2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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53.焦燥と衝動

「ねえアルバス、アルバスが宿題するとこ見てていい?」

「いいですけど、僕もう宿題無いですよ。全部終わりましたから」

 朝食の時間までまだ少し時間があるグリフィンドールの談話室で、ギャレスに怒られて渋々下着も身につけた7年生の女生徒は、ダンブルドア少年のその返答を聞いて不満そうな声を上げた。

「えぇー。なんかやってよぅアルバスぅー。……じゃあもう僕がアルバスに宿題出しちゃう!」

「きみは錬金術のエッセイがまだだろ。ダンブルドアくんに宿題出してる場合かい」

「思い出させないでょぅ!」

 背後から冷静な指摘を投げかけてきたセバスチャン・サロウに女生徒が抗議したとき、その人物はグリフィンドールの談話室に我が物顔で入ってきた。

 

「居たな愚か者。貴様、準備は済んでいるんだろうな? 今日だぞ。今日」

「ぅ゙ぇっ何ですかブラック校ちょ……」

 

 ほんの一瞬だけ怪訝そうな視線でブラック校長を睨んだその女生徒は、しかしすぐにガラリと表情を変えてアワアワと焦り始めた。

「ホントだ!! 今日じゃん!! ポピーちゃんサッちゃんセバスチャンギャレスオミニスナッちゃんセバスチャンアルバスリアンダーそれにあとあとえっと、みんなごめん手伝って!!!」

「どうしたんです先輩? それに手伝うのはいいですけど、今サロウ先輩2人居ましたよ」

 ダンブルドア少年は表情も変えずにそう言った。

「えっなに今日なにかあっ…………アッ!!!!」

 問いただそうとしたその刹那、ポピー・スウィーティングも思い出した。

 

「――魔法生物規制管理部の査察!!」

 

 呆れ果てているブラック校長は、「授業が始まるまでに『準備』を済ませておきたまえ」とだけ言ってグリフィンドールの談話室から去っていった。

「査察ですか?」

 ダンブルドア少年は、だいたい察せていながらそう訊いた。

「そう。コイツ、本来飼育禁止の生き物もたくさん飼育してるじゃない? だから去年、ちゃんと許可を申請しようってなった時に、魔法生物規制管理部とウィゼンガモットとの交渉というかお話の末にね、定期的に査察を受ける事に決定したの。去年と同じなら、部長さんがいらっしゃるの」

 ブラック校長が気を張るわけだと、その話を聞いていた下級生たちは納得した。

「で、準備ってなんです? 部長さんの歓迎会でもするんですか?」

 ダンブルドア少年の問いに、リアンダーが答えた。

「飼ってる事を魔法省とホグワーツに秘密にしてる動物たちを念入りに隠しとけってことさ!」

 オミニスの後を追って女生徒の旅行カバンの中に入りながらそう言ったリアンダーにダンブルドア少年が続き、その後ろに何人もの興味本位の1年生や2年生たちが続く。

 

〈“オミニス”を、移動させよう。奥に〉

〈いや、むしろエリエザーのところに居る蛇たちに紛れさせるべきだと思う〉

 

 その会話の内容まではわからないものの、小声かつ早口の蛇語で秘密の会話をしているのは理解している7年生たちは、今度問いただそうと思いながら各々手分けするべく急ぎ気味に相談する。

「マンティコアたちは?」

「許可貰ってる………けど何頭も居るって知ってるの部長さんだけだった気もするな……」

 リアンダーの質問にセバスチャンが答えた。

「ダイナの事は、魔法生物規制管理部の方々はご存知なんですか?」

「どころか。先生方にすら報告もしてないのよコイツ。ヘキャット先生には言っちゃったけれど」

「メンドクチャインダモン………」

 怒られそうだからヤダと去年からずっとゴネ続けているこの女生徒は、仲良くやれているところを示す事によって、レシフォールドの飼育という自殺行為を周囲の皆に、なし崩し的に了承させていた。しかしこの生徒の事をよく知っている友人たちはそれでよくても、魔法省は話が別だった。

「そういえばニーズルの飼育も許可が要りますし、ヒッポグリフもセストラルも、個人が移動のために用いるのは違法行為ですよね? それにキメラやグリフォンだって……」

 ダンブルドア少年の指摘はもっともだったが、当の女生徒はそれどころではなかった。

 

「――おねーさんに隠れててもらわなきゃ!!」

 

 そして当然の事ながら、周囲の友人たちが女生徒に訊く。

「ん、誰の事だいそれ。新しくなにか保護したのかい?」

「コイツがちょっと前に保護した狼人間のお姉さんよ。すっごく綺麗なおねーさん」

 ポピーの解説で7年生たちがざわつく中、当の女生徒もまた驚きをもってポピーを見ていた。

 

「ポっ、ポピーちゃんなんで知ってるの……? 僕、いつ話そうかって悩んでたのに…………」

「アナタ、誰があのお姉さんにニフラーのブラッシングの仕方とか、赤ちゃんパフスケインの身体を傷つけない洗い方とかの色々を教えたと思ってるの。アナタが猛獣との接し方しか教えてくれなかったって、私が初めて出くわした時あのお姉さん途方に暮れてたんだからね?」

「アッ、ソッ、ソッカァ…………アリガトネェポピーチャン……」

 しっかりと叱られて一瞬で萎んだ女生徒は、友人たちと後輩たちを引き連れてカバンの中へと入っていった。

 ただ、「アナタが拾ってきたんだから、ちゃんとお世話しなきゃダメでしょ」というポピーの発言にはダンブルドア少年は何か引っかかるものを感じて、独りで首を傾げたのだった。

 

(スウィーティング先輩、もしかして、ヒトも魔法生物に含めてる?)

 

 少なくともこの困った先輩の事は、スウィーティング先輩は「魔法生物学」の範疇に含めていると、なんならちょっとお世話が大変なペットだと思ってるんだろうと、ダンブルドア少年は今日もどこか楽しげなポピー・スウィーティングと7年生の女生徒の背中を追いかけながら考えていた。

 

「皆さんがこの先輩を飼ってらっしゃるのは、魔法省の許可とか無くてもいいんですか?」

「それね。2年前フィグ先生に許可を貰ってあるんだよ。『きみたちなら任せられる』って」

 

 カバンの中に広がる魔法で整えられた森の中を歩きながらダンブルドア少年が気軽な様子で発した不遜とも言える冗談に、ポピーは平然とそう返した。

「えっなにその話。僕しらないんだけど……フィグ先生と話してたの?」

 7年生の女生徒はショックを受けた様子で声を上げたが、それでもポピーは落ち着いていた。

「うん。……なあに? 私たちだってフィグ先生の事大好きなんだよ?」 

 そう言いながら7年生の女生徒の目を見つめたポピーが、パフスケインをブラッシングしている時と同じ優しい笑顔で7年生の女生徒を照らす。

 

「俺は正直、そこまでじゃあなかったけどね。でも、あの先生の授業は楽しかった」

 

 そう言ったオミニスも、他の7年生たちも、そろそろ話題を変えないとこの愛すべき困った友人が泣き出してしまうと、鋭敏に察知していた。

「そういえば、ホーンド・サーペント。ミラベルって名前の、あの孔雀石みたいな色のウロコした大きい奴の他に、もう1匹いるんでしたよね? 確かエリエザーって名前のが。そちらは、その。飼育許可は取得済みなんですか? つまり、今日、魔法省の役人に。見せてもいいんですか?」

 その場に居る7年生たちの内、事情を知らない者たちは「話題を変えてくれてありがとう」とダンブルドア少年に内心で感謝していたが、「その話」の顛末を知っている数人は頭を抱えていた。

 

「……そうじゃん。エリエザーが居る事を知ってるのはニホンの人たちだけじゃん。こっちの魔法省にはなんにも報告とかしてないんだったや。ひゃー………どうしよっかな」

 女生徒もまた一瞬遅れてそう唸って頭を抱える。

〈“オミニス”はミラベルのところに居る蛇たちの中に紛れさせておこうか〉

〈そうだねえ〉

「ねえ。流石にそろそろ教えてほしいんだけどさ。その『オミニス』って、何なのかな?」

 

 ギャレスが蛇語を聞き取った事で、それは、とうとう皆の知るところとなった。

 いよいよ隠し通すのも限界が来たと、オミニスは判断した。

 

「……俺が去年保護した赤ちゃんバジリスク。名前をつけたのはポピー」

 

 その秘密を共有していた7年生の女生徒とポピー、そして以前から蛇語での相談内容を聞き取って薄々ながら察していたギャレス以外の全員の視線が、オミニス・ゴーントに注がれた。

 しかし7年生の先輩たちが誰も何も言わないので、ダンブルドア少年も黙っていた。

 7年生の先輩たちの視線にオミニス・ゴーントを責めるような意図があるようには見えず、ただオミニス先輩が何かを言うのを待っているだけなのだと、ダンブルドア少年には思えた。

 

「去年、コイツとポピーと一緒に『三本の箒』でチーズケーキ食べてた時にね。シンガー巡査が隣に座ったんだ。で、『バジリスクを飼育している疑いがある男の家に明日踏み込む』ってシンガー巡査がマダム・シローナに仰ってて。俺は気づいたら『手伝います』って言ってたんだ」

 その話を聴きながら、ダンブルドア少年は考えてみれば当たり前の事に今更ながら気づいていた。このオミニス先輩は、バジリスクの目を「見てしまう」可能性など決して無いという事に。

 そしてバジリスクの牙の毒に対して唯一有効な解毒剤も、本来貴重極まるそれもまた、オミニス先輩が必要とするならいつでも救援を要請できるほど手近に居ると。

「俺と彼ならバジリスクを相手するのに役立てるはずですって言ったら、シンガー巡査は俺たちが一緒に来るのを許してくれたんだ。コイツには実績があるからって」

 オミニスが「彼」と呼んだその不死鳥は、オミニスが話題に取り上げたその瞬間に木々の間を縫うように飛んできて、歌いながら皆の周囲を優雅に飛び回り始めた。

 

「それで、次の日に。『その家』に踏み込んでみたらね。幾つも並んだ鶏の卵をいっぱいのヒキガエルが温めててね。その中のひとつが孵りそうだったんだ。俺、慌ててポピーとコイツとシンガー巡査を部屋から追い出したんだ……だって『生まれてきた』ってただそれだけで、死を望まれるなんてあんまりじゃないか。そもバジリスクはヒトが作り出した生き物なのに。それに、俺は。その生き物が邪悪なものになるかどうかは『どう生まれたか』じゃなくて『どう育ったか』で決まるんだ、ってあのとき俺に教えてくれたノクチュア叔母さんの言葉が、単に俺を泣き止ませる為だけの方便じゃないって、叔母さんの考えは正しかったんだって、叔母さんに教えてあげたいんだ」

 

 誰も、何も言わない。ただ不死鳥だけがオミニスの周囲を飛び回りながら、歌っていた。

 

 そしてかなり長い時間の沈黙が流れ、皆で足早に森を抜けて、その大きな湖のそばまでやってきた時、漸くその女生徒は口を開いた。

「自分の考えの正しさを証明するためにバジリスクを育てるってのは、つまり闇の魔法使いたちと同じことしてないかい? 育てて、どうするんだい? 扱いきれなくならない保証があるかい?」

 女生徒が投げかけたその質問は、オミニスが去年、最初に「育てる」と言い出した時にシンガー巡査の前で訊いた質問だった。

 

 そしてオミニスも、あの時と同じ言葉を返す。

 

「だから、手伝ってほしいんだ。俺は、この小さい子を、助けてあげたい」

 

 ダンブルドア少年は、湖とその周囲をよく見てみれば水の中にも岸辺にも夥しい数の蛇が居ると気づいて目を丸くしていた。居るんだろうとは予想していたが、想像の100倍多かった。

 

「根拠が無いわけじゃないんだ」と、オミニスは続ける。「最初にバジリスクを作り出したとされている古代ギリシャの闇の魔法使い『腐ったハーポ』は、古代ギリシャの闇の魔法使いとして名が伝わっている。自分で作り出した生き物に殺された大マヌケとしてではなく、だ。腐ったハーポが、孵したバジリスクに殺されていたらきっと、彼の名前は笑い話の定番として魔法史に残っていただろう。『奇人ウリック』とか『うっかりスカグルソープ卿』みたいにさ。けどそうはなっていない。俺が考えるに、これは、つまり――」

 

 そう話すオミニスの足元から、一匹の蛇がスルスルとオミニスの身体を登っていた。

 その蛇が目を閉じている事に気づいたダンブルドア少年は、この小さな蛇が「それ」だと察してビクリと身を震わせた。

 

〈やあオミニス。俺の友達を紹介したいんだけど、いいかい?〉

 

 オミニス・ゴーントが蛇語で何か言ったという事だけは、ダンブルドア少年にも推測できた。

 

「じゃあアルバスからね」

 気軽な口調で無茶を言ったその女生徒に、ダンブルドア少年は思わず抗議する。

「ええ僕ですか?! 先輩方のほうが……」

「だぁめ。アルバス最初がいいの」

「……わかりました」

 

 ダンブルドア少年は覚悟を決めて、その小さな蛇に顔を寄せた。

 そして、その蛇が目を開ける。

 

「あの……その。はじめまして。僕、アルバス・ダンブルドアです」

〈おまえ美味そうだな〉

 

 その小さなバジリスクの黄色い目を見ながら、ダンブルドア少年は湧き上がってくる恐怖を心の底に押し戻して、その代わりに好奇心と敬意を引っ張り出そうと頑張っていた。

「ね。バジリスクって、見たものを例外なく殺してしまうわけじゃないんだ。『殺す事もできる』んだ。最初に作り出されたバジリスクが腐ったハーポに『たぶん』そうしたように、仲良くする事も、できるんだよ。だからこの『オミニス』がこれからどういうふうに育つかは、俺たち次第」

 そう言ったオミニス・ゴーントは、内心の安堵を隠しきれていなかった。

 そしてその小さなバジリスクは、目の前の人間たちの中にその人物を見つけるとすぐにオミニスの身体から降り、その小柄なハッフルパフの7年生のところに大喜びで寄っていった。

 

〈ママ!〉

 

 ポピー・スウィーティングが小さなバジリスクを抱き上げて笑いかけるのを、ダンブルドア少年は呆気にとられたまま見つめていた。

「おはようオミニス。エリエザーの言う事ちゃんと聞いてた?」

 ポピーの話す内容をそのバジリスクは理解しているが、一方ポピーは蛇語がわからない。

〈うん! でもアイツ話が難しいんだ! 時々は何言ってるのかもわかんない〉

「この人たちが、前から話してた友達。ホントは他にもいっぱい居るの。仲良くしてくれる?」

〈俺と友達になってくれるのか?〉

「そう。アナタと友達になってくれるんだよ」

 しかしポピーは、この「オミニス」がどういう事を言っているのかについて、パーセルタングが一切関わらない方法で、確信を得る事ができていた。

 

 ただ目の前の生き物を尊重し慮る事によって。

 

〈ところでアイツは何をしてるんだ?〉

 

 そのバジリスクの視線の先では、1羽のワタリガラスが一心不乱に嘴と足の鉤爪で地面を掘り起こし、そこから次々にミミズを引っ張り出して地面に並べていた。

 そして何束ものミミズをたっぷり咥えたそのワタリガラスがどこかへ飛んでいくのを、みんな何も言えずに見届けてしまった。

「…………先輩、行っちゃいましたけど。いいんですか皆さん」

「アイツはあれで、やるべきことはちゃんとやる奴だよ」

 ダンブルドア少年の問いにセバスチャン・サロウがあっさりとそう言い、他の7年生たちが同意する。そして、今飛んでいってしまったワタリガラスほどではなくとも皆ここで飼われている動物たちについての知識を有している7年生たちは、相談すら無しに各々思い浮かんだ「絶対に飼育許可など申請していないだろうあれら」のところへと散っていく。

 

 一方、先ほど7年生たちが特に苦も無く通り抜けた森の中で。下級生たちと共にカバンの中へと着いてきていた5年生のヘンリー・ポッターもまた、己の役割をすぐにこれと定めていた。

「さ。みんな。そろそろ森を抜けて先輩たちやダンブルドアくんと合流しようか。僕らだけでここに居るのはちょっと危ないからね」

 7年生の先輩たちの背中を追いかける途中で色々気になり立ち止まってしまった下級生たちを、このまま引率するのが、自分が今やるべき事だと。

(僕だけならマントに隠れてスッと抜けられるんだけど……この人数だと流石にな……ギャレスが言ってたことが本当ならこの森アクロマンチュラが居るんだよな……ああやだ出くわしたくない)

 

 そんなヘンリー・ポッターの懸念を余所に、1年生たちは一塊にすらならず、思い思いの方向にずんずん進んでいこうとする。そんな1年生たちの中に混じる数人の2年生はそれを統率しようと試みているものの、いかんせん1年生たちの好奇心は強く、集団はバラバラになりそうだった。

 

「ねえねえあっちに行ってみよう! 今なにか居たと思うんだ!」

「私は向こうが気になるわ。あのへんちょっと日が差してるじゃない?」

「こらこら皆で一緒に居なきゃ危ないだろ」

 

 2年生のブキャナンくんはとうとう1年生のブラウンさんとその友人を首根っこ引っ掴んで止めたが、それでも彼には手が2つしか無く、散っていこうとしている1年生たちはまだ何人も居た。

「ねえブラウンあれなあに? あそこ何かいない?」

「んー? ああアレ。あれはジョバーノールね。死ぬその時まで鳴かない鳥よ」

「おいしいやつ?」

「食べちゃダメよ」

 そうなのねと言ってすんなり納得したように見えるこのルームメイトが、「あの先輩が飼ってるやつだから」食べちゃダメだと理解している事を、ミス・ブラウンはよく解っていた。

 

「あ、あれ知ってる! ニフラー!」

 

 集団の最後尾に居た、他の1年生より少し背の高い男の子が指差した先では、カモノハシのようなモグラのような四つ足の生き物が、夢中で何かを追いかけていた。

 木々の向こうの暗がりから飛び出してきたその小動物は、何かを追いかけて1年生たちの足元を縫うように駆け抜けていく。

「ニフラーが追いかけてるあの虫は何かしら?」

 ミス・ブラウンが呟いた疑問に、5年生のヘンリー・ポッターが答える。

「グランバンブルかビリーウィグに見えたね。………ほら、昆虫ってわりと綺麗だから」

「あー、ニフラーってキラキラしたものを追いかけるんだって、言ってたわね………」

 ニフラーの好奇心の強さに呆れているミス・ブラウンは、ひとりの7年生を連想していた。

 この森やら砂漠やら湖やら山脈やらがいくらでも広がっているとすら思える旅行カバンの持ち主である、変な7年生を。

 

 そんなブラウンの隣で「昆虫」と「綺麗」を結びつけることができずに5年生のポッター先輩を怪訝そうな表情で睨んでいた髪の長い女の子は、そのポッターの背後の木々の遥か後方から、何か大きな鳥が急降下しながら接近してくるのを見た。

 

「あ、あれ不死鳥じゃない?」

 

 その女の子の声で皆が同じ方向に注目したが、その瞬間にはもう不死鳥はグリフィンドール生たちの前方を走っているニフラーに追いついてその足の鉤爪でガッシリとニフラーを掴み、そのまますぐ炎に包まれてニフラー諸共「姿くらまし」してしまった。

「…………なんだったのかしら……」

 不死鳥を一瞬しか見られなかった残念さと、それでも目に焼き付けられた優美さとがせめぎ合った結果じんわり笑顔になっているミス・ブラウンがそう呟く。

「あの先輩は、魔法生物たちの世話を、他ならぬ魔法生物たちに手伝わせてるんだよ。その筆頭が今の不死鳥。あの不死鳥は、先輩の『カバンの中に棲んでる』動物たち全部のボスなんだってさ」

「『カバンの中に棲んでる』って、『飼ってる』んじゃないの?」

 ヘンリー・ポッターの発言に違和感を覚えたらしい男の子が訊く。

 

「うん。スウィーティング先輩が言うにはね。……例えば、僕らがいま立ってる土を掘り返せば、その下には色々居るだろう? ミミズとかアリとか。でもそういうのまで『飼ってる』と表現するのは、ちょっと違うよね? それと同じで、野生と同じ環境を整えてそこで過ごすがままにさせてる生き物たちと、居住させる場所を厳密に区切って世話している動物たちを、先輩たちは分けて考えてるらしいんだ。………先輩たちって、主にはあの先輩とスウィーティング先輩の2人だけど」

 

「でも、ホントに何にも世話してないわけじゃないんでしょ? その『棲んでる』動物たちも。だって、だって管理はしなきゃ。だってこんなの、ずっと手入れしてなきゃ成り立たないわよ!」

 ミス・ブラウンが信じられないと言いたそうな表現で声を上げるが、それはヘンリー・ポッターが去年先輩たちにぶつけたのと同じ疑念だった。

 

「先輩が言うには、『都合の悪い生き物も入れるのが大事』なんだってさ」

 

 ヘンリー・ポッターはそう言いながら、向こうの暗がりからのっそりと這い出てきた小屋くらいある巨大蜘蛛に杖を向けていた。

「みんな、落ち着いて下がって。全員僕の後ろに」

 アクロマンチュラの弱点ってなんだっけと、ヘンリー・ポッターは己の記憶を総点検していた。

 

 そして飼育区画から脱走していたニフラーを捕まえた不死鳥が姿現ししたのは、森と草原を隔てる川のほとり。

 そこでは1羽のワタリガラスが、その嘴に大量に咥えていたミミズを、全身を目一杯使って目の前を横切る川へとバラ撒いていた。

 従順なペットというよりは、どちらかといえば馬鹿なペットを見守る飼い主のような視線をそのワタリガラスへと注ぐ不死鳥は、少し離れた位置からワタリガラスが川底に沈みゆくミミズに集まってきた魚に飛びかかって捕まえるのを、ニフラーを押さえつけたまま見守っていた。

 

 そして大きな鱒を捕えたワタリガラスが重さと戦いながらヨタヨタ飛んで行ったのを見届けて、不死鳥はニフラーの飼育区画へと『姿くらまし』で移動した。

 

「あ。やっぱり戻ってきた」

 

 向こうからフラフラと飛んでくるワタリガラスの姿を遠くの空に見つけて、ポピー・スウィーティングは満足気な笑顔を浮かべた。

 着陸寸前でワタリガラスから7年生の女生徒に戻ったその友人は、心底嬉しそうな顔をしてポピーになにやら手渡してきた。

「おさかなとってきた! ポピーちゃんにあげる!」

「あら、随分大きいマスを捕まえてきたのね。ありがとう」

「先輩まさかとは思いますけど、ここに何しに来たのか。……覚えてますよね?」

 口調こそ質問だったが、ダンブルドア少年には確信があった。

 

「ポピーちゃんにね、おさかなあげようと思ったんだ!」

 

 案の定「魔法生物規制管理部の部長が飼育環境の査察に来る」という事をすっかり忘れ去っていた先輩の知性を感じさせない笑顔を見ながら、ダンブルドア少年は色々と諦めて笑った。

「生きた魚をそのまま手渡して喜んでくれる人は、なかなか稀有だと思いますよ先輩」

 ダンブルドア少年は、この先輩が先ほど急にワタリガラスに変身して一心不乱にミミズを集め始めたあの瞬間に、「ポピーちゃんにおさかなをあげよう!」と思いついて、同時にそれ以外の本来優先して取り組むべきだった予定を全部忘れたのだろうと理解して、今日もまた呆れ果てていた。

 

「あれぇみんなは?」

 

 その場にポピーとダンブルドア少年しか居ない事に漸く気づいて、その女生徒は首を傾げる。

「みなさんもう動物たちを移動させに行っちゃいましたよ」

 ダンブルドア少年はそう言いながら、相変わらず頼りになる時と目を離してはいけない時の差が激しいこの先輩を自分がなぜ尊敬しているのかが判らなくなっていた。

 毎日毎日「僕はなんでこんな人を……」と「やっぱり凄い人ではあるんだよな……」の間を行ったり来たりしながら、ダンブルドア少年は退屈とは無縁のホグワーツ生活を送っていた。

 

 でも退屈しないにも限度ってあるよなと、おさかな食べようポピーちゃんと言い出した先輩を見ながらダンブルドア少年は思っていた。

 

「あなた、今日大事な予定が入ってるって事、覚えてる?」

 

 ポピーは手際よく大きなマスのお腹を切り開いて内臓を取り出しながらそう言って笑う。

「ん~? なんだっけ。ポピーちゃんとの予定なら忘れないしな…………」

「魔法生物規制管理部から査察が来るんだよ。だからオミニスとかを隠しとくの」

 はじめて伝えたかのような口調でそう説明したポピーと、ええホントに! と目を丸くして驚き急に慌て始めた先輩を見ながら、ダンブルドア少年はさっきやった水泳の練習を頭の中で反芻して教わった事をしっかり身につけておこうと思案していた。

 それはつまり、この先輩の頓狂な行動にいちいち呆れていてはキリが無いという諦めだった。

 

「先輩って、杖なし呪文とかすごく器用ですし、幾つもの呪文を併用したりもするのに。なんでそんな今の今まで取り組んでいた事を次の瞬間にすっかり忘れてしまえるんです?」

 しかしそれでもダンブルドア少年にとってこの先輩は、一挙手一投足が気になって仕方がない、いままで見たことも無かった妙な生き物だった。

「コイツは幾つもの事を同時にやれるけど、それは『幾つもの事を同時にやろう』って思ってる時だけで、いつもは何か思いついたらそれまでやってたことは頭から押し出されてどっか行っちゃうんだよ。蝶の群れを追いかけてどっか行っちゃったり、ダグボッグ見つけて寄ってっちゃったり」

「そんな事無いよぉ僕かしこいもん!」

 頬を膨らませて抗議してきた女生徒に、ポピーは「火ちょうだい、火」と言って下処理を終えた鱒を杖で操って差し出す。

「ペスティス・インセンディウム」

 女生徒がそう唱えて杖の先に出現させた1匹のネズミを象った炎を見ながら、ダンブルドア少年は目を細めた。

 

「それ、『悪霊の火』ですよね。そんな気軽に使っていい呪文じゃありませんよね」

「インセンディオより火加減の調整がしやすいんだもの」

「悪霊の火は灯す事より制御と消火の方が段違いに難しいって、僕、本で読んだんですけど」

「そうだよぉ。良く知ってるねアルバスは」

「…………それに、僕以外の1年生と2年生、みんな森を抜ける途中で置いてきちゃいましたけど」

「大丈夫だよヘンリーくんがついてるから」

 

 大ぶりな1匹の鱒から切り出された脂の乗った3人前の切り身は、ダンブルドア少年の前で食欲をそそる音と香りを漂わせながらジリジリと焼き色がついていった。

 

 




 
クエスト中の徒歩移動→あ、蝶の群れだ!マーリンの試練だ!→〇〇から離れすぎています
通算何回やらかしたやら覚えてないんだよね。

次回、ヘンリー・ポッターと1年生たちの冒険。

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