アレ、去年みんなで作った『僕が飼ってる魔法生物図鑑』なんだよね。完成した方はホーウィン先生に提出しちゃったけど草稿版は作ったみんなが1冊ずつ持ってるんだ。既存の資料と自前の知識から適当に仮の説明文を組んで、そしたらそれを人数分複製して『変幻自在呪文』をかけて全部を『親』且つ『子』にしてどれか1冊の余白にした書き込みが全てに即反映されるようにしてさ。それで消灯時間過ぎてもみんなそれぞれのベッドの中から編集会議して。たーのしかったなー」

 

 その発言を受けて訊きたい事が複数できたダンブルドア少年が考えをまとめようと頑張っている事も気にせず、7年生の小柄な女生徒は箒飛行の担当教諭に向き直る。

 

「でコガワ先生、昨日の『防衛術』でも似たようなことあったんだけどさ、アルバスはたぶん何回か練習すれば魔法力の加減を把握できると思う。だから―」

「ああ。ぶち当たっても怪我しないように魔法を追加した練習用の箒を用意しますよ」

 

 お手数をおかけします、とコガワ先生に頭を下げたダンブルドア少年の端で、旅行カバンの中から出てきたコウモリのような大きな翼を持った骨と皮だけの暗い色の馬に女生徒が駆け寄る。

 

「さ、きみのごはんだセプルクリア。―ロコモーター!」

 

 その女生徒がスウッと動かした指先に誘導されるかのように壁際の旅行カバンから飛び出た何らかの肉の塊はグラップホーンが食べている餌の山が積み上がった敷物の端に着陸し、そこに「セプルクリア」と呼ばれた骨と皮だけの有翼馬も寄っていく。

 

「アルバス、この子が何かわかる?」

 

 急に出題されたダンブルドア少年は、今朝読んだ図鑑の内容を思い浮かべる。

 

「……セストラルです。いくつかいる有翼馬の中でも特に個性的な種で、その姿は『死を目撃した者』にのみ見ることができます。有翼馬の例に漏れず箒に負けない速度で飛行でき、魔法省やホグワーツなどの幾つかの施設では馬車などを牽かせるために運用されています」

 

 コガワ先生が「素晴らしいですね」と言ってグリフィンドールに5点を与えたが、当のダンブルドア少年は目の前で満足気にニッコリしている7年生の女生徒に訊きたい事がやっと纏まったらしく、トコトコと歩きながらその女生徒に詰め寄っていく。

 

「先輩、あの図鑑には『マンティコア』や『スフィンクス』や『エルンペント』とかも載ってましたが、それはつまり………その、読んでてまさかとは思ってましたが」

「よかったら今見るかい?」

 

 大慌てで固辞したダンブルドア少年がぐるりと首だけ動かしてコガワ先生を見つめ、「何故そんな危険な魔法生物をカバンに入れて持ち歩く事を許しているのです?」と訊ねると、コガワ先生はウィーズリー先生が2年前の教職員会議で言った事をそのまま引用した。

 

「まず、森には密猟者がいくらでも居る。イギリス中に居る。この子が保護してる生物はほとんどが密猟者の檻の中から救出したものか、ホグワーツの近辺で捕獲したもの。元いた場所に逃がす事はこの生物たちを密猟者に差し出すようなものだし、それに第一この子にしか制御できない生物も多くて、特に危険な種類の生物であればあるほどこの子から引き離そうとすると途端に暴れる傾向にある。この子は動物たちに好かれているし、世話も上手くやってる。ホグワーツが『ダメだ』と宣告するのは簡単だけどね。その後は?」

 

 その言葉を受けてダンブルドア少年が深い思考の海へと潜っていく中、自分が話題に上がっている事など一切気にならないらしい当の女生徒は食事を終えたグラップホーンとセストラルをまた旅行カバンの中に誘導しながら、あれとあれについては訊かれなかったからアルバスはあの図鑑をあのへんまで読み進めたんだな、などと呑気に推測していた。

 

「コガワ先生、授業に戻らなくていいのかしら?他の生徒を待たせているのでは?」

 

 校癒のブレイニーにそう言われたコガワ先生はダンブルドア少年に目線の高さを合わせると「もう少し休んでるかい?もう訓練に戻りたいかい?」と訊ねる。

「あ。僕、練習したいです。コガワ先生」

 ニッコリ笑ったコガワ先生はダンブルドア少年を連れて医務室を出て行き、後には元から居た2人が残る。

 

「アナタもいいかげん授業に戻りなさいな。ビンズの授業が退屈なのはわかるけど」

「えー、もうちょっとブレちゃんと話してたい。それに」

 

 何も無いように見えていた景色を揺らめかせて姿を現した大きな目と白い毛並みの猿のような生き物を撫でながら、その小柄な7年生の女生徒はまたニッコリと笑う。

 

「コイツにもご飯あげなきゃ。ブレちゃんもあげてみるかい?」

「…………デミガイズって何食べるんだったかしら」

「草食。だけどギャレスはスモモが好きなんだ。うんと酸っぱいやつ。セプルクリアの面倒見てくれてありがとねギャレス」

 

 7年生の女生徒は旅行カバンに片手の指先を向けて10個のスモモを「呼び寄せ」、その内のひとつをノリーン・ブレイニーに渡す。ホグワーツを卒業して即ホグワーツの校癒になった為に他の先生方より年の近い、どころかこの7年生が通常通り1年生からホグワーツに通っていれば学友だっただろうブレイニーは、この女生徒の脳内では『教職員』の中では最も『友人』に近い位置にカテゴライズされており、そのせいで接し方もかなり気安かった。

 

「ど、どうぞ。召し上がれ………」

 

 おっかなびっくりスモモを差し出し、それを受け取ったデミガイズのギャレスが食事を始めたのを見て嬉しそうな笑顔になったブレイニーを、女生徒は片手で残りの9個のスモモを宙に浮遊させたまま見つめている。

 

「ブレちゃん抱きしめていい?」

「………しょうがないでしょ、魔法生物学苦手だったんだから」

 

 そのまま小柄な女生徒に傍で見守られながらデミガイズに給餌し続けたノリーン・ブレイニーは、やがてその女生徒を授業に戻らせようとしていた事など忘れていった。

 

 




※グラップホーンの食性については私の妄想です。

Q.校癒ってなんだよ
A.マグル社会における「医者」に相当する者を「癒者」と称するにも関わらずマダム・ポンフリーが一貫して「校医」って呼ばれてんのがちょっとしっくり来なくて。(厄介オタク)
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