2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
「あーギャレス!それは何をしてるの?」
1892年、9月10日。空が白み始めたばかりのホグワーツ。グリフィンドールの談話室では、ギャレス・ウィーズリーが今日も何やら大鍋に材料を投入していた。
そしてまたいつものように、そんなギャレスの周囲には早起きな1年生たちが1人また1人と集まってきて、あっという間に10人弱の人だかりができた。
「これはサチャリッサにあげるんだよ」
「なーに?どんなおくすり?」
「内緒」
そしてまたいつものように、1年生のひとりがその言葉を発した。
「ねーねーギャレスぅ、なんか面白いお話して!」
無茶言ってくれるよねえと、暖炉の傍のソファに座ってそれを見ていた2年生のブキャナンくんは純然たる他人事としてそう思った。
しかし既に起きて来ていたグリフィンドールの他の7年生2人、ナツァイとリアンダーは違った。
リアンダーは読んでいた本を閉じて、ナツァイは宿題を途中放棄して2人ともギャレスの傍に寄ってくる。ギャレスが何を始めるのかを、2人は既に察していた。
ギャレスは微笑んだまま、1年生たちを順番に見る。
撹拌匙が大鍋を独りでにかき混ぜ続ける音と、座り方を変える誰かの衣擦れの音だけが響く。
「さて」ギャレスが口を開くと、皆がギャレスの顔を見た。「僕ら7年生は、全員じゃないけど――錬金術の授業を取ってる。僕とサチャリッサとマルフォイとノットと、他にも何人かね。きみたちも6年生になったら、その意欲があるなら錬金術の授業を受けられる。で、だ。この錬金術って学問は、マグルもやってた。彼らは彼らでニコラス・フラメルやパラケルススの後を追おうとしてたんだ。そんなマグルの錬金術って始めは、僕らが授業で習う錬金術から単純に魔法的要素が欠落したものだったけれど、やがて別物に、『化学』ってものになっていった。だから今日はそんな『マグルの錬金術』がまだギリギリ『化学』になる前の、『成し遂げた錬金術師』の話をしよう」
ギャレスの視界に映る1年生たちの表情は、ギャレスの想定した通りだった。
「そう。その錬金術師ってのはマグルだ。マグルの若者。マグルの錬金術が成功する筈ないって思うかい?そうだね。けど、そのマグルの錬金術師が作ろうとしたのは、賢者の石でも天使の石でもヨーガムップでもエリクシールでもなかったんだ。彼が錬金術として大成するきっかけになったのは、誰でも持ってる単純な願い。『モテたい』って欲求だ」
そんなに難しい話じゃないかもしれないと、ミス・ブラウンは思いなおす。そしてローブを脱いだギャレスはその表情も見ながら背後のソファに膝を畳んで座ると、またすらすらと喋り始めた。
「18世紀が始まる寸前。まだホグワーツの校長がアムローズ・スウォット先生で、ウリック・ガンプが最初の英国魔法省魔法大臣を務めてた時代。プロイセンのベルリンで、ある薬屋の元で働いていたそのマグルの青年は、その日もまた食事とお酒、そして何より出会いを求めて酒場に入った」
そこまで言って表情を変えたギャレスは、体ごと視線を左に向けた。
「『オウ旦那。酒くれよ。なーんでもいいよそんなに高くなくてすぐ酔えるやつ!ああうるせぇなジンでいいよジンで!おうありがとよ』」
急に強めのプロイセン訛りになったギャレスの座り方も手の動かし方も表情も、いつもの穏やかで上品で丁寧なギャレスとはまるで別人だった。そしてギャレスは、今度は体ごと右を向く。
「『はいよ。グラス2つだろ?……懲りないね若ぇの』」
相変わらずのプロイセン訛りにちょっと穏やかな口調でそう言ったギャレスは、また左を向いた。
「『きょ、お、こそっ、は。………おっ、あの嬢ちゃんマブいな』」
ギャレスはそう言うと、前髪をサッと指で整え襟元を正し、服の裾を手で素早く払って身だしなみを再確認すると、ナツァイの傍に寄っていった。
「『よぅお嬢さん。オイラと1杯。どうだい?』」
器用なまでのプロイセン訛りのまま、ギャレスは見事に「品良く振る舞おうとしている田舎者」を表情と声色と身振りで演じている。
「えっ、あっ。あの私そういうのはちょっと……」
まさか巻き込まれるとは思ってもいなかったナツァイは、あたふたと両手をせわしなく動かして大いに戸惑っていた。
「『そんな事言わずにさ。ほら、ジンでもどうだ。オイラが奢るぜ?』」
チラチラとナツァイのきっちりボタンが閉じられた胸元に視線を落としながら、ギャレスはグラスを差し出すように片手を動かして、ずいずいと身体をナツァイに寄せていく。
「えっえっ、あの、あのギャレス私お酒飲めないから………」
「『なぁ嬢ちゃん。こう見えてもオイラぁ、錬金術師なんだぜ?オイラは知ってんだ。錬金術の秘密ってやつの事。そのへんの砂を金に変える秘密ってやつをさ。“チューリンゲンのミダス王”と。人はオイラの事をそう、呼ぶぜ……?』」
そのギャレスの大げさな表情と動きが面白かったのか、数人の1年生たちが笑い声を上げた。
一方で、鼻と鼻が触れそうな距離までギャレスに迫られているナツァイは、今やその目を白黒とさせながら大いに慌てていた。
「あっあっあっ、えっあのえっと……こ、『困ります、そういうのは……』」
「おやナティ。僕が相手じゃ不満かい?」
頑張って話を合わせて声も作って演技したナツァイに、ギャレスは唐突に素の態度で返した。
「ㇸぇぇえェнェн°д‰Э????」
素っ頓狂な声を上げたっきり完全に硬直してしまったナツァイをほったらかして、ギャレスはまた元の大鍋の前、ソファの上に座り直して変わらぬ調子で喋り続ける。
「さて。彼がこの時お酒をご一緒しようとしたこちらのステキなお嬢さんと、お酒以外もご一緒できたのかどうかを、歴史は語っていない。『錬金術の秘密を知っている』という彼の言葉を、件のお嬢さんが信じたのかどうかもね。けれど、彼の話を信じた人がふたり居た」
そこで話を切ったギャレスは、大鍋の中身の様子を見つつ、周囲の1年生たちに問うた。
「誰が信じてくれたのか、わかるかい?」
「はいはい!」と、最前列で絨毯の上に座っていたミス・ブラウンが元気に手を挙げた。「パパとママよ。だって、親は子を信じるものだって、ママ言ってたもの」
ギャレスはその解答を聞いてニッコリと笑った。
「『彼』のパパとママたち3人が、もしこの事を聞いていたら、きっと信じてくれただろうね」
「3人?」と首を傾げたロングボトムくんに、ギャレスは「そ。最初のパパは『彼』が生まれたその年の内に死んじゃってるんだ。で、市長さんが新しいパパになった」とすらすら語った。
「ねえそれなんかドロドロした気配を感じるんだけど。ママが良く読んでる小説みたいな感じ?」
そう言ったミス・ブラウンに、またギャレスは言う。
「もしかしたらそうかもね。けど、この『彼』のママの再婚相手である市長さんも未亡人、つまり奥さんに先立たれてたらしいから、お互いの心の隙間を埋めあったんじゃないかな」
「オトナだわ……」と呟いてちょっと頬を染めたミス・ブラウンを見てから、ギャレスは続ける。
「さ、話を戻そうか。彼が女の子を口説くために言った『錬金術の秘密を知っている』という言葉を信じた1人は、当時のブランデンブルク選帝侯にして最初のプロイセン国王フリードリヒ1世だ」
面倒な事になったのだと察したらしい数人の1年生が息を呑んだが、「彼」は王様に褒めてもらえるんじゃないかと思ったらしい別の何人かは喜びの声を上げた。
「ロングボトムくん、きみの想像は正しい。彼はフリードリヒ1世から『金を作れ』と命じられた。そしてここでひとつの事実がある。『彼』は、ニコラス・フラメルではない」
じゃあ無理じゃん、と、1年生たちの中の誰かが言った。
「そう。彼が錬金術の勉強をしていたのは本当なんだけど、ただでさえマグル式の錬金術な上、彼はその中でもさらに駆け出しも駆け出しの、見習い錬金術師だったんだ。当然だけど『金を作る』なんて錬金術の最奥の秘技は、当然できないわけだ。けど王様に『できません』なんて言えない。『余を謀ったか』とか言われて殺されかねないし、実際に嘘をついてるんだから抗弁も無理筋だ。だからね。彼がどうしたか………そう。彼は逃げた」
そしてまた、ギャレスはソファの上に膝を畳んで座って皆の視線を集めたまま、体ごと左を向く。
「『クッソあの錬金狂いめ!錬金術の事なんかなぁ~んにも知りゃしねえくせにアイツ!えらっそうに“万能チンキ”だ?“純金精製薬”だ?モォッテルワケネーダローガッ!!!そんなもん作れたらわざわざお前に媚びへつらうかっての!金を貸してやるよその場合は!!そんで俺に色んな権利をよこせ!!』」
再びキツめのプロイセン訛りでそう捲し立てたギャレスは、ちょっとニヤけた顔を作った。
「『しかしあの時のな………あのフカシはなぁ……こいて正解だったからなぁ………仕方ねえよなあ……あの嬢ちゃんとなあぁ……朝まで、ジンを。混ぜたっけな……へっへへ……』」
「ちょっとぉ!」と真っ赤になったミス・ブラウンが抗議しても、ギャレスは気にしない。
「『おっといけねぇヨダレが。あのジンは美味かっ、おーーっといけねぇ追手が来やがった!』」
ギャレスは体ごと右を向き、袖を捲るような仕草をした。
「『コrrrrrrrルァ錬金術師!!!逃げられると思ってんのか!!だいたいプロイセン国王お抱え錬金術師なんてありがてえ立場の何が不満なんだ贅沢モンが!』」
ギャレスは正面を向き、居住まいを正した。
「と、このように。かの『錬金術師どの』はあえなくドレスデンで捕まり、そのままドレスデン城から出られなくなっちゃったんだけど。これによって彼の身柄がプロイセン国王のところから、その臣下であるポーランド王にしてザクセン選帝侯のアウグスト2世のもとに移ったわけだ。そしてこのアウグスト2世もまた、彼の『金を作れる』って評判を信じたし、それを実際にやる事を望み、命じた。でも当然、彼はそんな事できないし、今度はどう考えても逃げ出すなんて事もできなかった……このアウグスト2世、とんでもない人物だったんだ」
ギャレスはそこまで言ってズイッと身を乗り出し、1年生たちはますます聴き入る。
「アウグスト2世。アウグスト強健王。通称『ザクセンのヘラクレス』。馬の蹄鉄を素手でひん曲げ、宮廷で最も力が強い男たち2人を相手に片手の指1本だけで軽々匹敵したとか。彼の先祖のツィンバルカ・マゾヴィエツカって女の人も壁に素手で釘を打ち込んだり親指と人差し指でクルミを砕いたりできたらしいけど……とにかくこのアウグスト2世、とんでもない怪力の持ち主だった。当時のドイツ魔法省がこっそり調査した資料に曰く『巨人の血なども引いていない正真正銘のマグル』だそうで、まー……びっくりだよね!で、精力も旺盛。生涯に100人以上の子供を作ってる。しかもこの記録を自分で確認して『たぶんもっと居るぞ?』とか言ったらしいよ。……とにかくそんな『強き王』を相手にして、かの錬金術師どのは『逃げ出そう』なんて気は挫かれてしまった」
ギャレスはそこで、口の端をむいっと釣り上げて笑顔を作ってみせた。
「頼まれた仕事をやり遂げる以外に、家に帰る方法は無いと。彼は悟った。さてここに『錬金術師として大成しなければ獄死するしかない』という過酷な運命に直面したこの若き錬金術師どのは、まーーーーーーーーー頑張った。他にやることも無いし頑張った。けど上手く行かない。残念だけど当たり前だね。アウグスト2世も前評判の割に全然成功しないこの錬金術師に業を煮やした」
そしてギャレスは正面を向いたまま、体重を後ろに預け両腕も背もたれに乗せ、足も投げ出して見るからに偉そうな座り方になって、ちょっと眉間にシワを寄せて視線だけを下に向けた。
「『錬金術師。いつになったら“錬金万能薬”は作れるのだ?資金も材料も、追加で必要なら言えばよかろうに。それとも必要なのは時間だと、そう言うつもりなのか?』」
朝早いグリフィンドールの談話室は、ギャレスの話に聴き入っている皆にとっては、今だけは間違いなく、謁見の間だった。
「『………もうよい。錬金万能薬については、もうよい。お主はチルンハウスの研究を手伝え』」
そしてギャレスはまたソファの上で膝を畳んで背筋を伸ばして、丁寧に座り直した。
「『エーレンフリート・ヴァルター・フォン・チルンハウス』。数学者にして錬金術師。ニュートンやライプニッツなど、当時のヨーロッパのマグルの中じゃ最高峰の知性の持ち主たちと交友関係を持っていた紛うことなき偉大な碩学。彼はね。………お皿作ろうとしてたの」
「お皿???」と1年生の誰かが素っ頓狂な声を上げた。
「そう。お皿。『白磁』。当時のマグルにとっては、ニホンや清なんかから遥々シルクロード経由で輸入してた超貴重品で、これもまた金と同じくらいには、ヨーロッパのマグルの王様たちみんな欲しかった。モノ自体も、作り方もね。そしてこのチルンハウス。陶磁器の作り方を解明したと言ってた。自作したと主張する完成品もアウグスト2世に見せてたらしい。国際魔法使い機密保持法が制定されて間もない1708年。彼らはまだ魔法というものを信じていたかもしれないけれど、使う事はできない。さて、『白い焼き物の器』を、魔法無しでどう作ればいいと思うかな?」
ギャレスはまた大鍋の様子を確認しながら、下級生たちに問いかけた。
「はいブキャナンくん」
「『白い土を探してきてそれを使う』とか『土に白いものをいっぱい混ぜる』とか……?」
「不正解だけど、正解。当時のヨーロッパのマグルが試してた主な手段がそれ。けど、それじゃあ上手く行かなかった。だから『かの若き錬金術師どの』は、もしくはチルンハウス氏は――そう。よく解ったねロングボトムくん。どっちが先に『成し遂げた』のか、わかんないんだ。個人的にはチルンハウス氏が先だと思ってるんだけど――とにかくどこかの段階で、ようやっと発見した」
ギャレスはそこで一瞬言葉を切って、ソファのすぐ前に鎮座している大鍋を杖で叩いた。
「『炉の温度をもっともっと上げる』というシンプルだけど技術力が必要な方法をね。これをもって彼の若き錬金術師どのは、『遥か遠き極東から輸入するしかない“これ”を作れ』というアウグスト2世陛下からの命令を見事遂行してみせたわけだ。まあこの時点では『製法が確立された』だけで、彼らにとってはそれで終わりでよくても、アウグスト2世陛下にとっては『まだまだ』だ。だって王様って国全体を見なきゃいけない。つまりアウグスト2世陛下にとっては『工房』ができた段階でやっと『研究完了』なんだよね。だからチルンハウス氏に『工房ができるまで約束の支払いは待ってね』って言ってたんだ。チルンハウス氏にとっては不満だったろうけど、王様としては至極当然。だけど、チルンハウス氏は工房が完成するより先に死んでしまった」
そんなのひどいわ、とミス・ブラウンが言った。
「そうだねえ。チルンハウス氏は運が無かった。そして1人残された『かの若き錬金術師どの』にとってもこれは、結果的には不運だった。だって『白磁』の製法を知っててそれを再現できるのが、ヨーロッパで自分1人だけになっちゃったんだから」
「それがなんで不運なの?独り占めできればすごいお金儲かるんじゃないの?」
1年生の誰かが言った問いに、ギャレスは答える。
「『かの若き錬金術師どの』は、独り占めする側じゃなくて、独り占めされる側だからさ。アウグスト2世って人は白磁が大大大好き。白磁だけを建材にしたお城とか作りたいって言う程ね。それほどじゃあなくてもヨーロッパ中で白磁は大人気。それをヨーロッパで唯一作れる『若き錬金術師どの』は。とても他所へ移るなんてことさせられない、貴重極まる人材になっちゃったんだ。炉を何度にすればいいのか、どの土を使うのがいいのか。全部把握してるのが彼しか居ないんだから、そりゃどこにも行かせられないよね。だから当初の『この仕事をやり遂げたら自由にしてやる』って約束は無かった事にされて、相変わらずアウグスト2世に『ここに居ろ』と言われたドレスデンから出られないまま『家に帰りたい』と訴え続けた。彼が王に『雇われた』のが1682年、18歳の時。で、白磁の製法が確立されたのが1709年。彼が『国外に出ない』と誓う事と引き換えに自由を取り戻したのが1714年。で、彼が亡くなったのが1719年だ。たった1度だけ見栄を張った代償は、極めて高くついたわけだね。一応晩年は家族もできてたし、彼が不幸だったなんて言うのは彼に失礼だけど、それでもこの話から僕は、教訓を見出さずにはいられない……『嘘はよくない』」
ギャレスは「さあお話はここまでだよ」と宣言して杖を振り、傍らの旅行カバンから真っ白い器を幾つも取り出して空中に並べた。
「そんな『彼』、『ヨハン・フリードリッヒ・ベトガー』がチルンハウス氏の助けを得て作り上げた『陶磁器工房』は、今じゃザクセン最高の陶磁器工房として、なんならヨーロッパ最高の陶磁器工房として、所在地の名前を借りて広く知られている」
その時グリフィンドールの談話室に1人、他寮の生徒がやってきた。
「おはよう、ギャレスは居るかしら?……あ。ギャレス居たわね。ちょっと相談が……」
「おはようサチャリッサ。今日もステキだね。コレだろう?」
ギャレスはサチャリッサにクリスタルの小瓶を渡し、さらに提案する。
「『グラス・ア・ラ・シャンティ』。再現して作ってみたんだけど、食べるかい?気になるって言ってたよね?………まあ要するにアイスクリームなんだけどさ」
そこでやっとミス・ブラウンは、ずっと目の前にあったギャレスの大鍋が火にかけられておらず、どころか長く触っていられないほどキンキンに冷えている事に気づいた。
「いただくわ。ありがとうギャレス」
サチャリッサはギャレスが座っているソファに並んで座り、やっと他のグリフィンドール生たちに興味を持った。
「あら。あなたたち何をしてたの?」
「ギャレスのお話きいてたのよ!」と言ったミス・ブラウンは、そのままギャレスに質問を投げる。「ねえギャレス、その工房って、どれの事なの?わたし知ってるやつ?」
「マイセン」ギャレスは言う。「マイセン窯さ。このお皿とティーセットもそう」
ギャレスが杖を振ると、白い器に1人前ずつ盛られたアイスクリームがグリフィンドールの談話室の全員にふわふわと空中を移動して配られ、最後に1皿だけが残った。
「さあサチャリッサ。これはきみの分」
そう言いながらギャレスは更に杖を振り、カバンの中から呼出したプラムやらオレンジやらブドウやらを剥いてスライスしてアイスクリームの上に盛り付けていく。
明らかに1人だけ特別仕様のアイスクリームを貰って、サチャリッサは沸き立つようなニヤニヤ笑いを抑えきれなくなった。
「あー、タグウッドずるい!」
「ずるくないよブキャナン。言っただろう?サチャリッサのために作ってるんだって。――さあ、あったかい紅茶が欲しくなった人は手を挙げてね」
手を挙げた何人ものグリフィンドール生たちとサチャリッサの元に、ギャレスの杖の一振りを合図にティーカップに注がれた紅茶が空中をゆったりと飛んで配膳されていく。
「ありがとギャレス」
ちょっとギャレスの方に身体を寄せてみたりなどしながら、サチャリッサは紅茶を一口飲む。
その時。
「待ちなさいこのおバカ!!」
カバンの中から飛び出てきたワタリガラスを追って、2人のスリザリン生と1人のハッフルパフ生、そして1人の小さなグリフィンドール生が同じカバンの中から大慌てで飛び出してきた。
「あらアナタたち。何をそんなに――」
「せめて下着くらいは着てくださいよ先輩!!」
サチャリッサの疑問は、言い終わる前にダンブルドア少年によって解消された。
「おや。お帰りオミニス。アイスクリームと紅茶はどうだい?」
「いただくよ。ありがとうギャレス」
1人遅れてまったりとカバンの中から出てきたスリザリン生の友人に、ギャレスもまた談話室中を飛び回るワタリガラスや、ローブやらベストやらスカートやら下着やらを手にそれを追う友人たちなども一切気にする様子もなく、にこやかにソファを勧めた。
「インカーセラス!あ、もう!」
ワタリガラスを捕縛しようとして空中で躱されたネリダ・ロバーツが唸った。
「イモビラス!!!」
その瞬間、グリフィンドールの談話室が、呪文を唱えたダンブルドア少年以外、全て、止まった。
「捕まえましたよ先輩。せめてローブを羽織ってください。もちろん前を閉めて」
ダンブルドア少年がやっと捕まえたワタリガラスにスリザリン色のローブをかぶせた途端、そのワタリガラスはスルリと姿を変えて、緩やかにウェーブのかかった腰まであるブロンドヘアと起伏のある体形が目を惹く7年生くらいの女子生徒になった。
「アルバスはすっごいねえ」
先輩にそう言われて、やっとダンブルドア少年は自分が動きを遅くさせたのがこの先輩だけでなく談話室の全てだという事に気づいた。
「フィニート・インカンターテム」
全裸にローブという野性的な服装の女生徒がそう唱えると、グリフィンドールの談話室は通常の速度を取り戻した。
「あっあっ、あの、申し訳ありませんみなさん………」
「気にしないでダンブルドアくん。アイスクリームと紅茶をどうぞ」
「ローブ以外も着ろこのバカ」
セバスチャン・サロウはそう言いながらベストやらスカートやら下着やらを女生徒に投げよこしたが、女生徒は受け取ったそれらをローブのポケットにしまい込んでしまった。
「まだ身体あっついからやーだ。ギャレス僕もアイスほしい!」
渋々閉じたローブの前を引っ張ったり抑えたりしてパタパタと仰ぎながら、その女生徒はサチャリッサの足元、ソファのすぐ前に座り込んだ。
「アクシオ!」
「わぁ何するんですか先輩!」
ダンブルドア少年を「呼び寄せ」て無理やり膝に座らせた女生徒は、そのままダンブルドア少年を抱きしめた。
「アルバスはひんやりしてるねえ」
「そりゃ今の今までずっと泳いでましたからね」
「『泳いでた』?」
愉快そうにケラケラと笑いながら、その女生徒は言葉尻を捕えてつついた。
「泳ぐ、練習を。してました」
かわいかったよと女生徒に言われて、ダンブルドア少年は大きなお世話ですと不貞腐れた。
「きみの首尾はどうだったんだいネリダ」
ギャレスにそう問われたネリダ・ロバーツは、自信あり気な表情でギャレスを見つめ返す。
「手を持って貰いながらなら、ちょっとだけ泳げるようになったわ!」
アイスと紅茶をいただきながら話を聞いていたナツァイは、それを「泳げる」と表現するのはどうなんだろうと思ってしまったが、声に出すことはしなかった。
「それはすごいねネリダ。紅茶飲むかい?」
「ありがと。いただくわ」
ゆっくりと飛来したティーカップを受け取りながら、ネリダは「なんでアイスは要らないってわかったんだろう」とギャレスの洞察力を疑問に思っていた。
「ねえねえポピーちゃん。アイスに紅茶かけると美味しいよ」
「それちょっとお行儀悪くない?」
そう言いながらもポピーは楽しそうで、ちょっと逡巡してから自分も試していた。
「アルバスにも紅茶かけたら美味しいかな」
「僕の機嫌が悪くなるだけだと思いますよ?」
「そっかぁ~」
そんなやりとりを聴きながら、ギャレスもまたアイスに紅茶をかけて味わいつつ、サチャリッサが豪華なフルーツとアイスの盛り合わせを食べ進めるのを見つめている。
「なあにギャレス?」
「食べ方キレイだよね、きみって」
そう言われたサチャリッサの笑顔は、いつもの自信と余裕を湛えたお淑やかなものではなく、喜びと少々の気恥ずかしさがわかりやすく現れたはにかみだった。
「アルバスのほっぺはもっちもちだねえ」
早々に自分のアイスを食べ終わってしまった女生徒は勝手に大鍋からアイスをおかわりし、ギャレスの傍の空中を漂って待機していたティーポットも勝手に呼び寄せて紅茶もおかわりして、銀製の小さなスプーンに指先で魔法をかけてアイスを口に運んでもらいながら、膝の上のダンブルドア少年の頬を両手で揉みくちゃにし始めた。
「食べづらいんですけど………ホント器用ですね先輩」
ダンブルドア少年はいつもの通りに文句を言いつつも抵抗はせず、ただ自分の頬が両手で揉まれているという事実から、この先輩が今どうやってアイスを食べているのかを察した。
「むゅへへへへへへ………あっ、ごめんアルバス」
「やると思ってました」
ダンブルドア少年の頭の上にアイスを溢した女生徒と苦笑するだけで怒る様子がないダンブルドア少年を、1年生たちが見ていた。
「ダンブルドアくん冷たくないの?」
「お行儀わるいわよアナタ」
アイスやら紅茶やら手に持ったままわらわらとダンブルドア少年の傍に集まってきた1年生たちを見ながら、そして「テルジオ」と唱えた傍からまたダンブルドア少年の頭にアイスを溢した女生徒を見ながら、ギャレスはクスクス笑っていた。
「………なんですかウィーズリー先輩」
ご機嫌ナナメになりつつあるダンブルドア少年がギャレス・ウィーズリーをじっとり睨む。しかしギャレスは、それでも楽しそうに笑っていた。
「僕の話より、きみたち2人の素のやり取りの方が面白いんだもん。笑っちゃうよ」
そう言われても、ダンブルドア少年はまだ不服そうだった。
「ギャレス口あけてくれるかしら」
「いいけどなんだいサチャリッサ」
そう言いながらギャレスが口を開けてサチャリッサの方を向くと、サチャリッサはすかさず自分のスプーンをギャレスの口に差し入れた。
「んむ」
ちょっとビックリしながらも、ギャレスはアイスとフルーツを味わった。
「ふふふ」
その顔を見て満足そうなサチャリッサは、足元のカーペットに座っている女生徒が、ぐりんと上半身ごと首を回して自分の方を見て期待に満ちた表情で口を開けている事に気づいた。
「………しょうがない人ねえ。アナタって」
サチャリッサはそう言いながら自分のアイスとプラム一切れをスプーンに掬い取り、その女生徒の口へと差し入れてあげるのだった。
【マイセン陶磁器工房】
【エーレンフリート・ヴァルター・フォン・チルンハウス】
【ヨハン・フリードリッヒ・ベトガー】
【フリードリヒ1世(プロイセン国王)】
【“強健王”アウグスト2世(ポーランド王)】
ベトガーの口調と細かいセリフ以外、概ねの流れは史実。ただベトガーくんが
「酒場で女の子を口説きたいがために錬金術師だと嘯いた」のは俗説。
王に目をつけられる前から錬金術の勉強をしてたのは史実。
ベトガーくん、享年37歳。彼(かチルンハウス氏)が発見した白磁の製法は
ここ(1709年)以降100年間、ヨーロッパではマイセンだけの独自技術であり続けた。
【アイスに紅茶を――】
こんな感じのデザートが「アフォガード」という名前で人気になるのは1950年くらいから。
だから1892年当時もしやってる人がいてもそれは「妙な喰い方するなアイツ」止まり。
「ギャレスが1人で喋り続けるだけの話」を前から書きたかったんですよね。